nothing(前編) ◆7pf62HiyTE



03.池波流ノ介の悪夢



 池波流ノ介がゆっくりとその意識を覚醒させる。

「私は……確か……」

 記憶の糸をたぐり寄せる――そう、あの時眼前にいた外道衆の1人にして殿である志葉丈瑠を付け狙う敵腑破十臓を斬るべく挑み――

「負けたのか……」

 殿の手を煩わせぬ為に1人で挑んでおきながらこの体たらく、結果として十臓を野放しにし殿や多くの参加者を危険にさらす事となってしまった。

「そうだ、あの子は!?」

 そんな中、あの場にいた少女の存在を思い出した。
 強大な砲撃を繰り出し両名の戦いを止めるべく介入したまだ幼い少女、彼女の身を案じ周囲を見回す。
 彼女は結果として流ノ介の妨害をしたわけだが彼女自身に悪意はない、単純にこの殺し合いで誰も死んで欲しくないだけなのは流ノ介自身も理解している。
 だが彼女は知らないのだ、外道衆がどういった存在なのかを。
 奴らを野放しにすれば多くの人々の命が脅かされる、侍として外道衆は何としてでも斬らねばならないのだ。

 それでなくても、この場には外道衆の総大将血祭ドウコクもいる。奴を倒さぬ限り参加者に未来はない。
 そしてドウコクの打倒を可能とするのは志葉の当主つまりは殿だけが使える封印の文字だけだ。
 その殿への負担をかけぬ為、殿への障害となる者を排除しなければならない。
 それは十臓などと言った外道衆だけではない、殺し合いに乗り殿の身を脅かす者全てに言える。

 だが、恐らく彼女はそれをも止めるだろう。もしかしたらドウコクすら殺すなと言うかもしれない。当然それを容認するわけにはいかない。
 しかし、彼女はまだ幼く何も知らないだけなのだ。
 誰だって目の前で他者が傷つく姿を見たくはない。そういう意味で言えば彼女の行動は至極当然の行動だ。

「だがあれ程の砲撃を撃てば……」

 が、彼女の繰り出した砲撃はあまりにも強大すぎる。戦いを止める威嚇の為である故当てるつもりは無かったのはわかるがそれでも過剰な威力だ。
 シンケンジャーである自分や外道衆である十臓ならば直撃しても致命傷にはならないだろうが、普通の銃器を持っている普通の人間に当たったらどうなる?
 彼女はそれを――自身の力が一転して人を傷付けるものである事を理解しているのか?

 とはいえ今はその事はどうでもよい。問題は彼女の安否だ。十臓自身は殺し合いに乗っていないと言っていたがどこまで信用出来るかわからない。
 仮に言葉通りであっても彼女が十臓を止めるべく立ち塞がるならば奴が斬るのは想像に難くない。

 しかし幸か不幸か彼女の姿は見当たらない。これは彼女が無事である事を意味しているのか――
 だが、それ以上に流ノ介は違和感を覚えた。

「ここは……」

 それは今自身がいる場所だ。おどろおどろしい雰囲気が漂い、眼前には巨大な河が広がっている。

「まさか……三途の川か?」

 何故外道衆の本拠地である三途の川にいるのか? 流ノ介の理解が追いつかないでいる。
 そんな中、目の前に誰かが立っているのが見えた。
 その人物は流ノ介のよく知る人物。そう――

「とのぉ……!!」

 殿、すなわち丈瑠だったのだ。あまりにも不甲斐ない戦いをした為、顔を合わせづらくはある。それでも早々に守るべき殿と再会出来た事は素直に嬉しい事だ。
 だが、殿の様子が何処かおかしい、自分に失望したのか? いや――

「なっ……」

 殿は自身の持っていたショドウフォンを地面の上に置き――そのまま振り返り河の方へと進んでいったのだ。

「な、何故なのです! 殿!!」

 流ノ介の叫びに構う事無く殿は河へと進んでいく、

「!! その手にあるのは……裏正……何故殿が!?」

 そして見た、殿の手には十臓の得物である裏正が握られているのを。
 何故十臓の裏正が殿の手にあるのか?
 それ以前に、何故殿はシンケンジャーとしての力であるショドウフォンを捨てたのか?
 そして何故流ノ介の声を聞くことなく河へと進むのか?

「待て……確か裏正は……」

 裏正は只の妖刀ではない。裏正は筋殻アクマロがある野望を果たす為に十臓の家族の魂を閉じこめた上で作り上げ十臓に持たせたもの。
 もっともその野望は果たされる事無くアクマロは十臓に斬られ、最終的には自分達が撃破してはいる。とはいえ、名簿に何故か名前があった事が少々引っかかるが――
 さて、十臓の家族はずっと人斬りに走ろうとする十臓を止めたいと願っていた。もっとも、十臓は裏正に込められた魂、そしてその願いを知りながら平然と人を斬り続ける外道に落ちたわけではあるが。
 では、今殿が裏正を持っているのにどんな意味があるのか?

「まさか……」

 明らかなる殿の奇行、それらを突き詰め1つの結論を導き出す。

「何故ですか殿!! 答えてください!!」

 だが流ノ介はそれを受け入れる事が出来ない、いや出来るわけがない。何故長きに渡り志葉の当主として外道衆と戦い続けてきた殿がそれを捨て――


 これはきっと悪い夢なのだ――


 あの殿が○○に○ちる事など――


 悪い夢なら覚めて欲しい――


「こんな事など……あるわけがない……!」


 そう呟く中、


「そんな筈ありません!!」


 気にしていた少女の叫びが聞こえてきた――





01.明堂院いつきの推察



 それは、邪悪の神との戦い――

『全ての光を飲み込むこのブラックホールを前にお前達など無力……』

 この世の全てを飲み込む混沌にして闇の意思そのもの――
 ラビリンスや砂漠の使徒等敗れ去った邪悪なエネルギーが宇宙を彷徨い出会い融合し全てを飲み込む宇宙最大の力として復活した存在――
 その力はあまりにも絶大だったが――

『何があっても私達の心は暗闇に飲み込まれたりはしない!』
『どんな時も私達の心の光は明日を目指して輝くの!』
『たくさんの素敵な出会いが多くの成長と新しい旅立ちに繋がっていく!』
『私達は決して立ち止まらない! 例え大きな困難にぶつかっても!』
『大好きなみんなと歩みたい、光り輝く未来は絶対に手放しません!』

 自分達は決して諦めず立ち向かい――

『下らん、例えそれが叶ったとしてもお前達はもうボロボロなんだぞ……』

 プリズムフラワーの力を全て使い切った事で妖精達の世界と自分達の世界を繋ぐ事が出来なくなり別れる事になったとしても――

『ハミィ達妖精と私達はお互いを思い合う心で繋がってるの!』
『絶対負けない! 何があったって私達は真っ直ぐ自分達の明日へと……進むんだからー!!』

 勝利し――そして――

『………………んん……?』
『『『お花の種です!!!』』』
『『これってもしかして!!』』

 それは奇跡だったのかもしれないが――

『でもどうしてこっちに戻って来られたんですか?』
『虹の種から新しいプリズムフラワーが咲いたですぅ』

 これからも皆一緒の未来を掴んだ――筈だった。


 ――が、その未来は再び脅かされる――


 ある時、明堂院いつきが気が付くと暗い広間にいた。
 そして加頭と名乗った男による殺し合いの説明――当然だがいつき自身そんな話に乗るつもりは全く無い。
 しかし、話が進む内に見過ごせない事が起こったのだ。
 首輪のデモンストレーションの為に3人の首輪の爆破が行われた。それ自体はまだ良い、だがその中に砂漠の使徒の三幹部の一人クモジャキーがいた事が問題なのだ。
 確か砂漠の使徒は自分達が打ち倒した筈、当然クモジャキーも浄化された筈だ。
 つまり、存在する筈の無い者がこの場にいるという事が問題なのだ。

 いつきの脳裏にすぐさまあの時戦った最悪の相手、ブラックホールの姿がよぎった。あの時も前に倒したらしい敵が浄化された邪悪な心のみを集めた上で復活させるという事をやっていた。
 それを踏まえるならば浄化したはずのクモジャキーが再びいてもなんら不思議はない。とはいえ殺す為だけに蘇らせた理由がいまいち不明瞭ではある。
 だが、ブラックホールは既に倒した筈。まさか倒せなかったのか? 何かしらの方法で戻ってきたのか?
 あるいは再び宇宙を彷徨い別の邪悪なエネルギーと融合し更に強大となって戻ってきたのか?
 はたまた全く別の存在だというのか?
 どちらにしても以前戦ったブラックホールに最低でも匹敵、恐らくは遥かに超える存在だという事は確実だ。

 不安がないわけじゃない、恐怖がないわけじゃない、それでもいつきは確信していた。
 友達や仲間達が力を合わせればどんな強大な相手でも決して負けはしないと――
 そう、花咲つぼみ来海えりかや他のプリキュア達、そして――

「よかった、ゆ……」

 何とか周囲を見回し彼女の姿だけは見付ける事が出来た。同じ様に殺し合いに巻き込まれた以上若干不謹慎ではあるが、一番頼れる仲――

「りさ……ん?」

 だが、彼女の姿を見た瞬間、その安心は脆くも崩れ去った。
 彼女の表情があまりにも哀しく見えたのだ。その瞳の奥にどことなく暗い影を落としているのを感じたのだ。
 それがあまりにも不可解だった。目の前で人が死んでいるとはいえあの月影ゆりがあそこまで暗い表情をするのだろうか?
 全く別の理由がある様な気がした――
 何であれ穏やかではないという事は確かである――

 そして別の場所に転移したいつきは早々に名簿と支給品の確認を行った。
 が、やはり頭には疑問が浮かんだ。名簿を確認した所つぼみ、えりか、ゆりの名前は確認出来た。
 そして自分達とは若干違うもののプリキュアである桃園ラブ蒼乃美希、山吹祈里、東せつなの4人も確認した。
 ここが最初に浮かんだ疑問だ。プリキュアの仲間は21人いたがその内で8人しか、それも砂漠の使徒と戦った自分達4人とラビリンスと戦った4人という偏ったメンバーしか連れてこられていない。
 何故他のプリキュアを連れて来なかったのだろうか? いや、連れて来なかった事はむしろ喜ばしい事なのだが疑問を感じた事に違いはない。
 次に感じた疑問はダークプリキュアノーザの存在だ。ダークプリキュアは砂漠の使徒の幹部で特にゆりとは深い因縁のある相手だ。ノーザの方は聞いた程度しか知らないものラビリンスの幹部でラブ達と敵対していた筈だ。
 が、その両名は何れも打倒した筈(ノーザの方は聞いた程度の話だが)、勿論ブラックホールが主催側にいるならば復活は可能だろうが何かが引っかかる。

 いや、実の所ダークプリキュアがいるだけならば単純に復活させたで片付けても良い。
 しかし、あの時のゆりの表情がどうしても引っかかったのだ。それを見落とせば取り返しのつかない事になりかね――
 回りくどい言い方は止めよう。何かの理由で殺し合いに乗るのではないのか――最悪そう思わせるものを感じさせたのだ。
 勿論、あのゆりが殺し合いに乗るなんて信じたくはないし信じてはいない。だが、あの表情はどう見ても何時もの彼女ではない。

 では、何時もの彼女ならばどう考えるだろうか?
 プリキュアとしての経験も一番豊富であり優れた洞察力のある彼女ならば自分同様、ブラックホールの存在をある程度想定出来る筈だ。
 ブラックホールの存在に気付いたならばいかなる理由があろうともまず殺し合いに乗る事はあり得ない。
 加頭の話では優勝者にはあらゆる報酬が与えられる、だがブラックホールが黒幕だとするならば連中の言葉はほぼ確実に嘘だ。
 黒幕がブラックホールで無いとしてもそれと同等あるいはそれ以上の力、性質を持っていると考えて良い。どちらにしても連中の言葉は何も知らない参加者を殺し合いに乗せる為の嘘だろう。

 だがしかしだ、どうもゆりの表情を思い返すにその事に気付いている様子は感じられない。
 ブラックホールの存在に気付かない? つぼみやえりかだったらあの異様な状況に感情的になって見落とすかも知れないが、ゆりが見落とすというお粗末な事をするとは思えない。

「まるでブラックホールの事を知らな……まさか……」

 いつきの脳裏に1つの仮説が浮かんだ。確かにこの仮説ならばダークプリキュアにノーザ、そして見せしめとしてクモジャキーが殺された事にも一応の説明が付く。

「だけど、ゆりさんがあんな表情を見せる理由なんて……」

 ――ある。確かにあのタイミングならば十分に可能性がある。

「……いや、まだそうだと決まったわけじゃないか……」

 とはいえ、これはまだ仮説レベルの話。可能性は高いものの決め手に欠ける。
 だが、念頭に入れておいた方が良いだろう。この仮説次第ではラブ達が自分達を知らない可能性もあるし、
 下手をすればつぼみやえりかが自分を同じプリキュアではなく、ファッション部の部員あるいは生徒会長としか認識していない可能性もある。


 気を取り直し、支給品の確認を進める。共通の支給品と自身の変身道具を除く支給品は3つ(あるいは3種ともいうべきか)あった。
 その内の2つの確認を終え最後の1つの確認をする。

「……」

 その最後の支給品をジッと見つめる。

「……」

 いや、自分でもこの場では若干不謹慎だとは思う。だが、

「……」

 何故か目が潤み頬がどことなく染まってしまい、

「か……可愛い……」

 そう口にしてしまう。そうだ、そのウサギのぬいぐるみがあまりにも愛らしかったのだ。そう呟いてしまう程に。

「いや、こんな事やってる場合じゃないか……」

 それは本当に何の変哲もないぬいぐるみだ。いつき個人は嬉しく思わないでもないが、武器としても全く使い道のない道具をわざわざ支給する加頭達主催陣の思考を疑ってしまう。

「……そういえばブラックホールとの時もすごろくしたんだっけ……」

 本当にブラックホールが絡んでいてもおかしくはないなぁ――そう考えつつ、都合良く説明書きが見つかったので確認をする。

「……確か名簿に……ああ、この人がこの子に……」

 そして名簿を確認していると、


 ──ドゴオオオオオオオオオン!!


 轟音が轟いてきた。何かが直撃した音なのだろう。
 戦いの音だとしても明らかに大きすぎる、それこそダークプリキュア程の力を持った参加者同士の戦いの音だ。

「まずい、急がないと!」

 十分に時間をかけたこともあり確認は済んだ。支給品をデイパックにしまい急いで駆けだした。

「待ってて!」

 そう口にしながらいつきは走る。向かうべき方向は轟音が響いた方向、つまりはB-7にあるホテルへと走った――


 その時のいつきは色々考えていたこともありほんのわずか周囲への注意力が若干落ちていたのかも知れない。
 そう、もう少し周囲への警戒を強めていれば早々にえりかと合流出来ていた可能性があったのだ。
 不幸にもその後えりかは死を迎える事になる。しかもその下手人はゆりというおおよそいつきが考えた最悪のケースだ。

 とはいえ、えりかと合流出来た選択が正しく、合流出来なかった選択が間違っていたとは言い切れない。
 何故ならいつきがホテルに向かったお陰で出血多量の重傷を負った1人の参加者を助ける事が出来た。向かわなければ再起不能、最悪死亡していた可能性もある。
 また、えりかの所に向かった場合は十中八九彼女を捕らえたダークプリキュアとの戦いになっただろう。
 1対1では難しいものの2対1ならばある程度戦えるだろう。だが、その周囲には多くの参加者がいた。
 殺し合いに乗った参加者の介入、戦いに巻き込まれる参加者の存在を踏まえるならばその結末は予測不可能。数人の犠牲が出る事も否定は出来ない。
 IFの話に意味など皆無、そう言ってしまえばそれまでだ。だが、いつきのとった選択が必ずしも間違いとは言い切れないという事を読者諸兄にも理解して貰いたい所である。


 ここまでの話がこの殺し合いが始まってから高町なのは及び池波流ノ介と合流するまでのいつきの動向である。





02.高町なのはの憤慨



 ホテルの一室では今もシンケンブルーに変身していた男性が眠り続けている。
 先の戦闘でのダメージも大きく多くの血を流したのだ、一朝一夕に意識を取り戻すわけもないだろう。
 だが、現状の2人が出来る応急処置は終わった、ホテルにあるものだけでこれ以上の手当は難しい所だ。

「本当だったらすぐにでも病院に連れて行かなきゃいけない所だけど……」

 しかし、殺し合いの舞台となるこの島には病院らしき施設はない。
 そもそも殺し合いの舞台に人の命を助ける為の病院がある事自体ある意味おかしいのだからむしろ当然の流れではある。
 更に言えば、仮にあった所で人々が集まるのは明白で同時に殺し合いに乗った参加者も数多く集う惨劇の場となる。それを考えれば病院が無いのも仕方がない事だろう。

 ともかく、今は彼の回復を待つしかないだろう。

「せめてユーノ君がいてくれたら……」

 そうなのはが呟く。治療魔法が使えるユーノ・スクライアがいたならば彼の治療も上手くいっただろう。

「なのはの友達?」
「はい! ユーノ君にフェイトちゃん、私の大事なお友達です!」

 そう強い口調でなのはは答えた。

「……ところで、いつきさんの方は友達が巻き込まれたりしていないんですか?」
「ああ、そういえばまだ話していなかったね……」

 そう言っていつきは自身の仲間(もしくは友達)について詳しく説明する。

「そんなに沢山の人が……」
「みんなボクに負けないぐらい強いからそう簡単にはやられないとは思うけど出来るなら早くみんなに会いたい」
「はい、フェイトちゃんだって私に負けないぐらい強いけど私も早く会いたいです。フェイトちゃんと力を合わせれば誰にも負けません!」

 またしても強い口調でなのはは答えた。
 その後、更に2人は互いの大まかな事情、いつきからはプリキュアや砂漠の使徒との戦いに関する事を、なのはからは魔法や時空管理局に関する事を語った。
 あまりにも違いすぎる世界に2人は驚愕する。
 なにしろなのはから見れば人知れず悪い奴らと戦っているプリキュアの存在など想像もつかなかったし、いつきにしてみても魔法は今更だが多くの次元世界を守ろうとする管理局の存在は驚くに値する存在だからだ。

「……何処が魔法なんだろう?」

 そして思わずこう呟いていた。

「あれ……でも確かダークプリキュアさんやクモジャキーさんは倒したって……」
「ボクもそれは気になったけど……主催者側にブラックホールかそれぐらいの相手がいるなら出来ると思う」

 いつきは更にブラックホールとの戦いの事を説明し、更にブラックホールあるいはそれに匹敵する存在が主催側にいるという仮説を話す。

「そんな……でも倒した筈なんですよね?」
「ただ、また宇宙を彷徨って邪悪なエネルギーを集めて戻ってきたかも知れないんだ……」

 そんな凶悪な存在に対し流石になのはも動揺する。

「でもそれだけの相手なら流石に管理局も気付く気が……」

 数多の次元世界を管理する管理局といえど管理外世界つまりは地球規模の戦い程度に関わる事はない。
 それ故、いつきが語った戦いに全く管理局が関わらなかった事に疑問は全く無い。
 だが、ブラックホールクラスになると話が別だ、それを放置すれば他の世界が脅かされる事になる。数多の世界に影響を及ぼすとなると管理局も黙ってはいないはずだ。
 いつき自身も気にはなったもののそこにばかり気を回すわけにはいかない。

「あ、そうだ……なのは、キミに渡さなきゃいけないものがあったんだった」
「渡さなきゃいけないもの?」

 そう言っていつきはデイパックからあるものを取り出す。

「はい、これなのはがキミの妹……ヴィヴィオにあげたものだよね」

 それは何の変哲もないウサギのぬいぐるみである。だが、

「え?」

 なのはは何処か惚けた様な返事をした。


「あれ? どうしたの?」
「あの……いつきさん、私……お兄ちゃんとお姉ちゃんはいるけど妹はいません……」
「え?」
「それに、そのぬいぐるみにも全く見覚えがありません……」
「でも、名簿を見たら高町ヴィヴィオっていう子がいたから……」
「私のお父さんもお母さんも日本人です、幾らなんでもヴィヴィオって名前を付けたりしません!」
「言われてみれば……でもここに……」

 と、いつきは一緒に入っていた説明書きを取り出す。

「『ヴィヴィオのぬいぐるみ 高町なのはがヴィヴィオに送ったぬいぐるみである』……本当だ……」

 その説明書き、そして名簿にある高町なのはと高町ヴィヴィオという同じ高町の性を持つ者の存在。
 それらを統合して考えればなのはとヴィヴィオが姉妹、あるいは親戚関係にあると推測するのは無理からぬ話だ。

「でも本当に私知らないです。ヴィヴィオちゃんの事だって同姓というだけだと思って……」

 そう口にするなのはを余所にいつきは頭を抱えていた。

 結論から先に述べよう。いつきはこの謎について一つの答えを出していた。
 なお、その説明書きが主催側が仕掛けた嘘という事については全く考えてはいない。
 今の通り本人に確認すればすぐにわかる嘘に意味など無いし仮に騙した所で殆ど問題にはなり得ない。
 ではこれが事実ならば――

「まずい……」
「どうしたんですか、いつきさん?」
「なのは、落ち着いて聞いてくれる。もしボクの推測通りだったら多分ヴィヴィオは君の家族だよ」
「ええぇ!? どういう事!?」

 唐突にそんな発言が飛び出しなのはの声も大きくなる。

「いや、多分今のなのはにとっては全く知らない子だと思うけど、これから先で家族になる子だよ。どういう形かまではわからないけど……」

 いつきの推測はまさしく大正解だ。ヴィヴィオは後になのはの娘となる少女だ。
 もっともその過程までは予想出来ないだろう。ある事件で保護した重要な少女をそのまま娘にするという展開など比較的普通の中学生に推測出来るわけがない。

「ええぇ……でもどうしてヴィヴィオって名前を……」

 なのはにとってはどうにも実感の湧かない話ではある。それでも、ヴィヴィオ側の視点ではなのはを家族と思っている可能性がある。
 それを踏まえるならばその事についても考えておくべきだろう。

 が、一方のいつきは未だに頭を抱えていた。

「あれ、いつきさん、どうしたんですか……」
「……これもボクの推測だから確実ってわけじゃないけど……参加者の多くは違う時間から連れて来られている可能性がある」
「違う……時間?」

 いつきの言いたい事を具体的に語ればこういう事だ。
 いつき本人は砂漠の使徒との戦いを終えた後のタイミングで連れて来られている。
 だが、一方でつぼみがプリキュアになった直後から連れて来られているとしよう。(注.あくまでも例え話であり実際にそうというわけではない)
 いつき自身から見ればつぼみは同じプリキュアの仲間だ。
 しかしつぼみから見た場合はいつきは生徒会長の少年でしかない。
 恐らく、つぼみ視点から見ればいつきも守るべき対象という事になる筈だ(実際、いつき自身プリキュアになる前にはデザトリアンにされた事もあった)。
 つまり、参加者間での情報に食い違いが発生するという事だ。
 また、この応用で、倒したはずのダークプリキュア等がいる理由も説明が付けられる。それこそ倒される前から連れて来れば何の問題も無い話だ。

「……でも、それって大きな問題なの?」

 だがなのははまだ事の重要さを理解していない。例え違う時間軸から連れて来られたとしてもユーノはユーノ、フェイトはフェイトだからだ。

 しかしいつきはそうは考えていない。
 あの時のゆりの表情、それはきっと深い悲しい出来事に遭ったものだ。
 確かにゆりは長きに渡る戦いの中でパートナーの妖精であるコロンを失う等哀しい経験をしている。
 だがそれ以上に哀しい経験をあの最終決戦でしているのだ。
 それは砂漠の使徒の指揮官であるサバーク博士の正体がゆりの父親で、
 激闘の果てに打ち倒したダークプリキュアがサバーク博士こと月影博士がゆりことキュアムーンライトを元に作り出された生命体、言うなればゆりの妹とも言える存在だという事が判明した。
 しまいにはやっと再会出来た筈のサバーク博士が砂漠の使徒の王デューンによって殺されたのだ。
 これらの一連の出来事、特に月影博士の死により彼女は復讐鬼に堕ちかけた。実際はつぼみの説得によりそれを乗り越えデューンとの最終決戦に望んだが――

 が、実はこのタイミングこそが重要なのだ。そう、もしゆりが『月影博士の死の後、つぼみの説得を受ける前』から連れて来られたならばどうだろうか?
 客観的に見てもゆりはあまりにも辛い経験をしている。幾ら自分達プリキュアの中では一番年上とは言えその本質は17歳の少女でしかない。
 このタイミングならば殺し合いという状況に気圧され堕ちる可能性は否定しきれない。
 優勝して月影博士を取り戻す事を望んだって全く不思議はない。
 これが杞憂であればそれにこした事はない、だが実際にそうだったとしたら――

「――というわけだから、もしかしたら……」

 ともかく、万が一ゆりが優勝を狙いであり、なのは達の襲ってきた場合の事を考えその事を大まかに説明をする。

「……でもちゃんと話をすればわかってもらえる筈です」
「うんボクも話はするつもり……」

 無論、いつきも説得はするつもりだ。事情がどうあれ背後にブラックホールがいるならばまず優勝しても願いが叶う筈がない。
 それにちゃんと伝えれば十分ゆりを踏みとどませる事は出来る筈だ。
 とはいえ懸念はある。そもそも話をする状況になるのかどうかという問題がある。
 自分達はゆりを信じているし、ゆりの方も自分達が信じていると判断するはずだ。
 つまり、仮に指摘した所ではぐらかされればそれで話は終わりだ。何しろこの仮説自体確証があるわけではなく否定されればそれ以上の追求は出来ない。
 また、何とか説得したとしても、素直に聞いてくれる保証は全く無く、恐らくは戦いになる筈だ。正直、キュアムーンライトに対抗しきる自信は無い。

「……ただ、これはボクの方だけじゃなく、なのはの方にも言える事だけど」
「え?」
「……確か、なのはが魔法に出会った事件の中で敵対していたって言っていたよね」

 先の情報交換でなのはが魔法に出会った事件について大まかな説明はされている。当然、最初はフェイトと敵対していた事も説明済みだ。

「その時期から連れて来られているなら、なのは達の事を敵だと思っているだろうし……」
「例えそうでも、フェイトちゃんが人を殺す何て事絶対にしません」
「でも、なのはだって言っていたよね。フェイトのお母さんを喜ばせる為にジュエルシードを集めていたって、その為に無茶な事もしたって……だから……」

 無論、いつきもなのはの友人を疑うマネなどしたくはない。
 だが、気付いてしまった以上、その最悪の可能性から目を背けるわけにはいかない。しかし、

「そんな筈ありません!!」

 なのははそれを認めるわけにはいかない。確かにジュエルシードを巡って何度も戦ったがフェイトは自分達を見逃してくれた事もあった。
 本当は心優しい少女なのだ、そんな彼女が幾ら母であるプレシア・テスタロッサの為とは言え他の人を皆殺しにするわけがない。
 だからこそ今までよりもずっと激しい口調でいつきの言葉を否定した。

「うう……ここは?」

 その時だった、今まで意識を失った流ノ介が目を覚ましたのは。

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最終更新:2013年03月14日 22:38