ひかりのまち(前編) ◆gry038wOvE
ン・ダグバ・ゼバは歩く。
髪や身体には、乾いた塩や砂がこびりついている。着衣は一切ない。しかし、彼がそれを恥じる事もない。
我ら人間(リント)の社会や常識の話など、彼がさほど意に介する事もない。
グロンギ族の文化にも確かに着衣はある。しかし、超古代に生きてきた彼らにとって、裸同然の恰好など珍しくも無い事だ。
彼の人間社会での着衣は、あくまで何処かから現代に調達した物であり、グロンギの中には常軌を逸した格好をする者たちもいた。ズ・ザイン・ダやメ・ギャリド・ギなどがそれに該当するだろうか。
所詮はそこらの野生動物と何ら変わらない。彼らには理性も恥も感情も倫理も正義も悪もなく、ただ本能があるのみだ。殺人ゲームでさえ、善悪で捉えず、動物が他の動物を食らうように、淡々と行うのみである。
「……おや」
ダグバの顔がゆがむ。
この時笑ったのもまた、決して彼の感情によるものではない。
獲物を見つけた瞬間に、本能的に笑ったのだ。
△
街の入り口は、海が見えるオープンカフェ。そこが人を迎える。
涼村暁、石堀光彦、桃園ラブは、そこで話している途中だった。
「──ラビリンスって奴らと戦ってたんだよね?その事について、詳しく教えてくれないかな?」
石堀のラブの問い。
唐突に投げかけられた言葉に、ラブは、少し戸惑ったが、そういえば石堀にはその話をしていなかったと思い出す。
ラブは、時計を見た。まだ放送までは二十分ほどはあるだろうか。
「構いませんよ。じゃあ……」
とはいえ、手短に話そう。細かい話はする必要はない。
まずは、ラビリンスという国家について、ラブが知っている限りの概略からだ。
ここには幾つも机と椅子があるので、まあ腰かけようか。
……と、ラブが思った矢先。
「……ふふふ。君たちなら、僕を笑顔にできるかな?」
不意に、三人のもとに不敵な笑みを持つ男が、どこからともなく現れた。年の程は十代程度。その身体的特徴は、髪や身体に塩や砂をつけている事。そして、何より、その男は何も纏ってはいなかった。
勿論、ラブにとっては刺激的な恰好である。
「キャー!! 服っ!!」
ラブが、思わず、悲鳴をあげ、顔を真っ赤にする。
彼は笑っていたが、別にそうした女性の反応を楽しんでいるわけではない。彼は、ここに誰かがいるという事実が、ダグバの顔をひきつらせていた。
男性陣の顔色は、あからさまに怪訝そうなものに変わる。不快感も抱いているだろう。
「なんて恰好してるんだ、この変態ヤロー! どっから湧いて出た!?」
暁はそいつを怒鳴った。
石堀が咄嗟にラブの前に立って、ラブの目を塞ぐ。
その男は、ン・ダグバ・ゼバ。一糸まとわぬ全裸の姿で市街に現れた怪人である。
……暁は、この男に見覚えこそないが、この言葉には聞き覚えがあった。
「……ん? 待てよ……おまえ……」
暁の顔が、顰められる。
そのまま、誰よりも早く、何を説明する事もなく、ダグバを前に構えた。
△
「──燦然!」
暁の一声が燦然から始まったのは、その男を警戒しての事ではない。
これは警戒ではなく、明確な防衛だ。この男は、何も考える事なく、「殺戮」に走るだろうと、暁は思った。
ほむらを甚振った怪物。思い出すのも忌々しい。あれから随分時が経った気がするが、まだ半日とは意外な物である。
……あの時とは姿が違う。あの時は怪物だったが、今は人間だ。暁は人間の時の姿を目にしていない。
しかし、その語調にはやはり、隠せぬ特徴があった。
あの時の白い怪物は、何と言ったか? ……暁でさえ、その言葉は覚えている。
『それなら僕を笑顔にして楽しませてくれるかな?』
特に、この男の事はつい最近、カブトムシの怪人と戦った時に思い出したばかりだ。
ゴ・ガドル・バ。あれと同じで、目に全く感情がない。瞳の奥に、思わず怯えそうになる邪悪を潜めている怪人。
対照的に、暁の目はギラリと、彼を睨む。
「……久しぶりだね。会いたかったよ」
ダグバも、その外形を見て、笑った。
しかし、ダグバはかつてシャンゼリオンが見た怪人に変身する事はなかった。
それでも、シャンゼリオンには関係がない。
生身であれ、シャンゼリオンは容赦なく戦う。久しぶり、という事はあの時の怪人に間違いない。むしろ、変身していない状態の相手ならば好都合だ。
「俺は会いたくなかったぜ……! だいたい、俺は男の裸を見るとテンションが下がるんだ。次郎さんも同意見だよな?」
『タイヘンダヨー、アキラクーン』(CV.涼村暁)
「……だとよ。だからさっさと倒して変身解除させてもらうぜ」
シャンゼリオンは己の胸のディスクに手を翳す。
「シャイニングブレード!」
シャイニングブレードがシャンゼリオンの手に握られる。
「一振り!」
縦に構えたシャイニングブレードが、ダグバに向けて振るわれる。
「おい、暁っ──!?」
生身の人間相手に、それこそ容赦なく剣を振るう暁に、流石の石堀も驚愕した。
この男の挙動を見ていて、確かにおかしいところはあるとは思っていたが、生身の相手に変身して攻撃するような真似をするとは思わなかっただろう。
それも、なんと一切躊躇した形跡がない。
シャイニンブレードは、ダグバの脳天に直撃──
「あれ?」
──いや、そこにダグバはいない。
どういう事だ、とシャンゼリオンは周囲を見渡す。
「はははっ」
どこかから、ダグバの笑い声。
「何っ!! どこ行きやがった!?」
ダグバの脚力や動体視力は、人間であっても高い。つい最近戦いを始めたばかりの素人である暁の一振りを見極め、回避するなど動作もない事だ。
彼らグロンギの移動スピードは、時として瞬間移動にも見間違えられる。ゴ・ジャラジ・ダがどこからともなく現れるように、彼も本州を数日で味わい尽くせる健脚の持ち主であった。人間にとっては神秘の異能者にしか見えないだろう。
そして、彼は己が失った“力”を得るのが目的であった。この程度の移動能力では飽き足らない。人の首を絞めるくらいは造作もないが、変身した暁を相手に戦う事はできない。だとすれば、行先は限られる。
デイパック、あるいは彼らがどこかに隠しているアイテムだ。
「こっちだよ」
ダグバが向かったのは、隙を作っている石堀、ラブ、そして凪のいる後方である。
石堀が驚き、ラブを突き放して援護しようと思っていた頃には、ダグバは“力”を得るための物色を始めていた。
「何っ!?」
最も隙だらけだったのは、何が起きているのかを視覚で捉えられないラブだ。
だから、石堀はすぐにラブをダグバから突き放した。石堀とて、完全に無防備ではない。動体視力でいえば、ダグバをゆうに超える。
「くっ……危ない、どけっ!」
この状況下、一番危険なのは桃園ラブに違いない。ダグバから距離を取らせるようにラブを突き放し、石堀は硬い口調で命令する。別に彼女の命が大事と思っているわけではなく、彼女に死なれると先ほど訊こうとした話が訊けず、後々困るからだ。
石堀は、敵の目的がアイテムである事など知る由もない。殺害こそが目的である可能性を第一に考えた。だから、ラブを退かせたのである。
「変身しろ!」
「え?」
「いいから、早くしろ!」
石堀は、彼が何をしようとしているのかもわからないので、とにかくラブの命を守ろうとした。相手は殆ど丸腰とはいえ、デイパックは装備している。それがやはり危険だ。中から一体何が出てくるかもわからないし、ガドルのように自発的に変身する事ができるかもしれない。
いや、
「チェインジ! プリキュア……ビィィィィィィトアァァァァァップ!!」
とにかく、自分の状況を理解して、ラブはキュアピーチに変身する。
「ピンクのハートは愛あるしるし! もぎたてフレッシュ、キュアピィィィチ!!」
キュアピーチは名乗りを決め、周りを睨んだが、誰も襲っては来ない。
ダグバは、どこか。後ろを振り向いた。そこにはいない。右を、左を、探し、キュアピーチはダグバを見つけた。
「あっ……!」
ラブや石堀の考えは打ち砕かれた。
ダグバの目的は、今のところは殺人ではない。いや、あくまで、“まずは”命ではない……と言うべきか。ダグバが狙ったのは、ラブと見せかけ……西条凪の懐であった。
「ふふふ」
──ダグバが欲するのは、戦うための力。そのための道具。
それを求めるダグバが、今の移動中に見たのである。
……倒れ伏す凪が抱えるドライバーとメモリを。それは、ダグバにとっても見覚えのある物だ。それを得られれば、ダグバはもっと強い力を手に入れる。
かつて、仮面ライダーダブルと戦ったダグバは、これと殆ど同形の物体を覚えている。多少の差異はあるが、ダブルが腰に巻いたベルトのバックルと、酷似しているのだ。
ダグバは、それを手に入れて、笑った。
「ははは……ここだよ」
「なっ……!」
ダグバの言った“ここ”──それは即ち、石堀の眼前だったのだ。よそ見をする前まで、そこに人影はなかった。
まるで、瞬間移動でもしたかのように、……いなかったはずのダグバが、現れた。
まさか、石堀も自分の手の中で眠る副隊長を狙って来るとは思わなかっただろう。
だが、そんな石堀にも、ダグバの目的がようやくこの瞬間にわかった。しかし、その時はもう手遅れだった。
「変身!」
ダグバが、凪の持っていたロストドライバーとスカルメモリを奪っていたと……そう気づくのに時間はかからなかった。
石堀の認識を超えた速さ。
いや、確かに石堀も見ようと思えば見られたが──それでも、予想ができなかったから、この時まで見ていなかったのだ。
目的も居場所も不明な相手に。
──Skull!!──
ダグバの身体が仮面ライダースカルの姿に変わっていく。
石堀と、殆どゼロ距離で。
「くっ……!」
これでは、石堀もドライバーを取り出して変身する事ができないではないか。
アクセルドライバーを装着できないほどの威圧。
仮面ライダースカルは、スカルマグナムを手に取った。咄嗟に、石堀は身構える。
だが、それが明らかな判断ミスであった。
(いや、この状況で俺よりも無防備なのは……!)
ふと、石堀は己の腕の中に在る女が浮かぶ。
スカルマグナムは、石堀の身体には突き付けられていない。その銃口は、凪の頭を願っている。そうだ、ここにいる凪が危険なのだ…………。
──パンッ!
もう、石堀が何を思っても遅い。
突如、銃声が鳴る。それは人が爆ぜた音だ。声も出ぬ間に。
石堀の顔に血が飛び散った。
「……何?」
──この時、スカルの面の中に、したり顔が浮かんだだろうか。
「はははははっ!!」
彼は、石堀の腕の中で眠る西条凪副隊長の顔をスカルマグナムで吹き飛ばしていた。血のシャワーが石堀の頬をべっとりと濡らした。
石堀は、そのあまりにも一瞬の出来事、そして一瞬の自分の判断ミスを悔いた。
「副隊長……? 凪……? おい……嘘だろ……」
「はっはっはっはっはははははは!!!」
自分の作戦が、自分の未来の可能性の一つが、無残にも打ち砕かれた瞬間である。
ダグバは笑う。
「凪…………凪ぃっ…………!!」
「はっはっはっはっはははははは!!!」
今日までナイトレイダーに入隊して積み上げてきた観察対象との日々。
ダグバは笑う。
「そんな……」
「はっはっはっはっはははははは!!!」
わざわざ力を得るために何年も泳がせた女が、こんなにもあっさりと死んだ。
ダグバは笑う。
「凪いいいいいいいいいいいいいいいいっっっ!!」
「あはっはっはっはっはははははははははははははははははははは!!!」
その慟哭は、石堀光彦ではなく、ダークザギとしての本性が発した物に違いない。
ナイトレイダーの防護服が効果をなさない顔面は、本人か否かもわからないほど……もはや何一つ残していなかった。
もはや、黒岩省吾も何も関係ない。
ラームが吸収されたなら、黒岩を殺せばラームが戻り、凪は帰ると思った。
しかし、戻る体が生命を維持できなければ、もはやラームが還る余地もない。
石堀光彦──ダークザギの計画が、あまりにも簡単に、しかし、完全な狂いを見せた瞬間であった。
【西条凪@ウルトラマンネクサス 死亡】
【残り22人】
△
「はははははは……君はどうかな? 今のリントと同じ目に遭いたい?」
スカルマグナムの銃口が、石堀の顔を向いた時、スカルの手が止まった。
顔を上げた石堀の目を見たのだ。……これは、人間の目ではない。
ダグバは別に、臆したわけではない。
憎悪の目が、ヒトの迫力を超えていた。グロンギとも違う。ここまで見てきた敵とも違う。
グロンギさえも、何もかもを食らい尽くすような、悪の瞳。色は深い闇の色に包まれ、まるで目に暗黒を合成したかのようだった。
それを見て、ダグバは、笑った。スカルの面妖に隠れて見えないだろうが、ダグバの口から笑い声が漏れている。
「…………………………良い目をしているね」
スカルから発される声色は、急に優しいものになった。
ダグバの身体に鳥肌が立つ。頬が歪む。鼓動が高鳴る。
ヒトなら、それを恐怖とも呼ぶ。しかし、恐怖が楽しかった。全く同じ感覚であっても、それを恐怖とは呼ばない。
そんなスカルの首元に、シャイニングブレードが付きつけられた。
「ふざけんな……。てめえは、いま、絶対に許されない事をした!!」
シャンゼリオンである。シャンゼリオンは、その手に握ったシャイニングブレードで今にもダグバの首を刈り落とさんとばかりに力を込めている。
血まみれの女性の姿。それは、今までの同行者だ。キツい女性ではあったが、強く、綺麗で、そして本来なら優しい──良い人であった。
暁さえ怒る沸点を、易々と超えていく露悪な行動に、態度だ。
「このシャンゼリオンが、お前を宇宙の果てまでブッ潰す!!」
シャイニングブレードはそのまま、スカルの首を狙う。
しかし、そのままそれが当たるはずもない。スカルは無論、首を下げてそれを、ひょいと避けた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
しかし、それを避けただけではダグバの敵からの攻撃はなくならない。
脇から、キュアピーチが雄叫びをあげて駆け出し、スカルの腹に膝を叩き込んだ。
石堀の言いつけ通り、ラブがキュアピーチに変身していたのだ。
「あなただけは、許さない!!」
今の、少しでも痛みを伴う攻撃の命中に、ダグバは吹っ飛び、着地する。そして、笑う。
「……やっぱり、群れの仲間を殺すと、もっと僕を笑顔にしてくれるんだね。……とりあえず、眠っているから殺させてもらったけど、ちゃんと強くなってくれて良かったよ」
殺して良かったと言わんばかりの、いや、このためだけに一人を簡単に殺したと言わんばかりの、全く意に介さないような言葉。仮面ライダースカルの口から発される言葉は、全て淡々としていた。
群れ。その言葉は、まるで彼が人らしい感じ方をできないという事の証明であった。
彼には別に挑発をしている自覚はないが、それは挑発に似ていた。
「……君はプリキュアだよね。じゃあ、あのリントの仲間かな?」
キュアピーチを見て、スカルは言う。まるで、炎の中に火薬を投入するように。
彼は、燃え上がる火を見て楽しむ、向こう見ずな子供だった。
「……仲間?」
キュアピーチは、静かに、しかし語調から怒りを感じさせるように、言った。
冷静というより、失望。何もかもが失われたような、心に強いダメージを負ったような語調だった。
「プリキュアも一人殺したよ。黄色い子だったね。君とよく似た姿をした……」
山吹祈里、キュアパインに違いない。
そう聞いた時、キュアピーチは身体の中から湧き上がる怒りを抑えられなかった。
「……ブッキーが……」
予想はしていた。
テッカマンランスが、キュアパッションを殺したと告げた時。あの時から、キュアピーチは、これから敵対する相手が実は自分の親友の命を奪ったのではないかと、そう、心のどこかで思った。
勿論、違うかもしれない。この戦いの中で、殺し合いに乗ってしまった人間は、悲しい事だが何人もいる。しかし、敵に出会った時から、頭の中でそう名乗り出る姿を、頭の中でシミュレーションせざるを得なかった。あるいは、それがきっと、ゴ・ガドル・バでも、ズ・ゴオマ・グであったとしても、今のピーチはまず、その想像をしただろう。
だから、この時、
「どりゃあああああああああああああああっっ!!」
彼女があげたのは、叫び声だった。
予想を超えたわけではない。相手に何を問うでもない。
もはや、この男に言葉は通じないと。仮にどこまで和解を求めるプリキュアであっても、このダグバを見れば、それを例外とせざるを得ないだろう。
気づけば駆け出し、ダグバの胸部にパンチを食らわせていた。
△
「……ふざけるな」
石堀が、ダグバの一言一言に強い怒りと憎しみを持って呟く。深い紫色の闇がこめられたその目に、暁とラブが気づく余地もない。
石堀の身体には、既にアクセルドライバーが装着されている。凪の遺体を地に置き、石堀は呟く。
「アイツを殺した、お前を…………笑顔では死なせない」
──Accel!!──
アクセルメモリが鳴る。
「……変、身!!」
──Accel!!──
石堀は、ダークザギに遥かに劣る今の自分の力で向かうしかない、そのもどかしさに反吐がでる感覚を感じた。
この怪物を殺す。
仮にもし、この怪物が暴れるのが自分たちの元いる世界ならば、一切問題はなかったし、己の配下として操り、可愛がる事も出来ただろう。
しかし、石堀が絶対に守り通さねばならない味方──ビーストやメフィストにもトドメは刺させなかったこの女を、こんなにあっさり殺したこのスカルだけは、許さない。
「地に落ちる絶望とともに……死ね!!」
正義でも悪でもない。これは正義の裁きとは呼ばない。悪による悪のための裁き。
石堀がこの仮面ライダーに望む事は、それだけであった。
△
仮面ライダーアクセル。超光戦士シャンゼリオン。キュアピーチ。
三人の戦士が並び立ち、睨みつけるのは、ン・ダグバ・ゼバが変身した仮面ライダースカルである。
誰もが怒りを覚えていた。
「……!」
かつて、自分たちの大事な物を殺した者を、シャンゼリオンとピーチは思い出しているに違いない。
ヒトとしての迷いを少しは持っていた丈瑠。
どこかキザで、暁とは折り合いが取れなかったが……それでもどこかシンパシーを感じた黒岩。
己の優位を絶対的に証明しようとした……悪人とはいえ、武人だったモロトフ。
そんな……ある程度の主義を持った人間なら、どれだけマシな話だっただろう。この男は、生まれながらの殺人マシーンであった。
他の悪人に対して、どこか共感する事はあったかもしれない。しかし、これだけは言える。ダグバには、共感はおろか、一歩でもその心に近づく余地すら残されていない。
「はぁぁぁぁぁぁっ!!」
キュアピーチは駆ける。スカルの顔面にピーチの膝蹴りが入る。
額のヒビを更に深めるように。ピーチは、そこから数メートル下がる。
ピンクルンから、キュアスティックを取り出す。
「届け、愛のメロディ……キュアスティック! ピーチロッド!」
──ドレミファソラシド♪──
「悪いの悪いの飛んで行け……プリキュア・ラブサンシャイン・フレェェェッシュッ!!」
キュアピーチが、ピーチロッドでハートマークを描く。
「はあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!!」
ハート型の光がスカルの身体を包みながら膨らみ、爆ぜた。輝きの中から、笑い声が響く。
過去にプリキュアたちが戦ってきた相手とは違う。それは少なからずのダメージこそ与えたものの、ダグバの心に影響を及ぼす事はなかった。
「あっはっはっはっはっ!! 面白い攻撃だね」
スカルは、そのままスカルマグナムでキュアピーチの左肩を撃つ。
遠距離からの一発。そして、命中。また、何発かの光弾がピーチの腕や腿の横を掠めた。
何発かの流れ弾は、オープンカフェの白いテーブルやチェアを粉砕した。
「くっ……!」
左肩を抑えながら、キュアピーチは光弾のシャワーを睨む。
「シャイニングブレェェェェェドッッ!!」
刹那、しゃがれた叫び声とともにもう一つの輝きが、ダグバの命を狙う。シャンゼリオンだ。暁の怒りもまた、頂点に達していた。
この男が殺した女性は、一人だけではなかった。しかも、ラブの友人──まだ未来ある女子中学生の殺害。その短絡的な理由。
シャンゼリオンは、他人事とも思えずにただ、剣を振るった。
「あっはっはっ!!」
シャイニングブレードの一撃は、左舷からのラブサンシャインで無防備になった右舷を狙う。技は同じく、一振り。
スカルの右肩に刃をねじ込む。精一杯の力を込めて。
しかし、武器を持たない左舷とは違い、暁が狙ったのは右舷。スカルは、他愛ないとばかりに肩を動かし、シャンゼリオンの胸に何発もの弾丸を撃ち込んだ。
「何っ……!!」
「ふっふふふはははははははっ!!」
「ぐあああああああああああああああああっっっ!!!!」
光りの結晶が、火花とともに飛び散る。何発引き金を引いただろうか。そう、堪えられないほど、同じ場所に。
シャンゼリオンは、そのまま、まるで事切れた人形のように、背中から地面に倒れた。
その姿は、夕焼けをバックに、芸術のように美しい倒れ方であった。
「暁っ!!」
アクセルは、思わず名前を叫んだが、暁の元に駆け寄る事はない。
ナイトレイダー時代の癖か。……いや、凪が倒れた以上、面子も何もない。
しかし、石堀は、ともかくナイトレイダー石堀隊員を貫き通す事になるだろう。作戦は崩れたが、だからといって今の体制を崩してしまえば次のチャンスを失う。
(許せん……)
次のチャンスがあるかないかはわからない。だからこそ、石堀は怒るのだ。このまま、己がナイトレイダーの隊員などというくだらない遊びを続けたまま、貧弱な体のまま、永久的にチャンスを待ち続ける羽目になるかもしれない。
そのチャンスがあるかないか。それもわからぬのに待ち続ける事になる。それしかできなくなる。このダークザギが。
だから、石堀は許せないのだ。
「一気に蹴りをつけてやる!!」
──Accel!!──
──Upgrade!!──
──Booster!!──
黄色い装甲のアクセル、アクセルブースター。以前、メフィストを相手に試している。
あの時は動かされている感覚だったが、今度は違う。
あれ一回で充分勝手がわかったのだ。今はもっと、風に乗る事ができる。
どうやら、試しておいて良かったようだ。
風に乗り、飛翔。ブースターユニットが熱を放射し、エンジンブレードを構えながらスカルの方へと立ち向かう。
──Engine!!──
「グルル……ウ、ウウウウ…………グルルル……! グアオ!!」
彼がこの時、獣のような咆哮をあげていたのは、メモリの音声にかき消されたため、誰にも知られる事はなかった。
──Engine Maximum Drive!!──
「ブゥストスラッシャァァァァァ!!」
ガイアメモリの音声と己の邪悪な声を重ね、エンジンメモリのマキシマムドライブを発動させる。
加速したアクセルブースターがスカルの身体へと滑空し、真一文字、横凪に斬る。
一気に蹴りをつけるつもりだった。
「ぐっ! …………」
流石のスカルにも堪えたらしい。
真一文字に受けた一撃に、思わず声をあげる。
スカルの身体が、何メートルも彼方に飛んでいく。
オープンカフェから店内へ。ガラス張りの壁を破壊して、スカルは店内のテーブルに乗り上げ、転がる。
窓側の板に足が引っかかり、頭でガラス窓を割りながら、起き上がった。
「…………ははははははっはっはっはっはっ!!」
そして、スカルは笑った。
△
暁は、ちょっとだけ夢を見ていた。
「野球~す~るなら~こういう具合にしやしゃんせ~♪」(※JASRAC申請中←嘘)
暁の探偵事務所、大量の美女と大量のパフェ。色んな意味で食い散らかした痕跡が残っている。この時またまた、大量の美女軍団と野球拳をしている夢だった。
エロい夢を見る割に、少し幼稚である。
※豆知識
知っているか!野球拳の作詞をした前田伍健は1960年に亡くなっている!
著作権の有効期限は作者の死後50年だから、たぶん問題はない!
「アウトォッ! セェェェェフッ!! よよいのよォォいッッッ!!!」
全てをかけたジャンケン勝負。暁の声もテンションが上がりまくって、かなり気合の入ったものになっているだろう。二人の手がそれぞれ、勝敗を決めるための形に片付くられる。
暁、パー。
美女、チョキ。
「あ~負けちゃったよ~!!」
……美女が暁の顔に墨で落書きをしていく。大人の事情で、脱ぐ事はないらしい。
羽根つきよろしく、暁の目に墨で真っ黒なパンダ目が作られた。
美女がキャーと声援を上げる。どこから持ってきたのか、パンダ耳のカチューシャを暁の頭の上に装着して、「キャー! パンダみた~い!」、「やだ、可愛い~! 暁ぁ~!」と黄色い声援。
暁的には、負けてもこれで満足。恥でも何でもない。
周りの美女はちゃんと自分を応援している。
いわば天国の夢。
「暁ぁっ!!」
……と見せかけての地獄の悪夢だった。
ロケットランチャーを背負った橘朱美が、事務所のドアを爆破して事務所に入ってきたのだ。突如として現れた突入者に、美女軍団はドン引きの模様だ。
事務所の真上から、大量の砂が落ち、埃が舞う。
事務所全体が揺れるほどの振動が響く。おそらく、この建物の中には大地震の始まりと勘違いした者もいるだろう。
「暁ァァァァァァッ!!!」
今度は、西条凪が、SATの突入よろしく、ターザンロープみたいな紐にぶら下がって、振り子の原理で、窓をブチ破って現れる。あまりにもドスの利いた声であったため、キーンと音が鳴る。
ガラスの破片が周囲に飛び散り、美女軍団の服が破けたり、暁の胸から血が流れたりする。しかし、彼はそんな事よりも、美女軍団の服が破けた方に目をやった。
そんな暁の顔に、凪の手から、よくわからない銃器が付きつけられる。
「あ~~~き~~~ら~~~~~~~~~! う~ら~めし~や~!!!!」
暁が顔を上げると、今度は目の前が薄暗くなり、懐中電灯を使って顔を照らす謎のオバケ。今度は、死んだ人が着てるような真っ白い服を着て、ノリノリで出てくるほむらだ。頭に三角筋を被っている。
美女軍団はドン引きとかいう次元じゃない。
暁は慣れっこだ。幽霊化したほむらにも怯えず、立ち向かっていく。凪にこそ銃を向けられているが、ほむらはこの恰好では銃を持たないだろう。銃を持たないほむらなど怖くないのだ。
とりあえず、怖くないと思ったからには、暁は好き放題言う事にした。
「朱美! 凪! ……ていうか、ほむら! お前に関しては、死んでからも俺の前に出過ぎだぞ! いい加減成仏しろ! もうお前が出てくる展開は飽きた! 毎回趣向を変えて出てきやがって! 実は目立ちたがりなんじゃないかっ!?」
「うるさいっ!!」
暁の額にもう一丁、ほむらの手によって銃が付きつけられる。カチャ、という音が生々しい。暁は思わず、両手を上げる。
「銃!? ……え? ふつう和モノで合わせない? その恰好で銃!? マジかよ……チョベリバ……」
「古い!」
こういう時も半分ニヤケた顔を直せないようだ。心の底から笑っているわけではない。少し引きつった様子を見せているあたり、相手を落ち着かせようと必死のようである。
まさか、本当の笑みというわけではあるまい。
ともかく、彼は落ち着かせようと必死だった。
「ていうか、何遊んでんの。いい加減にしなさいよ」
と、朱美。ロケットランチャーを片手に持っている以外は、一番冷静だ。
とにかく、暁は自分が遊んでいる理由を説明する事にした。
「いや……だって、俺だってさっき戦ってたけど、……その……なんか、やられて痛いし……。だいたい、戦って死んだらどうするんだよ! こんな風に遊べないじゃないの!」
美女軍団は、暁の肩を持って、「いーじゃーん!」、「暁と遊べないとつまんなーい!」、「しんじゃいやー」とほざいている。「やっちゃえー暁ー、こんな女ー」、「やっちゃえやっちゃえー」と、ギャラリーの声が暁を押す。
その気になってきたのか、暁は三人の女性を前に、ちょっとファイティングポーズをした。
「「「暁っ!!」」」
……三人の女性に凄まれ、暁はファイティングポーズを崩して、正座した。本能的に、勝てないとわかったのだろう。
「……えっと、何でしょう」
ギャラリーの美女軍団は、そんな姿を見て、「あーあ、つまんなーい」とか、「白けちゃったー」とか言いながら、容赦なく帰っていった。
「暁、状況わかってるの?」
「あー、暁さんって誰? ……どちら様でしょう? もしかして人違いという奴でしょうか? 僕は新しくこの事務所を買い取ったアサクラっていう者なのですが。あ! そういえば前の探偵が涼村暁とかそんな名前だったかなー。僕に顔似てたなー。うーん……ここはもう、涼村探偵事務所じゃなくてアサクラ法律事務所なんだけど……あ、看板直すの忘れてた」
暁は、看板を見て、直しに行こうと歩き出したが、そんな彼の前にまた銃口が付きつけられ、暁は両手を上げて止まった。
ほむらがご立腹のようで、しかし慣れっこなので比較的冷静に語りかけた。
「何わけわからない事言ってるの? とりあえず起きなさい。そこから先は期待しないから」
「いや、だから……死んだら嫌なんだよ! 死にたくないし、痛いのは嫌なんだ!」
「いいよもう、死になさい。別にいいから。あんたが敵を倒す期待はしない。でもせめて、死ぬ時はせめてカッコよく死になさい。先の同行者として情けないから。仮にもヒーローなんだから」
「え? だから嫌だって。……あ、そうだ。ならさ、なんか死にそうになったら声援してよ。なんかほら、あるじゃない? 子供とか街の人とかが『がんばれー、シャンゼリオーン!』、『うおおおお、シャンゼリオーン!』って言ってパワーアップするやつ。俺が死にそうになったらそれやってよ。スーパーヒーローだし、どうせあれやればパワーアップして敵倒せるんでしょ? 美女の声援があれば俺はパワーアップできるかもなー、いやー」
「……あんたが一度でも、人々の信頼を勝ち取って、それらしい事したっけ?」
「…………」
暁が黙った。
「えっと……これからする予定、なんだ……。なんです、ハイ……」
上司に仕事が済んでいない事を叱られているかのように、暁は委縮した。
言葉の後ろがちょっと小さくなっている。
今度は朱美が前に出た。
「だいたい、あんたアレでしょ。何気にカッコよさげな展開の途中だったでしょ? こっちとしては、その展開も飽きてきたけど」
「……ああ、そういえば、ハイ。……いやいや、飽きないでよ。もっと俺のカッコいいところを見てよ」
「ねえ、あれはカッコつけじゃなくて、素なの?」
凪が問う。彼女は厳しい目で暁を見つめた。
「……ハイ。気づいたら、ああ言ってました……ハイ。つい調子づいて。……あの、お説教なら短くね、あんまり長いと読む気に……じゃなかった、聞く気にならないから」
「……それで、今の体たらくは何?」
「これも素です……ハイ」
要は、気分の波が激しいのが涼村暁だ。
何でもその時の気分。楽しい方、自分の感情の向いた方に突き進んでいく。
生き方は刹那的。前の意見をすぐにとっかえてしまう事だってある。
しかし、根っこは変わらない。どんなにその場しのぎの言葉が変わってしまっても、彼の性格の根っこは何があっても変わらない。
「じゃあ、それがあなたの本当の姿と見込んで訊くわ……。普段だらしないけど、なんだかんだで女の子に優しいのは誰?」
ほむらが暁を睨む。それは鋭いものではなく、どこか優しさが含まれていた。
「普段はよわっちいけど、なんだかんだで……………………………えーと………………………………………あー、……うん。女の子に優しいのは誰?」
朱美が、ちょっと考えた後で、訊く。
「普段はバカだけど、なんだかんだで女性には優しく接したのは誰?」
凪が、何の躊躇いもなく周囲と丸被りな事を言う。腕を組みながら、少し上目遣いだ。
「…………あのー、一応訊くけど、俺の良いところってそれだけ? 他にないの?」
「「「ない」」」
三人の女性は声を揃えた。
暁は、少ししょんぼりと肩を竦める。
しかし、こんな事言っても、なんだかんだ言って、やる気になってきちゃったりするのが暁である。
まあ、あれだ。ちょっと疲れてたから、息抜きに美女の声援が必要だと思って、暁はいまちょっと夢を見たのである。
補給。そう、補給だ。
「でも、そんな暁に私は惹かれた。がんばってよ、暁。こんなところで挫けたらカッコ悪いよ……」
「まあ、あなたなら何だかんだ、やれるわよ。なんだかんだでノリだけは良いんだから」
「その男の名前が、どんな形でも世界に残るように。たとえ情けない名前だったとしてもいいはずよ。それでも、生きるために……戦いなさい」
三人がそれぞれ纏めに入った。
ふと、暁がそれを聞いて……思った事を口に出す。
「……ていうか、俺ちょっと倒れて面倒くさくなっただけで……別に死の淵を彷徨ってるだけじゃないよね? 何? この展開……」
「「「空気を読め」」」
△
「……はっ! 俺は一体!」
シャンゼリオンは、意識を取り戻す。
「……大丈夫?」
ピーチは、仰向けで倒れるシャンゼリオンの身体を起こそうとしていた。
なるほど、随分と胸部が割れている。シャンゼリオンのクリスタルが割れるという事は、同時に暁の身体が傷ついているという事だ。
「ああ、大丈夫だ……。大した事ない。くそっ……なんか変な夢見ちまった気がするな……。なんだっけかな……。あ、でもちょっと元気出たかもしんない。美女が出てくる夢かなぁ……」
シャンゼリオンは、自分がどんな夢を見たのか、特に思い出す事はなかった。美女の声援があったような事だけ覚えていた。
ともかく、彼は、シャイニングブレードを杖にして、強引に起き上がった。ダグバは吹き飛び、ピーチもこうしてシャンゼリオンに気を回せた。
それだけ、アクセルが強かった。仮面ライダーの力に合うのは、やはり仮面ライダーなのだろうか。同じガイアメモリの戦士である以上、その特性への対抗策も込められている事だろう。
「そうだ……そんな事より、あいつを……潰さないと」
「……まだ戦うんですか? 暁さんは休んだ方が……」
「それは駄目だっ!!」
シャンゼリオンは、少し声を荒げた。ラブを相手にこんな言い方をした事はない。
だから、彼はいま、ラブの目を見て話してはいなかった。少し遠くに戦いのステージを移した二人の方を、シャンゼリオンは見つめる。
「……あいつ言ってやがっただろ。『黄色いプリキュアを殺した』だって……。君と同じプリキュアの仲間を……」
その黄色いプリキュア、というのを暁は見た事がなかった。
しかし、ラブの目の前で、笑いながら、彼はそう言った。
その記憶がだんだんと、暁の中で克明に思い出され始めていた。
「ラブちゃん……。祈里ちゃんを殺したのはあいつなんだってよ。いや、あいつはほむらだって殺そうとした。凪も殺したんだ。俺達だって殺そうとしてる」
シャンゼリオンの腕がわなわなと震えているのがわかった。
今の暁は、いつもの、明るい暁じゃない。
たとえ殺し合いの状況でも、やたらめったら元気だった暁が、あの男や黒岩の事になると、怒りを燃やしている。
それこそ、旧知のラブ以上に、この男は、山吹祈里の死に怒りを燃やしていたのである。
「……ほんと、許せねえぜ。ほむらの……俺達の仮面ライダースカルに、あんな奴が……無許可で、勝手に、何の断りも無く……変身した事も許せねえ。俺を殺そうとしてるだって? 俺にとって、黒岩の次に最悪の敵だよ、ほんと……」
シャンゼリオンは立ち上がった。
仮面ライダースカルは、暁美ほむらが変身した仮面ライダーだった。
あれを装着していいのは、自分とその仲間だけである。あの姿の戦士が敵になるのは、暁にとっても辛い。
「……実を言うとな、俺はなるべく……怒った顔を見られたくないと思ってるんだ。こんな声だって、あげたくない。……だが、こうして目が覚めてみると、俺はあいつの笑い声を思い出しちまって……、なんだか殺したくなるほどイライラする。もし、今俺がシャンゼリオンに変身していなかったら……どんな顔をしてるか、わからない」
今の暁の表情は、きっとラブの知っている暁の顔とは違うものになっているに違いない。
明るく、楽しく。そう言った暁が、それほどの怒りに顔を歪めている。
それを、シャンゼリオンの仮面の下に隠して、彼は戦う。
「だから、悪いけどさ、今の俺には近づかないでくれ。てか、本当に悪いけど、来ないで。……まあ、君の友達の仇は俺が取るからさ。なんといっても……俺がブチギレないで済むためにも、絶対、あいつを倒さなきゃならないんだよ!」
そんなわけがない。そんな理由じゃない。
ラブは知っている。少なくとも、暁は、男なんだ。
ラブや、美希や、祈里や……女の子を守るために、戦おうとしている。
大輔を見てきたからわかる。
男は、そういう物なのだ。
「じゃあ、ここにいてね。……俺はね、もう、親しくなった女の子を失いたくないんだ。……それに、ここからは18歳未満立ち入り禁止だぜ。君はまだ中学生」
いつもの、妙に優しく、妙に明るい声で、シャンゼリオンが立ち上がる。
暁美ほむらが死んだ時、シャンゼリオンが胸に抱いた哀しみ。
今、西条凪が死んで、シャンゼリオンの胸に残る怒り。
全て、ぶつけるのは敵に対してだ。
かつて、ダグバと戦った時、同じように立ち上がった男がいた。
「……全ての女の子に優しい、この、超光戦士シャンゼリオン……いや、涼村暁が!」
その男もまた、己の名前だけで立ち上がった。
その男は格闘家だったが、暁はしがない探偵だった。探偵といっても、立派な探偵ではない。普段はバナナパフェを貪り、借金で女遊びをして、毎日だらけていてやる気もない。依頼はイヌネコ捜索ばかりで収入も殆どない。知能は小学生レベル。
しかし、そんな男も、一人の戦士だった。己の名前がある事が、戦士を立ち上がらせる理由だった。
「変態露出狂クソバカ痴漢ゴーカン魔の女の敵の脳天ボタベラ(←?)ダークザイドウンコ野郎を……ブッ潰してやるぜ!」
△
ブースターを解除したアクセルのエンジンブレードがスカルの銃身を叩く。生身を狙ったはずが、こうしてスカルマグナムに防がれたのである。
スカルは、そのままアクセルの腹部を蹴る。そして、突き放した後、よろめくアクセルの身体に二、三発の弾丸を撃ちこむ。
「ぐぁっ!!」
アクセルの身体に全て命中。赤いボディに閃光が走る。
中の石堀も振動し、システムの誤作動を予感させる。また後方に下がり、重量に耐えきれず、思わず膝をつく。
「くっ……」
アクセルは、エンジンブレードのスロットにメモリを装填した。
──Engine!!──
──Engine Maximum Drive!!──
「エーススラッシャー!!」
エンジンブレードから発動するAを象った光の刃。
それは、一直線にスカルの腹を狙う。ベルトの真上を通って、スカルの身体に光の粒子が押し込まれ、すぐに消えた。
スカルはどうやら、ダグバとしての戦闘力の高さも手伝って、相当なエネルギーを持っているらしい。既に二度もマキシマムドライブを耐えている。
「まだ死なないか……化け物め」
「……それを言うなら……。……いや、やっぱりいいかな」
今の一言で、石堀は確信する。ダグバは、どうやら……薄々でも気づいたようだった。
彼は、「それを言うなら君も」と言いたかったのだろう。
ならば、石堀としても、尚更殺さねばならないらしい。
こいつが余計な事を言う前に。
「ふふ──」
アクセルがふと見れば、スカルの姿は消えている。
またか。小賢しい。スカルは、ダグバの持つ神出鬼没な性をそのまま継いでいるようだった。
しかし。
「ハァッ!!」
アクセルはスカルが何処にいるのかを見破り、裏拳を叩き込む。振り返る隙もない。今のアクセルでは、振り返るスピードはないのである。
アクセルの裏拳はスカルの顔面を叩き割りかねない勢いだった。だが、すんでの所でその直撃を回避し、アクセルの裏拳はスカルの面妖を触りながらも、滑るように宙を叩く。同時に、アクセルの後頭部にもスカルマグナムの一撃が何度も命中していた。
「……くっ!」
肉を斬らせて骨を断つ、ゼロ距離でのスカルマグナム。
暁の時と同じ戦法の強化版だろう。確かに、この戦法は有効だ。何故なら、スカルは自分が受けた攻撃を「肉を斬らせた」と認識していないから。自分が痛みを受ける事も楽しみであったし、この時は顔面に直撃というよりは、側頭に掠った形であった。
アクセルの額が地面につく。……いや、今俺は、倒れているのだ。石堀としては、初めての屈辱である。
(……この男、正真正銘、強い)
アクセルは、己が闇の力を発動できない事を呪った。
死なない程度には頑張れるだろう。アクセルを使いこなせば、まだ何とか戦う余地がある。
そんな時、シャンゼリオンが目の前に、戦場に現れた。気絶していたのではなかったのか。
「……石堀! 助けに来たぜ!」
「いらん! 邪魔だ! 今すぐ帰れ!」
現れたシャンゼリオンに、アクセルは思わず、ありったけの怒号を飛ばす。
まあ、来てしまったからには仕方ない。盾代わりくらいにはなるだろうか。
変に来られても邪魔なだけだとは思ったが。
「寂しい事言うじゃないの。……でも、俺はやるぜ! ガンレイザー!」
シャンゼリオンの手にガンレイザーが握られる。
ガンレイザーから、何発もの光線が発される。何発かはスカルに命中するが、さほど意に介した様子もない。
「ありゃ……効いてない?」
「全部弾いてるんだよ、バカ! 邪魔だから来るな!」
アクセルが叫ぶ。スカルの体躯は、ガンレイザーの発するビームを全て弾いていたのだ。
「じゃあ、仕方ないか。……これなら弾けないだろ♪ シャイニングクロー!」
シャンゼリオンは、続いてシャイニングクローを装備した。
しかし、これはシャイニングブレードやガンレイザー以上に不利な戦法のはずだ。
ダグバの今の戦法は、ゼロ距離からのスカルマグナム。スカルパニッシャーやスカルマグナムの連発によって、同じ個所に何発もの光弾丸を命中させる。その結果、フォームチェンジや強弱の差を一瞬で縮める。
敵の攻撃を受ける事もそのまま楽しみに昇華させる事ができる彼ならではの戦法だろうか。根本的に痛みを知らない。
シャイニングクローのヒットは、短い。それを受けやすくするだけではないか。
アクセルは、遠目にもシャンゼリオンの無策で考え無しな戦法を見て、少し
「おらっ! 行くぜ!」
シャイニングクローで、シャンゼリオンはスカルに向かって駆けていく。
シャンゼリオンは、黄色いのディスクを装填する。
「ディスク装填、クローバースト!!」
駆けながら、クローバーストの光線がスカルの身体に命中する。
シャンゼリオンは、そこからまたディスクを変える。
「ディスク装填、クローパンチ!!」
クローバーストで敵の動きを止めてから、クローパンチの一撃に賭ける。
そういう戦法だった。
もうスカルは眼前まで迫っている。
「はははっ……!」
タイミングを合わせ、スカルが、スカルマグナムをこちらに向ける。
──Skull!!──
──Skull Maximum Drive!!──
スカルの銃身は、先ほどの戦法とは違ったやり方を始めていた。
マキシマムドライブ。スカルパニッシャー。
この攻撃を受けたら、一たまりもあるまい。
シャンゼリオンは、それでも、前に進み、シャイニングクローの一撃を届かせようとしていた。
幸い、相手が動かなければ問題ない。
「……なあ、変態クン。俺がシャイニングブレードを持って来ないのはどうしてだと思う?」
「……何? どうしてかな?」
「へっへっへっ……無策に突っ込んできたと思っちゃった? 全く、バカだなぁ、君は。この天才シャンゼリオンが、そーんなバカな事するわけないじゃないの」
シャンゼリオンは、自信たっぷりに笑って言う。
「上を見ろ!!」
これは、暁が暁なりに考えたスカル対策だ。
ダグバが言われた通り、上空を見てみれば、そこにはダグバたちの元に落ちて来ようとする物体があった。
急降下。ダグバめがけて、何かが落ちてくる。
~~~打倒!変態全裸野郎!暁の作戦~~~
①あらかじめ、シャイニングブレードを空に向けて投げる(あいつがいそうな所に)。
②その後、シャイニングクローで突っ込んでいく。
③見た感じだと、敵はさっきの戦法を使ってくるだろう。
④こっちに銃弾を向けた時、シャイニングブレードが相手の腕に落ちてくる。
⑤変態全裸は手を離す。
⑥そこをシャイニングクローからのシャイニングアタックでトドメだ!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
そう、落ちてくるのはシャンゼリオンがあらかじめ投げておいたシャイニングブレードだ。あれがスカルの腕に落ちてくれば、スカルはスカルマグナムから手を離すに違いない。
その瞬間、相手は無防備だ。
パワーを込めたシャイニングクローが敵をひっかき、最後にはシャイニングアタックで悲鳴を上げながら大爆発するに違いないのだ。
どこをどう飛んできたのか、シャイニングブレードは刃を下に向けて落ちていく。
「おりゃあああああああああああああああっっっ!!」
シャンゼリオンは、シャイニングクローをスカルの左肩に向けて食らいつかせようとする。
シャイニングブレードが、落ちる。
△
キュアピーチは、遠目にその光景を見ていた。
距離にして、五十メートルはあるだろうか。
しかし、キュアピーチの目ははっきり見ていた。
彼らのもとに行ってはいけない。何故なら、それは、暁の言いつけでもあるからだ。
彼が戦おうとしている理由は、キュアピーチにもわかる。
「……お願い、ブッキー、せつな、大輔、美希たん、マミさん、一文字さん……あの人に……力を貸して!」
キュアピーチは、両手を組んで祈る。
目の前で光るマキシマムドライブの黒い光を、どうかかき消してくれるように。
ダグバの手の元に、あの剣が届くように。
それが、これ以上ラブの大事な人を奪っていかぬように。
「がんばれ……シャンゼリオン!!」
キュアピーチは、胸いっぱいの想いを込めて応援した。
△
「くらえええええええええええええええええっっっっ!!!! おりゃあああああああああああああああっっっ!!」
AパートのラストとBパートの始まりで微妙に台詞が違う、という特撮ヒーロー番組みたいな事をやりながら、シャンゼリオンは駆ける。
シャイニングクローがスカルの身体に近づいていく。
シャイニングブレードが、上空から落ちる。
「……シャイニングブレェドドォォォォ……!!」
──すかっ!
「…………あれ?」
シャイニングブレードは、シャンゼリオンの右横でアスファルトの上に落ちた。
どうやら、シャンゼリオンが見計らったタイミングでは、シャイニングブレードが落ちてない。
というか、シャイニングブレードは、スカルの腕に落ちるはずなのに、全く的外れな所に落ちている。
……。
……………………。
「…………作戦失敗? てへっ☆」
からころからん。ころん。
虚しい音を立ててシャイニングブレードが落ちた。
全く、的外れな場所に落ちたらしく、シャンゼリオンは思わず動きを止めた。
スカルも、思わず動きを止めている。
寒い空気が、命の取り合いの世界に流れる。
「……やっぱりお前はバカだ! くそっ!」
遠くから、アクセルの怒号が聞こえてくる。アクセルは、痛む身体を起き上がらせながら、叫んだのであった。
アクセルの一声とともに、流れていた時間が戻る。
「……なんだか当てが外れたみたいだね。じゃあ、トドメだよ」
「くっ……ここまでか!」
スカルが引き金を引き、マキシマムドライブが発動する。
スカルパニッシャー。破壊光弾を連射するマキシマムドライブである。
それが発動されようという瞬間、シャンゼリオンは、眼前に突き付けられたスカルマグナムが火を噴くのを見ていた。
万策尽きた。
暁が知恵を振り絞って考えた策もまた、無意味。
「ぬおっ……! うおっ……!」
何発もの黒い光弾がスカルマグナムから発射され、鋼の身体に致命傷を与える。
「ぐあああああああああっっっ!!!」
悲しい叫び声が、街に響いた。
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最終更新:2018年01月29日 15:16