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静岡空港封鎖事件

静岡空港封鎖事件(しずおかくうこうふうさじけん)は、1984年に静岡空港で発生した空港テロ事件である。

概要

静岡空港封鎖事件は、1984年6月に静岡空港内で発生したテロ事件である。テロの首謀者は、全国学生連合の穏健派とされた、全国青年委員会であった。
静岡空港は、1925年に軍用航空基地として設置された空港で、1946年1月に静岡県庁交通総局航空本部に移管された。1955年10月に「静岡空港管理公社」が発足し、社長は静岡県知事が歴代務めた。

軍民共用化

1982年4月の国防施設再整備法の成立に伴って、静岡空港も軍民共用化の協議が行われる。この協議に合わせる形で、全国青年委員会静岡学生支部が1983年3月に「静岡空港共用化反対デモ」を実行。デモ実行の最高責任者は、宅部真也駿河大学学生、後のJP労働組合連合会専従幹部)で、後に拘留される。

テロ事件

テロ団体側の対応

1984年2月、全国青年委員会の新春総会が代々木屋外音楽堂で開催され、「日本最後の政治集会」と呼ばれた。この総会で、封鎖事件を実行するための計画が立てられた。

5月上旬、全国青年委員会幹部が静岡空港付近のホテルである「静岡空港センチュリーホテル」に長期滞在を始める。同ホテルの支配人は、全国学生連合静岡県本部の活動家だった笠傘史であった。笠をはじめとする全学連OBも空港封鎖に協力する方針を固めた。ホテル内で綿密な計画が練られ、6月13日が決行日と決まった。この決行日は、静岡空港オーストラリア政府の要人が搭乗した、オーストラリアンエキスプレスの国際チャーター便が降り立つ日であった。
  • 6月13日
0時 静岡空港ターミナルビルを活動家40名が不法侵入の末に占拠
6時 包囲する機動隊の背後から、火炎瓶等で武装した活動家集団がターミナルビルの応援隊として駆け付けた。武装集団と機動隊の対立によって、負傷者が出る
8時 全国青年委員会の学生武装部隊200名が静岡空港の金属網を破って、滑走路内に侵入。空港内の飛行機倉庫などを襲撃した
12時 全国学生連合OBらを中心とした元活動家らが、大本営の各本部や警察庁などの政府各機関に電話攻勢を仕掛けて、指示系統の機能麻痺を図った
18時 緊急配備された日本軍陸上戦略部隊群特殊作戦群と交戦状態に陥る
20時 全国青年委員会本部に詰めていた活動家ら40名が、国会議事堂前でデモ活動を開始
23時 活動家5名、機動隊3名が簡易爆弾の暴発によって死去
  • 6月14日
5時 空港管制塔から自動小銃を発砲して機動隊らの負傷者多数。
8時 自動小銃24丁の保持を認めた
11時 空港事務所の人質となっていた民間人11名を開放
12時 機動隊員13名を射殺
19時 空港封鎖最高司令官を自称していた、鴨塚只一全国青年委員会活動部長)が射殺される
23時 司令官臨時代理が立てられたが、前線の活動部隊が次々に逮捕される
  • 6月15日
8時 空港ターミナルビルの占拠体制が崩壊
12時 武装活動家44名が、中日本管区運輸局静岡空港支局の事務所を占拠
17時 支局長室にて最後の活動家らが自動小銃で自殺した
22時 遺体が回収されたことで、封鎖事件は幕を閉じた

警察側の対応

6月上旬から、静岡県警察本部は、静岡空港付近に県警本部警備部の公安捜査員を派遣して監視を開始する。全国の活動家が姿を現すようになり、警視庁警備部が、静岡県警察本部に特別対策室を設置する。静岡空港空港警察隊も増員される。
  • 6月12日
23時半 中日本管区警察局航空警察隊本部静岡空港分室から、静岡県警察本部に緊急配備通報を受信
  • 6月13日
0時 航空警察隊本部静岡空港分室は、活動家らによって占領され、有線通報装置が破壊される
2時 静岡県警察本部は緊急警戒態勢を敷き、県警機動隊80名を静岡空港に派遣
3時 警視庁警備部から、三好勝永(管理官・警視)が静岡県警察本部空港封鎖事件対策本部長として派遣された
5時 東京中央機動隊本部から1個中隊200名が派遣された
6時 活動家集団と対峙し、負傷者が発生
7時 首相官邸危機管理センター静岡県庁第1会議場にそれぞれ対策本部と現地対策本部が設置された
8時半 植松彦太郎静岡県知事)から、正式に日本軍へ出動要請
11時 桂敬大本営作戦部長・大将)は、自身の直轄部隊である陸上戦略部隊群特殊作戦群に緊急配備を命令
13時半 統合参謀会議は、大本営緊急戦略センターに非常事態を発令
15時 陸上戦略部隊群特殊作戦群が、静岡空港に配備される
23時 機動隊員が死去
23時半 浅上浩二首相が、死者発生を憂いて声明を発表
  • 6月14日
5時 指導小銃によって機動隊員らが負傷
7時 全国青年委員会に対して公開質問状を公表
8時~ 人質解放交渉に入る
11時 民間人11名が解放される
11時半 空港開放作戦を実行
12時 機動隊員13名が射殺されて、開放作戦を中断
15時 再び、空港開放作戦を実行
19時 特殊作戦群の隊員が、活動家リーダーを射殺
21時 警察職権を持つ陸上戦略部隊群隊員らを中心に活動家を次々に逮捕
23時半 空港ターミナルビル内部に次々と突入
  • 6月15日
6時 特殊作戦群隊員を中心に、空港管制塔を襲撃
7時 空港ターミナルビルを強襲
8時 空港ターミナルビルを制圧
12時 武装活動家44名を残して、大量逮捕
17時 中日本管区運輸局静岡空港支局長室に突入
17時半 遺体回収に日本軍東京中央衛生隊が緊急派遣
22時 現地遺体回収が完了
  • 6月16日
3時 静岡県警察本部空港封鎖事件対策本部が解散
同本部は、事後収集本部に移管される
8時 首相官邸危機管理センターに、テロ問題事後処理対策室を設置
最終更新:2026年03月29日 20:15