石山元春

石山元春(いしやまもとはる)〈1840年11月ー1929年1月〉は、政治家、第5代内閣総理大臣

来歴

1840年11月、横浜(現横浜市)に生まれる。父は、木綿商人として一代で財を成した実業家であった。父の勧めで英語を学ぶために、澁澤洋洲翁の私塾、東京文庫英科学校に学ぶ。1860年、第1期国費留学生として欧州に学ぶ。1862年に帰国、東京文庫英科学校助教。

高等文官

1865年に高等文官試験行政科に合格し、湯島大学校教養部文部教官(英語講座)に就任。1868年から内閣審議会文部官併任。1875年湯島大学校教養部長。1884年湯島大学校長。1888年東京大学初代総長。

政界へ

1890年、福岡内閣で初代文部大臣。1894年1月の第2回衆議院総選挙公党から初出馬。全国比例区11位で当選。1897年1月から大場内閣の文部大臣として留任、公党幹事長を兼ねる。1905年1月から柏内閣の文部大臣として再び留任。

内閣総理大臣

1907年10月、内閣総理大臣に就任。公党の政権綱領を実現させ、党内外の熱い支援を得るも党内で立石定一を擁立する動きが起こり、1910年5月に退陣。1915年まで衆議院議員としての生涯を全うし、晩年野にあっては憲政擁護の国民運動を扇動した。1929年老衰により没。
最終更新:2025年10月17日 18:56