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【ある運送業者の記録(ミズハミシマにて)】

「うわ、どうしたんですか。その服」
「…………」
開口一番に浴びせられた言葉に辟易とした。
「悪イカね、私ガこウイウ服ヲ着てイテは」
「だって、普段はもっとこう…クルスベルグドワーフみたいな恰好をしているじゃないですか」
長袴のことか。確かに職人向けに作られた彼らの丈夫な長袴は私の愛用するところだ。いくら穿いても駄目になるという事を知らない。
《向こう》の人に見せたところ、「まるでジーンズのようだ」と言っていた。
腕を広げ、私は自分の身なりを確かめた。
長着、羽織、袴を纏った正装である。白の重ねもきちんと下に着ている。
色も長着は黒、袴を灰色とした一般的なものだ。普段は着もしない正装に自分の主張をするつもりはない。
窮屈なその襟を緩めようと努力しながら私はお品書きを指で叩いた。
「トにかク、マずハ甘イモのヲくレ。疲レた時ハこレニ限ル」
「はぁい。何がいいです?」
「任セル」
はぁい、と二たび気の抜けた返事をして女中は下がっていく。
ミズハミシマにおける一般的な建築材料《海竹》を壁材料にした茶屋の中、私は茶を原料としたどろりとした液体を啜る。
海中にあるミズハミシマの都市では飲み物は海に溶けてしまうため、こうした寒天状に固めるのが主流である。
精霊の力に頼れば液体状の飲料を口にすることもそう適わない夢ではない。事実慣れないと飲みにくさを感じるので住民以外向けにそうして品を出しているところもあるし、商売として成り立っている。
が、星の数ほどあるミズハミシマの飲食店でいちいちそれをしていればいくら精霊といえど間に合わないし、手間だ。
元より飲料と言う概念が無かった海中棲人たちにとってこれは外部からの文化が入った結果たどり着いた答えなのだろう。
今ではすっかり一般的なこの飲料を再び口にし、私はやっとひといきついた。
いやぁ、肩が凝った。


私はヴだ。名前である。一文字だ。本当はもっと長いが正式な名前は誰も覚えられないので割愛する。
《鮫》の魚人である私は海運業を営んでいる。あちらの国で品を買付け、そちらの国で品を売りつけ、こちらの国でまた品を買い付けるといった塩梅に。
今回、私は祖国であり拠点であるミズハミシマに戻ってきていた。
しかし今回の帰国はただ『拠点だから』という理由ではない。もっと大事な理由だ。
というのも………。
「本当にどうしたんですか?」
「難シい話じゃナイ。幕府ニナ、税ノ納入ヲ済マセて来タのダ。…オ上へ登ルのニ普段着トイう訳にハいカンだろウ」
「ああ、お疲れ様です」
食べ終わった皿を下げて女中の彼女が茶を出しなおす。
茶屋『アタゴ』。ここもいよいよ馴染みの店だ。故郷に帰ってくるとよく使っている。
息の詰まる首都ヨニカ・ゲア・カシからサババスを使って港町近くへようやく戻ってきた時にこの茶屋があるのは正直ほっとする。
首都はどうも苦手だ。武官として幕府の警護のため働いている兄弟に合うと面倒臭い。
実家の代々の家業である武官から離れた私の業ではあるが…まぁ仕方あるまい。
「親父サんハ元気かネ」
「見ての通りですよ。滅多に厨房以外には出てきません。出てきてもお客さんに文句を付け出すから困るんですけどね」
うるさいぞ、と厨房に続く暖簾の先から野太い声が響いてくる。
女中の娘さんはこれはしたり、とばかりにちろりと舌を出して肩をすくめた。私はこの無遠慮さがいいんだがな。
こうして他に客のいない店―――無論時間帯を狙ってきているのであり繁盛していないわけではない―――で私の話し相手をしている女中。彼女はミクリという。《タツノオトシゴ》の人魚だ。
ここの家系は独特の種で、エルフの葉翼のような器官を体に纏っている。私が見ている分には優雅に見えるが余人には分からぬ苦労があるのだとか。
魚人と人魚という種族はかなり近しく区別の定義が難しいが、私からすれば魚人は「人と魚の境界が曖昧な姿」で人魚は「人と魚の境界がはっきりとした姿」ということになる。
あとは、これは『まことしやかに囁かれている』という程度の言質だが…人魚には美人が多い。
世界で3つ、美人の多い種を上げろという話でよく候補に挙がるのは「エルフ」「狐人」、そして「人魚」となることが多い。
多分に主観の混ざった話であり個人によって見解の相違があるのは間違いのないことだ。私としてもケンタウロスの女性は凛々しく美しい方が多いと思うし、古い血筋の猫人は高貴さを感じさせる銀色の毛並みが眩く、蟲人の《蝶》種は鮮やかな羽が美麗であると断言する。
種としての容貌についてはさておき、ミクリが可愛らしい娘さんなのはおおよそ誰でも頷いてくれることだろう。
「マぁあノ調子なラバこノ店モ安泰だナ」
「どうだか。ヴさんみたいな常連さんにご贔屓にしてもらってようやく支えられてますよ。もっともっと来てくださると嬉しいんですけどね?」
いたずらでも思いついたような不敵な微笑みで上目遣いにミクリが私を見た。緑のグラデーションがかかった金髪の下で目が笑っている。
歳の割に童顔な彼女がこういう顔をすると絵になる。髪を後ろで編み込んだり、どういう姿が自分に映えるのかよく分かっている。
当たり前か。彼女の仕事が仕事だ。
「悪イナ。仕事デ方々ヲ飛ビ回っテいるトしょっチュうトいウ訳にハいかンのさ。ミクリの方ハ本業ハどうナンダい」
「……あー、それがですねぇ」
胡乱げな顔で上に着ている紺色の紬の袖をミクリは弄った。
はて、上手く行ってないのかと思案したがすぐに彼女の顔が曇った理由に思い当たる。
「もシカシて、例ノ騒動カ?」
「そうなんです!枕営業がバレた一件ですよ!本当にいい迷惑です!こんちくしょー!」
手に持った盆を砕く勢いでミクリはぎりぎりと拳をわななかせた。
ここでは実家の手伝いをしているが彼女の本業は《踊り子》だ。
人魚の女性というのはこういった芸能の道へ進む者も多い。種の傾向として歌謡や舞踊を幼い頃から納めさせる家が多いためである。
その中でも踊り子は特に重要な役職になる。ミズハミシマの公的な行事に舞を奉納するのが彼女たちの仕事だからだ。ある意味では国を背負っているということになる。
当然狭き門であるし祀族長オトヒメ並びに龍神シマハミスサノタツミノミコトの御前で踊れる者など掌で掬った水ほどしかいないが、それだけに国民からは人気がある。
そう、それだけ重要だということはそれだけ利権と金が絡むという事だ。
「しカシ、君ノ所ノ屋号でハ無かっタはズダが」
「関係ありませんよ、業界全体がまた白い眼で見られるんです。お陰で末端の私たちは何もしてないのに状況が落ち着くまで待機命令ですよ。ああ、もう!」
気炎を上げるミクリ。気持ちは分からないでもない。
業界の中で競わせるため踊り子の中では様々な屋号が存在する。ミクリもまたそのひとつに属している新人踊り子だ。
屋号間では踊り子たちの移籍や共演などが日々日報で伝えられ、民衆たちの世間話を賑わせている。ある《向こう》の者はこれを指して「アイドルのようだ」と言っていた。あちらにもこういう職の者たちがいるのだろう。
しかしこの業界も綺麗な話ばかりではない。衆目の目に触れる機会の数と言うのは踊り子たちにとって死活問題だからだ。
それがまぁ、現在の話につながるわけである。
「どコノ国でモ、どコノ種でモ、金ト女ガ絡ムと面倒ナ事ニなルナぁ。『踊り子業界の腐敗』トカ、日報デモ散々煽らレテいルぞ」
「勘弁してほしいですよ。真面目にやってる人たちが馬鹿みたいじゃないですか!」
「……真面目ニやっテイるのカね?」
「やってますよ!当たり前じゃないですか、失礼だなぁ!」
「ククク」
憤慨する彼女をやんわりと手で制しながら私は考えた。さて、どう言葉をあげたものか。
少し頭の中で吟味した後、私は喋り出した。
「……今日ノ理由ヤ明日ノ都合デ浅慮ナ行動ニ走っタ者ノ成ス事なド、すグにメッキが剥ガレて底ガ見えルものサ」
「はい?」
「現ニこんナ事ニなっテいルだロウ?『真面目ナ奴ハ馬鹿ヲ見ル』トは言ウが、こノ仕事ヲしてイテ見えテクるのは最後ニ勝ツのハ真面目ニ取リ組んダ者ダという事ダ」
「そんなものでしょうか」
「ソんナものダよ。考エナしも良クナいがナ」
いまいち納得のいっていないミクリを見て思わずぐつぐつと喉の奥で笑う。
他人に説教できるなど自分も偉くなったものだ。それとも、歳を取ったのか。
「ううん…ヴさんがそう言うならそうなのかもなぁ」
「随分買っテくれテイるナ?」
「そりゃあ、海運業のヴといえばどんなところにも何でも運んでくれるって界隈じゃ有名ですよ。魚人なのにラ・ムールの奥地まで荷物を運んでいったって噂も。本当なんですか?」
「……アれハ我なガラ安請ケ合イだっタよ。まァ、とニカくダ」
あれはもう思い出すのも嫌だ。干からびて死ぬかと思った。
苦い記憶を流すように茶を喉の奥に流し込んだ私は、もう少し余計な話をすることにした。
「今日、我々ガ世界各地ニ対しテ海運業ヲ営めルノもひトエに先人たチノ努力ノ結果ダ。かツテ魚人ヤ人魚ハ世界中ノ海ニ散っテイた。今のミズハミシマがアルノは、ソの彼ラが混迷極マるミズハミシマを支えヨウと集マり出来ル事ニ全力デ当たっタといウ過去ニあル」
「……つまり?」
「オ前にモそノ血ガ流れテいルノだ。困難ニ対シてひタムきに努力すル血がナ。やっテやレン事ハ無いサ」
「結局そこに行きつくんですねぇ…」
「古今東西、老人が喋ル事なド何処デモ変ワラんトいウコとだナ」
「まだ老人って歳でもないくせに」
「嬉しイ事ヲ言っテくれル」
手を伸ばして乱暴に頭をなでるとふぇぇ、と情けない声を上げてミクリはくすぐったそうに頭を縮めた。
娘を持つというのはこういう感覚なのだろうか。所帯を持つのはまだ踏ん切りがつかない。
つい話が長くなり説教臭くなるのは悪癖だな、と。私は自分を戒めた。


客が込みだす前に退散することにした。
「毎度ありがとうございまーす」
「どウモ。マた来るヨ」
「ミズハミシマに帰るたびに寄って下さってますよね。またお願いします」
「アタゴは私ノ心ノ拠り所みたイナもんダ。………親父さン!次ハ土産物デも持っテクる!」
厨房に向かって声を張ると、おうよと威勢のいい返事が返ってくる。
実際実家に居場所のない私にとってはここは帰ってくる家のようなものだ。
楽しみにしています!とちゃっかり上目遣いでねだってくるミクリの額を小突き、私は店の出口にある暖簾をくぐった。
こうして出てみるとアタゴは暖簾とノボリがなければ民家に見えるほどの本当に小さな店だが、知る人ぞ知る名店として観光案内に紹介されたこともある名店である。
さて、次の向かい先は新天地か。最近は活気も良く大きな都市も出来て稼ぎ所だ。
航行の間にドニー・ドニーの海賊どもと揉めなければいいのだが………。まぁ、そのリスクを背負うだけのリターンはある。
腹も膨れて、少し眠いな。私は魚人や人魚、竜人や鱗人がごったがえして行き交う往路の中に飛び込んだ。



  • “海の中”というのが端々の表現や小物でよく伝わってきて目に浮かぶ。 種族の定義づけも説得力があって成程と。 ヴ鮫人の家族背景からも、ヴの生き方が種族の仲で少し変わっているのが分かったのも面白い -- (名無しさん) 2013-07-05 04:26:51
  • そんなことまでするの?という感想が出るのはそんなことをやってしまうくらい必死になったことがないからか。商い芸事への一生懸命さが伝わってきた -- (としあき) 2013-07-05 22:47:50
  • 重ね着というのがまず意外でなるほどと思った。海の中であるが何ら不自然さを感じさせない描写と商人が時代の中で生きる様というのが見えた -- (名無しさん) 2015-09-08 01:28:40
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最終更新:2015年11月18日 15:55