【墓標にて】

その墓標は太陽のごとく輝いていた…

スラヴィアの変な女貴族に襲われてからひと月ほどして、ミズハミシマに着いたゴンザレスさんと愉快な仲間3人+僕達は、襲撃時に手に入れた鯨の骨や骨女が落としていった刀剣を叩き売って現金に変えるとバカンスに突入した。
ゴンザレスさんは酒場や色街巡り、バートンさんは料理屋巡りや道場破り、リオさんは海水浴場に男を引っ掛けに、ザクさんは刀剣類のお店巡り…とそれぞれ好き勝手に休暇を楽しむようだ。

ところで、僕はどうするのかと言うと、今回のバカンスではある場所に観光に行くことにした。
本当は、無くしたナイフの代わりを見つけにザクさんと武器屋巡りをしても良かったのだが、何故だか取り敢えず骨女が落としていった二本の短刀をその代わりにして、先にそこに行ってみたいという気持ちが勝ったのだ。

そこを知ったきっかけは、新天地で少しの間行動を共にしたネコ人の少年から聞いた印象深いこの世界の昔話やお伽話のうちの一つ…アンデット国家・スラヴィアが誕生したスラヴ島戦役の話だ。
(実際は、船にのって航海している時は忘れていたが、スラブィア産・骨海賊団の襲撃と船内で一度は行ってみたい場所として話をしている乗客達がいた事から、その場所を思い出したのだが…)
そこは、ミズハミシマの南西の陸地とスラヴィアとの境界にあるラ・ムールの金獅子王・レブオーロが、スラヴ島戦役でスラヴィア軍の猛追から敗走する連合軍を逃し、
スラヴィア軍が北上するのを防ぐために自らを地上の太陽にしたという最後の地のことだ。

そして今は、数日かけて歩きでその地に向かっている最中だ。
しかし、今は順調だがミズハミシマの関所を抜けるのになかなか時間がかかった…
元々、観光地としては解放されていないし、今は停戦しているとは言えスラヴィアとの国境付近であり、歴史的な遺跡ではあるにしろこの世界の一般人はまず観光には来ない。

最初、観光のために通りたいと願い出たが断られてしまい、袖の下を送ってみたが新天地の融通の効く役人と違ってけんもほろろ…
仕方が無いので、酒場で管を巻いていたゴンザレスさんにこちらのツテを使ってもらって通行証を発行してもらうことになった。(後でコネクション使用料を請求されそうで怖いのだけど…)
夕焼けに染まる荒野を歩きながら、ぼんやりと数日前までの事を思い出していると、前方がやけに明るくなっているのに気づいた。

急ぎ足で小一時間ほど進むと、足元でジャリッっと硬質な音がした。
走りながら下をよく見ると、辺り一帯の地表がガラス質のものに変わっており、だんだんと進むうちにそこら中が反射光でキラキラしてきたのだ。
(多分、レブオーロが自身を太陽に変えた時に信じられないような高温で大地が溶け固まったんだろうな…)
丘のようになっている斜面を更に進むと開けた場所に出た。

辺りを見渡すと大地が巨大なすり鉢状に凹んで、その中央に太陽と見間違えるほどの大きな光球が沈んでいる。
辺りはまるで夏の真昼のように輝き美しい。
「これが数百年前の英雄の最後の地か…」
夜なのに強烈な光と熱で肌がヒリつく…装備もなくこれ以上近づくのはちょっと無理があるだろう。

「少し座って休もうかな……!?」
後ろに奇妙な気配を感じ、とっさにリボルバーを抜き、後ろに振り向きざまに撃鉄を起こして構える。
「やあ、初対面の相手にご挨拶だね?レギオンの狗くん」
いつの間にか5mほど先に仕立てのいいドレスを着た奇妙な少女が立っていた。
「…こちらの事をご存知のようですが、どちらのお嬢様ですか?」
不穏な気配を感じて銃を照準したまま問う。
「これは失礼…僕の名前はモルテ、スラヴィアの死神と言った方が分かりやすいかな?」
クスクスと笑いながら彼女?は答える。
モルテ?スラヴィアの死神?この子が神?
色々と頭に疑問が浮かぶが、頭の中で危険だと警鐘が鳴るのは確かで、僕は銃を構えたまま少しづつジリジリと後ろに下がって行く。
「そう怖がらなくてもいいよ?殺そうと思えばレギオンの狗ごときすぐ殺せるし…」
ニコニコと笑いながらこちらに近づいてくるモルテ…

「ひ、姫様ー!待って下さい!」
急に聞こえてきた間の抜けた声にモルテと僕の顔が一気に曇る。
そちらの方を見ると、見覚えのある物体がゼエゼエと肩で息?をしながら駆けてくる。
「先に行ってしまわれたので置いてかれ…いえ、何かあったのかと…ここは憎き太陽神の力の濃い地ですから…ってアンタはこないだの野蛮人!!」
「お久しぶりですね…」
この前、僕らの乗っていた交易船を襲って返り討ちに遭った、はた迷惑なスラヴィアの海賊少女がそこにいた。
「アニー…今、僕はこの犬っころと大事な話をしているから少し向こうで遊んできてくれないかな?」
めんどくさそうな顔を隠さず、すり鉢の中心の光球の方を指さしてモルテが言う。
「いいえ!姫様にもしもの事があってはいけません!ここは私、アニー・デルタ・クリストファーがこの痴れ者を討ち果たしてご覧に入れます!!」
と、言うが早いか両肩の骨の大腕と肋骨の二本の骨腕を開放してそれぞれ剣を手に構える。

「…ああ、もう面倒だし、面白くなるかもしれないからいいか…良きに計らってよ」
モルテの許しが出た途端、身を低くして突撃をかけるアニー。
ダン!ダン!
慌てずにリボルバーで牽制をしながら、脇に下げたショットガンを抜き出す。
弾丸を剣で軽く弾いたアニーの方へ向けて引き金を…

ガッ!
左手に軽い衝撃が走る。
見るとアニーのレイピアが散弾銃の下銃口に食い込んでいた。
「ふっふっふ…アンタにガンで腕を吹き飛ばされてから、勉強家な私はガンの事を勉強したのよ!ガンの弾って言うのはすぐに跳弾するんですってね?
だから今、アンタがガンを撃っても暴発するかもしれないし、弾が剣に当たって跳ねてアンタに当たるかもしれないわよ?それでも撃てる?」
油断なく背中の大腕でリボルバーを牽制し、骨腕の短剣で僕の首を狙いながら、会心の笑みを浮かべてアニーが言う。
「さあ!大人しく武器を捨て、地面に這いつくばって命乞いをなさい!!そうすれば優しく殺して私の家具として使ってあげるわ♪」
「左様で…」

チキ
ダァンッ!!
慌てずセレクターで撃つ銃身を入れ替えて、上銃身のスラッグ弾をアニーへ叩き込む。
「なぁっ!?」
とっさに背中の大腕二本でガードして吹き飛ばされるアニーと、反動で後ろに大きく下がる僕。
「ちょっと!アンタの銃ズルイわよ!!私の知らない攻撃が出来るなんて!!!」
両方の大腕から砕けだ骨粉をパラパラと落としながらアニーが文句を言う。
「そちらでは相手に攻撃方法を教えてから攻撃するんですか?」
僕の安い挑発に盛大に引っかかったアニーは、キィーー!と言いながら地団駄を踏む。
…短いスカートがめくれ上がってフリルの付いた可愛い下着が見えてるんだけど、それを教えたらもう少し時間が稼げるかな?と思いながら口を開こうとした瞬間

「はぁ…」
大きなため息がそれを阻んだ。
「アニー…もういいから下がりなさい」
ため息の主が気だるそうにいう。
「ぅえ?で、でも姫様!」
「…聞こえなかったの?」
ひぅっ!とアニーが息を飲む音が聞こえた。
「ねえ、犬くん?君、新天地でこちら行きの奴隷を扱っていた商人を何人かのしてるね?」
覚えがあるかい?とモルテが静かに聞く。
「…記憶にありません」
気づかれないようにジリジリと後ろに下がりながらゆっくり答える僕。
「そうかい!そうかい!では、物覚えの悪い君に代わって僕が思い出してあげよう!君と君の仲間はここ一年ほどで7人ほど奴隷商達を潰しているね。しかもうち一人は、スラヴィアに大量に奴隷を運んでくれていた大商人だ」
モルテが話しながら少しづつ僕に向かって歩き出す。
…まずい気づかれてる。
「そうでしたか…それは大変申し訳ありません」
彼女との距離は10m少しあるので、バレているのならと大きく後ろへ踏み出す。
「申し訳ありません?…君は、スラヴィアにとって奴隷階級の大切さがよくわかっていないようだね?それに…」
僕がもう一歩後ろに踏み出したら、残りの散弾を撃って逃げようとそう思ったその時!

ぞり…
首筋に嫌な気配を感じてとっさに前転して避ける。
上でヒュッ!という小さな風切り音が聞こえたと同時に首の後ろに鋭い痛みが走る。
「ッ…」
「…僕から逃げられるなんて思わないことだ」
いつの間にか目の前まで近づいていたモルテが僕の両肩に手を置きながら言う。
「がぁっ!?」
肩が砕けそうな圧力が置かれている細腕から伝わる。
「君はアニーと一緒で物分りが悪いようだから、君達の世界の言葉で優しく言ってあげるね…」
そう言いながら僕の耳元に口を近づける。

「君、ウザいよ」

そう一言いい終えると、耳元から口を離し怖気を感じる冷たい目で僕の目を覗きながら
「ここで、僕の愛するサミュラのために太陽バカと一緒に死んでてよ」
肩に置いていた細腕を離す。僕の腕は痺れて動かない。そのビスクドールのような白い指が僕の首に触ろうと近づいた瞬間…

「あまり我らの客人をいじめんで欲しいですな。死神殿?」
僕は見覚えのある老紳士の横に尻餅をついていた。

「おや?飼い主の敗残兵の群れのご登場だ」
モルテが茶化して言う。
「モルテ殿、向こうの人間を神が自侭に殺すのはルール違反では無いのですかな?」
「君がその子を使って工作をしようとするからさ!
君らは、その子の他にも剣士志願、騎士志願、各種技術職や元・軍人なんかも呼び込んでいるらしいね?向こうの人間を使ってこの世界で一体何をやらかす気なのやら…」
一見、問うたモルテの顔は笑っているが、細めた目は笑っていない。
その問いに老紳士はぬらりと、口を耳まで裂いて笑みを浮かべながら
「我らはただただ、我らが国民のために行動しているだけだ」
と言い切り、逆に聞き返す。
「…貴殿こそ、一体なんのためにゲートを開くことを他の神々に煽ったのだ?」

……
険悪な空気が一層深まり、モルテの後ろで頭を抱えてしゃがみこんでいるアニーの骨が震えるカタカタ…という音が響く。こちらから見るとパンツが丸見えなので、緊迫した雰囲気が台無しだ。
「…知れた事」
問いに対して鼻で笑いながらモルテが何か言葉を続けようとした。

「そこまでだ!ネクラ共!!」


空間を揺るがす声が僕達の間を走る!
後ろを振り返ると、筋骨たくましい竜人が腰に瓢をつけてそこに立っていた。
鋭い目がここにいる全員を射抜いている。
「ここでまたドンパチ始めるんなら、俺がお前ら全員をのしてやるぞ?ああっ!?」
「…フン、小煩いオオトカゲが来たね。興が削がれた。帰るよ?アニー」
嫌な顔を隠そうともせず言い捨てると、モルテは一瞬で姿を消した。
「え?ちょっ…待って下さい姫様!!あ、アンタ今度こそ覚えてなさいよー」
腰が抜けているのか、生まれたての子鹿のような足取りでどこかへ走り出すアニー。

「いや、助かりました。ミズハミシマの龍神、シマハミスサノタツミノミコト殿…」
好々爺然とした顔に戻った群神が帽子を胸の前に当てて恭しく礼をする。
「…ここはまだミズハミシマの領土だ。さっさと自分の島に帰れ!この疫病神が!!」
その礼を見た龍神が嫌悪をあらわにして怒鳴る。
「おや?我らは龍神殿に嫌われてしまったようだ。では、先にお暇するよ?ガンマン殿…また会おう」
老紳士はそれだけ言うと、どろりと溶けるように地面に消えていった。

「おい、そこの残り物のチビ」
龍神が僕を呼ぶ。
「お前、今回ので懲りただろ。もう二度とアレと関わるな。
…関わるならば死ぬより酷い事になるぞ?だから、できるならさっさと地球の故郷に帰るがいい。
そもそも今回の事も、こうなるようにアレが裏でこそこそ動いてたんだろうしな……アレに比べたら死神のガキの方がまだ可愛いわ」
最後は忌々しそうに吐き捨てる。
「まず、見ず知らずの人間を助けて下さった上に、心配までして頂いてありがとうございます。龍神様」
僕は深々と礼をする。
「でも、僕は自分の野心を持ち、自分の意志でこの世界に来ました。そして、あのヒト達はそんな僕を認め、頼り、助けてくれたんです。
そんな僕が、今更どうしてその信頼を裏切れるのでしょうか?」
龍神は射るような視線で僕を見つめている。怖い、が…
「…正直悩んでいました。
本当にここで僕はやっていけるのかと…でも、この場所と貴方を見て僕は必要してくる人がいる限り、まだこの世界でやっていこうと決めました」
僕は、龍神の腰に2つ付いた酒が入っているらしい瓢と、巨体に似合わない小さな花束を見ながらそう告げた。
「…分かった。もういい…どこへなりと行け、そして好きにくたばればいい」
疲れたような複雑な顔をして龍神が言い、僕は一礼してその場を立ち去った。

誰もが去った後の墓標で、一柱の龍神がすり鉢状になった縁に腰をかけ、墓標の主と酒を酌み交わす。
「おい、レブオーロよぉ…あのチビの目を見たか?圧倒的な力を持っている死神に殺されかけたってのにガキみてぇに目をキラキラさせてたぜ?」
またたび酒をすり鉢状の地面の下に垂らしながら龍神が独りごちる。
「ヒトが神なんぞに関わりゃ待ってる先は破滅しかねえのにな……聞いてるか?このバカタレが」
龍神は花を光球に向かって放り、祈る。
神在る世界で翻弄される儚き全てのヒトのために……


蛇足
色々とギリギリな事を書いていますので、まずいようなら消します。
使わせて頂いているキャラの作者様に感謝を

あと本当に蛇足ですが、作中でモルテは面倒臭いからアニーに本当の身分を明かしていません。
そのまま暇に明かしてアニーさんフルボッコ鍛錬ツアーをしています。


  • 冒険者一行という雰囲気が上手く出ている冒頭。 各名付きキャラの演出も満遍なく出来てて楽しかった -- (名無しさん) 2012-08-05 20:19:24
  • これまた神に挟まれるとんでもない状況で消し飛んでしまうかと思いました。モルテに目をつけられてしまった先がなんとも心配で仕方がありません。スラヴィアにあってレブオーロの生み出した景色の煌びやかさが印象に残りました -- (名無しさん) 2013-04-13 19:30:22
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最終更新:2011年10月17日 12:19