アットウィキロゴ

【善良なオーク タンホイザの旅】

巨大海洋国家ミズハミシマには、大小無数の島からなる陸地がある。
そのミズハミシマ陸地最北端に北夷(ソムネミシ)と呼ばれる島がある。
ミズハミシマの魚人からは単に「きた」と呼び捨てられるその島は、
ドニー・ドニースラヴィアの航路に隣接するにもかかわらず
痩せ細った土と精霊力の境目にあたるがゆえの気候の厳しさにより
誰に目にも止まることなく、世の発展の流れから忘れ去られ
今は権力闘争に敗れ追いやられた鱗人と和鬼、それにオークだけが細々と暮らしていた。

島のほぼ中央に位置する島都アズア・ピウカよりもさらに北にある小集落に暮らす
オークの若者タンホイザは旅立ちの準備に追われていた。
古来よりの伝統に沿えばそろそろ身内で婚礼をむかえ居を別にするのが習わしだが、
オークたちの有力氏族の一つヤーマンが最近になり外部から婿を迎えたのを皮切りに、
「血の入れ替え」を活発にしようとする気風が高まりつつあり、
タンホイザにも白羽の矢が立ったのである。
とは言え集落のオークの大半は旅になど出た事がない。
せいぜいアズア・ピウカに商いに行く程度のものだ。
タンホイザも当然のように産まれてこの方ソムネミシから出た事もなく
嫁さがしの旅は最初から行くあても無いのである。
あるいはこれは、ていのいい放逐話なのであろう。
彼と同年代の6人のオーク娘は全て嫁ぎ先が決まっている。
他と比べれば力も無く、狩りの腕も無い彼に嫁など来るはずもないのだ。
(タンホイザは川魚の漁には一日の長があったのだが、
 オークの傾向として罠をかけての漁は、農業よりも女子の受けが悪い)

「14で旅立ちとは、まあ多少は早いようにも思うがな。
 お前の大叔父にあたるイシワミズ叔父が旅立ったのも15の時だった。
 世界を見て周るには丁度良い機会だったのやもしれんな」
旅立ちの前夜、父親のイシンがそうしみじみと語った。
せめて息子を元気づけようとする親心であったのかもしれない。
じっと黙るタンホイザを見つつ、イシンは一振りの短剣を手渡した。
鞘に貝殻で豪華な飾りをつけてある、オークにはあまり似つかわしくない短剣だ。
タンホイザがそれを抜いてみると、なんとも頼りにならない刃がちょこんとついていた。
「護身にすら使うものではないぞ。我々は所詮オークだ。鬼の末席とは言え鬼どもに敵うはずもない。
 これは一族代々のお守りでな。まあ海路のうちは多少は通行手形のようにもなるだろう。
 これもイシワミズ叔父のおかげだ」

イシワミズ大叔父は一族には珍しく商才に恵まれ、15歳で集落を離れて大母海賊団の傘下にある商船団に入り、
ミズハ北方からドニーを抜け新天地にいたる航路の開拓と管理にあたったのだという。
新天地のニシューネンという街に居を構えていて、存命ならば既に80歳を越えているはずだが、最近便りは無い。
『つまり、大叔父の様子を確認しに行く事こそが旅の目的なのだろうか』
タンホイザは漠然とそう考えていた。
ゲートとやらが開いてから、集落の様子はすっかり変わったと大人たちは言う。
変わらなかった日々が崩され、見えない不安だけがベタベタと日常に絡みつく。
そんな事を酒を飲みながら愚痴り続けている。
だから何がどう変わったのか「誰かが」調べに行かねばならなかったのだろう。
血の入れ替えすらも、ていのいい口実にすぎない。
タンホイザは短剣を懐に仕舞い込むと「それでは」と一言だけ呟き、父の前から退出した。
イシンはそれを無言で見送った。

タンホイザの一族は船乗りではない。
一族はミズハミシマ北方の辺境にて細々と狩猟と川魚の漁、わずかな耕作にて生きながらえていた。
ゆえに大叔父イシワミズの息災を求めて新天地に向かおうにも手段が無い。
異国に向かうには船を手配しなければならないのだ
タンホイザは諸々の不足を整えるために島都アズア・ピウカへ足を向けた。
他の街と比べたら、アズア・ピウカなど田舎の一都市であろう。
しかしタンホイザにとっては眩い都会なのだ。
最後に行ったのはいつの事だったろうか。
ケッタを編んで作ったアシスクイ魚の漁籠を売りに行った時だろうか。
あの時はあまりに売れ行きが悪くて随分と悲しい思いをしたものだ。

太陽が中天に登りタンホイザは昼食をとることにした。
目指すアズア・ピウカはオークの足で4~5日はかかる。
急いで行く必要もない。元々宛てもなく果てもない旅だ。
それとも嫁を見つければそれで終わる旅なのだろうか。
同年代の女性など、兄嫁くらいしかまともに話したことすらないのに。
見晴らしの良い丘を見つけ、タンホイザは背嚢から火精霊の打ち石を取り出した。
道すがら拾い集めた枯れ枝を組み、その上で火精霊の打ち石を勢いよくぶつける。
すると、きりんと鋭い音が鳴り響き、周囲から火精霊が集まってきた。
あとは自然と枯れ枝が火精霊によって燃え上がる。
タンホイザは背嚢から五徳と小鍋を取り出し火にかけ、水筒の水を鍋に満たした。
旅の必需品とも言えるアス豆の乾燥スープの欠片を鍋に放り入れ、
すっかり硬くなってしまった銀麦餅を火にかけて柔らかくする。

硬く塩辛い昼食を終え、ふとタンホイザは空を見上げた。
晴天ではない。若干の曇天。夜半は雨になるだろうか。急いで野営地を見つけなければならない。
宿に泊まるのも良いが路銀があまりに心もとない。
空の向こうに何かが見える。錯覚かと思ったが違う。何か大きなものが空を飛んでいる。
鳥かと思ったがあまりに大きい。ルク鳥かとも思ったがそうでもなさそうだ。
あれは飛竜だ。それも羽飛竜(フェザーワイバーン)だ。
集落に1冊だけ伝わる古書でしか見た事の無い生き物が頭上にいる。
それはタンホイザにとって、とても不思議な体験だった。
何より不思議だったのは、飛竜の背にエルフが2人乗っていたことだ。
「エルフを嫁には出来ないだろうな」
もうその理由を知る者はいないが、集落では古来よりオークとエルフは相反する存在だと言い伝えられているのだ。
集落の若オークたちはエルフを侮蔑しては、やれ貧相だ。やれ乳房の小さな者に魅力は無いだと囃し立てる。
しかしタンホイザには、それに何が悪いのか今一つ理解できなかったのだ。
ふうと一つ嘆息し、タンホイザは再び歩き出した。
その日の夜は幸いにも山裾の小さな洞窟まではたどりつけ、雨露はそこでしのげた。

北夷の島都アズア・ピウカは北と南で緩やかな山に囲まれ、東にはシムリ川、西には比較的肥沃な土地がある。
肥沃といったところで他の島々とは比較にならぬほど痩せている。
銀麦がわずかに穫れれば御の字。あとはせいぜいバゾの実が収穫できる程度の土だ。
アズア・ピウカより南は魚人、鱗人が多く住む土地のため鬼人や獣人はあまり近づくこともない。
底から先は、要は普通のミズハミシマということだ。
翌朝、洞窟からはい出たタンホイザは、出来れば日が暮れる前に尾根を抜けたかったが、
再び天候が崩れて雨が降る気配を察し、路銀の節約を諦めて隣の集落へと足を向けた。
安宿でも銅貨3枚はかかるだろうが雨にあたるよりはマシだ。
日も暮れはじめ雨雲が空いっぱいに広がる。
タンホイザは慌てて背嚢から火精霊の踊る水晶箱を取り出した。
箱の上部をこつこつと叩き「踊りの時間だよ」と呟くと、火精霊がルーンに誘われて少しづつ集まり水晶の中で踊り始めた。
タンホイザは箱を掲げて薄暗くなった道を照らして歩き始めた。

幸いにも雨が降り始める直前に、酒場兼宿の「みしるしに干し肉」亭に着いた。
アズア・ピウカに行商に行く時に何度か立ち寄った事のある店だ。
10席ほどでこじんまりとしているが、旅路の店としては標準的だろう。
「何か温かいものをください。泊まりをあわせて銅貨5枚ほどで」
背嚢を床にどさりとおろしてカウンター席に座りながらタンホイザは言った。
「おや。アンタ見た顔だね。隣の集落の兄さんだろう。
 アズア・ピウカに向かう途中だったのかい。
 これから明日の朝まで雨だろうから、今夜は泊るのが正解だよ」
店の主人のオークは食器を拭きながらそう言った。
そして厨房の奥で湯気をあげている鍋からひとすくいスープを皿に盛り、よく切れるナイフでパンをサクリと切り、
目の前に吊った干し肉からみくち分ほど肉を切り出し、パンで挟んでスープ皿と一緒に出してきた。
「ウチに来たならステナンゴのスープと干し肉を食べるのがルールさ。酒はどうするね」
「赤エールで」タンホイザはよだれが垂れそうなのをこらえながら言った。

ステナンゴはミズハミシマ陸地にも生息する草食竜の一種で、『木の実かじり』とも呼ばれる。
強力なアゴで硬い殻の木の実もバリバリと噛み砕いて食べ続けるからだ。
背中には大きなコブがあり、そこに木の実から摂れた油脂を溜め込んで乾期や冬場をやり過ごすのだ。
その油は搾り取れば乳白色で木の実の甘い香りがする上等なもので、時に乳汁にも喩えられる。
茶と混ぜて飲む地方もあるくらいだ。

タンホイザがスープに入ったステナンゴのスジ肉をこりこりとかんでいた時、上から声がした。
「いやこれは拉致だよ!帰してくれよ!」
随分と物騒な叫び声だ。
タンホイザは思わず食事の手を止めて主人を見ると、酒場兼宿の主人もほとほと困り果てたという表情を浮かべていた。
「何日か前に泊まった旅の者が文無しでな。
 何でもいいから宿代と飯代を置いていってくれよと言ったら、エリスタリアの、何と言ったかな。
 鉢植えを置いていったんだ。そうそう。樹人だ。
 でもぜんぜん金にならなくてな。しかもそれ、ごらんの通りやかましいんだよ」
樹人とは何だろうか。集落の古書に載っていたかな。
タンホイザが考えを巡らしていると宿の主人が『それ』を持ってきた。
赤い鉢植えに緑色をした丸い何かが生えている。ご丁寧に顔の部品はその丸い緑色に全部そろっている。
「これなんだけどな」
「これとは何だよ。こう見えても世界樹の末端ですよ?」
鉢植えは憮然とした表情でそう言った。
「世界樹は知っています。でもそれエリスタリアの神様でしょう」
タンホイザは物珍しそうな表情を浮かべた。
実際彼はしゃべる鉢植えを見るのは生まれてはじめてだ。
「それはそうと帰してくれよ。何で置いてけぼりなんです?」
うるさいからじゃないかな。タンホイザはその一言を飲み込んだ。
「兄さんな。それを持っていってくれれば今夜の飯代と宿代はタダでいいよ。
 あんまりうるさいから商売あがったりなんだよ」
宿屋の主人は赤エールのジョッキをトンと置いてそう言った。
「かまわないですが・・・しゃべる鉢植えを持っての旅かぁ」
「鉢植えとは失礼な。オレにだって名前くらいあるぞ失礼な。
 トーグル・ゲオ・スーレ・ハイアン・エンデ・トーア・トーア・ラフテ
 ルーネ・フラッハ・キロー・ネーヴェル・ヴェルフ・スーレ・・・」
「ああもういいから黙んな。あとで水やるから。な。
 どうも向こうの言葉で数だか文字だか何だかを並べただけの名前らしいな。
 エリスタリアの事は全然わからんよ」
しゃべる鉢植えは朗々と名をあげたが、宿の主人は気に召さないようだ。
「ふうん。じゃあ鉢植えくん。君には何か特技はあるのかい」
「鉢植えくんだと!?まあいいさ。
 特技ってのはつまり君らオークには出来なくて俺には出来ることだろう。
 それなら一つ得意があるぞ。翻訳だ」
翻訳。そう言われてタンホイザは初めて気がついた。
自分たちが普段使っているのはオークことばとミズハミシマ言語だ。
しかし新天地にまで行くとなれば、それだけでは足りない。
オーガの船乗りたちと話すだけでも苦労するのに、他国となればどうなる。
確か翻訳の加護を得ると言葉がわかるとも聞いたことはあるが、あれもルガナンの神殿に随分とお布施をせねばならないはずだ。
旅のお供に翻訳家を連れて行くのは悪い選択肢じゃない。
「ご店主。これも何かの縁です。この鉢植え僕が預かります」
「おおそうか。そう言ってくれるとこちらもありがたい。
 兄さんの部屋はあがってすぐに用意したから、腹いっぱい食べたら休んでくれ」
宿の主人は満面の笑みを浮かべてそう言った。
よほどこの小うるさい鉢植えに難儀していたのだろうな。
タンホイザはそう思って苦笑した。

善良なオーク、タンホイザの旅は続く

【ステータス】
体力5、知識9、勇気5、技能7、幸運8

【装備】
E:マチカネの短剣 E:カララギ草の服
E:沼竜の革靴 E:編み帽子

【道具】
銀貨10枚 銅貨30枚 貨幣袋 ユコル革の背嚢 水筒
火精霊の打ち石 小鍋 五徳 匙4種 下着着替え 地図2枚
火精霊の踊る水晶箱 枕 毛竜の毛を折り込んだ毛布
アス豆の乾燥スープ(固形) 乾燥銀麦餅 乾燥竜肉

【お供】
エリスタリア樹人の鉢植え


  • オークがいっぱいいる集落とか想像して和む。しっかり旅してる面白いけど果たして目的は達成させるかどうか -- (名無しさん) 2016-11-03 07:13:26
  • 奥山さんの家庭事情とつながっている旅の動機やミズハミシマの地形に土台がしっかりのっているのもいいね。色んな名前もいい響きだ -- (名無しさん) 2016-11-03 17:48:16
  • 出だしとかちょっと順風満帆とは言えない状況とか昔話ちっくで面白い -- (名無しさん) 2016-11-03 20:34:36
  • 異世界の片田舎で暮らす人の人生なんだろうなぁという島での一生。島から出るというだけで大旅行か大冒険かになってくる? -- (名無しさん) 2016-12-19 08:57:00
  • 色んな名前が異世界っぽさ出てて少ないやりとりで素朴な雰囲気かもしだしてるいいわぁ -- (名無しさん) 2016-12-20 17:50:33
  • 異種族 -- (名無しさん) 2017-03-28 19:02:09
  • が主人公の旅物語がとても新鮮に感じる。異世界の特別ではないいち住民の旅というイメージがきれいに浮かんでくる -- (名無しさん) 2017-03-28 19:03:38
名前:
コメント:

すべてのコメントを見る

タグ:

k
+ タグ編集
  • タグ:
  • k
最終更新:2016年11月05日 22:29
添付ファイル