かつて、西大陸北方、
クルスベルグで大乱があった。 その発端も、幕を引いたのも、同じくヒトならざる存在。
伝承の時代を終え、近代を迎えようとするその狭間の時代に起きたその乱は、ひとつの国の有り様を根底から覆す結果となった。
大乱の主役となったのは、先にも述べたようにヒトではなかった。
天上に住まうとも、奈落の底に住まうとも言われる、無機物創造と鍛冶の神
セダル・ヌダが生み出せし存在。
鋼線の筋繊維を鋼板の皮膚の内に秘め、水銀の血液を水晶の心臓を核に全身に廻らせ、宝玉の頭脳で思考せし存在。
ヒトは彼らをこう呼んだ。 神巨人《タイタン》あるいは巨人種《タイタニア》と。
クルスベルグという国家を一夜にして塗り替えた大乱の後、神巨人と呼ばれた彼らは、等しく地上からその姿を消した。
その理由は定かではないが、クルスベルグ帝国時代の君主が神巨人の一体である「冠王」エルモであり、実質的に神巨人同士の対立から生まれた戦乱であったことから鑑みれば、ヒトならざる身がヒトの世に君臨することが過ちであるとの判断からであろうか。
時は移ろい、その戦乱も遥か昔の御伽噺となった今。
御伽噺の続きの始まりが、ここにあった。
神斬機后と鬼子の剣
「本日のオークションはこれにて全品落札と相成り申した故、これにて閉幕とさせていただきとう御座います!」
新天地のとある港湾都市で行われたオークションは、司会の挨拶口上の終わりと共に拍手の音が会場を包み込み、しめやかに終了となる。
今は亡き鬼人族《ギガス》の名刀工ファロン=ガド作の模造巧芸刀「獅子刀《リオ・ムーク》・陽光剣《ソル・エスパダ》 二天一流セット」は本日一番の目玉との予想通り、とある
スラヴィア貴族がセオリー無視の手管で本日最高値で買い上げることとなり、帰路に就く客の話題は専らそれであった。
その影で、ひっとりと落札された、一本の刀剣。 設えは豪奢の部類に入るのであろうが華美とまではいかず、応接に飾るには華が足りないとする者もいるだろう、というその刀剣。
刀剣としての実利である切れ味としても、薪木の一本も斬れそうにないように思えたそれは、目利きにすれば順当かそれ以下という価格での落札となっていた。
だがしかし、決して裕福ではないものの応接のせめてもの華としてその刀剣を落札した
オルニト貴族を待っていたのは、その刀剣を応接に飾り誇らしげに眺める至福の時ではなかった。
闇夜に奔る一陣の閃光がオルニト貴族の身を裂き、路地に追い詰める。
「な、なんなんだオマエ! 一体何が目的だぁ!」
「その剣を、渡して貰おう。 我らが手に収めるまで、追撃は免れぬと知れ」
オルニト貴族は震える喉からなんとか言葉を絞り出すが、右手に刃を携えた黒装束は必要以上のことは応えない。 あえて応えたとすれば、白刃の煌めきを以て、といったところであろうか。
だが、間が良いのか悪いのか、オルニト貴族の叫びに応えたものが、もう一人居合わせたのである。
「な、なんだぁ? 誰かいるのか?」
路地裏に顔を覗かせた鬼人の少年の声と姿は、オルニト貴族としても黒装束としても、一瞬の注目を余儀なくされるところであった。
その少年、名をログ=ガドと言い、齢18ながら流石の名刀工の血筋を買われ、件の模造巧芸刀を含めた真贋鑑定のためオークションの主宰に召集されただけではあるが、美醜伴う大人の付き合いが始まり所在無く表に出てきてしまったその間は、やはり悪かったと判断するのは間違いなかろう。
気を取り直した黒装束は、腰砕けの成金より少年に逃げられ人を呼ばれることを警戒し、最初に狩るべき相手を少年に定める。 蛇が獲物を威嚇するような、鋭く短い息遣いと共に、黒装束は一瞬で間合いを詰め、少年の喉笛に刃を突き立て
ることなく、利き腕一本を犠牲に転身を余儀なくされる。
「無事か少年、それと奥の御仁」
駆けつけた狼人の武人は、転身する黒装束の気配が途絶えるまで刃の構えを解くことなく、警戒を続ける。
「え、あ、はい」
「ひ、ひぃぃ~!!」
オルニト貴族はようやく自分が鳥人であることを思い出したのか、慌てて飛び去ってしまう。
「おい、忘れ物だぞ! 貴殿の物ではないのか!」
「ち、違う! それはワシのもんではないわぁい! 知らんからなぁ!」
狼人の呼びかけに対し半狂乱の叫び声だけを残し、オルニト貴族は飛び去ってしまう。
黒装束も完全に逃げ去り、増援の類も無いと確認できたところで、狼人は刀を鞘に収めて路地を一瞥し、少年に向き直る。
「それにしても、『おおくしょん』なる市場が立つから警護に当たるように、との任ではあったが、最後の夜警であのよな手合いに会ってしまうとはな」
「あの・・・助かりました。 ありがとうございます」
「いや、こちらこそ遅れてすまなかった。 無事で何より」
狼人の名はザンマ。 その身を包む装束には、最近新天地の外れに居を構え勢力を拡大する武装組織「
聖騎士団」の掌紋と、
ラ・ムール国印の2種類が飾られている。
<おいザンマ。 あの成金の捨てて行ったブツ、何やらキナ臭そうな気配がするゾイ>
ザンマが使役する精霊の呼びかけに応じオルニト貴族が遺棄した荷物を確認してみれば、それは僅かに刀剣一本のみ。
「ふむ・・・こういう手合いはアイツの方が詳しいのだろうがな。 そこな少年、君は確か『おおくしょん』で巧芸刀が競られた時に壇上に居たな?」
「え、ええ、まぁ。 アレを作った人の遠い身内なもんで。 一応刀剣鑑定人の真似事を少々」
「では、コレが何なのかは分かるか?」
「いえ・・・仕事柄、刀剣武具は、おサムライさんほどじゃあ無いにせよ見てきましたが・・・正直こんな中途半端な剣は見たことがないです」
「ほう、『中途半端』とは?」
「コイツは、今日オレが売るのにかかわったような『魅せる』刀剣でもなければ、おサムライさんの異界刀みたいに『殺傷』のためのものでもない」
「推察だと、先の黒装束はコレのためにヒト一人、いや二人か、殺す気でいたようだが。 君の目から見てヒト二人の命に釣り合う価値の剣かね?」
「売値も適正といったところで、ちょっと金があれば手が出せないこともない、って程度のモンです。 買えなかった腹いせに殺し屋雇うってのは大げさ過ぎる、ってのが正直な見解ですね。 刀剣としての2側面、どちらも中途半端過ぎるのが値を吊り上げられない理由かと」
「・・・なるほど、年若い割にはかなり勉学を積んでいるようだな。 感服したよ」
「素人目にも一番わかりやすいのは、刀剣類にあまねく関心高くウチも度々御用聞に伺うバーバルディア侯が、刀剣類にも関わらず気に掛ける素振りも見せなかった、という事実かと」
「成程、確かに」
かつて主君と一度スラヴィア貴族の幾人かと面会する機会へ出向いた際、恋する少女のような純真無垢で真摯な熱い眼差しと堆く積まれた銭を武器に「その異界刀、さぁ譲れ今すぐ譲れさっさと譲れ!」と迫られたことのあるザンマとしては、その例は理解に易いものであった。
「・・・して師モウライ、この剣が『キナ臭い』とは、如何様な事で御座いましょうや」
ひとまずは打ち捨てられた刀剣とログ少年を連れ、ザンマは聖騎士団の市街派出所に戻ることにした。
道中、ザンマの師にして持ち精霊モウライの発した言葉を確認し、尋ねる。
<そうさの・・・こういう例えは適切か分からぬが、幽かに君主殿に似た気質を感じるのじゃよ>
「アイツに? ・・・ふむ」
モウライとザンマは共通認識を基に推察を始めるが、事情が呑み込めないログには何が何やら分からない。
「あの、何か思い当たることでもあるんですか?」
堪らず声をかけるログだが、
「いや済まない。 まだ当て推量の段階なので答えようがない。 不確実の言は不実を生むのでな。 それはそうと、これは君が持っていたまえ」
と逆に突拍子もない提案をザンマから投げかけられてしまう。
「・・・はい?」
「私にはこの霊刀『蒙雷』があるし、先の黒装束の仲間が追撃してきたとして、君にこれを預ける刹那が生死を分かつ可能性もある。 それに君にも多少は心得があるようだしな」
「そりゃまぁ、もしもの護身とはいえ、『ホントのもしも』には何の役にも立ちゃしない程度ですけどね・・・」
<少年もこの機に剣を学んでみるのはどうじゃね。 剣の道は奥深き道。 ワシ自身、剣霊として数百の年月を経てもなお、その果てなど見えぬ程じゃて。 剣の良し悪しを語るにも、扱いを弁えるのは重要じゃぞ?>
「は、はは・・・でもコレ、オレのもんじゃないっすよ。 それに命を狙われるかも知れねぇなんて、危なっかしくて」
「譲らねば殺す、と脅されたと見るが、だとすれば取りに戻ることもなかろう。 それに捨て台詞とは言え所有権放棄を自ら申し出た以上、扱いとしては立派な遺棄物だ。 第一発見者として所有権を引き継ぐには十分な理由があると思うが」
「なんか屁理屈っぽいっすね・・・でも、ま、磨けば光るかも知れないなぁ」
鍛冶の技術は無くてもそう思えてしまうのは、やはり血筋なのだろうか、とログは苦笑を漏らす。
「ま、でもとりあえず今は預かるだけ、ってことで・・・」
控えめに申し出るログにザンマは柄を向けて差し出す。 ログが柄に手をかけた、まさにその瞬間、彼の思考に「何か」が奔る。
「通ッ!? な、何だ、今のは?」
「どうかしたかね?」
「いえ、何かビリッと来たもので。 ・・・今は何ともないな。 それじゃ、これは預かっときます」
「宜しく頼むよ。 さて、君には先ほどの黒装束について改めて聞かせてもらうのと、今宵一晩の護衛を兼ねた身柄安置のため派出所に泊まってもらうが、連れ合いとの連絡等で不都合はあるかね?」
「いえ、曾爺さんの二天一流セットが売れた時に売れ値の2割を報奨で頂いて契約は終わってますし、独り身なので。 宿には朝になってから事情を話して宿賃納めれば問題はないでしょう」
「では、不便をかけるが、改めてご同行願おうか」
ログは再度渡された剣と手をかけた右手を見つめてみるが、やはり何も感じないし起こらない。
疑問符を浮かべつつも、ログはザンマに連れられて聖騎士団派出所へ向かうことにした。
「失敗は許されぬ。 我らが主へ捧げる大事な供物だ」
「心得て、おります・・・」
「貴様の片腕、いやその身より遥かに価値あるモノだ」
「心得ております・・・」
「ならば、分かっておろうな?」
「はい・・・」
「無駄駒も役立ってもらわねば困るのだよ。 次は彼の指示に従ってもらう」
「はい・・・」
「我々は成功以外を求めぬ。 持ち帰るか、さもなくば死ね」
御業で作られた機器による通信が途切れるのに合わせて、片腕を失った黒装束の背後に、新たな黒装束が現れる。
「聖騎士団の派出所、か。 面白い」
黒装束の二人は、その身を宵闇に隠し移動を開始する。
宛がわれた派出所の一室で、ログは改めて剣の設えを繁々と眺める。
「しっかし、どんだけ見ても調べても、ただの中途半端な作りの剣にしか見えないが・・・」
だとしても、ログの直感と先ほどのあの衝撃が、何かが違うと訴えかける。
その訴えは、それまでログが培ってきた知識と経験から生まれる固定観念に遮られ、言葉にできないのがもどかしい。 そんな表情を浮かべつつ、ログは引き続き仕事よりも真剣に剣を観察する。
「何なんだろうな、コレ・・・うん、わからん!」
どれだけ考えた所で、引き出しから出てこない以上は解答は得られない。 ドニーにある実家に帰って曾爺さんの飲み仲間な
ドワーフの工芸家のおっちゃん共にも見せてみようか、ということで思考を打ち切ったログだが、
「・・・うん? 何だ・・・焦げる匂い・・・いや、焼ける臭いか!」
部屋の窓を開けてみれば、近場の町から火の手が上がっている。 どう見たって火事だ。
かといって形の上では留置の身、飛び出すわけにもいかないログを呼び出すかのうように、出入り口の扉からノック音が鳴り出す。
「こんな時間に誰っすか?」
尋ねるログに返答はない。
(・・・こういう時の嫌な予感って、当たるんだよなぁ)
扉の向こうに聞こえないように呟いて、貰った剣を突き立てるように構えて(と言っても儀礼剣か巧芸剣の類である以上、鈍らそのもので切りも突きも出来やしないのだが)、扉を開け放つと同時に突き込む。
聖騎士団の面々なら警戒しすぎての勢い余ってということで説明するつもりでいたが、嫌な予感というのはやはり当たるもの。
「・・・やっぱり」
右腕のない黒装束が、そこに居た。
放火と金で雇った野盗による襲撃を囮に聖騎士団派出所へ襲撃をかけた黒装束の二人。
右腕を失った一方が派出所へ乗り込み、もう一人は野盗を囮と見抜いた輩に対する愉悦の戦闘を兼ねた第二の陽動を行う、という算段であった・・・のだが。
「ぐ、ぬぅ・・・!」
「余程の自信があって、一人で陽動役を買って出たのだろうが、浅慮であったな」
右腕を肘から、左腕を肩から喪失し、両足も立つ以外の用途に使うことが不可能なレベルで切り落とされ、暗器の総ても暴かれ、衣服も用を成さない程にズタボロの黒装束へ、ザンマは言い捨てる。
「・・・だが、目的は達した」
「そうか、それはそれで良いのだがな。 だがな、それも含めて浅慮だと言わせてもらおう」
「ふん、負け惜しみを!」
「貴殿はあの剣の価値の一端を知っているからこそ、派手な陽動をしてまで欲するのだろう? 最後まで雇い主と目的を吐かずにいた一流の精神に敬意を表し、一つ良いことを教えてやろう」
「ほう、今更遠吠えか?」
「言いたくば言え。 我が主の国風に言えば、そう、『試練』だ。 彼とかの剣にとっての、な」
「言ってる意味が分からんな!」
「もう召される身の貴殿に理解してもらおうとは思わぬ。 では、さらばだ」
ザンマの愛刀が鞘に収まる。 ちん、という軽い音が鳴るのに合わせ、黒装束の首から上が、景気よく撥ねる血飛沫に打ち上げられた。
「さて・・・死んでいるなら屍と剣は拾ってやらねばな」
ザンマはゆるりと派出所へ戻る。
「その剣、貰い受ける・・・!」
「命と引き換えでなけりゃよかったんだけどなぁ!」
黒装束が腕と相応の血液を消耗しており動きに精彩を欠いている点と、ログにまがいなりにも剣の心得があった点。 この双方のおかげで、辛うじてログは生き延び続けていた。
だがしかし、殺しのプロフェッショナルと剣術は手習い程度の本職鑑定人、身体的なハンディキャップの差も、技量の差によって覆されつつある。
やがて、苦無の一投がログの左足と右上腕を狙い撃ち、ログは転身も利き腕を振り上げることもままならなくなる。
「俺も、ここまでかぁ・・・?」
思う所はいろいろあるが、やっぱり死ぬのは惜しい。 見様見真似の鑑定仕事が思いのほかウケてしまったのが、結局こういう結果になってしまうのか、とログが悲嘆し始めたその時。
<お願いです。 私とともに、私を揮って、運命に抗って・・・!>
どこからともなく聞こえた女性の声。
一体誰がというログの思案は、次の瞬間、光を放ち始めた剣により中断を余儀なくされる。
そして、ただの光は神々しい輝きへと変化し、剣も様相を新たにし始める。
ログがなぜか離せず柄を握り続けていた右手から肘までを、光殻の篭手が被い、手にした剣も、少なくともログが18年の生涯で一度も見たことがないほど眩しく、気高く、絶世の美を思わせる壮麗な装飾と、それでいてあらゆるモノを容易に切断しうる鋭利さを感じさせる刃へと変遷する。
「こ、コイツはいったい・・・!?」
こんな現象を起こす剣なんて聞いたことも見たこともない! ログの思考は常識を超えた現象に直面し、焼き切れる寸前で、シャットダウンを余儀なくされた。
「んん、あぁ・・・朝か」
目覚めたログを出迎えたのは、開けっ放しの窓から差し込む新天地の陽光と、
「おはようございます、ログ。 ですが、もう昼前です」
「・・・誰じゃ?」
確実に初対面のはずなのに、昨晩は訳わからん事態で死にかけたはずなのに、何故かほぼマッパで隣で寝てる、見た目鬼人族の女性と、
「起きたか。 団員の女性に
エルフ向けの女物の衣服を一通り買わせておいた。 早々に着せて出て来い。 事情の説明をする」
厳しい表情のザンマであった。
「一体何があったんだぁーーーーーーー!?」
昼を告げる鐘とログの慟哭溢れる叫びは、ほぼ同時であった。
- 第一話のこの引きから先日の第二話が投下されて、俄然興味が湧き上がってきました。ロボ娘話は貴重なので楽しみにしています。 -- (名無しさん) 2012-04-08 13:45:12
- どのキャラも立っているので導入となるような紹介短編みたいなものがあれば入り込みやすいかもと思いました。武器ではなく鍵かと思っただけに最後の展開は斜め上でした。次回も楽しみです -- (名無しさん) 2014-03-02 17:29:36
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最終更新:2012年04月07日 22:36