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いつ如何なる刻も。
確かにそこに存在する世界。
約束された平穏と。
継続されし混沌。
天の理想郷。
そして、地の現実。
この話は、そんな世界―『
ヒューレー』―を必死に駆け抜ける人々の物語である。
人々といっても人間という種族のことではない。
ここに住まう種族、それは。
巨大な扉が開く。
物語が今、始まろうとしていた。
1
乱雑な雰囲気の漂う街の中。賑わう人通りに、所狭しと並ぶ商品の数々。
ここはこの大陸でも有数の大型都市、エレウテリア。元は成り行きで出来上がった場所らしいが、今ではそれなりに治安や組織も整えられている。
街中には様々な種族が行き交い、先を急ぐ者やその場に留まり談笑を続けている者たちでごった返していた。
「おぃ、テュランヌ。こっちへ来てみろよ」
耳の尖った青年が、傍らを歩いていた威厳ある風貌の彼を呼び止めた。
「何だ、ケイ」
立ち止まり、振り返って男へと視線を移す。彼の名はテュランヌ・ス・クレプスクルム。全体的に青く、獣や魚人を連想させる彼は幻獣と呼ばれる種族の一人である。
一方、彼と対称的な印象を持つケイ・マッルースは、
エルフと呼ばれる種族だ。見た目はケイの方が明らかに若く見えるのだが、実は彼の方が僅かながらだが年上なのである。
「……お花…買って頂けませんか?」
そこへ、足元から問い掛けて来る声。見下ろせば、色とりどりの花を並べて座り込む少女の姿。
緑色の眼差しをテュランヌに真っ直ぐ向けて、一輪の花を差し出す彼女。風に吹かれ、花が揺れる。テュランヌは彼女をじっと見つめ、そっと花を手にした。
彼が今思い出すのは、ある日出会った少女のこと。彼女は今頃どうしているだろうか。彼にとっては苦い思い出の一つである。
彼らはみな、今頃変わらずに街で暮らしていることだろうか。それとも、新たな旅を続けているのだろうか。
あれから早や、三年の月日が流れた。長命な幻獣やエルフにとって三年とは瞬く間。だが、人間ある彼らにとっての三年はとても長い歳月なのだろう。
花の代金を支払い、テュランヌは振り返って歩き出す。足早に。
「おぃ、どうしたんだよ! テュラ」
何なんだ、全く。
そうこぼして彼の後を追うケイ。溜息が漏れる。
空はただ、蒼かった。

時、同じくして。
大都市エレウテリアの外れ、住宅街の一画に一人の少女の姿があった。
軟らかな金髪に、碧色の瞳。穏やかな表情を浮かべて彼女は振り返る。
「父様、プリムラの花が咲いたの。ほら……」
彼女の示す先には、鮮やかなピンク色の小さな花が咲いていた。決して大きくはない鉢植えの中で、美しい花びらを精一杯広げていた。
「良かったな、ノチェ」
父親の笑顔に、思わず彼女も微笑みが溢れ出す。大切に育てた花がようやく咲いた嬉しさは、言葉だけでは表し切れない。
彼女、ノチェ・エストレジャーダは、両手にしっかりと鉢を抱えた。陽の光を浴びせれば、花も喜ぶことだろう。そう思い、外に出ようとしたその時だった。
「姉ちゃん!」
勢いよく転がり込んで来たのは、弟のセーマ・エストレジャーダだ。
あまりの勢いのよさに、ノチェは危うく手にした鉢を落としかける。慌てて抱え直す彼女。
「どうしたの? セーマ。そんなに慌てて……」
息を切らせて立ち尽くす弟の様子に、ノチェは不安げな表情を浮かべる。何かあったのだろうか。
「人が! エルフが!」
乱れた呼吸で言葉が続かない。けれど、セーマはそれだけ告げると再び外へ出て行った。ノチェも鉢を傍らに置き、続いてセーマの後を追う。
外にはセーマの移動手段でもある獣、オルニスが繋がれていた。そして、その白い羽の上に見え隠れする何か。
「……人が、倒れてて……」
経験はまだ浅いが、探検家であるセーマ。今日もいつもと変わらず、採掘に出掛けていた時のことだ。
ラキス山の麓にオルニスを繋ぎ、宝を捜して森の奥へと踏み込んで行った彼。その目の前に、やがて壊れた装飾品が目に入った。
それを拾い上げたセーマ。と、ほぼ同時に草陰から彼の視界に飛び込んだのが、彼が今運んで来たエルフだった。
どうやら青年らしい。森の奥へ迷い込んだか、倒れていた彼。負傷も見受けられたため、セーマはすぐに治癒を施した。
「…とにかく、中へ運びましょう……」
ノチェの指示で、セーマは彼を担ぐと家の中へと歩みを進める。
そのまま自らの部屋へと運び、ベットへとその身を横たえた。
端整な顔立ち。気を失い、服は破れ、所々怪我はしているものの、爽やかそうな風貌に利発さを感じさせる人物であった。
「……デュナミス……」
呟くノチェの言葉。デュナミスとは、世間ではあまり知られていないが、ラキス山頂の街ソムニウムにある学園のことだ。
そしてまた、実際にノチェが通ったことのある場所でもあった。もう二度と、戻ることは出来ないけれど。
いま青年が身につけていた服は、その学園の制服であった。
ノチェは三年前のことを思い出し、そっと瞼を閉じた。父親の病を治すために、薬草を探して旅した時のことを。
道中で出会った人たちの助けもあり、いま父親は無事に回復したけれど。
代償に、ラキス山へ戻ることは難しくなった。それはその場所へ辿り着くまでの道中の険しさ、そして、山頂に住まうエルフたちの排他的性質によって。
時には友を思うこともある。けれどノチェは、決して未練に思っているわけではなかった。
今の生活も好きだし、それに何より父親を助けられた。そして旅先で色々な人に出会えたことも嬉しかったから。
「このまま安静にしていれば、大丈夫だわ…きっと……」
容態は安定した。あとは、彼が目を覚ますのを待つばかりである。その先がどうなるかなんてことは、ノチェにはまだ知る由もなかった。
2
アグロス大陸の中央、天高くそびえ立つ山がある。
切り立った崖が多く、その下部に位置する樹海も人々の行く手を阻んだ。まるで人の立ち入りを拒むかのように守られた山脈。手馴れた者でさえ登ることに躊躇うほどであった。
ラキスと呼ばれるその山の上、表面の険しさとは裏腹に垣間見られる咲き乱れる花たち。そこには、エルフだけが住んでいる楽園があった。その名もエルフの園『ソムニウム』。
ここで生まれ、ここで育った者たちのみの憩いの場所であった。何故ならば、下界から登って来られる者は皆無に等しいから。そしてまた、ここに住まう者たちの閉鎖的性質がそれらを後押ししているのかもしれない。
ただ、他者と争うこともなく、魔獣という存在もないこの場所は、ここに住まうエルフたちにとって他にありはしない楽園なのだろう。穏やかな刻だけがゆっくりと流れていた。
そのソムニウムの中央辺り、やや大規模な施設が整う場所に、この街の学生たちが通う大きな学校があった。それが学園『デュナミス』である。
学園の広場に掲げられた創造神『エレオス』の像。エレオス神によってもたらされた自然の中で小鳥たちはさえずり、学生たちは笑い、話し、そして歌った。
いつもと変わらぬ毎日が続く。
危機に晒され続ける地上とは異なる、永遠に穏やかな日々が。
おそらくは、明日も明後日も変わらぬ日々が続くであろうと。ソムニウムに住まうエルフたちは皆、少しも疑うことがなかっただろう。
その、突然の大揺れが訪れるまでは。
突如、地の底から湧き上がって来るような地響き。
さえずりを聞かせていた鳥たちは一瞬にして飛び去り上空へとその身を委ね、飛ぶことの適わぬエルフたちはただ大地に身を任せて恐怖に怯える他なかった。
高く声が上がり、瞬時に辺りは喧騒に包まれる。慌てて学園の建物へと逃げ込み、その中で友と肩を抱き震えあった。
そのとき。
遥か西方、薄っすらとした光が視界へ飛び込む。天と地を繋いで、光の柱がそびえ立っているかのようなその光景。ここ数年、そのような現象はなかったはずだ。
少なくとも三年前、怪奇現象として突如発生し、やがていつしか消えていたその時からは。
「……あの時と同じ……」
誰かがそう呟いた。世界滅亡の前触れではないかと囁かれていた三年前。しかし世界は未だ、変わらず存在し続けている。ではあれは、何なのか。
いつしか教室は、光柱を眺める生徒で溢れかえっていた。だが、ここからは到底なす術もない。ソムニウムからでは遠過ぎて、光の元へは辿り着けないのだから。
「あの根元にはきっと宝が埋まってるんだぜ!」
そんな声も聞かれたが、やはり成す術はないのだ。それを察してか、やがて彼らは各々に散らばって行った。暫く経った頃には、そこはいつもと変わらぬ教室の姿。
ただ、ごく少数の人物だけが未だ光柱を見つめ続けている姿があるのみ。それ以外は何も変わらない、昼下がりの教室の景色だった。
その頃、地上でも。
「何だってんだ、クエイクどでかい版かよ?」
突然の揺れにも特に動じることなくさらりと言って退けるケイ。
突然の大揺れに街中は忙しなく走り回る人々で溢れかえっていた。魔獣襲撃に比べれば容易い地震ではあるが、さすがに商品が壊れては売り物にもならない。この程度の騒動で収まっているのは、やはり一重に彼らが突発的騒動の起こりやすい日常に身をおいているからか。
一旦外へ出てしまえば、想像も付かないような魔獣に出くわしたりすることも多々ある。時には魔獣たちが街へ押し寄せてくることもある。そんな中での生活を過ごしている彼らは、ある意味とても強いのかもしれない。
特にケイは暢気なものだ。自らにミストバリアを張って、それで仕舞いである。
「しかしあの光、どうしたものかねぇ」
軽く溜息をつくケイの横で、テュランヌは一人険しい表情を浮かべていた。
3
「姉ちゃん、大丈夫か?!」
突然の揺れに不安げな表情を浮かべるノチェ。セーマは集中力を研ぎ澄ませて周囲に目を配った。
「こっちも大丈夫?」
続けて、ベッドで今だ意識を失っている青年へとセーマは視線を動かす。
じっと横たわる彼。だが、微かに身体を動かしたような気がした。
うっすらと開く瞼。どうやら今の衝撃で目を覚ましたらしい。定まらぬ瞳を宙に漂わせ、そのまま動かぬ彼にセーマは声を掛けた。
「目が覚めたか? 気分はどうだ?」
「……ここ、は…」
まだ身体が痛むのか、身を横たえたまま呟く青年。やはり焦点は定まらぬのか、虚ろな瞳で天井を仰いでいる。
「安心しろ、ここはオレの部屋だ。……オレはセーマ。キミは?」
自らの名を告げて、相手にも促すセーマ。けれど、青年は何かを考え思い出すような仕草をするも、その名は言葉にはならない。
「どうしたんだ?」
訝しげな表情を浮かべて問い掛けるセーマ。ノチェも心配そうに青年をそっと見つめていた。
「……わからない。わからないんだ、なにも……」
俯く彼に、顔を見合わせるセーマとノチェ。暫し静けさが落ちる。
何かの衝撃を受けて、一時的にでも記憶が途絶えているのかもしれない。時が経つことで回復すれば良いのだが。
「ま、暫くはここにいろよ? な、良いだろ? 姉ちゃん」
姉の同意を求める弟に、ノチェは頷いて微笑んだ。おそらくは、両親も了承することだろう。セーマはその了承を得るために、部屋の外へと飛び出して行った。
部屋に残されたノチェと青年。ノチェはそっと青年の額のタオルを交換した。怖がらなくても良いと呟く。
窓の外には明るい光。陽の光とはまた異なった、それでいて見覚えのあるような光に。ノチェは微かに不安を覚えて空を見つめた。
そこには、遥か遠く。うっすらとした薄黄色の光。天と地を結ぶ柱に、ノチェは鼓動が速くなるのを感じる。三年前に見た景色だ。
様々な思いが脳裏を過ぎる。ただ、その傍らで、何も知らない青年だけが不思議そうにノチェをじっと見つめていた。
<第一章へ続く>
●次回選択肢
W1 街の中で
W2 〇〇に関わる
W3 好きなことをする
●アンケート
好きなストーリーの展開、嫌いなストーリーの展開はありますか?(PL対象)
最終更新:2007年09月23日 11:46