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プロローグT

Truth 序章 「OVERTURE」

1

 宗教大国リルフィーの南東にキンダムと呼ばれる町がある。音楽の盛んなこの町は昼夜問わず耳を澄ませば美しい旋律が届く、平和で華やかな町である。事実、首都イルを離れた王族や貴族といった上流階級の人種も多く住んでおり、町並みも美しく整備され、どこか幻想的な雰囲気さえ漂わせるほどだった。
 そんな町の朝、一つの軽やかな調べが町の中央に位置する緑あふれた公園から響いてきた。調べの主は公園一番の大木の陰でこの町特産の楽器『リュート』を奏でている。白を基調とした男物の正装服に加え、きれいに整えられた燃えるような真っ赤な髪は、品のある美しい顔立ちをより一層引き立てていた。言われなくとも王族か貴族の類であることはそのかもし出す雰囲気から容易に伺える。
「こら、ロック!また朝の礼拝さぼったの?」
 気持ちよく草の上に横たわりリュートを弾いていたロックと呼ばれた男は、現実に引き戻されたことに機嫌を損ねたのか、演奏を止め鋭い目つきで声の主に答える。
「何度も言ってるけど、俺は神とか伝説とかそういった物にはあまり興味がない。縋る気もないよ」
 しつこいと言わんばかりの素っ気無いそぶりを彼は目の前の女に見せる。
「それは前にも聞きました。そうじゃなくて、リルフィーの王族としてもうちょっと皆の手本になるように行動しなさいってこと」
「王族と言っても末の末だろ。誰も見てないさ。アリア姉さんは考えすぎなんだよ」
 ロックに対して説教をする彼の姉アリアもまた、王族として申し分の無い容姿だった。長いストレートの金色の髪を風になびかせ澄んだ緑色の瞳は悪態つく弟ロックの姿を映している。
「そういう問題でもなくて、せめてリルフィーに住まうものとしてミシュールの教えには従いなさいって」
「別に否定はしてないさ。ただ、信仰なんて強制されてするものではないと思うんだけど。もっとも、従っても何も得るものはないし。別にご利益なんてのも結局無いし」
 ロックの言い分は多くの人が正しいと思っているところではあったが、ミシュール教の聖地リルフィーとしてその考えは許されないことだった。他の国よりも教えを重んじるこの国での影響力は絶対的なものである。それゆえ彼のような発言でも時と場合によっては教えに背くものとして裁かれるほどだ。
「それもそうですが、信仰で得られるものは何も、恩恵やご利益だけではないですよ」
 アリアの横より現れたもう一人の神官服を身に纏った中年の男が穏やかな口調で彼等の会話に割って入る。その声を聞いてロックはあわてて身を起こした。
「マイティス先生……姉さん、汚いぞ」
「だって、もう私じゃ、何言っても無理そうだもの」
 いたずらっぽくわずかに笑みを見せるアリアの横でマイティス神父は満面の笑みで言葉を続ける。
「聖書をたどれば、歴史を学ぶことにもなりますし、その歴史の中に現れた多くの人々の生き様を伺えば、今の自分を見直すきっかけになったり、またこれから歩む道しるべにもなります。それ以上にあなたは王族。教会に来てもっといろんな人と触れ合ってはどうですか?」
「いかにもな勧誘文句ですね」
「こ、こら!ロック!先生に向かって失礼な」
 ロックの暴言にあわてて口を出すアリア。しかしその言葉をさえぎってマイティスは続ける。
「そう聞こえましたか?確かに他の方にも似たようなことをよく言ってますね。…しかし、」
 マイティスは笑みを崩し、やや真剣な眼差しでロックの瞳を見つめる。
「君は優れた知の才があります。昔から見てきた私にはよく分かります。それを伸ばすために神学についてもいろいろ学んでみるべきです」
真剣に言われて、少し下を向き考え込むロックだったが、
「ごめん、先生。先生と話すのは好きだけど、信仰の件となると話は別」
 そう答えるとロックはリュートを片手に持ち立ち上がり、マイティスたちに背を向ける。
「また、今度遊びに行きます。信仰の話は抜きで」
 じゃあ、と手を上げるや否やロックはその場を逃げるように去っていく。
「ちょ、ちょっと、ロック!」
 あわてて追いかけようとするアリアだったが、さすがに自分が追いつくことは不可能と思ったのか、すんなり追うのをやめる。そしてマイティスに向き直って頭を下げた。
「マイティス先生、申し訳ございません!お呼びだてしておいて失礼の数々…」
「いえいえ、いいんんですよ。彼は昔からああいう子でしたから」
 さも当たり前のようにマイティスは答え、アリアの謝罪を制した。
「でも、あの子、なんであそこまでミシュールの教えを嫌っているのかしら」
 二人は、どんどんと小さくなっていくロックの背中をずっと眺めていた。

 公園を後にしたロックは商店街の大通りを歩いていた。比較的物価の高いこの地域には珍しく安い食材や衣類が売っているこの通りは、他の場所より更に活気がある。
「まさか、先生を連れてくるとは思わなかったな」
 ぶつくさ独り言を言いながら通りを歩くロック。ふと前方にひときわ大きな人だかりが目に入る。人の入り込む隙間も無いほど集まっているため、ここからはその原因を確認することはできなかった。
「あそこまでの人だかり。気になるな」
 普段はあまり他のことに首を突っ込まないロックだったが、妙に興味をそそられたのかその人だかりに足を向け歩き出した。

2

 ひときわ大きな歓声が巻き起こる。その歓声は闘技場の中央で剣をかざし観衆にこたえる戦士の男に向けられたものだ。
「ギルド主催格闘選手権大会、フリー個人の部優勝はまたしてもこの男、通算六連覇を成し遂げた鉄人『アーツ・グリッサンド』その人だあぁーーーっ!」
 会場に響き渡るアナウンス。それに呼応して更に大きな歓声が沸き起こった。

 ここは魔法国家アスタリムの外れ、ネアという町。ギルドの本部があるこの国は、地方の町までギルドの息が掛かっており活気にあふれている。このネアもその一つだが、ギルド主催の「格闘選手権」という一風変わった趣向のイベントを催すこの町のギルドは、世界のギルド仲間の間でも有名であった。しかもこの町には有名なプロウディのものほど規模はないが闘技場がある。大会観戦ともなればその客席は即満席となり、一つの娯楽として大衆に受け入れられていた。
 ギルド公認なのはいくつかの理由がある。まずギャンブル制を導入していないこと。そしてギルド所属メンバー同士が互いに競い高め合い、技術を磨く場として有効であると判断されたからだ。
 しかし、世界各国へ参加募集を行ってはいるが、やや辺境の地ということもあり、実際参加するのはアスタリム出身のものが大半だった。しかし、それでもここで勝利し続けると言うことはかなりのつわものであるという名誉に変わりない。

 今まで歓声を受けていたアーツと呼ばれる戦士は闘技場に横たわるもう一人の人物に手を差し伸べる。年齢的には20代後半、鍛え抜かれた筋肉とそして数多くの戦火を潜り抜けてきたであろう数々の傷跡がその勝利者としての力強さを物語る。黒い短髪に程よく日に焼けた肌、ただ差し伸べた手は茶色の毛で覆われ鋭い爪がその間から見え隠れしている。
「さすが、アーツさん。僕なんかまだまだですよ」
 差し出された手をとり、横たわっていた男は立ち上がる。
「なかなかいい太刀筋だ。鍛錬を積めばもっと光る」
 立ち上がった男はありがとうと述べ、アーツと二人、選手召集場へと向かった。客席からは一際大きな拍手が起こる。
 その時、アーツの目に気になる人物が飛び込んできた。客席最上段に座る上級法衣に身を包んだ司祭の姿だった。

「どうかしたのか?アーツ」
 選手の召集場に戻ってきたアーツ。いつにも増してテンションが低い彼の様子を見て仲間らしい男が声をかけてきた。
「…客席奥の最上段を見てみろ。場違いな客がきている」
 その話を盗み聞きしていた周りの男たちが柱の影から我先にと客席を眺めだす。
「おおー、ありゃ神官様だー」
「高そうな法衣着てるな。ありゃきっと偉いやつに違いない」
「ほんとだ。しかし隣にめちゃくちゃきれいな姉ちゃんを連れてるぞ。ありゃきっと娼婦だな。さすが金を持っているやつは違うぜ」
「こら、お前ら!司教様に失礼なことを言うんじゃない」
 はしゃぐ男たちの後ろから大きな男の怒鳴り声が飛んできた。皆びっくりしてその声の方に振り向く。身長は低いがその恰幅のいい腹で威厳を放つその男は司教に対し失言を吐いた輩を殴りつけてまわった。
「お前等、あの方はリルフィー教会総本山の司教様だ。横の女性達は司教様のご息女だ。娼婦などと失礼にも程がある」
 突如現れた恰幅のいいこの男、名はダダリカという。彼はこの闘技場のオーナーにして根っからのミシュール教信者だった。大会の勝者が決まり、その祝いの言葉と賞金を渡しに選手の控え室まで降りてきたのである。
「司教?なんでそんなリルフィーの幹部がこんな辺境の地へ?しかもこの何も関係の無い闘技場に」
 アーツは冷静にダダリカに問いただす。アーツに気がついてダダリカは思い出したように胸元から袋をとりだした。そしてそれをアーツに差し出す。
「とりあえず、六連覇おめでとう、アーツ。これは賞金だ。まあ、いつもどおり僅かなものだけどな。しかしお前も、もうこの闘技場の英雄だな。ワシも鼻が高いぞ。昔、魔器をいじっていた頃ぐらいに今が楽しいわい」
 わははと大声で笑うダダリカ。
「まだだ。まだ俺の求めるものには到達していない」
「変なやつだな。これ以上何を求める?十連覇か?それとも今以上の栄誉か?」
そのダダリカの問いに対してアーツの返答は無かった。
「まあ、いいんだがな。…ところでさっきの質問の答えだけどよ、司教様の来訪目的。実は聞いては見たんだが、どうも視察を兼ねた単なる観光みたいだ」
「なぜ、この時期に?」
「知らねーよー。まあ、こっちとら、ミシュール様のお膝元の偉い方がこの闘技場に足を運んでくれただけで嬉しいんだがな」
 満面の笑みでスキップをしだすダダリカだった。

 しばらくしてダダリカが去った後、アーツも控え室で帰り支度を終え、帰路に着こうとしていた。が、ふと先ほどダダリカから受け取った賞金を思い出し荷物の中から取り出す。そして、まだ控え室に残っている仲間に声をかけた。
「おい、暇なやつはいつもの酒場に集合だ。今日は金の心配はするな、俺のおごりだ!」
 その言葉を待ってましたと言わんばかりに男たちが町へと駆け出していった。アーツが優勝した賞金で皆におごるのは初めてのことではない。もう恒例の行事のようなものだった。それゆえ今ここに残っていた者はみんなそれを待っていたのだ。
「…現金なやつ等だ」
 出資者であるはずのアーツは一人控え室に取り残され、わずかばかり笑みをこぼした。
「しかし、何も起こらなければいいのだが…」
 アーツの脳裏に客席に現れた司祭の姿が浮かぶ。わずかな不安を覚えながらも、待たせては酒場に集まった仲間に悪いと酒場に向けて歩み始めた。

3

「ふざけるのもたいがいにしろ!」
 炎天下の下、怒りに満ちた男の大声が響き渡る。トラの獣人の大男が、近くにあった陶器の器を前方に立つ男めがけて投げつけた。投げつけられた男は寸でのところで身をそらし器を回避した。
「なんと野蛮で乱暴な方だ。獣人は礼儀も知らないのですか?」
 男は冷ややかな視線でトラの獣人を見る。
「礼儀をわきまえていないのはどっちだ!ミシュールの教えに従えだと?我等にはれっきとした『ベスティアーネ』という神がすでにいるのだ」
「もはやベスティア大陸にもミシュール教は広まりつつあります。世界を一つに結ぶ一つの手段としてまず神と言う存在を合せていくことが先決だと私は思うのですが」
「うるさい!聞く耳もたん。さっさと消え失せろ」
 獣化しているその鋭い瞳で男を睨む。
「そうですか…残念です。分かり合えると思っていたのですが」
 男はあきらめたのか、荷物を手に取り一通の手紙を差し出してきた。
「この中にリルフィーへの招待状が入っています。是非一度我々の活動を見にいらしてください。きっと考えが変わりますよ」
 しかし、トラの獣人はその手紙を受け取らずに男を睨み付け咆哮を放つ。その勢いに驚いたのか、男は手紙を置き一目散に逃げ出した。

「ヴォックス殿、先ほどの男の申し出はどうなさるのじゃな?」
「行くわけ無かろう。思い返しただけでも腹が立つ」
 ヴォックスというトラの獣人は先ほどのやり取りにかなり腹を立てたのか獣化している頭部の毛をブチブチと毟っている。
「まあ、確かに先ほどの者のやり方はよいとは思えませんが。しかし人間の世界を知り、学ぶと言うことはいいことかもしれませんな」
「しかしデューゼンよ。何の取り柄も無い人間風情から何を学べと言うのだ」
 ヴォックスにデューゼンと呼ばれたねずみの獣人は先ほどの招待状を拾いながら答える。
「それは私にも分かりません。ただ、何も受け入れず虐げられた我々には、外界の新しい風を受けいれる必要はあると思います。そうしなければ滅びは無くとも発展もありませんよ」
 考え込むヴォックス。口では否定的であっても本当のところは彼にもよく分かっていた。
「しかし、わしもここの部族の長。そう簡単には大陸を出ることが許されん」
「そうですな。では代わりに誰かを立ててはどうかと」
「そうだな。しかし、果たして快く引き受けてくれるものがいるかどうか…」
「バーニー殿などはいかがでしょう?そろそろ旅に出してもおかしくない年頃では」
 その名を聞いてヴォックスの顔が青ざめる。今まで見せてきた部族の長として、トラの獣人としての威厳を一気に忘れさせてしまう変貌振りだ。
「あいつか?…はぁ…あいつかぁ~…はあぁ~。仕方ない、駄目もとで話してみるか…」
 頭を抱え散々考えた挙句、ヴォックスはバーニーという者を呼び出すことにした。

「…というわけだ。大体分かったか、バーニー?」
「はい!ぜんぜん分かりません」
「…やはりか」
 ヴォックスの前に褐色肌の元気そうな少女が一人、きょとんとした顔で立っている。薄い黄色のショートへアーとパッチリ開いた黄色い目がその元気よさに拍車をかける。一見獣化の部分も無く人間と思われたが、時々背後から姿を現す黄色と黒の縞模様の尻尾が彼女が獣人であることを示していた。
「で、どこからわからない?」
「『みしゅ~る』ってのが出てきたところあたりから」
「それって最初だろ。全然分かってないってことじゃないか」
「だって、パパの話長いし~、難しい言葉いっぱいだし~」
 出来の悪い娘を嘆いてか頭を抱えるヴォックスを見かねて、デューゼンが変わって説明することにした。
「要は、船に乗ってこのベスティアを出てほかの大陸やそこで暮らす色々な人間たちに会って来なさいということですな」
「えっ、えっ!それってもしかして海の向こう側に旅しちゃっていいってこと?」
 頭を抱えるヴォックスの横でデューゼンはにこやかに微笑んで頷いた。
「ってことは、箱入り娘だった私もとうとう巣立ちの日が来たってことね!今まで島を抜け出そうとしたこと数回、今まで成し遂げられなかった脱走、もとい旅立ちが親公認のもと堂々と旅立つことが出来るのかぁ~。くぅ~。泣けてきちゃったよ、まったくー」
 なにやらテンションの上がってきたバーニーを見、デューゼンも開いた口が塞がらない。
「それで、それで。今までたまったウップンをどこかでどーんとはらすために、世界中のおいしいものをたらふく食べまくるのよ。そして世界中を旅してるときに出会った素敵なダーリンをゲットして後々は目指せ玉の輿って感じ。そんでもってそのダーリンてのが実は実は人間だったりして、これってば異種族間結婚とかってちやほやされて、キャー恥ずかしい!」
「まてーい!もうワシのほうが恥ずかしいわ、こんな娘を世に送り出そうとしてたことに」
 顔を手で覆い恥ずかしいそぶりをするバーニーに対して先ほどまで黙っていたヴォックスが制した。
「やはりこの話しは無しだ。今までの内容はすっぱり忘れろ。分かったなバーニー」
「わかりましたわ。して、出発はいつからですかパパ様?明日ですか?今日ですか?それとも昨日ですか?」
凍りつくヴォックス。その後の全ての言葉が頭の中から消え去った。
「もうこれは駄目ですな」
 デューゼンは苦笑いを浮かべることしか出来なかった。

「わかったな、これだけは絶対に守りなさい。わかったらもう一度復唱」
「リルフィーの教会に立ち寄る。島を出る前に何人かの仲間を連れて行く。…もう、私も子供じゃないんだからそんなに言えば覚えるって」
「お前の場合これぐらいしないとだめだ。ほら、リルフィーの招待状もしっかり持って。ちゃんと魔器も準備しなさい。出発は明日なんだからな」
「もう、パパ。うざい~」

 バーニーが準備のため去った後、ヴォックスとデューゼンはふと足元に何か落ちているのを見つけた。それは紛れもなく先ほど手渡したはずのリルフィーの招待状だった。
「…恨むぞ、デューゼン…」
 トラとねずみの獣人はそろって大きく肩を落とし、部族の恥が世界に流れないことを切に願った。


●次回選択肢
 T1 ロックに関わる
 T2 アーツに関わる
 T3 バーニーに関わる
 T4 その他
最終更新:2007年09月22日 19:17
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