自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

184 第142話 モンメロ上陸作戦

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第142話 モンメロ上陸作戦

1484年(1944年)6月16日 午前6時 ヘルベスタン領モンメロ

この日、ヘルベスタン領エルケンラードから、東に40ゼルド(120キロ)の所にあるモンメロでは、マオンド軍
第215歩兵旅団に属する歩兵連隊がいつもの朝の日課を始めようとしていた。

「ふぁ~、眠いなぁ。」

第2歩兵連隊第2大隊第3中隊に属しているヘルト・ドールントゥ中尉は、珍しく霧がふけるモンメロの森を見つめながら
眠たそうな口調で言った。
第2大隊が所属する第215歩兵旅団は、マオンド軍ヘルベスタン統治軍の後方予備として配置されており、つい2ヶ月前までは
前線部隊に配備されていた。
このモンメロ地区に移ってからは、モンメロの森や、周辺の町の監視や訓練を行っている。
彼らは今、海岸付近に配備されている第3中隊と交代するために、沿岸から1ゼルド離れた内陸から森に向けて向かっている途中である。
6月というのに、森の中はひんやりとしており、霧に半ば隠されたモンメロの森林地帯は、そこだけがこの世ではない異界のように見える。

「そういえば中隊長。」

ドールントゥ中尉は、軽鎧に覆われている腹が無性に痒いと感じたときに、後ろから軍曹に声を掛けられた。

「昨日は、トハスタがアメリカ軍の機動部隊によって手酷い損害を受けたようですが、今後は輸送船の往来はほぼ無い状況が続くんでしょうか?」
「ああ、その事か。」

ドールントゥ中尉は、顔をしかめてそう言った。

「港に停泊していた輸送船が片っ端からやられたというから、海路からの補給は、今後しばらくは難しいかもな。」

トハスタが敵機動部隊の空襲を受けているという報せが伝わったのは、1日の課業もそろそろ終えようとしていた夕方の時であった。
トハスタに駐留していた味方部隊は、夜も明けて間もない午前5時。突如としてアメリカ軍機の空襲を受けた。
最初の第一波攻撃隊が押し寄せたのは午前5時30分頃。
その時は、マオンド側も急いで迎撃ワイバーンを発進させたが、発進命令が下ったのは警報が発せられて僅か10分後であり、
まともに迎撃できたのは、僅か60騎ほどであった。
この60騎のワイバーンは勇敢に戦ったが、150機にも上るコルセアやヘルキャットが相手では、逃げるだけで精一杯だった。
迎撃ワイバーン隊が拘束できたアメリカ軍機はせいぜい6、70機ほどで、残りはワイバーン基地目掛けて突進していった。
警報発令が遅れた代償は余りにも大きかった。
アメリカ軍機は3手に別れて3つあるワイバーン基地に襲い掛った。
この時は、今しも発進しようとしていたワイバーンや、米機動部隊攻撃用に内陸部から移動し、明日にはヘルベスタンに飛び立とうと
していた多数のワイバーンで基地内はごった返していた。
そこにコルセア群やヘルキャット群は暴れ込んだ。
ヘルキャットは、飛び立ったばかりのワイバーンに対して情け容赦なしに機銃を撃ちかけ、バタバタと叩き落としていく。
ワイバーンに跨った竜騎士は、その瞬間に12.7ミリ弾の掃射を受けて、魔法防御を張る暇すら与えられずにワイバーン共々、鮮血を
吹いて戦死する。
一部のコルセアは、両翼に吊り下げていた4発の5インチロケット弾を叩き込み、複数のワイバーンが纏めて爆砕される。
2年近く前のエルケンラードで起きた悪夢が、所を変えて現出されていた。
コルセアやヘルキャットが散々暴れ回った後は、3つあるワイバーン基地は、ワイバーンや竜騎士の巨大な墓場となっていた。
第1波の戦闘機隊が派手に暴れ回った後、午前6時10分頃に、第2次攻撃隊が姿を現した。
マオンド側は、迎撃隊や、戦闘機隊の襲撃で生き残ったワイバーンを掻き集め、約80騎で迎え撃ったが、米側も攻撃隊に90機の戦闘機を
随伴させていたため、攻撃機に向かえるワイバーンは少なかった。
第2次攻撃隊は、TG72.1とTG72.2から発艦した90機の戦闘機、52機の艦爆、48機の艦攻で編成されていた。
艦攻、艦爆のうち、艦爆隊はワイバーン基地の攻撃に向かい、艦攻隊は停泊している艦船を攻撃した。
停泊していた輸送船の中で、4隻は、ようやく外海をでたばかりで、攻撃隊を見つけるや慌てて南に進路を取ったが、イラストリアスの艦攻隊
16機がこの4隻に向かった。
敵船は4隻とも被雷し、うち2隻はその場で轟沈し、1隻は1時間後に沈没。
残る1隻はなんとか航行できたが、船長は長くは保たないと判断し、3ゼルド離れた海岸に乗り上げ、乗員の命を救った。

その後、トハスタは午後6時までに、7波延べ800機以上の艦載機から猛攻を受け、3つの主要なワイバーン基地は全て壊滅し、
270騎のワイバーンを失った。
港に停泊していた25隻の輸送船と15隻の哨戒艇、砲艦、旧式駆逐艦は片っ端から叩き沈められ、港湾施設はほぼ壊滅した。
これに対して、マオンド側の戦果は敵戦闘機69機、攻撃機60機撃墜のみであった。
(実際に現地で撃墜されたのは、F6F19機、F4U9機、SBD1機、SB2C7機、TBF12機である)
マオンド側にとって救いだったのは、停泊していた主力艦隊が既に出港した後であった事である。
しかし、それでも被害は甚大であった。この空襲で、ヘルベスタン領を往復していた輸送船団は、軒並み撃沈された。
船団の壊滅によって、ヘルベスタン領に対する海路からの補給路は完全に途絶えてしまった。
ヘルベスタン領には、陸路と海路から補給が行われているが、海路が寸断されたとなると、マオンド軍各部隊の補給は、これまで以上に
困難になると思われている。
陸路でさえ、秘匿していたはずの交通路や物資集積所が次々と爆撃を受けているのだ。
この状況で海路まで絶たれたとなると、マオンド側の困窮は一層深まるばかりである。
今の所、後方部隊である第215歩兵旅団は、補給物資に関しては概ね問題ないが、いずれは前線部隊で目立ち始めた
各種物資の不足が始まるのでは?という思いは、旅団中の将兵が内心で抱いていた。
午前6時10分には、第2中隊は森を抜けて、待機していた部隊と交代した。

それからしばらく経った。
ドールントゥ中尉は、木造の半地下式の指揮所で机に脚を乗せながら暇潰しに読書をしていた。

「中隊長、霧が晴れ始めましたよ。」

監視窓から、霧に覆われた海岸線を見つめていた兵が、何気ない口調で報告してくる。

「霧が晴れても、いい物は見られないさ。」

彼は視線を本に向けたまま兵に答える。

「ここの任務について2ヶ月になるが、肝心の潜水艦とやらはいないし、スパイも居ない。今日も何も無いまま終わるさ。」
「それにしても、アメリカ軍の大船団は、やはり西海岸方面に向かっているんですかね。」

兵士のその言葉に、ドールントゥ中尉はページをめくるのをやめた。

「確実に、西海岸に上陸するだろうな。恐らく、反乱側が確保している沿岸部に上陸するだろう。」

アメリカ軍の大船団が、スィンク諸島を離れたという情報は、既に全部隊に伝えられている。
情報の発信元は海軍側からだが、その報告は、ヘルベスタン領にいるマオンド軍部隊に衝撃を与えた。
マオンド軍は、これを受けて急遽、反乱側の殲滅作戦を行うことを決め、今日の朝頃には山岳地帯や沿岸部を支配している
反乱軍に一斉攻撃を仕掛けるようだ。
マオンド側はアメリカ軍が上陸するまでに反乱側を殲滅して鎮圧し、上陸地点を抑える積もりのようだが、現状では
とても間に合いそうにない。
そう遠からぬうちに、アメリカ軍は西部沿岸のどこかに、大軍を上陸させてくるであろう。

「アメリカ軍が上陸したら、我が軍の戦線は後退するだろうな。」

ドールントゥ中尉は、あっさりとした口調でそう言った。
それを聞いた監視兵が、彼の言葉に対して反論しようとした時、彼は傍にいたもう1人の監視兵から肩を叩かれた。

「おい、ちょっと見てみろ。」

監視兵はそう言うなり、望遠鏡を彼に手渡した。

「どうしたんだ?」
「少し遠くの沖合で何かの影が見える。船かも知れない。」

監視兵は同僚の声を聞きながら、望遠鏡の向こう側に意識を集中する。霧は急速に晴れつつある。
10分前までは、白い空気の層しか見えなかったのに、今ではやや遠くの洋上まで見渡せそうだ。
彼は5分ほど探したが、船らしき影は見つけることが出来なかった。

「何も無いぞ?」
「・・・・無いのか?」
「ああ。もう1度見てみろ。」

監視兵は、同僚に望遠鏡を手渡す。同僚はそれを取ると、再び自分の目で確認した。
この同僚は、隊の中では最も視力がよい。
マオンド中部にある山岳地帯で生まれたこの同僚は、子供の頃から親と共に猟に出たり、暇なときは自らも狩猟を嗜んでいたため、
自然と視力が鍛えられていった。
その彼は、海岸勤務になると、よく監視役を任されている。

「う~ん、おかしいな。確かに船だと思ったんだが。」
「見間違いじゃねえのか?霧はまだ晴れてないし。」

霧の濃さは薄くなっているとは言え、海岸線から少し離れた沖までしかはっきり見られるのだが、そこから先はまだ霧が掛かっていて、
目を凝らしてもその先に何があるのかはっきり分からない。

「俺の見間違いだったかな。」
「かもな。」

監視兵は、同僚に苦笑しながら言った。
それから10分ほどが経った。霧が晴れてきたせいか、海は先ほどと違って、水平線まで見渡せるようになっていた。
先ほど、同僚から声を掛けられた監視兵は、ドールントゥ中尉と雑談を交わしていた。

「なるほどな!ヘルベスタン人にも、なかなか面白い奴がいるのだな!」
「ええ。まったく骨のある奴ですよ。オーク兵やゴブリン兵を見ても動じませんからね。たかが行商人とはいえ、ヘルベスタンにも
まだまだ捨てがたい奴が居ますよ。」

監視兵が調子の良い口調でそう言った直後、後ろでカランと、何かが落ちる音が聞こえた。

彼はどうしたのかな?と、軽い気持ちで振り返った。目の前には、何故か棒立ちになったまま前を見据える同僚の姿があった。
同僚は、くるりと彼に姿勢を向ける。その動作が、妙にぎこちない。

「どうした?」
「・・・・・・・・・・」

彼の問いかけに応じることなく、同僚は落ちた望遠鏡を拾うと、彼に差し出した。

「み・・み・・・み・・・・」

その無表情な顔つきとは裏腹に、震えた口調で言葉を紡ごうとするが、なかなか思い通りに言えない。

「はぁ?」

彼は怪訝な表情を浮かべるが、同僚がこれで海を見ろと伝えようとしているのが分かった。
首を捻りながらも、彼は望遠鏡を手に取って、それで海を見た。
彼の目に飛び込んできたのは、水平線上に浮かぶ無数の黒い影であった。

「・・・・・・・!?」

言葉にならない驚きが発せられる。
彼はそのまま、水平線上の影の群れを見つめ続けた。

「まさ・・・・か・・・・・」

監視兵は、掠れた声音で呟いた。彼の脳裏に、信じたくない結論が浮かび上がっていた。
自然に、体が震え始めた。

「おい・・・・何か見つけたのか?」

後ろから、中隊長の声が聞こえる。監視兵は思わず、静かにして下さい!と叫びそうになった。
彼は何故か、声を敵に聞かれてしまうと思っていた。余りの恐怖に、あり得ない事を普通にあり得てしまうと思ってしまったのだ。
(何も言うな!声を聞かれたら、あの海の向こうの化け物達に聞かれてしまう!!)
監視兵は、心の中でそう叫んだ。
彼の考えは全くの間違いである。少なくとも3マイル以上は離れているあの影の群れに、彼らの会話は聞こえるはずもなかった。
しかし、影の群れは、彼らの言葉を聞き取ったのか、一斉に閃光を発した。

「おい!聞いているのか!?」

ドールントゥ中尉は、怒りをあらわにした口調で監視兵に言ったが、その監視兵からは予想外の言葉が言い放たれた。

「アメリカ軍です!沖合にアメリカの大艦隊が現れました!!」

監視兵は振り返るやいなや、血走った目を見開きながら、絶叫じみた口調でドールントゥ中尉に言った。

「な・・・・何だとぉ?」

突然言い放たれた言葉に、彼は唖然と鳴った。
そこに、何かが空気を切り裂くような音が聞こえてきた。
不気味な音は、とてつもなく大きかった。ドールントゥ中尉は、あまりのやかましさに耳を塞ごうとした。
その瞬間、大音響が鳴り響き、彼は強い衝撃受けながら、唐突に意識が無くなった。
彼は知らなかったが、戦艦テキサスから放たれた14インチ砲弾は、1発が彼らが居た指揮所に命中して、いとも簡単に吹き飛ばしていた。

午前7時30分 モンメロ沖4マイル地点

アルトルート・ソルトは、輸送船コズウェル号の甲板上で、猛烈な艦砲射撃を受けているモンメロの海岸に見入っていた。
前方の戦艦が、砲身から火を噴く。斉射に伴う猛烈な轟音が、離れた位置にいるコズウェル号にまで響き渡る。
20分前から始まった艦砲射撃は、早くも佳境に入りつつある。
TF73に所属している戦艦ニューメキシコ、ミシシッピー、アイダホは、第8艦隊から編入された戦艦ニューヨーク、テキサス、他の護衛艦と
共に上陸地点の事前砲撃を行っている。
旧式戦艦とはいえ、5隻の戦艦が行う砲撃は圧倒的な物があり、射撃から僅か10分足らずで、上陸地点は爆煙に覆われて見えなくなってしまった。

「どうです?初めて見る艦砲射撃は。」

彼の傍らで、同じく爆煙に包まれるモンメロを見つめていたダグラス・マッカーサー大将がアルトルートに聞いてきた。

「圧倒的ですね。あれなら、いかなる障害も吹き飛ばすことが出来るでしょう。」
「事前砲撃は、上陸作戦では欠かせぬ物ですからな。この砲撃とは別に、航空部隊の空襲もう行われます。ああやって、
敵の抵抗力を徹底的に削いでいけば、味方部隊が上陸するときに損害を抑えることができます。」

マッカーサーは単調な口調で言う。

「欠点としては、この事前攻撃を行うために大量の砲弾や爆弾を用意しなければならないことです。上陸作戦を行うときには、
これらの準備が出来ているかを確認してから、ようやく上陸作戦が始まります。」
「なるほど。」

アルトルートは冷静な表情で言ったが、内心ではアメリカという国の凄さを改めて思い知らされたような気がした。
砲撃は、50分に渡って続けられた。その間、戦艦部隊や駆逐艦部隊は、砲弾を好き放題撃ちまくっていた。
とある駆逐艦は、敵の反撃が無いのをいい事に、1キロほどの沖まで近付いて40ミリ機銃を乱射した。
ボフォース40ミリ機銃の太い曳航弾は、爆煙で見えづらくなった沿岸や森林地帯に延々と注がれ続けた。

艦砲射撃に加わったのは、何も戦闘艦艇のみではない。
上陸部隊には、戦艦や駆逐艦の他に、LSTを改造したロケット弾発射艦・・・・いわゆるロケット砲艦を20隻伴っていた。
これらのロケット砲艦は、沖合から2キロまで近付くや、無数のロケット弾を発射した。
これによって、沿岸部の様相はより悲惨な物になっていった。
激しい艦砲射撃が急に鳴り止んだと思ったときには、事前攻撃の主役は海から空へと移っていた。
後方に展開していた第72任務部隊から発艦した160機の艦載機が、砲撃が終わった直後に姿を現した。
アルトルートは、轟音を上げながら上空を通過していく艦載機の大挺団を見て、自然に胸が高鳴っていた。
艦載機群は、事前砲撃で散々耕された上陸地点に爆弾やロケット弾を注ぎ込み始めた。
その一方で、攻撃機の半数は、モンメロの村の近郊にあるマオンド軍の駐屯地を叩いた。
この時になって、マオンド側のワイバーン隊が30騎ほどやって来たが、数で勝るF6FやF4Uに襲われ、最後は大きく数を
減らしながら撃退された。
空襲は15分ほどで終わりを告げた。

午前8時30分、アメリカ軍部隊は、ついに本格的な動きを見せ始めた。

マッカーサーの指揮船コズウェル号の前方や後方を、兵員を乗せた上陸用舟艇が多数通り抜けていく。その少し離れたところからは、
装甲車両を乗せたLSTが、上陸用舟艇の後を追うように海岸に向かっていく。
その上空を、第2次攻撃隊の艦載機が通り過ぎていく。一部の機は、下界の上陸部隊に向けてバンクをするものもある。
モンメロ沖は、今や5、600隻は下らぬアメリカ側の大船団で埋め尽くされていた。
上空から見れば、その圧倒的な光景に思わず目を奪われるであろう。

「殿下、いよいよ始まりますぞ。」

マッカーサーがアルトルートに語りかけてきた。

「あなたが望んでいた祖国解放は、もはや秒読み段階になりつつあります。ここが最後の頑張り所です。」

マッカーサーはそう言った後、口元に笑みを浮かべた。

「それから、上陸後はあなたの言葉を、ヘルベスタンの民に伝えて貰います。」
「分かっていますよ。」

アルトルートは、マッカーサーが言わんとしている事を理解していた。
アメリカ軍は、昨日の深夜に奇想天外な作戦を実行に移していた。
マッカーサーは、第10、第8航空軍に所属している輸送機をレーフェイル大陸方面に向けて発進させ、反乱側に救援物資を投下すると同時に、
ヘルベスタン領西部の各地にとある物を落下傘で降下させていた。
マッカーサーがこの作戦を思いついた当初、幕僚達からは反対の声が上がったが、彼は強引にこの作戦を実行に移した。
モンメロ上陸作戦と比べれば、一見備品の壮大な無駄遣いになるであろうが、成功すれば、レーフェイルの民達を味方に付けることが出来る。
マッカーサーとアルトルートは、それ以上何も言うこと無く、上陸作戦の推移を見守り続けた。
無数の上陸用舟艇が、モンメロの海岸目掛けて突進を続けている。
その後方からは、LSTと呼ばれるやや大型の船や、各種船舶が続いている。
上陸部隊は、第一波だけで2個師団が海岸に取り付く。
2個師団を上陸させるには、アルトルートがこれまで想像していた限りではかなりの手間を擁する。
だが、アメリカ軍は、アルトルートの常識を遙かに上回る方法で、2個師団の兵員を上陸させようとしている。
上陸用舟艇、戦車揚陸艦・・・・・そして各種支援艦艇の数々。
マオンドはおろか、シホールアンルですらも、このようなやり方で部隊を上陸させる事は出来ないだろう。
(これが・・・・アメリカの・・・・いや、新しい戦争のやり方なのか)
アルトルートは、胸中でそう思った。

最初の上陸第一波は、第14軍所属の第30軍団指揮下の第1騎兵師団並びに第41歩兵師団である。
この2個師団は、午前8時50分には海岸に到達し、艦砲射撃で破壊されたモンメロの森林地帯に分け入った。
砲撃前まで鬱蒼と茂っていた森は、海岸から内陸8キロの所までは砲爆撃によって大多数の木がなぎ倒されるか、激しく傷ついており、
遮蔽物らしきものは多数あったが、敵兵の姿は殆ど見受けられなかった。
上陸開始から1時間後の午前9時50分までには、奥行き3キロ、幅6キロの橋頭堡を確保し、この間に第31軍団と、
第15軍の部隊が上陸を開始していた。
午前10時になって、第1騎兵師団の先頭部隊がようやく、敵部隊と交戦したが、相手は銃火器らしきものを持っておらず、
戦闘は一方的となった。

この最初の戦闘では、マオンド側は騎兵突撃を行った騎兵1個中隊が丸ごと失われ、一方のアメリカ側は8人が飛んできた矢で
負傷したのみであった。


午前10時20分 ヘルベスタン領モンメロ

アルトルートは、マッカーサーや幕僚と共に、上陸用舟艇に乗ってモンメロ海岸に向かっていた。
波はやや高く、舟艇は時折大きく揺れ、海水が船内に入ってくるのだが、不思議にも不快と感じる事は無い。
沿岸部には、既に上陸したアメリカ軍部隊が展開し、今しも内陸部に向けて進撃を開始しようとしている。
(これから、ヘルベスタンの解放が始まる。)
アルトルートはそう思いながら、北西の方角に顔を向けた。
ヘルベスタン北西部にある反乱側の拠点では、早朝にマオンド軍が猛砲撃を仕掛けてきたと現地のスパイから情報が伝わって来た。
アメリカ軍は、マオンド側が反乱側の殲滅作戦を行うであろうと予測し、スィンク諸島に展開する第8、第10航空軍が全力を持って、
マオンド軍の包囲部隊を攻撃する事を決定した。
その反乱側の支配地域にも、マッカーサーの“贈り物”は届いている。

「待ってくれよ。もう少ししたら、会いにいくからな。」

アルトルートは、懐かしい人物の顔を脳裏に思い浮かべた。
彼が物思いに耽っているうちに、舟艇が海岸に到達した。正面のランプが開かれると、そこにはモンメロの海岸が広がっていた。
舟艇は海岸から約40メートルの所で止まったため、海岸まではまだ海水が張っている。

「付きましたぞ、殿下。」

マッカーサーが、顔に笑みを浮かべながら言ってきた。

「海岸までは海水が張っています。足を濡らす事になりますが。」
「なに、構いませんよ。」

アルトルートは張りのある口調で言った。

「民達は、今まで苦労してきたんです。ここでちょっと足を濡らすぐらいで不平を言っては、民に笑われてしまいます。」

彼の言葉を聞いたマッカーサーは、笑い声を上げてから分かりましたと答えた。

「では、行きましょう。」

マッカーサーはアルトルートの肩をポンと叩く。頷いたアルトルートは、先頭に立って歩き始めた。
その直ぐ後ろをマッカーサーらが追った。ランプから降り、足が海水に浸かる。
靴やズボンの裾が濡れてしまったが、アルトルートやマッカーサーらは気にする事なく進んでいく。
マッカーサーは、海岸の片隅に映像記録班が立っているのを見た。映像記録班のカメラは、マッカーサー達にしっかりと向けられている。
やがて、彼らはモンメロの海岸に上陸した。

「おい、軍曹!」

マッカーサーは、ジープの側で彼らの上陸を見学していた軍曹を見つけるや、手招きした。

「はい!何でありましょうか?」
「このジープに無線機とマイクはあるかね?」
「はっ。こちらに。」

軍曹は、車内からマイクを取り出した。

「少しばかり貸りるぞ。これからこのジープをラジオ局代わり使わせてもらう」

マッカーサーはそう言うと、マイクの調節を始めた。

「ふむ。これぐらいでいいかな。」

調節を終えたのを確認すると、マッカーサーはマイクに向かって喋り始めた。


同時刻 ヘルベスタン領トルトスタン

ヘルベスタン領スタンレミから、西に約10ゼルド行った所にあるトルトスタン山脈の西側で、トルトスタン市の市街に立て篭もって
いたとある反乱部隊は、昨日の夜に、森で拾ったアメリカからの“贈り物”に起きた異変を、驚きの眼差しで見入っていた。

「一体何事なのだ!?」

部屋の奥から出てきたのは、反乱軍の指導者であるゴルス・トンバルである。

「この不思議な機械から、声が発せられているのです。」
「声だと?」

トンバルは、部下達に群がられている贈り物・・・・もとい、無線機を見つめた。

「ヘルベスタン国民諸君!紹介が遅れたが、私はアメリカ合衆国陸軍大将ダグラス・マッカーサーである。諸君、我々はやって来た。
このヘルベスタンを、マオンドの手から解放するために!」
「アメリカ合衆国・・・・・まさか・・・・!」

トンバルは、その言葉を口にするや、体を震わせながら床にうずくまった。

「司令官!」

トンバルの身を案じた部下が、彼の元に歩み寄る。それを、トンバルは制した。

「いや、わしは何でもない。」

トンバルは、何ら異変を感じさせぬ、快活のある口調で部下達に言った。無線機の無効からは、マッカーサーと呼ばれる将軍の演説が続く。

「我々アメリカは、マオンドの同盟国であるシホールアンル帝国とも戦っている。私達が、このレーフェイル大陸に向けるべき戦力を
揃いきるまではかなりの時間が掛かったが、もはや備えのときは終わった。これからは、自由を踏みにじり、善を良しとせぬマオンドに
鉄槌を下すべく、我々アメリカは前に進む。ヘルベスタン国民よ!もはや、雌伏の時代は終わりを告げた。これからは、平和を妨げる
者達を排除し、私達と共に元のよきヘルベスタンを取り戻そう!」

マッカーサーの演説は、これまで耐えてきた反乱軍部隊。
いや、スパイの手によって意図的に無線機が設置された町の広場や、山中で隠れながら聞いていた国民達に熱く語りかけていた。
最初は不思議がっていた国民達も、マッカーサーの発する言葉の意味を理解し、そして思い始めた。
待ち望んでいた物が、ようやく来たと。

「私はこうして、あなた方の祖国、ヘルベスタンの地に降り立つ事が出来た。そのきっかけを作ったのは、何も私ではない。」

マッカーサーはしばし黙り込んでから、言葉をつむいだ。

「この国を救う真の要因を作り上げた人は、私の目の前に居る。私は、その人にマイクを渡す。」

部下達の顔が、一様に変わり始めた。部下達の大半は、アルトルートが生きている事を知らない。
彼らは、アメリカとう国の軍が助けに来てくれるとは聞かされていたが、アルトルートについては、一昔前に公開処刑された
という情報しか知らされていない。

「ヘルベスタン国民諸君。私は、ヘルベスタン王国第4王子、アルトルート・ソルトである。」

アルトルートの名前が出た瞬間、無線機を取り囲んでいた部下達が驚きの声を上げた。

「司令官。これは一体・・・・・」

部下の1人が、トンバルに聞いてくる。トンバルは、感無量と言った表情で答えた。

「帰ってこられたのだ。アルトルート様が、援軍を率いて・・・・!」
「まさか・・・・アルトルート様は、4年前に処刑されたはず。」
「あれは、影武者だった。だが、本当のアルトルート様は、2年近く前に私の薦めでアメリカに渡った。」

トンバルの説明を聞いた部下は、それでようやく理解できた。

「私 は、この祖国を救うためにアメリカに渡った。私は、このヘルベスタン・・・強いてはレーフェイル大陸をマオンドの手から解放するのがどんなに大事か、必死 に説いた。その甲斐あって、私は今、この祖国に帰ってきた。ヘルベスタンの民よ、長い間待たせて申し訳なかった。私が居ない間、辛いことは多々あったであ ろう。だが、もはや我慢する必要はなくなる。私は、この祖国・・・・そして、レーフェイルの解放のために軍を派遣してくれたアメリカ合衆国に深く、感謝す る。そして、これからこのヘルベスタンを解放する。ヘルベスタンが、マオンドの手から完全に離れるまでは、今しばらく時間が掛かるが、それまでは、もうし ばらく待ってくれる事を、私は望む。最後に、私はもう1度だけ言う。私は帰ってきた。この祖国を救うために。」

その言葉を最後に、無線機からの放送は途絶えた。

「・・・・・・・・」

部屋に集まっていた部下達は、しばらくは押し黙っていた。
それから唐突に歓声を上げた。

「司令官!我々の努力は・・・・・ついに報われました!!」

副官が、感極まった表情でトンバルに言ってきた。

「うむ。決起開始から早2ヶ月。一時は絶望的とも思われたが・・・・・」

トンバルは言いながら、仕えていた王子の顔を思い出す。
昔は、奔放な子供だったアルトルート。その彼が、アメリカから救援軍を連れてきた。

アルトルートの苦労は、言語に尽くせぬ物があっただろう。しかし、決起部隊は、アメリカ軍の上陸まで持ち堪えることが出来た。
しかも、アメリカ軍が上陸した場所は、ここから南東に行ったモンメロという地域であり、そこから西側には、マオンド軍50万の
大軍が張り付いている。
この50万の大軍は、決起部隊を揉み潰すべく急派されてきた軍勢であったが、ここ最近は西海岸沿岸地域に張り付いていた。
だが、アメリカ軍がモンメロに上陸したことで、マオンド軍は図らずも、敵に後ろへ回られてしまったのである。
アメリカ軍が半島を縦断すれば、50万のマオンド軍は包囲殲滅の憂き目に会うであろう。
(陛下。あなたの息子は、ご立派になられました。ソルト家の血筋は、今も健在です)
トンバルは、今は亡きアルトルートの父。フォストルート王に向けて語りかけていた。

午後2時 ヘルベスタン領レネスコ

ヘルベスタン方面空中騎士軍総司令官であるロトウド・ネラージ大将が、ヘルベスタン統治軍総司令部に到達したのは、午後2時を回ってからであった。
ネラージ大将は、会議室に入るや、そのどんよりとした雰囲気に顔をしかめそうになった。

「遅れて申し訳ありません。」
彼は、遅刻した非礼を詫びながら、席に座った。
「では、これより緊急の会議を開く。」
議長役であるヘルベスタン方面軍総司令官、ルヴィング・トルマンタ元帥が、重々しい口調で口を開いた。
ネラージ大将は、こことは別の場所。つまり、彼の司令部でトルマンタ元帥と会っている。
その時は、ちょうど午前9時頃を過ぎてからの事だった。
トルマンタ元帥は、ネラージ大将と共に、今後想定されるアメリカ軍の空襲や、ワイバーン部隊の増援をどうするかを決めるため、空中騎士軍の司令部で話し合っていた。
その話の途中で、凶報が舞い込んできたのだ。
最初、トルマンタ元帥は取り合わなかった。

「ハハハ、何を言うか。アメリカ軍が上陸したのは北西部の沿岸であろうが。」
「いえ。モンメロです。」

「いや、北西部だ。」
「閣下、なにか異変でも?」
「ああ。アメリカ軍が上陸してきたと言うのだが、現地の魔導士が間違えて送ってきたようだ。」

ネラージは、報告文の内容が書かれた紙を無理矢理ひったくると、ざっと目を通した。
読み終わった時には、言いしれぬ恐怖感が沸き起こった。

「総司令官閣下・・・・・これは大変な事態ですぞ!」

ネラージは、声をわななかせながらトルマンタに言う。

「モンメロと言えば、昨日までは後方とされていた場所。そこにアメリカ軍が上陸したとなると」
「いや、そうじゃない。魔導士が敵の上陸地点を間違って送ってきたのだ。」
「このような重要な魔法通信で、地名を間違える事はありません!見て下さい、この数枚の紙を!」

ネラージは、6枚の紙面をトルマンタに差し出した。

「まぁ落ち着きたまえ。敵が上陸したとはいえ、ここからはかなり遠い北西部だ。」

トルマンタの言葉に、ネラージは背筋が凍った。
(・・・・この人は、既に思考が停止している!)
彼は、心の中でそう確信した。そして、無理も無いかとも思った。
何しろ、50万の大軍が張り付いているその後方に、敵の大軍が現れたのだ。しかも、自軍よりも遙かに優れた装備を持つ敵が。
結果は目に見えている。しかし、トルマンタ元帥は、考える事をやめてしまったのだ。
目を覚まさせねば・・・・

「北西部ではありません。モンメロです!敵がモンメロに上陸したことは、この6枚の紙に書かれた報告文を見ても明らかです!」

その時、トルマンタ元帥は充血した目を見開き、恐ろしい形相を浮かべた。

「嘘だ!!!!」

執務室が割れんばかりの怒鳴り声が、ネラージに向けて放たれた。だが、

「嘘ではありません!!!!」

彼はそれを上回る怒鳴り声を、トルマンタに浴びせた。

「閣下!目を覚まして下さい!そして、これを見て下さい!確かに、敵は上陸を開始しました。ですが、これは裏を返せば、敵はまだ
本隊を上陸させていない事になります。閣下、今は現実から目を背けている場合ではありません。ここは、50万の将兵を救う方法を
考えるときです!このまま、何もせずに居たら、我々は後生まで恥をさらすことになります!」

ネラージは一呼吸置いてから、驚くべき言葉を発した。

「敵がモンメロに上陸したことは確実です。我々がこの場に留まれば、いたずらに犠牲を増やすだけです。かくなる上は・・・・・
ヘルベスタン領から兵を引きましょう。」

それから数時間が経った。
会議の参加者達に向けて状況を説明するトルマンタ元帥の表情は、4時間前と比べると、随分やつれたように思えた。
突然のアメリカ軍上陸の報に、計り知れないショックを感じたのだろう。
(アメリカ軍という敵が、このヘルベスタンに迫った以上。この領地の民達はアメリカ軍に味方するだろう・・・・もはやこの時点で・・・・・)
ネラージは、内心で落胆していた。いつもは冷静沈着な彼も、今日ばかりはそうもいかなかった。
依然として、モンメロで兵力を増強しつつあるアメリカ軍。総攻撃に入った反乱軍鎮圧部隊に、突如として来襲したアメリカ軍機の大群。
そして、このような事が起きても、本国の上空にはB-29の編隊がやって来て、爆弾を落とす始末だ。
(マオンドの本当の苦難が始まったのだ。我々は、今までやりたい放題してきたが、そのツケを、ようやく支払わされる時が来たのだ。)
ネラージは、憂鬱な気持ちでそう思った。
会議は30分で終わったが、参加者達の表情は、一様に暗く染まっていた。
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