※投稿者は作者とは別人です
491 :外パラサイト:2010/07/01(木) 18:41:58 ID:6LiHdjEo0
ピーターフォーオーなんて願い下げだ
ピーターフォーオーなんて願い下げだ
フラフラ足取りおぼつかないし
ゼイゼイ息は切れっぱなし
あげくに海へ真っ逆さま
ピーターフォーオーなんて願い下げだ
煙草の煙が煙幕のように立ち込める室内に、男たちの歌声が木魂する。
アメリカ軍の飛行気乗りが集まるとある酒場で、小さなパーティーが行われていた。
パー ティーの主役はマルンビ基地に展開する第89戦闘飛行隊で、P-40の機首に髑髏を描き、フライング・タイガースの向こうを張ってマルンビ・バンシーズを 名乗っていた。この日89FSは、ケラセラ港の物資集積所を攻撃するB-25を護衛して迎撃にあがってきたワイバーン7騎を撃墜、味方の損失なしという文 句なしの戦績を収め、大いに意気あがっていた。
パイロットたちは外出許可が下りるやいなやジープを連ねて基地を飛び出し、祝勝会のため飛行場近くの村の行き着けの酒場に乗り込んだのだった。
店の女給はもっとスカート丈を詰めるべきだ、いや今のままがいいんだと熱い議論を戦わせる男たちの中で、カウンターに並んで座る飛行士の一人が隣りに声をかけた。
「どうしたフレンチー、腹でも痛いのか?」
「なんでもないよ…」
周囲の盛り上がりをよそに一人塞ぎこんでいた青年は弱々しく笑った。
デイヴィス・ボンヴェリデという名の青年は、89FS唯一のケイジャン(カナダから南部に移ってきたフランス系移民)で、それがために仲間内ではフレンチーで通っている。
「マジで顔色が悪いぞ、本当に大丈夫なのか?」
「ああ、ちょっと悪酔いしただけさ、外の風に当たってくるよ」
心配する同僚に向って手を振ってみせると、精一杯しっかりした足取りを装ってドアを潜る。
拍手と喝采が漏れ聞こえる酒場の裏路地で、デイヴィスは地面に這い蹲って吐いていた。
激しく咳き込みながら胃の中身を搾り出すと、蒼白な顔で立ち上がる。
「アナタ、背中が煤けてるわよ」
背後から掛けられた声に振り向くと、月光を浴びてこの世のものならぬ美貌と尖った耳を持つ妙齢の美女が静かに佇んでいた。
気がつくとデイヴィスは村はずれで占い師をしているという美女の家に連れ込まれていた。
「これで気分が良くなるはずよ」
492 :外パラサイト:2010/07/01(木) 18:43:02 ID:6LiHdjEo0
マーヴェラと名乗った美女に手渡されたカップの中のハーブに似た香りのする液体を飲み干すと、スッと胸のつかえが取れたような気分になる。
ほっと一息ついた青年が顔を上げると、前髪で左目を隠したミステリアスな美女の顔が、びっくりするほど近くにあった。
「悩みがあるって顔をしてるわね…よかったら話してみない?」
神秘的な輝きを放つペールブルーの瞳に見つめられ、豊満な肢体からたちのぼる妖しい香りに包まれたデイヴィスは、急に誰にも明かさなかった胸のうちをぶちまけたくなった。
「畜生、薬を使ったな…」
「気分が楽になる薬草を入れただけよ、だから何か話したくなったのならそれは貴方が誰かに聞いてほしいと望んだから」
デイヴィスは堰を切ったように語りだした。
家系を遡るとフランスの名門貴族、祖父はスペイン戦争、父は第一次大戦の英雄、自身もスポーツ万能でパイロットとしての技量優秀、にも拘らずデイヴィスの精神は生と死が隣り合わせの日常を受け入れるには繊細に過ぎた。
出撃のたびに今日こそ撃墜される、自分はどんな死に方をするのかという思いに取り付かれ、気が狂いそうになる。
それでも隊の仲間に臆病者と見なされるくらいなら死んだほうがましだという思いとの間で、青年の精神は電動研磨機にかけられたアルミの挽き物のように磨り減っていった。
マーヴェラはすすり泣きをはじめた青年の頭を両腕で抱きしめ、豊かな胸の谷間に誘う。
「いいのよ、いいの」
明かりの消えた室内で密やかに聞こえる衣擦れの音は、やがてベッドの軋みと艶かしい喘ぎに変った。
「ようフレンチー、今日は随分とご機嫌だな」
「まあね」
一夜あけて駐機場に並んだ戦闘機に向うデイヴィスは、顔は晴ればれ足取りも軽く、まさにわが世の春といった風情だった。
エンジンの暖気運転をしていた機付き作業員たちと気味が悪いくらいにこやかな笑顔で挨拶を交わしながら操縦席に納まると、離陸前の最終点検を行って車輪止めを外すよう合図をおくり、滑走路に出て管制塔の合図を待つ。
いつもならここで背骨の中をムカデが這うような悪寒に襲われるのだが、今日は美人占い師に貰った秘密のアイテムがある。
(基地を飛び立つときにこの匂いを嗅いで今から教える呪文を唱えるの、そうすればどんな災難も貴方を避けていくわ)
マーヴェラの言葉を思い出しながらポケットから取り出した香料の包みの口を開け、呪文を唱える。
493 :外パラサイト:2010/07/01(木) 18:44:01 ID:6LiHdjEo0
「イーダ・イアージ」
突然デイヴィスの脳内で種っぽいナニカが弾けた。
思考は冴え渡り、その目は鷹をも凌ぐ視力で滑走路の遥か向こう、森の梢を掠めるほどの低空で飛来するワイバーンの一隊を捕える。
デイヴィスは順番などクソ喰らえとばかりに緊急出力を使って飛び上がり、しゃにむに高度を取るとすでに滑走路の端に達している先頭のワイバーンに機首を向け、六挺の機関銃の直接照準射撃を浴びせた。
ワイバーンの胴体から破片が飛び散り、黒煙を吐きながら落ちていく。
「気でも狂ったのかフレンチー!」
「とんでもない、絶好調さ!」
デイヴィスは生まれて初めて戦いの中で高揚し、無類の幸福感を味わっていた。
補助翼に当たる風の圧力を、方向舵を動かすワイヤーのしなりを直に感じる。
まるで戦闘機と自分が完全に一つになったかのようだ。
“戦え 戦え 戦え!!”
それはP-40の意思なのか、頭の中に響く声に突き動かされるまま、デイヴィスは飛び、撃ち、殺す。
そんな中、これまで見たこともない大型のワイバーンが雲の下を旋回しているのが見えた。
すぐに距離を詰め、有効射程に捕えたところでトリガーボタンを押すがすでに全ての銃が弾丸を撃ち尽くしたあとだった。
デイヴィスの周囲から音が消え去り、目に映るもの全てがモノクロ映画のスローモーション撮影のように動き始める。
巨大なワイバーンの向こうに光り輝くマーヴェラが現れ、微笑みながら両手を広げた。
「天国が見えた…」
エンジン全開でまっしぐらに突進する戦闘機を操りながら、デイヴィスは恍惚の表情を浮かべた。
沈痛な表情の戦闘機乗りが整列する間を通って、空っぽの棺がC-47に運び込まれる。
突然僚機に襲い掛かったあげく、着陸待ちをしていたB-25に体当たりしたデイヴィス・ボンヴェリデ少尉の遺体は、ねじくれた鉄とアルミニウムのオブジェと化した飛行機の中に閉じ込められ、滑走路近くの沼地に埋まっている。
マーヴェラは飛行場の境界線を仕切るフェンスの外側に立ち、離陸する輸送機をじっと見送っていた。
肩をすくめてフェンスに背を向けた美人占い師のすぐそばを、解散したパイロットの一団が沈んだ声で会話しながら通り過ぎる。
「なんでこんなことになっちまったんだ…」
「坊やだからよ」
マオンド軍特殊任務班に所属する潜入工作員、淫夢使いのマーヴェラは、誰にも聞こえない声で呟くと村へと続く道を歩き始めた。
491 :外パラサイト:2010/07/01(木) 18:41:58 ID:6LiHdjEo0
ピーターフォーオーなんて願い下げだ
ピーターフォーオーなんて願い下げだ
フラフラ足取りおぼつかないし
ゼイゼイ息は切れっぱなし
あげくに海へ真っ逆さま
ピーターフォーオーなんて願い下げだ
煙草の煙が煙幕のように立ち込める室内に、男たちの歌声が木魂する。
アメリカ軍の飛行気乗りが集まるとある酒場で、小さなパーティーが行われていた。
パー ティーの主役はマルンビ基地に展開する第89戦闘飛行隊で、P-40の機首に髑髏を描き、フライング・タイガースの向こうを張ってマルンビ・バンシーズを 名乗っていた。この日89FSは、ケラセラ港の物資集積所を攻撃するB-25を護衛して迎撃にあがってきたワイバーン7騎を撃墜、味方の損失なしという文 句なしの戦績を収め、大いに意気あがっていた。
パイロットたちは外出許可が下りるやいなやジープを連ねて基地を飛び出し、祝勝会のため飛行場近くの村の行き着けの酒場に乗り込んだのだった。
店の女給はもっとスカート丈を詰めるべきだ、いや今のままがいいんだと熱い議論を戦わせる男たちの中で、カウンターに並んで座る飛行士の一人が隣りに声をかけた。
「どうしたフレンチー、腹でも痛いのか?」
「なんでもないよ…」
周囲の盛り上がりをよそに一人塞ぎこんでいた青年は弱々しく笑った。
デイヴィス・ボンヴェリデという名の青年は、89FS唯一のケイジャン(カナダから南部に移ってきたフランス系移民)で、それがために仲間内ではフレンチーで通っている。
「マジで顔色が悪いぞ、本当に大丈夫なのか?」
「ああ、ちょっと悪酔いしただけさ、外の風に当たってくるよ」
心配する同僚に向って手を振ってみせると、精一杯しっかりした足取りを装ってドアを潜る。
拍手と喝采が漏れ聞こえる酒場の裏路地で、デイヴィスは地面に這い蹲って吐いていた。
激しく咳き込みながら胃の中身を搾り出すと、蒼白な顔で立ち上がる。
「アナタ、背中が煤けてるわよ」
背後から掛けられた声に振り向くと、月光を浴びてこの世のものならぬ美貌と尖った耳を持つ妙齢の美女が静かに佇んでいた。
気がつくとデイヴィスは村はずれで占い師をしているという美女の家に連れ込まれていた。
「これで気分が良くなるはずよ」
492 :外パラサイト:2010/07/01(木) 18:43:02 ID:6LiHdjEo0
マーヴェラと名乗った美女に手渡されたカップの中のハーブに似た香りのする液体を飲み干すと、スッと胸のつかえが取れたような気分になる。
ほっと一息ついた青年が顔を上げると、前髪で左目を隠したミステリアスな美女の顔が、びっくりするほど近くにあった。
「悩みがあるって顔をしてるわね…よかったら話してみない?」
神秘的な輝きを放つペールブルーの瞳に見つめられ、豊満な肢体からたちのぼる妖しい香りに包まれたデイヴィスは、急に誰にも明かさなかった胸のうちをぶちまけたくなった。
「畜生、薬を使ったな…」
「気分が楽になる薬草を入れただけよ、だから何か話したくなったのならそれは貴方が誰かに聞いてほしいと望んだから」
デイヴィスは堰を切ったように語りだした。
家系を遡るとフランスの名門貴族、祖父はスペイン戦争、父は第一次大戦の英雄、自身もスポーツ万能でパイロットとしての技量優秀、にも拘らずデイヴィスの精神は生と死が隣り合わせの日常を受け入れるには繊細に過ぎた。
出撃のたびに今日こそ撃墜される、自分はどんな死に方をするのかという思いに取り付かれ、気が狂いそうになる。
それでも隊の仲間に臆病者と見なされるくらいなら死んだほうがましだという思いとの間で、青年の精神は電動研磨機にかけられたアルミの挽き物のように磨り減っていった。
マーヴェラはすすり泣きをはじめた青年の頭を両腕で抱きしめ、豊かな胸の谷間に誘う。
「いいのよ、いいの」
明かりの消えた室内で密やかに聞こえる衣擦れの音は、やがてベッドの軋みと艶かしい喘ぎに変った。
「ようフレンチー、今日は随分とご機嫌だな」
「まあね」
一夜あけて駐機場に並んだ戦闘機に向うデイヴィスは、顔は晴ればれ足取りも軽く、まさにわが世の春といった風情だった。
エンジンの暖気運転をしていた機付き作業員たちと気味が悪いくらいにこやかな笑顔で挨拶を交わしながら操縦席に納まると、離陸前の最終点検を行って車輪止めを外すよう合図をおくり、滑走路に出て管制塔の合図を待つ。
いつもならここで背骨の中をムカデが這うような悪寒に襲われるのだが、今日は美人占い師に貰った秘密のアイテムがある。
(基地を飛び立つときにこの匂いを嗅いで今から教える呪文を唱えるの、そうすればどんな災難も貴方を避けていくわ)
マーヴェラの言葉を思い出しながらポケットから取り出した香料の包みの口を開け、呪文を唱える。
493 :外パラサイト:2010/07/01(木) 18:44:01 ID:6LiHdjEo0
「イーダ・イアージ」
突然デイヴィスの脳内で種っぽいナニカが弾けた。
思考は冴え渡り、その目は鷹をも凌ぐ視力で滑走路の遥か向こう、森の梢を掠めるほどの低空で飛来するワイバーンの一隊を捕える。
デイヴィスは順番などクソ喰らえとばかりに緊急出力を使って飛び上がり、しゃにむに高度を取るとすでに滑走路の端に達している先頭のワイバーンに機首を向け、六挺の機関銃の直接照準射撃を浴びせた。
ワイバーンの胴体から破片が飛び散り、黒煙を吐きながら落ちていく。
「気でも狂ったのかフレンチー!」
「とんでもない、絶好調さ!」
デイヴィスは生まれて初めて戦いの中で高揚し、無類の幸福感を味わっていた。
補助翼に当たる風の圧力を、方向舵を動かすワイヤーのしなりを直に感じる。
まるで戦闘機と自分が完全に一つになったかのようだ。
“戦え 戦え 戦え!!”
それはP-40の意思なのか、頭の中に響く声に突き動かされるまま、デイヴィスは飛び、撃ち、殺す。
そんな中、これまで見たこともない大型のワイバーンが雲の下を旋回しているのが見えた。
すぐに距離を詰め、有効射程に捕えたところでトリガーボタンを押すがすでに全ての銃が弾丸を撃ち尽くしたあとだった。
デイヴィスの周囲から音が消え去り、目に映るもの全てがモノクロ映画のスローモーション撮影のように動き始める。
巨大なワイバーンの向こうに光り輝くマーヴェラが現れ、微笑みながら両手を広げた。
「天国が見えた…」
エンジン全開でまっしぐらに突進する戦闘機を操りながら、デイヴィスは恍惚の表情を浮かべた。
沈痛な表情の戦闘機乗りが整列する間を通って、空っぽの棺がC-47に運び込まれる。
突然僚機に襲い掛かったあげく、着陸待ちをしていたB-25に体当たりしたデイヴィス・ボンヴェリデ少尉の遺体は、ねじくれた鉄とアルミニウムのオブジェと化した飛行機の中に閉じ込められ、滑走路近くの沼地に埋まっている。
マーヴェラは飛行場の境界線を仕切るフェンスの外側に立ち、離陸する輸送機をじっと見送っていた。
肩をすくめてフェンスに背を向けた美人占い師のすぐそばを、解散したパイロットの一団が沈んだ声で会話しながら通り過ぎる。
「なんでこんなことになっちまったんだ…」
「坊やだからよ」
マオンド軍特殊任務班に所属する潜入工作員、淫夢使いのマーヴェラは、誰にも聞こえない声で呟くと村へと続く道を歩き始めた。