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099 第81話 前門の地上軍 後門の機動部隊

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第81話 前門の地上軍 後門の機動部隊

1483年9月1日 午前3時 カレアント公国東ループレング

シホールアンル軍右翼戦線に攻め入っていた第4機甲師団所属の前進部隊は、野砲陣地の8割を占拠した所で
敵の野砲や対空魔道銃の水平射撃によって足止めされていた。
明らかにブローニング機銃と同程度の威力を持つと思われる魔道銃が、前進しようと努力する前進部隊に満遍なく注がれている。
時折、野砲が発砲し、足止めを喰らっている戦車に至近弾となった。

「大隊長!敵は野砲部隊と対空部隊を交えてます!」
「それぐらいわかっとる!20分前に目の前でハーフトラック1台が蜂の巣になったからな!」

第8戦車大隊指揮官であるファルク・スコックス少佐は、無線で金切り声を上げるC中隊の指揮官にそう怒鳴り返した。
「15分前に航空支援を要請した!5分で来るとかいっていたが、今は遅れてる。」
「どこぞで道草食ってるんですかね?航空部隊は?」
「そんな事知らん!それよりも、航空隊の奴らが俺たちを爆撃しないように祈らんとな。目印部隊とFACが付いてはいるが、
なにせ夜間だ。昼間の作戦に比べてやりにくいだろう。」

スコックス少佐が言い終えた直後に彼の乗車の隣の戦車が75ミリ砲弾を放った。
その戦車が放った砲弾は、丘から前進部隊を狙い撃ちしていた魔道銃1つを吹き飛ばした。
しかし、見た限りでも8~10丁程度ある魔道銃は脇目も振らずに戦車やハーフトラックに向けて撃ちまくっている。
この直後、シホールアンル兵の一個小隊が、足止めされている前進部隊に横合いから突っ込んで来た。
突っ込まれたのは、第8戦車大隊のC中隊であったが、迂闊な事にハーフトラック2台が戦車の側を離れていた。
シホールアンル兵の集団はそのハーフトラックに突進した。
ハーフトラックから降りて、その陰に隠れていた米兵が近寄ってくるシホールアンル兵を見つけた。
その瞬間、シホールアンル兵達が全速力で突進してきた。
後方から魔道士が、味方に当たらぬように攻勢魔法を放つ。小さな雷がハーフトラックの傍に当たってババアン!と音を立てて破裂し、夥しい土を吹き飛ばす。
目潰しを食らわされた米兵がひるむ。その隙にシホールアンル兵は60メートルの距離から手榴弾らしき物を投げて来た。
大半が外れたが、1発がハーフトラックの兵員キャビンに落下して破裂した。

米兵達が一斉に小銃や機銃を乱射し、シホールアンル兵達をばたばたと打ち倒したが、至近に迫った2人が、鮮やかな剣さばきで米兵を惨殺し、
更に3人目の首を切り落とした。
1人のシホールアンル兵は後ろを晒す戦車に投擲型爆弾を投げつけた。その直後に頭を吹き飛ばされた。
もう1人のシホールアンル兵は米兵を切り殺そうとする寸前に後ろから殴られて、その場で気絶した。
爆弾が炸裂して、シャーマン戦車の後部部分が燃え上がった。
焼夷弾であったのか、燃え広がるのが早い。
しかし、別のハーフトラックの運転手が、自らのハーフトラックから消火器を引っ張り出して戦車に駆け付け、消化剤が無くなるまで火に吹き掛けた。
幸いにも、この消火活動のお陰でシャーマン戦車の損傷は大事に至らなかった。
やがて、上空に航空機のエンジン音が響いてきた。

「こちらスネークピットリーダー。バッカニア聞こえるか?」

無線機から声が流れて来た。スコックス少佐は笑みをこぼしながら、それに応答した。

「こちらバッカニア。来るのが遅すぎるぞ!どこで道草しとった?」
「ちょいと位置を間違えてな。夜間飛行は何回やっても、思うように行きにくいものでな。それより目標はどこだ?」
「待ってろスネークピット隊。今教えてやる。」

スコックス少佐はそう言った後、無線を切り替えて指揮下の戦車部隊に命令を下した。

「こちら大隊長だ。今からMB弾を使用する。目標は目の前の忌々しい丘だ。サーチライト隊はMB弾発射後に丘を照らせ。」

やがて、彼の命令通りにシャーマン戦車が、目標の丘に向かって一斉に砲弾を放った。
MB弾とは、夜間戦闘用に開発された特殊閃光弾である。この砲弾は、発射されて目標に命中したた時に砲弾に仕込まれていた
特殊炸薬が閃光剤となって光、一時的に相手を目潰しさせると共にその存在を敵に暴露させる効果があった。
10発の75ミリ砲弾が、丘の天辺や丘陵に命中する。その次の瞬間、緑色の強い光が放たれた。
その次に、前進部隊に随伴してきたサーチライト隊が、目標の丘に向かって照射を開始した。

「こちらスネークピットリーダーより、バッカニアへ。敵が見えた。今から攻撃する!」

「OK!奴らにボーナスを与えてやれ!」

スコックス少佐ははやり立てるような口調で返事した。
その直後、魔道銃の一部が、後方からまぶしい光を浴びせてくるサーチライトに向かって発砲して来た。
カラフルな光弾が距離1000メートルの所から照射して来るサーチライトに襲い掛かった。
サーチライトは前進部隊の後方に、横一列となって6台が展開している。
敵の射撃は、サーチライトの照射と、シャーマン戦車から放たれたMB弾の光に射手が目を眩まされ精度が悪かったが、
射撃から10秒ほどが経って一番右側のライトが叩き壊された。
その20秒後には右から2番目と、一番左側のライトが相次いで撃ち抜かれた。

「さっさと来い!ライトが全部ぶっ壊されちまう!」

スコックス少佐は支援機に向かってそう叫んだ。その時、上空から轟音が響いて来た。

「待たせたな!今すぐ吹っ飛ばしてやるよ!」

無線機から陽気な声が流れた。
航空機の爆音に気が付いたのか、サーチライトに向かって乱射していた魔道銃が、その音が来る方向に向かって闇雲に撃ち始めた。
前進部隊の上空を、4機のA-20ハボックが猛スピードで飛び抜けていった。
そのハボックは、機首から機銃の発射炎を煌かせながら超低空で、目標が居ると思われる場所に爆弾をばら撒いた。
それまで、カラフルな光弾や野砲弾をアメリカ軍戦車やハーフトラックに向かって吐き出していた小高い丘に、相次いで爆弾炸裂の閃光が走る。
魔道銃や大砲の砲身、それに人らしきものが上空に吹き飛ぶのが、スコックス少佐には見えた。
4機のハボックから投下した爆弾は、第8戦車大隊を始めとする前進部隊を妨げていたシホールアンル軍部隊を見事に吹き飛ばした。

「照射やめ!」

スコックス少佐は、目標地点に向けて照射していたサーチライトを消すように命じた。
ライトの照射を解かれた丘の天辺は、500ポンド爆弾炸裂の影響で発生した火災によってオレンジ色に染まっている。
そこから打ち下ろされる光弾や野砲弾は1発も無かった。

「ようし、前進再開だ!」

スコックス少佐は、この日3度目の言葉を叫んだ。
停止していた戦車隊やハーフトラックが再び唸りを上げて、野砲陣地に向けて突っ走っていく。
一気に丘を乗り越えた前進部隊は、無残に破壊された魔道銃や野砲を尻目に前進して行った。
快速で突っ切っていくアメリカ軍車両部隊に、生き残っていたシホールアンル兵は、唖然としながらそれを見送った。
唐突に、数台のハーフトラックが止まって、生き残ったシホールアンル兵の集団に向かって銃を突き付けた。

「やあシホット、戦争は終わったぞ。まずは手を上げろ」

ハーフトラックに乗っていた兵士が、シホールアンル兵達に向かってそう言い放った。
本当ならば、全滅を覚悟しても突っ込んでいくのがシホールアンル兵である。
だが、先の爆撃で、彼らは魔道銃や野砲を吹き飛ばされただけではなく、戦意までも吹き飛ばされてしまった。
シホールアンル兵が我に帰った時には、全員が手を上げて、アメリカ軍の捕虜となっていた。


午前7時40分 シホールアンル帝国レンク領首都ニヒルヅカ

シホールアンル南大陸侵攻軍総司令部は、現在元レンク公国首都ニヒルヅカにある。
この司令部内部にある作戦室では、司令官のマグタ・ナラムド元帥が、幕僚達と集まって暗い表情を滲ませていた。

「しかし、ループレングのみならず、ジリーンギやミトラ戦線でも攻勢が開始されるとはな。それも、断片的に送られて
来た情報では、全戦線で押されているようだ。」
「カレアント侵攻軍から送られて来た情報も踏まえて、敵は11月攻勢という言葉を利用して、我々を本当に敵が
11月に攻め込んで来ると思わせ、油断させた所に一気に反撃を企てて来たようです。カレアントの各戦線で
大規模戦闘開始が報告されているのがその証拠です。」
「しかし、肝心な情報が足りない。あったとしても、酷く断片的なものや、混乱した物が多い。特にループレング戦線ではそうだ。」

ナラムド元帥は苦り切った表情で皆に言った。

最初こそ、ループレングの前線部隊は的確な情報を伝えてきたものの、その後は情報が酷く途切れ途切れになったり、
どれが正しい内容なのか分からぬ情報が増え始め、午前5時を過ぎた頃には、情報が錯綜して現地の状況がほとんど分からなくなった。
それに加え、カレアントより後方に位置するレンク領にもアメリカ軍の刃は降りかかっていた。
まだ夜も開けきらぬ午前4時10分。ループレングより少し内陸に行ったリコムバナンという地域に、シホールアンル軍の物資集積所と、
ループレング戦線から撤退してきた第22軍所属の第33重装騎士師団がいた。
このリコムバナンが突如、赤色の光に覆われた。
これは、光源魔法を拡大して使用した物であるが、拡大版にしては範囲が大きい。
シホールアンル側は知らないが、アメリカ側はミスリアル王国の故ベレイス皇女の設立したスパイ機関と合同で特殊部隊を編成し、
攻勢開始1週間前の8月24日深夜に潜水艦アルバコアに乗ってレンク公国内に新入した。
その後、現地の反シホールアンル組織と協力してこの光源魔法をリコムバナンに設置し、発動させた。
突然の事態に、リコムバナンにいたシホールアンル軍将兵は成す術も無く右往左往し、とにかくどこでこの光源魔法が発動しているのかを
突き止めようとした。
だが、事態は思わぬ方向に向かった。
謎の光源魔法が現れて20分後に、突如海から、アメリカ海軍の空母艦載機が来襲して来た。
突然のアメリカ軍機来襲にリコムバナンのシホールアンル将兵は仰天した。
このアメリカ側の空襲部隊は、第5艦隊所属の精鋭部隊である第58任務部隊1任務群から発艦した夜間攻撃隊である。
TG58.1主力を構成する正規空母ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネット、軽空母フェイトのうち、
ヨークタウン級3姉妹は数々の海戦や支援戦闘等を経験して来たベテラン空母であり、搭乗員も数あるTGの中では腕の良い者が多く揃っていた。
それに、夜間飛行を数多くこなした搭乗員も多数乗艦している。
今回の夜間攻撃は8月の10日に、作戦参謀のジュスタス・フォレステル大佐が提案して来た。
しかし、幕僚からは夜間攻撃に移る際の難しさや、当該地区における敵ワイバーン隊の行動内容が不明等でこの案は取り下げる事になった。
会議がそろそろ終わると思われた時、参謀長のムーア大佐は、ヴェルプとリエルに駄目元で聞いてみた。
2人の連絡員は、シホールアンル側のワイバーンには、夜間飛行の出来るワイバーンが少ない事や、シホールアンル占領区域にもそれに
抵抗する組織がある事等を第5艦隊の幕僚達に教えた。
2人が教えた内容を聞いた彼らは、この夜間攻撃は実行可能と思うようになった。
こうして、第5艦隊は陸軍の一斉反攻と合わせるように、目標となるリコムバナンの物資集積所を襲撃する事にした。
そして9月1日、午前3時。レンク公国南西沖150マイルの海域に進出したTG58.1は、TG58.2の援護の元、攻撃隊を発艦させた。
攻撃隊の内訳は、ヨークタウンがSB2Cヘルダイバー16機に、TBFアベンジャー14機。
エンタープライズがSBDドーントレス18機とTBFアベンジャー13機。
ホーネットがSBDドーントレス15機にTBFアベンジャー11機。
計87機が発艦し、午前4時頃にリコムバナンを襲撃した。

不意を付かれたリコムバナンの物資集積所は壊滅的打撃を被り、運悪くその近くで野営していた第33重装騎士師団も銃爆撃を受けた。
第33重装騎士師団は、高射砲と魔道銃の反撃でSB2C1機と、アベンジャー2機を撃墜したが、戦死者97名、負傷者188名を出す損害を被った。
リコムバナン空襲さるの報告に驚いた南大陸侵攻軍総司令部は、レンク公国に駐屯している第10空中騎士軍にアメリカ機動部隊の捜索を命じた。
状況は良くない。むしろ、悪化しつつあるとナラムド元帥は考えている。
最前線であるカレアントでは、連合軍が一大反攻作戦に打って出て、味方は押されている。
後方では、死神同然の米機動部隊が活発に動き回り、早くも手痛い一撃を加えて来ている。
この状況を打開するには、1にも2にも、まず情報の入手である。
しかし、地上部隊からの情報は完全に錯綜しており、これと言った的確な情報は入って来ない。
もう1つの頭痛の種であるアメリカ機動部隊に対しては、索敵ワイバーンからの情報が頼りだが、ワイバーンがアメリカ機動部隊を見つけられなかったら、
これまた情報は入手出来ない。

「情報が・・・・・情報が欲しい・・・・・」

ナラムド元帥は、呻くような口調でそう呟いた。
その時、魔道参謀に魔道士が寄り添って、紙を渡した。
魔道参謀は、渡された紙を読み始めてから、ナラムド元帥に顔を向ける。
何か言おうとした時、今度は別の魔道士がまた紙を持って来た。それを受け取った魔道参謀は、一瞥してからナラムド元帥に言った。

「司令官閣下。新しい情報が入りました。」
「読んでくれ。」

ナラムド元帥は、魔道参謀に紙の内容を読むように命じた。

「まずは1枚目です。午前7時30分、ムンクナ岬沖上空にて、敵艦載機の大編隊を見ゆ。敵艦載機部隊の進路は北西方面。」
「なんてことだ・・・・・あいつらはリコムバナンを吹き飛ばしただけでは飽き足らず、ガルクレルフまでも叩こうというのか。」

ナラムド元帥は頭を抱えそうになりながらも、それをする前に理性で押さえた。

「他にもあります。午前7時32分、ムンクナ岬沖南東160ゼルド(480キロ)地点に敵機動部隊を発見。敵進路は北。
敵はエセックス級、インディペンデンス級空母4。以上です。」
「続きは?」
「これだけです。通信文がここで途切れているので、恐らく敵飛空挺捕まったかと思われます。もう1つの報告ですが、これはつい今しがた
入った物です。エンデルド沖南西190ゼルド地点にアメリカ機動部隊を発見。敵は空母7~8隻、戦艦、巡洋艦3隻ずつ、駆逐艦多数を伴う模様。
敵の進路は北、とあります。」
「南大陸の東西両岸沖に機動部隊を派遣したか・・・・・アメリカ人共は、本気で南大陸向けの補給路を寸断するようだな。全く抜け目のない奴らだ。
第10空中騎士軍はどうなっている?」
「既に、ワイバーン部隊は戦闘準備を終え、いつでも発進できます。」
「第10空中騎士軍司令部に通達。まずは全力を持って、東海岸沖に遊弋する敵機動部隊を攻撃せよと伝えろ。それから、エンデルド、
ガルクレルフ防空軍団に警報を出せ。」

ナラムド元帥は、次々と指令を下したが、彼の心中は不安で覆われていた。
何しろ、アメリカ機動部隊の対空砲火は凄まじいものと聞いており、これまでにも、アメリカ機動部隊攻撃に向かったワイバーンが、
300騎以上も撃墜されるか、飛行不能にされている。
今回は、東海岸沖の敵空母が艦載機を発艦させた後であるから、護衛の戦闘飛空挺は少ないかもしれない。
そうなれば、敵空母2、3隻は撃沈又は大破させられるだろう。
問題は、攻撃後の事である。

「果たして、どれだけの戦力を残せるかな・・・・・」

ナラムド元帥は不安げな口調でそう呟いていた。

午前8時20分 ガルクレルフ沖南東280マイル地点

「ガルクレルフの軍港施設は、一通り破壊できたか。」

第5艦隊司令長官であるレイモンド・スプルーアンス中将は、旗艦インディアナポリスの艦橋上で、ガルクレルフ攻撃成功を確信していた。
スプルーアンス中将が指揮する第5艦隊所属の第57任務部隊、第58任務部隊のうち、第57任務部隊は南大陸北部の西海岸沖へ。
第58任務部隊は東海岸沖へ派遣された。
TF58は、まだ夜も開けきらぬうちにTG58.1から87機の攻撃隊を発艦させ、目標であったリコムバナンの物資集積所を壊滅させた。
そして早朝に、TG58.2から230機のガルクレルフ攻撃隊を発艦させた。
ガルクレルフ攻撃隊は、午前8時には目標に到達し、ワイバーンの迎撃や、激しい対空砲火に浴びせられながらも在泊艦船13隻を撃沈し、
陸上の倉庫や施設などに壊滅的な被害を与えた。
迎撃に出たワイバーンも20騎以上撃墜できた。
攻撃隊の損害は、F6F7機にSB2C3機、SBD5機、TBF3機である。

「これで、敵補給線の一部を削いだ。」

スプルーアンスは、怜悧な口調でそう言ったが、顔は全く無表情である。
いや、無表情の中にやや緊張が混じっている。

「後は、敵のワイバーンが、第1次攻撃隊の帰還までに来るか来ないか、だな。」

TF58は、1時間ほど前に敵の偵察ワイバーンに発見されている。
発見されたのは、TG58.2であり、その少し後にワイバーンは上空警戒中のF6Fによって撃墜されている。
だが、撃墜される前に魔法通信を放った可能性は高く、今頃、陸上のワイバーン基地で待機していた敵攻撃隊が刻一刻と向かって来ているかもしれない。
その前に、なんとか攻撃隊を収容してこの海域から離脱したかった。
今の所、TG58.1や、TG58.2の対空レーダーに敵影らしきものは捉えられていない。

「攻撃隊が先に着くか。シホールアンル側の攻撃隊が先に着くか。時間との勝負だな。」

スプルーアンスはそう言いながらも、攻撃隊の早い到着を願っていた。
だが、彼の思いは叶わなかった。

「TG58.2旗艦より報告!我、艦隊より西南西方位260度方向より接近する敵大編隊を探知。距離は約100マイル。敵部隊はこちらに接近しつつあり。」

その報告を聞いたスプルーアンスは、ただ頷いただけで考えていた命令を発した。

「TG58.1に命令。増援の戦闘機隊を敵編隊迎撃に送れ。TG58.2を援護しよう。」

TG58.2は、正規空母エセックス、ボノムリシャール、ランドルフ、軽空母インディペンデンス、ラングレーⅡを主軸に編成されている。
これらが搭載する艦載機は合計で420機であるが、そのうち半数程度がガルクレルフ攻撃に向かっている。
残る半数の艦載機のうち、使用可能なF6Fは80機。
これに対し、レーダーに映っていた敵影は300騎もいた。
TG58.2司令官であるエリオット・バックスマスター少将は、旗艦エセックスの艦上で敵編隊の数を聞いた時はかなり驚いた。

「なんてこったい。300騎もこの艦隊だけに突っ込んでくるのかね?」
「敵の進路からして、その可能性は極めて高いと思われます。」

情報参謀のからの言葉を聞いて、バックスマスター少将は顔をしかめた。

「こっちはすぐに使えるF6Fが80機。それに対して、敵さんは300騎。こりゃ、敵さんを本気で怒らしてしまったな。」

バックスマスター少将は苦笑しながらも、出すべき命令を発した。

「すぐに全機上げろ。80機でも敵編隊とってかなりの脅威だ。それに、TG58.1からも応援を寄越してくれるに違いない。
この戦闘機隊で、敵編隊の数をなるべく減らすしかないな。」

彼の言葉は事実であった。
TG58.1の空母群は、スプルーアンスの命令を受け取るや、すぐに応援の戦闘機隊を発艦してくれた。

正規空母ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネットからは各24機ずつ。軽空母フェイトからは16機、計88機がTG58.2の応援として
飛行甲板から飛び立って行った。

午前8時45分 第58任務部隊第2任務群

スプルーアンスの命令の下、TG58.1から発艦した88機のF6Fは、TG58.2から発艦したF6F80機と合流した後、
午前8時30分にはTG58.2の南西40マイルの上空で敵ワイバーン編隊を迎撃した。
TG58.2任務群旗艦である正規空母エセックスの艦上では、司令官のエリオット・バックスマスター少将が司令官席に座りながら、
スピーカーから流れて来る戦闘の模様を聞いていた。

「トーマス!右に敵ワイバーンだ!」
「3番機被弾!くそ、奴らすばしっこいぜ!」
「第3小隊!右の敵に体当たりしても構わんから、とにかく追い散らせ!」
「畜生、まだうじゃうじゃいやがる。こりゃ早々と息切れするかもしれん。」
「なあに、それだけ稼ぎ甲斐があるもんだ。それ、天使とダンスだ!」
「イエァ!マッキャンベル少佐がまた1騎落としたぞ!」
「敵も腕のいいばっかりだ。リンゲ!2騎落としただけで満足するな!」
「もちろんさ!苦戦している第2小隊の援護に向かおう!」

無線を聞いている限りでは、双方とも激戦を演じているようだ。

「何度も思うが、一方的に敵と落としまくる事はやはり出来んものだなあ。」

バックスマスター少将はやや苦い表情を浮かべてそう漏らした。

「相手のワイバーン乗りも、皆腕の良い者が揃っているようですからな。それに加え、敵さんも半数程度は護衛で占めていたようです。
この状況なら、こちらの機体性能が凌駕していて相手に必ず勝てるとしても、差はなかなか付けにくいのでしょう。」
「と、すると。毎度のごとく敵の攻撃ワイバーンが雪崩込んでくる訳か。」
「そうなるでしょう。戦闘機隊が敵の攻撃隊指揮官に撤退命令を出させるほどの損害を与えれば話は違ってくるでしょうが。」
「1度で良いから、そのような光景を見てみたい物だ。まあ、相手が厄介なシホールアンル軍だからそんなものは夢物語に過ぎんがね。」

バックスマスター少将はそう言うと、艦長と幕僚達は苦笑した。

バックスマスター少将の予想通り、敵のワイバーン編隊はやって来た。

「敵編隊接近!距離28マイル。数は100騎以上、敵は二手に分かれつつあり!」

CICからの報告が艦橋に流された。
敵の攻撃ワイバーンは100~120騎程度。
F6Fが突っ込む前には護衛役、攻撃役が半々であったから、戦闘機隊は攻撃役を20~30騎ほどを落とせたようだ。
(少しは、敵の対艦攻撃力を削げたか。)
バックスマスター少将はそう思ったが、艦隊には120騎ほどのワイバーンが接近しつつある。
(まだ気は抜けないな)
彼はそう思う事で、自分を戒めた。
敵のワイバーン編隊は、半数が機動部隊の対空砲の射程外を悠々と迂回して艦隊の右側に占位した後、速力を上げて突っ込んで来た。

「奴らの戦法はいつもの左右同時攻撃か。毎度毎度、俺達の艦隊をサンドイッチにするのが好きなようだ。」

バックスマスター少将がそう言うと、艦橋で爆笑が沸いた。

「なあに。我々の対空砲で敵さんを魚のえさに変えてやりますよ。」

エセックス艦長のドナルド・ダンカン大佐が意気込んだ口調でバックスマスター少将に言って来る。

「そうだな。艦長がその意気なら、このエセックスは安泰だな。」

バックスマスター少将がそう返事した時、輪形陣外輪部の駆逐艦が高角砲を発射した。
左右から迫りつつある敵の先頭に、VT信管付きの砲弾が炸裂する。
戦闘開始から30秒後に、早々と輪形陣右側で2騎、左側で1騎が撃墜される。
敵編隊は、いつもの通り高度3000~4000メートルから輪形陣中央を目指している。

輪形陣外輪部や、そのやや内側を守る駆逐艦、巡洋艦の艦長からすれば、気は抜けないが駆逐艦は余り狙われる事が無いため、
空母よりは幾分楽な気持ちで射撃が出来ると思い込んでいた。
駆逐艦が敵のワイバーンに狙われた事は何度もあるが、それは輪形陣外輪部の突破を諦めたワイバーンが、仕方なく狙っているだけである。
駆逐艦の艦長たちは、それだけを警戒すればあとはどうにでもなると思っていた。
しかし、その思いは、ワイバーンの編隊が駆逐艦向けて急降下を始めた時に脳裏から消し飛んだ。

「あっ!敵編隊の先頭集団が駆逐艦向かいます!」
「何!?」

バックスマスター少将は、突然の報告に耳を疑った。
本来ならば、敵のワイバーンは味方が何騎落とされようが空母意外は雑魚と言わんばかりに、一心不乱に空母を目指して来た。
ところが、敵の先頭集団は駆逐艦に向けて突っ込んで来た。
面食らったのは駆逐艦の艦長達である。
いきなり自艦に突っ込んで来たワイバーンの爆弾をかわそうと、駆逐艦は回避運動を始めてしまった。
駆逐艦を狙うワイバーンも居れば、巡洋艦に向かうワイバーンもいる。
実に40騎以上のワイバーンが、駆逐艦や巡洋艦に向かって襲い掛かっていた。
輪形陣左側を守っていた駆逐艦のブリストルには、6騎のワイバーンが向かって来た。
ブリストルは5インチ両用砲5門に、20ミリ機銃6丁を乱射しながら、懸命に回避運動を行った。
ワイバーンの1騎が高角砲弾の炸裂に大きくよろめいた後、20ミリ機銃弾によって叩き落される。
機銃員達が喝采を叫ぶ暇も無く、残りのワイバーンが次々に爆弾を落として来た。
最後のワイバーンは、爆弾の他にブレスまでも吐いて来た。
このブレス攻撃はブリストルの後部部分に命中し、20ミリ機銃座の射手と装填手を焼き殺した。
爆弾が1発、2発、3発とブリストルの周囲に落下し、水柱が高く吹き上がる。
4発目の爆弾が後部4番砲と5番砲の間に命中した。
命中した150リギル爆弾は、4番砲の砲身を根元から叩き折り、砲塔の前面部を引き裂いた。
それのみならず、5番砲の砲塔後部も吹き飛ばし、砲塔内に残っていた砲弾が誘爆して砲員もろとも跡形も無く消え去った。
5発目は幸いにも外れた。
ブリストルの被害は艦上のみに留まったため、高速で航行できたが、対空火力は大幅に減殺されてしまった。
次に命中弾を受けたのは、軽巡洋艦のサンディエゴであった。

サンディエゴはアトランタ級に属しており、5インチ連装両用砲8基16門に40ミリ機銃16丁、20ミリ機銃8丁を搭載する対空軽巡である。
サンディエゴは、戦闘開始から5分で敵ワイバーン7騎を単独、または共同で撃墜していた。
しかし、サンディエゴの放つ猛烈な対空砲火は、同時に引き付けるワイバーンを多くする事になった。
他艦では多くて6騎、少なくて4騎程度に攻撃されたが、サンディエゴに至っては10騎のワイバーンが襲って来た。
サンディエゴは緊急回避を行いながら、全対空火器を総動員して、この10騎のワイバーンを迎え撃った。
あっという間に4騎のワイバーンが叩き落とされた時は、サンディエゴの乗員に流石は最強の対空軽巡であると思わせたが、報復はすぐに叩き返された。
まずは1、2発目の爆弾がサンディエゴを捕捉したかのように左右両舷に落下し、高々と水柱を吹き上げる。
その直後、3発目の爆弾がサンディエゴの後部艦橋に命中した。
後部艦橋の上部が、150リギル爆弾の炸裂によって吹き飛ばされる。
爆発エネルギーは艦橋上部を吹き飛ばしただけでは飽き足らず、艦上の40ミリ、20ミリ機銃座にも襲い掛かり、機銃員達を海に吹き飛ばした。
その次に4発目の爆弾が、後部第4砲塔に命中した。砲塔は一瞬にして砕け散り、天を睨み据えていた2本の砲身が呆気なく宙を舞った。
空母エセックスの艦上からは、駆逐艦ブリストルや軽巡サンディエゴの他に、駆逐艦エリソン、ショーと軽巡洋艦サンタ・フェが相次いで被弾するのが見えた。

「なんてこった・・・・敵は輪形陣を崩しにかかったか!」

バックスマスター少将は、敵の意外な戦法に驚いていた。
襲って来たワイバーンの数にしては、被弾した艦は多くは無かったものの、狙われた艦が例外なく回避運動を行ったばかりに、輪形陣の外輪部は崩れてしまった。
シホールアンル側の最初の狙いは、まず雑魚に見えて意外な強敵である駆逐艦、巡洋艦を掻き乱す事であった。
その狙いは見事に当たった。

「いかん・・・・弾幕が薄くなっている!」

バックスマスター少将は驚愕に顔を歪めた。輪形陣上空に張り巡らされた高角砲弾の弾幕は、戦闘開始時を比べてかなり薄くなっている。
原因は、敵のワイバーンが輪形陣外輪部の駆逐艦、巡洋艦に襲い掛かって隊形をかき乱したからだ。
この影響で、空母5隻の至近には、重巡洋艦インディアナポリスとヴィンセンス、軽巡洋艦ヘレナと戦艦サウスダコタが張り付いているだけである。
これでは、いくらVT信管付きの砲弾があるといえど、それを撃つ艦が空母の近くに多く居なければ、空母が敵に致命弾を浴びせられてしまう危険が高い。
5隻の空母と周囲の巡洋艦、駆逐艦。それになんとか定位置を保てた駆逐艦が、空母に矛先を向けた敵のワイバーン編隊に向けて高角砲、機銃を撃ちまくる。
エセックスの艦上では、左舷側から来る30騎ほどのワイバーンに向けて5インチ連装及び単装砲が盛んに放たれていた。
弾幕は、先と比べて薄くなってはいるが、それでも敵ワイバーン群にぽつぽつと被撃墜騎が出ている。

第107空中騎士隊に属するミリナ・フレドラナ少尉は、攻撃ワイバーン第2中隊の3番騎を務めていた。
第107空中騎士隊の攻撃ワイバーンは46騎あったが、敵艦隊到達前に3騎を失った。
そして、輪形陣外輪部を飛び越えた時には更に6騎を叩き落された。

「なんて激しい対空砲火なの!?」

また1騎、高角砲弾の餌食となった味方のワイバーンを見て、彼女はそう叫んだ。
アメリカ側は弾幕が少ないと思っていたが、攻撃される側から見ればとんでもないほどの濃密な対空弾幕であった。
彼女らが向かう先には空母が居る。第107空中騎士隊は敵輪形陣の右側から進入しているため、第1、第2中隊は右側を航行している空母が攻撃目標である。
第3、第4中隊はその斜め後方を行く空母が目標だ。
目標を含む前方3隻の空母は、いずれもエセックス級と呼ばれる新鋭空母だ。後ろの2隻は小型のようである。
その空母と、周囲を取り囲む戦艦、巡洋艦からは激しい対空砲火が撃ち上げられている。
周囲でボン!ボン!と、敵の高角砲弾が音立てて弾ける。
またもや1騎の味方騎が高角砲弾によって引き裂かれる。

「正確すぎよ!敵の砲弾には生命探知の魔法でも仕込んであるの!?」

フレドラナ少尉は顔を歪めて叫んだ。
先ほどから見ている限り、敵の高角砲弾は見当外れの位置に炸裂する物もあれば、ワイバーンの至近で炸裂する物がある。
これまでの海戦では、アメリカ側は猛烈な対空砲火を放ってくるが、高角砲弾は見当外れの位置で炸裂するものばかりようだ。
ところが、今は至近で炸裂する砲弾がやけに多いように感じられる。
彼女が砲弾に何か付いているのでは?と疑うのも無理は無かった。
やがて、第1、第2中隊は目標の空母の右舷側上空に達した。突入時には32騎を数えていた第1、第2中隊は、今や24騎に激減していた。
第1中隊1番騎がくるりと姿勢を変え、そのまま急降下していく。それをきっかけに、第1中隊9騎のワイバーンが釣瓶落としに急降下していく。
自然に、対空砲火が第1中隊に注がれる。
敵が高角砲弾のみならず、機銃弾までも乱射して来た。
目標のエセックス級空母が、第1中隊の毒牙から逃れようと右に回頭を始める。
第1中隊の2番騎が、高角砲弾に左の翼を吹き飛ばされ、大出血を起こしながら墜落していく。
6番騎が40ミリ機銃弾に相次いで貫かれ、これもまた撃墜された。

1番騎が投下高度に達してから、敵エセックス級空母に爆弾を投下する。その直後、エセックス級空母から放たれた弾幕に絡め取られてばらばらに引き裂かれた。

「あっ・・・・」

フレドラナ少尉は思わず声に出してしまった。
第1中隊の隊長は普段から尊敬していた人だった。同じ女にしてはどこか男勝りの所があり、中隊のくせのある荒くれ男達を率いていた頼れる先輩だった。
その先輩が敵空母に討ち取られた。
一瞬、頭に血が上りかけたが、その次の瞬間、敵エセックス級空母の後部甲板に火柱が上がった。

「やった!」

彼女は喝采を叫んだ。狙いを外されたはずだが、中隊長はその先を読んで爆弾を投下したようだ。
(流石は歴戦の女竜騎士。死しても尚、任務を果たした)
フレドラナ少尉はそう思った。
先頭の第2中隊長騎が急降下を開始した。彼女も1番騎、2番騎にならって急降下する。
相棒のワイバーンがくるりと一回転してから、まっしぐらに敵空母にへと向かう。
敵空母は、第1中隊から放たれた爆弾の至近弾によって、姿を覆い隠されていたが、やがて健在な姿を現した。
敵空母から猛烈な対空砲火が吹き上がって来る。先頭の隊長騎に高角砲弾、機銃弾が殺到して来た。
橙色や黄色の曳光弾が前から後ろに通り抜けていく。
いきなり後方で高角砲弾が炸裂する。微かにワイバーンの悲鳴が聞こえたように感じたが、彼女はそれに構わず、じっと目の前の適空母を睨み据える。
敵空母は、後部のみならず、中央部からも黒煙を吹き出している。
しかし、致命弾には至らず、敵空母は高速力で海面を驀進している。時折艦首が、高く白波を蹴り上げている。
敵空母への投弾まであと7秒まで迫った時、いきなり2番騎が機銃弾に絡め取られた。
血を吹き出しながら、ワイバーンが悲鳴じみた叫びを上げながら墜落する。
隊長騎が爆弾投下高度に達し、ワイバーンの胴体から爆弾が放たれる。
1番騎が上昇を開始した直後、今度はフレドラナ少尉の3番騎にドッと機銃弾の嵐が押し寄せて来た。
(うわぁ!)
彼女は、あまりにも激しい砲弾幕に思わず目を背けそうになった。
耳の左右に機銃弾が通り過ぎる甲高い音が聞こえる。それも際限なく聞こえる。

(こんな嫌な状況で、このような音を10分も聞かされたら、気が狂ってしまうわ)
フレドラナ少尉はそう思った。
不思議な事に、爆弾投下高度に達するまでに機銃弾は当たらなかった。

「投下!!」

彼女は相棒に指示を下した。相棒のワイバーンの胴体から、150リギル爆弾が投下された。
爆弾投下と同時に、彼女はワイバーンを引き起こしにかかる。上昇に転じる際の物凄い圧力が彼女の体に掛かった。
彼女はちらりと背後を振り返った。
隊長騎の爆弾が左舷側海面で水柱を吹き上げている。その時、敵空母のすらりと伸びた甲板の後部分から閃光が走った。
そこまで見てからフレドラナ少尉は前を振り向いて、相棒を操り続けた。
周囲を機銃弾が飛び抜けていく。いきなり、後方でドン!という炸裂音が響く。
激しい対空弾幕の中を、フレドラナ少尉は必死に潜り抜けて言った。

空母ボノムリシャールの艦上では、3発目の被弾で艦全体が大地震のように揺れ動いた。
ダァーン!という鼓膜を破らんばかりの轟音が艦橋にも響いて来た。

「飛行甲板後部に命中弾ー!」

見張りが絶叫じみた声を上げて艦橋に報告して来た。ワイバーンの攻撃は止まらない。
ボノムリシャールの5インチ連装両用砲、40ミリ、20ミリ機銃がこれでもかとばかりにガンガン撃ちまくる。
5番騎が真正面から40ミリ機銃弾を叩きつけられ、砕け散った。
その直後に、ボノムリシャールの左舷後部海面に至近弾が落下した。吹き上げた水柱が2名の機銃員を海に引きずり込んだ。
7番騎の落とした爆弾が、今度は飛行甲板の前部に命中した。
命中した爆弾は飛行甲板を叩き割って格納庫に達し、そこで炸裂した。
爆発の瞬間、前部格納庫に纏まっていたヘルダイバーが3機吹き飛ばされた。
7番騎の爆弾が中央部叩きつけられた。先の命中弾で黒煙を上げていた中央部分から再び火柱が吹き上がり、飛行甲板を覆っていた
チーク材が派手に吹き散らされた。
8、9番騎の爆弾が左右両舷の海面に落下し、高々と水柱を立ち上げた。

「畜生!とんでもない奴らに捕まってしまったな!」

艦長のジョゼフ・クラーク大佐は、顔を歪めながらそう叫んだ。その直後、またもやドーン!という爆発音が沸き起こり、ボノムリシャールの
艦体が再び揺れ動いた。

最後のワイバーンがボノムリシャールを通り過ぎようとするが、20ミリ機銃弾に叩き落とされた。
ボノムリシャールに対する攻撃はこれで終わりを告げた。

「被害報告を知らせ!」

クラーク艦長は艦内の各所にそう命じながら、ボノムリシャールは空母としては使えぬだろうと確信していた。
彼自身、ボノムリシャールに命中した爆弾の数を数えていた。
被弾数は6発を数えている。いずれも、飛行甲板に命中している。これでは、航空機の発着はできない。
(敵の腕が良すぎたな)
クラーク艦長はそう思いながら、艦橋上から艦隊の各艦を眺めていた。
旗艦であるエセックスは、前部分から濛々と黒煙を吹き出しているが、飛行甲板に目立った損傷はない。あの調子なら、発着はなんとかなりそうだと
クラークは思った。
次に左舷斜め後方を行くランドルフに目をやる。
ランドルフはエセックスより酷い損害を受けている。ボノムリシャールと同じように、飛行甲板から黒煙を吹き上げている。
被害箇所は飛行甲板のみならず、艦橋のすぐ前方にある高角砲座にも及んでいた。
いつもなら、誇らしげに屹立している2基の連装砲が、今は訳の分からぬ鉄塊と化し、その後方の艦橋部は酷く傷付いていた。

「敵さんも上手い奴を寄越してくれた物だな。」


攻撃から10分後、遠くの向こうに見えるアメリカ機動部隊から、いくつもの黒煙が吹き上がっていた。
そのうちの3つは、真っ平な形をしている。

「敵大型空母3隻に命中弾。うち2隻を大破確実って所か・・・・・」

フレドラナ少尉は、面白くなさげな表情でそう呟いていた。
今、彼女は生き残りと共に帰還中であるが、集合地点に集まった味方のワイバーンは、驚くほど少なくなっていた。
第107空中騎士隊だけでも、敵空母攻撃前には43騎がいたのに、今では26騎しかいない。
第106空中騎士隊が血路を開いてくれたにも関わらず、実に17騎が敵の対空砲火によって叩き落されたのだ。
手勢を前もって減らしたとしても、やはりアメリカ空母の対空火力は侮れぬものがあった。

「第107空中騎士隊だけでもこんな有様なのに、全体では、どれだけ落とされているのかな・・・・・」

彼女は考えようとしたが、自然にそれをやめてしまった。
味方全体の被害が多すぎる事が容易に考えられるのだ。それに、今は帰還中である。
彼女は、詳しい事は帰還してから考える事にし、まずは傷付いた相棒を励ましながら基地に帰還する事に考えを巡らせた。


TG58.2に付き添っている重巡洋艦のインディアナポリス艦上では、艦橋に詰めていたスプルーアンス中将が、珍しくやや苦い表情を浮かべていた。

「これはちとまずい事になったな・・・・」

普段冷静沈着な彼にしては、やや悔しげな口調だった。
TG58.2は、先の爆撃によって駆逐艦ショーが爆弾3発を受けて航行不能。事実上沈没確実の損害を受けた他、駆逐艦ブリストル、エリソン、
軽巡洋艦サンディエゴがいずれも中破程度、軽巡サンタ・フェが爆弾1発を受けて小破した。
これは、先の敵ワイバーンが行った輪形陣崩しの結果である。
敵側の狙いは見事に成功し、敵ワイバーン群の本隊が、薄くなった対空砲火網と突き破って空母に迫った。
アメリカ側はインディアナポリスを含む護衛艦が全力で迎撃に当たったため、20騎ほどを撃墜した。
だが、主力である正規空母エセックス、ボノムリシャール、ランドルフは被弾を免れなかった。
TG58.2旗艦であるエセックスには、左舷側前部にある5インチ砲座に爆弾が命中し、5インチ砲座と飛行甲板の一部が破壊された。
しかし、被弾はこの1発だけであるため、エセックスからは艦載機の発着はなんとか可能であると伝えられた。
残るボノムリシャール、ランドルフが問題であった。
まず、ボノムリシャールには敵ワイバーン24騎が襲い掛かった。
ボノムリシャールは必死に回頭を繰り返したが、前1発、中央部2発、後部に3発被弾した。

痛かったのは前部と後部部分であり、共にエレベーター部分を爆発の影響で格納甲板にまで叩き落されていた。
飛行甲板の損傷もかなりのもので、火は消し止められる見込みだが、航空機の発着は不能との事だ。
判定の結果は大破で、今も黒煙を吹き上げている。
次にランドルフであるが、ランドフルはボノムリシャールよりは、被弾数は4発と少ない。
しかし、当たり所が悪かった。
最初の1発目は、艦橋前にある5インチ連装両用砲に命中し、その破片が艦橋にまで吹き付けてきた。
このため、艦長が重傷を負い、他に8人が死傷した。
それに加えて後部に2発、中央部左舷側に1発命中した。
左舷側に命中した爆弾は、舷側エレベーターの繋ぎ目で命中して炸裂するや、巨大なエレベーターは炸裂の瞬間、繋ぎ目から大きくひしゃげ、
やがて支えが折れて海中に落下した。
この他にも、後部部分の命中弾の影響で後部エレベーターが破損して使用不能に陥り、発着不能となってしまった。
ランドルフは、艦橋要員が人事不省に陥った影響で一時的に操艦不能のため、艦が僚艦インディアナポリスに向けて全速力で向かうというハプニングが起こった。
だが、航海長が指揮を継承したお陰で操艦機能を回復。空母が艦隊総旗艦に激突という前代未聞の珍事はなんとか避けられた。
そのランドルフもまた、ボノムリシャールと同様に高々と黒煙を上げている。

「輪形陣を崩しにかかるとは・・・・敵も腕を上げたな。」

スプルーアンスは、どこか感嘆とした思いでそう呟いた。

「これで、TF58の使用可能空母は7隻に減った訳か・・・・・・」
「攻撃隊収容後に、一度この海から離脱するのがよろしいかと思われます。」

作戦参謀のフォレステル大佐が進言して来た。

「この攻撃で、敵がいかに我々を本気で叩き潰そうとしているか分かった筈です。今回は敵の大編隊に襲われて、沈没艦が駆逐艦1隻のみで
終わりましたが、敵の次の攻撃で空母にも致命弾を与えてくる可能性は極めて高いはずです。現に、先の攻撃でもボノムリシャールとランドルフが
母艦機能を喪失しています。」
「ふむ。確かに君の言う通りだ。正直、私も痛いと思っている。」

スプルーアンスはフォレステル大佐の言葉に頷いた。

「だが、痛手を受けたのは敵も同じだろう。確かに、敵の目標である空母をやられたのは大きなミスだが、同時に敵のワイバーンも相当数撃墜されている。
事前の戦闘機の襲撃と、敵の艦隊攻撃時の喪失を合わせれば、恐らく半数近くは落としたに違いない。我々の任務は、南下してくるであろう敵の機動部隊に
備えると同時に、敵の後方を叩いて敵地上軍を締め上げる事だ。」

スプルーアンスは冷静な口調だが、どこか意気込んだ感じがあった。

「よって、今は後退しない。」

その言葉に、幕僚の誰もが驚いた。彼らは最初、スプルーアンスが後退するものと思い込んでいた。
だが、スプルーアンスは後退しないと明言したのである。

「長官。お言葉ですが、敵の攻撃力も上がっています。先の攻撃で空母2隻が使用不能という無視し得ぬ損害を負っています。
レンク西海岸方面の敵ワイバーン部隊の戦力は依然健在である今、この海域に留まるのはあたら被害を増やすだけかと思われますが・・・・」
「確かにそうだ。」

参謀長のムーア大佐の言葉に、スプルーアンスは頷くが、彼にしては珍しげな、悪戯じみた笑顔を浮かべていた。

「だが、正規空母2隻が使えなくなったとはいえ、TF58は依然として正規空母4隻、軽空母3隻が使える。これだけあれば、
レンク公国の敵ワイバーン部隊と充分に渡り合えるだろう。」
「長官は何かお考えがあるのでしょうか?」
「まあ、今しがた考えた案なのだが。」

スプルーアンスはそう言うと、たった今考えた案を幕僚達に話し始めた。

午後4時 レンク領首都ニヒルヅカ

「ワイバーンの損失数が馬鹿にならんぞ。水増し報告ではないだろうね?」

ナラムド元帥は、先のアメリカ機動部隊攻撃時に発表された戦果と、味方の被害状況を部下から知らされたが、彼は戦果よりもワイバーンの損害に驚いた。

「残念ですが事実です。水増し報告であったほうがむしろマシに思えるほどです。」

参謀長が、震えた口調で返事した。
早朝から、レンク公国西海岸に駐屯する第10空中騎士軍は実に3次に渡って、レンク西岸沖に遊弋するアメリカ機動部隊を攻撃した。
この攻撃で、エセックス級空母1隻、駆逐艦3隻撃沈。エセックス級空母2隻、ヨークタウン級空母1隻、巡洋艦、駆逐艦4隻ずつを大破し、
戦闘機69機を撃墜したと報告されている。
(実際の戦果は、駆逐艦ショー沈没。空母ボノムリシャール、駆逐艦2隻大破。空母ランドルフ、軽巡サンディエゴ、ホノルル、空母エセックス、
ヨークタウン、軽巡サンタ・フェの小破のみで、空母は1隻も沈んでいない)
それに引き換え、味方のワイバーンは3波500騎中、実に389騎に上った。
戦果のうち、まともな攻撃が出来たのは第1次のみで、第2次、第3次攻撃隊は今までには無かった圧倒的多数の敵戦闘機の迎撃で数を減らされ、
敵艦隊上空に辿り着いた時には攻撃力はがた落ちとなっていた。
このため、第2次、第3次攻撃隊の指揮官はいずれも戦果不充分と報告している。
ちなみに、敵機動部隊の戦力は空母10隻とされており、無傷の空母はまだ6隻も残っている。
これらが、再び沿岸部を荒らし回る事はほぼ確実とされている。

「カレアントの侵攻軍からは、状況は悪いの一点張りだし。こっちはこっちで、敵の機動部隊が海で暴れ回っている。これは、かなり悪い状況になってきたぞ。」

ナラムド元帥はそう呟きながらも、頭の中では常に現状打開の策を練っていた。
しかし、なかなか良いと思われる策は浮かばず、彼は次々と来る報告に頭を抱えていった。

11月攻勢作戦開始1日で、前線で南西太平洋軍に、後方で太平洋艦隊に襲われたシホールアンル軍は、開始早々相当不利な状況に追い込まれていた。
南大陸侵攻軍の何割が、無事北大陸に逃れるかは、もはや神のみぞが知る事となった。
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