第72話 ルベンゲーブ上空の死闘(前編)
1483年(1943年)6月28日 午前6時 ミスリアル王国ルイシ・リアン
午前6時。ルイシ・リアンに太陽の光が差し込み始め、大地を覆っていた闇が瞬く間に払われていく。
朝の冷気が未だに漂う中、飛行場から発動機が回り始める音が聞こえた。
1つの発動機が運転を開始すると、2つめの発動機が動き始める。
それから、次々と発動機が回り始め、その音は次第に大きな物となっていった。
10分ほど時間が経った頃には第1飛行場、第2飛行場の駐機場に止められていた300機のB-24が、
4つのエンジンを勢い良く回していた。
6時30分になると、第1飛行場から第74爆撃航空団の1番機が滑走し始めた。
1番機の発進を皮切りに、攻撃隊は次々と発進して行った。
「こちら管制塔。聞こえるか?」
「こちらパパス・ヴィレッタ。聞こえる。感度良好だ。」
「OK。離陸を許可する。しっかり暴れて来いよ。」
「わかった。結果報告を待ってなよ。」
機長であるラシャルド・ベリヤ中尉は、管制官にそう言い返してから無線を閉じた。
彼の機は、滑走路の上で待機状態にある。あとは空に舞い上がるだけだ。
「これより離陸する!」
ベリヤ中尉は機内放送で全員に告げると、機を発進させた。
ブレーキが解除され、B-24の重い機体が前へ進み始める。
4基のプラット&ホイットニーR-1830-65、1200馬力エンジンが轟音を上げて、機のスピードを速めていく。
滑走距離が1500メートルを超えた所で、B-24の機体はふわりと浮き上がり、そのまま上昇に移った。
「離陸成功。これより集結地点に向かう。」
ベリヤ中尉の言葉を聞いた航法士が、チャートに予定集結地点までの飛行経路を書き込んでいく。
「後続機は付いて来ているか?」
ベリヤ中尉は、尾部銃座にいるドミル・バンギス伍長に聞いた。
「後続機、今離陸しました。付いて来ています。」
「ようし。今の所俺達の航空団も、隣の航空団も事故機なしだ。このまま1機残らず離陸してくれればいいな。」
「そうですな。離陸中に事故を起こしたら不吉ですからね。」
コ・パイロットのレスト・ガントナー少尉が相槌を打ってきた。
「言えてる。さて、離陸はなんとか完了した。今度は集結地点で、どれぐらいの短時間で編隊をまとめる事が出来るか。
今度の関門はそれだ。なにしろ、300機のB-24が航空郡ごとにとはいえ、大編隊を組んで飛ぶのだからな。」
「みっちり訓練を積みましたから、その点に関しては大丈夫でしょう。」
「いや、分からんぞ。訓練では上手く言っても、実戦ではポカをやらかす事もあり得るからな。気は抜けんぞ。」
ベリヤ中尉はそう言った。集結地点までは20分ほどの飛行だ。
そこで各航空群ごとに編隊を組んだ後、いよいよ敵地に乗り込む。
「行きも怖い。帰りも怖い、という事か。」
ベリヤ中尉は自嘲気味に呟きながら、高度計を確認する。
現在の高度は2400メートル。ベリヤ機の周囲には、何機かのB-24が飛行しており、それぞれが集結地点に向かっていた。
午前8時20分
集結地点で編隊を組んだB-24の編隊は、第74爆撃航空団を先頭に幾つもの挺団に分かれながら、
7000メートルの高度を時速220マイルのスピードで進んでいた。
このB-24の集団に、新たな部隊が加わった。
「機長、後方に機影です!」
バンギス伍長の声が、ベリヤ中尉の耳に聞こえた。
「数は40機ほど・・・・P-51です!」
「ほう、来たか。リトルフレンド達が。」
B-24編隊の周囲に、後から発進してきたP-51の編隊が並行してきた。
このP-51の編隊は、第293戦闘航空師団配下の第133戦闘航空郡の所属である。
従来は36機の編成であったが、2週間前に1個中隊が増勢されて48機編成になっている。
並行して来たP-51だが、B-24とP-51の巡航速度は差があるため、自然にP-51が追い抜いてしまう。
このため、P-51隊はB-24隊を追い越すと、ジグザグに飛行してB-24隊の歩調に合わせていた。
「機長、やはり護衛がいると心強いですね。」
「そうだなあ。今の所、護衛はこの48機のP-51だけだが、ルベンゲーブの突入前には、海軍の戦闘機隊も
参加してくれるそうだ。こいつらが敵のワイバーンを引き付けている間に俺達は峡谷を抜けて敵の精錬工場をドカン!
という訳だが、果たして上手くいくかな?」
「上手くいく事を考えましょう。それに、この機にもやっと名前が付いたんですから。」
「上手いノーズアートも描いてもらったしな。」
ベリヤ中尉は思わず頬が緩む。
彼の機に名前が付いたのは、つい昨日の事だ。名前には色々候補が上がっていたのが、ベリヤ中尉はどれもこれも好かんと
のたまい、しまいには自分勝手にパパス・ヴィレッタという名を愛機に付けてしまった。
ベリヤ中尉は恐らく猛反発されるだろうと思った。
しかし、乗員達は反抗する事なく、逆にベリヤ中尉の名付けた名前を気に入ってしまった。
その後、尾部銃座の射手であるバンギス伍長が気を利かして、ノーズアートのうまい整備員を連れてきて機体の機首左側に描かせた。
そして、出来上がった絵は満足の行く物であった。
完成したノーズアートは、草原にたたずむダークエルフの娘を描いたもので、顔の表情や体つきもよく出来ており、
これを見た乗員達は声を唸らせた。
その絵の下にはパパス・ヴィレッタという名が筆記体で描かれ、一見絵と名が合っていない様に見えるものの、
よく見ればこの2つが一体となった感がある。
完成度の高いノーズアートを大層気に入った乗員達は、そのノーズアートを背景に記念撮影を行っている。
「飛行場を発進して既に2時間近くか。ルベンゲーブまでの距離は約1300キロ。120マイルで約4時間ほどだから、
行程の半分を過ぎる事になるか。」
「あと2時間で突入ですか。長いような、短いような・・・・・」
彼らはそれ以上は語らず、黙って操縦を続けた。
ルベンゲーブまでの道程は、まだ長い。
午前10時50分 ウェンステル領ルベンゲーブ
「監視哨より緊急連絡です!」
ルベンゲーブの防空司令部にある作戦室で、ラルムガブト中将は、幕僚達と今後の事を話し合っていた。
その時、魔道将校が血相を変えて作戦室に飛び込んできた。
「何事か?」
「はい。たった今、沿岸部の監視哨から、西方洋上に敵飛空挺の大挺団を見ゆとの情報が入りました。」
作戦室にいた彼らは、思わず絶句してしまった。
「・・・・・・」
「し、司令官?」
魔道将校の声で、ラルムガブトは気を取り戻した。
「私は大丈夫だ。その飛空挺は何機いる?」
「正確には分かりませんが、少なく見積もっても100機以上はいるかと思われます。」
「各空中騎士隊に伝達!アメリカ機動部隊より発艦せる敵大編隊がルベンゲーブに進撃中。直ちにこれを殲滅せよ、だ。急いで送れ!」
ラルムガブトの命令を聞いた魔道将校は、大きく頷いてから作戦室を飛び出していった。
「司令官、ついに来ましたか。」
主任参謀のウランル・ルヒャット大佐が、緊張で顔を引きつらせながら言ってきた。
「ああ。ついに来たよ。」
ラルムガブト中将は、重い口調でそう言い放つと席を立ち上がった。
「諸君。先の話にもあるように、アメリカ軍はこのルベンゲーブにやって来た。今度は敵も本気でこの精錬工場を
狙ってくるだろう。この攻撃は、恐らく敵機動部隊から発艦した第1波攻撃隊に間違いない。敵はこの第1波の他にも、
続いて第2、第3と攻撃隊を準備している可能性がある。我々はこれを阻止せねばならない。直ちに全部隊に通達せよ。」
ラルムガブト中将は、一呼吸をいてから言葉を続けた。
「ルベンゲーブ防空軍団は直ちに戦闘態勢に入り、敵大編隊を迎え撃つ。不遜なアメリカ軍機を1機残らず殲滅せよ!」
第133戦闘航空郡の第2中隊に所属しているハンス・マルセイユ中尉は、ルベンゲーブの上空にワイバーンが上がりつつあるのが見えた。
「流石に奇襲とまではいかないか。」
彼はそう呟いたが、表情は別段驚いたものではない。
いや、むしろ願ったりといったような口ぶりである。
「さて、爆撃隊が突入するまでは、俺達が相手してやるぜ。」
マルセイユ中尉がそう呟いている時、隊長機がドロップタンクを落とした。それに倣って、僚機もタンクを落としていく。
マルセイユ大尉も勿論、空戦の際に邪魔になるドロップタンクを落とす。
「隊長機より全機へ。これより敵と戦闘に入る。帰りの燃料を気にしながら戦え。」
飛行隊長からの無線通信がレシーバーに流れて来た。
その後、マスタング隊は一気に高度を上げ始めた。
マスタング隊の後方にいるF6F75機は、そのまま高度5000メートルで進撃を続ける。
高度を7000にまで上げたマスタング隊は中隊ごとに分かれて、敵ワイバーン編隊の左右上方に占位する。
ラルムガブト中将は、重い口調でそう言い放つと席を立ち上がった。
「諸君。先の話にもあるように、アメリカ軍はこのルベンゲーブにやって来た。今度は敵も本気でこの精錬工場を
狙ってくるだろう。この攻撃は、恐らく敵機動部隊から発艦した第1波攻撃隊に間違いない。敵はこの第1波の他にも、
続いて第2、第3と攻撃隊を準備している可能性がある。我々はこれを阻止せねばならない。直ちに全部隊に通達せよ。」
ラルムガブト中将は、一呼吸をいてから言葉を続けた。
「ルベンゲーブ防空軍団は直ちに戦闘態勢に入り、敵大編隊を迎え撃つ。不遜なアメリカ軍機を1機残らず殲滅せよ!」
第133戦闘航空郡の第2中隊に所属しているハンス・マルセイユ中尉は、ルベンゲーブの上空にワイバーンが上がりつつあるのが見えた。
「流石に奇襲とまではいかないか。」
彼はそう呟いたが、表情は別段驚いたものではない。
いや、むしろ願ったりといったような口ぶりである。
「さて、爆撃隊が突入するまでは、俺達が相手してやるぜ。」
マルセイユ中尉がそう呟いている時、隊長機がドロップタンクを落とした。それに倣って、僚機もタンクを落としていく。
マルセイユ大尉も勿論、空戦の際に邪魔になるドロップタンクを落とす。
「隊長機より全機へ。これより敵と戦闘に入る。帰りの燃料を気にしながら戦え。」
飛行隊長からの無線通信がレシーバーに流れて来た。
その後、マスタング隊は一気に高度を上げ始めた。
マスタング隊の後方にいるF6F75機は、そのまま高度5000メートルで進撃を続ける。
高度を7000にまで上げたマスタング隊は中隊ごとに分かれて、敵ワイバーン編隊の左右上方に占位する。
ワイバーン群の数はかなり多い。ほぼおっとり刀で駆けつけて来たのであろうが、それでも200騎はいそうだ。
山脈上空でマスタング隊が敵ワイバーン隊の上空に占位した時、
「攻撃開始!突っ込めぇ!」
隊長機の声が響き、戦いが始まった。
第1中隊のマスタング12機が、木の葉落としのように1機ずつ降下していく。
そして、第2中隊も降下を開始した。
「行くぞ、ブラッドウォード!」
「あいよ!」
マルセイユ中尉は、相棒のブラッドウォード中尉と共に敵ワイバーン編隊に突っ込んだ。
ワイバーン群の一部が、マスタング隊に向かって来る。
第1中隊がワイバーンと撃ち合いに入った。
1騎のワイバーンがしこたま12.7ミリ機銃弾を振舞われて叩き落され、別の1騎が同様に撃墜される。
マルセイユの属する第2中隊も敵ワイバーンに射撃を加える。
マルセイユ中尉は、向かって来るワイバーンに向けて、距離800で12.7ミリ弾を撃った。
6本の線がサーッと流れて行き、過たずワイバーンに突き刺さる。
最初は魔法障壁を発動させて機銃弾を弾くが、すぐに破られてワイバーン、竜騎士が共に射殺された。
撃墜を確認できぬまま、撃ったワイバーンとすれ違い、別のワイバーンに狙いを定める。
今度は、不用意に側面を晒しているワイバーンだ。
急降下をしている最中だから、射撃の機会は一瞬だ。
そのワイバーンの下方を飛びぬける前に機銃弾を放つ。
一瞬だけ、機銃弾がワイバーンに当たったように見えたが、機体は700キロ近い猛速で飛行しているため、すぐに下方に抜けた。
「1騎撃墜!」
レシーバーから相棒の陽気な声が流れて来る。
「ナイスだ!この調子でどんどん行くぞ!」
マルセイユは相棒にそう言いながら、機体を急降下から反転上昇に移す。
高度4000まで下がっていたマスタングは、再び上昇して敵のワイバーン群に向かい始めた。
機首のパッカード・マーリン1650馬力エンジンが、機体を鮮やかな加速でぐんぐん上昇させていく。
マルセイユ機とブラッドウォード機は、一撃離脱に徹してワイバーン群を次々と撃ち落した。
不運なマスタングが、加速に入る前にワイバーンの光弾を浴びて落とされるが、そのワイバーンにも横合いから
マスタングに機銃弾を浴びせられる。
中には、ワイバーンに格闘戦を挑むマスタングもいるが、流石にワイバーンの機動にはかなわず、反撃を食らってしまう。
しかし、700キロ近い速度が出せるマスタングは、ワイバーンの後ろに付かれたら急加速で離脱し、光弾が放たれた頃には
マスタングは射程外に達している。
数はワイバーン側が多いものの、機体性能にはマスタングに分があり、シホールアンル側は図らずも苦戦を強いられる。
しばらく経つと、戦闘はアメリカ側有利になっており、傍目から見れば40機程度のマスタングに200騎近いワイバーンが
押されると言う奇妙な展開になった。
マスタング隊が戦闘を開始して5分経った頃、海軍のヘルキャット隊も戦闘に加わった。
ヘルキャット隊が空戦域に乱入してからは、山脈の上空は彼我入り乱れる乱戦の巷と化した。
マルセイユ中尉は、6度目の一撃離脱を終え、3騎目を撃墜した後、時計に視線を移した。
空戦開始から既に15分が経過していた。
その後、周りの空域を見てみる。200騎のワイバーンは、ほぼ全てがマスタングとヘルキャットの戦闘に駆り出され、
ルベンゲーブ精錬工場の上空はがら空きとなっている。
「よし。俺達は賭けに勝ったぞ。」
彼は満足そうな笑みを浮かべながら、再び愛機を駆ってワイバーンに挑んでいった。
ルベンゲーブ精錬工場の第1区画防空を担当する第53対空大隊では、山脈上空で繰り広げられる空中戦に皆が見入っていた。
「隊長、どうも味方のワイバーンは思うように戦えていないようですが。」
空戦を見ていた将校が、大隊長に言ってきた。
「ああ、そうだな。友人の竜騎士に聞いたんだが、アメリカ軍機はここ最近、従来機より性能のいい新型飛空挺を大量に
投入しているようだ。そいつの登場によって、ワイバーンは再び不利になっているようだ。恐らく、あっちで飛び回っている
アメリカ軍機は全て新型機だな。ワイバーン隊のほうが数は多いのになかなか相手を落とせないのはそれのせいだろう。」
大隊長はそう言いながら、山脈の上空を指差した。
上空では、ワイバーンとアメリカ軍機が入り乱れて激しい空中戦が展開されている。
時折、何かが落ちていくのが見える。
黒煙を噴きながら落ちるのはアメリカ軍機で、塊のままそのまま落ちていくのはワイバーンである。
落ちていくのは、後者のほうが多い。
今また、黒い塊が墜落し始めた。その黒い塊は、しばらくは翼を上下させていたが、すぐに止まった。
そして、そのまま山の山腹に落ちた。
「畜生・・・・何も出来ないとは・・・・!」
大隊長は歯噛みしながら呻いた。
第1区画は、7つある精錬工場群の北西側にある区画である。
精錬工場は、北西あるこの第1区画から、右隣の第2区画、そして、その南側の一番左側から第3、第4、第5区画、
更に南に下りて第6、第7区画と分けられている。
それぞれの区画は、互いの距離もまちまちであるが、0.5ゼルド前後ほど間隔が開けられている。
これらの区画には、それぞれ防空大隊が配備されている。
1個防空大隊には、高射砲25門、魔道銃80丁~90丁が装備され、工場の周囲、又は要所に配備されている。
アメリカ軍機が工場に襲い掛かれば、これらの対空兵器が迎え撃つのだが・・・・
「なんであいつらは、戦闘機しかいないんだ?」
大隊長はふと疑問に思った。普通なら、アメリカ軍機は攻撃機も編隊に混ぜて敵地攻撃に向かう。
しかし、山脈上空のアメリカ軍機は、全てがワイバーンと空中戦をしている。
その中に攻撃機らしき機影は1機も見当たらない。
「もしかして、攻撃隊の第一波は戦闘機のみで固めて、こちら側の戦闘ワイバーンを減らそうと考えたのでは?」
部下の将校がそう言うと、大隊長の疑問は氷解した。
「なるほど。その考えはあり得るぞ。大量のワイバーンが守っている場所を叩くなら、攻撃側も大量の攻撃機をぶつけて
減らし、後からゆっくり料理できるからな。」
「去年3月のカレアント戦でも同様な事を行っています。恐らく、今回もそれを狙って・・・」
その時、魔道将校が、部下の将校を押しのけて大隊長に近付いてきた。
「大隊長!司令部より緊急信です!」
魔道将校は紙を大隊長に差し出した。その紙を、大隊長は受け取って読んでみた。
「・・・・おい!なんだこれは!」
大隊長は額に青筋を浮かべながら、魔道将校に聞いた。
「え・・・いや。報告であります。」
「何が敵の大型機が接近中だ!上を見ろ!」
大隊長は空を指差す。
「上空には大型機はいないぞ!」
「し、しかし、報告には敵大型機の編隊が接近中とだけしか。」
「どこから接近中なんだ?この報告の内容は11時5分に敵接近とある。今は11時15分だ。既に10分経っているはずなのに、
敵の大型機は一向に現れん。ルベンゲーブは海側があの山脈で塞がれていて、高高度でしかここの上空には進入できんぞ!」
大隊長は魔道将校を責め立てるが、この時、今までに聞いた事の無い重低音が耳に聞こえてきた。
「ん?この音は・・・・・?」
誰もが上空に視線を向けるが、山脈上空で戦われる空中戦以外何も無い。
ふと、大隊長は、先ほどまで雑談していた部下の将校が、とある方角を見ている事に気が付いた。
「どうした?」
彼は将校の側に歩み寄り、その将校が見る方角に視線を向ける。
第1区画の3ゼルド西には山脈があり、ちょうど区画の真正面の部分が切れている。
切れ間はかなり大きく、最狭部でも400グレルある。
峡谷は海側からルベンゲーブまで斜め下に開いており、真っ直ぐとはいえない。
似たような峡谷は、第6区画のやや南側にあり、こちらの峡谷もほぼ同様だ。
しかし、それでもワイバーンにとっては飛びにくい所であり、この峡谷を大型飛空挺が飛ぶにはかなりの度胸が要る。
別名、度胸試しの双子峡谷とも言われ、ウェンステルでも有名な物であるが、不思議な事に、音はその峡谷の奥から聞こえていた。
「音が、あの峡谷から聞こえて来るのです。」
「・・・・本当だ。」
大隊長はそう返事した瞬間、何かが頭に思い浮かんだ。それは、余りにも非現実的な光景だった。
「まさか・・・・・だが、この音は現に大きく・・・・・・・・・・・・」
いきなり、峡谷の入り口から、1機の見慣れぬ大型機がぬうっと出て来た。
その大型機は見たことも無い形をしており、遠目でもかなりごつく見える。
ごつい形をした大型機が、次から次へと峡谷から這い出て来る。
峡谷の奥から現れた大型機は、やや左旋回気味だったが、峡谷を出ると、草原すれすれまで高度を下げてとある方向に向かって来た。
その方向は、彼らのいる第1区画であった。
「・・・・・・・・・・」
非現実的な事が現実と化した時、大隊長はしばらく茫然としていたが、
「大隊長!」
部下の将校の叫びで、大隊長は我に帰った。
「て、て、敵襲―――――!!!!」
大隊長の掛け声のもと、防空大隊の全兵器が、低空で迫って来る大型爆撃機に向けられた。
高射砲の照準が、草原をこすらんばかりの高度で迫るアメリカ機に向けられるや、一斉に射撃を開始した。
その間にも、峡谷からアメリカ軍機は次々と飛び出してきている。
射撃を開始して5分が経つが、超低空を這って来る敵に全く当たらない。
高射砲弾は全て見当外れの位置で炸裂していた。
敵の先頭機が距離1.8ゼルドまで迫ったかと思うと、いきなり上昇した。
高度130グレルほどの位置に上昇した敵機は、全速力で第1区画に突進してくる。
そこに魔道銃が射撃を開始した。
赤、青、黄、緑、青など、色とりどりの光弾の束が、依然低空を飛行する大型爆撃機に向けて放たれる。
その周囲に高射砲弾が炸裂して、湧き出た黒煙が機体そのものを包み込もうとする。
しかし、アメリカ軍機は落ちる気配を見せない。
アメリカ軍機は、先頭機の後ろから続々と付いて来る。
「当たっているはずなのに!」
大隊長が悔しげな口調でわめいた時、先頭機が轟音を上げながら指揮所の直上を通り抜けた。
この時、B-24は130メートルほどの低空でフライパスしたのだが、シホールアンル側の対空用員達は
操縦席や銃座にいるアメリカ兵の顔をはっきり見る事が出来た。
アメリカ軍機が飛び抜けた直後、いつの間にか開かれた胴体から、パラパラと爆弾が投下された。
その真下には、大隊の対空兵器に守られている大事な工場群がある!
「いかん!」
大隊長が思わずそう叫んだ時、工場群に6発の爆弾が落下した。
その次の瞬間、爆弾が突き刺さった三角屋根の建物や、2本煙突が立ち上がった工場が爆発を起こした。
早速被弾を許してしまった怒りからか、対空大隊の対空砲火がより激しさを増した。
今しも上昇しようとしていた爆撃機の前面に高射砲弾が至近で炸裂する。
まともに断片や爆風を浴びたB-24の前面が一気にひしゃげた。
そのB-24は工場群の前方300メートルの所で墜落して派手に火柱を吹き上げた。
その火柱を突っ切って、新たなB-24が数機、工場に向けて爆弾を投下する。
投下された1000ポンド爆弾が、工場の建物に突き刺さって爆発し、内部の加工施設や、貯蔵されていた魔法薬や
加工器具等をひとしなみに吹き飛ばした。
とある爆弾は魔法石を保管する倉庫に着弾し、作りたての魔法石がずらりと並べられた机を斜め上から叩き割って床に突き刺さる。
その直後に信管が作動し、1000ポンド爆弾が炸裂した。
開放されたエネルギーは魔法石や、魔法石の置かれた縦長の机を木っ端微塵に叩き壊し、綺麗に整頓されていた保管庫が、
一瞬にして見苦しいだけのゴミ置き場に変えられてしまった。
別のB-24が放った爆弾は無人の人員休憩室に落下してそこを完璧に破壊した。
また、別の爆弾は区画長の執務室に着弾し、そこにあった私物や業績優秀賞などの物を全て無に変えるか、残ったとしても
ゴミよりマシといった物に変えてしまった。
唐突に1機のB-24が魔道銃の集中射撃を受ける。
いくら硬いB-24とはいえ、全身に光弾をくらってはひとたまりも無かった。
たちまち操縦員を射殺させられ、主翼エンジンから火を噴いた。
大型機撃墜の戦果に喜ぶ対空要員だが、このB-24は無傷の精錬施設に墜落した。
爆弾を投下したとはいえ、帰り分の燃料が残っていたB-24は、そのまま巨大な焼夷弾と化して無傷の貯蔵施設に激突し、大爆発を起こした。
円筒状の貯蔵施設は一瞬にして大破炎上し、余計に被害を拡大させる事となった。
B-24は次々と飛来すると、腹の爆弾倉から6発の爆弾を落としては、精錬工場を確実に破壊していく。
無論、シホールアンル側も必死に反撃するが、B-24隊の高度が短い事と、火災によって生じた黒煙が対空兵器の
照準をつけにくくさせ、思うように敵を撃墜できない。
逆に、B-24は機銃を使って通り過ぎ間際、対空陣地に反撃してくる有様である。
「いつまでも調子に乗りやがって・・・・・落とせ!撃ち落とせぇ!!」
大隊長は半ば半狂乱になりながら、命令を繰り返した。
彼は憎らしげな目付きで真正面を見た。その時、1機の爆撃機が、どの機よりも早く爆弾を投下した。
爆撃機の周囲には、味方の打ち上げた高射砲弾の破片や、魔道銃の光弾が盛んに飛び交っている。
激しい対空砲火に恐れをなして早々と爆弾を落としたのだろうと、大隊長は思った。
彼の読みは当たっていた。
だが、この爆弾が、彼のいる指揮所を直撃するとまでは思ってもいなかった。
大隊長が、降って来る爆弾に気付き、真っ先に避難をしようとした。
その4秒後、指揮所は1000ポンド爆弾の直撃を受けて派手に吹き飛ばされた。
精錬工場が、都合4区画ほど黒煙を吹き始めた時、ベリヤ中尉の属する第689爆撃航空郡は峡谷の間から抜け出て来た。
「74の奴ら、派手に暴れてやがるぜ。」
第2中隊の3番機を操縦するベリヤ中尉は、僚機の攻撃を受けて炎上する工場群を見て思わずそう言った。
第74爆撃航空団は精錬工場群にかなりの打撃を与えたようで、爆撃を受けた箇所から激しい黒煙が吹いている。
その一方で、上空をフライパスするB-24の周囲に高射砲弾の炸裂煙や、光弾の物と思しきカラフルな粒がひっきりなしに打ち上げられている。
敵の対空砲火は思った以上に激しい。
今しも、1機のB-24が被弾して燃え盛る工場群の中に突っ込んでいく。
ベリヤ中尉はその光景を見た後、視線を再び前に移し、訓練通りに高度を50メートルまで下げる。
目標となる敵の工場は、目の前にある工場群の奥にある、もう1つの工場群だ。
第689爆撃航空郡は、手前の工場群の南側を飛び抜けていく。
当然、敵側は黙って見過ごす筈は無く、素通りしている工場群から対空砲火が打ち上げられてきた。
先行する第1中隊の周囲に高射砲弾が炸裂するが、位置はかなりずれている。
「下手糞共め。」
ベリヤ中尉は、照準の甘い敵の対空射撃に嘲笑を浮かべる。
第1中隊が、敵高射砲の砲撃を受けつつも高度を上げ始めた。
時速400キロ以上のスピードで飛行しているから、敵の精錬工場に到達するまで時間がかからない。
第1中隊が爆撃位置に達しようとした時、ベリヤ中尉の属する第2中隊も機体の高度を上昇させた。
第2中隊も高度130メートルまで上昇した時、第1中隊の各機が下の工場群に向けて爆弾を投下した。
「爆撃進路入りました!」
爆撃手が報告してくる。後は、機体を敵の工場群の上に持っていくだけだ。
周囲に高射砲弾が炸裂する。時折カーンという音が鳴るが、B-24は僅かに揺れるだけである。
工場群の中央部から次々と爆発光が沸き起こり、立ち並んでいた円筒状の建物や煙突などがなぎ倒されるか、一瞬にして叩き潰される。
第1中隊の爆撃はまずまずの成果を挙げたようだが、広大な工場群にとっては、一部分が傷付いたに過ぎない。
第2中隊の目標は、工場群の左にある緑色の四角の建物や、一際異質な丸い倉庫群である。
高射砲に加えて、魔道銃が激しく撃ってくる。
「くそ、なかなか激しいな。」
ベリヤ中尉は、やや引きつった口調で呟く。
爆撃手が胴体爆弾倉の開閉スイッチを押すと、胴体が左右に開かれた。
いきなりガン!ガン!と何かが当たった衝撃が機体に響く。
「後部胴体に命中。損傷軽微!」
「8番機被弾!墜落します!!」
朗報と悲報が突然舞い込んで来る。だが、ベリヤ中尉はそれに対して、何ら反応を見せる事は無い。
それから1分が経ち、第2中隊の先頭を行く中隊長機が爆弾を投下した。
「投下!」
爆撃手から、ただその言葉だけが発せられ、投下スイッチが押された。
その直後、胴体に収納されていた1000ポンド爆弾6発が、真下の精錬工場めがけてぱらぱらと落とされる。
他の僚機も、一斉に爆弾を投下した。
後部銃座に詰めているバンギス伍長は、目標の施設群が1000ポンド爆弾によって次々と吹き飛ぶのを目の当たりにしていた。
「機長!命中です!シホット共の工場が跡形も無く吹っ飛びましたぜ!」
この時、第689爆撃航空郡が狙った工場群は第7区画であった。
この第7区画には、他の工場とは違う魔法石が製造されていた。
作っている魔法石は、魔道銃用、魔道士の使用分など、他の精錬工場とほぼ同じだが、この区画には、陸軍の陸上装甲艦に
搭載される特製の魔法石を製造していた。
陸上装甲艦用の魔法石は、元々がルベンゲーブでしか取れない銀色の純度の高い物であり、既に1、2、3番艦に搭載する分は
本国に搬入を終えていた。
この日は、ようやく完成した4~8番艦用の魔法石が、品質慣性室と呼ばれる建物に保管されていた。
魔法石は、製造加工された当初は非常に不安定であり、場合によっては魔法石が破裂するため、製造直後は品質慣性室と
呼ばれる建物に運ばれる。
この品質慣性室には、外気とは違って、魔法石を外気に慣れさせるための特殊な魔法が使用されている。
ここで徐々に外気に慣らした後で、魔法石は安定し、必要とする各所に搬入されるのである。
緑色の長方形状の建物が、この魔法石専用の品質慣性室である。
第2中隊は、この陸上装甲艦用の魔法石が置かれた品質慣性室を爆撃していた。
爆弾のうち、3分の2は他の関係の無い施設や加工工場を吹き飛ばしたが、1発が特別に用意された加工工場を直撃した。
突然、屋根から乱入してきた爆弾は、直径10メートルはあろうかという巨大な台座を叩き潰し、突き抜けた後、
床を跳ね回って加工用の薬品や魔法の入門書の入った本棚を跳ね飛ばした直後、遅延信管を作動させた。
爆発の瞬間、台座、加工用の薬品、入門書は、その他の物品諸共破壊されてしまった。
巨大な魔法石を加工するために作られた加工工場が火柱を吹き上げた直後、長方形状の建物に2発の1000ポンド爆弾が突き刺さった。
天井をあっさりと突き破った爆弾は、白濁色の空気が漂う品質慣性室で炸裂した。
並べられていた、12個の巨大な魔法石は爆弾の熱風をもろに受けた。
その次の瞬間、魔法石が暴走反応を引き起こして大爆発を起こした。
1個の魔法石が爆発すると、残った魔法石も誘爆を引き起こし、頑丈な作りであった筈の品質慣性室はものの見事に吹き飛んだ。
爆発の余波は品質慣性室に留まらず、周囲の魔法石加工工場や、研磨場にも及んだ。
まだ研磨される途中であった多くの魔法石が、この誘爆を受けて破壊され、ただの光る石屑に変えられてしまった。
第2中隊が飛び去ると、今度は第3中隊がやって来た。
第3中隊は1000ポンドではなく、500ポンド爆弾12発を搭載していた。
この部隊も第1、第2中隊と同様に爆弾を投下したが、爆弾が小さい分威力は低いものの、爆弾自体が大量にあるため、
爆弾を受ける場所や施設はかえって広がった。
1発の500ポンド爆弾は別の品質慣性室に命中した。
品質が不安定になった魔法石が暴走し、しまいには派手に破裂し始めた。
命中を受け、黒煙を噴出した品質慣性室から様々な色の閃光が発せられる。
それは、魔法石が暴走し、破裂した際に出す光であったが、あたかも未使用のまま破壊される魔法石達が、断末魔の叫びを上げているかのようであった。
別の500ポンド爆弾は、偶然にも煙突の穴にすっぽりと入ってしまった。
信じられぬような出来事が起きてしまったが、500ポンド爆弾はそのまま煙突の穴に落ちて行き、一番下の部分で炸裂した。
高さ20メートルほどの煙突が根元から折れて、隣の休憩室を巻き込みながら倒壊する。
第1中隊、第2中隊の爆撃で中心部が破壊されてしまった第7区画は、第3中隊の駄目押しの爆撃で工場群の7割が破壊され、壊滅状態に陥った。
フェイレが、旅人を装ってルベンゲーブの工場を見て歩いている時、突然の空襲は始まった。
突然町全体に響き渡る空襲警報に、フェイレは体を震わせた。
「な、何?」
彼女は戸惑いながら、周囲を見回した。
殺気立ったシホールアンル兵が数十名ほど、工場内に入っていく。
フェイレがいる場所は、第5区画と呼ばれる工場の南側であり、北向き100歩ほど歩けばすぐに工場に入れる。
本当なら、フェイレは工場群の南や、合間にある町を歩いて偵察するだけのつもりであったが、いつの間にか工場群に見とれて、周囲を歩き回っていた。
その工場の入り口から、労働者と思しき集団が駆け足で出て来た。
工場は縦、横ともに800グレルの正方形であり、この敷地内に加工工場や精錬工場などが入っている。
(たまたま側を通りかかった作業員に聞いた)
この広大な工場にはかなりの人数が入っていてもおかしくないのだが、工場から出て来る作業員の数は思いのほか少ない。
それもそのはず、先ほど聞いた話では今日は休日で、工場の稼動に必要な人員しか出勤していない。
そのため、工場内部にいた労働者の避難は、アメリカ軍機の編隊が山脈上空に現れるまでには終わっていた。
「おい、旅人さん!あんたも逃げたほうがいいぜ!」
通りすがりの労働者が、フェイレに避難を促した。
「アメリカ人の空襲はかなり容赦ないと聞いている。工場の近くにいたら巻き添えを食らうぜ。」
「う、うん。」
フェイレは躊躇いがちに頷くと、その中年労働者の後を追うように走った。
20分ほど走って、南の第7区画と、第6区画の間を抜けた時、
「あっ!峡谷から何か出てきたぞ!」
誰かの叫び声が聞こえた。フェイレは、寂れた廃屋の屋上に上がって山脈のほうを見てみた。
度胸試しの双子峡谷と呼ばれる南北2つの峡谷のうち、北側の峡谷から見たことも無い大型機が次々と出て来た。
距離はここから2ゼルドほどだが、それでも爆音が響いてきている。
かなりごつい感のある大型機は、その大きさに反して意外と軽快な動作で地面すれすれに高度を下げる。
あまりの高度の低さに、シホールアンル側の撃ち上げた高射砲弾が全く効果を挙げていない。
工場群まである程度近付くと、いきなり大型飛空挺は上昇する。
しかし、少し上昇しただけで、さきよりやや高い程度の高度で工場群に向かう。
周囲に高射砲弾が炸裂し、魔道銃の光弾が殺到するが、ごつい形をした大型飛空挺は1機も落ちる事無く、工場群の至近に近寄る。
工場群の外縁に達した直後、腹から何かを落とした。それが工場の施設の影に消えた時、いきなり爆発が起こった。
それを皮切りに、第1区画は次々と飛来する大型飛空挺の低空爆撃を受けていく。
無論シホールアンル側もやられっぱなしではない。
唐突に1機の飛空挺が主翼から火を噴出した。
「あっ!やられたぞ!」
誰かがそう叫んだ時には、大型飛空挺は急激に高度を下げて、工場群の太い煙突状の施設に激突し、派手に火炎を吹き上げた。
第1区画が次々に爆弾を受けている最中、第2区画にも同じ大型飛空挺が取り付く。
第2区画も、第1区画と同様に低空爆撃を受けて、たちまち黒煙に包まれていく。
時折、黒煙の中に色とりどりの閃光が発せられ、しまいには毒々しい霧状のような物が吹き上がる。
傍目からは何かの見せ物が開かれているように見えた。
「品質慣性室の魔法石が破裂してるんだ・・・・・」
誰かが、震えた口調でそう言うが、フェイレには品質慣性室という物が分からなかった。
アメリカ軍機は、他の区画にも襲い掛かっていく。
それぞれの区画についているシホールアンル軍の防空大隊は、果敢に抵抗し、工場の上空に高射砲や魔道銃の弾幕を張り巡らす。
盛んに沸き起こる高射砲弾の黒煙を跳ね除けて、魁偉な姿の大型飛空挺は工場に向けて胴体から爆弾を投下する。
爆弾が施設の影に消えると、すぐ後に閃光と、次いで黒煙が何かの破片を吹き上げながらもくもくと上がっていく。
無論、アメリカ軍機も無傷で済まず、高射砲弾の爆風を受けてよろめく機や、魔道銃の集中射撃を受けてあっという間に爆散する機もいる。
現在、襲われている第1~第4区画の上空で似たような光景が見られているから、アメリカ軍機も最低、10~15機は撃墜されている。
だが、アメリカ軍機の与えた被害は、自軍の受けた被害よりも大きく、空襲開始から10分経った今では、あっという間に4つの精錬工場が黒煙に包まれている。
「南の峡谷からも来たぞ!」
またもや誰かの声が聞こえる。
見物していた野次馬達が一斉に振り返ると、南の峡谷から新たな大型機が爆音を上げながら出て来た。
これまた、大量の爆撃機が次から次へと出て来る。
「北の峡谷からもあんなに出て来たぞ・・・・一体何機の飛空挺をここの空襲に使っているんだ!?」
「100や200・・・いや、下手したら400はいるかもしれんぞ。」
野次馬達は、口々にそう言いながら、初めてアメリカという国の実力を痛感していた。
それは、フェイレも同様であった。
第7区画がアメリカ軍爆撃機の爆弾を浴びて、これまた黒煙を上げ始める。
第2編隊が対空砲火の弾幕を突っ切って、爆弾を投下し、それが炸裂した直後、一際巨大な爆発が第7区画の工場から起こった。
これによって、まだ無傷で残っていた煙突や施設があっという間に倒壊したり、爆風に叩きのめされた。
「おい、やられたアメリカ軍機がこっちに向かって来るぞ!」
誰かの悲鳴のような声が響いた。
フェイレはそのアメリカ軍機をすぐに見つけた。第6区画の工場群を爆撃した飛空挺のようだが、既に機体の前部分は
ズタズタに引き裂かれ、右の翼にある発動機から火を噴いている。
既に操縦者が戦死したのか、飛空挺は高速力で飛行しつつ高度を下げている。
この調子で行くと、早々に墜落するのは誰の目にも明らかであった。
しかも、機首はフェイレ達が陣取っている街の一角だ。
どういう訳か、野次馬達は爆撃機に視線を移しているだけでその場から動こうとしない。
「逃げるのよ!墜落に巻き込まれるわ!!」
どういう訳か、自然にその言葉がフェイレの口から放たれていた。
(えっ?今あたしが言ったの?)
思わず、彼女は自分の言った言葉を疑っていた。だが、彼女の言葉きっかけとなったのか。
野次馬達は弾かれた様にその場から逃げ出した。
「いけない!早く逃げないと!」
フェイレ自身も、階段を使わずに廃屋の屋上から地面に飛び降り、一目散に逃げ始めた。
走り始めてから10秒ほど経った時、後方で物凄い激突音が響き、次いで耳を劈くような爆発音が鳴り響いた。
いきなり爆風に背中を叩かれ、フェイレは体を半ば反り返らせてから地面に転倒した。
熱風がうつ伏せに倒れたフェイレの背中を駆け抜けていく。
爆風は一瞬で止んだ。
「・・・う・・・痛・・・い。」
フェイレは左腕に痛みを感じた。視線を左腕に移すと、小さい金属の破片が刺さっており、傷口から血が流れていた。
破片を引き抜き、傷口に白い布を巻いて応急処置をする。
傷口を10秒ほどで塞いでから、フェイレは墜落現場を見た。彼女が見張り台にした廃屋や、その周囲の建物は、
墜落してきたアメリカ軍機の爆発によって破壊されていた。
アメリカ軍機は、その白銀の巨体を自らの炎で焦がしている。
火災は拡大傾にあるようだ。放って置けば町そのものを巻き込む大火災になりかねない。
「期待していた人達に殺されかけるなんて・・・・・あたしもよくよく運が無いね。」
フェイレは自嘲気味にそう呟いた。
しかし、何故か悪い気はしなかった。
「しかし、あんな低空から、こんな大型機に乗って敵地を攻撃するなんて、アメリカ人も無茶するわ。そんな無茶は嫌いじゃないけど。」
フェイレはそう呟くと、シホールアンル兵が集まらない内に墜落現場から逃げていった。
「ルベンゲーブ精錬工場が爆撃されているだと!?」
ルベンゲーブ防空軍司令部から精錬工場爆撃さるの凶報を受け取った時、第1戦闘隊指揮官であるジャルビ少佐は思わず目眩を起こしかけた。
「ワイバーンはどうした?戦闘ワイバーンが190騎ほど配備されているだろう!」
「それが、敵の爆撃機が侵入する前に、戦闘機のみで編成された新型機の大群がやって来たのです。それとの戦闘に忙殺されている間に、
アメリカの爆撃機部隊が峡谷を通ってやってきたのです。」
副官である大尉の言葉を聞いたジャルビ少佐は呆れたような表情になった。
「度胸試しの峡谷からだと・・・・・なんて奴らだ!」
「それよりも、防空軍司令部から出撃は貴隊の判断に任せるとありますが」
「出撃だ!!」
副官の言葉を最後まで聞くまでも無く、ジャルビ少佐は断言した。
「シホールアンルの戦略拠点であるこのルベンゲーブが爆撃されているのに、使える物を使わんでどうするか!
直ちに全機発進だ!」
ジャルビ少佐は、急いでケルフェラクの全機出動を命じた。
この日は、味方のワイバーン隊との模擬空戦の予定もあったので、整備は前日に済まされている。
このため、ケルフェラク隊の出撃準備は短時間で終わった。
24機のケルフェラクが一斉に発動機を唸らせる。
この猛々しい轟音は、アメリカ軍機の蹂躙に怒り狂うシホールアンル兵達の思いそのものであった。
滑走路に、ジャルビ少佐と2番機が並ぶ。
「こちら指揮所。現在、アメリカ軍機の大編隊は第4区画を攻撃中。これとは別の新たなアメリカ軍機が、
双子峡谷の南峡谷から多数出現中の模様。」
「了解!これより不遜なアメリカ軍機を狩って来る。」
ジャルビ少佐は、冷静な、しかし怒りの滲んだ口調で魔法通信機にそう言うと、ケルフェラクを発進させた。
洗練され、頼りがいのありそうな形をしたケルフェラクの機体がスピードを上げ、滑走路の半分を過ぎた所で大空に舞い上がっていった。
それを待っていたかのように、3、4番機も同様に滑走路を走り、先行した1、2番機の後を追うかのように機体を空に浮かび上がらせた。
短い時間で全機発進を終えたケルフェラクは、猛スピードで精錬工場に向かって行った。
1483年(1943年)6月28日 午前6時 ミスリアル王国ルイシ・リアン
午前6時。ルイシ・リアンに太陽の光が差し込み始め、大地を覆っていた闇が瞬く間に払われていく。
朝の冷気が未だに漂う中、飛行場から発動機が回り始める音が聞こえた。
1つの発動機が運転を開始すると、2つめの発動機が動き始める。
それから、次々と発動機が回り始め、その音は次第に大きな物となっていった。
10分ほど時間が経った頃には第1飛行場、第2飛行場の駐機場に止められていた300機のB-24が、
4つのエンジンを勢い良く回していた。
6時30分になると、第1飛行場から第74爆撃航空団の1番機が滑走し始めた。
1番機の発進を皮切りに、攻撃隊は次々と発進して行った。
「こちら管制塔。聞こえるか?」
「こちらパパス・ヴィレッタ。聞こえる。感度良好だ。」
「OK。離陸を許可する。しっかり暴れて来いよ。」
「わかった。結果報告を待ってなよ。」
機長であるラシャルド・ベリヤ中尉は、管制官にそう言い返してから無線を閉じた。
彼の機は、滑走路の上で待機状態にある。あとは空に舞い上がるだけだ。
「これより離陸する!」
ベリヤ中尉は機内放送で全員に告げると、機を発進させた。
ブレーキが解除され、B-24の重い機体が前へ進み始める。
4基のプラット&ホイットニーR-1830-65、1200馬力エンジンが轟音を上げて、機のスピードを速めていく。
滑走距離が1500メートルを超えた所で、B-24の機体はふわりと浮き上がり、そのまま上昇に移った。
「離陸成功。これより集結地点に向かう。」
ベリヤ中尉の言葉を聞いた航法士が、チャートに予定集結地点までの飛行経路を書き込んでいく。
「後続機は付いて来ているか?」
ベリヤ中尉は、尾部銃座にいるドミル・バンギス伍長に聞いた。
「後続機、今離陸しました。付いて来ています。」
「ようし。今の所俺達の航空団も、隣の航空団も事故機なしだ。このまま1機残らず離陸してくれればいいな。」
「そうですな。離陸中に事故を起こしたら不吉ですからね。」
コ・パイロットのレスト・ガントナー少尉が相槌を打ってきた。
「言えてる。さて、離陸はなんとか完了した。今度は集結地点で、どれぐらいの短時間で編隊をまとめる事が出来るか。
今度の関門はそれだ。なにしろ、300機のB-24が航空郡ごとにとはいえ、大編隊を組んで飛ぶのだからな。」
「みっちり訓練を積みましたから、その点に関しては大丈夫でしょう。」
「いや、分からんぞ。訓練では上手く言っても、実戦ではポカをやらかす事もあり得るからな。気は抜けんぞ。」
ベリヤ中尉はそう言った。集結地点までは20分ほどの飛行だ。
そこで各航空群ごとに編隊を組んだ後、いよいよ敵地に乗り込む。
「行きも怖い。帰りも怖い、という事か。」
ベリヤ中尉は自嘲気味に呟きながら、高度計を確認する。
現在の高度は2400メートル。ベリヤ機の周囲には、何機かのB-24が飛行しており、それぞれが集結地点に向かっていた。
午前8時20分
集結地点で編隊を組んだB-24の編隊は、第74爆撃航空団を先頭に幾つもの挺団に分かれながら、
7000メートルの高度を時速220マイルのスピードで進んでいた。
このB-24の集団に、新たな部隊が加わった。
「機長、後方に機影です!」
バンギス伍長の声が、ベリヤ中尉の耳に聞こえた。
「数は40機ほど・・・・P-51です!」
「ほう、来たか。リトルフレンド達が。」
B-24編隊の周囲に、後から発進してきたP-51の編隊が並行してきた。
このP-51の編隊は、第293戦闘航空師団配下の第133戦闘航空郡の所属である。
従来は36機の編成であったが、2週間前に1個中隊が増勢されて48機編成になっている。
並行して来たP-51だが、B-24とP-51の巡航速度は差があるため、自然にP-51が追い抜いてしまう。
このため、P-51隊はB-24隊を追い越すと、ジグザグに飛行してB-24隊の歩調に合わせていた。
「機長、やはり護衛がいると心強いですね。」
「そうだなあ。今の所、護衛はこの48機のP-51だけだが、ルベンゲーブの突入前には、海軍の戦闘機隊も
参加してくれるそうだ。こいつらが敵のワイバーンを引き付けている間に俺達は峡谷を抜けて敵の精錬工場をドカン!
という訳だが、果たして上手くいくかな?」
「上手くいく事を考えましょう。それに、この機にもやっと名前が付いたんですから。」
「上手いノーズアートも描いてもらったしな。」
ベリヤ中尉は思わず頬が緩む。
彼の機に名前が付いたのは、つい昨日の事だ。名前には色々候補が上がっていたのが、ベリヤ中尉はどれもこれも好かんと
のたまい、しまいには自分勝手にパパス・ヴィレッタという名を愛機に付けてしまった。
ベリヤ中尉は恐らく猛反発されるだろうと思った。
しかし、乗員達は反抗する事なく、逆にベリヤ中尉の名付けた名前を気に入ってしまった。
その後、尾部銃座の射手であるバンギス伍長が気を利かして、ノーズアートのうまい整備員を連れてきて機体の機首左側に描かせた。
そして、出来上がった絵は満足の行く物であった。
完成したノーズアートは、草原にたたずむダークエルフの娘を描いたもので、顔の表情や体つきもよく出来ており、
これを見た乗員達は声を唸らせた。
その絵の下にはパパス・ヴィレッタという名が筆記体で描かれ、一見絵と名が合っていない様に見えるものの、
よく見ればこの2つが一体となった感がある。
完成度の高いノーズアートを大層気に入った乗員達は、そのノーズアートを背景に記念撮影を行っている。
「飛行場を発進して既に2時間近くか。ルベンゲーブまでの距離は約1300キロ。120マイルで約4時間ほどだから、
行程の半分を過ぎる事になるか。」
「あと2時間で突入ですか。長いような、短いような・・・・・」
彼らはそれ以上は語らず、黙って操縦を続けた。
ルベンゲーブまでの道程は、まだ長い。
午前10時50分 ウェンステル領ルベンゲーブ
「監視哨より緊急連絡です!」
ルベンゲーブの防空司令部にある作戦室で、ラルムガブト中将は、幕僚達と今後の事を話し合っていた。
その時、魔道将校が血相を変えて作戦室に飛び込んできた。
「何事か?」
「はい。たった今、沿岸部の監視哨から、西方洋上に敵飛空挺の大挺団を見ゆとの情報が入りました。」
作戦室にいた彼らは、思わず絶句してしまった。
「・・・・・・」
「し、司令官?」
魔道将校の声で、ラルムガブトは気を取り戻した。
「私は大丈夫だ。その飛空挺は何機いる?」
「正確には分かりませんが、少なく見積もっても100機以上はいるかと思われます。」
「各空中騎士隊に伝達!アメリカ機動部隊より発艦せる敵大編隊がルベンゲーブに進撃中。直ちにこれを殲滅せよ、だ。急いで送れ!」
ラルムガブトの命令を聞いた魔道将校は、大きく頷いてから作戦室を飛び出していった。
「司令官、ついに来ましたか。」
主任参謀のウランル・ルヒャット大佐が、緊張で顔を引きつらせながら言ってきた。
「ああ。ついに来たよ。」
ラルムガブト中将は、重い口調でそう言い放つと席を立ち上がった。
「諸君。先の話にもあるように、アメリカ軍はこのルベンゲーブにやって来た。今度は敵も本気でこの精錬工場を
狙ってくるだろう。この攻撃は、恐らく敵機動部隊から発艦した第1波攻撃隊に間違いない。敵はこの第1波の他にも、
続いて第2、第3と攻撃隊を準備している可能性がある。我々はこれを阻止せねばならない。直ちに全部隊に通達せよ。」
ラルムガブト中将は、一呼吸をいてから言葉を続けた。
「ルベンゲーブ防空軍団は直ちに戦闘態勢に入り、敵大編隊を迎え撃つ。不遜なアメリカ軍機を1機残らず殲滅せよ!」
第133戦闘航空郡の第2中隊に所属しているハンス・マルセイユ中尉は、ルベンゲーブの上空にワイバーンが上がりつつあるのが見えた。
「流石に奇襲とまではいかないか。」
彼はそう呟いたが、表情は別段驚いたものではない。
いや、むしろ願ったりといったような口ぶりである。
「さて、爆撃隊が突入するまでは、俺達が相手してやるぜ。」
マルセイユ中尉がそう呟いている時、隊長機がドロップタンクを落とした。それに倣って、僚機もタンクを落としていく。
マルセイユ大尉も勿論、空戦の際に邪魔になるドロップタンクを落とす。
「隊長機より全機へ。これより敵と戦闘に入る。帰りの燃料を気にしながら戦え。」
飛行隊長からの無線通信がレシーバーに流れて来た。
その後、マスタング隊は一気に高度を上げ始めた。
マスタング隊の後方にいるF6F75機は、そのまま高度5000メートルで進撃を続ける。
高度を7000にまで上げたマスタング隊は中隊ごとに分かれて、敵ワイバーン編隊の左右上方に占位する。
ラルムガブト中将は、重い口調でそう言い放つと席を立ち上がった。
「諸君。先の話にもあるように、アメリカ軍はこのルベンゲーブにやって来た。今度は敵も本気でこの精錬工場を
狙ってくるだろう。この攻撃は、恐らく敵機動部隊から発艦した第1波攻撃隊に間違いない。敵はこの第1波の他にも、
続いて第2、第3と攻撃隊を準備している可能性がある。我々はこれを阻止せねばならない。直ちに全部隊に通達せよ。」
ラルムガブト中将は、一呼吸をいてから言葉を続けた。
「ルベンゲーブ防空軍団は直ちに戦闘態勢に入り、敵大編隊を迎え撃つ。不遜なアメリカ軍機を1機残らず殲滅せよ!」
第133戦闘航空郡の第2中隊に所属しているハンス・マルセイユ中尉は、ルベンゲーブの上空にワイバーンが上がりつつあるのが見えた。
「流石に奇襲とまではいかないか。」
彼はそう呟いたが、表情は別段驚いたものではない。
いや、むしろ願ったりといったような口ぶりである。
「さて、爆撃隊が突入するまでは、俺達が相手してやるぜ。」
マルセイユ中尉がそう呟いている時、隊長機がドロップタンクを落とした。それに倣って、僚機もタンクを落としていく。
マルセイユ大尉も勿論、空戦の際に邪魔になるドロップタンクを落とす。
「隊長機より全機へ。これより敵と戦闘に入る。帰りの燃料を気にしながら戦え。」
飛行隊長からの無線通信がレシーバーに流れて来た。
その後、マスタング隊は一気に高度を上げ始めた。
マスタング隊の後方にいるF6F75機は、そのまま高度5000メートルで進撃を続ける。
高度を7000にまで上げたマスタング隊は中隊ごとに分かれて、敵ワイバーン編隊の左右上方に占位する。
ワイバーン群の数はかなり多い。ほぼおっとり刀で駆けつけて来たのであろうが、それでも200騎はいそうだ。
山脈上空でマスタング隊が敵ワイバーン隊の上空に占位した時、
「攻撃開始!突っ込めぇ!」
隊長機の声が響き、戦いが始まった。
第1中隊のマスタング12機が、木の葉落としのように1機ずつ降下していく。
そして、第2中隊も降下を開始した。
「行くぞ、ブラッドウォード!」
「あいよ!」
マルセイユ中尉は、相棒のブラッドウォード中尉と共に敵ワイバーン編隊に突っ込んだ。
ワイバーン群の一部が、マスタング隊に向かって来る。
第1中隊がワイバーンと撃ち合いに入った。
1騎のワイバーンがしこたま12.7ミリ機銃弾を振舞われて叩き落され、別の1騎が同様に撃墜される。
マルセイユの属する第2中隊も敵ワイバーンに射撃を加える。
マルセイユ中尉は、向かって来るワイバーンに向けて、距離800で12.7ミリ弾を撃った。
6本の線がサーッと流れて行き、過たずワイバーンに突き刺さる。
最初は魔法障壁を発動させて機銃弾を弾くが、すぐに破られてワイバーン、竜騎士が共に射殺された。
撃墜を確認できぬまま、撃ったワイバーンとすれ違い、別のワイバーンに狙いを定める。
今度は、不用意に側面を晒しているワイバーンだ。
急降下をしている最中だから、射撃の機会は一瞬だ。
そのワイバーンの下方を飛びぬける前に機銃弾を放つ。
一瞬だけ、機銃弾がワイバーンに当たったように見えたが、機体は700キロ近い猛速で飛行しているため、すぐに下方に抜けた。
「1騎撃墜!」
レシーバーから相棒の陽気な声が流れて来る。
「ナイスだ!この調子でどんどん行くぞ!」
マルセイユは相棒にそう言いながら、機体を急降下から反転上昇に移す。
高度4000まで下がっていたマスタングは、再び上昇して敵のワイバーン群に向かい始めた。
機首のパッカード・マーリン1650馬力エンジンが、機体を鮮やかな加速でぐんぐん上昇させていく。
マルセイユ機とブラッドウォード機は、一撃離脱に徹してワイバーン群を次々と撃ち落した。
不運なマスタングが、加速に入る前にワイバーンの光弾を浴びて落とされるが、そのワイバーンにも横合いから
マスタングに機銃弾を浴びせられる。
中には、ワイバーンに格闘戦を挑むマスタングもいるが、流石にワイバーンの機動にはかなわず、反撃を食らってしまう。
しかし、700キロ近い速度が出せるマスタングは、ワイバーンの後ろに付かれたら急加速で離脱し、光弾が放たれた頃には
マスタングは射程外に達している。
数はワイバーン側が多いものの、機体性能にはマスタングに分があり、シホールアンル側は図らずも苦戦を強いられる。
しばらく経つと、戦闘はアメリカ側有利になっており、傍目から見れば40機程度のマスタングに200騎近いワイバーンが
押されると言う奇妙な展開になった。
マスタング隊が戦闘を開始して5分経った頃、海軍のヘルキャット隊も戦闘に加わった。
ヘルキャット隊が空戦域に乱入してからは、山脈の上空は彼我入り乱れる乱戦の巷と化した。
マルセイユ中尉は、6度目の一撃離脱を終え、3騎目を撃墜した後、時計に視線を移した。
空戦開始から既に15分が経過していた。
その後、周りの空域を見てみる。200騎のワイバーンは、ほぼ全てがマスタングとヘルキャットの戦闘に駆り出され、
ルベンゲーブ精錬工場の上空はがら空きとなっている。
「よし。俺達は賭けに勝ったぞ。」
彼は満足そうな笑みを浮かべながら、再び愛機を駆ってワイバーンに挑んでいった。
ルベンゲーブ精錬工場の第1区画防空を担当する第53対空大隊では、山脈上空で繰り広げられる空中戦に皆が見入っていた。
「隊長、どうも味方のワイバーンは思うように戦えていないようですが。」
空戦を見ていた将校が、大隊長に言ってきた。
「ああ、そうだな。友人の竜騎士に聞いたんだが、アメリカ軍機はここ最近、従来機より性能のいい新型飛空挺を大量に
投入しているようだ。そいつの登場によって、ワイバーンは再び不利になっているようだ。恐らく、あっちで飛び回っている
アメリカ軍機は全て新型機だな。ワイバーン隊のほうが数は多いのになかなか相手を落とせないのはそれのせいだろう。」
大隊長はそう言いながら、山脈の上空を指差した。
上空では、ワイバーンとアメリカ軍機が入り乱れて激しい空中戦が展開されている。
時折、何かが落ちていくのが見える。
黒煙を噴きながら落ちるのはアメリカ軍機で、塊のままそのまま落ちていくのはワイバーンである。
落ちていくのは、後者のほうが多い。
今また、黒い塊が墜落し始めた。その黒い塊は、しばらくは翼を上下させていたが、すぐに止まった。
そして、そのまま山の山腹に落ちた。
「畜生・・・・何も出来ないとは・・・・!」
大隊長は歯噛みしながら呻いた。
第1区画は、7つある精錬工場群の北西側にある区画である。
精錬工場は、北西あるこの第1区画から、右隣の第2区画、そして、その南側の一番左側から第3、第4、第5区画、
更に南に下りて第6、第7区画と分けられている。
それぞれの区画は、互いの距離もまちまちであるが、0.5ゼルド前後ほど間隔が開けられている。
これらの区画には、それぞれ防空大隊が配備されている。
1個防空大隊には、高射砲25門、魔道銃80丁~90丁が装備され、工場の周囲、又は要所に配備されている。
アメリカ軍機が工場に襲い掛かれば、これらの対空兵器が迎え撃つのだが・・・・
「なんであいつらは、戦闘機しかいないんだ?」
大隊長はふと疑問に思った。普通なら、アメリカ軍機は攻撃機も編隊に混ぜて敵地攻撃に向かう。
しかし、山脈上空のアメリカ軍機は、全てがワイバーンと空中戦をしている。
その中に攻撃機らしき機影は1機も見当たらない。
「もしかして、攻撃隊の第一波は戦闘機のみで固めて、こちら側の戦闘ワイバーンを減らそうと考えたのでは?」
部下の将校がそう言うと、大隊長の疑問は氷解した。
「なるほど。その考えはあり得るぞ。大量のワイバーンが守っている場所を叩くなら、攻撃側も大量の攻撃機をぶつけて
減らし、後からゆっくり料理できるからな。」
「去年3月のカレアント戦でも同様な事を行っています。恐らく、今回もそれを狙って・・・」
その時、魔道将校が、部下の将校を押しのけて大隊長に近付いてきた。
「大隊長!司令部より緊急信です!」
魔道将校は紙を大隊長に差し出した。その紙を、大隊長は受け取って読んでみた。
「・・・・おい!なんだこれは!」
大隊長は額に青筋を浮かべながら、魔道将校に聞いた。
「え・・・いや。報告であります。」
「何が敵の大型機が接近中だ!上を見ろ!」
大隊長は空を指差す。
「上空には大型機はいないぞ!」
「し、しかし、報告には敵大型機の編隊が接近中とだけしか。」
「どこから接近中なんだ?この報告の内容は11時5分に敵接近とある。今は11時15分だ。既に10分経っているはずなのに、
敵の大型機は一向に現れん。ルベンゲーブは海側があの山脈で塞がれていて、高高度でしかここの上空には進入できんぞ!」
大隊長は魔道将校を責め立てるが、この時、今までに聞いた事の無い重低音が耳に聞こえてきた。
「ん?この音は・・・・・?」
誰もが上空に視線を向けるが、山脈上空で戦われる空中戦以外何も無い。
ふと、大隊長は、先ほどまで雑談していた部下の将校が、とある方角を見ている事に気が付いた。
「どうした?」
彼は将校の側に歩み寄り、その将校が見る方角に視線を向ける。
第1区画の3ゼルド西には山脈があり、ちょうど区画の真正面の部分が切れている。
切れ間はかなり大きく、最狭部でも400グレルある。
峡谷は海側からルベンゲーブまで斜め下に開いており、真っ直ぐとはいえない。
似たような峡谷は、第6区画のやや南側にあり、こちらの峡谷もほぼ同様だ。
しかし、それでもワイバーンにとっては飛びにくい所であり、この峡谷を大型飛空挺が飛ぶにはかなりの度胸が要る。
別名、度胸試しの双子峡谷とも言われ、ウェンステルでも有名な物であるが、不思議な事に、音はその峡谷の奥から聞こえていた。
「音が、あの峡谷から聞こえて来るのです。」
「・・・・本当だ。」
大隊長はそう返事した瞬間、何かが頭に思い浮かんだ。それは、余りにも非現実的な光景だった。
「まさか・・・・・だが、この音は現に大きく・・・・・・・・・・・・」
いきなり、峡谷の入り口から、1機の見慣れぬ大型機がぬうっと出て来た。
その大型機は見たことも無い形をしており、遠目でもかなりごつく見える。
ごつい形をした大型機が、次から次へと峡谷から這い出て来る。
峡谷の奥から現れた大型機は、やや左旋回気味だったが、峡谷を出ると、草原すれすれまで高度を下げてとある方向に向かって来た。
その方向は、彼らのいる第1区画であった。
「・・・・・・・・・・」
非現実的な事が現実と化した時、大隊長はしばらく茫然としていたが、
「大隊長!」
部下の将校の叫びで、大隊長は我に帰った。
「て、て、敵襲―――――!!!!」
大隊長の掛け声のもと、防空大隊の全兵器が、低空で迫って来る大型爆撃機に向けられた。
高射砲の照準が、草原をこすらんばかりの高度で迫るアメリカ機に向けられるや、一斉に射撃を開始した。
その間にも、峡谷からアメリカ軍機は次々と飛び出してきている。
射撃を開始して5分が経つが、超低空を這って来る敵に全く当たらない。
高射砲弾は全て見当外れの位置で炸裂していた。
敵の先頭機が距離1.8ゼルドまで迫ったかと思うと、いきなり上昇した。
高度130グレルほどの位置に上昇した敵機は、全速力で第1区画に突進してくる。
そこに魔道銃が射撃を開始した。
赤、青、黄、緑、青など、色とりどりの光弾の束が、依然低空を飛行する大型爆撃機に向けて放たれる。
その周囲に高射砲弾が炸裂して、湧き出た黒煙が機体そのものを包み込もうとする。
しかし、アメリカ軍機は落ちる気配を見せない。
アメリカ軍機は、先頭機の後ろから続々と付いて来る。
「当たっているはずなのに!」
大隊長が悔しげな口調でわめいた時、先頭機が轟音を上げながら指揮所の直上を通り抜けた。
この時、B-24は130メートルほどの低空でフライパスしたのだが、シホールアンル側の対空用員達は
操縦席や銃座にいるアメリカ兵の顔をはっきり見る事が出来た。
アメリカ軍機が飛び抜けた直後、いつの間にか開かれた胴体から、パラパラと爆弾が投下された。
その真下には、大隊の対空兵器に守られている大事な工場群がある!
「いかん!」
大隊長が思わずそう叫んだ時、工場群に6発の爆弾が落下した。
その次の瞬間、爆弾が突き刺さった三角屋根の建物や、2本煙突が立ち上がった工場が爆発を起こした。
早速被弾を許してしまった怒りからか、対空大隊の対空砲火がより激しさを増した。
今しも上昇しようとしていた爆撃機の前面に高射砲弾が至近で炸裂する。
まともに断片や爆風を浴びたB-24の前面が一気にひしゃげた。
そのB-24は工場群の前方300メートルの所で墜落して派手に火柱を吹き上げた。
その火柱を突っ切って、新たなB-24が数機、工場に向けて爆弾を投下する。
投下された1000ポンド爆弾が、工場の建物に突き刺さって爆発し、内部の加工施設や、貯蔵されていた魔法薬や
加工器具等をひとしなみに吹き飛ばした。
とある爆弾は魔法石を保管する倉庫に着弾し、作りたての魔法石がずらりと並べられた机を斜め上から叩き割って床に突き刺さる。
その直後に信管が作動し、1000ポンド爆弾が炸裂した。
開放されたエネルギーは魔法石や、魔法石の置かれた縦長の机を木っ端微塵に叩き壊し、綺麗に整頓されていた保管庫が、
一瞬にして見苦しいだけのゴミ置き場に変えられてしまった。
別のB-24が放った爆弾は無人の人員休憩室に落下してそこを完璧に破壊した。
また、別の爆弾は区画長の執務室に着弾し、そこにあった私物や業績優秀賞などの物を全て無に変えるか、残ったとしても
ゴミよりマシといった物に変えてしまった。
唐突に1機のB-24が魔道銃の集中射撃を受ける。
いくら硬いB-24とはいえ、全身に光弾をくらってはひとたまりも無かった。
たちまち操縦員を射殺させられ、主翼エンジンから火を噴いた。
大型機撃墜の戦果に喜ぶ対空要員だが、このB-24は無傷の精錬施設に墜落した。
爆弾を投下したとはいえ、帰り分の燃料が残っていたB-24は、そのまま巨大な焼夷弾と化して無傷の貯蔵施設に激突し、大爆発を起こした。
円筒状の貯蔵施設は一瞬にして大破炎上し、余計に被害を拡大させる事となった。
B-24は次々と飛来すると、腹の爆弾倉から6発の爆弾を落としては、精錬工場を確実に破壊していく。
無論、シホールアンル側も必死に反撃するが、B-24隊の高度が短い事と、火災によって生じた黒煙が対空兵器の
照準をつけにくくさせ、思うように敵を撃墜できない。
逆に、B-24は機銃を使って通り過ぎ間際、対空陣地に反撃してくる有様である。
「いつまでも調子に乗りやがって・・・・・落とせ!撃ち落とせぇ!!」
大隊長は半ば半狂乱になりながら、命令を繰り返した。
彼は憎らしげな目付きで真正面を見た。その時、1機の爆撃機が、どの機よりも早く爆弾を投下した。
爆撃機の周囲には、味方の打ち上げた高射砲弾の破片や、魔道銃の光弾が盛んに飛び交っている。
激しい対空砲火に恐れをなして早々と爆弾を落としたのだろうと、大隊長は思った。
彼の読みは当たっていた。
だが、この爆弾が、彼のいる指揮所を直撃するとまでは思ってもいなかった。
大隊長が、降って来る爆弾に気付き、真っ先に避難をしようとした。
その4秒後、指揮所は1000ポンド爆弾の直撃を受けて派手に吹き飛ばされた。
精錬工場が、都合4区画ほど黒煙を吹き始めた時、ベリヤ中尉の属する第689爆撃航空郡は峡谷の間から抜け出て来た。
「74の奴ら、派手に暴れてやがるぜ。」
第2中隊の3番機を操縦するベリヤ中尉は、僚機の攻撃を受けて炎上する工場群を見て思わずそう言った。
第74爆撃航空団は精錬工場群にかなりの打撃を与えたようで、爆撃を受けた箇所から激しい黒煙が吹いている。
その一方で、上空をフライパスするB-24の周囲に高射砲弾の炸裂煙や、光弾の物と思しきカラフルな粒がひっきりなしに打ち上げられている。
敵の対空砲火は思った以上に激しい。
今しも、1機のB-24が被弾して燃え盛る工場群の中に突っ込んでいく。
ベリヤ中尉はその光景を見た後、視線を再び前に移し、訓練通りに高度を50メートルまで下げる。
目標となる敵の工場は、目の前にある工場群の奥にある、もう1つの工場群だ。
第689爆撃航空郡は、手前の工場群の南側を飛び抜けていく。
当然、敵側は黙って見過ごす筈は無く、素通りしている工場群から対空砲火が打ち上げられてきた。
先行する第1中隊の周囲に高射砲弾が炸裂するが、位置はかなりずれている。
「下手糞共め。」
ベリヤ中尉は、照準の甘い敵の対空射撃に嘲笑を浮かべる。
第1中隊が、敵高射砲の砲撃を受けつつも高度を上げ始めた。
時速400キロ以上のスピードで飛行しているから、敵の精錬工場に到達するまで時間がかからない。
第1中隊が爆撃位置に達しようとした時、ベリヤ中尉の属する第2中隊も機体の高度を上昇させた。
第2中隊も高度130メートルまで上昇した時、第1中隊の各機が下の工場群に向けて爆弾を投下した。
「爆撃進路入りました!」
爆撃手が報告してくる。後は、機体を敵の工場群の上に持っていくだけだ。
周囲に高射砲弾が炸裂する。時折カーンという音が鳴るが、B-24は僅かに揺れるだけである。
工場群の中央部から次々と爆発光が沸き起こり、立ち並んでいた円筒状の建物や煙突などがなぎ倒されるか、一瞬にして叩き潰される。
第1中隊の爆撃はまずまずの成果を挙げたようだが、広大な工場群にとっては、一部分が傷付いたに過ぎない。
第2中隊の目標は、工場群の左にある緑色の四角の建物や、一際異質な丸い倉庫群である。
高射砲に加えて、魔道銃が激しく撃ってくる。
「くそ、なかなか激しいな。」
ベリヤ中尉は、やや引きつった口調で呟く。
爆撃手が胴体爆弾倉の開閉スイッチを押すと、胴体が左右に開かれた。
いきなりガン!ガン!と何かが当たった衝撃が機体に響く。
「後部胴体に命中。損傷軽微!」
「8番機被弾!墜落します!!」
朗報と悲報が突然舞い込んで来る。だが、ベリヤ中尉はそれに対して、何ら反応を見せる事は無い。
それから1分が経ち、第2中隊の先頭を行く中隊長機が爆弾を投下した。
「投下!」
爆撃手から、ただその言葉だけが発せられ、投下スイッチが押された。
その直後、胴体に収納されていた1000ポンド爆弾6発が、真下の精錬工場めがけてぱらぱらと落とされる。
他の僚機も、一斉に爆弾を投下した。
後部銃座に詰めているバンギス伍長は、目標の施設群が1000ポンド爆弾によって次々と吹き飛ぶのを目の当たりにしていた。
「機長!命中です!シホット共の工場が跡形も無く吹っ飛びましたぜ!」
この時、第689爆撃航空郡が狙った工場群は第7区画であった。
この第7区画には、他の工場とは違う魔法石が製造されていた。
作っている魔法石は、魔道銃用、魔道士の使用分など、他の精錬工場とほぼ同じだが、この区画には、陸軍の陸上装甲艦に
搭載される特製の魔法石を製造していた。
陸上装甲艦用の魔法石は、元々がルベンゲーブでしか取れない銀色の純度の高い物であり、既に1、2、3番艦に搭載する分は
本国に搬入を終えていた。
この日は、ようやく完成した4~8番艦用の魔法石が、品質慣性室と呼ばれる建物に保管されていた。
魔法石は、製造加工された当初は非常に不安定であり、場合によっては魔法石が破裂するため、製造直後は品質慣性室と
呼ばれる建物に運ばれる。
この品質慣性室には、外気とは違って、魔法石を外気に慣れさせるための特殊な魔法が使用されている。
ここで徐々に外気に慣らした後で、魔法石は安定し、必要とする各所に搬入されるのである。
緑色の長方形状の建物が、この魔法石専用の品質慣性室である。
第2中隊は、この陸上装甲艦用の魔法石が置かれた品質慣性室を爆撃していた。
爆弾のうち、3分の2は他の関係の無い施設や加工工場を吹き飛ばしたが、1発が特別に用意された加工工場を直撃した。
突然、屋根から乱入してきた爆弾は、直径10メートルはあろうかという巨大な台座を叩き潰し、突き抜けた後、
床を跳ね回って加工用の薬品や魔法の入門書の入った本棚を跳ね飛ばした直後、遅延信管を作動させた。
爆発の瞬間、台座、加工用の薬品、入門書は、その他の物品諸共破壊されてしまった。
巨大な魔法石を加工するために作られた加工工場が火柱を吹き上げた直後、長方形状の建物に2発の1000ポンド爆弾が突き刺さった。
天井をあっさりと突き破った爆弾は、白濁色の空気が漂う品質慣性室で炸裂した。
並べられていた、12個の巨大な魔法石は爆弾の熱風をもろに受けた。
その次の瞬間、魔法石が暴走反応を引き起こして大爆発を起こした。
1個の魔法石が爆発すると、残った魔法石も誘爆を引き起こし、頑丈な作りであった筈の品質慣性室はものの見事に吹き飛んだ。
爆発の余波は品質慣性室に留まらず、周囲の魔法石加工工場や、研磨場にも及んだ。
まだ研磨される途中であった多くの魔法石が、この誘爆を受けて破壊され、ただの光る石屑に変えられてしまった。
第2中隊が飛び去ると、今度は第3中隊がやって来た。
第3中隊は1000ポンドではなく、500ポンド爆弾12発を搭載していた。
この部隊も第1、第2中隊と同様に爆弾を投下したが、爆弾が小さい分威力は低いものの、爆弾自体が大量にあるため、
爆弾を受ける場所や施設はかえって広がった。
1発の500ポンド爆弾は別の品質慣性室に命中した。
品質が不安定になった魔法石が暴走し、しまいには派手に破裂し始めた。
命中を受け、黒煙を噴出した品質慣性室から様々な色の閃光が発せられる。
それは、魔法石が暴走し、破裂した際に出す光であったが、あたかも未使用のまま破壊される魔法石達が、断末魔の叫びを上げているかのようであった。
別の500ポンド爆弾は、偶然にも煙突の穴にすっぽりと入ってしまった。
信じられぬような出来事が起きてしまったが、500ポンド爆弾はそのまま煙突の穴に落ちて行き、一番下の部分で炸裂した。
高さ20メートルほどの煙突が根元から折れて、隣の休憩室を巻き込みながら倒壊する。
第1中隊、第2中隊の爆撃で中心部が破壊されてしまった第7区画は、第3中隊の駄目押しの爆撃で工場群の7割が破壊され、壊滅状態に陥った。
フェイレが、旅人を装ってルベンゲーブの工場を見て歩いている時、突然の空襲は始まった。
突然町全体に響き渡る空襲警報に、フェイレは体を震わせた。
「な、何?」
彼女は戸惑いながら、周囲を見回した。
殺気立ったシホールアンル兵が数十名ほど、工場内に入っていく。
フェイレがいる場所は、第5区画と呼ばれる工場の南側であり、北向き100歩ほど歩けばすぐに工場に入れる。
本当なら、フェイレは工場群の南や、合間にある町を歩いて偵察するだけのつもりであったが、いつの間にか工場群に見とれて、周囲を歩き回っていた。
その工場の入り口から、労働者と思しき集団が駆け足で出て来た。
工場は縦、横ともに800グレルの正方形であり、この敷地内に加工工場や精錬工場などが入っている。
(たまたま側を通りかかった作業員に聞いた)
この広大な工場にはかなりの人数が入っていてもおかしくないのだが、工場から出て来る作業員の数は思いのほか少ない。
それもそのはず、先ほど聞いた話では今日は休日で、工場の稼動に必要な人員しか出勤していない。
そのため、工場内部にいた労働者の避難は、アメリカ軍機の編隊が山脈上空に現れるまでには終わっていた。
「おい、旅人さん!あんたも逃げたほうがいいぜ!」
通りすがりの労働者が、フェイレに避難を促した。
「アメリカ人の空襲はかなり容赦ないと聞いている。工場の近くにいたら巻き添えを食らうぜ。」
「う、うん。」
フェイレは躊躇いがちに頷くと、その中年労働者の後を追うように走った。
20分ほど走って、南の第7区画と、第6区画の間を抜けた時、
「あっ!峡谷から何か出てきたぞ!」
誰かの叫び声が聞こえた。フェイレは、寂れた廃屋の屋上に上がって山脈のほうを見てみた。
度胸試しの双子峡谷と呼ばれる南北2つの峡谷のうち、北側の峡谷から見たことも無い大型機が次々と出て来た。
距離はここから2ゼルドほどだが、それでも爆音が響いてきている。
かなりごつい感のある大型機は、その大きさに反して意外と軽快な動作で地面すれすれに高度を下げる。
あまりの高度の低さに、シホールアンル側の撃ち上げた高射砲弾が全く効果を挙げていない。
工場群まである程度近付くと、いきなり大型飛空挺は上昇する。
しかし、少し上昇しただけで、さきよりやや高い程度の高度で工場群に向かう。
周囲に高射砲弾が炸裂し、魔道銃の光弾が殺到するが、ごつい形をした大型飛空挺は1機も落ちる事無く、工場群の至近に近寄る。
工場群の外縁に達した直後、腹から何かを落とした。それが工場の施設の影に消えた時、いきなり爆発が起こった。
それを皮切りに、第1区画は次々と飛来する大型飛空挺の低空爆撃を受けていく。
無論シホールアンル側もやられっぱなしではない。
唐突に1機の飛空挺が主翼から火を噴出した。
「あっ!やられたぞ!」
誰かがそう叫んだ時には、大型飛空挺は急激に高度を下げて、工場群の太い煙突状の施設に激突し、派手に火炎を吹き上げた。
第1区画が次々に爆弾を受けている最中、第2区画にも同じ大型飛空挺が取り付く。
第2区画も、第1区画と同様に低空爆撃を受けて、たちまち黒煙に包まれていく。
時折、黒煙の中に色とりどりの閃光が発せられ、しまいには毒々しい霧状のような物が吹き上がる。
傍目からは何かの見せ物が開かれているように見えた。
「品質慣性室の魔法石が破裂してるんだ・・・・・」
誰かが、震えた口調でそう言うが、フェイレには品質慣性室という物が分からなかった。
アメリカ軍機は、他の区画にも襲い掛かっていく。
それぞれの区画についているシホールアンル軍の防空大隊は、果敢に抵抗し、工場の上空に高射砲や魔道銃の弾幕を張り巡らす。
盛んに沸き起こる高射砲弾の黒煙を跳ね除けて、魁偉な姿の大型飛空挺は工場に向けて胴体から爆弾を投下する。
爆弾が施設の影に消えると、すぐ後に閃光と、次いで黒煙が何かの破片を吹き上げながらもくもくと上がっていく。
無論、アメリカ軍機も無傷で済まず、高射砲弾の爆風を受けてよろめく機や、魔道銃の集中射撃を受けてあっという間に爆散する機もいる。
現在、襲われている第1~第4区画の上空で似たような光景が見られているから、アメリカ軍機も最低、10~15機は撃墜されている。
だが、アメリカ軍機の与えた被害は、自軍の受けた被害よりも大きく、空襲開始から10分経った今では、あっという間に4つの精錬工場が黒煙に包まれている。
「南の峡谷からも来たぞ!」
またもや誰かの声が聞こえる。
見物していた野次馬達が一斉に振り返ると、南の峡谷から新たな大型機が爆音を上げながら出て来た。
これまた、大量の爆撃機が次から次へと出て来る。
「北の峡谷からもあんなに出て来たぞ・・・・一体何機の飛空挺をここの空襲に使っているんだ!?」
「100や200・・・いや、下手したら400はいるかもしれんぞ。」
野次馬達は、口々にそう言いながら、初めてアメリカという国の実力を痛感していた。
それは、フェイレも同様であった。
第7区画がアメリカ軍爆撃機の爆弾を浴びて、これまた黒煙を上げ始める。
第2編隊が対空砲火の弾幕を突っ切って、爆弾を投下し、それが炸裂した直後、一際巨大な爆発が第7区画の工場から起こった。
これによって、まだ無傷で残っていた煙突や施設があっという間に倒壊したり、爆風に叩きのめされた。
「おい、やられたアメリカ軍機がこっちに向かって来るぞ!」
誰かの悲鳴のような声が響いた。
フェイレはそのアメリカ軍機をすぐに見つけた。第6区画の工場群を爆撃した飛空挺のようだが、既に機体の前部分は
ズタズタに引き裂かれ、右の翼にある発動機から火を噴いている。
既に操縦者が戦死したのか、飛空挺は高速力で飛行しつつ高度を下げている。
この調子で行くと、早々に墜落するのは誰の目にも明らかであった。
しかも、機首はフェイレ達が陣取っている街の一角だ。
どういう訳か、野次馬達は爆撃機に視線を移しているだけでその場から動こうとしない。
「逃げるのよ!墜落に巻き込まれるわ!!」
どういう訳か、自然にその言葉がフェイレの口から放たれていた。
(えっ?今あたしが言ったの?)
思わず、彼女は自分の言った言葉を疑っていた。だが、彼女の言葉きっかけとなったのか。
野次馬達は弾かれた様にその場から逃げ出した。
「いけない!早く逃げないと!」
フェイレ自身も、階段を使わずに廃屋の屋上から地面に飛び降り、一目散に逃げ始めた。
走り始めてから10秒ほど経った時、後方で物凄い激突音が響き、次いで耳を劈くような爆発音が鳴り響いた。
いきなり爆風に背中を叩かれ、フェイレは体を半ば反り返らせてから地面に転倒した。
熱風がうつ伏せに倒れたフェイレの背中を駆け抜けていく。
爆風は一瞬で止んだ。
「・・・う・・・痛・・・い。」
フェイレは左腕に痛みを感じた。視線を左腕に移すと、小さい金属の破片が刺さっており、傷口から血が流れていた。
破片を引き抜き、傷口に白い布を巻いて応急処置をする。
傷口を10秒ほどで塞いでから、フェイレは墜落現場を見た。彼女が見張り台にした廃屋や、その周囲の建物は、
墜落してきたアメリカ軍機の爆発によって破壊されていた。
アメリカ軍機は、その白銀の巨体を自らの炎で焦がしている。
火災は拡大傾にあるようだ。放って置けば町そのものを巻き込む大火災になりかねない。
「期待していた人達に殺されかけるなんて・・・・・あたしもよくよく運が無いね。」
フェイレは自嘲気味にそう呟いた。
しかし、何故か悪い気はしなかった。
「しかし、あんな低空から、こんな大型機に乗って敵地を攻撃するなんて、アメリカ人も無茶するわ。そんな無茶は嫌いじゃないけど。」
フェイレはそう呟くと、シホールアンル兵が集まらない内に墜落現場から逃げていった。
「ルベンゲーブ精錬工場が爆撃されているだと!?」
ルベンゲーブ防空軍司令部から精錬工場爆撃さるの凶報を受け取った時、第1戦闘隊指揮官であるジャルビ少佐は思わず目眩を起こしかけた。
「ワイバーンはどうした?戦闘ワイバーンが190騎ほど配備されているだろう!」
「それが、敵の爆撃機が侵入する前に、戦闘機のみで編成された新型機の大群がやって来たのです。それとの戦闘に忙殺されている間に、
アメリカの爆撃機部隊が峡谷を通ってやってきたのです。」
副官である大尉の言葉を聞いたジャルビ少佐は呆れたような表情になった。
「度胸試しの峡谷からだと・・・・・なんて奴らだ!」
「それよりも、防空軍司令部から出撃は貴隊の判断に任せるとありますが」
「出撃だ!!」
副官の言葉を最後まで聞くまでも無く、ジャルビ少佐は断言した。
「シホールアンルの戦略拠点であるこのルベンゲーブが爆撃されているのに、使える物を使わんでどうするか!
直ちに全機発進だ!」
ジャルビ少佐は、急いでケルフェラクの全機出動を命じた。
この日は、味方のワイバーン隊との模擬空戦の予定もあったので、整備は前日に済まされている。
このため、ケルフェラク隊の出撃準備は短時間で終わった。
24機のケルフェラクが一斉に発動機を唸らせる。
この猛々しい轟音は、アメリカ軍機の蹂躙に怒り狂うシホールアンル兵達の思いそのものであった。
滑走路に、ジャルビ少佐と2番機が並ぶ。
「こちら指揮所。現在、アメリカ軍機の大編隊は第4区画を攻撃中。これとは別の新たなアメリカ軍機が、
双子峡谷の南峡谷から多数出現中の模様。」
「了解!これより不遜なアメリカ軍機を狩って来る。」
ジャルビ少佐は、冷静な、しかし怒りの滲んだ口調で魔法通信機にそう言うと、ケルフェラクを発進させた。
洗練され、頼りがいのありそうな形をしたケルフェラクの機体がスピードを上げ、滑走路の半分を過ぎた所で大空に舞い上がっていった。
それを待っていたかのように、3、4番機も同様に滑走路を走り、先行した1、2番機の後を追うかのように機体を空に浮かび上がらせた。
短い時間で全機発進を終えたケルフェラクは、猛スピードで精錬工場に向かって行った。