自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

331 第244話 リーシウィルム上陸

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第244話 リーシウィルム上陸

1485年(1945年)8月1日 午前7時 ヒーレリ領都オスヴァルス

領都オスヴァルスにあるヒーレリ領行政庁舎では、新たに飛びこんで来た報告の前に、誰もが苦しげな顔を浮かべていた。

「連合軍の艦隊が、リーシウィルム沖に大挙出現しただと!?」

ヒーレリ領領主であるウルムス・クヴナルヴォ伯爵の悲鳴じみた声を、ヒーレリ駐留軍参謀長オーボス・レジェノ少将は内心、
不快な気持になりながらも、表面上は平静さを取り繕いながら無言で頷く。

「駐留軍司令部は一体何をやっておった!?たった2000名足らずの守備隊でリーシウィルム海岸を守り切れぬと分からなかったのか!?」
「しかし領主殿。我々駐留軍司令部は、あなたの要請の通り、転用出来得る限りの兵力を反乱鎮圧と連合軍の迎撃に振り向けております。
こちらの言い分を再三再四無視されながら、ですが。」

レジェノが発した言葉に、クヴナルヴォは顔をしかめながら返した。

「あ、あの時は……それが最善の策だと思ったからだ!」
「お言葉ですが領主殿。戦場という物は何が起こるか分からぬのが常です。だからこそ、我々は上陸に最適と思われていたリーシウィルム海岸に、
守備部隊を張り付けていたのです。」

レジェノはそう言いながら、内心では無理解な領主に呆れていた。
もともと、リーシウィルム海岸には1個師団を配備していたが、反乱鎮圧のため師団の戦力の大半を引き抜いた影響で、同地には
1個連隊程度しか置いていなかった。
クヴナルヴォは、連合軍の主力がバイスエに向けられている今、リーシウィルムへの強襲上陸はあり得ないと判断し、駐留軍司令部の反対を
無視してリーシウィルム守備隊の大半を強引に引き抜いたのだが、そのリーシウィルムに、連合軍は大挙襲来して来たのである。

「情報では、リーシウィルム沖に500から600隻以上の大船団がおり、敵の艦載機約5、60機が常時、船団の空を旋回しているとの事です。
これは、明らかに本格的な上陸作戦です。これまでの経験からして、敵は少なくとも、3個師団程の兵力を有しているでしょう。」
「3個師団……」


クヴナルヴォが一言呟いた後、口調を変えて言葉を放つ。

「その3個師団は歩兵師団の可能性が高いと思うが。歩兵師団ならば、機動力は低い筈。敵が上陸したてなら」
「領主殿。その考えは非常に危険です。」

レジェノはクヴナルヴォの言葉を遮った。

「その3個師団が歩兵師団である。それもあり得るでしょう。ですが、ただの歩兵師団では無い可能性が充分にあります。貴方も我が司令部からの
報告はお聞きになられている筈です。」

レジェノは、机に置かれた地図に視線を向ける。
領境沿いに配置された守備軍は、大きく2つに分断された上に包囲されている様子が描かれている。
敵の包囲網はかなり厚く、包囲下の部隊は現在、解囲攻撃を実施中だが、敵の迎撃も熾烈で攻撃は全く捗っていない。

「領境守備軍……いや、このヒーレリ駐留軍の主力部隊が包囲されているのです。前線からの報告では、遭遇した部隊は、アメリカ軍、南大陸軍ともに
戦車師団や自動車装備の高機動師団ばかりしかおりません。この事を踏まえて、リーシウィルム沖の敵部隊が、戦車師団や自動車化師団を伴わぬという
考えはなさらぬ方が宜しいでしょう。」
「では……我々はリーシウィルムに敵が上陸して行くのを、指をくわえて見るしかないのか!?」
「駐留軍の現在の戦力と、配置状況ではこの敵に対応しきれないでしょう。」

きっぱりと言い放つレジェノに、クヴナルヴォは怒声を上げかけたが、それを何とか抑え込む。

「………司令官閣下はなんと言われておる?」
「実を言いますと、司令部でも意見が分かれておりまして、領境守備軍に包囲網を突破させ、このまま徹底抗戦を続けるか。それとも、戦線を一気に
縮小し、本国から応援を要請して敵を北部で食い止めるか。」
「領境守備軍に徹底抗戦をさせた方が良いだろう。上手く行けば、包囲している敵を逆に分断出来るかも知れん。」
「機動戦力の少ない領境守備軍には無理な話です。」

レジェノは再び否定する。

「包囲下にあるとはいえ、17個師団12個旅団……計32万名以上の大兵力だ。彼らは今も、懸命に包囲網の連合軍を猛撃しておる。いずれは」


「それが無理であると話しているのです。」

またもや冷徹に判断するレジェノに、クヴナルヴォはついに激発した。

「君ぃ!今も懸命に戦っている友軍部隊に対して失礼だとは思わんのかね!?」

クヴナルヴォの怒声が室内に響き渡り、誰もがクヴナルヴォに振り向いた。
だが、レジェノだけは動じた様子もなく、ただ冷たい目付きでクヴナルヴォを見つめ続けている。

「私があれこれ言う度に否定ばかりしおって!君は本当に帝国軍人なのかね!?敵のスパイではなかろうな!」

クヴナルヴォは、相手が軍の将官であるにもかかわらず、侮辱的な言葉を発した。
しかし……レジェノがそれに動揺する事は無かった。

「お言葉ですが領主殿。私はスパイではありません。偉大なる帝国軍の一将官であります。」
「ならば……何故味方の奮闘が無意味と言わんばかりの説明をするのだ!」
「私も心苦しいとは思っていますが……それが動かしようの無い現実であるからです。領主殿。」
「………」

クヴナルヴォの侮辱的な発言を気にも留めず、依然として冷徹な言葉を吐き続けるレジェノに対し、室内の事務官や幹部達は、ただ唖然とするしか無かった。

「私からも申し上げます。」

レジェノは、理知的な顔に無表情さを貼りつかせたまま説明を行う。

「私が司令部を出る前に、司令官はリーシウィルムの上陸船団に対して、海軍に対処を要請する事を検討すると申しておりました。領主殿。私としては、
ヒーレリ領側からも、海軍の出動要請を行う方が宜しいかと思われます。」
「私の方からもだと?」
「はい。」

レジェノは頷く。


「現地駐留軍司令官の要請のみでは受け入れられぬ可能性があります。ここは、本国からの応援を要請するためにも、海軍への出動要請を同時に行う方が
最善であると思われます。現地司令官と現地行政の長から同時に要請が来れば、本国もおいそれと無視できぬでしょう。」
「なるほど……司令官と話をする必要があるな。」

対応に窮していたクヴナルヴォにとって、レジェノが発した提案は魅力的に思えた。

「だが……一介の参謀長である君がこのような事を発して良いのかね?本来は、駐留軍司令官であるパスヴィド大将がやる事だと思うが。」
「パスヴィド閣下は司令部で多忙を極めておりますので、私が代理を務めています。私は、先の言葉を自分なりに工夫しながら伝えろと命じられました。」
「……と言う事は、パスヴィド将軍は領境の主力部隊を……」
「はっ。領主殿の察する通りです。」

クヴナルヴォは、自分の体から血の気が引くのを感じた。

「領境の主力部隊は、解囲攻撃の際の無理な力押しが祟り、甚大な損害を被っております。包囲下にある32万の将兵は、もはや突破を
行う力を有していないでしょう。」
「なんたることか……」

レジェノの言葉を聞いたクヴナルヴォは、目線を地図に向けた。

「……戦場は、まだ南とリーシウィルムだけに留まっておる。すぐにでも司令官と会って、増援の要請をせねば!」

クヴナルヴォはなんとか意識を保ちながら、すぐに司令部へ行く準備を整え始めた。
その時、オスヴァルス市内に空襲警報が鳴り響いた。

「な、何だ!?」
「領主閣下!空襲警報です!連合軍機の大編隊が、南方より接近中との事です!」

部下の報告に色を失ったクヴナルヴォは、慌てふため息ながら防空壕へと避難して行く。
レジェノはその後ろ姿を見るなり、諦観の念を浮かべていた。

(……戦場が南とリーシウィルムだけ?違いますよ。制空権の有利が連合軍にある以上……)

レジェノは、窓の外を眺めた。
上空を、緊急発進したワイバーン隊が飛んで行く。
その数は40騎程であるが、常に200機以上の大編隊を差し向けて来る連合軍機の前には、頼りなさを感じさせた。

(このヒーレリ中が戦場と言えますぞ。領主殿)


8月1日 午後2時20分 リーシウィルム

午前8時ちょうど。第3、第4海兵師団の進撃で始まった上陸作戦は、なんら抵抗らしい抵抗も無いまま順調に推移し、午前9時には幅4キロ、
奥行き2キロの橋頭堡を確保した。
午前10時過ぎには、早くも第3海兵師団の先鋒が進撃を開始し、橋頭堡は徐々に拡大されつつあった。

揚陸作業もたけなわになりつつある午後1時。リーシウィルム海岸に後続を乗せたLSTの群れが接近しつつあった。
第1自由ヒーレリ機甲師団第12戦車連隊を指揮するアルトファ・トゥラスク大佐は、指揮戦車のキューポラから身を乗り出し、LSTの前扉を
真っ直ぐ見据えていた。

「大佐!もう間も無く接岸です!」

LSTの甲板上にいるアメリカ軍水兵がトゥラスク大佐に知らせて来る。
トゥラスク大佐は右手を上げながら頷き、来るべき時に備えた。
LSTの速力がみるみる下がって行くのが伝わって来る。トゥラスク大佐は操縦手に指示を下した。

「そろそろだぞ。開いたら横を擦らないよう、ゆっくりと行け。」
「了解です!」

操縦手が張りのある声音で答える。

(いい声だ。こいつも、心の中では喜んでいるのだろうな)
トゥラスク大佐は内心呟きながら、自らも、祖国の土を踏む事に対して、躍り上がりそうな気持に包まれている事にクスリと笑った。
LSTの艦首が持ち上がった、と思うと、艦首部分が駆動音を軋ませながら開かれていく。
操縦手がエンジンを唸らせる。
アメリカ製のシャーマン戦車が400馬力のエンジン音をがなり立てる。
LSTの艦内に載せられた20両の戦車が放つエンジン音はかなりやかましく感じるが、トゥラスクには逞しい音色に感じられた。
前方を遮っていた鉄製の扉が、完全に前倒しされた後、外に待機していたLSTの水兵がひょっこりと顔を出し、手を振って来た。

「出ろとの合図だ。行くぞ!」
「了解!!」

操縦手は、先程よりも大きな声で答えると、愛車を発進させた。
ゆっくりと扉をくぐり、下り坂となっている前扉を踏みしめながら、砂浜に降り立つ。
彼の率いる戦車連隊は、LSTの水兵や、海岸で進撃準備を整えていた米海兵隊の将兵に見守られながら、リーシウィルム海岸の砂浜に
注ぐ次と上陸していった。
トゥラスク大佐は周囲を見回した後、半ば声を震わせながら言葉を吐く。

「ようやく、帰って来たな。俺達の祖国へ。」

彼はしばしの間、感慨に耽っていたが、その時間も長くは無かった。

「よし。物思いは手短に済ませて……無線手!師団本部からは何か言って来たか!?」
「ハッ!まだ何も言って来ません!」

トゥラスクはそうかと返しながら、心中では意外だなと感じていた。
自由ヒーレリ機甲師団の指揮官であるポエグ・スキムバニ少将は、本国が併合される前は騎兵連隊を率いていた事もある勇猛果敢の軍人であり、
先のジャスオ戦線では、シホールアンル軍石甲師団相手に奮闘している。
トゥラスクは、スキムバニ師団長が、ある程度の戦力を揚陸したらすぐに前進せよと命じるかと思っていたが、当の本人からの命令はまだ
発せられていないようだ。

「……もう少ししたら、親父さんも命令を飛ばして来るでしょうから、それまではこの海岸でのんびりしておくか。」


彼はそう言うと、懐からタバコを取り出し、火を付けた。

命令が下ったのは、それから2時間後の事であった。
自由ヒーレリ機甲師団は第3水陸両用軍団司令部からリーシウィルム市の攻略を命じられ、揚陸の成った第12戦車連隊と第3機械化歩兵連隊の
2個大隊が市街地の攻略に向かって行った。


同日 午後8時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル

ウェルバンルにある海軍総司令部の作戦室では、海軍総司令官であるエウマルト・レンス元帥以下の司令部幕僚達が机の地図を取り囲み、
様々な顔色を浮かべながら協議を行っていた。

「ヒーレリ領から直接、要請を受けたとあっては、我々も何らかの行動を取る必要があると考えます。」

主席参謀長が当然とばかりに言葉を発する。

「私も同意見であります。」

航空参謀もそう答えた。

「現在、リーシウィルム沖には、約800隻近くの敵上陸船団が停泊しており、それをアメリカ海軍の機動部隊が護衛しているようです。
が、敵機動部隊の保有する空母数は、バイスエ戦線に投入されている敵機動部隊の存在からして、あまり多くは無いと思われます。ここは、
再建中の第4機動艦隊を派遣して敵上陸船団を攻撃するべきかと思われます。」
「航空参謀もこう言っています。司令官、今こそ、我が海軍も動く時ではないでしょうか?」

主席参謀長はそう問いかけた。
それにレンス元帥が口を開きかけたが、そこに副総長が待ったをかけた。

「私は承服しかねます。」


海軍総司令部副総長、リリスティ・モルクンレル大将は、レンス元帥にそう言いながら、主席参謀長と航空参謀を睨み付けた。
彼女は7月24日付けで第4機動艦隊司令官の任を解かれ、新たに海軍総司令部副総長に就任し、首都勤務となった。
リリスティは、第4機動艦隊の後任をワルジ・ムク大将(7月28日に昇進)に推薦し、29日からはムク提督が第4機動艦隊の
指揮を執っている。

「主席参謀長と航空参謀の言われる事は明らかに間違っている。総司令官、第4機動艦隊の有する現在の戦力はご存じですね?」
「あ、ああ。」

レンス元帥は、いささか困惑気味になりながらも、首を頷かせた。

「第4機動艦隊の稼働竜母は、正規竜母が3隻に小型竜母が7隻しかありません。書面上では、我が海軍は正規竜母を5隻、小型竜母12隻を
有している事になりますが、正規竜母の内、1隻は先の海戦で受けた傷を未だに癒している途中で、もう1隻は慣熟訓練中。小型竜母に関しても、
12隻中1隻は修理中、4隻はこれまた慣熟訓練中と言う有様です。護衛艦に関しても、先の海戦で大破した戦艦は修理中で、新たに配属された
3隻の新鋭戦艦のうち、2隻が慣熟訓練中、巡洋艦や駆逐艦に関してもほぼ同様と言う状況です。」

リリスティは冷たい目でレンス元帥を見据えた。

「このような状況で、第4機動艦隊が敵機動部隊にまともに立ち向かえる訳がありません。」
「し、しかし。第4機動艦隊の竜母は10隻もいる。」
「航空戦力は450騎。1月時と比べて、たったの2分の1程度しかありませんよ。」

レンスが意見を言おうにも、リリスティの鋭い指摘の前に悉く遮られていく。

「それに対して、リーシウィルム沖の敵機動部隊は、9隻ないし10隻程度ですが……」

情報参謀のヴィルリエ・フレギル大佐も口を開く。

「10隻中、正規空母は6隻程度はいるでしょう。そして、その内の2隻が、最新鋭の大型空母、リプライザル級かと思われます。」

ヴィルリエの目が異様な光を発する。

「航空戦力は、リプライザル級の搭載数、約130機と、エセックス級の搭載数、約100機以上。それに、インディペンデンス級小型空母の
搭載数を加えて……少なくとも700機の艦載機は有しているでしょう。」
「………」

ヴィルリエの発した言葉に、レンスらが押し黙る。そこにトドメとばかりに、リリスティが付け加える。

「ハッキリ申し上げて、艦隊を正々堂々と派遣する事は自殺行為です。」
「……副総長。」

レンス元帥は、眉間に皺を刻みながらリリスティに言う。

「君と情報参謀の言葉はよく分かる。なるほど、敵は分力とも言える艦隊だけで、帝国海軍の主力を上回る戦力を有している。そこに突っ込めば、
確かに無謀だろう。だが……」

彼は、表情をより険しい物にしながら、言葉を重ねる。

「これは、皇帝陛下も強く要望されておる。ここで出来ませんとは言えぬのだ。」
「……!」

リリスティの顔が一瞬だけ、怒りに染まる。
だが、すぐに平静さを取り戻した彼女は、改まった口調でレンスに聞いた。

「では。海軍は必ず、何らかの行動を取らねばならないのですね?」
「命令とあらば致し方あるまい。」
「………そうですか。」

リリスティは、内心深いため息を吐きながら、頭を頷かせた。

「わかりました。」

「うむ。それでは、海軍は近日中に、リーシウィルム沖の敵艦隊に対して攻撃を行う。その攻撃方法だが……副総長や情報参謀の話を聞く限り、
母艦航空隊の錬度に不安の残る第4機動艦隊は到底、敵艦隊と正面から戦える状態には無い。そこでだが………私は諸君らの意見を聞きたいと
思っている。副総長。」

レンスはリリスティを見据える。

「長年、実戦を経験した君なら、この時、どうやって戦おうと思うかね?」
「戦うも何も……本音を言えばとっとと逃げ出したい所です。ですが……どうしても戦うしかないのならば、それまでやって来た方法をまず変えてから
戦うべきかと思います。」
「ほう。具体的には、どのような事かね?」
「私が指揮するのならば……まず、敵機動部隊と戦う事を考えません。」
「副総長。それはまずいのではありませんか?」

航空参謀が真っ先に異を唱えた。

「制海権を確保するにはまず、敵機動部隊を叩かねばなりません。アメリカ機動部隊は強大そのものです。この難敵を打ち倒さぬ限り、第4機動艦隊は
まともに近付く事すら出来ぬかと。」
「ま、確かにアメリカ機動部隊は鬱陶しいからねぇ。」

リリスティはコクコク頷きながらそう言う。

「でも、それは制海権を取る、という前提……ひいては、敵の船団そのものをリーシウィルム沖から完全に排除する、という前提になるでしょう?」
「そうなりますが……」
「私は何も、“制海権を奪取する”なんて一度も言ってはいない。」
「制海権を奪取しないですと?奪取できなければ、まともに艦隊行動はできませんぞ!?」

航空参謀が苛立ちを含んだ口調で問い返す。

「制海権を奪取しなければ、味方艦隊は行動できない……正確には制空権も必要になるけど。まっ、常識的に言えばそうだねぇ。ヴィル。」

リリスティはヴィルリエに目配せする。

「航空参謀。確かにあんたの言う通りだ。じゃあ、もし、制海権、制空権を奪取しなくても、第4機動艦隊が行動出来る環境が限定的ながらも
存在すると言ったら、どうなる?」
「………言葉の意味がわからないんだが。」

航空参謀は、ヴィルリエを汚い物でも見るかのような目で睨みつけながら言う。

「要するに、敵の高速空母部隊が一時的にせよ、居なくなったらそれでいいのでは?と言う意味さ。」
「空母部隊が居なくなるだと?そんな事あり得んだろうが!」

航空参謀が怒声を発する。

「でも、それがあり得るかも知れないんだよね。」

ヴィルリエは微かな笑みを浮かべながら言うと、リリスティに向けて手を上げた。

「副総長。しばしの間、自室に戻ってもよろしいでしょうか?」
「ええ。構わないよ。」

リリスティが許可を下すと、ヴィルリエはすぐさま作戦室を退出して行った。
2分程経ってから、ヴィルリエが室内に戻って来た。

「失礼いたしました。」

彼女はそう言って地図の前に立つと、その上に持っていた紙の束を置いた。

「情報参謀。これは何かね?」

「はっ。レンフェラル隊の通信記録です。これに、私が発した先の言葉の答えがあります。」

ヴィルリエはそう言うと、1枚の紙を航空参謀に手渡した。

「あんたもこれを読んでみな。」
「こんな物を読んで、一体何が分かると言うんだ?」
「まぁまぁ、固い事言わずに。まずは騙されたと思いながら目を通して。」

ヴィルリエはそう言いながら、作り笑いを浮かべた。

「チッ……仕方ないな。」

航空参謀は渋々ながら、ヴィルリエの言う通り、報告書を読み始めた。

「情報参謀。どうして、それに答えがあると思うのかね?そして、それで、本当に護衛の敵機動部隊を船団から離す事が出来るのかね?」
「うーむ……副総長とも以前話したのですが、護衛を離せるか否かについてははっきりと言えません。ですが、成功すれば、敵の護衛効率は
格段に低下するでしょう。」

ヴィルリエは、不敵な笑みを浮かべた。

「要するに、軍艦の食事におあずけを食らわしてしまえばいいのです。」

1485年(1945年)8月4日 午後1時 リーシウィルム沖120マイル地点

第57任務部隊司令官であるジョン・リーブス中将は、旗艦リプライザルの艦橋で、昨日から気になっていた例の情報の続報を、通信参謀から聞いていた。

「潜水艦フラック・スナークからの報告によりますと、3日早朝に出港したシホールアンル艦隊は、18ノットの速度を保ちながらリーシウィルム沖に
向かっているようです。このままですと、6日までには、敵の機動部隊はリーシウィルムを攻撃半径に捉える事が可能となります。」
「むぅ……」

リーブスは複雑な表情を作りながら唸った。
TF57にとって、シホールアンル艦隊出撃の報は意外に思えた。
シホールアンル海軍は、1月のレビリンイクル沖海戦で大損害を負い、その傷が完全に癒えていない今は、積極的に打って出ぬであろうと予想されていた。
ところが、シホールアンル側はアメリカ側の予想に反して、竜母を含む主力部隊を出港させたのである。
竜母を中心とした機動部隊が出撃した事は、TF57司令部を大いに驚かせたが、その後、第5艦隊司令部から迎撃命令を発せられ、TF57は陸上の
航空支援を護衛空母の艦載機に任せ、ひたすら敵機動部隊を待ち続けていた。
アメリカ海軍としては、願っても無い敵主力撃滅のチャンスであり、幕僚達も来る決戦に向けて闘志を高めていた。
だが、TF57司令官のリーブスは、今回のシホールアンル側の反応を不審に思っていた。

「妙だな……」
「どうかされましたか?」

参謀長のフラッツ・ラスコルス少将が聞いて来る。

「いや、どうも引っ掛かる物があってな。」

リーブスは仏頂面を貼りつかせたまま答えた。

「敵は戦力の再建中だったはず。なのに、何故出て来たのだろうか。」
「そう言われれば、確かに……」

ラスコルス少将も不審に思った。

「司令官。もしかして、シホールアンル側はリーシウィルム上陸に仰天したため、慌てて何らかの反撃を企てようとしたのではありませんか?」

通信参謀が唐突にそう言った。

「通信参謀。幾ら何でも、それは浅はかでは無いのかね?」
「いえ、考えられぬ事ではないかと。」

ラスコルス少将が通信参謀に助け船を出した。

「シホールアンルは帝政国家です。このような専制国家は、民主主義国家と違って、情報の統制がしやすい物の、ひとたび情報の隠蔽が発覚すれば、
国民の士気阻喪は民主主義国家と同様か、場合によってはそれ以上に及ぶ可能性があります。恐らく、今回の敵機動部隊出撃も、これ以上の敗報に
耐えられなくなった上層部が、一か八かの賭けとばかりに、リーシウィルムの上陸船団攻撃を命じたかも知れません。」
「……大雑把ながらも、筋は通っているな。」

リーブスは頷いた。

「リーシウィルム上陸部隊は、急遽編成された事もあって補給態勢が万全に整えられている訳では無い。上陸部隊を支える輸送艦群が攻撃………
いや、補給路を結ぶ輸送船団が襲われても、物資の補給が滞る恐れがある。今の所、国境線から侵入した部隊は順調に進撃しているとはいえ、
リーシウィルムの部隊と合流するには、最低でも1週間半日はかかる。そこを敵艦隊に襲われたら目も当てられんな。」
「確かに……一応、上陸地点には1カ月分の物資が運び込まれていますが、それらは全て、野積みにされた状態です。敵艦隊が上陸船団を
蹴散らして海岸に艦砲射撃を加えれば、これらの物資は一瞬にして粉砕され、リーシウィルム周辺の4個師団はたちまち補給切れに陥って
しまいます。間の悪い事に、シホールアンル軍は内陸部で部隊を集結させ、リーシウィルム上陸部隊を迎え撃とうとしています。」
「そう言われると、敵もなかなかのタイミングで仕掛けてきた物だな。だが……」

リーブスは、ここで初めて、余裕のある言葉を放った。

「そうなる前に、敵は幾多の試練を越えなければならん。その1つが、我が機動部隊だ。」
「敵機動部隊は、我々を見つけるなり、持てる限りの艦載騎を投入して来るでしょう。そこで、このリプライザル級空母と、ウースター級防空巡洋艦の
真価が発揮されます。」


「うむ。敵機動部隊を叩くのは、敵の航空戦力を減殺した後に、じっくりとやれば良い。上手くすれば、この戦いで、シホールアンル側の洋上航空戦力を
潰滅させる事が出来るだろう。」

リーブスの言葉を聞いたラスコルス少将は、頬を緩ませながら頷いた。

「戦闘開始まではまだ時間があります。今は準備を整え、今後の戦闘と、船団の防衛に万全を尽くす事を考えましょう。」
「うむ……ああ、そう言えば、朝方、新たに船団が入港したようだな。」

リーブスはふと、頭の中で思い出しながらラスコルスに聞いた。

「レーミア湾で準備中だった輸送艦30隻が、カレアント海軍の護衛付きで入港しています。驚く事に、護衛の艦艇の中には、キワモノで知られる
巡洋艦ガメランの姿もあるようですよ。」
「ほう。あのガメランが護衛に混じっているとは。驚きだな。」

リーブスは物珍しそうに言う。

「カレアント海軍もなかなか気合が入っているようで、大いに結構だ。」

彼はそう言いつつ、腕時計に目を向ける。

「……午後1時15分か。そろそろ、艦隊に変針を命じなければな。」
「もうそんな時間でしたか。」

ラスコルスは、自分が何かを忘れていた事に、心中で恥じながらも、先に控えている洋上補給の事に意識を向けた。

「補給船団とのランデブーまではあと2時間ある。明日の正午までには終わらせて、敵の決戦に備えなければならん。」
「確かに。“キッズ”達の補給は手早く済ませたい所ですな。」

ラスコルスはそう言った。
キッズ達とは、輪形陣の外輪部を固める駆逐艦部隊の渾名である。
駆逐艦は航続距離が大型艦と違って短いため、作戦行動中は早くても3日置き。遅くても5日置きに燃料を補給しなければならない。
そのため、機動部隊は定期的にタンカーを伴う補給船団と合流して給油や弾薬の補給を受ける必要がある。
TF57は、先の洋上補給から既に5日が経過していたため、各艦の補給……特に駆逐艦群の燃料補給は早急に行う必要があった。

午後3時40分 リーシウィルム沖南西140マイル地点

TF57が南に変針して2時間が経った。
補給船団との距離は順調に狭まっており、4時30分までには補給を開始できる見込みだ。

「司令官。あと15分で補給船団が見えます。」
「うむ。腹を空かせている艦艇にたっぷりとご馳走を振る舞ってやろう。」
「しかし、この分だと、あと4時間程で夜になりますな。これでは、補給は明日の正午どころか、夕方までかかるかもしれませんぞ。」
「ああ。夜間の補給は安全面から見て、実質的に不可能だからな。補給を受けられなかった艦は、明日まで我慢して貰う。」

リーブスはきっぱりと言い放った。


異変が起きたのは、その時であった。


不意に、スリットガラスの向こう側に薄い黒煙が噴き上がっていた。
かなり遠い所で上がっているためか、黒煙は小さく見える。
だが、その色は真っ黒に染まっており、煙の量はかなりの物であった。

「司令官、あれは……」
「待て。あそこの方角には、補給船団が居た筈……!」

リーブスは、自らの胸の内にどす黒い不安感が広がるのを感じていた。

「司令官!補給船団より緊急信です!!」

唐突に、通信参謀が艦橋に飛び込んで来た。

「我、敵海洋生物の攻撃を受ける。油槽艦ネオショー並びにトラッキー被弾炎上。護衛駆逐艦2隻も攻撃を受け大破。同海域での補給任務は、
現状では不可能と判断せり………司令官!」
「………」

リーブスは何も答えず、右手で額を抑えた。

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