秩序同盟との終戦を迎え、帝國軍の引き上げの日が近づいたある日。
アルタート側から戦勝を祝したパーティを開くので出席して欲しいと言う要望が届いた。
士官以下兵卒にもと言う要望には、山崎中佐はこれ幸いと喜び出席を決めた。
そして、パーティ当日。
城下町が賑わう様を城のバルコニーから見下ろしながら山崎中佐は感嘆の声を上げた。
「随分と賑やかな物ですな」
「何せ負け戦からの逆転ですから。民も皆喜んでいるのですよ」
戦場で見せた鎧姿から一転してゆったりとした貴族服を身に纏ったカイゼルが同じく城下町を見下ろした。
「こうして又、民達を見る事が出来るとは感謝してもし足りません」
「貴方方の奮戦あってこそですよ。我々はそのお手伝いをしたまでです」
ふふっと笑うとカイゼルはバルコニーから中へと戻った。
「さあ、そろそろ宴の時間です。戻りましょう」
城の中へと戻ると晩餐の準備が整い、多くの将・士官らが席に着いていた。
カイゼルと山崎は上座へと座り、カイゼルの指示をもって料理が運ばれ宴が始まる。
まず初めに運ばれてきたのはアルタート太陽王国の多くの国民に親しまれている「太陽のスープ」と呼ばれる、塩スープをベースにジャガイモ・ニンジン・タマネギやキャベツそして川魚の魚肉を団子状にしたものだ。
スプーンから一口口に含むと暖かみが体に伝わりバルコニーで冷たい風に当たっていたのも加わり、心地よさを山崎は感じていた。
「おお、この肉団子は美味い」
「気にいって頂けて何よりです。丁度、今の時期は産卵を控えて体力をつけるために脂が良く乗っているのですよ」
「なるほど、確かに美味いのぉ」
特注の椅子に座り、ドワーフの将軍であり技師でもあるビリーが噛みしめながら言った。
「私は野菜が嬉しいですね。魚も嫌いではないのですが」
「俺はちょっと物足りないな。やっぱり肉だろ肉!」
エルフの将軍のギルデンはニンジンの甘味に頷きながら、オーガの将軍のホーガンは文句を言いながらもスープを飲み干していた。
次に出されたのはエルフの森でしか取れない特殊な木の実と葉を使ったサラダだ。
それに薄くスライスされたタマネギが上に乗せられ、オリーヴが絞られている。
「我々エルフは、あまり獣肉を摂る習慣が無いので基本的にはこのような野菜や果実が食されています」
ギルデンの説明もそこそこに、ホーガンが口に運び顔を顰める。
「…こんなんばっか食ってるから、そんな細えのか?」
「あなたの種族が逞し過ぎるだけでしょうに…」
ギルデンが顔を歪める横で、我関せずとばかりにビリーはサラダを食べしきりに頷いている。
「穴倉に居るとこんな上等な野菜はお目にかかれんからのう。じゃ、次は儂等じゃな」
ビリーの発言に呼応するように、ドワーフの料理人たちが酒瓶と腸詰肉が運んできた。
「ドワーフ特製の大麦とトウモロコシの蒸留酒と豚肉の腸詰焼きじゃ。これがまた良くあってのう」
パリパリと音を立てながら腸詰を食べると、小さなグラスに注がれた酒を一口で煽った。
肉に香草も入っていたのか程よい辛味が酒を進ませる。
その酒も豚肉に良く合うスッキリとした強さで一杯二杯と進む飲みやすさだ。
「穴倉に住んどると楽しみが酒と賭博位しか無くてな、それに豚は育てやすいから楽じゃ」
グビリと一気に酒を飲むとビリーはチラリと目線をホーガンに向けた。
「次はお前さんらじゃないかの」
「おお、爺さん!その通りさ。おい!持って来い!」
ホーガンの怒鳴り声に近い大声の後、二人のオークが運んできたのは逆さに縛られた巨大な猪だった。
「昼に狩ってきたビッグタスクだ。血抜きと炙りは済んでる」
オーク達が鉈を豪快に使って肉を切り分け皿を並べていく、お世辞にも立派とは呼べない料理だったが肉厚で美味そうだ。
「運が良かった!群れで一番肥えてる奴を狩れたんだ。味は保障する」
そう言うとホーガンは肉にガブリと噛みついた。
各々それに続いて食べ始める。
獣臭さも無く食べやすい味だ。
しかし、ギルデンは細々と切ってそれを口に運んでいる。
「今しがた我々について説明しましたよね…」
「せっかく取れたんだ文句言わずに食えよ」
恨めしそうに見るギルデンにホーガンはどこ吹く風とばかりに受け流す。
「では最後に我々が」
山崎中佐がそう言って大鍋を運ばせた。
「なんだこの匂い?」
「む…」
「ほう、帝國は金持ちじゃな」
「香辛料ですな」
山育ちのホーガン・ギルデンは分からなかったが、王族のカイゼルと商取引にも詳しいビリーはその匂いが香辛料だとすぐに分かった。
それと同時に大鍋一杯の香辛料を使える帝國の財力の凄さも理解したのだ。
それぞれの前にカレーライスが置かれる。
「こんな物で申し訳ありませんがどうぞ」
「こんな物…、間違いなく今までの料理で一番高価では…」
じっと皿に盛られたカレーを見つめるカイゼルの残された片目は滅多に見れない香辛料に何を思うのか。
「従兄弟達の貿易の手伝い以来じゃな。しかし、この白い虫みたいなのは見たことがないのう」
スプーンでつんつんと米を突きながらビリーが疑問を呈す。
「米といって、我々にとって皆さんのパンと同じ主食です」
「虫みたいだ」と言われたがその事については顔にも出さず山崎は米について説明した。
主食であるとの事だ、そうそう悪い物じゃないだろうと判断したか各種族の将軍達が食べそれに続いて将校達も食べ始めた。
「美味い!」
カレーを一口食べたアルタートの将校の一人が声も高らかに叫ぶ。
それを皮切りにざわざわと騒ぎが広まる。
香辛料という通常では王侯位しか手に入る事の無い食事は将校で騎士とは言え、村持ちの郷士や王国からの禄を貰う宮廷騎士では到底手に入れることなど不可能な程高価な代物だ。
山に暮らすエルフやオーガ・オーク・ゴブリンはそもそも香辛料と言う言葉すら聞いたことの無い者もいる。
例外として商人稼業に就く者の多いドワーフだが、取り扱った事があってもそれは『商品』であって、自分の食事に使用するよりも売りさばく事を選ぶ。
この中で香辛料の使われた料理を食べた事のある人物と言えば王族のカイゼル将軍だが、それも御用商人が持ち帰った物を一度食べただけという位だ。
「いやはやヤマザキ殿、素晴らしい料理でした。皆様も素晴らしい民族料理の数々、感謝いたします」
主催のカイゼルは立ち上がりそれぞれの料理への感謝を述べると続けた。
「この宴も始まったばかり、まだまだお楽しみ下さい」
カイゼルの言った通り更に料理が運ばれてくる。
結局このパーティは深夜深くまで続き、山崎中佐以下士官らにも主に胃に深い傷がついた―――
同時刻、城下町では戦勝祝いの料理が市民らにも振る舞われていた。
といっても城で将校らが食べていたような物ではなく、白パンに豚肉入りの鍋だ。
それだけの様に思えるが、市民・農民のほとんどは毎日がキャベツの酢漬けに固い黒パンを家族で1つか2つ、農民は塩スープに屑野菜を入れた物が日々の夕食の内容だ。
「一生に一度で良いから白いパンが食べたい」
そう言って食べられずに死んでいく者が多い現実で、白パンに肉鍋と言うのは市民達にとってこれ以上にない『御馳走』なのだ。
「押さないで!まだまだ量はあるよ!」
「女王陛下からの贈り物の白パンですよ!全員に行き渡ります!」
「鍋は逃げないんだから列に戻って!」
…多少はそれを求めて騒ぎも起きるのは仕方がなかろう。
多くの市民達が配給に来た兵士らに駆け寄る。
今日が過ぎればもう二度と食べるどころか見ることすら出来ないのやもしれないのだから文字通りの命懸けだ。
「はい、人数は!?」
「五人です!」
人の波の中からようやく配給の兵士の所までたどり着いた少年が回りの声にかき消されないように叫んだ。
「ほら!五つだ!次!」
乱暴に袋を渡されると少年はまた人の波をかき分けて大通りへと出た。
キョロキョロと当たりを見渡し、もう一人鍋を貰いに行っていた弟を探す。
「兄ちゃん!貰えたー!」
「こっちも貰えた!家に帰るぞ!」
鍋の列から弟が飛び出し、器を大事そうに抱えて走ってきたのを確認すると兄はもう一度袋を抱き直し中身を検めた。
―1つ2つ3つ…、ちゃんと5つある。
もう1度抱きしめ直すと家に帰ろうと少年は走り出した。
どんと衝撃が走り、後ろ向きに倒れる。
どうやら誰かにぶつかった様だ。
幸いにも握りなおした為パンが零れ落ちる事がなかったのが救いか。
「坊主、大丈夫か?ちゃんと前向いてから走れよ」
「あ痛てて…」
ぶつかった鼻を押さえながら少年が差し出された手を握る。
「済みません…」
ぶつかった相手は誰だろう、少なくとも怒鳴りつけず手を貸して起こしてくれた人だ良い人なんだろう。
少年がそう思い、顔を上げるとアルタートではあまり見かけない黒髪に平坦な顔をした人物が3人いた。
問題はその人物達が『帝國軍の軍服』を着ている事か。
秩序同盟との戦い以後、しばらく帝國兵は町に仮設大使館が建てられた事もあり頻繁に見かけられた。
勿論、少年も見かけた事がありそれだけにパニックになった。
「も、申し訳ありません!どうかお許しを!」
土下座をせんばかりの勢いで頭を下げると少年は謝罪した。
「いや、怪我もしてないから気にしないで良い」
帝國兵はそれだけ伝えるとサッと立ち去った。
「軍曹、そろそろ城の中庭に戻った方が良いんではないでしょうか?」
「もう少し位市内見て回ったって良いだろう」
「さすがにカレーばっかりは飽きますよねぇ…」
少年が頭を上げた頃には帝國兵は通り過ぎ遠くへと行く途中だった。
「兄ちゃん…」
弟の不安そうな顔を見ると少年は弟の腕を握り、大丈夫と声をかけ家路を急いだ。
アルタート側から戦勝を祝したパーティを開くので出席して欲しいと言う要望が届いた。
士官以下兵卒にもと言う要望には、山崎中佐はこれ幸いと喜び出席を決めた。
そして、パーティ当日。
城下町が賑わう様を城のバルコニーから見下ろしながら山崎中佐は感嘆の声を上げた。
「随分と賑やかな物ですな」
「何せ負け戦からの逆転ですから。民も皆喜んでいるのですよ」
戦場で見せた鎧姿から一転してゆったりとした貴族服を身に纏ったカイゼルが同じく城下町を見下ろした。
「こうして又、民達を見る事が出来るとは感謝してもし足りません」
「貴方方の奮戦あってこそですよ。我々はそのお手伝いをしたまでです」
ふふっと笑うとカイゼルはバルコニーから中へと戻った。
「さあ、そろそろ宴の時間です。戻りましょう」
城の中へと戻ると晩餐の準備が整い、多くの将・士官らが席に着いていた。
カイゼルと山崎は上座へと座り、カイゼルの指示をもって料理が運ばれ宴が始まる。
まず初めに運ばれてきたのはアルタート太陽王国の多くの国民に親しまれている「太陽のスープ」と呼ばれる、塩スープをベースにジャガイモ・ニンジン・タマネギやキャベツそして川魚の魚肉を団子状にしたものだ。
スプーンから一口口に含むと暖かみが体に伝わりバルコニーで冷たい風に当たっていたのも加わり、心地よさを山崎は感じていた。
「おお、この肉団子は美味い」
「気にいって頂けて何よりです。丁度、今の時期は産卵を控えて体力をつけるために脂が良く乗っているのですよ」
「なるほど、確かに美味いのぉ」
特注の椅子に座り、ドワーフの将軍であり技師でもあるビリーが噛みしめながら言った。
「私は野菜が嬉しいですね。魚も嫌いではないのですが」
「俺はちょっと物足りないな。やっぱり肉だろ肉!」
エルフの将軍のギルデンはニンジンの甘味に頷きながら、オーガの将軍のホーガンは文句を言いながらもスープを飲み干していた。
次に出されたのはエルフの森でしか取れない特殊な木の実と葉を使ったサラダだ。
それに薄くスライスされたタマネギが上に乗せられ、オリーヴが絞られている。
「我々エルフは、あまり獣肉を摂る習慣が無いので基本的にはこのような野菜や果実が食されています」
ギルデンの説明もそこそこに、ホーガンが口に運び顔を顰める。
「…こんなんばっか食ってるから、そんな細えのか?」
「あなたの種族が逞し過ぎるだけでしょうに…」
ギルデンが顔を歪める横で、我関せずとばかりにビリーはサラダを食べしきりに頷いている。
「穴倉に居るとこんな上等な野菜はお目にかかれんからのう。じゃ、次は儂等じゃな」
ビリーの発言に呼応するように、ドワーフの料理人たちが酒瓶と腸詰肉が運んできた。
「ドワーフ特製の大麦とトウモロコシの蒸留酒と豚肉の腸詰焼きじゃ。これがまた良くあってのう」
パリパリと音を立てながら腸詰を食べると、小さなグラスに注がれた酒を一口で煽った。
肉に香草も入っていたのか程よい辛味が酒を進ませる。
その酒も豚肉に良く合うスッキリとした強さで一杯二杯と進む飲みやすさだ。
「穴倉に住んどると楽しみが酒と賭博位しか無くてな、それに豚は育てやすいから楽じゃ」
グビリと一気に酒を飲むとビリーはチラリと目線をホーガンに向けた。
「次はお前さんらじゃないかの」
「おお、爺さん!その通りさ。おい!持って来い!」
ホーガンの怒鳴り声に近い大声の後、二人のオークが運んできたのは逆さに縛られた巨大な猪だった。
「昼に狩ってきたビッグタスクだ。血抜きと炙りは済んでる」
オーク達が鉈を豪快に使って肉を切り分け皿を並べていく、お世辞にも立派とは呼べない料理だったが肉厚で美味そうだ。
「運が良かった!群れで一番肥えてる奴を狩れたんだ。味は保障する」
そう言うとホーガンは肉にガブリと噛みついた。
各々それに続いて食べ始める。
獣臭さも無く食べやすい味だ。
しかし、ギルデンは細々と切ってそれを口に運んでいる。
「今しがた我々について説明しましたよね…」
「せっかく取れたんだ文句言わずに食えよ」
恨めしそうに見るギルデンにホーガンはどこ吹く風とばかりに受け流す。
「では最後に我々が」
山崎中佐がそう言って大鍋を運ばせた。
「なんだこの匂い?」
「む…」
「ほう、帝國は金持ちじゃな」
「香辛料ですな」
山育ちのホーガン・ギルデンは分からなかったが、王族のカイゼルと商取引にも詳しいビリーはその匂いが香辛料だとすぐに分かった。
それと同時に大鍋一杯の香辛料を使える帝國の財力の凄さも理解したのだ。
それぞれの前にカレーライスが置かれる。
「こんな物で申し訳ありませんがどうぞ」
「こんな物…、間違いなく今までの料理で一番高価では…」
じっと皿に盛られたカレーを見つめるカイゼルの残された片目は滅多に見れない香辛料に何を思うのか。
「従兄弟達の貿易の手伝い以来じゃな。しかし、この白い虫みたいなのは見たことがないのう」
スプーンでつんつんと米を突きながらビリーが疑問を呈す。
「米といって、我々にとって皆さんのパンと同じ主食です」
「虫みたいだ」と言われたがその事については顔にも出さず山崎は米について説明した。
主食であるとの事だ、そうそう悪い物じゃないだろうと判断したか各種族の将軍達が食べそれに続いて将校達も食べ始めた。
「美味い!」
カレーを一口食べたアルタートの将校の一人が声も高らかに叫ぶ。
それを皮切りにざわざわと騒ぎが広まる。
香辛料という通常では王侯位しか手に入る事の無い食事は将校で騎士とは言え、村持ちの郷士や王国からの禄を貰う宮廷騎士では到底手に入れることなど不可能な程高価な代物だ。
山に暮らすエルフやオーガ・オーク・ゴブリンはそもそも香辛料と言う言葉すら聞いたことの無い者もいる。
例外として商人稼業に就く者の多いドワーフだが、取り扱った事があってもそれは『商品』であって、自分の食事に使用するよりも売りさばく事を選ぶ。
この中で香辛料の使われた料理を食べた事のある人物と言えば王族のカイゼル将軍だが、それも御用商人が持ち帰った物を一度食べただけという位だ。
「いやはやヤマザキ殿、素晴らしい料理でした。皆様も素晴らしい民族料理の数々、感謝いたします」
主催のカイゼルは立ち上がりそれぞれの料理への感謝を述べると続けた。
「この宴も始まったばかり、まだまだお楽しみ下さい」
カイゼルの言った通り更に料理が運ばれてくる。
結局このパーティは深夜深くまで続き、山崎中佐以下士官らにも主に胃に深い傷がついた―――
同時刻、城下町では戦勝祝いの料理が市民らにも振る舞われていた。
といっても城で将校らが食べていたような物ではなく、白パンに豚肉入りの鍋だ。
それだけの様に思えるが、市民・農民のほとんどは毎日がキャベツの酢漬けに固い黒パンを家族で1つか2つ、農民は塩スープに屑野菜を入れた物が日々の夕食の内容だ。
「一生に一度で良いから白いパンが食べたい」
そう言って食べられずに死んでいく者が多い現実で、白パンに肉鍋と言うのは市民達にとってこれ以上にない『御馳走』なのだ。
「押さないで!まだまだ量はあるよ!」
「女王陛下からの贈り物の白パンですよ!全員に行き渡ります!」
「鍋は逃げないんだから列に戻って!」
…多少はそれを求めて騒ぎも起きるのは仕方がなかろう。
多くの市民達が配給に来た兵士らに駆け寄る。
今日が過ぎればもう二度と食べるどころか見ることすら出来ないのやもしれないのだから文字通りの命懸けだ。
「はい、人数は!?」
「五人です!」
人の波の中からようやく配給の兵士の所までたどり着いた少年が回りの声にかき消されないように叫んだ。
「ほら!五つだ!次!」
乱暴に袋を渡されると少年はまた人の波をかき分けて大通りへと出た。
キョロキョロと当たりを見渡し、もう一人鍋を貰いに行っていた弟を探す。
「兄ちゃん!貰えたー!」
「こっちも貰えた!家に帰るぞ!」
鍋の列から弟が飛び出し、器を大事そうに抱えて走ってきたのを確認すると兄はもう一度袋を抱き直し中身を検めた。
―1つ2つ3つ…、ちゃんと5つある。
もう1度抱きしめ直すと家に帰ろうと少年は走り出した。
どんと衝撃が走り、後ろ向きに倒れる。
どうやら誰かにぶつかった様だ。
幸いにも握りなおした為パンが零れ落ちる事がなかったのが救いか。
「坊主、大丈夫か?ちゃんと前向いてから走れよ」
「あ痛てて…」
ぶつかった鼻を押さえながら少年が差し出された手を握る。
「済みません…」
ぶつかった相手は誰だろう、少なくとも怒鳴りつけず手を貸して起こしてくれた人だ良い人なんだろう。
少年がそう思い、顔を上げるとアルタートではあまり見かけない黒髪に平坦な顔をした人物が3人いた。
問題はその人物達が『帝國軍の軍服』を着ている事か。
秩序同盟との戦い以後、しばらく帝國兵は町に仮設大使館が建てられた事もあり頻繁に見かけられた。
勿論、少年も見かけた事がありそれだけにパニックになった。
「も、申し訳ありません!どうかお許しを!」
土下座をせんばかりの勢いで頭を下げると少年は謝罪した。
「いや、怪我もしてないから気にしないで良い」
帝國兵はそれだけ伝えるとサッと立ち去った。
「軍曹、そろそろ城の中庭に戻った方が良いんではないでしょうか?」
「もう少し位市内見て回ったって良いだろう」
「さすがにカレーばっかりは飽きますよねぇ…」
少年が頭を上げた頃には帝國兵は通り過ぎ遠くへと行く途中だった。
「兄ちゃん…」
弟の不安そうな顔を見ると少年は弟の腕を握り、大丈夫と声をかけ家路を急いだ。