自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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終わりと始まり



青森県むつ市 釜臥山山頂
航空自衛隊第42警戒群レーダーサイト

2012年 12月8日 5時32分

 その日、下北半島一帯は高気圧に覆われ、好天を期待できる気象条件であった。未だ夜明けの気配すら無い釜臥山の頂上では、レーダーサイトに勤務する職員達が、一瞬たりとも途切れることの無い監視業務に従事していた。

 釜臥山は、下北半島中央部恐山山系の最高峰で、標高は878.6メートル。眼下に陸奥湾を望む景勝地である。
 ただし、この山の特徴はそれだけではない。釜を臥せたさまに例えられる山の頂には、特異な形状を持つ建造物が周囲を睥睨していた。
 航空自衛隊第42警戒群が装備するJ/FPS-5警戒管制フェーズド・アレイ・レーダーである。通称ガメラレーダーで知られる電子の目が、本州最北端の地で空の守りに就いている。

「あと30分で、交代だなぁ」
 長時間緊張を強いられた疲労も露わに、警戒管制員の九戸三曹が言った。
「はよ朝飯ば食いてぇなぁ」
 彼の隣でしみじみとつぶやいたのは、気象班の晴山三曹である。彼が雑談をしながらも決して目を離すことがないレーダー画面には、識別不明機のプリップではなく、周囲の空模様がエコーとして映し出されていた。

 6月の『北近畿騒乱』の後、突然の惨禍に見舞われた日本国民は、それを防ぐことが出来なかった政府の対応に、強烈な不満を示した。
 政府は贖罪羊を見つけだそうとした。
 政府内では、自衛隊情報本部、外事、公安警察、在外公館その他全ての情報関係部署が『事件前に大規模騒乱の兆候無し。周辺諸国、国内諸勢力の関与は考えられない』と、口を揃えた。
 追及側は容易に信じなかったが、提出された資料、周辺諸国の対応、その他すべての情報がそれを裏付けていた。
 逮捕者の取り調べに当たった警察も、匙を投げた。あらゆる証言と物件を組み合わせると、何をどうやっても『地球上に該当なし』となるのである。
 政府は、世論と野党の追及に火だるまになりつつ、対応を迫られた。しかし、結果耐えきれず政権を失った。


「こんなジョークがある」
 眠気覚まし、とばかりに九戸が言った。
「ほう」
「ある時、国民が敵対勢力に拉致された。
アメリカは、すぐさま空母機動部隊を派遣し、空爆と巡航ミサイル攻撃を行った。
イギリスは、すぐさま特殊部隊を投入し、人質を救出した」
「ああ、そんな感じだべな」
「イタリアは、人質が男だったのでやる気が無かった。
ロシアは、拉致犯の家族を捕らえ、『人質を解放しなければ家族を拷問して殺す』と発表した」
「あの国ならやりかねねえ」
「中国は『我が国にはまだ十四億の人民がいる』と発表した。
韓国は、謝罪と賠償を日本に要求した」
「定番だなぁ。」
 晴山は笑った。
「日本は──」
「遺憾の意を表明したんだろ?」

 九戸の答えは違った。
「いや、拉致された人質を見つけられなかった、だよ」

 どこか気まずい、白けた空気が二人の間に漂った。九戸は頭をかきながらぽつりとつぶやいた。
「あんま、面白いジョークじゃ無かったな」
「んだな。──なんだか最近、どこもかしこもどんよりしてるなぁ」

 日本には、どこか重苦しい空気が漂い始めていた。
 新政権は、国内の治安維持を図るため、自衛隊法、警察法に始まり、銃刀法、警備業法、果ては農業関連の諸法規に至る様々な法律を改正した。
 これらは安全を求める国民の支持を背景に、強力かつ速やかに推し進められることになった。
 その背景に、実は『北近畿騒乱』の前から類似の事件が発生していたことが、捜査の進展によりあきらかになったことがある。
 今まで有害鳥獣の仕業や猟奇犯の犯行とされてきたうちの何割かが、北近畿を襲った集団に類似する何者かによる可能性が出てきたのだった。
 そして、それらは終結していないことも判明した。『北近畿騒乱』後も全国各地で小規模な事件は頻発していたのだった。

 国民は恐怖し、対策を求めた。

 その結果、自衛隊の弾薬の保管や出動に関する即応性は向上し、各地に分屯基地が設けられた。予算の増額も認められた。
 警察は重装備化すると共に、派出所、駐在所が倍増、今ではあちこちにプロテクターとショットガンを装備した警官の姿を見ることが出来る。
 また、過疎地や山間部における自己防衛が必要不可欠との要求から、警備業の規制緩和と銃刀法の改正による自警団の編成が進んだ。

 当然、副作用は存在した。
 警視庁及び大都市を抱える道府県警察内に新設された「特殊事案機動対処隊」略して「特機隊」は、防弾装備で全身を覆い、自前の装甲車や重火器を保有する、『北近畿騒乱』規模の事案に対処することを想定した部隊であった。
 しかし、この部隊の性質上、当然のごとく機動隊、SAT、銃器対策班等との軋轢を産んだ。自衛隊との関係も緊張した。
 また、危惧された銃刀法規制緩和による犯罪の増加は、警察の強化と自警団の組織が比較的円滑に進んだことから、予想より大分低い数値となったものの、人心は不安定化していた。
 山間部の過疎地は危険とされ、廃村が続出、林業は低迷し里山も荒れた。アウトドア産業や観光業も打撃を受けている。

 そして最も深刻なのは、拉致被害者の行方は一向に判明せず、いつどこで自分が襲われるかも知れない、という状況であった。
 懸命の捜査にもかかわらず、犯人の手掛かりは無く、どれだけ守りを固めてもそれは根本の解決にはならない。

 不安は澱のように人々の心に沈澱した。それが、世の中にどこか停滞した空気を招いていた。


 当初は高い支持率を保っていた保守政権だった。
 しかし、9月以降『隠岐島占拠事件』での西部方面普通科連隊による奪還作戦、相馬市騎馬自警団と武装集団による『相馬攻防戦』。
 捕獲された生体サンプルの争奪が原因となった『防衛医大炎上事件』等が立て続けに発生、国民は被害の大きさに衝撃を受け支持率は低下し続けていた。


「へば、申し送りの準備するべ」
「了解」

 もちろん、日本国政府はただ手をこまねいているだけの組織では無かった。
 依然として行方不明者の手掛かりは見つからないものの、過去データの洗い直しにより、武装集団や特異生物の出現前には、ある現象が発生することを突き止めていた。

 特定雲の発生である。

 規模の大小はあるものの、事件の前には必ずこの雲が発生していた。そして、数時間後には消滅することが分かった。
 政府はこの報告を受け、防衛省、国土交通省、気象庁等の関係省庁に対応を指示した。
 各省庁は折衝と調整を繰り返した結果、気象、航空管制、警戒その他あらゆるレーダー施設に、気象観測用のドップラー・レーダーを設置、さらに組織の枠を越えて緊急通報システムを整備した。
 J-ALERTと連動したこの警報システムが運用を開始した11月以降、国民の被害は一件も報告されていない。

 九戸三曹と晴山三曹も、このシステムの一部であった。


「晴山さん、今日明けだろ。田名部辺りの店で一杯やろうや?」
 チェックリストに鉛筆を走らせながら、九戸が言った。しかし、晴山の返事は無かった。
「──晴山さん?何か用事でもあるんか?」

 レーダー画面を見つめる晴山の肩は小刻みに震えていた。
「いや、ねえよ。有ったとしても、今日は山降りらんねぇわ」
「ん?──こりゃあ、大変だぁ!」


 九戸が覗き込んだその画面には、時計回りに渦を巻く、雲のエコーがはっきりと映し出されていた。



青森県むつ市大湊浜町 大湊漁港
2012年 12月8日 8時02分


 港は猛烈な地吹雪に曝されていた。明け方までの晴天が嘘のようであった。
 県警本部からの出動命令を受けた、むつ市警察署の城守一郎巡査は、防寒具と防弾装備でまるまると着膨れた姿で、雪に抗っていた。
 雪が彼の視界を奪っている。恐らく10メートル先の者すら見逃すだろう。彼は巡回を命じられたらものの、同伴する同僚と漁協の職員と共に、途方にくれていた。

「なんもみえね!」
「化けもんに襲われたらひとたまりもねえべ」
 彼が持つMP-5J機関けん銃は、通常であれば信頼性の高い高性能サブマシンガンであったが、現状では作動するかどうかすら不明であった。

「本部、こちら移動04。地吹雪で何も見えません。巡回は不可能です」
『移動04、周辺は異常ないか?』
 無線の声は、城守の癪に障った。思わず言い返していた。
「だーかーらー!なんもみえねって!」

 その時、風が変わった。北から猛烈に吹き込んでいた風が、まるで台風の目に入ったかのように収まったのだった。
 見上げると、青空すら見えた。

「お巡りさん!あれ!あれ!」

 漁協の職員が、怯えた声で叫んだ。城守が彼の指差す方向──海の方向を見ると、そこには一人の人間がいつの間にか現れていた。城守は思わずつぶやいた。

「……雪女がでた」

 突如生まれた無風の空間で、その人物は粉雪と風を身に纏っていた。ゆったりとした薄緑色の長衣が風に舞う。長衣から覗く手足は、細くしなやかな様子が窺えた。肌は雪よりも白い。

 唖然として動けない城守達に向けて、体重を感じさせない軽やかな足取りで、その人物は歩み寄った。
 渦を巻く風で、長い金色の髪がふわりと宙を舞った。柔らかな髪に隠れていた顔が露わになる。
 この世の者では無い、と城守は思った。余りに美しかった。猫のように大きな瞳が彼を興味深そうに見つめていた。年の頃は十代半ばであろうか。小さな口元に僅かに緊張の色が見て取れた。
 城守は、まじまじと見つめられ、頬を寒さ以外の理由で染めながら「やっぱり、この世界のもんでねえ」と思った。


 その人物の耳は長く尖っていた。


「あんた、何もんだ!この吹雪はあんたの仕業か?」
 城守は尋ねた。答えが返ってくることは期待していない。正体不明の武装集団は、誰も彼も言葉が通じないのだ。


 目の前に立った長衣の者は、鈴の音を思わせる声で、だが堂々と名乗りをあげた。


「わたくしは、リユセ樹冠国、西の一統リューリ・リルッカ。帝國に抗う南瞑同盟会議の命により、乞師として罷り越した。異世界の方よ。この国の宰相閣下にお目通り願いたい」



 リューリと名乗ったその言葉は、確かに異国の言葉であった。だが、何故か城守には古風な名乗りが理解できた。


 この日より、二つの世界は縁を結び、日本国は長い戦いに踏み込むことになる。

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