昭和20年も桜の咲く頃の事である。
横浜港に接岸して停泊している帆船救国丸改めセリア号が、帆を開いて出航した。
横浜港に接岸して停泊している帆船救国丸改めセリア号が、帆を開いて出航した。
事の起こりは昭和17年。
転移によって著しく変化した国の置かれた状況に過剰対応してしまった事にある。
近海を操業する船ならば帆船もあったが、遠洋を航海する船を動かすには石油か石炭が必要だ。
だが、転移によってそれら燃料の輸入の一切が停止してしまった。
幸い本土から程近い神賜島にそれらの埋蔵を確認したが、開発するのにどれくらいの時間がかかるか分からない。
転移によって著しく変化した国の置かれた状況に過剰対応してしまった事にある。
近海を操業する船ならば帆船もあったが、遠洋を航海する船を動かすには石油か石炭が必要だ。
だが、転移によってそれら燃料の輸入の一切が停止してしまった。
幸い本土から程近い神賜島にそれらの埋蔵を確認したが、開発するのにどれくらいの時間がかかるか分からない。
船は必要だが、燃料が安定供給されるのがいつになるか分からないという状況で、
後になって考えてみれば愚直で安易に選択された結論が遠洋型帆船の建造である。
後になって考えてみれば愚直で安易に選択された結論が遠洋型帆船の建造である。
といっても、小型船ならともかく外洋航行を前提とした大型船を建造するには
相応の資材が必要で、これはこれで石油とは別に不足が懸念されるものだった。
ただ使い捨てである資源である燃料とは違い、船体は一度造ってしまえば10年
以上の使役に耐えるし、使い終わっても解体して資材の使い回しが出来る。
相応の資材が必要で、これはこれで石油とは別に不足が懸念されるものだった。
ただ使い捨てである資源である燃料とは違い、船体は一度造ってしまえば10年
以上の使役に耐えるし、使い終わっても解体して資材の使い回しが出来る。
色々あって、昭和17年度には試験的に2隻が発注され、18年度以降は二桁から三桁の単位で発注される予定が組まれた。
これらは単に燃料不足への緊急対策だけでなく、急に仕事が無くなった造船会社に対する公共事業という意味合いもあった。
これらは単に燃料不足への緊急対策だけでなく、急に仕事が無くなった造船会社に対する公共事業という意味合いもあった。
しかし皇国全体にとっては嬉しい誤算で、神賜島での資源開発は当初の予定を大幅に
上回る速度で進み、早くも昭和17年度のうちに進捗具合に応じた計画変更が行われる。
上回る速度で進み、早くも昭和17年度のうちに進捗具合に応じた計画変更が行われる。
そんな中で、造船会社に対する発注は転移前よりやや下回るものの、ほぼ従来どおりの動力船に結局戻った。
二桁発注を見込まれていた帆船は、17年度の倍ではあるが二桁には及ばない4隻に留まり、19年度以降はそんな計画
初めから無かったかのように発注すらされなくなり、合計6隻という何とも中途半端な浮いた存在となってしまったのだ。
二桁発注を見込まれていた帆船は、17年度の倍ではあるが二桁には及ばない4隻に留まり、19年度以降はそんな計画
初めから無かったかのように発注すらされなくなり、合計6隻という何とも中途半端な浮いた存在となってしまったのだ。
1隻ごとに細部を改良しながら建造されているので完全な同型船ではないが、量産を前提に設計されたので基本は同じシップ型帆船である。
貨物船として使用する事を第一に考えられていたので、船の容積に対する貨物室の容積が大きく、速度性能より安定性が重視された。
海賊対策として12.7mm機関銃や81mm迫撃砲を設置して射撃しても問題無い程度の強度もあり、単純な性能だけ見るなら帆船としては一級品のものだ。
貨物船として使用する事を第一に考えられていたので、船の容積に対する貨物室の容積が大きく、速度性能より安定性が重視された。
海賊対策として12.7mm機関銃や81mm迫撃砲を設置して射撃しても問題無い程度の強度もあり、単純な性能だけ見るなら帆船としては一級品のものだ。
帆船としては。
結局、燃料は要らないといっても船速が遅く風任せなので航海日数が余計にかかり、その分乗員の
食料や水を余計に積まねばならないし、航海日数分の給料の増加も考えれば割に合わないのは明らか。
内燃機関による強力な馬力で動く船と比べると、一度に運べる貨物の量はどうしても劣る。
航海日数が余計にかかるうえに1隻あたりの輸送量で劣れば、単純に不経済である。
食料や水を余計に積まねばならないし、航海日数分の給料の増加も考えれば割に合わないのは明らか。
内燃機関による強力な馬力で動く船と比べると、一度に運べる貨物の量はどうしても劣る。
航海日数が余計にかかるうえに1隻あたりの輸送量で劣れば、単純に不経済である。
これらの問題点は、“石油が手に入らない”という条件の元ならば忍ぶべきものだったのだが、石油が手に入る条件が整ったのなら、枷でしかない。
油田開発に投資した莫大な費用があるので、アメリカから輸入していた時より原油単価は高くなったが、
それでも安定供給の目処が立った時点で石油が無い事を前提にしたあらゆる計画は変更を余儀なくされる。
油田開発に投資した莫大な費用があるので、アメリカから輸入していた時より原油単価は高くなったが、
それでも安定供給の目処が立った時点で石油が無い事を前提にしたあらゆる計画は変更を余儀なくされる。
6隻のうち、後から建造されたものは既に昭和18年の後半に差し掛かっており、産業界も「これは早晩無駄な船になるのでは?」と勘付いていた。
それでも一応仕事であるから設計どおりの仕事を進めていたが、途中で待ったがかかり、最後の1隻は民間向けの練習帆船として完成する事となる。
5番目に造られた1隻は、海軍が押し付けられる形で買い取り、仮装巡洋艦としても使用可能な練習巡洋艦として大幅な設計変更の後に完成した。
それでも一応仕事であるから設計どおりの仕事を進めていたが、途中で待ったがかかり、最後の1隻は民間向けの練習帆船として完成する事となる。
5番目に造られた1隻は、海軍が押し付けられる形で買い取り、仮装巡洋艦としても使用可能な練習巡洋艦として大幅な設計変更の後に完成した。
だが、残る4隻は船体や艤装がかなり出来上がっていたため、ほぼ17年度計画どおりの貨物船として完成した。
そして2、3度国内航路で使われたが、それ以降は港に繋がれっ放しの開店休業状態。18年度計画船では、試験航海が最後の航海という有様。
そして2、3度国内航路で使われたが、それ以降は港に繋がれっ放しの開店休業状態。18年度計画船では、試験航海が最後の航海という有様。
「作ったばかりだが、解体するか?」
昭和19年には、そんな声も囁かれていた。
地面を掘って埋める作業でも、賃金が発生するなら経済的には意味がある。船を造って解体するのも同じようなものだと。
解体しないとすれば、どこかで保存するか、誰かが買って使ってくれるのを期待するしかない。
転移前より出入港が減ったとはいえ、使途の無い船を放置しておくのは単純に邪魔であるし、管理面からも好ましくない。
件の帆船は試験導入という側面が強かったので、船自体は国費で建造され、それを民間の大手船会社に貸与するという形になっていた。
これで一定の成果が出たら、国からの貸与ではなく船会社の自費購入という形に移行しようとしていたのだが、もう散々な結果が出てしまった段階で新たに買おうとする者は居ない。
地面を掘って埋める作業でも、賃金が発生するなら経済的には意味がある。船を造って解体するのも同じようなものだと。
解体しないとすれば、どこかで保存するか、誰かが買って使ってくれるのを期待するしかない。
転移前より出入港が減ったとはいえ、使途の無い船を放置しておくのは単純に邪魔であるし、管理面からも好ましくない。
件の帆船は試験導入という側面が強かったので、船自体は国費で建造され、それを民間の大手船会社に貸与するという形になっていた。
これで一定の成果が出たら、国からの貸与ではなく船会社の自費購入という形に移行しようとしていたのだが、もう散々な結果が出てしまった段階で新たに買おうとする者は居ない。
が、ここで意外なところから手が挙がった。
リンド王国のメッソールに本拠を置く大手の貿易会社である。
皇国軍によるメッソール大砲撃(リンド側の呼称)で、この会社は大型主力船の数隻を失った。
避難させた船、その時点で別の場所で仕事をしていた船もあるから全滅ではないが、笑って済ませられる
程度の損害では済まない。通常の事故や遭難と違い、戦争被害では保険金も降りないので、丸損なのだ。
砲撃に際して事前通告はあったが、あまりに急な事であり全ての船を脱出させる余裕は無く、
船は間に合わないので船員だけでも陸に避難させるという決断により、所属する船員の
殆どは無事であったが、今度は逆に助かった船員の乗る船が無いという事になった。
リンド王国のメッソールに本拠を置く大手の貿易会社である。
皇国軍によるメッソール大砲撃(リンド側の呼称)で、この会社は大型主力船の数隻を失った。
避難させた船、その時点で別の場所で仕事をしていた船もあるから全滅ではないが、笑って済ませられる
程度の損害では済まない。通常の事故や遭難と違い、戦争被害では保険金も降りないので、丸損なのだ。
砲撃に際して事前通告はあったが、あまりに急な事であり全ての船を脱出させる余裕は無く、
船は間に合わないので船員だけでも陸に避難させるという決断により、所属する船員の
殆どは無事であったが、今度は逆に助かった船員の乗る船が無いという事になった。
路頭に迷った船乗りが行う事と言えば海賊。海賊業を行う為の船が無ければ山賊である。
どちらにせよ強盗団であり、リンド王国や皇国に発覚すれば厳しい咎めを受ける事になる。
実際に当時の国王の勅許により海賊行為を行った海賊団が、皇国軍により文字どおり
海の藻屑とされた事実は、リンド王国で海運に関わる者の間では重く受け止められている。
どちらにせよ強盗団であり、リンド王国や皇国に発覚すれば厳しい咎めを受ける事になる。
実際に当時の国王の勅許により海賊行為を行った海賊団が、皇国軍により文字どおり
海の藻屑とされた事実は、リンド王国で海運に関わる者の間では重く受け止められている。
貿易会社は、リンド王国の船乗りを厚遇するのは皇国にとっても益のある事であると説明し、
皇国製の最新式帆船を、その性能に比してかなりの格安で購入する事に成功する。
皇国からすると元々解体するつもりだったのと、民間を巻き込んだ負い目もあった。
また、この貿易会社は初接触の頃から皇国に興味を示しており、その頃は先王の方針により皇国と関われなかったが、
戦後はその箍が外れた事で、いち早く親皇国の態度を表明し、メッソール港の再建から王都への物流まで支援した。
皇国製の最新式帆船を、その性能に比してかなりの格安で購入する事に成功する。
皇国からすると元々解体するつもりだったのと、民間を巻き込んだ負い目もあった。
また、この貿易会社は初接触の頃から皇国に興味を示しており、その頃は先王の方針により皇国と関われなかったが、
戦後はその箍が外れた事で、いち早く親皇国の態度を表明し、メッソール港の再建から王都への物流まで支援した。
会社の大切な資産である船を港ごと焼き払われた事を恨む気持ちが無いと言えば嘘になるが、精強を誇る
リンド王国海軍が全力を挙げて護る海域をいとも簡単に突破して好き放題に港を砲撃したのが皇国海軍だ。
メッソール大砲撃の時には陸上から眺めていたが、爆装した飛竜と沿岸砲台を
もってしても止められなければ、もうどうにもならないのは素人でも解った。
だが逆に考えれば、皇国と親密な関係を築ければ、航路の安全が格段に高まるという事でもある。
あれだけの力を見せつけた海軍を有する国と協力関係にあれば、その事実だけで委縮する海賊も多かろう。
皇国とて自国の都合で動くから、自国の交易と全く関係ない場所で行われる
海賊行為を取り締まるかは知らないが、関係のある場所なら対処するだろう。
元々からして交易を望んで大陸に進出してきたのだから。
リンド王国海軍が全力を挙げて護る海域をいとも簡単に突破して好き放題に港を砲撃したのが皇国海軍だ。
メッソール大砲撃の時には陸上から眺めていたが、爆装した飛竜と沿岸砲台を
もってしても止められなければ、もうどうにもならないのは素人でも解った。
だが逆に考えれば、皇国と親密な関係を築ければ、航路の安全が格段に高まるという事でもある。
あれだけの力を見せつけた海軍を有する国と協力関係にあれば、その事実だけで委縮する海賊も多かろう。
皇国とて自国の都合で動くから、自国の交易と全く関係ない場所で行われる
海賊行為を取り締まるかは知らないが、関係のある場所なら対処するだろう。
元々からして交易を望んで大陸に進出してきたのだから。
様々な打算もあって購入が検討されたが、安いといってもこの世界の一般的な貨物船よりは断然高い。ただ積載量や
必要な船員の数、航海速度など色々な観点から見れば、初期投資は高くつくが長い目で見れば十分回収できると試算された。
必要な船員の数、航海速度など色々な観点から見れば、初期投資は高くつくが長い目で見れば十分回収できると試算された。
皇国基準で造られた船なのでこの世界の一般的な船と比べて巨大であり、接岸できる港が限られるが、
逆に言えばこの世界で一番大きな港でも接岸できない皇国の“超巨大船”とは違い、接岸可能な場所はある。
これは、全ての港に接岸できる船だと小さすぎるが、どこにも接岸できない船では荷役作業の効率が悪く却って
不経済になるという理由から、交流を持った国の主要な港の広さや喫水から逆算してサイズを決定した為である。
逆に言えばこの世界で一番大きな港でも接岸できない皇国の“超巨大船”とは違い、接岸可能な場所はある。
これは、全ての港に接岸できる船だと小さすぎるが、どこにも接岸できない船では荷役作業の効率が悪く却って
不経済になるという理由から、交流を持った国の主要な港の広さや喫水から逆算してサイズを決定した為である。
元々、皇国の想定した主要港を中心に活動していたリンド王国の貿易会社にとっては、この点は問題無かった。
この新型船が入港できない港を相手にするなら、より小型の既存の船がある。
この新型船が入港できない港を相手にするなら、より小型の既存の船がある。
皇国からの輸出にあたっては、無線電話、電信機などの電装品が取り払われたくらいで、あとはほぼそのままである。
元々燃料節約を目的に造られたので、重油や軽油などを使う発電機は積んでいないし、プロペラを回して走る機能も勿論無い。
油圧や電気モーターを使ったクレーンなども積んでおらず、この世界に従来からある船を鉄製にして大型にしただけという見方もできる。
操船には勿論慣れが必要だが、それまでの帆船で培ってきた技術の延長で理解できる範疇なので、リンド側からすれば特別な指導を受けなくても使える船。
元々燃料節約を目的に造られたので、重油や軽油などを使う発電機は積んでいないし、プロペラを回して走る機能も勿論無い。
油圧や電気モーターを使ったクレーンなども積んでおらず、この世界に従来からある船を鉄製にして大型にしただけという見方もできる。
操船には勿論慣れが必要だが、それまでの帆船で培ってきた技術の延長で理解できる範疇なので、リンド側からすれば特別な指導を受けなくても使える船。
しかし基本的な船体構造は皇国の技術なので、改造して戦列艦にしようと思っても無理だ。
最上甲板に大砲を数門載せて撃つくらいなら可能だろうが、本物の戦列艦のように砲列甲板を用意して舷側に何十もの砲門を設けようとすれば、強度不足で
自壊するだろうし、その強度不足を補完する為に色々と手を加えれば船体のバランスが崩れ復元力が低下し、典国の戦列艦ヴァーサ号のような事になるだろう。
つまり既存の船と同様に、自衛の為の旋回砲くらいなら勝手に据え付けても問題無いが、本格的な軍艦への改造は無理で皇国にとってさしたる脅威とならないのだ。
最上甲板に大砲を数門載せて撃つくらいなら可能だろうが、本物の戦列艦のように砲列甲板を用意して舷側に何十もの砲門を設けようとすれば、強度不足で
自壊するだろうし、その強度不足を補完する為に色々と手を加えれば船体のバランスが崩れ復元力が低下し、典国の戦列艦ヴァーサ号のような事になるだろう。
つまり既存の船と同様に、自衛の為の旋回砲くらいなら勝手に据え付けても問題無いが、本格的な軍艦への改造は無理で皇国にとってさしたる脅威とならないのだ。
双方の思惑が上手い具合に合致した結果、皇国製の帆走貨物船セリア号は東大陸を母港とし皇国籍でない初の皇国製船舶となったのである。