自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

365 第271話 艨艟達の海戦譚(前篇)

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
第271話 艨艟達の海戦譚(前篇)

1485年(1945年)12月  午後11時 レビリンイクル沖北北東510マイル地点

第5艦隊本隊より分派された第58任務部隊第7任務群は、昼間の航空戦で損害を受けた敵機動部隊にとどめをさすべく、
25ノットの速力で航行しつつ、各艦が弾着観測用の水上機を発艦させようとしていた。

「司令。各艦より水上機隊が発艦いたします。」

TG58.7司令官であるウイリス・リー中将は、旗艦である戦艦ケンタッキーのCIC内で態勢表示板を見つめつつ、
参謀長のカイリー・クレムソン大佐から状況報告を聞いた。

「後方の機動部隊から飛来した偵察機は、そろそろ帰還する頃だな。敵の動向に変化は?」
「今の所、特に変わった様子はありません。」

クレムソン参謀長は、一度口を閉じ、生唾を飲み込んでから言葉を続けた。

「敵は依然として、28ノットのスピードでこちらに向かいつつあります。」
「ふむ……A群とB群は、TG58.6とTG58.7を真正面から相手取るようだな。」

リーはこれまで得られた敵の情報を思い出しながら、そう断言する。

「敵も4時間前に、レンフェラルの通信によってTG58.6、TG58.7の前進を掴んでおりますからな。敵としては、
損傷艦を逃す為にも動員可能な戦力は全て投入し、我が方の進撃の阻止を図るでしょう。」

クレムソンの言葉を聞いたリーは、無言で頷いた。

第5艦隊司令部から敵艦隊追撃の命令を受けたTG58.7は、午後7時10分には急遽編成されたTG58.6を伴いつつ、
敵艦隊へ向けて前進を開始した。
TG58.6は、巡洋戦艦コンスティチューション、トライデント、重巡洋艦ピッツバーグ、リトルロック、
軽巡洋艦ガルベストン、デナリ、駆逐艦16隻で編成されている。

そしてもう1つの任務群……TG58.7は、戦艦ケンタッキー、イリノイ、モンタナ、マサチューセッツ、サウスダコタ、
重巡洋艦セイレム、シカゴ、アストリア、軽巡洋艦ヘレナ、フェニックス、サンアントニオ、駆逐艦18隻で編成されている。
TG58.6の指揮は、巡戦コンスティチューション、トライデントで構成される第17戦艦戦隊(BD17)司令である
ロバート・ギッフェン少将が執っているが、追撃部隊全体の指揮はリーに任されている。
追撃部隊は、撤退中の敵艦隊を捕捉後、主力部隊であるTG58.7が敵艦隊より分派された迎撃部隊に当たり、TG58.6は
主力が戦っている間に高速力を活かして一気に敵機動部隊に迫り、これを殲滅する手筈になっていた。
だが、追撃部隊が進撃を開始した直後、ケンタッキーの敵信傍受班がレンフェラルより発せられたと思しき魔法通信を複数傍受した。
その10分後には、敵機動部隊の上空に張り付いていた偵察機より敵艦隊の動向に異変ありとの情報が伝えられた。
それから20分おきに敵艦隊の動静が第5艦隊司令部とケンタッキーのCICに伝えられ、進撃開始から1時間後には、敵は水上砲戦部隊と
思しき2個の艦隊を分派させ、迎撃態勢を整えている事が分かった。
また、今から15分前には、偵察機から大まかながらも敵艦隊の編成が知らされた。
報告では、敵の迎撃部隊は2群であり、1群は戦艦と思しき大型艦5、護衛艦20以上、もう1群が大型艦2、護衛艦20以上で編成されているようだ。

TG58.7司令部は、主力と思しき1群をA群、支援隊と思しきもう1群をB群と名付けた。
また、リーは、当初はTG58.6を迂回させて敵の竜母部隊襲撃を考えていた物の、敵のもう1群が、こちらの遊撃部隊に備えて
編成された事は明確であり、この支援部隊を放置したまま敵竜母への急襲は不可能と判断。
予定を変更してTG58.6は、この支援部隊の撃滅に当たらせる事にした。
現在、TG58.6は、TG58.7の西20マイル程の沖合に展開しており、いつでも戦闘が可能な様に艦種別に単縦陣を形成している。
それはTG58.7も同様であり、あとは、敵艦隊が索敵レーダーの探知圏内に入るのを待つだけであった。

「各艦、観測機の発艦終わりました。」
「司令。後方より飛行隊接近します。味方の模様。」
「ラングレーの夜間戦闘機隊だな。」

リーは、対空レーダーに移された光点を見据えながら呟いた。
その光点の正体は、TF58本隊より派遣された10機の夜間戦闘機である。

「司令。戦闘機隊指揮官より通信。これより、観測機の護衛を行うとの事です。」
「通信参謀、F8F隊の指揮官に感謝すると伝えてくれ。」
「アイ・サー。」

リーは通信参謀にそう命じた後、TG58.7の上空を行く10機のF8Fの姿を頭の中で思い浮かべた。
夜間戦闘機隊の派遣は、本来なら行われない筈であったが、昨日の戦闘で敵側が夜間戦闘も可能なワイバーンで迎撃して来た事を考慮した
TF58司令部が、観測機の護衛としてラングレー隊に護衛任務を命じたため、追撃部隊はラングレー隊の護衛を受ける事となった。

「敵機動部隊は、昼間の戦闘でほぼ壊滅しているが……夜間戦闘可能なワイバーンが健在な竜母に残っていないとも限らんからな。」

リーは小声で呟いてから、クレムソンに顔を向ける。

「敵との距離は?」
「現在、敵艦隊との距離は25マイル(40キロ)にまで縮まっています。20分後にはレーダーの探知圏内に接近しているでしょう。」
「……もう少しだな。」

クレムソンの言葉を聞いたリーは小さく頷いた。


それから20分後の午後11時20分

「レーダーに反応あり!敵艦隊です!」

リーは、レーダー員の報告が耳に入るや、すかさず対勢表示板に目を向けた。
対勢表示板の前に記録係の兵が立ち、アクリルボードに敵艦隊と思しき表示を書き込んでいく。

「観測機より報告!敵艦隊発見!」

その報告が切っ掛けとなり、CICに次々と情報が流れ始めた。
午後11時23分には、TG58.7の正面にいる敵艦隊が戦艦5隻を含む主力打撃部隊であることが判明した。
その2分後の午後11時25分には、敵主力艦隊の西側に別の水上部隊が発見された。
敵艦隊は、主力部隊のやや斜め前方に支援部隊が突出する形で前進していた。
敵支援部隊は、位置の都合上、TG58.7のレーダー圏内からはずれていたが、午後11時26分には
TG58.6旗艦である巡戦トライデントより敵艦隊発見の通信が入った。

1分後には、敵艦隊から発せられた思しき魔法通信を敵信班が傍受した。
通信の内容は暗号化されていたため判然としなかったが、その直後、観測機が敵支援部隊が増速したとの報告が入った。

「司令。敵の支援部隊が行動を起こしました。如何されます?」
「参謀長。敵支援隊はTG58.6に叩かせよう。TG58.7は敵主力を叩くぞ。」
「アイ・サー。」

命令はすぐさま各艦艇に伝えられた。

最初に海戦の口火を切ったのは、第58任務部隊第6任務群に所属する第106駆逐隊であった。

「敵艦探知!距離22000!方位315度!」

DG106司令駆逐艦である駆逐艦フレッチャーの艦橋で指揮を執るアント・フェニック中佐は、レーダー員の報告を
聞きながら双眼鏡を向ける。
敵艦が居ると思しき方角は、漆黒の闇に覆われているが、フレッチャーの搭載するSGレーダーは、しっかりと敵艦を捉えていた。

「砲雷戦用意!目標、艦首方向より接近中の敵駆逐艦!」

フェニック艦長の命令は速やかに各部署に伝えられていく。
前部甲板に設置された2門の5インチ単装砲が仰角を挙げ、レーダーが捉えた敵艦の方角に砲身が向けられる。
2基の21インチ5連装魚雷発射管では、水雷長の指示の下、水雷科員が発射管を左舷側に向けていく。
時速36ノットの高速で驀進するフレッチャーは、僚艦ボイド、ティンゲイ、ウェダーバーンを指揮下に置いており、
これらの3隻もフレッチャーと同様に戦闘準備を整えていた。
敵艦隊も34ノット以上の高速力で突っ走っているため、会敵から砲戦開始に至るまでの時間は短かった。

「敵艦視認!距離9000!」
「司令より通信!各艦砲撃開始!」

見張り員とCICから流れる報告が前後して艦橋に流された。

「目標、右舷前方の敵駆逐艦!撃ち方始め!」

フェニックの口から命令が発せられる。その直後、前部甲板の5インチ砲が砲身から火を噴いた。
フレッチャーの砲撃が合図となり、後続の僚艦も次々と射撃を開始する。
敵駆逐艦も米艦艇に向けて砲撃を開始し、前部甲板から発砲炎と思しき閃光が煌めく。

「敵艦発砲!」
「見張り!敵艦の動きに注視しろ!奴ら、魚雷を放ってくるかもしれんぞ!」

フェニックは見張り員に注意を促した。
その時、空気を切り裂く音が聞こえた。フェニックがハッとなった時には、フレッチャーの左舷側後方に敵弾が落下し、水柱を噴き上げていた。
前部甲板の砲は第2射を敵艦目掛けて放つ。それに合わせるかのように、敵駆逐艦も発砲を続けた。
またもや砲弾の飛翔音が響き、フレッチャーの右舷側に敵弾が落下した。
敵の砲弾は外れたが、フレッチャーの放った第2射も敵艦の射撃精度を真似るかのように、敵1番艦を飛び越えた所で弾着する。
第3射、第4射と矢継ぎ早に発砲を繰り返すが、弾はなかなか当たらない。
フェニックはらしくないとばかりに顔をしかめる。
直後、敵1番艦の艦上に発砲炎の物とは異なる光が発せられた。

「敵艦に弾着!火災発生の模様!」

見張り員がやや声を上ずらせながら報告を送って来た。
敵1番艦は前部甲板からうっすらと炎を揺らめかせているが、効かぬとばかりに砲弾を打ち放って来た。
フレッチャーも矢継ぎ早に砲弾を叩き込む。この時、敵1番艦に新たな被弾が生じた。
敵艦は艦の中央部付近から新たな火災を生じていた。

「敵1番艦に命中弾!本艦の射弾が命中した模様!」
「ようし。ようやく調子を取り戻して来たか……」

フェニック艦長は、引き締めていた頬を緩めながらそう言った。

フレッチャーは、1942年6月に就役して以来、太平洋艦隊が戦った主要な海戦に殆ど参加して来た武勲艦である。
1942年10月に発生した第2次バゼット海海戦で初陣を飾った後、今まで大きな損傷を受ける事もなく今日まで生き残ることが出来、
乗員の練度もかなり高くなっている。

ここ最近は水上戦闘を全く行わなかったため、乗員達の練度は幾らか落ちていたようだ。
フェニックはこの調子で、フレッチャーのクルー達が元の勘を取り戻す事を期待した。
第12射目を終えた頃には、敵1番艦との距離は5000まで縮まっていた。
敵1番艦の火災は前部甲板と中央甲板で生じている他、艦上構造物からも新たな火災を起こしていた。
だが、機関部は無事らしく、依然として30ノット以上の高速力を維持しながら急速に接近しつつある。

「艦長!司令より伝達、右魚雷戦用意!雷撃距離4500!」

フェニックは軽く頷いてから、艦内電話で命令を伝えた。

「水雷長!左魚雷戦用意!雷撃距離4500!」
「右魚雷戦、距離4500、アイ・サー!」

復唱の声が受話器越しに響いた直後、フレッチャーの左舷側海面に砲弾が落下し、吹き上がった水柱が前部甲板や艦橋に降りかかった。
前部甲板の5インチ砲が轟然と唸り、遅くて6秒、早くて5秒おきに射弾を叩き込む。
やや甲高い飛翔音が鳴ったと思いきや、唐突に、金属めいた叫喚が鳴り響き、フレッチャーの艦体が揺さぶられた。

「右舷中央部に被弾!20ミリ機銃1基損傷!」

それを聞いたフェニックは、表情をやや険しくする。

「流石に、こっちはノーダメージといかんな。」

彼がぼやくと同時に、5インチ砲が轟然と放たれる。

「距離4800!」

見張り員の報告が逐一届けられるが、直後、フレッチャーの艦体に衝撃と異音が響き渡った。

「敵弾命中!後部甲板損傷!」
「距離4700!」

ダメコン班の報告と、見張り員からの報告が前後して流れて来た。
フレッチャーの右舷側と左舷側に敵弾が相次いで落下し、水中爆発の衝撃が艦体を叩きまくる。
装甲の薄い駆逐艦は、小口径砲弾の至近弾であってもまともに食らえば強く揺さぶられてしまう。
ましてや、重心の高い米駆逐艦では揺れも尚更大きくなりがちであり、艦橋内ではフェニックを始めとする艦橋要員が、
艦の動揺に沿う形で体を揺らせている。
唐突に、敵1番艦の艦首甲板で2つの爆発光が見えた。
敵1番艦はそれ以来、フレッチャーに向けて発砲を行わなくなった。

「敵1番艦沈黙!」

見張り員の声が響く。フェニックには、その声がどこか弾んでいるように感じられた。
(艦首甲板の備砲を全て吹き飛ばすか、故障させて発砲不能に陥らせたな)
フェニックは無表情でそう思いつつ、まずまずの結果に小さく頷いた。

「4500!」
「司令より通信!全艦面舵一杯!針路70度!」

唐突に、CICから艦橋内に命令が伝えられた。
それにすかさず反応したフェニックはすぐさま命令を発した。

「航海長!面舵一杯、針路70度!急げ!!」
「面舵一杯、針路70度、アイ・サー!」

命令が伝えられてからしばし間を置き、フレッチャーが大きく右舷に回頭し始めた。
時速37ノットの高速力突っ走っていた艦体が遠心力で左舷に傾く。
今では慣れた物だが、最初にこの急回頭を経験した時は、艦自体が横転してしまうのではと思った事がある。
フレッチャーは左舷側に傾斜しつつも、一定のバランスを保ちながら急回頭していく。
回頭を行わなければ、そのまま直進していた筈の海面に多数の砲弾が突き刺さり、無為に海水を吹き散らした。
フレッチャーが回頭を終えたあと、フェニックの耳に更なる報告が舞い込んで来た。

「敵1番艦速力低下!艦列から落伍しつつあり!」

敵1番艦はDS106所属艦のいずれかの艦が放った砲弾によって、艦深部の機関部にも損傷が及んだのであろう。
撃沈確実にはまだ至っていないようだが、少なくとも、戦闘不能に陥らせたのは間違いなかった。

「戦闘開始早々、敵艦1隻撃破か……いい滑り出しだ。」

フェニックは、緒戦のスコアをこちら側が上げた事に幾ばくかの満足感を得た。
直後、新たな指令か艦橋に飛び込んで来た。

「司令より伝達!魚雷発射はじめ!」
「了解!水雷長、魚雷発射始め!」

フェニックが大音声で命令を発し、それを受けた甲板上の水雷科員が魚雷を発射し始めた。
直後、敵弾が落下し、フレッチャーの艦体が一際激しく揺れ動いた。

「後部付近に命中弾!火災発生!魚雷発射管に損傷なし!」
「……危なかったな……」

フェニックは、その報告を聞くなり、思わず身を震わせてしまった。
被弾箇所は2番発射管からさほど離れていなかった。
もし、敵弾の弾着位置が少しばかりずれ込み、魚雷を発射しようとしていた2番発射管に命中していれば、フレッチャーは即轟沈していたであろう。
フレッチャーの乗員達は、九死に一生を得た事なぞ露知らずとばかりに、各部署でそれぞれの務めを果たしていく。
左舷側に振り向けられた5インチ砲が砲弾を放ち、2基の5連装発射管は敵駆逐艦目掛けて次々と魚雷を発射した。
舷側を向けたフレッチャー以下の各艦は、中央部と後部にある3門の5インチ単装砲も敵艦に向けて撃ち放った。

「敵艦隊針路変更!右舷に回頭している模様!」
「艦長!魚雷発射完了です!」
「ボイド被弾!火災発生の模様!」
「司令より伝達、敵艦の魚雷に注意せよ!」

フェニックの耳元に次々と情報が流れて来る。
まるで叩き付けるかのような報告の嵐を、彼は1つ1つ、冷静に対応していく。

「見張り員、海面の警戒を厳にせよ!敵はボイドに砲撃を集中させてくる筈だ、見える敵艦は手あたり次第に撃て!」

彼の命令が下る中、隣に控えていた士官がストップウォッチを凝視しながら残り時間を口ずさんでいく。
落伍した艦を除いた敵艦群は次々と回頭していく。
その様子は、CIC内にいる司令もレーダー越しに見ているだろう。
やがて、その時はやって来た。

「時間です!」

士官がそう叫んだ直後、左舷側海面で閃光が走った。
真っ暗闇の中で灯った光は、すぐに収束する。直後、収束した光の向こう側でオレンジ色の光がゆらめいていた。

「まずは1本。さて、次は……?」

フェニックは眉を顰めながら、次の命中を待つが、直後、彼の耳に新たな命令が飛び込んで来た。

「司令より伝達!各艦一斉回頭!針路320度!」

フェニックは一瞬、表情を険しくしたが、次の瞬間には口元から命令を発していた。
命令伝達から回頭までの間、新たな魚雷命中は遂に起こらなかった。

(20本の魚雷は、敵艦に命中した1本を除いて全て外れとなったのか……?)

彼は4500まで命中して、命中が1本のみというのは成績が悪すぎると思ったが、直後、敵艦隊のほうで更なる閃光が走った。
今度の閃光はすぐに収まる事は無く、更に巨大な閃光となって夜の洋上を明るくした。
その巨大な閃光は2秒後に収まったが、すぐ後に紅蓮の炎が吹き上がるのがはっきりと見て取れた。

「新たに魚雷1本命中!敵艦轟沈!!」

回頭中で姿勢が制御されているにもかかわらず、乗員達は誰もが向き合って頷き合ったり、ガッツポーズをして戦果を喜び合った。

だが、その喜びも長くは続かなかった。
唐突に、後方から爆発音が轟いた。誰もがその轟音に目を見開いた時、見張りが悲痛そうな声音で報告を届けた。

「後続のティンゲイに水柱!敵の魚雷が命中したようです!」

敵艦撃沈の戦果で誇らしげになっていた顔がすぐに引き締められた。
ティンゲイは回頭を終えようとしたところに、敵艦から放たれた魚雷を受けてしまった。
魚雷が命中した個所は左舷側後部付近であり、魚雷は薄い舷側を突き破り、後部機関室で炸裂した。
爆発の瞬間、後部機関室に詰めていた兵員は全員戦死し、爆発エネルギーが周囲の区画を目茶目茶に破壊してしまった。
被害は機関室のみならず、機関室の前後にあった兵員室にも及び、乗員達のベッドや私物を一緒くたに吹き飛ばした後、
破孔から侵入した海水によって急速に満たされていった。

「ティンゲイ落伍します!」

フェニックは僚艦の被雷、損傷を耳にして歯噛みしながらも、平静さを保ったまま次の命令を待った。
敵艦の魚雷を受けた艦はティンゲイのみに留まり、回頭を終えたDS106はしばらくの間、単横陣の態勢で直進し続けていた。

「敵駆逐艦、発砲を続けながら徐々に近づきます!距離4300!」
「CICより艦橋へ!本艦の右舷方向より新たな敵艦4接近中!」

フェニックはそれを聞くなり、司令はどう判断するか思案した。

(敵は先の砲撃と雷撃で4隻中、3隻を撃破され、動ける艦は1隻のみとなった。それに対して、こちらは3隻。一見こちらが
有利だが、敵は新たに4隻が加わろうとしている。通常なら、こっちも増援を得て敵を討ち取りたい所だが……)

彼はそう思ったが、言葉の最後の部分は現実的ではないと感じていた。
既に、TG58.6の各艦は総出で敵艦と戦闘を行っている。
無線通信によると、TG58.6の主力たる2隻の巡戦も敵戦艦2隻を相手に砲撃戦を開始したと言う。
DS106を援護できる駆逐艦や巡洋艦は、1隻も居ない状態である。

(退くか、または戦うか……どうする?)

彼は駆逐隊司令……フレデリック・モースブラッガー大佐の判断を待った。
命令はその直後に下された。

「司令より通達!各艦一斉回答!針路0度!」

(ふむ……そう来たか)

フェニックは心中でそう呟くなり、この海戦始まって以来、初めて笑みを見せた。

(まずは単縦陣に向き直り、手っ取り早くあの駆逐艦を叩いてから新手に挑むつもりだな。こっちは魚雷を撃ち尽くしたうえに、
数の上で不利だが……やってやれん事はなさそうだ)

彼は心中で確信しつつ、命令を伝達していく。

「航海長!変針だ!針路0度、面舵一杯!」
「面舵一杯、針路0度!アイ・サー!」

しばし間を置いて、DS106の各艦は再び回頭を行った後、元の単縦陣に戻った。
フレッチャー以下の3隻の駆逐艦は、左舷側を行く敵駆逐艦1隻に砲撃を集中させ始めた。
対する敵駆逐艦も砲撃を行いつつ、慌てて急回頭を始めたが、そこに砲弾が次々と命中し、程無くして行動不能に陥った。
敵の駆逐隊をほぼ壊滅させる事に成功したDS106は、勢いに乗る形で新手の敵駆逐艦4隻に立ち向かっていった。


TG58.6所属の駆逐艦、巡洋艦部隊が敵艦隊相手に激戦を繰り広げている中、主力である2隻のアラスカ級巡洋戦艦の戦いも、
ようやく激しさを増して来た。

「敵1番艦に命中弾!命中弾です!」

アラスカ級巡洋戦艦の3番艦であるコンスティチューションは、左舷側を航行する2隻の敵戦艦を相手に同航戦に持ち込んでから、
4分ほど経過した所で初の命中弾を得ていた。

「ようし、一斉撃ち方!急げ!」

コンスティチューション艦長フレッド・ホワイティ大佐は、けしかけるかのような口調で次の命令を告げた。
現在、コンスティチューションは、トライデントの後方800メートルの位置につきながら、距離18000メートルを隔てて
左舷側の敵戦艦2隻と撃ち合っている。
斉射に移行するため、左舷側に向けられた9門の55口径14インチ砲は発砲を止めているが、先導艦であるトライデントは、
尚も発砲を続けている。
今回の戦闘では、トライデントが敵1番艦、コンスティチューションが敵2番艦を砲撃する事になっているが、先に斉射弾を得たのは
コンスティチューションであった。
甲高い飛翔音が鳴り響いたと思いきや、コンスティチューションの左舷側海面と、艦首前方に高々と水柱が吹き上がった。
水柱の数は3本だ。敵側もアメリカ側と同じく、交互撃ち方で弾着の精度を高め、命中弾を得てから斉射に移行しようとしているのであろう。
28ノットのスピードで走るコンスティチューションは、吹き上がった水柱を艦種で踏み潰し、大量の海水が前部甲板や第1砲塔に降りかかった。
戦闘直前に僚艦から発艦し、観測任務に就いたキングフィッシャー水偵が敵艦隊の上空で照明弾を投下し、やや間を置いて炸裂する。
暗闇が青白い光にふり払われ、敵艦2隻の姿が闇夜の中から曝け出される。

「しかし、ここでまた、奴らと出会えることが出来るとはな。」

ホワイティ大佐は苦笑交じりの声音で呟いた。
彼はコンスティチューションが就役してから今日まで艦長を務めてきたが、眼前の敵戦艦2隻は、今年1月に行われたレーミア湾海戦で見覚えがある艦であった。
照明弾に照らされた敵艦の艦影はおぼろげであるが、箱型の艦橋に前部甲板に主砲塔が2つ、後部甲板に1つ搭載されている部分まではハッキリとわかる。
その特徴からして、この2隻の敵戦艦がマレディングラ級巡洋戦艦である事は、誰の目にも明らかであった。

「連中にとっては、レーミア湾の恨みを晴らす機会が訪れた事になる、か。だが……」

斉射の準備が完了したのであろう、主砲発射前のブザー音が鳴り響いた。

「そう簡単に仇討ちされるほど、アラスカ級巡戦は柔じゃないぜ……!」

好戦的な言葉が口から吐き出されたその瞬間、コンスティチューションは第1斉射を撃ち放った。

9門の長砲身砲が、短い間隔で順繰りに火を噴き、左舷側海面が明るいオレンジ色に染まった。
戦闘開始から12回ほど空振りを繰り返したが、ホワイティ艦長はようやく、スタートラインに立てたと確信した。

(さて、ここからだぞ……)

彼は心中でそう呟きながら、その時を待った。

「弾着……今!」

幾ばくかの間を置いて、敵2番艦の周囲に次々と砲弾が着弾し、水柱が立ち上がるが、敵艦の右舷側中央部付近に砲弾炸裂の閃光が沸き起こる。

「よし、命中だ!」

ホワイティは満足気に頷きながら、口から言葉を吐き出す。
直後、敵2番艦から放たれた主砲弾もコンスティチューションに向けて落下して来た。
耳障りな飛翔音が大きくなったと思いきや、艦の左舷側と右舷側から水中爆発の衝撃が伝わって来た。

「む……これは!」

ホワイティ艦長は、これまた過去に経験した感覚を前に目を細める。

「敵弾、本艦左舷側海面ならびに、右舷側海面に落下!」
「夾叉されたか……試練の時が来たな!」

ホワイティ艦長は覚悟を決めた。
コンスティチューションは敵2番艦より先に命中弾を得、一方的に砲弾を叩き込める状況にまで持って来たが、ここに至り、
敵2番艦もコンスティチューションを捉えたのである。
敵味方の砲が目標を捉えれば、あとはノーガードの殴り合いが始まる。
第1斉射発砲から28秒後。第2斉射弾が3基の主砲塔から撃ち放たれた。
敵2番艦は斉射に移行中のためか、コンスティチューションから第2斉射弾が放たれても砲を沈黙させていた。
斉射弾が敵2番艦に次々と落下する。

敵艦の左右に水柱が立ち上がり、次いで、中央部と後部甲板に爆発光が沸き起こった。

「第2斉射弾命中!敵2番艦、火災発生の模様!」
「よし!射撃精度は良好だな!」

ホワイティ艦長はコンスティチューションの戦いぶりに満足しつつ、双眼鏡で敵艦の様子を見る。
敵2番艦は艦尾甲板と中央部付近から、うっすらと火災を起こしていた。
この時になって、水偵が投下した照明弾が燃え尽き、海面が暗くなったが、艦体に発した火災は敵2番艦の姿を浮かび上がらせていた。

「あれなら、照明弾に頼らなくても、通常の射撃で何とかなるだろう。」

彼がそう言い放った直後、敵2番艦が右舷側を発砲炎で染め上げた。

「敵2番艦発砲!斉射です!」
「さぁ、来るぞ!」

ホワイティは両足をしっかり踏みしめ、衝撃に備えた。
やがて、これまで聞いた飛翔音とは、段違いに大きな轟音が響き渡った。
ホワイティが口を引き締めた時、コンスティチューションの艦体に異音が鳴り響く。
直後、強烈な爆発音と共にやや強い衝撃が伝わって来た。
その瞬間、夜目にもはっきりとわかる真っ白な水柱が左舷側海面に立ち上がり、うち1本は外の視界を完全に遮っていた。

「敵弾命中!左舷側中央部に被害発生!左舷2番両用砲損傷!!」

ダメコン班から即座に被害報告が届けられてくる。

「敵弾は甲板上で爆発したか……前のように、敵弾が貫通するかもしれんから、早い内に敵を無力化せねば……」

ホワイティは内心、焦りを募らせながら敵2番艦を凝視した。
1月のレーミア湾海戦時には、シホールアンル海軍戦艦部隊は新型砲弾を搭載していた事が後の調査で明らかとなっている。
この新型砲弾は、従来の砲弾よりも貫通性能を格段の向上させており、被弾した艦は重装甲の甲板を一度ならず貫通され、少なからぬ損傷を負っていた。
敵砲弾の甲板貫通は、砲撃戦の中盤辺りから発生している。
今回も砲撃戦が長引けば、前回同様の損害を受ける可能性がある。
それを避けるためには、敵戦艦から貫通弾を食らう前に敵艦を無力化するか、撃沈確実の損害を与える必要があった。
コンスティチューションが第3斉射を放つ。
同時に、敵2番艦も第2斉射を放って来た。
マレディングラ級巡戦の発射感覚は30秒ほどだ。砲の発射速度に関しては、アラスカ級巡戦の方がやや分がある。

「トライデント被弾!火災発生!」

ホワイティは前方に顔を向けた。

「トライデントの後部甲板に火災か……む?」

この時、トライデントが発砲するが、砲弾を放ったのは3番砲のみであった。
2番艦コンスティチューションが斉射弾を放ったにも関わらず、トライデントは未だに交互撃ち方を繰り返している事に、ホワイティはやや不安に感じた。

「どうしたんだ……トライデントは?」

この時、通信員から緊急信が飛び込んだ。

「艦長!トライデントから通信です!我、被弾の影響により水上レーダー故障!」
「レーダーをやられたのか……!」

ホワイティは表情を険しくした。
砲撃はレーダーの位置情報を元に光学照準で射撃を行うが、肝心のレーダーが使えなくなると、砲撃の難易度は上がってしまう。
ましてや、トライデントはレーダーを使用しながらも、砲撃の精度は余り宜しくなかった。
そこにレーダーの故障である。
トライデントの砲術科員が青筋を浮かべながら、射撃精度を良好にしようと奮闘している姿は容易に想像できた。

「トライデントの問題はトライデントの連中に任せるしかない。こっちは眼前の敵2番艦を叩くぞ!」

彼がそう言った後、第3斉射弾が敵2番艦に降り注いだ。

9発の14インチ砲弾が敵2番艦の周囲に落下し、艦体の左右に水柱が立ち上がる。
その次に、中央甲板と前部甲板に2つの爆発光が見えた。

「2弾命中!」

ホワイティは見張り員の声を耳元に聞きながら、敵2番艦に視線を送り続ける。
敵2番艦の艦上で起こった爆発はすぐに収束するが、閃光の中には大小の破片が吹き上がる様子がはっきりと見えていた。
新たな命中弾を得た事に喜ぶ暇もなく、敵2番艦の射弾がコンスティチューションに落下して来る。
コンスティチューションの左右にも巨大な水柱が次々と吹き上がる。艦体に砲弾が命中したのか、強い衝撃が32900トンの巨体を揺さぶった。

「左舷中央部に被弾!2番両用砲座、並びに40ミリ機銃座1基損傷!火災発生!!」
「ダメコン班!火災の消火を急げ!」

ホワイティは即座に命令を飛ばしながら、心中ではまだまだ余裕だと確信していた。
衝撃の規模からして、コンスティチューションには新たに2発の敵弾が命中したようだが、幸いにも甲板は貫通されていない。
懸念としては、艦体に火災炎を背負ってしまった事だが、ダメコン班には既に命令を下しているため、上手く行けば火災を
消し止めることが出来るだろう。
発砲直前のブザー音が鳴った後、コンスティチューションが第4斉射を放つ。
敵2番艦は、それにやや遅れる形で第3斉射弾を放った。
敵弾が落下する直前に、第4斉射弾が敵2番艦に突き刺さった。
ホワイティは、敵の前部甲板に一際大きな爆発光が沸き起こるのを見た。
敵2番艦は前部甲板から爆炎と夥しい破片を噴き上げた。どうやら、非装甲部に命中したようだ。

「敵2番艦、前部甲板に更なる火災発生!」

見張り員の声が艦橋に響き渡った直後、敵艦の射弾もコンスティチューションに叩きつけられた。
艦橋のスリットガラスの向こう側に、轟音と共におどろおどろしい爆炎が吹き上がり、艦橋内部に無数の金属片が響き渡る。

「前部甲板の砲塔に弾が命中したな。」

ホワイティはそう呟きつつも、砲塔に弾を命中させた敵艦の射撃精度に危機感を覚えた。

「報告!敵弾は第2砲塔並びに後部甲板に命中!第2砲塔は健在なるも、後部甲板より火災発生!」
「チッ、こっちも後ろの非装甲部をぶち抜かれたか!」

ホワイティは舌打ちをしつつも、即座に火災の消火を命じた。
手負いとなったコンスティチューションだが、損傷を負った事なぞ露知らずとばかりに、轟然と第5斉射弾を放つ。
敵2番艦も負けぬとばかりに撃ち返して来る。
やや間を置いて、第5斉射弾が敵2番艦めがけて殺到し、周囲の海面に砲弾が弾着する。
第5斉射弾は敵2番艦の中央部付近に1発が命中した。
敵艦はこの被弾で新たに中央部付近からも火災を起こし、艦のシルエットが揺らめく炎によって明確になりつつあった。
第5斉射弾の入れ替わりに敵の第4斉射弾がコンスティチューションに降り注ぐ。
敵弾は大多数が左舷側海面に落下し、1発だけが右舷側海面に突き刺さったが、1発はコンスティチューションの前部甲板に着弾した。
ホワイティは足元から伝わる強い衝撃に体がよろけてしまったが、転倒する事は無かった。
艦橋の外では何かの破片が砲塔や甲板に落下する音や響く。

「前部甲板に被弾!火災発生!」

ホワイティは視線を前部甲板に向けた。

「……やってくれるぜ……!」

敵弾は、前部甲板を突き破り、第2甲板で炸裂していた。
爆発エネルギーは前部兵員室並びに左舷側錨鎖庫を破壊し、無数の鎖の破片や木片が砲塔上部や甲板にばら撒かれていた。
被弾箇所から発生した火災は決して大きくは無かったが、炎はコンスティチューションの艦体を赤々と照らし出し、黒煙が後方に流れ始めていた。
第6斉射が依然健在な9門の主砲から轟然と放たれる。同時に、敵2番艦も主砲を発射した。
敵味方18発の主砲弾が上空で交錯し、彼我の目標目掛けて殺到していく。
甲高い飛翔音がコンスティチューションの艦橋に響いて来た。既に、何度となく聞いたこの音だが、慣れるという事は無い。
これを聞かされる人間にとって、この飛翔音は死神が鎌を振り下ろすに等しい物である。
慣れると言う事自体が無理であった。

(来る!)

耳を抑えたくなる衝動に駆られつつも、敵2番艦を凝視続けていたホワイティがそう確信した時、今までにない強烈な轟音と
衝撃がコンスティチューションを揺さぶった。
一瞬、彼の視界の右側に赤い物が見えたような気がした。
それが何であるか理解する前に唐突に起きた衝撃に足を取られ、うつぶせになる形で床に転がされてしまう。
艦橋要員の大半がこの強烈な衝撃に耐え切れず、床に転倒するか、または内壁に叩き付けられていた。
ホワイティはしたたかに打ち付けた胸に痛みを感じながらも、なんとか起き上がって損害の確認を行い始めた。
彼は受話器を握る前に、前部甲板の方に目を向けた。

「火災は……起きていない。」

転倒する直前、彼は前部甲板の方で強烈な爆発が起きた様子を目にしていた。
彼は砲塔に直撃弾を食らい、粉砕されたのかと思っていたが……

「砲塔の火災が起きていないという事は、砲自体は破壊されていないのかもしれん。ひとまず、現状確認をせねば……」

ホワイティは受話器を握ろうとした。
この時、コンスティチューションは第7斉射を撃ち放ったが、耳に聞こえた砲声に彼は怪訝な表情を浮かべた。

「この違和感……まさか。」

ホワイティの頭の中に何かが浮かんだが、思考は唐突に鳴り響いた電話のベルに遮られる。

「こちら艦長!」
「艦長!ダメコン班です!先の被弾で、第1砲塔が射撃不能となりました!」

ダメコン班から伝えられた報告を耳にしたホワイティは、先ほどの違和感の正体がこれであると確信した。

「……砲は破壊されたのか?」
「いえ、砲塔自体は破壊されておりません。ですが、敵弾は砲塔の正面防盾と基部に命中し、砲身が損傷、砲塔も旋回不能に陥りました。」
「ク……手荒くやられたな。」

ホワイティは眉をひそめたが、平静さを保ちながら言葉を続ける。

「その様子だと、第1砲塔は本国の工廠に持ち帰らない限り使い物にならんな。班長、第1砲塔からは兵員を撤退させ、弾薬庫には注水を行え。」
「は、注水でありますか?」

班長が戸惑った声音で聞いて来るが、ホワイティは殊更強い口調で命令を下した。

「注水だ。敵弾が無人の砲塔を貫通しないとも限らん。急いでやれ!」
「アイ・サー!」

受話器を置いたホワイティは、視線を敵2番艦に向け直した。
この時、敵2番艦の第6斉射弾がコンスティチューションに降り注いだ。
艦体が敵弾に叩かれ、直後に起こる強烈な爆発音と振動がコンスティチューションの艦体を激しく揺さぶられ、艦橋内に聞くに堪えぬような軋みが響き渡る。

アラスカ級巡戦の3番艦として建造されたコンスティチューションは、巡戦でいながらも、自艦から放たれた砲弾に耐えられるという条件を
満たした頑丈な艦である。
だが、相次ぐ砲弾直撃の衝撃は、アラスカ級に付けられた硬い巡戦という売り文句が嘘ではないのかと錯覚させてしまうほど強烈だ。
ホワイティは焦りが濃くなるのをひしひしと感じていたが、平静さを保ったまま指揮を執り続ける。
第7斉射弾を放つ直前、敵2番艦は第6斉射を撃ち放った。
この時点で、敵はコンスティチューションが放った第6斉射弾を食らい、新たに後部甲板からも火災を発生させていたが、9門の主砲は依然健在である。
それに対し、コンスティチューションは第1砲塔を射撃不能にされたため、今では第2、第3砲塔の6門しか使えない。
コンスティチューションの劣勢は明らかであった。
それに加え……

「トライデント被弾!後檣基部より火災発生!!」

1番艦であるトライデントは、斉射弾を放った今になっても、敵1番艦に押され通しとなっていた。

「まずいぞ……敵1番艦も2番艦もダメージは負っているが……こっちの受けたダメージの方が明らかにでかい。このままでは、連中にやられてしまうぞ。」

ホワイティは、今まで白星を挙げ続けていたアラスカ級の戦歴に初めて黒星が付きかねぬというこの危機的状況を前に、
心中不安になりつつあったが、それでも平静さは崩さない。
第7斉射が残り6門の主砲から撃ち放たれ、放物線を描きながら敵2番艦に殺到していく。

コンスティチューションの砲弾が着弾する前に、敵2番艦の射弾が降り注ぐ。
轟音と共にコンスティチューションの艦体が揺れ動き、全長246メートルの巨体の周囲に水柱が何本も林立し、その姿を覆い隠す。

「後部付近に被弾!左舷4番両用砲座全壊!」
「中央部に敵弾命中!第3甲板付近にまで損傷が及んだ模様!」

次の瞬間、ホワイティは背筋が凍り付いた。

「遂に抜かれたか……!」

ダメコン班からの報告では、被弾数は2発。うち1発は、左舷中央部付近の最上甲板を貫通し、第3甲板にまで達したと言う。
機関部からは損害発生の報告が上がっていないため、被害は致命的ではないであろうが、シホールアンル海軍自慢の重徹甲弾がその真価を
発揮し始めた事は、疑いのようない事実であった。

(巡戦の主砲弾でこれだ。今から敵主力と戦うTG58.7も、相当苦戦するかもしれんぞ)

ホワイティは主力部隊の行く先を案じた後、意識を眼前の敵戦力撃滅に集中させた。
敵2番艦が第7斉射を放つ。同時に、コンスティチューションも第8斉射を放った。
弾着はほぼ同時であった。
敵2番艦の中央部付近に爆発光が見えたと思いきや、コンスティチューションも直撃弾を受ける。
唯一残っていた左舷の5インチ両用砲座が粉砕され、爆炎と共に無数の破片となって艦上にばら撒かれる。
後檣基部にも敵弾が叩きつけられ、表面の板材と鉄片が後檣の側面や第3砲塔、付近の甲板上に降り注ぐ。
更に別の砲弾が第1砲塔より10メートル手前の艦首甲板に命中する。
爆発の瞬間、艦首甲板がまくれ上がり、爆炎が真冬の夜空目掛けて立ち上がった。
被弾箇所からは夥しい破片が吹き上がる。
爆発が収まると、そこから黒煙と火災炎が発せられ、コンスティチューションの姿がより鮮明に浮かび上がる。

「艦首甲板の火災がでかいぞ!すぐに鎮火しろ!」
「艦長!後檣の艦橋要員に死傷者です!衛生兵を回してください!」
「中央甲板と後部甲板の火災が被弾続出の影響で鎮火困難です!」
「報告!左舷第4甲板に若干の浸水有り!航行、戦闘共に影響なし!」

一つ指示を出すと、即座に複数の報告が舞い込んで来た。

(コンスティチューションの被害が確実に積み重なっている証拠だ……このままだと、敵に撃ち負けるぞ!)

ホワイティはより強い焦りを感じつつも、歯を噛み締め、これまで通り冷静さを保つ。

(あれこれ考えても始まらない。ここは、コンスティチューションの乗員達を信じるしかない。神よ……彼らにご加護を……!)

彼は、艦内で、または甲板上で奮闘するダメコン班や砲術科員達の姿を思い浮かべながら、心の底でそう思った。

「CICより報告!TG58.7、敵艦隊と戦闘開始!」

その報告を聞いたホワイティは、無表情のまま口を開く。
言葉を発する前に第9斉射が放たれる。
艦体の動揺は全門斉射時の物と比べると、どこか軽く感じるが、それでも大口径砲弾特有の強い揺れが艦橋に伝わって来る。

「主力もようやく戦闘を始めたか。リー戦隊が思う存分活躍できるように、うちらも連中を早くぶちのめさなければいかんな。」

ホワイティは、やや張り上げるような声音でそう言い放った。
直後、敵艦の斉射弾が降り注ぎ、コンスティチューションの艦体が至近弾落下と砲弾直撃の振動でしたたかに揺さぶられる。
艦橋より近い所に砲弾が命中したのだろう、一瞬、爆炎がスリットガラスの左端に躍りあがり、そこから無数の破片が艦首方向に
吹き飛んでいくのが見えた。

「左舷第1両用砲座、並びに煙突付近に命中弾!左舷射撃レーダー全壊の模様!」
「後部艦橋に被弾!消火作業中のB班に死傷者あり!」
「くそ!ダメコン班がやられたか……!」

ホワイティは罵声混じりの言葉を漏らした。
現場がどのような状況になっているのかはこの目で見ないと分からないが、敵弾命中によって懸命に消火活動を行っていたダメコン班が
少なからぬ被害を受け、人事不省に陥った事は容易に想像がつく。

予備のチームは無い訳ではなく、被弾箇所にはそのチームを充てれば何とか対応できるであろうが、その間、被弾箇所の火災はますます延焼し、
敵2番艦は容易にコンスティチューションを叩く事ができるであろう。

「予備のチームを大至急まわせ!」

直後、敵2番艦に第9斉射弾が降り注いだ。
斉射弾の大半は敵艦の左右に落下して水柱を噴き上げるが、1発だけが敵艦の中央部に命中した。
その瞬間、敵2番艦の中央部付近から、一際大きな爆発光が沸き起こった。
この時、彼我の距離は16000にまで縮まっていた。
そのため、若干ではあるが敵艦の姿も戦闘開始直後よりは見易くなっている。
敵2番艦は中央部の爆発光が収まった後、被弾箇所から大きめの火災炎を噴き上げており、艦の後方には太い黒煙が棚引いている。
コンスティチューションの砲弾は、敵艦の両用砲弾庫を直撃し、未使用の砲弾類を誘爆させて少なからぬ手傷を負わせたようだ。

「ようし。敵も大怪我を負ったようだ。」

ホワイティは、敵艦に対してようやく目立つ損害を与えた事にしばしの間満足したが、敵はそれを吹き飛ばすかのように、9門の主砲を撃ち放って来た。

(あの燃えている部分が前部甲板か、後部甲板側の主砲塔だったらもっと満足できたんだがな)

彼は内心、皮肉めいた言葉を呟きつつ、敵弾の落下に備えた。
敵弾落下の前に、コンスティチューションが第10斉射を放つ。
敵艦めがけて6発の砲弾が砲身から撃ち出された後、敵艦の主砲弾が轟音をあげながら降り注ぐ。
既に何度も経験した至近弾落下と、直撃弾命中の振動にホワイティを始めとする乗員達がしたたかに揺さぶられ、ある物は床に転倒し、
またある者は壁に叩き付けられる。

「左舷1番40ミリ機銃座並びに単装銃座付近に直撃!新たな火災発生!」
「左舷第4両用砲座付近に直撃弾!」
「CICより報告!水上レーダーブラックアウト!」

艦橋に上がって来る報告は、コンスティチューションにとって、戦闘が刻一刻と厳しい物になりつつある事を如実に表していた。

特に、水上レーダーの破損はホワイティにとって致命的な物に思えた。

「砲術!レーダーはもうあてにできん!光学照準のみで敵を砲撃しろ!」
「アイ・サー!」

艦内電話越しの砲術長は、交戦開始時と変わらぬ張りのある声でホワイティに返した。
この時、ホワイティは、戦闘開始前に砲術長が言っていた言葉を思い出した。

『レーダーという物は高いですが、正直言ってすぐ壊れる消耗品ですわ。本番は、レーダーがぶっ壊れた後から始まります。
なあに、後檣か、前檣のどっちかの測距儀が生きていれば満足に戦えますよ。』

過去に戦艦ノースカロライナの砲術士官を務めていた砲術長は、第2次バゼット海海戦とレーミア湾沖海戦で敵戦艦部隊との砲戦を経験している。
歴戦のベテランである砲術長からしてみれば、状況的に完全に不利ではないと判断している事はほぼ間違い無く、勝負はこれからとばかりに
意気込んでいる事であろう。

(頼んだぞ、ジェイク。)

ホワイティは砲術長のファーストネームを心中で呟いた。
甲板の火災は拡大しており、艦橋にもオレンジ色の光が燦々と刺し込んできている程だ。

(新たな貫通弾が出る前に、なんとしてでも敵を無力化せねば……!)

ホワイティの心の声に答えるかのように、第11斉射が放たれる。
第11斉射弾が落下する前に、敵2番艦が第10斉射を放つ。
6発の主砲弾が敵2番艦に降り注ぎ、左舷側に2本、右舷側に2本の水柱が立ち上がる。
同時に、敵艦の艦橋の側面と後部甲板に2つの閃光が煌めいた。

「お、今のは……!」

ホワイティは何かを期待するかのうような声音を上げた。

敵2番艦の姿は、被弾箇所が崩れ落ちる水柱に覆い隠される。
同時に、幾度となく投下されていた照明弾も遂に燃え尽き、敵艦の上空に灯っていた光が消えた。
被弾部分を覆っていた水柱は敵2番艦が航行していたため、すぐに後方へと流れて行った。

「敵艦の艦橋側面部分に新たな火災!」
「あそこは……見た限りでは艦橋は健在に見えるが、砲弾の破片で艦橋要員を傷付けているかもしれない。」

(もしそうなれば、敵艦の戦闘力もかなり削げる筈……!)

彼がそう思った直後、敵艦の斉射弾が落下して来た。
スリットガラスの前面で轟音と共に爆発光が煌めき、艦橋に無数の破片が当たり、雨垂れのような音がしばしの間なり続ける。
ガラスの大半がひび割れるか、粉砕され、内部にむせるような匂いが立ち込めた。

「第1砲塔に被弾!砲塔損傷の模様!」
「後部甲板に被弾!艦尾側4連装機銃座2基損傷!火災発生!!」
「後部第4甲板より報告!至近弾により若干の浸水有り!」

(ダメージがますます積み重なっていく……)

ホワイティは、自分が先よりも強く焦りを感じている事に気付く。
艦のあちこちでは火災が拡大しつつあり、第1砲塔も大きく損傷したようだ。
そして、艦深部では浸水も発生している。
ダメコン班のキャパシティーに限界が生じつつある事は誰の目にも明らかであり、これ以上の被弾はコンスティチューションの
戦闘力低下に拍車を掛けるであろう。

(だが、無人となった第1砲塔に貫通弾が出たのはある意味幸いだ。次の斉射までは、コンスティチューションは持てる限りの力を確実に出す事が出来る)

ホワイティは第12斉射の結果次第で、コンスティチューションの命運は大きく変わると思った。
そして、その思いは、敵2番艦の第11斉射を見るなり確信に変わった。
敵2番艦は、前部甲板や後部甲板の小火災のみならず、中央部付近から大きな火災を噴き上げた上に、艦橋の至近に命中弾を受けたにも関わらず、
持てるすべての主砲……

戦闘開始直後と同じく、9門の主砲を用いてコンスティチューションを叩きにかかっていた。

(駄目だったか……!)

先の被弾で敵艦の艦橋要員が死傷し、人事不省に陥る事で戦闘力の低下を期待していたホワイティであったが、その期待は脆くも崩れ去った。
同時に、コンスティチューションも第12斉射弾を撃ち放った。
この時、敵艦隊上空に陣取っていた観測機より通信が入った。

「上空の観測機より通信!我、照明弾の残数ゼロ。引き続き、弾着観測を続行する!」

観測機は、断続的に照明弾を投下し続けて来たのだが、ここに来てすべての照明弾を使い果たしたようだ。
ホワイティは了解と返しながら、水偵隊の働きに感謝していた。

(ご苦労だった。敵艦がああなればもうこちらの物だ)

彼は敵2番艦の様子を見つめながらそう思い、ふと、自艦の様子を想像する。
唐突に、上空に甲高い飛翔音が響き始めた。
ホワイティは思考を止め、被弾に耐えるために両足を踏ん張った。

「報告!敵1番艦沈黙!なお、トライデントも」

報告は敵弾落下のため、途中で区切られてしまった。
幾度も聞いた轟音が耳奥にねじ込まれるように響き渡り、強烈な振動がホワイティを始めとする艦橋要員を派手に揺さぶった。
彼は何とか衝撃に耐え切ることが出来たが、今しがた感じられた衝撃は、これまでの物と比べて明らかに違っているように感じた。

(今の衝撃は艦内から伝わってきたように感じられたが、まさか……)

心中の不安が際限なく広がるように思えた。
揺れが収まるや、コンスティチューションの速度が明らかに落ち始めた。
艦橋内部で驚きの声が上がるが、ホワイティはやはりかと、小さく呟いた。

「報告!後部機関室並びに機械室付近に敵弾命中!後部機関室の損害大!」
「クッ……とうとうやられたか!」

コンスティチューションは、またしても貫通弾を浴びてしまった。
しかも、被害箇所は艦深部にある機関室付近だ。
俊足が売りであるアラスカ級巡戦が機関室をやられれば、その真価は発揮できず、ただの足手纏いとなってしまう。
凶報は更に続く。

「トライデント、損害大により戦闘不能の模様!」
「な……トライデントが!?」

ホワイティはすぐに前方を行くトライデントに目を向ける。
トライデントは後檣から火災を起こし、第3砲塔からも濛々たる黒煙を上げている。
損害は艦の後部部分のみならず、中央部や前部付近にも及んでいるらしく、そこからも火災炎と思しきものが上がっている。

「なんてこった……トライデントもやられたとなると、この勝負は……」

ホワイティの脳裏に敗北の文字が浮かび上がる。

「敵2番艦に弾着!」

この時、見張り員の声が響いて来た。
相次ぐ被弾にも拘らず、無事に生き残った見張り員はどのような状況に陥ろうとも、立派に任務をこなし続けていた。
敵2番艦の右舷側中央部に至近弾の水柱が吹き上がったと見るや、水柱の根元部分に閃光と爆炎が躍り上ったように思えた。
だが、それはすぐに消え去り、敵艦の舷側に大量の海水が吹き上がる。
残った5発の砲弾も敵艦の左右に突き刺さった。
第12斉射の結果は空振りに終わったように見えた。

「この期に及んで外した……か……」

ホワイティは落胆したが、すぐに気を取り直した。

「砲術より艦長へ!」

艦内電話で砲術長が彼を呼び出す。
ホワイティはすぐにマイクを握り、砲術長に返事を送る。

「こちら艦長だ。」
「速力低下により、測的が必要になりますが、もはや一刻の猶予もありません。測的後の射撃は最初から斉射で行きます!」

ホワイティは、砲術長の判断を聞くなり、苦笑しながら答えていく。

「いいだろう。ジェイク、君の好きなようにやれ。」
「アイアイサー!」
「機関長より報告!後部機関室並びに機械室付近の損傷のため、出し得る速力は18ノット前後に留まるとの事です!」
「了解。被弾箇所の消火はすぐに行え!手空きの乗員にも手伝わせろ!」
「アイ・サー!」

彼は命令を発しながら、コンスティチューションも遂に鈍足艦に成り下がったかと心中で呟いた。
測的は思いの外早く終わったのか、報告から1分程で主砲発射のブザーが鳴り響いた。

「CICより報告!敵2」

スピーカーから流れて来た声が、第13斉射の発砲音にかき消された。
6発の14インチ砲弾が、前進を続ける敵2番艦に向けて殺到していく。
敵2番艦は艦の各所で火災を起こしているため、艦の周囲の海域はやや明るい。
この時、ホワイティは敵2番艦が甲板上のみならず、舷側から黒煙を吹き出している事に気が付いた。

「……なぜあそこから煙を吹いているんだ。先の斉射弾は全部外れ弾だった筈だが。」

ホワイティは、第12斉射弾の6発は、いずれも敵2番艦の“甲板上”に命中せず、いずれも至近弾となって無為に海水を吹き散らした
だけに留まった事をはっきりと覚えている。

「……いや、待てよ……双眼鏡越しだったが、1つだけ変わった水柱が上がっていたぞ。」

彼は、自らの記憶に残っていた異変を思い出した。
その記憶を更に掘り下げようとするが、それもスピーカーから響く新たな報告に遮られた。

「CICより艦長へ!敵2番艦に異変です!」
「こちら艦長。異変とは何だ?」
「弾着、今!」

彼が聞き返す暇もなく、第13斉射の報告が届けられる。

「第13斉射、全て外れました!」
「む……やはり、スピードが落ちたせいで精度が宜しくないな。」

ホワイティはそう呟きつつ、双眼鏡越しに敵2番艦を見つめる。
敵2番艦の近くには、コンスティチューションの放った第13斉射弾が落下し、高々と吹き上がっていた水柱が今しも崩れ落ちようとしていたが……
どういう訳か、弾着は全て、敵2番艦の前方に集中していた。

「何だあれは……」

ホワイティは困惑した表情で敵2番艦を凝視した。

「CICより艦長へ!」
「こちら艦長!どうした!?」

ホワイティは目を敵2番艦から離さぬままCICに聞き返した。

「敵艦の速力が急速に低下しています!現在、速度14ノット……いや、13ノット……依然減速中!」
「……一体、何が起きてるんだ……」

彼は首を捻りつつ、そのまま敵2番艦を見つめ続ける。
不意に、頭の中で先ほど見た不思議な水柱の事が浮かぶ。

舷側に上がった1本の、爆炎混じりの水柱。

(もしや……あれは外れ弾ではなかった……?)

ホワイティの中に、ある考えが浮かび始めた。

(砲弾は敵艦の至近距離に落下したが、距離があまりにも近過ぎて、そのまま敵艦の艦腹を抉ったのか。それならば、あの変な水柱も説明が付くが)

唐突に、敵2番艦が主砲を放って来た。

「敵2番艦発砲!」
「来るぞ!」

ホワイティは、速力が低下したにもかかわらず、全力で砲撃を続行する敵2番艦を見て思わず舌打ちをする。

「主砲火力は依然としてあちらが優勢か……!」

彼はコンスティチューションが先と変わらぬ状況にある事を、改めて認識した。
敵2番艦は艦深部に及ぶほどの損害を負っているにも関わらず、未だに充分な戦闘力を維持しているのだ。
この斉射弾で全ては決まるであろうと、ホワイティはそう確信した。

「敵弾、着弾!」

程無くして、敵2番艦の斉射弾が落下した。

「な……」

その瞬間、ホワイティは唖然となってしまった。
敵艦の主砲弾は、全てコンスティチューションの左舷側700メートルの海面に着弾していた。
これを見た誰もが目を丸くしてしまった。

(敵2番艦の主砲弾が届いていない!?)

先ほどまで良好な射撃精度を維持し続けていた敵2番艦にしては、あり得ない事である。

「敵2番艦、速力さらに低下中……行き足、止まります!」
「なんと……」

ホワイティは、今の言葉が半ば信じられなかった。
あれほどコンスティチューションを痛めつけて来た敵2番艦が、あっという間に動きを止めてしまったのだ。

「……どうやら、俺達はラッキーショットを当ててしまったようだな。」

ホワイティの言う通りだった。
コンスティチューションの放った第12斉射弾は、1発が敵2番艦……もとい、巡洋戦艦ミズレライスツの右舷側中央部に命中していた。
ミズレライスツに命中した主砲弾は、喫水線下のバルジに斜めから命中すると、即座に炸裂する事無く、そのまま分厚い装甲をぶち抜いて
艦内の防水区画に侵入。
砲弾はそこでも炸裂する事無く更に奥深くへと侵入し、第1防水区画から艦深部にある第4甲板にまで達してから爆発していた。
アラスカ級巡戦の放つ55口径14インチ砲弾の特徴は、中距離から近距離での砲撃戦において、高初速から繰り出される高い貫通性能に
あるが、今回もそれを遺憾なく発揮した形となった。
砲弾が炸裂した瞬間、爆発エネルギーの半分は破孔部から噴出していたため、これが爆炎混じりの水柱を形成する事となった。
残り半分は、第4甲板にあった前部魔道機関室に流れ込むや、内部に居た魔道士や動力源である巨大な魔法石を破壊してしまった。
被害はこれだけなら、まだ救いはあっただろう。
だが、この時の爆発は20メートル程離れていた後部機関室にも影響を及ぼした。
後部機関室では、砲弾炸裂時の衝撃で作動していた魔法石が突然停止したのである。
魔道士達は突然の事態に大混乱を来しつつも、何とか復旧を試みたが、最近換装したばかりの“最新式の魔法石”は努力の甲斐無く、
沈黙を続けたままであった。
この魔法石は、9月の大整備時に換装した物だったが、ある筋の情報によると、大型艦船用の魔法石には以前と比べて動作不安定
に陥る物が時折出るようになったと言われていた。
原因は、恒常化した米軍の戦略爆撃にあった。
アメリカ軍による戦略爆撃は、シホールアンル帝国の魔法石産業にも少なからぬ影響を及ぼしており、生産される魔法石も質の悪い
物が増え始めていた。

海軍に送られる魔法石は、質の高い物が優先して送られていた筈だが、それでも全ての魔法石の質が高いとは限らなかった。
不運な事に、ミズレライスツの魔法石は悪い意味でアタリであった。
この最新式の魔法石は実に質が悪く、演習中にも動作不安定に陥る事が度々あった。
ミズレライスツの魔道士達は様々な努力を行った末に、なんとかこの魔法石の動作を安定させることが出来たのだが……
この日の海戦において、魔法石は連続する激しい衝撃に耐え切れず、遂に動作を停止させてしまったのである。
それに加えて、ミズレライスツは被弾前まで30ノット近い高速力で航行していた事もあり、破孔部が水圧によって拡大。
そこから大量の海水が流れ始め、艦が傾斜し始めた。
艦長は射撃不能になる前に、せめて眼前のアラスカ級巡戦を討ち取るべく、強引に斉射弾を放った。
だが、その結果は実に残酷な物であり、ミズレライスツ乗員の士気は急速に削がれていった。


「艦長。敵2番艦の射弾は全て左舷側……我が艦の手前に弾着しています。という事は……」

隣に居た航海士官がホワイティに言う。

「ああ。敵さんは浸水の影響でトリムが狂っているのだろう。でなきゃ、全ての弾があんな手前に落ちる事はあり得ない。」
「では……敵2番艦はもう、戦闘力を喪失したという事になりますか?」

航海士官の問いに、ホワイティは肩をすくめた。

「敵さんに聞かん限りは分からんさ。だが……先の砲撃を見る限り、少なくとも、まともに主砲を撃つ事はできんだろう。」
「後方より味方駆逐艦接近!」

見張り員が後方から艦影を発見し、艦橋に伝える。

「艦長!後方の駆逐艦4隻は第107駆逐隊です。敵戦艦の詳細を伝えられたしとの事です。」
「DS107か……いいだろう。」

ホワイティは小さく頷くと、隊内無線の回線を開き、敵2番艦の情報を伝えた。
程無くして、DS107の駆逐艦4隻は、スピードを上げて敵2番艦に突進していった。

「敵1番艦はトライデントによって全主砲を使用不能にされ、20ノットの速力で遁走にかかったようですが、今しがたDS108の
駆逐艦2隻が捕捉し、追撃に移ったとの事です。」
「巡洋艦部隊はどうなっている?」

ホワイティは、艦橋に戦況報告を伝えに来た通信士官に質問を投げかけた。

「巡洋艦部隊は、現在も砲戦を続けていますが、既に敵巡洋艦1隻撃沈確実、2隻撃破の戦果を挙げた模様です。我が方はリトルロックが大破、
ピッツバーグが中破相当の損害を受けています。」
「ふむ……支援部隊同士の戦闘では我が方に軍配が上がった訳だが……こちらも巡戦2隻が大破している。全体的な損害はまだ分からんが、
これはどう見ても辛勝と言った所か。」

ホワイティは渋い表情になりながらそう言った。

「それから、トライデントから通信がありましたが、トライデントは主砲塔2基を損傷した上、前檣と後檣の測距儀もやられたようです。」
「前檣と後檣もやられたのか……そんな状態でよく、敵1番艦を戦闘不能にさせたな。」
「実は、敵1番艦を撃破した時は、前檣の測距儀は健在であったようなのですが、敵1番艦が沈黙する前に放った砲弾の内、1発が艦橋トップを
掠めたようです。幸い、艦橋トップの損害はさしたる物では無かったようですが、砲弾がかすった衝撃で測距儀が損傷し異常が発生、使用不能と
なったようです。そのため、事前に後檣を破壊されていたトライデントは統一射撃が出来なくなり、事実上戦闘不能に陥ったようです。」
「……最後の砲撃で目を潰す……か。シホット共の凄まじい執念を垣間見た気がするぞ。」

ホワイティは、敵巡戦の奮闘ぶり戦慄したが、同時に感嘆の念も抱いていた。

「さて、TG58.6の戦闘も間もなく終わるだろう。あとは、未だに戦っている主力部隊に加勢するか、それとも……」

ホワイティは、頭の中ではTG58.6で健在な戦力を結集させて、敵機動部隊目掛けて突撃を行うのかと思っていたが、艦橋内に響いた
報告にその思考は妨げられた。

「CICより艦橋へ!主力部隊の無線通信を傍受しました!」
「こちら艦長。スピーカーに流せるか?」
「ハッ!直ちに!」

艦橋の中にしばしの間、静寂が流れた。
そして、10秒が過ぎた時、スピーカーにTG58.7から発せられた無線交信が流れ始めた。

「こちらヘヴィーヴァンガード1!ナイトヴァンプリーダーへ!敵ワイバーンは何機向かいつつある!」
「こちらナイトヴァンプリーダー!20騎前後が急速に向っている。今抑えに掛かっているが……!」
「アルト!右にワイバーン3騎抜けるよ!」
「わかってる!こっちも今阻止を……アルク!前から来る2騎が何か捨ててこっちに突進して来た!応戦する!」
「畜生!全部抑えきれないぞ!あっ!突破した7、8騎が戦艦部隊に向かいやがった!!」

スピーカーから流れて来る声を聞くなり、ホワイティは姿勢を凍り付かせたが、主力部隊でどのような事が起こっているかはすぐに理解できた。

「おいおい……シホットの奴ら……」

ホワイティは通信士官と顔を見合わせた。

「艦長……」
「ああ。連中、主力部隊の戦艦を夜間爆撃する気だ。」

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
ウィキ募集バナー