自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

371 第275話 燃えゆく希望

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
1485年(1945年)12月9日 午前8時30分

「見えた……あれが、目標だな」

空母イラストリアス攻撃隊長兼第2次攻撃隊指揮官を務めるジーン・マーチス中佐は、午前8時30分に目標であるシギアル港を視認した。
シギアル港は奥行き10マイル、横幅が最大で12マイルほどの入り江であり、その右側部分から盛んに黒煙が噴出している。
入り江の出入り口には防波堤らしき物があるが、防波堤にしては異常に大きい。
そして、その防波堤は所々、トーチカにあるような穴が開いており、そこから砲身が伸びている。

「下方に沿岸要塞。」
「隊長!敵騎視認しました!2時方向!」

先行していた制空隊の指揮官がすかさず報告を送ってくる。

「……迎撃騎か。予想通りだな」

マーチス中佐は特に驚く様子もなく、視認した敵騎の数を数えていく。

「ざっと見た所、2、30騎と言った所だな。高度はこちらが上だ。連中、慌てて上がってきたな」

マーチスはそう呟きながら、敵騎は首都近郊の航空基地から上がってきたワイバーン隊であると確信した。
第1次攻撃隊は、軍港周辺の在泊艦船や航空基地を集中的に叩いたが、首都付近にまでは攻撃を行っていない。
情報によれば、シホールアンル軍の航空基地はシギアル港周辺に4つ、首都近郊に2つが確認されている。
シギアル港周辺の航空基地は恐らく壊滅状態にある事から、このワイバーン隊は首都近郊の航空基地より発進したものと推測できる。
敵ワイバーン隊は膜の外に出て飛行しているが、飛行高度は3000メートル程だ。
対して、第2次攻撃隊は高度5000を飛行中であるため、高度差の優位はこちら側が抑えている。
それに加えて、敵編隊は数が少なかった。

「大混乱の中、迎撃騎を飛ばせた事は褒める所だが……戦力が少ないな」

マーチス中佐は、憐れむような口調で敵に同情する。

第2次攻撃隊は、第1次攻撃隊と同様に、第38任務部隊の全空母から発艦した攻撃隊で編成されている。

その内訳は、TG38.1のエンタープライズからF8F12機、AD-1A14機。
ヨークタウンからF8F12機、AD-1A14機。
ワスプからF8F12機、AD-1A16機。
軽空母フェイトからF8F6機、AD-1A8機と、TG38.1だけでも94機に上る。

また、TG38.2はイラストリアスからF8F12機、AD-1A20機。
レキシントンからF8F16機、AD-1A20機。
ベニントンよりF8F20機、AD-1A16機。
軽空母ハーミズ、インディペンデンスからは、F8F12機、AD-1A14機、計130機が飛行甲板から飛び立った。

TG38.3から発艦した攻撃隊も大所帯であり、エセックスよりF8F20機、AD-1A16機。
イントレピッドよりF8F20機、AD-1A16機。ボクサーもまたF8F20機、AD-1A16機を発艦させており、
計108機にも上る。

第2次攻撃隊の総計は332機を数え、途中でエセックス隊のF8F1機とレキシントン隊のAD-1A1機がエンジン不調で
引き返したが、それでも330機もの大編隊が目標に向けて進撃中であった。

「エセックス、ボクサーの戦闘機隊は敵の迎撃騎を抑え込め!」
「了解!」

編隊の右斜めに位置していたエセックス隊、ボクサー隊の戦闘機が、一斉に胴体の増槽タンクを切り離すや、増速して敵ワイバーン隊に
向かっていく。

「あの敵編隊はすぐに抑え込めそうだな」

マーチスは楽観的な口調で呟くが、内心では別の迎撃騎隊が居ないか心配であった。

第1次攻撃隊は完全な奇襲となったが、第2次攻撃隊は、敵が迎撃態勢を整え始めた段階で突っ込んでいくため、ほぼ強襲となる。
攻撃のショックから立ち直りつつあるシホールアンル軍は、各所で対空陣地を築き、あるだけのワイバーンを動員してこちらに
向かって来るであろう。

「……そろそろ攻撃目標を指定しよう」

散発的な対空砲火を放つ沿岸要塞の上空を飛び越え、シギアル港の入り江上空に到達したのを見計らって、マーチスは各隊に向けて
攻撃目標を指示し始めた。

「これより攻撃目標を指定する。TG38.1、目標、軍港の艦船。TG38.2、目標、軍港の艦船、並びに港湾施設。TG38.3、
目標、ウェルバンル北西40マイルにある敵の秘密工場。全機……攻撃開始!!」

マーチスの命令が全攻撃機に伝わるや、母艦ごとに別れていた編隊は各々の目標に向かい始める。
TG38.3の攻撃隊だけは、散会する事無く、そのまま戦爆連合を形成しながら北上を続けていく。
ちなみに、第2次攻撃隊にはTG38.2の攻撃隊は参加しない予定であった。
TG38.2は第1次攻撃と第3次攻撃にのみ参加する予定だったが、急遽それが変更され、第2次攻撃に参加する事になった。
その原因は、首都北西に位置する8の秘密工場の存在であった。
マーチスは知らされていないが、この秘密工場は、スパイの報告で何かしらの兵器が生産されている公算が大と伝えられていた。
第3艦隊司令部では、この工場で作られている物が何であるか分らぬ物の、スパイの報告で工場の周辺に師団規模の部隊が展開している事と、
秘密工場で働いている作業員の記憶が、作業時間の分だけ抜け落ちているという報告に注目し、何かしらの重大な兵器がここで生産されている
と判断し、急遽、攻撃目標に加えることを決定した。
この秘密工場攻撃隊に、TG38.3の攻撃機が選ばれたのである。
だが、TG38.3の攻撃隊を秘密工場群に向けた場合、シギアル港に対する攻撃が疎かになりかねない。
そこで、TG38.2の艦載機が第2次攻撃に加わる事となった。
そんな事を知らぬマーチスは、シギアル港を見るなり眉を顰めてしまった。

「第1次攻撃隊の連中はよくやったが……逆に、これはやり過ぎといって良いかもしれんな」

彼の言う通り、第1次攻撃隊は“やり過ぎ”と言っても良いぐらいに暴れまくっていた。
まず、狙っていた戦艦7隻は、全てが転覆するか、大破着底しており、既に戦闘力は喪失していた。

次に、軍港周辺に点在していたと思しき4つの航空基地からは、例外なく黒煙が吹き上がっており、基地としての機能が失われたのは明らかだ。
そして、巡洋艦や駆逐艦といった護衛艦はおろか、補助艦クラスも手荒く叩いたらしく、桟橋という桟橋に停泊していた船からは、
軒並み黒煙が吹き上がっていた。
一見すると、第1次攻撃隊に獲物を全て取られてしまったように見える。
だが、マーチスは諦めずに目を凝らし、軍港のみならず、入り江の方向にも視線を向ける。
ふと、彼は入り江を航行中の艦船を発見した。

「お、複数の艦船が出口に向かって航行しているな」

彼は何気ない口調で呟くが、入り江の出口と艦船……4隻航行する中の、先頭艦を交互に見るや、頭の中で何かが閃いた。

「イラストリアス隊の目標を伝える。第1、第2小隊はそのまま攻撃を待て。第3、第4、第5小隊は港湾施設の敵艦船を攻撃せよ、以上!」

マーチスは簡単な命令を伝えた後、そのままシギアル港上空で旋回を始めた。
港の上空には既に、敵が盛んに対空砲火を放っており、無数の炸裂煙が空を覆い尽くしている。
イラストリアス隊より進んだレキシントンのスカイレイダーが雷撃、爆撃チームに別れて、未だに桟橋に係留されている艦船や、洋上に
停泊している輸送艦等に突撃を開始するが、敵の迎撃も熾烈であり、1機、また1機と被弾機が出始める。
奇襲となった第1次攻撃とは全く違い、シホールアンル側も動員できるだけの対空火器を根こそぎ動員して、激しく応戦しているようだ。

「敵の反撃も激しいな。連中、寝込みを襲われて相当頭に来ているらしい」
「隊長!」

敵味方の激しい攻防戦を見つめている中、唐突に2番機が無線機越しに呼びかけてきた。

「自分たちは攻撃しないのでありますか?」
「攻撃はする。だが……」

マーチスは、脳裏にある光景を思い出しながら部下に答える。

「もう少し待て。そうだな……あと3分ほど、こちらで旋回待機する」
「……了解であります」

部下はしぶしぶと言った様子でマーチスの指示に従うようだ。

「……タイミングが大事だからな。もう少し、上空のダンスに付き合ってもらうよ」

マーチスの直属小隊と第2小隊の計8機のスカイレイダーが旋回を続ける中、戦況はなおも動き続けている。
スカイレイダーに狙われた輸送艦は、のろのろとしたスピードで港外に脱出を図りつつ、乏しい対空砲火で応戦するが、そこに容赦なく
2本の魚雷が突き刺される。
装甲の無い船腹部分を無残に串刺しにした魚雷は、その強力な爆発エネルギーでもって、8000トン程はありそうな輸送艦の巨体を
真っ二つに引き裂いた。
その一方で、マーチスの危惧した通り、敵ワイバーン隊の増援も続々と現れ始め、制空隊がこれに対応して激しい空中戦が繰り広げられる。
ワイバーン隊は専ら、港湾施設や在泊艦船を攻撃するスカイレイダーをつけ狙い、膜の中に突入してくるが、そこをベアキャットが横合い
から殴りつけるように突っ込んでいく。
魔法通信の使えないワイバーン隊は、連携力が不足しているため、F8F相手に不利な戦闘を強いられるが、ワイバーン隊も負けじと挑んでいく。
1機のワイバーンは、真正面からF8F相手に機銃と光弾を撃ち合い、見事に打ち勝つが、その背後から急速接近した別のF8Fに
連射を浴びて撃墜される。
別のワイバーンは連携不足のところを突かれ、4対1という絶望的な戦闘強いられ、成す術もなく叩き落とされていく。
そんな中でも、複数のワイバーンが戦闘機の妨害を突破し、攻撃進入中のスカイレイダーの編隊に食らいつく。
何機かのスカイレイダーは、攻撃直前にワイバーンの攻撃を受け、ある機は慌てて爆弾を投棄して難を逃れたり、またある機は逃げる暇もなく
集中攻撃を受け、火の塊と化して叩き落とされてしまう。
別の機も同様に被弾し、胴体中央から火を噴いた。
生還の望みを絶たれたと判断したそのスカイレイダーは、目標に定めていた駆逐艦とは別の、手近な駆逐艦に進路を変更し、全速力で突進する。
それまで、上空を通過する米軍機に両用砲、魔道銃を撃ちまくっていた駆逐艦は、唐突に火を噴きながら突進してくる敵機を見るや、
急遽目標を変更する。
駆逐艦の艦長は声をからして撃墜を命じ、兵員達もそれに応えるべく、全力射撃で迎え撃つ。
だが、スカイレイダーは魔道銃を撃ち込まれようとも、スピードを緩めることなく接近し、遂に敵駆逐艦へ体当たりした。
その瞬間、搭載していた3発の1000ポンド爆弾が誘爆し、敵駆逐艦の上部構造物を薙ぎ払ってしまった。
その大爆発は凄まじく、30マイル離れたウェルバンル市街地からでも一望出来たほどだった。
撃墜、または被弾で離脱した機は何機か出たものの、残ったスカイレイダーは定められた目標に対して、容赦なく爆撃を加えていく。
補給品を収納していた倉庫が爆弾を浴びて四散し、備蓄されていた衣類等の生活用品が無数の破片と共に宙高く吹き飛ばされる。
狙われた艦艇は舷側に直撃弾を受け、瞬時に火達磨と化していく。
敵の反撃は熾烈だが、第2次攻撃隊もそれ以上に熾烈な攻撃を加え、シギアル港の損害は加速度的に積み重なっていった。

そんな光景を見つめつつ、マーチスはきっかり3分後に、指揮する7機に命令を下した。

「第1、第2小隊、続け!」

唐突に命令を発した後、マーチスは機首を入り江の入り口に向け直した。

「……いい具合だ」

彼は微かに頷く。
先程目にした数隻の艦船が、不揃いな単縦陣を形成しながら入り江の入り口に向かいつつある。
敵の巡洋艦と思しき先頭艦は、12ノットほどのスピードで航行しており、あと10分程経てば、その巡洋艦は出入り口を抜けて
外海に出られるだろう。

「第1、第2小隊へ!目標、先頭の巡洋艦!敵が港の出入り口付近に達した所で攻撃するぞ!」
「!…了解!」

この時、微かに驚きの声が聞こえたが、部下達はすぐに応答した。

「第2小隊は敵艦の右舷へ、第1小隊は左舷から攻撃する。かかれ!」

更なる指示が下るや、続行していた第2小隊がマーチスの直率する第1小隊から離れ始めた。

「降下する、付いて来い!」

マーチスは第1小隊の部下達に指示を飛ばしつつ、愛機の高度を急激に下げていく。
2000付近で飛行していた4機のスカイレイダーは、暖降下の要領で次第に高度を下げていき、敵巡洋艦の左舷側3000メートル付近に
位置した時には、高度300メートルまで下がっていた。
マーチスは下降を続けながら、敵巡洋艦に機首を向けていく。
魚雷を2本抱いたスカイレイダーの動きは、確かに重く感じる。
しかし、ソードフィッシュやアベンジャーに乗ってきた身としては、スカイレイダーの動きは前の2機種と比べて格段に違うと確信していた。

(これが化け物エンジンの力って奴か……全く、気に入ったぜ!)

マーチスは微笑みながら、狙いを巡洋艦に定めた。
敵艦から距離2000メートルに達した所で、高度は50メートルほどに降下している。
突入を図るスカイレイダー隊を脅威に感じたのだろう、敵巡洋艦から対空砲火が放たれた。
瞬時に、高射砲弾の炸裂が前方で起こる。
砲弾炸裂の振動が伝わり、愛機が揺れ動く。
マーチスは臆した様子もなく、尚も下降を続けていく。
50メートル付近から緩やかに下降した第1小隊は、敵艦から1200メートルに達した所で高度9メートルまで下降し、そこで水平飛行に移った。
敵巡洋艦は高射砲のみならず、魔道銃までも撃ち上げてきた。
前方からカラフルな色の光弾が吹き荒ぶ。うち、数発が風防ガラスの至近を通り過ぎていく。
沿岸要塞からも対空射撃を受けており、第1小隊は必然的に、敵の十字砲火を浴びる形となっていた。
機体に振動が伝わり、操縦桿が揺れ動くが、マーチスは懸命に揺れを抑える。
敵巡洋艦は唐突にスピードを上げ始めた。巡洋艦は、入り江の出入り口までの距離が既に1キロを切っている。

「ここで速力を上げて、一気に脱出を図るつもりか。妥当な判断と言った所だ」

マーチスは、敵艦の艦長の気持ちが理解できた。
敵艦は左右から8機のスカイレイダーに襲われている。
巡洋艦は駆逐艦と、沿岸要塞からの援護射撃を受けているが、敵機は思いの外固く、落ちる様子がない。
このまま撃沈されるならば、全速力で突破し、行動の自由を得たいと思ったのであろう。

「だが、そうさせるほど、俺達は甘くないぞ」

彼は冷たい声音で呟きつつ、第1小隊の部下達に新たな指示を伝える。

「投下距離は600!魚雷は扇状に投下するぞ!」
「「了解!」」

部下達の威勢の良い返事が聞こえると、マーチスはその意気だと心中で呟きながら、敵巡洋艦を見据える。
敵巡洋艦は前部甲板に連装式の主砲塔2基、後部甲板に1基搭載しており、甲板には両用砲と魔道銃と思しきものが確認できる。

(主砲6門となると……敵はオーメイ級、またはミルビ・ヌレイ級巡洋艦か)

マーチスは敵巡洋艦の艦級を推定する。
その時、唐突に敵巡洋艦が左……第1小隊に向けて急回頭し始めた。

「!!」

マーチスは敵の行動にハッとなる。同時に、彼は新たな命令を口に出していた。

「第1小隊、雷撃中止!反転せよ!!」

彼は大声でそう命じると同時に、愛機を右旋回させた。
後続の3機もマーチスに続いた。
機を反転させると同時に高度が上がる。その時、機体に2度の振動が伝わる。
敵弾が命中したようだが、飛行に支障はない。
エンジン出力を最大にしたスカイレイダーは、その図体にしては驚くほど俊敏な動作で反転を終えていた。
その鮮やかな急反転は、敵艦乗員の度肝を抜いた。

「クソ!敵の奴、一体何を……!」

マーチスは罵声を放ちながら敵巡洋艦に顔を向ける。

「ああ……なるほど、そういう事か!」

回頭を続ける敵巡洋艦の右舷方向から4機のスカイレイダーが猛速でフライパスしていく。
敵巡洋艦は右舷側の雷撃を避けるため、わざと第1小隊に頭を付けることで第2小隊の雷撃を逃れつつ、第1小隊の雷撃も不可能にしよう
と考え、実行に移したのであろう。
眼前には港の出入り口があるにもかかわらずだ。

「入り口付近の防波堤に激突しかねんというのに、ああいった大胆な行動をするとは。敵艦の艦長は度胸があるな!」

マーチスは悔し気にそう言いながらも、心中では敵の艦長の判断力に感嘆していた。

しかし、敵艦の予想外の動きは、不利を完全に覆すまでは行かなかった。
敵艦が回頭しつつある中、第2小隊の投下した魚雷が次々に空振りとなる。全弾外れになるかと思いきや、艦尾付近に高々と水柱が立ち上がった。

「お……!」

マーチスはその瞬間、しめた!と口に発していた。
敵巡洋艦は第2小隊の攻撃を完全にかわし切れず、右舷後部付近に魚雷1発を受けてしまった。
そして、敵艦はスピードを着けながら左斜め……入り江の出入り口に向けて突進していた。
それは一瞬の出来事であった。
敵艦は舵を破壊されたのか、艦首を左斜めに向けながら……あろうことか、入り江の入り口、それも左側の防波堤部分の激突してしまったのだ。
出入り口の大きさは約180メートル。
それに対して、敵巡洋艦の全長は160メートル前後である。
敵巡洋艦はトリッキーな動きで魚雷を回避しようとしたことが仇となり、不幸にも、港の入り口部分をその艦体でほぼ塞いでしまったのだ。

「これはチャンスだ!」

マーチスは最大の好機が訪れたことを確信した。
敵巡洋艦に続行していた敵駆逐艦が激しく対空砲火を放ってくる。
離脱している第2小隊にもその砲は向けられ、今しも1機が撃墜されてしまった。

「2、3、4番機は敵駆逐艦を攻撃しろ!敵巡洋艦は……俺がやる!」
「隊長!戦力分散は危険です!」

対空砲火の炸裂煙に揺られながら、命令を出すマーチスに対して、2番機のパイロットが意見を具申する。
しかし、マーチスはそれを受け入れなかった。

「いや、敵巡洋艦が行動不能となった今、攻撃するスカイレイダーは1機で充分だ!それ以上に脅威なのは、動き回る敵駆逐艦だ。
貴様らは敵駆逐艦を牽制し、俺を援護しろ!」
「援護ですな……了解です!胸のすく雷撃を期待していますぜ!」

部下はマーチスの言わんとしている事を即座に理解し、マーチスから離れて敵駆逐艦に向かい始めた。

「よし……再突入だ!」

マーチスは再び、機首を敵巡洋艦に向け始めた。
敵艦との距離は2000メートルまで離れていたが、そこから再び距離が詰まり始める。
先行していた2、3、4番機が敵駆逐艦に向かっている。
狙われた敵駆逐艦は懸命に回避運動を行っていた。

「いいぞ。そのまま敵を攪乱してくれ」

マーチスは部下の奮闘を祈りつつ、敵巡洋艦への接近を続けた。
高度は再び10メートル台まで下がり、そこから更に下がり続ける。
入り口部分の防波堤に激突した敵巡洋艦は、後部付近から黒煙を噴き上げ、艦尾をやや下げている。
艦首は激突の衝撃で潰れており、とても航行できる状態ではないはずだが……驚くべきことに、敵は満身創痍の状態になっても、
まだ行動を続けている。
敵艦はゆっくりとだが、後進していたのだ。

「あの状態でまだ脱出を図るか……いい根性だ!」

マーチスは自然と、胸が熱くなるように感じた。
敵艦からは対空砲火も放たれ、高射砲の炸裂と光弾が一緒くたにマーチス機に向けて叩きつけられている。
高度10メートル以下に降下したマーチス機は、盛んに炸裂する高射砲弾の衝撃波に機体を揺さぶられ、光弾が外板に命中して嫌な音を立てる。
一際大きな衝撃が伝わる。コクピット右側のガラスにも大きな亀裂が入った。
マーチスはやられたか!と確信しつつ、更に降下し始める愛機の姿勢を必死に制御する。
高度計が4メートルになった所で降下は止まった。
機体の振動はやや大きくなったが、操縦系統はまだ生きていた。
気が付けば、敵巡洋艦との距離は600メートルを切っていた。彼の体は自然と反応し、左手が魚雷の投下レバーにかかった。
眼前には、艦尾を沈み込ませつつ、ゆっくりとだが後進する敵巡洋艦が見える。
左舷やや斜め後方から接近している形だ。

「魚雷……投下!!」

マーチスは小さく叫ぶと、魚雷投下ボタンを押した。
その直後、胴体に吊り下げられていた2本の魚雷が投下される。魚雷本体は弾頭部分から海面に突き刺さり、小さな水柱を噴き上げた。

そして、2本の白い航跡が敵巡洋艦めがけて伸び始めた。
マーチスは機銃を撃つことも忘れ、増速しながら敵艦の真上を通り過ぎた。
敵艦からの追い撃ちが放たれたが、マーチスは機を蛇行させながらそれをかわした。
少し間を置き、彼は港の入り口付近に顔を向けた。

「……よし!」

そこには、期待通りの光景が広がっていた。
マーチス機の雷撃を受けた敵巡洋艦は、黒煙を吐きながら左舷側に大きく傾いている。
敵艦は後進しつつ、出入り口付近から艦体をどけようとしていたが、それが災いしてか、敵艦はちょうど、出入り口の真ん中付近で
停止して沈みかけていた。

彼は魚雷命中の瞬間を見ていなかったが、敵巡洋艦は左舷後部と中央部に魚雷を受けてしまった。
魚雷は薄い装甲をぶち破ると、艦内で炸裂する。艦深部の機関室は魚雷の弾頭部に配置されていた炸薬が爆発した事によって、
膨大なエネルギーが発生し、瞬時にして機関室やその周辺区画を乗員諸共粉砕した。
同時に、2本の水柱が左舷側に高々と吹き上がる。
艦体に穿たれた大穴からは、大量の海水が流入し、爆砕した機関室や周辺区画を膨大な量の水が満たしていく。
もはや、敵巡洋艦は完全に死に体と化していた。
艦長は確かに、最後まで諦めまいと、必死に操艦を続けた。魚雷に艦体を穿たれた後もなお、諦めるなと叫んですらいた。

しかし、現実は残酷である。

敵艦の大胆な行動は、どれも勇気あるものであり、その根性にはマーチス自身、頭が下がる思いであった。
だが、その行動はことごとく裏目に出てしまい、遂にはシギアル港自体を閉塞してしまうという重大事を引き起こしてしまったのだ。

「生へのあがきが、更に最悪の事態を引き起こした訳か……敵ながら、不憫な物だ」

マーチスは敵巡洋艦に対し、微かばかりの同情の念が沸き起こっていた。

同日 午前8時40分 ウェルバンル北東5マイル地点

シギアル港周辺で激戦が繰り広げられている中、TG38.3より発艦した戦爆連合78機は、一路ウェルバンル北西40マイル付近に
ある秘密工場群へと向かっていた。
空母イントレピッド攻撃隊に属しているカズヒロ・シマブクロ少尉は、左手に見える異世界の大都市に思わず見入ってしまっていた。

「これが……今戦っている敵国の首都か。雰囲気自体が本当に違う」

今見える敵国首都……ウェルバンルは、今までに見てきたニューヨークやサンフランシスコ、デトロイトといった都市と比べて建物の
作りも違っていた。
首都の真ん中あたりには、一際巨大な建造物が鎮座している。
出撃前の説明で聞いた帝国宮殿というのが、あの建造物なのだろう。

「今頃、あそこにいるかもしれん皇帝さんとやらは、歯噛みしながら俺達を見ていのかな」

そうならば、これほど気持ちの良い事はない。と、カズヒロは心中でそう思った。
攻撃隊は、敵国の首都の東外側をあっという間に飛び去り、しばらく平穏に飛行を続けた。

そして、午前8時55分……

「アウトローリーダーより各機へ告ぐ。目標を視認した。11時方向、距離12マイル!」

臨時にTG38.3攻撃隊の指揮官を務めている、エセックス攻撃隊指揮官機から目標発見の知らせが伝えられる。
カズヒロの所からは見え辛かったが、この時、攻撃隊は前方に目標と思われる、複数の長方形上の建造物を視界にとらえていた。
しばし間を置いた後、またもや指揮官機から通信が入る。

「注意!敵迎撃騎接近!」

この報を聞いたカズヒロは、いよいよ来たかと呟きつつ、操縦桿を強く握りしめた。

同日 午前8時58分 ウェルバンル北西38マイル地点 スティンヒントル 

ウェルバンルから北西30ゼルド(60キロ)北西にあるスティンヒントルは、古来から通商の拠点として栄えた町であったが、その町の離れに、
不思議な建物が建ち始めたのは1478年1月の頃であった。
ある日、住民が町の離れにある何もない空き地に、外地から来たと思しき作業員が何かの建物を作り始めているのを目撃してから、2年ほどで巨大な
建造物がいくつも出来上がっていた。
そして、スティンヒントルの住民達は、帝国中枢の呼び掛けに応じて、その建物の中で何かを作る作業に従事したが、作業場から出るときはいつも、
何を作ったのか、友人と何を話したのかが常に記憶に残っていなかった。
だが、作業員達はそれを不快気に思う事もなく、来る日も来る日もこの建物の中で仕事を続けてきた。
そして、今日もその日常が始まると、誰もが思っていた。


「司令!見張り所より狼煙が上がっています!」

司令と呼ばれた黒髪の将官は、隣に立っていた艦長にそう言われるなり、顔の張り付いていた焦りの色がより濃くなった。

「おのれ……敵空母から発艦した攻撃隊が近くまで来たか……発進準備はまだか!」
「あと10分お待ちください!魔法石の調整にまだ時間がかかっておりますので……」

艦長がそう答えるが、司令は首を横に振った。

「5分で終わらせるんだ!でなければ……このヴェルティンルは敵の爆撃を受けて、建造ドックごと爆砕されるぞ!」
「……努力いたします!」

艦長は深く頷いてから、伝声管に向けて指示を飛ばしていく。

「おのれ……9時には皇帝陛下ご出席の下で、空中機動艦隊の初飛行式を開く筈だったのに……」

なんという間の悪さか……!
司令……シホールアンル空中機動艦隊司令官、ホイロ・ハヴァンソ中将は、唐突の空襲を仕掛けてきたアメリカ軍にあらん限りの罵声を放った。

シホールアンル軍は、極秘裏に秘密兵器の開発を行い続けてきた。
開発した秘密兵器は様々だが、その1つは、かのフェイレを基に作ろうとした大威力の戦略級爆裂魔法計画で、もう1つは魔法防御の施された
陸上装甲艦計画である。
この2つのうち、1つは実用化寸前にフェイレが逃亡し、その後、アメリカ軍の水上打撃部隊に救出されたことで頓挫している。
もう1つの陸上装甲艦計画は順調に開発、建造が完了し、実用化されている。
運用当初は期待通りの働きをしたものの、これまた、米軍の水上部隊に迎撃されて、建造した全ての陸上装甲艦が撃破され、全滅するという
悲運に見舞われている。
他にも、計画、開発されている物はあったが、その1つが空中艦隊計画であった。
シホールアンル帝国は、様々な特徴を持つ魔法石が取れる資源国でもあるが、帝国本土北部にあるパリマ・インシト鉱山は、帝国の中でも聖地と
される地にある鉱山であり、今までは余りにも峻険な地に存在する鉱山のため、開発が思うように進まなかった。
だが、7年前に大規模な開発が行われた結果、この地でも優良な魔法石が取れるようになった。
そして、6年前……ここで運命的な出来事が起こった。
ある時、いつものように採掘が進められていた鉱山内で、不思議な魔法石が見つかった。
その魔法石は、青く澄んだ美しい色をしていた。
それだけなら、どこにもでもありそうな、鉱山の中でも綺麗な魔法石の話で終わる話であるが……
この話には続きがあった。
その魔法石を採掘した作業員は、手を滑らせて、地面に落としかけたが……その魔法石は地面に落ちず、やや離れた空中で浮遊したのだ。

この話は、すぐさま帝国中枢にまで広がり、魔法石発見から1週間後には、帝国魔道院の中でも優秀な魔導士達が鉱山に駆けつけていた。
それ以来、浮遊する魔法石の採掘は極秘裏に、かつ、急ピッチで進められた。
同時に、シホールアンル軍内でこの魔法石を使った新兵器の開発も計画された。
そして生み出されたのが、このヴェルティンルを始めとする8隻の空中艦隊である。
浮遊実験は、帝国北部の極秘訓練場で1483年に駆逐艦サイズの艦を実際に建造して行われ、見事に成功を収めている。
この成功を基にヴェルティンルの建造は進められた。
ヴェルティンルの外観は、鋭角的な艦首と程よく長く、太すぎでも無い胴体に丸く締まった艦尾と、普通の戦艦サイズと似たような形をしている。
艦橋はシホールアンルにしては珍しい、若干高い塔型であり、前部甲板にはフェリウェルド級戦艦にも採用されている50口径16ネルリ砲を
連装式に搭載し、それが2基、背負い式に配置されている。
同じような装備は後部甲板にも搭載され、これで主要な砲は8門……に見えるのだが、ヴェルティンルの主砲は8門のみではなかった。
この空中戦艦は、普通なら艦底部と呼ばれるべき部分にも武装が施されていた。
秘密工場は、外見上は地上7階相当のやや高い建造物だが、実際は地中にも大きな溝が彫り込まれており、艦底部の武装はそこに隠れる
形となっている。

艦“下部”の武装は、主砲だけでも16ネルリ連装砲が艦橋寄りの前部に1基、後部に1基の計4門設置されており、艦の下方にも大口径砲の
火力投射ができるようにされている。
ヴェルティンルは主砲以外にも、多数の両用法や魔道銃を装備しており、艦上部には連装両用砲を8基16門に魔道銃58丁設置し、艦下部に
両用砲7基14門、魔道銃32丁を設置している。
艦の全長は126グレル(254メートル)、全幅17グレル(34メートル)と、フェリウェルド級戦艦より若干小型だが、
重量は32000ラッグ(48000トン)と、ネグリスレイ級戦艦よりも重くなっている。
艦の防御性能自体は14ネルリ相当のものに留まっているが、艦下部の武装を施したため、思った以上に重くなってしまった。
だが、その威容はまさに驚異的であり、空中軍艦としては最強の攻防性能を誇っているとも言えた。
浮遊石を基に製造された魔法石の調子も良く、昨日の浮遊試験では、想定されていた天井ギリギリの位置まで見事に浮遊し、この艦が
飛行可能である事を証明していた。
そして今日、ヴェルティンルは、空中竜母ヒィネ・レイズネスと共に本格的な浮遊飛行を皇帝オールフェス・リリスレイが見守る中で行い、
その堂々たる第一歩を踏み出そうとしていた。

ちなみに、ヴェルティンルとヒィネ・レイズネスという名前は、シホールアンル建国前に、独立戦争で活躍した将軍の名前を頂いたものであり、
この2つの名前は、建国に大きく付与した10将軍の中に連ねられている。

次々と入る敗報を耳にしつつも、自分達に関しては、順風満帆な流れの上にいたと確信していた空中艦隊の将兵達だったが、そこに突然湧いて
きた大規模な妨害魔法……そして、シギアル港への大規模空襲は、まさに青天の霹靂であった。


「機関出力、70!あと2分で機関が始動できます!」

艦長は、伝声管越しに機関室に努める主任魔導士から報告を伝えられる。

「急げ!敵はすぐそこまで迫っているぞ!」

叱咤するような命令を引き続き発しながら、艦長は機関のを今か今かと待ち続けていた。

「ヴェルティンルとヒィネ・レイズネスは、敵の攻撃をしのげれば何とかここから脱出できるだろう。だが……残った6隻はもう、助からぬかもしれんな」

ハヴォンソ中将は沈んだ声音で、陸上ドッグで建造中の僚艦の行く末を案じた。

今日出航する2隻の空中軍艦の他に、出港準備を行っている艦はおらず、残り6隻は未だに、機関部の最終調整すら終わっていなかった。
一応、残り6隻の巡洋艦、駆逐艦も建造は終わっているのだが、これらの艦は、12月後半から1月下旬にかけて順次、北方の拠点に異動する
予定であったため、乗員すら乗り組んでいない状態だ。
米軍機の反復攻撃が予想される今となっては、これらの6隻が大空を飛ぶ事は、確実に無いと言った方が正しかった。

「ならば……せめて、この2隻だけでも大空に浮かべ、無事に逃げ切って見せる!必ず……!」

ハヴォンソは断固たる決意を心中で現しつつ、艦の上昇を待ち続けた。

「味方の迎撃隊が現れました!敵艦載機に向けて突入していきます!!」

建造ドッグの右端に作られた見張り台から、伝声管越しに報告が伝えられた。

「味方のワイバーン隊か……頼むぞ!」

ハヴォンソは、藁にもすがる思いで味方迎撃隊の奮闘を祈った。


「敵騎接近!11時上方よりワイバーン20騎前後!」
「5時下方より敵機!数10前後、飛空艇だ!」

2つの報告が同時に、エセックス攻撃隊指揮官であるアール・ガラハー少佐へ届けられる。

「ワイバーンと飛空艇が異方向から同時に……か」

敵は2方向から攻撃隊を挟み撃ちにする形で向かいつつある。
それに対抗するには、こちらも護衛の戦闘機をぶつけるしかない。

「アウトローローダーより、各戦闘機隊へ!イントレピッド隊は11時方向の敵ワイバーン、エセックス隊は5時方向の飛空艇にあたれ!」
「「了解!」」

エセックス、イントレピッド戦闘機隊の指揮官が応答し、スカイレイダーの周囲に張り付いていたF8F32機(エセックス隊の一部は
シギアル港周辺で制空任務にあたっている)が2方向に別れて離れていく。

「敵ワイバーン視認!距離4000!12時方向!」

イントレピッド戦闘機隊第3小隊の3番機を務めるケンショウ・ミヤザト少尉は、耳元のレシーバーに流れる声に耳を傾けながら、戦闘
準備を整えていた。

「ケビン!今の聞いたな?」
「勿論です!いつも通りにペアでやりましょう!」

44年11月から相棒を務める、ケビン・フィリッツ1等兵曹が快活の良い声音で答えた。
イントレピッドに所属する20機のF8Fは、一斉に増槽タンクを切り離すや、増速して敵ワイバーンとの距離を詰めていく。
前方に敵ワイバーンが見え始めた。
数はざっと見て20騎足らず。

「ん……?」

この時、ケンショウは敵ワイバーンの動きに違和感を覚えた。

「なんだあいつら……編隊が崩れかけているぞ」

敵ワイバーン隊の動きは、よく見るとぎこちないように思えたが、敵との距離はあっという間に詰まる。
敵もほぼ全速力で突っ込んできているため、早々に空戦が始まった。
ケンショウは1騎のワイバーンに狙いを定め、距離400に縮まった所で20ミリ機銃を撃ち始めた。
両翼の20ミリ機銃4丁が重々しい発射音を発し、12.7ミリ弾より図太い火箭が目標のワイバーンに注ぎ込まれていく。
一連射したケンショウは、とっさに機を右に横滑りさせる。
ワイバーンも光弾を撃ち返してきた。
ケンショウの放った機銃弾はワイバーンを捉えるが、これは敵の展開した魔法防御にはじかれる。
敵の放った光弾は、ケンショウ機の左脇をかすめて飛び去って行った。
互いに有効打を与えられぬまま、猛速ですれ違う。
空戦開始の儀式ともいえる正面対決が終わるや、互いに反転して空戦に入ろうとする。
敵ワイバーンは果敢にF8Fに突っかかってきた。

「2時上方より敵ワイバーン!突っ込んでくる!」

相棒のケビンがとっさに伝えてくる。ケンショウは操縦桿を左に倒しつつ、旋回上昇に移る。
上方よりワイバーンの放った光弾が注がれてくるが、回避運動を行ったケンショウ機にあたらない。
ケンショウが反撃を行おうとしたとき、敵ワイバーンはケンショウ機のすぐ右を飛び抜けて急降下していく。

「……」

ケンショウは無言のまま、新たなワイバーンの攻撃をかわしつつ、攻撃の機会を探る。
機会は程なくして訪れた。
ケンショウ機に突っかかったワイバーンは、急降下をやめて緩やかに旋回上昇に入り始めた。

「そこだ……!」

彼は小さく叫ぶと、愛機の機首をそのワイバーンに向け、一気に下降し始めた。
機首のプラット&ホイットニーR2800-34W、2300馬力エンジンは、F6Fよりも軽くなったベアキャットの機体をあっと
いう間に最高速まで引き上げた。
下降の影響で、時速700キロ近くまで上がった2機のベアキャットが、その敵ワイバーンに近づくまでさほど時間がかからなかった。
照準器に、旋回上昇に入るワイバーンの背中が捉えられる。
その時、ワイバーンの竜騎士がハッとなって、顔を見上げる様子が見えた。
距離は200メートルまで迫っていた。
ケンショウは無言で20ミリ機銃を発射した。
重々しいリズミカルな発射音が鳴り、4条の曳光弾がワイバーンに向けて叩き込まれた。
ケンショウ機の射弾がワイバーンを押し包む。
魔法防御の展開によって機銃弾が弾き飛ばされるが、今度は1連射限りでもなく、1機だけでもない。
ケンショウ機の後方にいるフィリッツ機も両翼を真っ赤に染めて多数の機銃弾を撃ち放っている。
多量の20ミリ弾を受けたワイバーンの防御結界は、程なくして限界を超えた。
一瞬、まばゆい光が発せられたと見るや、ワイバーンの竜騎士が20ミリ弾を複数受けて体を吹き飛ばされる。
次いで、ワイバーンの背中や両方の翼に万遍なく20ミリ弾が突き刺さり、あっという間にワイバーンがボロボロにされた。
2機のベアキャットが轟音を上げて飛び去る頃には、そのワイバーンは体全体から大量出血しながら、真っ逆さまに墜落し始めていた。

「まずは共同撃墜1!」

無線機からケビンの声が流れてきた。

「ああ、幸先良しだ」

ケンショウも確かな手応えを感じつつ、再び戦闘空域に戻り始める。
空域からはさほど離れていないため、すぐに戦闘の様子を見ることができた。

「おいおい……速度はこちらが上とはいえ、機動性抜群のワイバーンが、空戦開始早々押されまくっているとは」
「あのワイバーンの連中、動きが明らかにおかしいですよ」

空戦開始前から敵編隊の動きを見ていたケビンが当然とばかりに、ケンショウに行ってくる。

「ありゃあ、半数以上が新米ですぜ」
「……頑張っている奴もいるようだが」

1騎のワイバーンが、上手く機動性を活かしてベアキャットの背後に回り込むと、光弾の連射を叩き込んで右の主翼を吹き飛ばし、
錐もみ状態に陥らせた。
だが、その背後から猛速で迫った2機のベアキャットに機銃弾を撃ち込まれ、瞬時に叩き落とされる。
この他にも、巧みな機動でベアキャットを翻弄するワイバーンもいるが、大半のワイバーンは2機1組となったベアキャットに追い
回され、あるワイバーンは逃げ切れずに撃墜され、別のワイバーンは機銃弾をかわすだけで精一杯となっている。
イントレピッド隊の空戦は、既に勝敗が決まったようだ。

「何とも呆気ない物だ。そう思わんか、ケビン?」
「ええ、自分もそう思いますね」

ケンショウはケビンのため息交じりの応答を聞きつつ、視線をスカイレイダー隊に移す。
エセックス隊のF8F12機は、ケルフェラクと思しき飛空艇と渡り合っているが、今の所1機のケルフェラクも突破できていない。
敵機の迎撃を受けずに済んだスカイレイダー48機は、編隊を維持したまま高度4000付近を悠々と飛び続けていた。
ふと、ケンショウは、その後ろ下方から迫る機影に目を取られた。

「あれは……!」

ケンショウは、すぐに機を増速させた。

緩めていたスロットルを再びフルにし、機首の大馬力エンジンを力いっぱい唸らせる。

「ケビン!攻撃隊に敵機だ!」
「な……了解!!」

増速した2機のF8Fは、スカイレイダーの後方から食い下がる4機の飛空艇に向かっていく。
同時に、無線機で攻撃隊指揮官機に敵機接近を知らせる。
ケンショウ、ケビンペアが敵機に迫るよりも、敵機がスカイレイダーに攻撃を開始する方が早かった。

「あ……畜生!」

スカイレイダーの編隊が攻撃を受け、編隊の一部が崩れる。
光弾の集中射を受けてしまったのか、スカイレイダーの1機は胴体から黒煙を吐きつつ、機首を下にして落ち始めていた。
別の1機も同様に煙を吐きながら、急速に高度を落としていく。
敵の奇襲で、早くも2機のスカイレイダーが犠牲となったのだ。
敵飛空艇が猛スピードで突っ込むF8Fに気付くや、急いで散開し始めた。
だが、ケンショウは動きの鈍い1機に狙いを定め、150メートルの距離から敵機目がけて機銃を放つ。
20ミリ弾は敵飛空艇の左側面や胴体に命中した。
その直後、敵機は胴体中央部がぱっくりと折れ、2つに別れて墜落していった。
ケビンも別の飛空艇に機銃を放つ。
この飛空艇は回避運動に入った所を20ミリ弾に撃ち抜かれ、機銃弾は右主翼を根元から叩き割った。

「1機撃墜!」
「こちらも叩き落した!!」

ケンショウとケビンは、互いに戦果を報告しあいながら、回避に成功した敵機を注視する。
その敵機は、全体的にずんぐりとしており、全長もベアキャットとほぼ同じか、やや小さいように見える。
主翼もあまり大きくはない。
彼は一目見ただけで、この飛空艇の正体を見破ることができた。

「ドシュダムか!」

ケンショウは散開したドシュダムの内、旋回上昇に入ったドシュダムを追跡した。

「下降した奴は自分が追います!」
「周囲に気を付けろよ!」

ケビンと別れたケンショウは、自分も戒めるように、相棒に注意を促した。
上昇に移ったドシュダムは、ケンショウのベアキャットが追跡してくるのに気付くや、すぐに反転、下降を行い始める。

「逃がさんぞ……!」

ケンショウも後を追い、愛機をドシュダムの後尾に付ける。
旧世界のソ連製戦闘機、I-16戦闘機に似た、全体的にこじんまりとしている敵飛空艇は、思いの外巧みな動きで最新鋭戦闘機で
あるF8Fの追尾を振り切ろうとする。
その動きはキレがあり、ケンショウも動きに翻弄されてなかなか射点に付けない。
時折、急激な水平旋回や宙返りを行って、F8Fの背後を取ろうとする。
しかし、F8Fも格闘性能に置いては最高と太鼓判を押された機体だ。
ドシュダムの背後にピタリと食い付き、射撃の機会を待ち続ける。
操縦席から敵のパイロットがしきりに後方を確認する姿が見て取れる。
その姿は、米海軍のパイロットと比べて差異はあるものの、目元に付けたゴーグルや酸素マスクのような物等、基本的な装備はほぼ
同じのように感じられた。
胴体後部に赤い数字(シホールアンル語で12を表している)が描かれたドシュダムは、ベアキャットを尚も振り切ろうとするが、
ケンショウ機は離れないどころか、じわじわと距離を詰めつつある。
300はあった距離が200、200から150と、徐々に近付いてくる。
高度計は2000メートルを切っていたが、水平飛行に近い今なら、急な機動で地面に落ちる事はない。

「もう少し……もう少し……」

ケンショウは、左右に動き回るドシュダムの動きを見計らい、タイミングを合わせて20ミリ機銃を発射しようとした。

「!?」

不意に、ケンショウは背中に悪寒を感じた、と思いきや、目の前の敵が機体をほぼ垂直に傾けた状態で静止した。

「なっ!?」

敵機の予想外の動きに、ケンショウは驚いたが……不思議にも、極端に驚くほどでもなかった…が、

「まさか……!」

敵機の視界が急速に後方に流れた。
ベアキャットは、ドシュダムをオーバーシュートしてしまったのである。
戦闘機乗りにとって、未だに戦意旺盛な敵に対して、最もやってはいけない行動の1つを、ケンショウは今しがた、敵に目の前でやって
しまったのである。
脳裏に、ドシュダムの光弾に貫かれ、爆散するベアキャットの姿がよぎった。
ケンショウは考えるよりも先に、体を動かした。


『ドシュダムの照準器に、間抜けなベアキャットの姿が綺麗に納められ、光弾の発射ボタンに手がかかる』

左のフットバーを踏み込み、そこから操縦桿、ラダー等を瞬時に操作する。

『光弾の発射ボタンは綺麗に押し切られる』

愛機が若干左斜めの姿勢に傾きつつ、同時に左旋回の形を取り始める

『両翼の2本の銃身から太い光弾がはじき出され、ベアキャットの柔らかそうな後部に殺到した。そして……』




ベアキャットは見たこともない態勢を取ったと思いきや、瞬時にして眼前から消え去った。


『「!?」』

2人のパイロットは一瞬の出来事に驚いた。

しかし、この時……攻守は逆転していた。
ドシュダムの射撃は、ベアキャットに居た位置を貫いたが、当の敵機はそこにはいなかった。
ケンショウは激しいGに体を押し付けられながらも、愛機の姿勢を元に戻した。

(今の動きは……!)

彼は、自分が今やった、機体を捻りこませるような機動がなぜ出来たのか理解できなかったが、どういう訳か、ドシュダムの背後は捉えられている。

反撃のチャンスである。

ケンショウは無言で20ミリ機銃を放った。
機銃弾はドシュダムの胴体に突き刺さるかと思ったが、敵もやり手なのだろう。
即座に機体を右に傾け、水平旋回でよけようとする。
だが、ドシュダムが機銃弾を避ける事は叶わなかった。
まず、左主翼に20ミリ弾が命中し、大穴を穿つ。次に尾翼や胴体に命中し、こじんまりとした機体から白煙が吹き上がった。
ドシュダムには数発しか命中弾を浴びせられなかったが、その数発が致命弾となったのであろう。
敵機はくるりと一回転したあと、そのまま機首を下に墜落し始めた。
その時、コクピットから搭乗員が飛び出した。
程なくして白い花のような落下傘が開き、搭乗員は落下速度を大幅に減殺され、大空にゆらゆらと漂い始めた。
かろうじて脱出を果たした敵搭乗員と、ケンショウ機の位置は近かった。

「……相手の顔でも見てやるか」

不意に、自らを苦戦させた相手の顔を見たくなり、ケンショウはゴーグルを外し、高度を下げてパラシュートに接近する。
そして、400キロほどの速度を維持し、ケンショウはそっと敬礼を行いつつ、敵パイロットの近くを通過し、顔を確認しながら
その場を飛び去って行く。

「あんな女の子に、俺は翻弄されていたのか……こりゃ参った」

ケンショウは自然と、自らの不甲斐なさを恥じる余り、顔に苦笑を浮かべていた。
その一方で、心中では最新鋭機を手玉に取りつつあったその女性パイロットに、尊敬の念を抱いていた。

ワイバーンと飛空艇の迎撃を退けた攻撃隊は、敵秘密工場まであと5マイルという距離まで接近していた。
TG38.3攻撃隊指揮官兼エセックス攻撃隊指揮官を務めるアール・ガラハー少佐は、秘密工場の中を見た瞬間、思わず自らの
目を疑ってしまった。

「何だいありゃあ……工場の中に軍艦があるぞ!?」

信じ難い事であったが、それは確かに軍艦であった。
左右横開き式に開いた天井からは、明らかに船と思しき物体が鎮座している。
前部甲板と後部甲板には、立派な連装式の主砲塔が設置されており、艦上構造物も配置されている。
それは紛れもなく、戦艦その物であった。
そして、更に驚くべき事がこの軍艦で行われていた。

「しかも……少しずつだが、浮いている!?」

ガラハーは、目の前の非現実的な光景にパニックに陥りかけていたが、部下の声が響くや、我に返った。

「隊長!見えますか!?あれは軍艦ですぜ!しかも浮いてやがる!!」
「ああ。あの秘密工場はとんでもない物を作っていたようだな!」

ガラハーは部下にそう返しつつ、800メートルほど離れた場所にあるもう1つの長方形状の建物に視線を移す。
その建物も、天井が左右に開き、中から巨大な建造物が見えている。
こちらは空母と似たような全通甲板に、右舷側に艦橋といった形をしている。
しかも、こちらも徐々にだが、船体部分が浮き上がりつつある。

「こいつらは絶対に逃がしちゃいかん!ここから逃がせば、取り返しのつかぬ事態を招くかもしれない……!」

この2隻は、ここで必ず叩き潰す!
ガラハーは直感で、この2隻が危険な存在であることを確信し、彼は心中で固く決意した。

「全機に告ぐ!これより、攻撃隊は未知の軍艦2隻を叩く!エセックス隊、イントレピッド隊は前方の敵砲艦!ボクサー隊は
奥側の敵母艦を叩け!」
「「了解!」」

スカイレイダーは飛空艇の襲撃で2機が撃墜されたものの、未だに46機が残っている。
そのうち、エセックス隊、イントレピッド隊の30機、ボクサー隊の16機という具合に二手に分かれて進撃が続く。
秘密工場の周囲に予め配置されていたのか、あちこちから高射砲の物と思しき発砲炎が見えた。
高度4000付近で編隊を組みながら進むスカイレイダーの周囲に砲弾が炸裂する。
数は少なくない。

「敵が盛んに撃ってきたな……む、工場の中の敵艦も撃ってきたぞ」

ガラハーは、工場の中からも発砲炎を確認する。
唐突に、1発の高射砲弾が至近弾となり、機体のあちこちが金属的な音を立てる。
高射砲弾の破片が機体を叩いたようだが、致命傷には至らず、機首の大馬力エンジンは会長に回り続けている。

「小隊毎に散開!工場を四方から包め!」

ガラハーの命令が下るや、緊密な編隊を組んでいたスカイレイダーが4機ずつに別れ、工場の右側や、前方、後方側に向かっていく。
高射砲弾の弾幕は、工場に近づくにつれて濃くなりつつある。
ひっきりなしに炸裂する砲弾は、スカイレイダーを徐々に痛めつけて行く。
1機のスカイレイダーが胴体中央部から火を吐いたと思いきや、突然大爆発を起こす。
どうやら、翼に抱いていた2発の爆弾のうち、1発に高射砲弾の破片が命中して誘爆を起こしたようだ。
続いて、工場の後方側(北東側)に向かいつつあった機が火達磨となり、断末魔の様相を呈しながら急激に高度を落としていった。
2機が犠牲になったが、敵地上部隊と工場の中の軍艦が上げた戦果はこれだけである。
先に降下を開始したのは、ガラハーの直率する小隊であった。

ヴェルティンルは、機関の始動に成功すると、ゆっくりと上昇を続けていた。
艦内には、浮遊石が起動した事によって発せられる、独特の機関音が響いている。
その音は甲高いが、さほど不快になるような物ではない。
どちらかというと、森の中で聞こえる鳥の鳴き声を小さく、かつ薄く伸ばしたような音だ。
空中艦隊計画で建造された空中軍艦は、浮遊石の特性で垂直離着陸が可能となっている。
ハヴォンソは敵機が来る前に上空に上がり、爆撃を回避しようとしたのだが……
敵機に対応した迎撃隊は撃退されてしまい、敵攻撃機は今や、建造ドッグから目と鼻の先まで迫っていた。

「対空砲!撃ち方始め!!」

艦長が号令を発するや、左舷側に設置されている高射砲が砲撃を開始した。
高射砲はこの艦に配備されて以来、1発の試射も行っていない。
それに加えて、搭載されている砲弾は高射砲弾が少々で、主砲弾や魔道銃用の魔法石は全く搭載されていない。
ヴェルティンルが使える武器は、この高射砲のみである。
とはいえ、全く応戦できないよりはマシであると、ハヴォンソは心中で呟いた。
ドック護衛にあたる地上部隊も、高射砲弾を盛んに撃ち放っている。
だが、敵機は数機ずつに散開し、建造ドックを押し包むように向かってきた。
高射砲の射撃は尚も盛んに行われる物の、2機を撃墜しただけに留まる。
そして、遂に左舷側から進入しつつあった敵編隊が急降下を始めた。
上空に敵機の放つ異様な轟音が響き渡る。対空部隊は高射砲のみならず、魔道銃も撃ち始めた。
ハヴォンソは、艦橋から敵機の姿を見据えていた。
敵機は胴体下部と、左右側面から板状のようなものを張り出しながら急降下しつつある。
狙いは勿論、ヴェルティンルだ。
敵機は激しい対空射撃を浴びている筈なのだが、一向に落ちる様子がなく、その機影を急速に拡大させつつある。
始めは小さかったその姿が、拡大される轟音と共にあっという間に大きくなる。

「来るぞ!」

ハヴォンソは思わず叫んでしまった。
直後、スカイレイダーの両翼から、2つの黒い物が切り離された。
スカイレイダーは機首を引き起こし、轟音をがなり立てながら上空を飛び去って行った。

「敵機爆弾投下!命中します!!」

悲鳴じみた声が艦橋に響く。
そして、遂に爆弾はヴェルティンルに命中した。
爆弾が命中するや、ヴェルティンルの艦体は……思いの外揺れなかった。
この時、2発の爆弾は、1発がドッグの壁の外に落下し、もう1発がヴェルティンルの後部甲板に命中した。
爆弾が命中するや、爆炎が吹き上がると同時に、甲板の板材が空に舞い上がった。
だが……驚くべきことに、後部甲板は、そこが“非装甲部”であるにも関わらず、爆弾の貫通を許さなかった。

「爆弾命中するも、損害軽微!」
「……これが、魔力付加の効果か」

ハヴォンソは小声で呟くが、直後、2番機の放った爆弾が再びヴェルティンルに命中する。
今度も爆弾は2発中1発がドックの外に外れ、1発が前部甲板に叩きつけられたが、これまた派手な爆炎を噴き上げただけで、
艦体になんら損害を与えられなかった。

「ようし!期待通りの効果だ!!」

艦長が勝ち誇ったかのように大声で言った。

ヴェルティンルには、甲板上にワイバーンが使用する防御魔法の亜種を組み込んだ魔法薬を塗り込んでいた。
この特殊な魔法薬は、1週間前に開発されたばかりの試供品であり、魔道院の責任者からは、アメリカ製の航空爆弾(1000ポンド相当)
なら、同一箇所に7、8発は命中しても耐えられると言われていた。
これは、本来なら海軍の竜母にて使用される予定であったが、決戦までに開発が間に合わず、その最初のテスト艦として、このヴェルティンル
とヒィネ・レイズネスが選ばれたのである。
米軍機は四方からやって来ては、次々と爆弾を投下していく。
爆撃は正確であり、ヴェルティンルの艦体のあちこちに爆弾が落ちていく。
しかし、魔力付加の施された甲板は、アメリカ製の航空爆弾を1発も貫通させなかった。
とはいえ、高射砲や艦上構造物への被害は避けられない。
ある爆弾は、左舷2番両用砲に命中するや、大音響と共にこれを粉砕し、黒煙を噴き上げさせる。
艦橋脇に命中させた爆弾は夥しい破片を構造物に叩き付け、新品であった艦橋を傷物にしてしまった。
だが、都合15機目の爆撃を終えた所で、ヴェルティンルの主要部……艦橋や主砲、機関部等は無事であった。
最後の1発は、ドックの右側開閉扉に命中し、大量の破片が舞い上がるのをヴェルティンル艦橋に張り付いていたハヴォンソらに見せつけたが、
ほんの数分だけ敵の空襲が中断された。

「艦長!左舷両用砲は全滅!右舷側両用砲も1基が破損しましたが、艦深部の機関区画は無事です!」
「うむ……出航前に傷物にされてしまったのは非常に腹立たしいが……」

艦長は艦橋の外を見ながら独語していく。
外に見えていた壁は完全に視界から消えている。

「間もなく、ドックより離れます!」

ヴェルティンルの艦体は、あと少しでドックから完全に浮き上がる。
そうなれば、もはや勝ったも同然であった。

「我々は運が良かったようだな」

艦長は半ば、勝ち誇ったように言うが、その一方で、ハヴォンソは隣で爆撃の様子をじっと見据えていた女性士官が、艦長とは正反対の表情……
まるで、艦の命運は悪い方向に極まってしまったとばかりに、苦渋に満ちた表情を浮かべている事に気づいた。

「大尉!」

ハヴォンソは自然と、その士官に声をかけていた。

「体の具合でも悪いのかね?」
「いえ、体の具合は悪くありません……が」

大尉は口を震わせていた。

「この艦の状況は良くありません……!」

彼女は、何故か殊更低く、小さな声でハヴォンソに返していた。

「……何故だね?」
「敵の使っている爆弾の威力は……今までに使った物と同じではないからです」
「何故分かるのだね?」
「……私は過去に竜母に乗って、実際に爆撃を受けましたが……あの時の爆弾の威力は、これほどの物ではありませんでした」
「……」

その時、ハヴォンソは彼女の言わんとしている事を理解してしまった。

「今敵が使っている爆弾は……新型です。それも、威力の大きな」

「イントレピッド隊、続けて突入しろ!」

耳元のレシーバーに、ガラハー少佐の声が響くのが聞こえたが、カズヒロは、相当数の爆弾を受けても未だに致命傷を受けていない、
敵艦の防御力に舌を巻いていた。

「なんて固い奴だ……俺達だけで奴を潰せるか……?」

カズヒロは、エセックス隊だけでも潰せなかった敵を、イントレピッド隊で倒せるか自信がなかった。
だが、指揮官機はやる気であり、早速、敵艦の至近に到達したスカイレイダー小隊が急降下を始めた。
敵艦から発せられる対空砲火は微弱なのだが、周囲に配置された対空砲火がかなり激しい。
ひっきりなしに高射砲弾が炸裂し、魔道銃の光弾が目を蓋わんばかりに撃ち放たれている。
だが、こちらも百戦錬磨の精鋭揃いである。
対空砲火の弾幕を突破して、スカイレイダーは次々と投下高度である600付近まで達し爆弾を投下していく。
両翼に取り付けられた2発の爆弾が、敵艦の中央部に命中し、派手な爆炎を噴き上げる。
高射砲座の残骸と思しき物が宙高く吹き上がるが、艦体に損傷を与えたようには見られない。
続いて、別の機の爆弾が投下され、これまた敵艦に命中する。
カズヒロは、この攻撃も敵艦の装甲に弾かれるだろうと確信していた。
爆弾は敵艦の後部付近に命中していた。
爆炎が吹き上がるや、夥しい破片が上空に飛び散る。そして、命中箇所からは……

「「!?」」

これまでに見た事もない……そして、米艦載機隊のパイロット達からは、待ちに待った光景が広がっていた。

「敵艦の後部甲板に損傷あり!!」

誰が言ったのか分からなかったが、その声音は明らかに、希望に満ちていた。
それに触発されたかのように、3番機、4番機が爆弾を投下していく。
爆弾は、新たに前部付近と中央部付近に命中する。
爆発が起こるや、やはり、先とは違う光景がみられる。
先程まで、爆炎は上がるものの、艦体には一切傷が付かなかったのだが、どういう訳か、敵艦は被弾するたびに艦体に傷を負い始めていた。

命中箇所からは爆炎と共に甲板の物と思しき板材や鉄片など、多数の破片が吹き上がった。
爆発が収まると、被弾した部分からは黒煙が流れ始め、火災が発生している。
敵艦の装甲が、相次ぐ被弾によって強度限界に達した証拠であった。

「第2小隊、突っ込むぞ!」

耳元のレシーバーにカズヒロの属している小隊指揮官の声が響く。

「いよいよだ!」

カズヒロは気を引き締めつつ、急降下に入る隊長機を視認する。
1番機が急降下を開始してから10秒後に、カズヒロも急降下に入った。
愛機のスロットルを振り絞りつつ、ダイブブレーキを開く。
重い爆弾を抱いたスカイレイダーは、これまでの艦爆同様、機速が上がり過ぎないようにするため、ダイブブレーキが取り付けられている。
このダイブブレーキの位置と形が変わっており、ドーントレスやヘルダイバーでは主翼に設置されていたが、スカイレイダーでは
胴体後部の左右側面と、下部の3箇所に配置されている。
スカイレイダーが急降下する時は、この3つのダイブブレーキを展開した状態で行われるが、その姿は、ドーントレス、ヘルダイバーとは
違う威圧感を感じさせる。
カズヒロはその姿を見たとき、これぞ新型攻撃機かと思ったものだが、それを下から見つめる敵兵の気持ちは、如何ばかりであろうか。
高射砲弾の炸裂で愛機が揺れる。光弾が左右に飛び去り、コクピットの近くを通過した際に不気味な擦過音を響かせる。
地上部隊の航空支援や、機動部隊同士の戦闘で何度も聞いた音だが、今でもふと、恐怖を感じる事がある。
カズヒロはいつもの通り、滲み出す恐怖感を気合で押し込み、愛機の降下を続けていく。
高度計は1500メートルを切り、1400、1300、1200と、猛烈な勢いで回っていく。
先行していた隊長機が、対空砲火を受けながらも高度600で爆弾を投下した。
爆弾は、敵艦の後部付近と中央部付近に過たず命中し、夥しい破片や火災炎を噴き上げさせる。
最初、エセックス隊の爆撃を受けても、平然とした様子で受け止めていた敵艦であったが、今では艦体のあちこちを傷物にされ、
満身創痍と言っても良い状態にある。
だが、小隊長機の爆弾も、敵艦に致命弾を与えるに至らなかったようだ。
それどころか

「まずい……!」

敵艦は空中で前進し始めていた。
敵はエセックス隊、イントレピッド隊の猛爆を受けながらも、遂に脱出を開始したのだ。
カズヒロは、敵艦の艦橋部分に狙いを定めていたが、敵が前進を始めた所で、狙いがずれてしまった。
だが、高度は既に800メートルを切っている。
重い爆弾を抱いて急降下爆撃を行っているため、降下スピードは1000ポンド爆弾3発を積んだ時よりも早い。
今更、狙いを定め直す余裕は全くなかった。

「ええい……ならば、爆弾が当たる所が致命弾になる事を祈るだけだ!!」

カズヒロは、半ば自棄になりつつも、高度600に降下した所で爆弾を投下した。
狙いは、敵艦の中央部分だ。
中央部分は何発もの爆弾に叩かれているため、そこからいくつもの火災が起こり、吹き上がる黒煙も幾分厚い。
カズヒロは、Gに体を押し込まれつつも、愛機を水平飛行にするべく、必死に操縦桿を引いた。
爆弾が命中することはほぼ確実だ。あとは、狙い通りに行くかどうかだ。

対空砲火の追い撃ちをかわしつつ、カズヒロは高度100メートルで水平飛行に移った。
直後、後方から何かの閃光が光ったような気がしたが、避退中のため、戦果を確認する余裕はなかった。


爆弾が命中するや、これまでにない強い衝撃がヴェルティンルを襲った。
爆発音は、艦の表面部分ではなく、艦内から伝わっていた。

「な……まさか!?」

ハヴォンソは顔が真っ青になった。
驚くべき事に、爆弾は最上甲板を貫通して第2、第3甲板までも貫き、第4甲板の第1魔力調整室で達してから爆発していた。
ヴェルティンルは、魔道機関室と魔力調整室を2つずつ設けており、これを前部と後部に1つずつ配置……いわゆる、機関のシフト配置を
行い、艦の防御力向上を図っていた。
敵機の爆弾は、魔力付加の影響で防御力の向上した甲板によって弾かれていたが、強度限界に達した後も、甲板には300リギル爆弾の命中に
ある程度耐えられる設計がなされていたため、爆弾が艦深部まで貫通する事はなかった。
しかし、敵機の爆弾は、相次ぐ被弾で強度が弱くなったとはいえ、戦艦と同等の防御力を誇る水平甲板を貫いたばかりか、そこからさらに深く
突き進んで爆発したのである。

(敵の使っている爆弾の威力は……今までに使ったものと同じではないからです)

近くにいた女性士官の言葉が、脳裏に浮かび上がる。

「……ヴェルティンルは新兵器だが……敵も同じように、新兵器を用意していた、と言う事か……!」

ハヴォンソが悔し気に呟いた時、更なる被弾の衝撃が、立て続けにヴェルティンルを襲った。
新たに4発の爆弾を後部付近、並びに後部艦橋付近に浴びたヴェルティンルは、後部付近の火災を更に拡大させられた。
そして、悪夢のような報告が立て続けに舞い込んできた。

「艦長!後部機関部に敵弾命中!機関室内の総員、戦死の模様!」
「艦の高度が下がっています……!まずい、落ちる!!」

誰かの声が耳に入ったと思いきや、急に、艦が下に落ち始めた。
機関室を損傷したヴェルティンルは、艦を浮かせていた浮遊石の魔法出力が決定的に足りなくなった事で、重い巨体を空中に浮かせる
事が不可能となった。
艦体はドッグの壁の上(長方形部分の短い箇所)から半ば超えていたが、そこから落下し始めたため、壁の上に艦底部がのしかかる
形となった。
壁は何万トンもの大重量を誇るヴェルティンルを支えきれず、瞬時にして崩れ落ちた。
落下の勢いは軽減出来ず、ヴェルティンルはそのままの勢いで艦体の半分を地面に、残り半分をドッグ内に叩き付けられた。
この瞬間、周囲は黒煙と共に膨大な土煙に覆われた。
ヴェルティンルは水平状態で地面に墜落すると、ゆっくりと右舷に傾き始める。
そして、煙を吐きながら横倒しとなった。
この時、金属の凄まじい叫喚が周囲に響き渡った。
それは首都ウェルバンルにも響いたほど大きく、とある住民は、怪物の悲鳴のようにも聞こえたと語るほどであった。

イントレピッド隊は、第2小隊が敵艦を撃破すると、第3、第4小隊が母艦の攻撃に向かった。
ボクサー隊は敵母艦に対して急降下爆撃を敢行し、撃破を試みたものの、敵砲艦と同様に甲板上が異様に固く、最後の1機が爆弾を命中させた
後も、敵母艦は秘密工場から上昇を続けていた。
だが、そこに第3、第4小隊が駆けつけて爆撃を行った所、あっという間に致命弾を受け、敵母艦は前進すら出来ぬまま、そのまま工場の中に
墜落し、魔法石の暴走が原因と思われる大爆発を起こした。

カズヒロは、高度2000まで上がった所でもう1度、爆撃した秘密工場に目を向ける。
秘密工場では、相次ぐ被弾で地上に叩き落とされ、工場を巻き込みながら横転した敵砲艦が黒煙を噴き上げている。
その奥では、工場の中に隠れた母艦が同様に黒煙を吹いているが、吐き出す黒煙の量は母艦の方が多かった。

「やった……ようだな……」

カズヒロは、途切れ途切れの言葉を吐いた。
彼は、今までにない緊張と興奮で体を震わせていたが、操縦桿だけはしっかりと握りしめ、愛機を操縦し続けている。

「2000ポンド爆弾を積んでいたから、あの固い敵艦を撃破する事が出来たのだろうか……」


TG38.3より発艦したスカイレイダー隊は、全機が通常の1000ポンド爆弾ではなく、新開発の2000ポンド爆弾を搭載していた。
この爆弾は、従来の1000ポンド爆弾と比べて2倍もの重量を持ち、威力も大幅に上がるだけでなく、装甲貫徹力も向上していた。
TG38.3司令官であるドナルド・ダンカン少将は、秘密工場爆撃を命じられた時、迷わず2000ポンド爆弾での攻撃を提案した。
ちなみに、ダンカン少将は、本来であれば練習航空隊の指揮官に任命されるはずであったが、11月に同任務群の司令官であった
クリフトン・スプレイグ少将が急病で倒れたため、急遽ダンカン少将が群司令に任命された。
ダンカン少将は当初、参謀からは1000ポンド爆弾での攻撃を提案されたが、

「例の秘密工場は何か重要物を作り出しているだろうから、空襲対策が強化されている可能性がある。連中はB-29の戦略爆撃を何度も
経験しているからな。一昔前と違って、爆撃対策を行う事は大事であると学んでいる筈だ。このため、工場施設の耐爆防御を上げている
可能性は極めて高いだろう。そのような工場を一息で破壊するのならば、スカイレイダーに2000ポンド爆弾を搭載して攻撃を行うのが
最も効果的であると、私は確信する」

と、ダンカン少将は自らの経験思い起こしながら参謀達の提案を退けた。
ダンカンは過去に、空母エセックスの艦長として前線で航空戦を指揮したことがあるが、固い目標に対して搭載爆弾が貧弱なため、2、3度の
反復攻撃でようやく目標を撃破した経験も1度や2度ではない。
反復攻撃は、敵に断続的に攻撃を与えられるという利点を持つ反面、その都度、敵ワイバーン等の航空隊や対空部隊によって迎撃され、
結果的に、指揮下の航空部隊に無視できない損害を招くというデメリットも有している。
地上の基地航空部隊に比べて、損耗を受ければ補充用の護衛空母が居ない限り、艦載機の補充が難しい母艦航空隊にとって、搭載している
航空団の過度な消耗はどうしても避けたい問題である。
それを踏まえたダンカンは、出来るだけ航空機の損耗を避けるために、一撃必殺の意味も込め、あえてスカイレイダー隊に2000ポンド
爆弾の搭載を命じたのである。

このあたりの指示は、第3艦隊司令部からは何も通達されていなかった。
ダンカンの命令で搭載された2000ポンド爆弾は、初陣で未知の空中軍艦2隻を撃破するという戦果を挙げたのである。
後の歴史家はこう語っていた。

「もし、ダンカン提督が1000ポンド爆弾の搭載を命じていたら、あそこで空中軍艦を叩く事はできても、脱出を阻止するには至らなかった
でしょう。ですが、2000ポンド爆弾だから、空中軍艦を撃破できた。それが、歴史の歯車を大きく動かしたのです」



艦体に爆弾が命中した時、ツンとした匂いが艦橋に伝わる。

直後、殊更に強い衝撃が艦橋を揺さぶる。
艦橋のスリットガラスが音たてて砕け散り、内部に入り込んだ無数の破片が乗員を殺傷した。
次に目を開けるときは、唐突に感じた浮遊感と、直後に伝わる大地震のような強い振動……
人が宙に浮き、また床に叩き伏せられる。
誰かの悲鳴が耳突き刺さり、耳元を抑えたくなったが、艦が急激に右に傾く。
叫び声がまた聞こえたが、それに応答する間もなく艦隊が右に倒れ、体が側壁に叩き付けられたところで意識が途絶えた。
次に目が覚めた時は、煙った艦内で誰かに起こされた時だ。

「……令……り!い……だっ………を」

耳元に聞こえる鈍い声。途切れる言葉が理解できない。
意識も飛び飛びになっている。

真っ赤な血潮と何か柔らかそうな物が付いた壁。大穴の開いた壁面。
不意に、何度もぐにゃりと伝わる感覚。人体のような気もするし、そうでもないようにも思える。

かと思えば、床が歪に曲がり、足を取られて転倒してしまう。
それが何度も何度も繰り返された。

耳にも、鈍い声のようなものが響くが、籠っていてそれが声なのかも正確に判別できない。
暗い視界の中で、壁に手をついた時は、ぬるりという感触がし、鼻腔にありとあらゆる物の悪臭がこびりつき、何度もむせる。


口からしばしの間、何かを吐き出したようだが、何故だか体が理解しない。


ここは地獄か?


いや、地獄に行く前の果てしない道のりか?


そこに辿り着くまでに要する時間は1時間か、1日か……それとも、10年か?
目の前に現れる白い視界。そして、耳に突き刺さる大きな音。そこでぼやけた意識が途切れる。

死の世界か?

ならば、ここは天国か?
それとも、地獄か?



あるいは……

「司令官!」

唐突にハッキリとした声音が響くと、それに反応したハヴォンソは目を見開いた。

「は……グッ!」

彼は右の脇腹のあたりに激痛を感じ、思わず顔をしかめる。

「動かないでください。肋骨をやられています」
「肋骨を……か……」

ハヴォンソは息を荒げながら、自分を起こしてくれた相手を見据えた。
目の前には、女性士官がいた。

「大尉……か…」
「そうです……しばらく…ご安静を……」

被っていた制帽は無くなっており、セミロングの亜麻色の髪が彼女の息に合わせるように揺れている。
ふと、ハヴォンソは彼女の腹のあたりを見るなり、思わずギョッとなってしまった。
血が軍服に、大きく滲んでいたからだ。

「君も……やられているようだが」
「何とか……手近にあった布を巻いて、傷口を縛り上げていますが……何分貫通していましたので……はは、私も人の事を心配はできませんね……」

女性士官は顔を引きつらせながらも、笑みを浮かべながらハヴォンソに答える。
口の両端からは血が流れたような跡がある。彼女も相当な傷を負っている事を伺わせた。

「そう言えば……名前を、聞いていなかったな」
「ヘミス……ヘミス・フレギル……です」

女性士官、へミス・フレギル大尉は、ハヴォンソに名前を教えたが、直後に腹を抑えて蹲ってしまった。

「大尉……フレギル大尉……!」
「こっちだ!急げぇ!もたもたするんじゃない!!」

別の方向から声が聞こえると、2、3人の兵士達が彼らを取り囲んだ。

「提督!遅くなり申し訳ありません!今すぐ診療所にお運びいたします!」
「あ…あぁ……よろしく頼む。彼女も……運んでやってくれ。酷い手傷を追っている」
「勿論お運びいたします……おい!こっちだ!担架をおけ!!」

兵士は手招きすると、ハヴォンソの隣に担架を置かせた。
彼はがその間、ハヴォンソの手の汚れを持っていた布で吹いていくが、途中で血の気を引かせる。

「これは人の頭の……く!おい、肩の方を持て!俺は足を持つ……息を合わせろよ!」

兵士が掛け声をすると、体が一瞬浮き、担架の上に置く。
体が持ち上がると、2人の兵士は速足でハヴォンソを救護所に運び始めた。
ハヴォンソの視界に、建造ドックが見えた。
今しも、出港しようとしていたヴェルティンルは、無残にも横倒しになり、艦の中央部と後部付近から濛々たる黒煙を吐き出している。
視線をもう1つの建造ドッグに移すと、そこからも黒煙が噴出していた。

「……もう少し、出航が早ければ……」

ハヴォンソは小声でそう呟いたあと、自然と涙を流してしまう。
彼の胸中は、敵に成す術もなく蹂躙された悔しさで一杯であった。

午前9時20分 ウェルバンル東地区

ウェルバンルでは、第1次攻撃隊の襲撃直前から、ひっきりなしに空襲警報が鳴り響いていた。
市内の住民は、シギアル港が空襲されているらしいとの知らせを受けるや、最初こそは冷静であったものの、第2次攻撃隊が首都から
北西にあるスティンヒントルを攻撃した後は、市内各所で避難を始める市民が続出し始めた。
そんな中、通信妨害魔法を起動したレイリー・グリンゲルは、術式を展開した後、重度の疲労でその場に倒れてしまった。
ハヴィス・クシンクが慌てて室内に入ると、レイリーを別室に連れて介抱した。
レイリーと共に首都へ潜入したサミリャ・クサンドゥス中尉は、床に横たわるレイリーの頭に自らの手をかざしていた。

「さっきと比べて、熱は下がっているようです」
「レイリーさん、相当無茶していたようだな。ここに運んだ時は、体は凄く熱かったぞ。まるで、火を付けられていたようだった……」

クシンクは物憂げな表情でクサンドゥスに言う。

「外の騒ぎようから見て、空襲自体は成功しつつあるようだ。だが……レイリーさんはこの状態だ」
「目を覚ましてくれるといいんですが」
「……禁呪の魔法を使い、体に過剰な負荷をかけた者は、高確率で命を落とすと言われている」

クサンドゥスの隣で、椅子に座ってレイリーを見据えていたレビンク・ヒセクヴィスが淡々とした口ぶりで言い始める。

「レイリーさんの状態は、まさにその一歩手前、と言った感じね。今は息があるけど、もしかしたら、このまま」
「そんな事ないわよ!」

クサンドゥスが思わず、声を荒げて言い返す。

「レイリーさんなら大丈夫かもしれない。だって……ミスリアルで一番の魔導士よ?きっと、ケロリと起き上がってくれる筈」
「そうなって欲しいのは、私も同じなんだよ、サミリャちゃん。でも、レイリーさんは恐らく、自分の命を懸けて術式を展開していた。
禁呪魔法は、人の命を食らう魔法ともいわれている。彼は、明らかに覚悟を決めていたわ……」
「……勝利のために、か……!」

クサンドゥスは渋面を浮かべた。

仲間が生と死の間を彷徨っているのを見ると、自分も何かできたのではないかと思ってしまう。

レイリーは1人で術式展開はできるから、クサンドゥスの助力は大丈夫と言っていたが、あの時、強引にでもいいから術式展開を
手伝った方が良かったのではないか?

あるいは、レイリーの血ではなく、自分の血も加えていたら、水晶の効用も良くなり、レイリーも術式展開をやり易くなったのではないか?

あらゆる考えが頭の中を巡ってしまう。
だが、今となっては遅い事である。

「……待つしかないよ」

自らを責めるクサンドゥスの手に、ヒレクヴィス両手をそっと握った。

「そんなに自分を責めなくてもいい。私たちは私たちで、やるべき事をやろうよ」
「……そう……ね」

サミリャはレビンクにこくりと頷いた。

「いやぁ……頭が痛いもんだ」

そこに、雰囲気をぶち壊しにする声音が鳴ってしまった。

「……」
「は?」

レビンクは首をやや傾げ、サミリャは真顔になりながら、一語だけ言葉を発した。

「……やぁ、皆さん。ご心配かけて、本当にすまなかった。この通りだ」

体を固まらせる一同に対して、レイリーは体を起こし、頭を片手で抑えつつ、皆に向けて頭を下げた。

「俺としては、無事に終わらせる予定だったが……無様な醜態を晒してしまった。だが、皆には本当に感謝している。ありがとう」
「……レイリーさん!」

いきなり、サミリャがレイリーの体に抱き着いてきた。

「お…おい!クサンドゥス中尉……」
「本当に、心配したんですよ?レイリーさんの熱い体を引きずり出したとき、もう死んでいるかもしれないと思ったほどでしたぜ」

クシンクは腕を組みつつ、苦笑しながらレイリーに言うが、その口調には感謝してくれよ、という気持ちも含まれていた。

「はは……どうも、俺はなぁ。昔から人に迷惑をかける癖が付いちまってな」

レイリーはすまなさそうに言いつつ、胸に顔をうずめるサミリャの頭を撫でた。

「……もう大丈夫だぜ。まだ頭痛はするが……峠を越えたから心配はいらない」

直後、ガラスが弾ける音が響き、そのあと、床下に何かが散らばる音が耳に入る。

「……!?」

レイリーは、音の下方向を見るなり、背筋が凍りついてしまった。

「すまんが、ちょっとどいてくれ!」

彼はサミリャをどかし、脱兎のごとく速さで水晶の置いてあった部屋に駆け込んだ。

「おいおいおい……冗談だろう!?」

レイリーは、目の前の光景を見るなり、絶望の念を含んだ声音を吐き出していた。
今まで、鮮やかな色合いでテーブルに置かれていた水晶は、今や木っ端微塵に砕け散っていた。

午前9時25分 第3艦隊旗艦 空母エンタープライズ

エンタープライズの艦橋内では、第2次攻撃隊指揮官機より伝えられた報告が、通信参謀のアラン・レイバック中佐によって読み上げられていた。

「攻撃終了。敵港湾施設、並びに、艦船多数を撃沈。敵秘密工場より発進準備中であった新兵器に甚大なる損害を与えたり。
また、湾口の閉塞も完了。敵新兵器の撃破は成功するも、残りの秘密工場は未だに建材なり。敵の迎撃熾烈、第3次攻撃の要ありと認む」
「第3次攻撃の要あり、か」

報告に聞き入っていた第3艦隊司令長官、ウィリアム・ハルゼー大将は、ゆっくりと頷きながら、航空参謀のホレスト・モルン大佐に顔を向ける。

「第1次攻撃隊はもうすぐ帰還だったな?」
「はい。あと5分ほどで機動部隊に到達予定です。攻撃隊の収容には1時間程かかる見込みです。それから……」

モルン大佐は、持っていた紙片を見つめながら報告を続ける。

「攻撃隊発艦直後に出した、ハイライダーの偵察の結果ですが、艦隊の方位0度から180度方向には、今のところ敵艦隊らしき存在は
おりません。シギアル港より50マイル離れた地点に監視用と思われる小型艇が7、8隻確認できただけです」
「伏兵の存在は無し、と言う事か。余計な心配はせんでいいと言う事だな」

ハルゼーは葉巻をくゆらせながら、モルン大佐にそう言った。

「ただし、敵もこちらの存在に気付いている頃でしょう。恐らく、偵察騎を首都以外の航空基地から発進させている事でしょうな」
「早期警戒機の配置は済んでいるな?」
「はい。艦隊の西側に8機配置しております」

よろしい、と呟いたハルゼーは、口から紫煙を吐き出しながら、今後の動向について考え始めた。
だが、ハルゼーはこの時、右隣に立っていたラウスが右手で頭を抑えた後、急に険しい表情を浮かべるのを見逃さなかった。

「……航空参謀。どうやら、一波乱来るかもしれんぞ」
「と、申しますと?」

ハルゼーは、葉巻の先をラウスに向けた。

「戦争の常さ。前線特有の、予期せぬ事態……という奴だ」

彼は半ば忌々し気な口調でモルン大佐に言い放ったが、同時に、彼の相貌は細くなる。
その表情は、いつものブル・ハルゼーと呼ばれる獰猛な顔つきに変わっていた。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
ウィキ募集バナー