658 名前:DD122はつゆき ◆MRcHkgpJ.ZGl [sagesage] 投稿日:2016/08/04(木) 00:14:09.04 ID:EAJ5l+Wz
「ごめんなさいね、ナガラさん。何のお構いも出来ずに……」
タケヒロ老の屋敷を辞しようとしたとき、彼の妻である老夫人が玄関のところまで見送ってくれた。
主人であるタケヒロ老とは対照的に、柔和で温厚そうな老婦人だ。
主人であるタケヒロ老とは対照的に、柔和で温厚そうな老婦人だ。
「いえ、構いませんよ。こちらも突然お邪魔したわけですから」
外向き用の笑顔を浮かべながら、長良は応じた。
むしろ、アポも無しで会ってもらえただけでも奇跡に近いと思っていた。
むしろ、アポも無しで会ってもらえただけでも奇跡に近いと思っていた。
「お恥ずかしい話ですが、主人は貴方達に嫉妬しているのですよ」
夫人は頬に手を当て、困ったように溜息を吐いた。
「何しろ、貴方達がここに来てからというもの、孫達の遊びに来る回数がめっきりと減ってしまったものですから」
「ああ……」
「ああ……」
外地派遣隊では、現地の人々との親睦を深める目的で、村の広場で様々な催し物を頻繁に実施していた。
駐屯地記念祭などでよく行われている装備品やパネルの展示、音楽隊による演奏や車両への体験搭乗等だ。
日本でもそうだが、車両の体験搭乗は子供を中心に好評を博しており、連日人だかりが絶えない有様だった。
夫人の話では、孫達は体験搭乗などのアトラクションに夢中になっているらしい。
自衛隊――マルミミビトにあまり良い印象を持っていない彼にしてみれば、面白くないのだろう。
駐屯地記念祭などでよく行われている装備品やパネルの展示、音楽隊による演奏や車両への体験搭乗等だ。
日本でもそうだが、車両の体験搭乗は子供を中心に好評を博しており、連日人だかりが絶えない有様だった。
夫人の話では、孫達は体験搭乗などのアトラクションに夢中になっているらしい。
自衛隊――マルミミビトにあまり良い印象を持っていない彼にしてみれば、面白くないのだろう。
「村の暮らしぶりも良くなり、村人の大半は皆さんに感謝しています。本来なら、主人のような年配の代表者が、
率先して皆様にお礼を申し上げなくてはならないというのに……」
「それこそお気になさらずに。我々は、本国の命令に従っているだけですから」
「そうでしたわねえ。兵隊さんですものねえ」
率先して皆様にお礼を申し上げなくてはならないというのに……」
「それこそお気になさらずに。我々は、本国の命令に従っているだけですから」
「そうでしたわねえ。兵隊さんですものねえ」
なし崩し的に世間話が始まってしまったことに内心舌打ちしながらも、
そんな態度はおくびにも出さず、長良は老夫人の話に付き合った。
そんな態度はおくびにも出さず、長良は老夫人の話に付き合った。
「ナガラさんは、こちらに随分と長いこといらっしゃるけど、ご家族の方々は寂しがったりしないのかしら?」
「長男ではありませんし、独り身なので気楽なものですよ」
「長男ではありませんし、独り身なので気楽なものですよ」
世間話の延長のつもりで、何気なくそう答えてから、しまったと思うがもう遅かった。
「まあ、そうだったの! ちょうど、知り合いに年頃の娘がいるのだけど、どうかしら?」
途端に老夫人は目を輝かせる。
その表情は、お見合い仲人が大好きな、近所の世話好きおばさんそのものだった。
その表情は、お見合い仲人が大好きな、近所の世話好きおばさんそのものだった。
「お、お気持ちだけ有り難く頂戴いたします。任務がありますし、いずれ国に帰らなくてはならないので……」
「それなら、なおのこと丁度よいわ。その娘、ニホンがどんなところなのか、すごく興味を持っているのよ?」
「も、申し訳ありません。任務の途中なので失礼致します」
「それなら、なおのこと丁度よいわ。その娘、ニホンがどんなところなのか、すごく興味を持っているのよ?」
「も、申し訳ありません。任務の途中なので失礼致します」
やや強引に会話を打ち切ると、長良は速やかに撤退した。
「……ん?」
屋敷の入り口まで戻ってくると、付近に止めてある小型トラックのところに、外地人の少女がいた。
随分と親しげな様子で、運転席に座っている橘とおしゃべりをしていた。
ごく最近、どこかで見かけた覚えのある顔だ。
随分と親しげな様子で、運転席に座っている橘とおしゃべりをしていた。
ごく最近、どこかで見かけた覚えのある顔だ。
「あ、二尉。お帰りっす」
橘が運転席からこちらに向かって軽く手を上げた。
少女もすぐに長良に気付いたようで、すこしばかり緊張した面持ちで、ぺこりと頭を下げた。
少女もすぐに長良に気付いたようで、すこしばかり緊張した面持ちで、ぺこりと頭を下げた。
「二尉。改めて紹介しますよ。セツコちゃんです」
「こ、こんにちは。は、はじめまして! セツコです!」
「こ、こんにちは。は、はじめまして! セツコです!」
少し前にスマートフォンで見せてもらった外地人の少女だった。
どうやら、この近所に住んでいるらしい。
長良は他の外地人と対応するときと同じように、笑顔で挨拶を返した。
どうやら、この近所に住んでいるらしい。
長良は他の外地人と対応するときと同じように、笑顔で挨拶を返した。
「二尉。タケヒロさんはどうでしたか?」
「どうもこうも無いな……」
「どうもこうも無いな……」
良はタケヒロ老から聞いた話を、かいつまんで説明した。
「へえ~、騎士団っすか。じゃあ、何の心配もいらないと?」
「タケヒロさんは、そう思っているらしい」
「二尉は、そうは思っていないってわけっすね」
「まあな」
「タケヒロさんは、そう思っているらしい」
「二尉は、そうは思っていないってわけっすね」
「まあな」
写真の中には、操縦席と思われる場所に男が乗り込もうとしている場面を撮影しているものがあった。
その男の姿が、どこをどう見ても、長良のイメージにある騎士とはかけ離れているのだ。
この世界の騎士とやらがどういったものかは分らないが、少なくとも上半身半裸で、
粗末な獣の皮を腰に巻き、さらに錆びの浮いた抜身の山刀を腰にぶら下げているだけなどという
格好はさすがにありえないだろう。
その男の姿が、どこをどう見ても、長良のイメージにある騎士とはかけ離れているのだ。
この世界の騎士とやらがどういったものかは分らないが、少なくとも上半身半裸で、
粗末な獣の皮を腰に巻き、さらに錆びの浮いた抜身の山刀を腰にぶら下げているだけなどという
格好はさすがにありえないだろう。
「その写真、セツコちゃんにも見てもらったらどうっすか?」
橘がそう提案した。
確かに複数の意見は重要だ。
それに、子供のほうが大人とは違う視点で何かに気付くかもしれない。
確かに複数の意見は重要だ。
それに、子供のほうが大人とは違う視点で何かに気付くかもしれない。
「セツコちゃん。ちょっと良いかな?」
「は、はいっ!」
「は、はいっ!」
小型トラックの後部座席から、二人のやり取りを興味深く見守っていたセツコは、
長良に名前を呼ばれて背筋を伸ばした。
彼女の耳と尻尾も同じようにピンと逆立っているのが少しおかしかった。
長良はセツコに例の写真を見せ、意見を聞いてみることにした。
長良に名前を呼ばれて背筋を伸ばした。
彼女の耳と尻尾も同じようにピンと逆立っているのが少しおかしかった。
長良はセツコに例の写真を見せ、意見を聞いてみることにした。
「タケヒロさんは、元老院の騎士団が使う魔操冑機と言っていたが、それであっているかい?」
「あ、はい! 間違いないです! 確かにこれは、騎士様の使う魔操冑機です!」
「あ、はい! 間違いないです! 確かにこれは、騎士様の使う魔操冑機です!」
食い入るように写真を見つめていたセツコは、元気よく答えた。
タケヒロ老の情報の裏づけは取れた。
それに加え、セツコのような少女でも知っているということは、珍しい存在では無いのだろう。
それに加え、セツコのような少女でも知っているということは、珍しい存在では無いのだろう。
「これが今、村に向かってきているんだ。明後日頃に到着する可能性が高い」
「うわあ、騎士団の人達が来るんですか!」
「うわあ、騎士団の人達が来るんですか!」
セツコは、明るい声ではしゃいだ。
娯楽の少ない田舎にとっては、数少ない貴重なイベントのひとつなのだろう。
娯楽の少ない田舎にとっては、数少ない貴重なイベントのひとつなのだろう。
「それじゃ、明後日はお祭りなんですね!」
「それは分らないけど、タケヒロさんは歓迎の宴の準備をするとか言っていたな」
「わあ、楽しみです!」
「それは分らないけど、タケヒロさんは歓迎の宴の準備をするとか言っていたな」
「わあ、楽しみです!」
ひとしきり喜ぶセツコだったが、少し不思議そうに小首をかしげた。
「でも、ちょっと変です」
「どこが変なのかな?」
「騎士様来るときって、普通は二週間ぐらい前に連絡が来るんです」
「連絡って、どんな?」
「元老院の魔術師様が使う式神が、知らせに来るんです」
「どこが変なのかな?」
「騎士様来るときって、普通は二週間ぐらい前に連絡が来るんです」
「連絡って、どんな?」
「元老院の魔術師様が使う式神が、知らせに来るんです」
そう聞いて長良と橘の頭に思い浮かんだのは、一時期流行った陰陽師の使う紙が鳥や美少女に変化
したりするあれだった。
式神について詳しく尋ねてみると、二人のイメージにほぼ一致するものだった。
魔術師が魔力を込めて作成した紙にメッセージを仕込み、鳥や虫などの形を取らせて目的地まで飛ばす。
目的地に到達すると、入力したメッセージが再生されるのだそうだ。
そのほかにも、その式神を通して遠距離の状況を見聞きしたりも出来るらしい。
したりするあれだった。
式神について詳しく尋ねてみると、二人のイメージにほぼ一致するものだった。
魔術師が魔力を込めて作成した紙にメッセージを仕込み、鳥や虫などの形を取らせて目的地まで飛ばす。
目的地に到達すると、入力したメッセージが再生されるのだそうだ。
そのほかにも、その式神を通して遠距離の状況を見聞きしたりも出来るらしい。
「でも、どうしてそんなこと聞くんですか? ジエータイさんも使ってるじゃないですか」
不思議そうな表情のセツコに言われて、二人は顔を見合わせる。
何のことを言っているのか見当がつかなかった。
何のことを言っているのか見当がつかなかった。
「ゆーえーびーっていうのは、違うんですか?」
「ああー……」
「言われてみれば、そうかもしれないっすね……」
「ああー……」
「言われてみれば、そうかもしれないっすね……」
自衛隊は偵察機材として、FFRSを始め、外地に様々なUAVを持ち込んでいた。
セツコの目には、魔術師の操る式神に見えたようだ。
魔法で操るか科学で操るかの違いはあるが、用途が似通っている部分は確かにあるだろう。
セツコの目には、魔術師の操る式神に見えたようだ。
魔法で操るか科学で操るかの違いはあるが、用途が似通っている部分は確かにあるだろう。
「とにかく、その連絡が無いというのがおかしいというわけだね?」
「はい、そうです! それに……」
「まだ、何か気になることがあるのかい?」
「はい、そうです! それに……」
「まだ、何か気になることがあるのかい?」
長良が尋ねると、セツコは曖昧な表情で頷いた。
「この騎士様の格好、前に見たのと全然違います。こんな、山賊みたいな格好じゃなかったです」
セツコがそう言って指さしたのは、腰に錆びた山刀を吊った男が、機体に乗り込もうとしている写真だ。
彼女は、長良と同じ印象を抱いたようだ。
彼女は、長良と同じ印象を抱いたようだ。
「ふむ……」
「あ、あの……」
「あ、あの……」
考え込む長良に、セツコがおずおずと声を掛けてきた。
「ナガラさんは、タチバナさんのお兄さんなんですか……?」
「……いや、違うよ?」
「……いや、違うよ?」
突拍子も無い質問に、やや呆気に取られながら長良は答えた。
なんだって、こんな奴と兄弟だと思われてしまったのだろう。
もし、顔が似ているなんて言われたら最悪だ。
なんだって、こんな奴と兄弟だと思われてしまったのだろう。
もし、顔が似ているなんて言われたら最悪だ。
「どうして、そう思うんだい?」
内心の動揺を抑えつつ、長良は尋ねた。
「だって、タチバナさん、ナガラさんの事をニイ、ニイって呼んでるから、てっきり……」
橘は愉快そうに笑い出し、長良は憮然とした表情になった。
セツコは、そんな対照的な二人の様子を、不思議そうに眺めていた。
セツコは、そんな対照的な二人の様子を、不思議そうに眺めていた。
同時刻・硫黄島東方沖
『我々は、日本国航空自衛隊である。貴機は我が国の領空に接近している。直ちに変針せよ。繰り返す……』
二機のF-4EJ改に前後から挟みこまれるようにして飛行しているのは、垂直尾翼に誇示するように
赤い星を掲げる可変後退翼の偵察機――Su-24MRだ。
通常の東京急行とは異なる航路で南下してきたこの機体は、硫黄島の領空ギリギリの辺りを舐めるように
飛行しながら、近海に出現した門の偵察を行っているようだった。
これまでのところ、領空侵犯にまでは至っていないが、週単位でかの国の軍用機が飛来している。
赤い星を掲げる可変後退翼の偵察機――Su-24MRだ。
通常の東京急行とは異なる航路で南下してきたこの機体は、硫黄島の領空ギリギリの辺りを舐めるように
飛行しながら、近海に出現した門の偵察を行っているようだった。
これまでのところ、領空侵犯にまでは至っていないが、週単位でかの国の軍用機が飛来している。
「赤熊さん達は元気一杯だねえ。空自さんも大変だ」
その様子は、門の調査を行っている派遣艦隊からも、当然補足出来ていた。
双眼鏡を覗き込みながら、暢気にのたまったのは、派遣艦隊の司令官である古鷹海将補だ。
艦隊旗艦である『ひゅうが』の航海艦橋からその様子をのんびりと眺めているところだった。
双眼鏡を覗き込みながら、暢気にのたまったのは、派遣艦隊の司令官である古鷹海将補だ。
艦隊旗艦である『ひゅうが』の航海艦橋からその様子をのんびりと眺めているところだった。
「彼らの国は複数の門が出現していると聞いているんですがね。そんな余裕があるのでしょうか」
「さあねえ……」
「さあねえ……」
『ひゅうが』艦長、鈴谷一等海佐の疑問に、古鷹は苦笑するのみで明言は避けた。
あの国も、領土だけは広大な隣国と同じで、面子を重要視する国だ。
実はそれほど余裕があるわけではないが、強国としての矜持を維持するためのポーズなのかもしれない。
少し前などには、これ見よがしに対艦ミサイルをぶら下げたTu-22M超音速爆撃機が現れたくらいだ。
結局、Su-24MRは領空侵犯することなく、領空圏外へと去っていった。
あの国も、領土だけは広大な隣国と同じで、面子を重要視する国だ。
実はそれほど余裕があるわけではないが、強国としての矜持を維持するためのポーズなのかもしれない。
少し前などには、これ見よがしに対艦ミサイルをぶら下げたTu-22M超音速爆撃機が現れたくらいだ。
結局、Su-24MRは領空侵犯することなく、領空圏外へと去っていった。
彼らのことはひとまず頭から追い出し、古鷹は、海洋観測艦『しょうなん』と
音響観測艦『ひびき』からの現時点で判明している報告を思い返していた。
全幅約50メートル、全高約40メートルというのは、空からの調査で判明していたが、
水深については約50メートルとなっており、『いずも』型クラスの大型艦でも余裕をもって
通行できるほどの深度があったのだ。
加えて、門の向こうから流れ込んでくる漂流物の中には、漁具と思われる人工物が見つかった。
門の向こうに人に類似した知的生物が住んでいることは間違いなかった。
更に、門からそう遠くないところに陸地があることの証左でもあった。
音響観測艦『ひびき』からの現時点で判明している報告を思い返していた。
全幅約50メートル、全高約40メートルというのは、空からの調査で判明していたが、
水深については約50メートルとなっており、『いずも』型クラスの大型艦でも余裕をもって
通行できるほどの深度があったのだ。
加えて、門の向こうから流れ込んでくる漂流物の中には、漁具と思われる人工物が見つかった。
門の向こうに人に類似した知的生物が住んでいることは間違いなかった。
更に、門からそう遠くないところに陸地があることの証左でもあった。
日本政府としては、放っておきたいと言うのが本音だろう。
しかし、こちらが何もしなくても、向こうから何かしてくる可能性が少しでもある以上、
継続して調査を行わなくてはならない。
頻繁にちょっかいをかけてきている某国の存在もある。
彼らのことだから「たまたま」無線とGPSがいかれてしまった兵員を満載した輸送機が、
「たまたま」機位を失って日本の領空に迷い込み、「たまたま」異世界の門に突入してしまった、
なんて茶番劇をやらかしてくれるかもしれない。
異世界は日本国の領土ではないので、そこで彼らに好き勝手やられても、
現行法的には手出しが出来ないことになってしまう。
そのためには、率先して日本が門の向こうで地盤を固めるしかない。
しかし、こちらが何もしなくても、向こうから何かしてくる可能性が少しでもある以上、
継続して調査を行わなくてはならない。
頻繁にちょっかいをかけてきている某国の存在もある。
彼らのことだから「たまたま」無線とGPSがいかれてしまった兵員を満載した輸送機が、
「たまたま」機位を失って日本の領空に迷い込み、「たまたま」異世界の門に突入してしまった、
なんて茶番劇をやらかしてくれるかもしれない。
異世界は日本国の領土ではないので、そこで彼らに好き勝手やられても、
現行法的には手出しが出来ないことになってしまう。
そのためには、率先して日本が門の向こうで地盤を固めるしかない。
「わくわくするね!」
「……そうですか?」
「……そうですか?」
年甲斐も無く、子供のように目を輝かせる上官に、鈴谷は眉を顰めた。