師団捜索連隊の装甲車中隊。山科少佐の双眼鏡に映る鈍色の軍団。
数千の兵から成る一団にはザラ公国の国旗と軍旗が掲げられている。
「ザラ公国という事は同盟軍の主力ではない。しかし放置出来る規模の部隊でもない」
「とは言え、仕掛けるには数が違い過ぎます」
「上がどう判断するかだが、爆撃機を寄越して貰う手もある。
少なくとも、無視し得ない敵軍団がここにあるというのは事実だ」
数千の兵から成る一団にはザラ公国の国旗と軍旗が掲げられている。
「ザラ公国という事は同盟軍の主力ではない。しかし放置出来る規模の部隊でもない」
「とは言え、仕掛けるには数が違い過ぎます」
「上がどう判断するかだが、爆撃機を寄越して貰う手もある。
少なくとも、無視し得ない敵軍団がここにあるというのは事実だ」
皇国陸軍部隊の中で最も前進している山科少佐の装甲車中隊の主力は、事前の空撮情報とアズルの助言によって“退路”の確保はした。
後発のリエール傭兵隊とぶつかった騎兵隊が反転してこちらに向かって来たとしても、鉢合わせないような道は幾つか選定してある。
やり過ごせたとしても鉢合わせたとしても、どちらにせよ即座に次の手を打てる程度の地図は、部分的にだが作成済みだ。
後発のリエール傭兵隊とぶつかった騎兵隊が反転してこちらに向かって来たとしても、鉢合わせないような道は幾つか選定してある。
やり過ごせたとしても鉢合わせたとしても、どちらにせよ即座に次の手を打てる程度の地図は、部分的にだが作成済みだ。
敵を目の前にして進むも退くも比較的自由な状況だが、今は街道からやや外れた休耕地にあった
空き家を仮の本部として宿営していた山科中隊は、哨戒班を残して戦闘陣地を構築していた。
空き家を仮の本部として宿営していた山科中隊は、哨戒班を残して戦闘陣地を構築していた。
だが、もうこれ以上の前進は無謀と思えた。
推定される飛竜陣地の位置は、ザラ公国の布陣のさらにその先だ。
陸から接近して偵察するには十分な準備を整えた師団本隊の戦力が必要で、所詮“軽騎兵隊”である山科隊では難しい。
推定される飛竜陣地の位置は、ザラ公国の布陣のさらにその先だ。
陸から接近して偵察するには十分な準備を整えた師団本隊の戦力が必要で、所詮“軽騎兵隊”である山科隊では難しい。
(ここまで来ても任務の達成は困難……)
捜索連隊の強みは火力と装甲を備えた装甲車にあるが、弱点もそこだ。
行軍が、戦竜が余裕で通れる道路に限られる。下車した人員が装甲車の援護を受けられる場所でしか活動出来ない。
多くの歩兵を抱える師団や旅団、または歩兵連隊を基幹とする支隊や独立混成連隊であればもう少しやりようが
あるのだが、現状は結局、航空部隊の大規模運用こそ必要という身も蓋もない結論に集約されてしまうのだ。
捜索連隊の強みは火力と装甲を備えた装甲車にあるが、弱点もそこだ。
行軍が、戦竜が余裕で通れる道路に限られる。下車した人員が装甲車の援護を受けられる場所でしか活動出来ない。
多くの歩兵を抱える師団や旅団、または歩兵連隊を基幹とする支隊や独立混成連隊であればもう少しやりようが
あるのだが、現状は結局、航空部隊の大規模運用こそ必要という身も蓋もない結論に集約されてしまうのだ。
王道、正攻法に勝る策はなし。
相手が攻撃してくるのなら、それをいなしながら師団主力のほうに誘導してやる方法もあるが、
皇国軍の火力を警戒しているのか、襲いかかってこない相手と睨み合っている状況は危険だ。
別働隊に側面や背後から回り込まれれば、今の山科隊では人員が少なく警戒しきれない。
皇国軍の火力を警戒しているのか、襲いかかってこない相手と睨み合っている状況は危険だ。
別働隊に側面や背後から回り込まれれば、今の山科隊では人員が少なく警戒しきれない。
数日のうちにリエール傭兵隊の本隊が合流した先遣偵察隊だったが、そろそろ作戦期間が心許なかった。
部隊が自前で持つ食料と燃料、機械類の予備部品だ。
食料品の一部については村落で財貨などと交換してもらう事で数日分水増しできるが、機械部品や燃料はそうはいかない。
部隊が自前で持つ食料と燃料、機械類の予備部品だ。
食料品の一部については村落で財貨などと交換してもらう事で数日分水増しできるが、機械部品や燃料はそうはいかない。
捜索連隊本部に問い合わせてみる山科であったが……。
「貴隊は警戒を厳にしつつ、その場に留まり敵軍の監視を続けろ」
「はっ! 飛竜陣地偵察任務は継続でしょうか?」
「貴官の判断で行動せよ。取り消しや変更は無いが、ただし敵陣に深入りはするな」
解せぬ命令であった。しかも何か奥歯に挟まったような物言いの指令。
何があっても動くなという死守命令ではないにせよ、余程のことが無ければ現在地で前進も後退もせず敵陣との距離を保てという事だ。
飛竜陣地偵察を果たそうとすれば、どうしたって深入りせねばならないのだから。
「貴隊は警戒を厳にしつつ、その場に留まり敵軍の監視を続けろ」
「はっ! 飛竜陣地偵察任務は継続でしょうか?」
「貴官の判断で行動せよ。取り消しや変更は無いが、ただし敵陣に深入りはするな」
解せぬ命令であった。しかも何か奥歯に挟まったような物言いの指令。
何があっても動くなという死守命令ではないにせよ、余程のことが無ければ現在地で前進も後退もせず敵陣との距離を保てという事だ。
飛竜陣地偵察を果たそうとすれば、どうしたって深入りせねばならないのだから。
さて、その頃。師団司令部、その上級部隊である東大陸派遣軍司令部では大きな動きがあった。
北方諸国同盟の次席であるセソー大公国。その重要な軍事拠点であるノイリート島が砲火を交える事無く降伏したという報せだ。
この状況に対して東大陸で錨泊や哨戒していた海軍艦艇が急行し、さらに本国から準備中だった空母を前倒しして派遣するという。
既に北部を担当している師団の一部と海兵隊は、島の占領に動いているらしい。これで北部戦線は大きく動くだろう。
この機に乗じて、東大陸で動く皇国軍全体で、一部作戦の前倒しや見直しが行われつつあった。
北方諸国同盟の次席であるセソー大公国。その重要な軍事拠点であるノイリート島が砲火を交える事無く降伏したという報せだ。
この状況に対して東大陸で錨泊や哨戒していた海軍艦艇が急行し、さらに本国から準備中だった空母を前倒しして派遣するという。
既に北部を担当している師団の一部と海兵隊は、島の占領に動いているらしい。これで北部戦線は大きく動くだろう。
この機に乗じて、東大陸で動く皇国軍全体で、一部作戦の前倒しや見直しが行われつつあった。
この情報。光の速度で通信可能な皇国軍と、基本的には伝令頼りの敵軍で、伝わる速度は当然違う。
リンド王国やユラ神国に駐留している部隊は勿論、数千km離れた本国にも時差なしで正確な情報が伝わっている訳だ。
対して、北方諸国同盟は当のセソー大公国が重鎮の裏切りを認めたがらないばかりに、セソー国内では無かったことになっている。
といっても“海洋警備強化(実態は反乱討伐)”のために緊急に軍艦を派遣しているので、何か不味い事が起きたくらい解る。
流石にマルロー王国の大使館や派遣武官は事実に感づいていて、それを概ね正確に本国に打診していたし、
ノイリート島から多くの将兵と島民がやってくれば、とても隠しきれるような事では無くなるだろう。
リンド王国やユラ神国に駐留している部隊は勿論、数千km離れた本国にも時差なしで正確な情報が伝わっている訳だ。
対して、北方諸国同盟は当のセソー大公国が重鎮の裏切りを認めたがらないばかりに、セソー国内では無かったことになっている。
といっても“海洋警備強化(実態は反乱討伐)”のために緊急に軍艦を派遣しているので、何か不味い事が起きたくらい解る。
流石にマルロー王国の大使館や派遣武官は事実に感づいていて、それを概ね正確に本国に打診していたし、
ノイリート島から多くの将兵と島民がやってくれば、とても隠しきれるような事では無くなるだろう。
といっても、それがマルロー王都に伝わり、さらに北方諸国同盟全体で共有されるには2~3週間はかかる。
王都ワイヤンに伝わるまででも、最短で4~5日。平均すれば10日前後はかかるだろう。
伝令に飛竜を用いなければもっとかかるし、現場が近い北部戦線と違い、東部戦線はシテーン湾から遠い。
ザラ公国や、その付近に展開しているマルロー軍部隊はまだ北部の重要な一角が崩れた事を知らない。
実際、北部戦線に異常があったという事に対応するような動きも無い。
王都ワイヤンに伝わるまででも、最短で4~5日。平均すれば10日前後はかかるだろう。
伝令に飛竜を用いなければもっとかかるし、現場が近い北部戦線と違い、東部戦線はシテーン湾から遠い。
ザラ公国や、その付近に展開しているマルロー軍部隊はまだ北部の重要な一角が崩れた事を知らない。
実際、北部戦線に異常があったという事に対応するような動きも無い。
それを知られてから、戦線整理の為に攻勢に移るなり整然と退却するなりされては困るのだ。
だから今は、少しばかり無理をしてでもこの方面の同盟軍に打撃を与えてしばらく機能不全にさせる必要がある。
だから今は、少しばかり無理をしてでもこの方面の同盟軍に打撃を与えてしばらく機能不全にさせる必要がある。
そこで、最前線に居る山科隊が前進観測隊の火力支援部隊となり、師団砲兵による遠距離砲撃で叩く方針で動いていた。
野戦砲兵大隊もそう潤沢な予備弾薬があるわけではないが、航空隊が休んでいる今、広範囲に打撃を与えられるのは砲兵しかなかった。
北樺太から沿海州、満州、蒙古という広大な戦域でソ連の砲兵軍団と撃ち合う筈だった皇国軍だ。十全とはいかなくてもそれなりの成果は上がる筈である。
今までも、そしてこれからも。
皇国軍が想定していた次の戦争では決戦しない(させない)という選択肢も含まれていたが、今回はそのような流れに沿うものだ。
野戦砲兵大隊もそう潤沢な予備弾薬があるわけではないが、航空隊が休んでいる今、広範囲に打撃を与えられるのは砲兵しかなかった。
北樺太から沿海州、満州、蒙古という広大な戦域でソ連の砲兵軍団と撃ち合う筈だった皇国軍だ。十全とはいかなくてもそれなりの成果は上がる筈である。
今までも、そしてこれからも。
皇国軍が想定していた次の戦争では決戦しない(させない)という選択肢も含まれていたが、今回はそのような流れに沿うものだ。
決戦して完全に叩ききる余力がない東部戦線にとって次善の策ではあるが、今を逃せばいつ攻勢に出れば良いのか?
砲兵観測班の支援戦力として歩兵大隊と工兵中隊が派遣され、この地域の同盟軍戦力を一時的にでも圧倒する態勢が整えられた。
日程的には、こちらからの大規模砲撃が仕掛けられている丁度その時に北部戦線の一部が崩れた旨の情報が届く筈だ。
東部戦線で決定的な勝利は望めずとも、ある程度の物理的、精神的打撃を与えられれば北部戦線への側面支援になろう。
砲兵観測班の支援戦力として歩兵大隊と工兵中隊が派遣され、この地域の同盟軍戦力を一時的にでも圧倒する態勢が整えられた。
日程的には、こちらからの大規模砲撃が仕掛けられている丁度その時に北部戦線の一部が崩れた旨の情報が届く筈だ。
東部戦線で決定的な勝利は望めずとも、ある程度の物理的、精神的打撃を与えられれば北部戦線への側面支援になろう。
数日後、直前になって本部から連絡を受けた山科隊は、皇国軍師団からの支隊を受け入れた。
僅か1日の間に続々と集まってくるので、昨日まで閑散としていた農場が嘘のようだ。
自分の傭兵隊の見回りを終えたキスカは、部屋から出てきた山科を覗き込む。
「急に賑やかになって張り切り出して、どうしたのです?」
「目に見える戦果を示さねば、我々も立つ瀬がないのです。宮仕えですから」
「テンノー? でしたか、皇国の君主陛下からの“勅使”でも来ましたか?」
「ははっ、そんな事になったら、我々は陛下と国民から信用されていない事になりますよ」
キスカの言う勅使とは国王直々の督戦隊というやつだ。
一般には、連隊や大隊といった部隊ごとの下級士官や下士官が通常任務の一環としてやるものだが、
大会戦では決戦兵力として後方に控えている近衛部隊の一部が、ほぼ専任として督戦任務に就く事もある。
味方の後ろから銃と銃剣、そしてハルバードを突きつけて、前衛部隊が後ろに下がらないように見張る役だ。
僅か1日の間に続々と集まってくるので、昨日まで閑散としていた農場が嘘のようだ。
自分の傭兵隊の見回りを終えたキスカは、部屋から出てきた山科を覗き込む。
「急に賑やかになって張り切り出して、どうしたのです?」
「目に見える戦果を示さねば、我々も立つ瀬がないのです。宮仕えですから」
「テンノー? でしたか、皇国の君主陛下からの“勅使”でも来ましたか?」
「ははっ、そんな事になったら、我々は陛下と国民から信用されていない事になりますよ」
キスカの言う勅使とは国王直々の督戦隊というやつだ。
一般には、連隊や大隊といった部隊ごとの下級士官や下士官が通常任務の一環としてやるものだが、
大会戦では決戦兵力として後方に控えている近衛部隊の一部が、ほぼ専任として督戦任務に就く事もある。
味方の後ろから銃と銃剣、そしてハルバードを突きつけて、前衛部隊が後ろに下がらないように見張る役だ。
この“大増援”で、山科隊に同行しているリエール傭兵隊にとっては、伝聞でしか知らなかった皇国軍の“現代戦”というものを初めて見る事になる。
「増えてますね」
「こちらに丸見えの位置でやるくらい、切迫してるのか」
キスカと傭兵隊副隊長のトゥルクが、望遠鏡を見ながら会話している。
ザラ公国軍の陣地は大隊や中隊ごとに纏まって駐屯しているが、
交代で歩哨を立てているだけで、当然だが戦闘陣形は取られていない。
そんな中で、とある連隊の鞭打ち刑が執行されていた。
鞭を受けているのは脱走しようとして捕えられた兵士だろう。
「こちらに丸見えの位置でやるくらい、切迫してるのか」
キスカと傭兵隊副隊長のトゥルクが、望遠鏡を見ながら会話している。
ザラ公国軍の陣地は大隊や中隊ごとに纏まって駐屯しているが、
交代で歩哨を立てているだけで、当然だが戦闘陣形は取られていない。
そんな中で、とある連隊の鞭打ち刑が執行されていた。
鞭を受けているのは脱走しようとして捕えられた兵士だろう。
ザラ公国軍の陣地で、こういう場面が増えてきているのだ。
兵士への鞭打ちなどリンド王国軍でもよく行われる事ではあるが、ここまで来るとかなり士気が下がっていると自ら宣伝しているようなものだ。
連隊長や大隊長の指揮下で下士官が行う“正規のやり方”ですらなく、その場に縛って転がして軍服の上から鞭打っているのだから……。
兵士への鞭打ちなどリンド王国軍でもよく行われる事ではあるが、ここまで来るとかなり士気が下がっていると自ら宣伝しているようなものだ。
連隊長や大隊長の指揮下で下士官が行う“正規のやり方”ですらなく、その場に縛って転がして軍服の上から鞭打っているのだから……。
ここ数日、皇国軍の動きが慌ただしくなった。いよいよ攻勢に出てくるか?
そんな予測や恐怖が入り混じったザラ公国軍の将兵が聞いたのは、いつもの偵察機とは違う飛行機の音。
単機で高空を飛び続ける偵察機と違い、複数機で急速に高度を落としてくる。これはもしや――。
そんな予測や恐怖が入り混じったザラ公国軍の将兵が聞いたのは、いつもの偵察機とは違う飛行機の音。
単機で高空を飛び続ける偵察機と違い、複数機で急速に高度を落としてくる。これはもしや――。
今回の攻撃では、やるからには出来うる限りの火力集中をという事で、近接航空支援に九九式襲撃機も投入された。
投入される飛行機が九九式襲撃機とされたのは勿論、低空からの地上軍への精密爆撃に最も適した機材であるからだが、
飛竜の迎撃を受けても振り切れる、若しくは空戦にて返り討ちに出来る良好な速度と運動性を持っているからでもあった。
さらに九九式襲撃機の装甲板は、この世界で一般的に用いられる対空砲弾やロケット弾に対して十分な防御性能がある。
転移前に多発した満州、蒙古、支那を巡るソ連軍との紛争、その流血を教訓として開発された皇国製“シュトルモヴィク”に隙は無い。
投入される飛行機が九九式襲撃機とされたのは勿論、低空からの地上軍への精密爆撃に最も適した機材であるからだが、
飛竜の迎撃を受けても振り切れる、若しくは空戦にて返り討ちに出来る良好な速度と運動性を持っているからでもあった。
さらに九九式襲撃機の装甲板は、この世界で一般的に用いられる対空砲弾やロケット弾に対して十分な防御性能がある。
転移前に多発した満州、蒙古、支那を巡るソ連軍との紛争、その流血を教訓として開発された皇国製“シュトルモヴィク”に隙は無い。
参加した九九式襲撃機の飛行隊は12機。
うち8機は18発の12kg爆弾を合計で144発、敵陣の重点箇所に対して各々が精密に投下し、残る4機は250kg爆弾を懸念されていた飛竜陣地の竜舎に叩き込む。
が……。
「もぬけの殻か!?」
戦果確認の為に爆撃跡地を観察した操縦士と副操縦士だったが、煉瓦造りの建物には何もなかった。
いや、よく見ると煉瓦造りですらない。吹き飛んだのは、煉瓦の模様が描かれた木造の張りぼて。
そして休息中の飛竜のような形をした布張りの張りぼてがぼろぼろになりながら宙を舞っていた。
うち8機は18発の12kg爆弾を合計で144発、敵陣の重点箇所に対して各々が精密に投下し、残る4機は250kg爆弾を懸念されていた飛竜陣地の竜舎に叩き込む。
が……。
「もぬけの殻か!?」
戦果確認の為に爆撃跡地を観察した操縦士と副操縦士だったが、煉瓦造りの建物には何もなかった。
いや、よく見ると煉瓦造りですらない。吹き飛んだのは、煉瓦の模様が描かれた木造の張りぼて。
そして休息中の飛竜のような形をした布張りの張りぼてがぼろぼろになりながら宙を舞っていた。
飛竜陣地に見せかけた囮の陣地。
この飛竜陣地は皇国軍の対空戦力を恐れて逼塞していたのではなく、そもそも初めから無かったのだ。
滑走路(助走路)を整地して基礎も程々に張りぼてを据え付けるだけなら、丸一日もあれば可能だろう。
骨組みなどを予め用意しておけば、組み立ての大部分は一般の歩兵隊でも出来る作業だ。
この飛竜陣地は皇国軍の対空戦力を恐れて逼塞していたのではなく、そもそも初めから無かったのだ。
滑走路(助走路)を整地して基礎も程々に張りぼてを据え付けるだけなら、丸一日もあれば可能だろう。
骨組みなどを予め用意しておけば、組み立ての大部分は一般の歩兵隊でも出来る作業だ。
(貴重な爆弾とガソリンを無駄に使わせやがって!)
攻撃隊の1/3が、全く無駄な標的を爆撃してしまった訳だ。
爆撃を終えた九九式襲撃機のうち飛竜陣地を攻撃した4機は着弾観測兼制空任務に残り、8機は地上を機銃掃射した後に飛行場へ戻っていく。
攻撃隊の1/3が、全く無駄な標的を爆撃してしまった訳だ。
爆撃を終えた九九式襲撃機のうち飛竜陣地を攻撃した4機は着弾観測兼制空任務に残り、8機は地上を機銃掃射した後に飛行場へ戻っていく。
存在しない飛竜陣地という情報を得たものの、全体の進捗は変わらない。予定通り本命の師団砲兵による攻撃が始まった。
事前の航空攻撃で重要目標と思しき場所の付近に幾つか発煙筒が落とされているので、それも頼りに観測班が誘導する。
装甲車と対戦車砲を持つ山科隊は戦竜などが突撃してきた場合の盾となるべく、戦竜兵隊然として最前列に配置した。
事前の航空攻撃で重要目標と思しき場所の付近に幾つか発煙筒が落とされているので、それも頼りに観測班が誘導する。
装甲車と対戦車砲を持つ山科隊は戦竜などが突撃してきた場合の盾となるべく、戦竜兵隊然として最前列に配置した。
傭兵隊長のキスカは、稜線を超えて行われる皇国軍の砲撃を自前の望遠鏡で眺めていた。
「火力の優越は七難を隠す。教科書どおりと言えばそれまでだが、王道ゆえに対抗し辛い」
敵陣の最前列まで3km以上の距離はあるが、見える範囲でもかなりの被害が出ている事は明らかだった。
傭兵隊の部下達に対し、皇国軍の戦い様を良く見ておけという仕草で戦闘指揮官から観察者の顔つきになる。
「火力の優越は七難を隠す。教科書どおりと言えばそれまでだが、王道ゆえに対抗し辛い」
敵陣の最前列まで3km以上の距離はあるが、見える範囲でもかなりの被害が出ている事は明らかだった。
傭兵隊の部下達に対し、皇国軍の戦い様を良く見ておけという仕草で戦闘指揮官から観察者の顔つきになる。
「敵襲! 南東より飛竜です! 数は3……いや4!」
結局囮陣地だった飛竜陣地以外、付近の地域に飛竜陣地は確認されていない。
丸一日、何の音沙汰も無かったのだ。もうこの戦場に敵の飛竜は居ないし来ない。そう判断した矢先の出来事だった。
結局囮陣地だった飛竜陣地以外、付近の地域に飛竜陣地は確認されていない。
丸一日、何の音沙汰も無かったのだ。もうこの戦場に敵の飛竜は居ないし来ない。そう判断した矢先の出来事だった。
そう。短期間に少数の運用であれば、基地や陣地など無くても飛竜は活動可能。
小部隊を主要な道路から外れた森の中にでも隠しておけば、航空偵察だけではまず発見されない。
大規模攻撃を受けて同盟軍側は急いで伝令を飛ばし、付近に配置していた飛竜隊に攻撃を命じたのだ。
皇国軍からの攻撃があれば、即座に潜伏させていた飛竜隊で反撃し一矢報いる。
これが同盟軍の、ザラ公国軍の作戦だった。
小部隊を主要な道路から外れた森の中にでも隠しておけば、航空偵察だけではまず発見されない。
大規模攻撃を受けて同盟軍側は急いで伝令を飛ばし、付近に配置していた飛竜隊に攻撃を命じたのだ。
皇国軍からの攻撃があれば、即座に潜伏させていた飛竜隊で反撃し一矢報いる。
これが同盟軍の、ザラ公国軍の作戦だった。
ただし、その作戦の性質上、飛竜隊は戦力の逐次投入に陥っていた。
十数分から数十分ごとに3~5騎程度がぱらぱらと現れては、皇国軍の機銃の的になってしまう。
飛行機に比べればかなり低空を低速で飛ぶ為、場面によっては歩兵銃の対空射撃にすら狙撃された。
十数分から数十分ごとに3~5騎程度がぱらぱらと現れては、皇国軍の機銃の的になってしまう。
飛行機に比べればかなり低空を低速で飛ぶ為、場面によっては歩兵銃の対空射撃にすら狙撃された。
合計11回に渡る飛竜の襲撃で、皇国側は十数名の軽傷者こそ出したものの死者や重傷者は無く、重要な装備品の喪失も無く実質的な損害はほぼゼロ。
対して、ザラ公国軍の飛竜は対空機銃と高射砲により殆どを失い、飛竜基地か陣地まで帰還出来たのは5騎。無傷なものは1騎のみという有様だった。
即死しきれなかった重傷の飛竜は、自身も満身創痍の飛竜騎士の手で安楽死処分が行われ、騎士はそのまま力尽きるか自害した。
比較的軽傷で済んだ者は徒歩での帰還を目指したが、敵中孤立からの脱出は難しく捕虜となるか、皇国軍陣地に突撃して果てた。
対して、ザラ公国軍の飛竜は対空機銃と高射砲により殆どを失い、飛竜基地か陣地まで帰還出来たのは5騎。無傷なものは1騎のみという有様だった。
即死しきれなかった重傷の飛竜は、自身も満身創痍の飛竜騎士の手で安楽死処分が行われ、騎士はそのまま力尽きるか自害した。
比較的軽傷で済んだ者は徒歩での帰還を目指したが、敵中孤立からの脱出は難しく捕虜となるか、皇国軍陣地に突撃して果てた。
鈍重な対空砲兵しかないこの世界では、歩兵や砲兵の援護もない飛竜のみによる単独攻撃でも、奇襲的に行われれば
それなりに効果を発揮し、かつ有効な反撃を受ける前に戦場を去れるので機会があればこれまでの戦争でも行われてきた。
だが専門の高射連隊だけでなく、対空用途に使える旋回機銃を搭載する戦車や装甲車を多数持ち、一般の歩兵連隊も
自前の対空部隊を持ち、しかも即応してくる皇国軍の濃密な対空砲火の前には、戦果と損害が全く釣り合わないのだ。
皇国軍相手に、正面戦力としての飛竜は割に合わないという“戦訓”が、また一つ書き加えられる事になる。
それなりに効果を発揮し、かつ有効な反撃を受ける前に戦場を去れるので機会があればこれまでの戦争でも行われてきた。
だが専門の高射連隊だけでなく、対空用途に使える旋回機銃を搭載する戦車や装甲車を多数持ち、一般の歩兵連隊も
自前の対空部隊を持ち、しかも即応してくる皇国軍の濃密な対空砲火の前には、戦果と損害が全く釣り合わないのだ。
皇国軍相手に、正面戦力としての飛竜は割に合わないという“戦訓”が、また一つ書き加えられる事になる。
しかし、物理的な損害こそほぼゼロで済んだものの、皇国軍は終日対空警戒に追われて対地砲撃の密度が低下していた。
矢面に立っているザラ公国軍からすればそんなのどうでもいい程の被害ではあったが、大きな被害を出しつつも、いや大きな被害が出ているからこそ全力で撤退を始めていた。
深追いしたくない皇国軍は攻撃の勢いが殺がれてしまい、この戦域の敵軍に痛打を与えるという目的の達成はやや不完全になりつつあったのだ。
ザラ公国軍が全面的な潰走に陥らず撤退が可能だったのも、砲撃の不徹底による。
矢面に立っているザラ公国軍からすればそんなのどうでもいい程の被害ではあったが、大きな被害を出しつつも、いや大きな被害が出ているからこそ全力で撤退を始めていた。
深追いしたくない皇国軍は攻撃の勢いが殺がれてしまい、この戦域の敵軍に痛打を与えるという目的の達成はやや不完全になりつつあったのだ。
ザラ公国軍が全面的な潰走に陥らず撤退が可能だったのも、砲撃の不徹底による。
翌日は朝から対空警戒を兼ねて、予定に無かった戦闘機に上空を旋回させつつ、ついでに小型爆弾も落とさせるが、飛竜の襲撃は無かった。
戦力を使い果たしたのか、昨日の今日だから対空警戒が強まると読んで攻撃を控えたかは不明確なので、
飛竜陣地は無くても航空脅威は相応にあるという、皇国軍にとっては非常に厄介な状況に置かれてしまった。
敵軍の飛竜を無力化するには重爆による本国飛竜基地の破壊しかなく、航空撃滅戦からは逃れられないのだ。
しかし航空ガソリンの備蓄が心許ない為、地上の高射連隊や各部隊の重機関銃で対処する他無かった。
戦力を使い果たしたのか、昨日の今日だから対空警戒が強まると読んで攻撃を控えたかは不明確なので、
飛竜陣地は無くても航空脅威は相応にあるという、皇国軍にとっては非常に厄介な状況に置かれてしまった。
敵軍の飛竜を無力化するには重爆による本国飛竜基地の破壊しかなく、航空撃滅戦からは逃れられないのだ。
しかし航空ガソリンの備蓄が心許ない為、地上の高射連隊や各部隊の重機関銃で対処する他無かった。
高射砲や機銃は空を警戒しつつも、敵陣を蹂躙する砲撃は続けられた。
各砲兵中隊はそれぞれ幾つかの砲兵陣地を用意し、そこから指定された場所に黙々と砲弾を送り込む。
砲門、弾薬共に少ないながらもそれを砲撃速度と精度で補い、的確に敵軍の中枢を破壊していく。
各砲兵中隊はそれぞれ幾つかの砲兵陣地を用意し、そこから指定された場所に黙々と砲弾を送り込む。
砲門、弾薬共に少ないながらもそれを砲撃速度と精度で補い、的確に敵軍の中枢を破壊していく。
この日の正午過ぎには、ザラ公国軍はかなり統制を失っており、退却から潰走になりかけていた。
そこで戦局を確定させる為、皇国軍からは“軽騎兵隊の突撃”が行われた。
そこで戦局を確定させる為、皇国軍からは“軽騎兵隊の突撃”が行われた。
歩兵中隊を引き連れて、装甲車中隊が突進する。
距離にすれば数百メートル、殆ど反撃を受ける事無く射点に着き、近距離から機関銃や擲弾を振る舞う。
戦竜は早々に下がらせたようだが、前線に残っていた人馬や大砲にはかなりの損害を与え、ザラ公国軍はほぼ収拾がつかない状態になり果てた。
たったこれだけで大きく崩れるザラ公国軍を見て、改めて列強随一と称されていたリンド王国軍の精強さが浮き彫りになる。
距離にすれば数百メートル、殆ど反撃を受ける事無く射点に着き、近距離から機関銃や擲弾を振る舞う。
戦竜は早々に下がらせたようだが、前線に残っていた人馬や大砲にはかなりの損害を与え、ザラ公国軍はほぼ収拾がつかない状態になり果てた。
たったこれだけで大きく崩れるザラ公国軍を見て、改めて列強随一と称されていたリンド王国軍の精強さが浮き彫りになる。
「深追いはするな。抵抗する敵だけを狙え。逃げる敵は逃げるに任せておけ」
師団本隊から燃料と弾薬を補給した山科隊は、装甲車に搭載された無線機によって友軍の砲撃を管制しつつ、車載機銃で周囲の制圧を行う。
時折反撃してくる歩兵が居ても、装甲車の持つ火力と装甲で叩いて回り、歩兵が小隊、分隊陣形で突撃するのを掩護する。
リエール傭兵隊は山科隊と共に戦場を走り回りながら、自らは一発も撃つこと無く“皇国軍”を間近で観戦していた。
師団本隊から燃料と弾薬を補給した山科隊は、装甲車に搭載された無線機によって友軍の砲撃を管制しつつ、車載機銃で周囲の制圧を行う。
時折反撃してくる歩兵が居ても、装甲車の持つ火力と装甲で叩いて回り、歩兵が小隊、分隊陣形で突撃するのを掩護する。
リエール傭兵隊は山科隊と共に戦場を走り回りながら、自らは一発も撃つこと無く“皇国軍”を間近で観戦していた。
何れにせよザラ公国軍は暫く使い物にならないだろう。そしてザラ公国軍が使い物にならなければ、
その穴を埋めるためにマルロー王国軍は一定以上の軍備をこの戦域に派遣し続ける必要がある。
皇国軍としても結構な出費を強いられたが、相手にはそれ以上の出費と出血を強いた。
本命の北部戦線が進展し、ポゼイユの安寧が保たれれば、この方面の目的は達成だ。
その穴を埋めるためにマルロー王国軍は一定以上の軍備をこの戦域に派遣し続ける必要がある。
皇国軍としても結構な出費を強いられたが、相手にはそれ以上の出費と出血を強いた。
本命の北部戦線が進展し、ポゼイユの安寧が保たれれば、この方面の目的は達成だ。
「皇国軍を相手に、飛竜を出し惜しみせずに戦った。その辺りが政治的な落としどころでしょう」
傭兵隊長のキスカは相手の行為をそう評価したが、そうであれば何ともやるせない現実だ。
「最初から奇襲攻撃をするつもりであれば、皇国軍からの攻撃など待たずとも、来れば良かったのです。
そして飛竜隊に呼応して歩兵や砲兵、戦竜も前進させた筈です。しかし彼らはそれをしなかった。
リンド王国の飛竜軍すら勝てなかった相手に攻撃が成功する見通しが立たない。
だからといって飛竜隊を投入しないまま引き下がる訳にもいかない。それがあの結果でしょうね。
リンド王国ですら勝てなかったのですから、それより遥かに弱小なザラ公国の飛竜隊が負けても咎められません。
逆に攻撃が上手く行けば、同盟内でのザラ公国の発言力は増すでしょう。どう転んでも大きく不利にはなりません」
数十騎の飛竜は、皇国軍とこれ以上戦闘継続は出来ないという、釈明の為の犠牲だと。
大国は大国で舵取りが難しいが、小国は小国なりの舵取りの難しさがあるだろう。
傭兵隊長のキスカは相手の行為をそう評価したが、そうであれば何ともやるせない現実だ。
「最初から奇襲攻撃をするつもりであれば、皇国軍からの攻撃など待たずとも、来れば良かったのです。
そして飛竜隊に呼応して歩兵や砲兵、戦竜も前進させた筈です。しかし彼らはそれをしなかった。
リンド王国の飛竜軍すら勝てなかった相手に攻撃が成功する見通しが立たない。
だからといって飛竜隊を投入しないまま引き下がる訳にもいかない。それがあの結果でしょうね。
リンド王国ですら勝てなかったのですから、それより遥かに弱小なザラ公国の飛竜隊が負けても咎められません。
逆に攻撃が上手く行けば、同盟内でのザラ公国の発言力は増すでしょう。どう転んでも大きく不利にはなりません」
数十騎の飛竜は、皇国軍とこれ以上戦闘継続は出来ないという、釈明の為の犠牲だと。
大国は大国で舵取りが難しいが、小国は小国なりの舵取りの難しさがあるだろう。
しかしザラ公国にとってのそれは、皇国にとってみれば精鋭の戦闘飛行団が壊滅したとか、機甲師団が壊滅したとか、空母航空隊が壊滅したような損害に匹敵する。
それなりの規模で飛竜隊が存在する事が、弱小国ではない事の証明であるこの世界。たった数十騎であっても大きな犠牲だ。
それなりの規模で飛竜隊が存在する事が、弱小国ではない事の証明であるこの世界。たった数十騎であっても大きな犠牲だ。
純粋に軍事的な損得だけを考えれば、むしろ数千の雑兵を犠牲にした方が割に合うだろう。
しかし損耗の中心が一般兵であれば「補充兵を強制徴募すればよい」という理屈も通ってしまう。
それを通さないための、大きな犠牲……。
しかし損耗の中心が一般兵であれば「補充兵を強制徴募すればよい」という理屈も通ってしまう。
それを通さないための、大きな犠牲……。
『北部戦線にてノイリート要塞が降伏せり。南部戦線の諸将は皇国・リンド王国軍への圧力をより一層強め、戦域の確保を継続すべし』
前線にその伝令が届くより早く、ザラ公国は戦争継続の不可能を理由に北方諸国同盟を脱退し、皇国とリンド王国に対し降伏した。
前線にその伝令が届くより早く、ザラ公国は戦争継続の不可能を理由に北方諸国同盟を脱退し、皇国とリンド王国に対し降伏した。