第287話 狭間の国の使者
1486年(1946年)2月1日 午前8時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル
シホールアンル帝国首都ウェルバンルの北1ゼルドのホメヴィラと言う集落に差し掛かった馬車は、そこで首都方面より
出てくる避難民の群れに巻き込まれた。
それまで快調に進んでいた馬車は急に速度を緩め始め、程無くして止まってしまった。
出てくる避難民の群れに巻き込まれた。
それまで快調に進んでいた馬車は急に速度を緩め始め、程無くして止まってしまった。
「特使殿!申し訳ありませんが、しばらく通りの流れが悪くなります!」
御者台に座る男が、内装の施された車内に向けてそう伝える。
馬車に乗る2人の男は、それを聞いても特に気にする様子は無かった。
馬車に乗る2人の男は、それを聞いても特に気にする様子は無かった。
「相分かった。道を行く民に気を付けながら動かしてくだされ」
黒い三角状の帽子を被った2人の男の内、茶色を基調とした、特徴のある服装をした男が顔に笑みを交えながら、御者にそう返す。
「了解いたしました」
返事を聞いた御者は、そのまま前に向き直った。
もう1人の男は、一旦窓に顔を向け、複雑そうな表情を浮かべてから、仕えている彼に顔を向ける。
もう1人の男は、一旦窓に顔を向け、複雑そうな表情を浮かべてから、仕えている彼に顔を向ける。
「若殿、見て下さい。シホールアンルの民が大勢、家財道具を抱えて都から逃れております……ウェルバンルは、シホールアンル随一の都の筈ですが」
「うむ……やはり、見通しが暗いのであろうな」
「うむ……やはり、見通しが暗いのであろうな」
若殿と呼ばれた男は、鼻の下に整えた髭を触りつつ、付き人である彼に言う。
若殿……もとい、イズリィホン将国特別使節であるホークセル・ソルスクェノは、特に何も感じていないような口調で部下に言いはしたが、
彼も内心では、世界一の超大国であるシホールアンルで見るこの光景に、心の中で驚きを抱いていた。
若殿……もとい、イズリィホン将国特別使節であるホークセル・ソルスクェノは、特に何も感じていないような口調で部下に言いはしたが、
彼も内心では、世界一の超大国であるシホールアンルで見るこの光景に、心の中で驚きを抱いていた。
「となると……幕府上層部はやはり、この国を」
「クォリノよ。ここはこれぞ……?」
「クォリノよ。ここはこれぞ……?」
彼は、クォリノと言う名の付き人に対し、自らの口の前に人差し指を置いた。
特別使節補佐兼、ソルスクェノの付き人であるクォリノ・ハーストリは、それを見て軽く咳ばらいをした。
特別使節補佐兼、ソルスクェノの付き人であるクォリノ・ハーストリは、それを見て軽く咳ばらいをした。
「は、少し口が過ぎましたな」
「とはいえ、そちがそう思うのも無理からぬ事だ。幕府の言う事も、ようわかる」
「とはいえ、そちがそう思うのも無理からぬ事だ。幕府の言う事も、ようわかる」
ソルスクェノは、先日受け取った本国からの通信を思い出し、頷きながらそう言う。
「しかし、これでイズリィホンに戻れますな。実に6年ぶりでございますか……大殿や奥方様も、今頃は首を長くして待っておられる事でしょう」
「おいおい、気の早い奴よ」
「おいおい、気の早い奴よ」
ハーストリの言葉に、ソルスクェノは思わず苦笑してしまった。
2人は雑談をかわして暇を潰していくのだが、馬車は避難民の列に引っ掛かったまま、思うように進まなかった。
そのまま10分程過ぎた時、それは唐突に始まった。
馬車の外から、急に異様な音が響き始めた。
2人は雑談をかわして暇を潰していくのだが、馬車は避難民の列に引っ掛かったまま、思うように進まなかった。
そのまま10分程過ぎた時、それは唐突に始まった。
馬車の外から、急に異様な音が響き始めた。
「これは……」
「若殿!」
「若殿!」
ハーストリは、血相を変えてソルスクェノと目を合わせた。
「くそ!こんな時に空襲警報か!!」
御者台にいた国外相の男が苛立ち紛れに叫びながら、馬車を道の脇に止める。
そして、慌ただしく御者台から降り、馬車のドアの向こうから避難を促した。
そして、慌ただしく御者台から降り、馬車のドアの向こうから避難を促した。
「特使殿!空襲警報が発令されました!これより最寄りの退避所まで走りますので、馬車から出て下さい!」
2人は、互いに目を合わせたまま頷くと、ハーストリが先に立って、ドアを開いた。
周囲にいた人だかりは、突然の空襲警報にパニック状態に陥っていた。
そこに現れた2人は、一瞬ながらも周囲の注目を集めた。
視線が集中するのを感じた2人は、半ば恥ずかしい気持ちになるが、それも空襲警報のサイレンと共にすぐに消えうせた。
周囲にいた人だかりは、突然の空襲警報にパニック状態に陥っていた。
そこに現れた2人は、一瞬ながらも周囲の注目を集めた。
視線が集中するのを感じた2人は、半ば恥ずかしい気持ちになるが、それも空襲警報のサイレンと共にすぐに消えうせた。
「さあ、こちらへ来てください!」
2人は、御者の男に先導されながら、待避所まで走った。
程無くして、官憲隊が開放してくれた半地下式の防空待避所の傍まで走り寄った。
程無くして、官憲隊が開放してくれた半地下式の防空待避所の傍まで走り寄った。
「来たぞ、あれだ!」
官憲隊の若い男が、空を指差しながら叫んだ。
ハーストリとソルスクェノは、男の言う方向に目を向ける。
冬晴れと言える心地の良い青空には、南の方角から無数の白い線が伸びつつあり、それはウェルバンル方面に向かいつつあった。
彼らは知らなかったが、この時、南方より出現したB-36爆撃機40機が、首都周辺に残存する戦略目標を叩く為、
飛行高度14000を保ちながら目標に接近しつつあった。
ハーストリとソルスクェノは、男の言う方向に目を向ける。
冬晴れと言える心地の良い青空には、南の方角から無数の白い線が伸びつつあり、それはウェルバンル方面に向かいつつあった。
彼らは知らなかったが、この時、南方より出現したB-36爆撃機40機が、首都周辺に残存する戦略目標を叩く為、
飛行高度14000を保ちながら目標に接近しつつあった。
「あれが、音に聞こえるアメリカと言う国の……」
「特使殿!まもなく敵の爆撃が始まります。急いで中に!」
「う、うむ!」
「特使殿!まもなく敵の爆撃が始まります。急いで中に!」
「う、うむ!」
ソルスクェノは、御者に勧められるがまま中に入ろうとしたが、何かを思い出し、その場に踏み止まった。
「クォリノ!例の物は持っているか!?」
「若殿!抜かりなく!」
「若殿!抜かりなく!」
ハーストリは、背中に抱いた貢ぎ物をソルスクェノに見せた。
「よろしい!中に入るぞ!」
空襲警報のサイレンを聞きながら、2人は待避所の中に入っていった。
内部には、既に避難してきた住民が溢れんばかりに入っており、2人は御者と共に、窮屈な中で爆撃が収まるのを待ち続けた。
内部には、既に避難してきた住民が溢れんばかりに入っており、2人は御者と共に、窮屈な中で爆撃が収まるのを待ち続けた。
どれほど待ったのかは判然としなかったが、唐突に大地が揺れ動き、次いで、轟音が響くと、ソルスクェノは自らの鼓動が急に
高まるのを感じた。
伝わって来る衝撃は大きく、待避所の内部が揺れ動くたびに、天井の埃が上から落ちてくる。
高まるのを感じた。
伝わって来る衝撃は大きく、待避所の内部が揺れ動くたびに、天井の埃が上から落ちてくる。
(これが、空襲という物か……なんて恐ろしい物じゃ)
ソルスクェノは心中で、恐怖を感じていた。
祖国イズリィホンでは、名のある武家の後継ぎとして多くの事を学び、その中でも武芸の類は小さい頃から習得に励んできた事も
あって、どのような状況においても冷静になれるとの自負があった。
だが、今……ソルスクェノは、異界の国が作った、戦略爆撃機の空襲から逃れ、どこかで炸裂する爆弾の振動や衝撃に体を小さく
して堪えるだけだ。
昨年12月のウェルバンル空襲も、彼は自らの目で見、計り知れない衝撃を受けたが、あの時は遠巻きに見ているだけであり、
危険範囲内にはいなかった。
しかし、今は違う。
今日体験する爆撃は、自分達も巻き添えを受けた物だった。
唐突に、一際大きな爆発音が響き、待避所内がこれまで以上に大きく揺れた。
中では悲鳴が起こり、赤子の鳴き声も響く。
祖国イズリィホンでは、名のある武家の後継ぎとして多くの事を学び、その中でも武芸の類は小さい頃から習得に励んできた事も
あって、どのような状況においても冷静になれるとの自負があった。
だが、今……ソルスクェノは、異界の国が作った、戦略爆撃機の空襲から逃れ、どこかで炸裂する爆弾の振動や衝撃に体を小さく
して堪えるだけだ。
昨年12月のウェルバンル空襲も、彼は自らの目で見、計り知れない衝撃を受けたが、あの時は遠巻きに見ているだけであり、
危険範囲内にはいなかった。
しかし、今は違う。
今日体験する爆撃は、自分達も巻き添えを受けた物だった。
唐突に、一際大きな爆発音が響き、待避所内がこれまで以上に大きく揺れた。
中では悲鳴が起こり、赤子の鳴き声も響く。
(爆撃という物は、やたらに外れ弾が出るとも聞いている。という事は、わしが隠れているここに爆弾が落ちるという事も……)
ソルスクェノはそう思うと、背筋が凍り付いた。
実際、過去の爆撃では、防空壕や待避所に爆弾が直撃し、多数の民間人が死亡した事例も発生している。
彼は、爆弾炸裂に伴う揺れが続く中、ただひたすら、自分達が生き残る事を祈り続けた。
実際、過去の爆撃では、防空壕や待避所に爆弾が直撃し、多数の民間人が死亡した事例も発生している。
彼は、爆弾炸裂に伴う揺れが続く中、ただひたすら、自分達が生き残る事を祈り続けた。
それから20分後……
真冬であるにもかかわらず、大勢の人で詰まった待避所の内部は暑苦しかった。
しかし、空襲警報解除の報せが伝えられると、2人はようやく外に出る事ができた。
真冬であるにもかかわらず、大勢の人で詰まった待避所の内部は暑苦しかった。
しかし、空襲警報解除の報せが伝えられると、2人はようやく外に出る事ができた。
「ふぅ……全く、肝を冷やしますな」
ハーストリは、額の汗を拭いながらそう言うが、隣のソルスクェノは、ある方角を見たまま立ち止まってしまった。
「……若殿。如何なされました?」
「クォリノよ……武士という者は、死を恐れてはならぬと古来より教えられている物じゃが……」
「クォリノよ……武士という者は、死を恐れてはならぬと古来より教えられている物じゃが……」
彼は目を細めながらクォリノに言いつつ、北の方角に右手を伸ばした。
その方角からは、幾つもの黒煙が立ち上っている。
その方角からは、幾つもの黒煙が立ち上っている。
「手も足も出ぬまま、空から一方的に狙われるのは恐ろしい物だ。見よ、あの惨状を」
「確か……そこにはさほど大きくはないとはいえ、この国の工場が幾つか建てられておりましたな」
「高空から来た爆撃機とやらは、どうやら、あの工場を叩いたそうじゃな。クォリノよ……この惨状を見て、そちはどう思う?」
「は………幕府上層部のご指示は、正しかったと思われます。あの煙の下には、工場だけではなく、民の暮らす家々も数多にあったはず……
恐らくは、上方も、我々が巻き添えを食らう事を恐れて」
「ふむ……わしは、もっと見たかったのだが……この国の行く末を……のう」
「確か……そこにはさほど大きくはないとはいえ、この国の工場が幾つか建てられておりましたな」
「高空から来た爆撃機とやらは、どうやら、あの工場を叩いたそうじゃな。クォリノよ……この惨状を見て、そちはどう思う?」
「は………幕府上層部のご指示は、正しかったと思われます。あの煙の下には、工場だけではなく、民の暮らす家々も数多にあったはず……
恐らくは、上方も、我々が巻き添えを食らう事を恐れて」
「ふむ……わしは、もっと見たかったのだが……この国の行く末を……のう」
彼は、懐から扇を取り出すと、それを広げて自らの顔に向けて仰ぐ。
「特使殿!敵の爆撃機は退避行動に移りました。国外相へ移動を再開いたします故、馬車へお乗りください」
「うむ、それでは」
「うむ、それでは」
御者に勧められると、ソルスクェノはパチンという小さな音と共に扇を閉じ、袴の内懐に収めた。
程無くして、馬車に戻ると、御者が扉を開けて2人を招き入れた。
程無くして、馬車に戻ると、御者が扉を開けて2人を招き入れた。
御者は扉を閉めながらも、上空に顔を向け、苛立ったような表情を見せた。
高空には、無数の白いコントレイル(飛行機雲)がまだ残っており、そのやや下では、高射砲の炸裂した黒煙が見える。
その下の空域には、迎撃に向かった10機前後のケルフェラクが編隊を維持しながら、魔道機関特有の爆音を響かせて飛行していた。
高空には、無数の白いコントレイル(飛行機雲)がまだ残っており、そのやや下では、高射砲の炸裂した黒煙が見える。
その下の空域には、迎撃に向かった10機前後のケルフェラクが編隊を維持しながら、魔道機関特有の爆音を響かせて飛行していた。
「畜生!届かない高射砲を撃ちまくって、敵の高度に辿り着けない飛空艇は遊覧飛行をするだけか……!」
御者は苛立ち紛れにそう吐き捨てながら、御者台に座って馬を前進させた。
午前8時45分 首都ウェルバンル 国外省
国外相の正面前まで辿り着いた一行は、職員の案内を受けながら、館内の応接室前まで歩いた。
2人は、袴に頭に付けた烏帽子といった、シホールアンル国内では滅多にお目に掛かれないイズリィホン国武士が身につける服装のため、
国内省の面々からは道中、注目を集めていた。
応接室前まで到達した2人は、ふと、部屋の内部から荒々しい声が響いているのに気付いた。
2人は、袴に頭に付けた烏帽子といった、シホールアンル国内では滅多にお目に掛かれないイズリィホン国武士が身につける服装のため、
国内省の面々からは道中、注目を集めていた。
応接室前まで到達した2人は、ふと、部屋の内部から荒々しい声が響いているのに気付いた。
「ん……?若殿」
「ああ、何やら聞こえるが……」
「ああ、何やら聞こえるが……」
2人は小声で言い、互いに頷き合うと、そのままの態勢で室内に聞き耳を立てる。
「敵機動部隊がまた首都方面に接近しつつあるだと!?それで、また退避命令か!」
「前回のように、官庁街に敵の艦載機が向かってくる可能性もあります。ここは軍の指示通りにされるのが良策かと」
「く……仕方ない。私はこれから大事な客人と合わなければならん。今は軍の指示通りに動く事にし、後に詳細を詰める事にする」
「了解いたしました」
「前回のように、官庁街に敵の艦載機が向かってくる可能性もあります。ここは軍の指示通りにされるのが良策かと」
「く……仕方ない。私はこれから大事な客人と合わなければならん。今は軍の指示通りに動く事にし、後に詳細を詰める事にする」
「了解いたしました」
部屋の中から聞こえる会話はそれで終わり、程無くしてドアが開かれた。
中から、職員と思しき男が会釈しながら退出し、かわって、2人に付き添っていた職員が手をかざして入室を促した。
中から、職員と思しき男が会釈しながら退出し、かわって、2人に付き添っていた職員が手をかざして入室を促した。
「お待たせいたしました。どうぞこちらへ……」
2人は入室すると、居住まいを正したグルレント・フレル国外相が満面の笑顔を浮かべて出迎えた。
「これはこれは、ソルスクェノ特使!お久しぶりでございます」
「国外相閣下、お久しゅうございます。国外相閣下におかれましては、お変りも無く」
「国外相閣下、お久しゅうございます。国外相閣下におかれましては、お変りも無く」
ソルスクェノとフレルは、挨拶を行いつつ、固い握手を交わした。
「ささ、どうぞこちらへ」
フレルは、室内のやや奥に置かれた2つのソファーの内の1つに2人を座らせると、彼はその対面に座った。
「いやはや、こうしてお顔を合わせるのは、実に2年ぶりになりますかな」
「は。その通りです。それがしも、あの日からもう2年経ったのかと、いささか驚いております」
「もう2年……短いようで長い。しかし、長いようで短いのか……まぁそれはともかく、敵爆撃機の襲来もあるこの情勢の中、
使節館より足を運ばれて頂いた事に、心から感謝しております」
「は。その通りです。それがしも、あの日からもう2年経ったのかと、いささか驚いております」
「もう2年……短いようで長い。しかし、長いようで短いのか……まぁそれはともかく、敵爆撃機の襲来もあるこの情勢の中、
使節館より足を運ばれて頂いた事に、心から感謝しております」
フレルは感謝の言葉を述べてから、本題に入った。
「さて、本日お二方にお越し頂きましたが、あなた方から直接、私にお話ししたい事があると聞き及んでおります。そのお話したい事とは、
一体何でしょうか?」
「は……先日、幕府外務所より命令を承りました。その命令でありますが……それがしは使節館の共を率い、此度の任期満了を待たずして
イズリィホンに帰還せよ、との命令をお受けいたしました」
一体何でしょうか?」
「は……先日、幕府外務所より命令を承りました。その命令でありますが……それがしは使節館の共を率い、此度の任期満了を待たずして
イズリィホンに帰還せよ、との命令をお受けいたしました」
ソルスクェノは懐から、白い包みを取り出し、それをフレルに手渡した。
フレルは、それを両手で取ると、包みを開き、その中にある折り畳まれた白い紙を開いて、黒い墨で書かれた文字をゆっくりと呼んでいく。
書かれた文字はシホールアンル語である。
フレルは、それを両手で取ると、包みを開き、その中にある折り畳まれた白い紙を開いて、黒い墨で書かれた文字をゆっくりと呼んでいく。
書かれた文字はシホールアンル語である。
「なるほど。つまり、離任の挨拶に参られた、という事ですな……」
文を読み終えたフレルは、しばし黙考する。
「貴国外務所の判断は正しいと、私も思います」
彼は顔を上げてから、ソルスクェノにそう言った。
「我がシホールアンル帝国は、不本意ながらも、南大陸連合軍相手に不利な戦を強いられています。貴方達も、昨年12月に起きた首都空襲や、
断続的に行われている、首都近郊の戦略爆撃は目にしておられる筈です。その現状を知った貴国上層部が帰還命令を出すのは当然の事であると、
私は思います」
「国外相閣下。我が祖国イズリィホンとシホールアンルは300年の間、友好国として関係を深めてまいりました。いずれは、軍事同盟を結び、
戦の際は迷う事無く陣に赴き、ともに轡を並べて、雄々しく戦場を駆け抜ける事を夢見ておりました。ですが、それも叶わず……終いにはこのような
事に至り、面目次第もござりません」
断続的に行われている、首都近郊の戦略爆撃は目にしておられる筈です。その現状を知った貴国上層部が帰還命令を出すのは当然の事であると、
私は思います」
「国外相閣下。我が祖国イズリィホンとシホールアンルは300年の間、友好国として関係を深めてまいりました。いずれは、軍事同盟を結び、
戦の際は迷う事無く陣に赴き、ともに轡を並べて、雄々しく戦場を駆け抜ける事を夢見ておりました。ですが、それも叶わず……終いにはこのような
事に至り、面目次第もござりません」
ソルスクェノは、沈痛な面持ちで謝罪の言葉を述べる。
だが、フレルは頭を左右に振りながら口を開いた。
だが、フレルは頭を左右に振りながら口を開いた。
「いえ、それは違いますぞ、特使殿。この度の現状は……いわば、シホールアンルに対する罰なのです。そう……業を背負いすぎた偉大なる帝国が
受ける罰です。ですが、友好国の使節の方々にまで、我が国はその罰の巻き添えを負わそうとしている。特使殿、あなた方は悪くありません。
むしろ、悪いのは……このシホールアンルなのです」
受ける罰です。ですが、友好国の使節の方々にまで、我が国はその罰の巻き添えを負わそうとしている。特使殿、あなた方は悪くありません。
むしろ、悪いのは……このシホールアンルなのです」
彼は深く溜息を吐く。
「思えば、シホールアンルは北大陸を統一した時点で、歩みを止めるべきだったのかもしれません。ですが、それだけでは満足できずに、更にその
先へと足を運んだ。そして、行きつく先がこの現状となるのです。貴国上層部の判断は正しい。私は……その判断を尊重いたします」
「国外相閣下……」
先へと足を運んだ。そして、行きつく先がこの現状となるのです。貴国上層部の判断は正しい。私は……その判断を尊重いたします」
「国外相閣下……」
ソルスクェノは顔を上げて、フレルを見つめる。
柔和な笑みを浮かべるフレルには、前回会った時に感じた刺々しさは完全に失せており、今では顔全体に疲れが滲んでいるように見える。
傍から見ても、フレルが内心苦悩している事が容易に想像できた。
傍から見ても、フレルが内心苦悩している事が容易に想像できた。
「……わがイズリィホンが、貴国との友好関係を結んだのは今から300年前。きっかけは、沖合で難破した貴国の船の乗員を、イズリィホンの民が
救助した事でございました。以来、イズリィホンとシホールアンルの関係は深まり、様々な面でご支援を賜ってまいりました。それがしも、この国に
来てから多くの事を見て学び、各所で見聞を広めてまいりましたが、ただただ、シホールアンルと言う国の大きさに圧倒されるばかりでした。
そのシホールアンルが、異世界から来たアメリカと言う名の国に追い詰められつつある……それがしは、今もその事が夢のようであると思うております」
「若殿……」
救助した事でございました。以来、イズリィホンとシホールアンルの関係は深まり、様々な面でご支援を賜ってまいりました。それがしも、この国に
来てから多くの事を見て学び、各所で見聞を広めてまいりましたが、ただただ、シホールアンルと言う国の大きさに圧倒されるばかりでした。
そのシホールアンルが、異世界から来たアメリカと言う名の国に追い詰められつつある……それがしは、今もその事が夢のようであると思うております」
「若殿……」
ソルスクェノの言葉に含まれていたある部分に、ハーストリは血相を変えた。
彼は慌てて何かを言おうとしたが、それを察したフレルが片手を上げて制した。
彼は慌てて何かを言おうとしたが、それを察したフレルが片手を上げて制した。
「ハーストリ殿。大丈夫ですぞ」
「国外相閣下……!」
「国外相閣下……!」
フレルは、何故か清々しい表情を浮かべていた。
「さすがは、イズリィホンの中でも有数の武家であるソルスクェノ氏のご子息だ。次期棟梁と呼ばれるだけあり、やはり聡明なお方ですな。
南大陸軍が実質的に、アメリカ軍が主導している事もご存じのようで」
「は……それがしの知識は、風の噂を聞き続けた程度ではござりますが……その噂の中でも、アメリカという国に関する噂は興味が尽きませぬ。
あれほど、烏合の衆とまで呼ばれた南大陸連合の軍勢が、何故、再び息を吹き返し、この北大陸に押し掛けて来たのか。そして、その軍勢に多くの
戦道具を与えながらも、自らの軍にも十分な武具を揃える事ができる、その力……!」
南大陸軍が実質的に、アメリカ軍が主導している事もご存じのようで」
「は……それがしの知識は、風の噂を聞き続けた程度ではござりますが……その噂の中でも、アメリカという国に関する噂は興味が尽きませぬ。
あれほど、烏合の衆とまで呼ばれた南大陸連合の軍勢が、何故、再び息を吹き返し、この北大陸に押し掛けて来たのか。そして、その軍勢に多くの
戦道具を与えながらも、自らの軍にも十分な武具を揃える事ができる、その力……!」
ソルスクェノは次第に語調を強めていく。
「それがしは、その果てしない力を持つアメリカを知りたいと、心の底から思うております。狭間にあるイズリィホンの将来の為にも」
「なるほど……しかし、イズリィホンは尚武の国。これまでに、フリンデルドを始めとする諸外国の侵攻を全て阻止した実績があります。
貴国の軍は強く、数も多いと聞く」
「なるほど……しかし、イズリィホンは尚武の国。これまでに、フリンデルドを始めとする諸外国の侵攻を全て阻止した実績があります。
貴国の軍は強く、数も多いと聞く」
「軍は確かに強い。されど、過去のそれは、島国という特徴を活かした事で得た勝利でもあります。兵の扱う武器は依然として、旧態依然とした
ままでございます。もし、イズリィホンがアメリカと戦を行えば……」
ままでございます。もし、イズリィホンがアメリカと戦を行えば……」
ソルスクェノは、しばし間を置いてから言葉を続ける。
「国は一月と持たずに、アメリカに攻め滅ぼされる事になりましょう」
その言葉を聞いたフレルは、ソルスクェノに半ば感心の想いを抱く。
同時に、あの時……シホールアンルにも彼のような冷静さと、探求心があればという、強い後悔の念が沸き起こった。
同時に、あの時……シホールアンルにも彼のような冷静さと、探求心があればという、強い後悔の念が沸き起こった。
「今の所、イズリィホンは貴国のみならず、200年前は敵であったフリンデルドとも国交を結び、よしみを深めてまいりました。しかし、
国際情勢という物は移り変わりがある物でございます。今こうしている間にも、イズリィホンを取り巻く環境は変わりつつあると、考えております」
「……正直申しまして、特使殿の考えはよく理解できます。思えば、私も特使殿のように、よく考え、良く判断できれば……と思う物です」
国際情勢という物は移り変わりがある物でございます。今こうしている間にも、イズリィホンを取り巻く環境は変わりつつあると、考えております」
「……正直申しまして、特使殿の考えはよく理解できます。思えば、私も特使殿のように、よく考え、良く判断できれば……と思う物です」
フレルが言い終えると、ソルスクェノは無言で頭を下げた。
顔を上げた彼は、改まった表情を浮かべながら口を開く。
顔を上げた彼は、改まった表情を浮かべながら口を開く。
「幾ばくかお話が長くなり、申し訳ございませぬ。さて、此度の儀につきましては、ご多忙の中お会いして頂き、感謝に耐えませぬ」
「いえ。こちらこそ、空襲警報が鳴る中、郊外より端を運んで頂いた事には、深く感謝しております。特使殿、この離任の挨拶の後ですが、国を
離れるのはいつ頃になられますかな?」
「準備が出来次第、早急に移動するように言われております故、さほどを間を置かぬ内にお国を離れるかと思います」
「それがよろしいでしょう」
「いえ。こちらこそ、空襲警報が鳴る中、郊外より端を運んで頂いた事には、深く感謝しております。特使殿、この離任の挨拶の後ですが、国を
離れるのはいつ頃になられますかな?」
「準備が出来次第、早急に移動するように言われております故、さほどを間を置かぬ内にお国を離れるかと思います」
「それがよろしいでしょう」
フレルは顔を頷かせながら相槌を打つ。
「軍の情報によりますと、敵の機動部隊がシギアル沖に向かっているようです。昨年12月のような大空襲も予想されますので、なるべく早い内に、
首都を離れられた方がよろしいでしょう……それから、お国の帰還船はどちらから出られますかな」
首都を離れられた方がよろしいでしょう……それから、お国の帰還船はどちらから出られますかな」
「予定では、北西部の一番北にあるミロティヌ港で船に乗り、祖国へ向かう事になっております。万が一の場合を避けるため、ルィキント、
ノア・エルカ列島付近は大きく北に迂回する航路を取る予定になっております」
ノア・エルカ列島付近は大きく北に迂回する航路を取る予定になっております」
一瞬、フレルは眉を顰めたが、すぐに真顔になって頷く。
「アメリカ海軍は北西部沿岸部のみならず、同列島の中間地点にも潜水艦を差し向けておりますからな。妥当な判断と言えるでしょう」
「は……それでは国外相閣下。それがしはこれにて帰国いたしまするが、最後にお渡ししたい物がございます」
「は……それでは国外相閣下。それがしはこれにて帰国いたしまするが、最後にお渡ししたい物がございます」
ソルスクェノは隣のハーストリに目配せする。
ハーストリは傍らに置いてあった、紫色の棒状の包みを手に取ると、それを両手でソルスクェノに渡す。
ソルスクェノも両手で受け取ると、ゆっくりとした動作で、フレルに差し出した。
ハーストリは傍らに置いてあった、紫色の棒状の包みを手に取ると、それを両手でソルスクェノに渡す。
ソルスクェノも両手で受け取ると、ゆっくりとした動作で、フレルに差し出した。
「これは……?」
「貢ぎ物でございます」
「貢ぎ物でございます」
フレルは困惑しながらも、恐る恐ると手に取った。
包みを取ると、中には剣が入っていた。
剣は、柄に質素ながらも、白と茶色の模様が付いており、それは半ば湾曲していた。
イズリィホンの特徴である湾曲した剣は、イズリィホン軍の将兵の主要武器として採用されており、その切れ味は他に類を見ないと言われている。
鞘から剣を抜くと、銀色の刃が現れる。
剣は光に反射して美しく光り、その滑らかな刃は、長い時間見つめても飽きを感じさせないような気がした。
包みを取ると、中には剣が入っていた。
剣は、柄に質素ながらも、白と茶色の模様が付いており、それは半ば湾曲していた。
イズリィホンの特徴である湾曲した剣は、イズリィホン軍の将兵の主要武器として採用されており、その切れ味は他に類を見ないと言われている。
鞘から剣を抜くと、銀色の刃が現れる。
剣は光に反射して美しく光り、その滑らかな刃は、長い時間見つめても飽きを感じさせないような気がした。
「これを、私に……?」
フレルの言葉に、ソルスクェノは無言で頷く。
噂では聞いていたイズリィホンの太刀を、初めて間近で見たフレルは、その美しさに見とれていたが、程無くして我に返り、剣を鞘に納めた。
噂では聞いていたイズリィホンの太刀を、初めて間近で見たフレルは、その美しさに見とれていたが、程無くして我に返り、剣を鞘に納めた。
「よろしいのですか?このような、立派な剣を……」
「構いませぬ」
ソルスクェノは微笑みながら言葉を返す。
「その剣は……太平の剣と呼ばれた物でございます。わがソルスクェノ家伝来の剣で、父上から餞別として譲り受けたものですが……その剣が
作られたのは、今から300年程前でございます。作られた当時、ソルスクェノ家は田舎の小さな一豪族にしか過ぎませんでしたが、それ以降、
我が一族は幾つかの戦乱を経て、今日のように幕府の要職を任されられる程の大名にまでなりました。その時の流れを、代々の当主と共に経て来た
この剣ですが……実を言いますと、この剣は人を斬った事が一度もないのです」
「なんと……」
作られたのは、今から300年程前でございます。作られた当時、ソルスクェノ家は田舎の小さな一豪族にしか過ぎませんでしたが、それ以降、
我が一族は幾つかの戦乱を経て、今日のように幕府の要職を任されられる程の大名にまでなりました。その時の流れを、代々の当主と共に経て来た
この剣ですが……実を言いますと、この剣は人を斬った事が一度もないのです」
「なんと……」
その信じられない事実に、フレルは目を丸くしてしまった。
「し、しかし……この剣は当主に代々受け継がれてきた物だと……」
「それがしはそう申しました。ですが、この剣は不思議と、戦場において抜かれる事がなかったのでございます。ある時は、敵の軍勢が逃げてしまい、
戦が終わった。ある時は、戦が始まる前に敵を調略して戦わずに済んでしまった。また、ある時は、剣を一時的に紛失してしまい、代わりの剣で
戦場に臨んだ等々……不思議な事に、人を斬る機会を逸し続けたのでございます。そして、先代当主においては、この剣を持つと何かしらの不幸が
起きると決めつけ、別の剣を刀匠に鍛えさせた末に、この剣を、蔵に押し込んでしまったのです」
「それがしはそう申しました。ですが、この剣は不思議と、戦場において抜かれる事がなかったのでございます。ある時は、敵の軍勢が逃げてしまい、
戦が終わった。ある時は、戦が始まる前に敵を調略して戦わずに済んでしまった。また、ある時は、剣を一時的に紛失してしまい、代わりの剣で
戦場に臨んだ等々……不思議な事に、人を斬る機会を逸し続けたのでございます。そして、先代当主においては、この剣を持つと何かしらの不幸が
起きると決めつけ、別の剣を刀匠に鍛えさせた末に、この剣を、蔵に押し込んでしまったのです」
それまで、淡々と話していたソルスクェノは、途端に表情を暗くしてしまう。
だが、彼は何事も無かったかのように、表情を明るくして言葉を続ける。
だが、彼は何事も無かったかのように、表情を明るくして言葉を続ける。
「しかしながら、現当主である父は、それがしがシホールアンルに赴任する前に、「この剣は、遥か昔に鍛えられて以来、一度も人を斬る事は無かった。
何故、斬れなかったか分かるか?それは……この剣が戦を嫌う、太平の剣であるからだ」と、それがしに申したのでございます。父がこの剣を渡したのは、
未だに戦を行うシホールアンルで、それがしが災いに巻き込まれないで欲しい……と、願ったからではないのかと思うのです」
「……」
何故、斬れなかったか分かるか?それは……この剣が戦を嫌う、太平の剣であるからだ」と、それがしに申したのでございます。父がこの剣を渡したのは、
未だに戦を行うシホールアンルで、それがしが災いに巻き込まれないで欲しい……と、願ったからではないのかと思うのです」
「……」
フレルは、無言のまま剣を見つめ続ける。
そのフレルに向けて、ソルスクェノは言葉を続けた。
そのフレルに向けて、ソルスクェノは言葉を続けた。
「今、貴国は文字通り、民草をも挙げての大戦を行われております。国外相閣下も、いつ果てるとも知らぬと思われている事でしょう。
しかしながら……始まりがある物には、必ずや、終わりが来る物でございます。それ故に……」
しかしながら……始まりがある物には、必ずや、終わりが来る物でございます。それ故に……」
ソルスクェノは、一度は剣に視線を送る。
そして、再びフレルと目を合わせた。
そして、再びフレルと目を合わせた。
「それがしは、大戦の終わりを切に願いたく思い……この太平の剣をお渡ししたのでございます」
「そう……でしたか……」
「そう……でしたか……」
フレルは、思わず言葉が震えた。
しばし呼吸を置くと、フレルは語調を改めて、ソルスクェノに返答する。
しばし呼吸を置くと、フレルは語調を改めて、ソルスクェノに返答する。
「この貢ぎ物。謹んでお受けいたします」
フレルは、太平の剣を両手で掲げながら、感謝の言葉を送った。
彼の言葉を聞いた2人も、深々と頭を下げた。
彼の言葉を聞いた2人も、深々と頭を下げた。
「それでは、我らはこれで」
2人は立ち上がると、室内から退出しようとした。
ソルスクェノが部屋から出かけたその時、フレルは彼を呼び止めた。
ソルスクェノが部屋から出かけたその時、フレルは彼を呼び止めた。
「特使殿!」
「……は。国外相閣下」
「……は。国外相閣下」
ソルスクェノは振り返り、フレルと目を合わせた。
「シホールアンルとイズリィホンの関係が今後も続く事を、私は心から願っております。例え……帝国でなくなったとしても」
ソルスクェノは数秒ほど黙考してから、言葉を返した。
「それがしも、貴殿と同じ思いでございます」
国外相本部施設を出たソルスクェノらは、午前10時30分には北に5ぜルド離れた町にある、イズィリホン将国使節館に戻っていた。
馬車から降り、地味なレンガ造りの使節館に入った彼は、一室にハーストリと共に入室し、室内にある椅子に腰を下ろした。
馬車から降り、地味なレンガ造りの使節館に入った彼は、一室にハーストリと共に入室し、室内にある椅子に腰を下ろした。
「若殿、帰国準備は順調に進んでおるようです。この分なら、一両日中には出立できるかと思われます」
「うむ。いよいよ、この地から離れるのだな……」
「うむ。いよいよ、この地から離れるのだな……」
ソルスクェノは感慨深げな口調で返しながら、脳裏にはこの国で見てきた事が次々と浮かんでいた。
初めて目にする大きな軍艦や、イズィリホンとは違った街並みには心を大きく揺り動かされた。
シホールアンルで見る物全てが、イズィリホンには無い物であり、超大国とはこうである物かと、何度も思い知らされてきた。
だが、ソルスクェノは、シホールアンルと言う国の在り方や、文化を見て学んだだけでは無かった。
彼は、シホールアンルが指揮する対米戦を直接見た訳ではなく、目にした物と言えば、アメリカ軍機の爆撃を受ける街並みぐらいだ。
だが、彼は戦のやり方が従来の物と比べて、大きく変わったという事を肌に感じていた。
それに初めて気づいたのは、昨年12月に、首都周辺を散策していた時に遭遇したあの空襲を見てからだ。
初めて目にする大きな軍艦や、イズィリホンとは違った街並みには心を大きく揺り動かされた。
シホールアンルで見る物全てが、イズィリホンには無い物であり、超大国とはこうである物かと、何度も思い知らされてきた。
だが、ソルスクェノは、シホールアンルと言う国の在り方や、文化を見て学んだだけでは無かった。
彼は、シホールアンルが指揮する対米戦を直接見た訳ではなく、目にした物と言えば、アメリカ軍機の爆撃を受ける街並みぐらいだ。
だが、彼は戦のやり方が従来の物と比べて、大きく変わったという事を肌に感じていた。
それに初めて気づいたのは、昨年12月に、首都周辺を散策していた時に遭遇したあの空襲を見てからだ。
「クォリノよ。わしは、国に帰ったら……この国で見た事を全て話すつもりじゃ。国に帰れば、執権を始めとする幕府のお歴々と会見し、
そして、父上とも話し合うであろう。そこで、わしははっきりと申し上げる」
「若殿……それがしは、大殿はまだしも……幕府の上方が話の内容を完全に理解できるとは思えませぬ。逆に、幕府上層部から、法螺を
吹聴するなと言われるかもしれませぬぞ?」
「何故じゃ。わしは見てきた事、わしの心で感じた事を、包み隠さず話すだけじゃ」
「しかしながら、幕府は若殿の話を理解できましょうか……幕府の猜疑心は強い。今まで、謀反の疑いを掛けられ、族滅の憂き目にあった
御家人や、大名は少なからずおります。若殿が、このシホールアンルでの出来事を執拗に公言しようとすれば、国の不安を煽るものと見なされ、
最悪の場合は謀反を起こし、幕府を揺るがそうとする!と、捉えかねませぬが……?」
「幕府の名誉を選ぶか……わしの命……いや、ひいては、ソルスクェノ一門の命、いずれかを選ぶという事になる。そちはそう言いたいのだな?」
「御意にござります」
そして、父上とも話し合うであろう。そこで、わしははっきりと申し上げる」
「若殿……それがしは、大殿はまだしも……幕府の上方が話の内容を完全に理解できるとは思えませぬ。逆に、幕府上層部から、法螺を
吹聴するなと言われるかもしれませぬぞ?」
「何故じゃ。わしは見てきた事、わしの心で感じた事を、包み隠さず話すだけじゃ」
「しかしながら、幕府は若殿の話を理解できましょうか……幕府の猜疑心は強い。今まで、謀反の疑いを掛けられ、族滅の憂き目にあった
御家人や、大名は少なからずおります。若殿が、このシホールアンルでの出来事を執拗に公言しようとすれば、国の不安を煽るものと見なされ、
最悪の場合は謀反を起こし、幕府を揺るがそうとする!と、捉えかねませぬが……?」
「幕府の名誉を選ぶか……わしの命……いや、ひいては、ソルスクェノ一門の命、いずれかを選ぶという事になる。そちはそう言いたいのだな?」
「御意にござります」
ハーストリは深々と頭を下げた。
「……祖父は一門を救うために、自ら命を絶たれた。謀反の疑いを晴らすために……確かに、ソルスクェノ一門の運命は、父や、わしに掛かっている
とも言える」
とも言える」
ホークセルは顔を俯かせるが、すぐに上げて、ハーストリを見つめる。
「だが、今の情勢は……幕府だの、一門だのと言っている場合ではない。イズィリホンは文字通り、大国の狭間と言える国じゃ。北には、急速に
発展しつつあるフリンデルドに、東にはシホールアンルがおる。いや……おったのじゃ。敵であったフリンデルドがイズィリホンとの関係を良好に
したのは、シホールアンルの機嫌を伺っての事。しかしながら、機嫌を伺ったシホールアンルは、もはやこの有様じゃ」
発展しつつあるフリンデルドに、東にはシホールアンルがおる。いや……おったのじゃ。敵であったフリンデルドがイズィリホンとの関係を良好に
したのは、シホールアンルの機嫌を伺っての事。しかしながら、機嫌を伺ったシホールアンルは、もはやこの有様じゃ」
彼は、頭の中で浮かぶ地図の一部分に、大きく斜線を引いた。
「幕府の名誉や、一門の名誉にこだわる事は、もはや小さき事に過ぎぬ。これからは……イズィリホンという国家の事を考えなければならぬのだ。
そうしなければ、遠からぬうちに、イズリィホンは選択を誤る。そちも見たであろう?あの地獄の如き光景を」
「は。今も夢の中に出る程、心の奥底に刻み込まれております」
「わしは国に帰った時、この経験を問う者に対して……例外なくこう申していく。決して、アメリカという国だけは敵に回してはならぬ。
そうでなければ、この国のようになる……と」
(むしろ、アメリカは味方にした方が良いかもしれぬ)
そうしなければ、遠からぬうちに、イズリィホンは選択を誤る。そちも見たであろう?あの地獄の如き光景を」
「は。今も夢の中に出る程、心の奥底に刻み込まれております」
「わしは国に帰った時、この経験を問う者に対して……例外なくこう申していく。決して、アメリカという国だけは敵に回してはならぬ。
そうでなければ、この国のようになる……と」
(むしろ、アメリカは味方にした方が良いかもしれぬ)
彼は、最後の一言は国出さず、胸中で呟いた。
後に、イズリィホンは様々な困難を経て、米国も含む東側陣営国の一角として、大戦後の世界でその役割を果たす事になる。
ホークセルは、新生イズィリホン民主共和国の初代国家主席として辣腕を振るう事になるが、それは遠い未来の話である。
ホークセルは、新生イズィリホン民主共和国の初代国家主席として辣腕を振るう事になるが、それは遠い未来の話である。
1486年(1946年)2月2日 午前8時 カリフォルニア州サンディエゴ
アメリカ太平洋艦隊情報主任参謀のエドウィン・レイトン少将は、サンディエゴの太平洋艦隊司令部に出勤するや否や、司令部の地下室より現れた
ロシュフォート大佐に引き留められた。
ロシュフォート大佐に引き留められた。
「おはようございます、主任参謀。出勤早々で何ですが……お付き合い頂いてもよろしいでしょうか?」
「どうしたロシュフォート。私は司令部で会議に出席しなければならんのだが……それに、君。体が匂うぞ」
「はは。ここ数日、風呂に入る暇もありませんでしたので。ささ、まずはこちらへ!」
「どうしたロシュフォート。私は司令部で会議に出席しなければならんのだが……それに、君。体が匂うぞ」
「はは。ここ数日、風呂に入る暇もありませんでしたので。ささ、まずはこちらへ!」
ロシュフォートは小躍りしかねない歩調で先導し、司令部の地下施設へレイトンを案内した。
地下室には、太平洋艦隊司令部で傍受した魔法通信を分析するための特別室が設けられており、そこでは南大陸より派遣された各国の分析官や補助官が、
海軍情報部の将兵と共に入手した情報の解析に当たっていた。
地下室には、太平洋艦隊司令部で傍受した魔法通信を分析するための特別室が設けられており、そこでは南大陸より派遣された各国の分析官や補助官が、
海軍情報部の将兵と共に入手した情報の解析に当たっていた。
「カーリアン少佐、新しい文言は傍受できたかね?」
「いえ、今の所は入っておりません。傍受できるのは、確認された言葉だけです」
「よし!これで決まりだな!」
「いえ、今の所は入っておりません。傍受できるのは、確認された言葉だけです」
「よし!これで決まりだな!」
バルランド海軍より派遣されたヴェルプ・カーリアン少佐から伝えられると、ロシュフォートは掌を叩いて喜びを表した。
「ロシュフォート。何か進展があったようだが……私をここに呼んだのは、それを伝えるためかね?」
「その通りです」
「その通りです」
彼はそう答えつつ、壁一面に張られた言葉の羅列を見回した。
「暗号通信の中で、最も気を付ける事は何だと思われますか?」
「暗号のパターンを見破られる事だろう」
「正解です。ですが、それだけでは、完璧とは言い難いですな」
「暗号のパターンを見破られる事だろう」
「正解です。ですが、それだけでは、完璧とは言い難いですな」
ロシュフォートはレイトンに体を振り向ける。
「気を付ける事は、他にもあります。それは……使っている暗号を“変えない事”です」
この時、レイトンは、ロシュフォートが何を言おうとしているのか、瞬時に理解する事ができた。
「通常、暗号文を使用する時に、文字のパターンや使用のタイミングも重要ですが、それ以上に気を付ける事は……暗号に使う文を固定しない事です。
それを防ぐために、暗号帳を定期的に更新して解読を避けようとします。こちらをご覧ください」
それを防ぐために、暗号帳を定期的に更新して解読を避けようとします。こちらをご覧ください」
ロシュフォートは、黒板や壁に掛かれた文字の羅列に手をかざす。
それぞれの文字は、貴族や地名、罵声等、様々な種類に分類され、その下に今までに記録した名や文字が書かれている。
それぞれの文字は、貴族や地名、罵声等、様々な種類に分類され、その下に今までに記録した名や文字が書かれている。
「これらの文字の数々は、我々が今までに記録した文字の全てです。我々は、この合同調査機関が設立されて以来、読み取れる文字を記録し続けて
きましたが、この記録の更新が、昨日夜以降……終了したのです」
きましたが、この記録の更新が、昨日夜以降……終了したのです」
ロシュフォートは右手の人差し指を伸ばした。
「記録が終了したという事は……敵側は、これまで通りの暗号帳を使用したまま、暗号文を流している事になります。そう、敵は暗号帳を更新していないのです」
「つまり……敵は暗号を使用して日が浅い為、我々が常識としていた、暗号帳を更新するという事を知らない、と言いたいのだな?」
「そうです」
「つまり……敵は暗号を使用して日が浅い為、我々が常識としていた、暗号帳を更新するという事を知らない、と言いたいのだな?」
「そうです」
ロシュフォートは頷きながら答えた。
「戦時であれば、暗号帳の更新は3カ月に1回。早ければ2カ月に1回の割合で行います。しかし、シホールアンル側は、暗号を使い始めて2カ月以上
経つにもかかわらず、同一系列の暗号を使い続けています」
経つにもかかわらず、同一系列の暗号を使い続けています」
彼はニヤリと笑みを浮かべた。
「そして、敵は未だに、ミスを犯した事に気付いてはおりません」
「なるほど……それはビッグニュースだ」
「なるほど……それはビッグニュースだ」
レイトンは満足気に頷く。
「して……解読はできそうかね?」
「努力しておりますが、解読に至るまでは、いましばらく時間が必要です」
「ふむ……」
「努力しておりますが、解読に至るまでは、いましばらく時間が必要です」
「ふむ……」
未だに解読不能という事実に、レイトンは幾分落胆の表情を見せた。
「ですが、敵が暗号帳の更新を行っていない事が判明した今、解読までの道は幾ばくか見え始めたと言えます」
「横から失礼いたしますが……私達が見る限り、この暗号書は何かの文を参考にしながら、作られている可能性が高いと思っております」
「横から失礼いたしますが……私達が見る限り、この暗号書は何かの文を参考にしながら、作られている可能性が高いと思っております」
口を閉じていたカーリアンが、付け加えるように説明を始める。
「文面の綴りや、名前からして、恐らくは……何らかの本の内容を当てはめて、暗号通信を行っている可能性があります」
「何らかの本とは……これまた信じがたい物だが」
「しかし、内容を繋げてみれば、納得できるつづりも幾つか発見されています。これは間違いなく、何らかの本……有り体に言えば、小説の類や、
物語の内容を当てはめているのではないかと」
「……我々の世界では考えられん事だ」
「通常は、乱数表や数字をメインに暗号を作りますからな。ある意味、この世界の暗号は文学派と言えます」
「何らかの本とは……これまた信じがたい物だが」
「しかし、内容を繋げてみれば、納得できるつづりも幾つか発見されています。これは間違いなく、何らかの本……有り体に言えば、小説の類や、
物語の内容を当てはめているのではないかと」
「……我々の世界では考えられん事だ」
「通常は、乱数表や数字をメインに暗号を作りますからな。ある意味、この世界の暗号は文学派と言えます」
ロシュフォートは皮肉交じりの口調でそう言った。
「よろしい。この事は、今日の会議が始まる前に長官に報告しよう。ロシュフォート、よくやってくれた。引き続き、解読作業に当たってくれ」
レイトンは彼の右肩を叩いてから、地下室から退出しようとしたが、彼は再び引き留められた。
「主任参謀、もう少しだけお待ち下さい」
「なんだ。まだ何かあるのか……?」
「は………このまま解読作業を行っても、我々は無事に暗号を解読する自信があります。ですが、今は戦争中であるため、何らかの大事件が発生し、
友軍に思わぬ損害が生じる事も考えられます。昨年行なわれた、カイトロスク会戦のような事も……」
「ふむ。今は非常時だ。敵も死に物狂いで抵抗を試みているからな」
「それを防ぐためにも、あらゆる手段を使って、暗号の解読を速める必要があります。そこでですが……」
「なんだ。まだ何かあるのか……?」
「は………このまま解読作業を行っても、我々は無事に暗号を解読する自信があります。ですが、今は戦争中であるため、何らかの大事件が発生し、
友軍に思わぬ損害が生じる事も考えられます。昨年行なわれた、カイトロスク会戦のような事も……」
「ふむ。今は非常時だ。敵も死に物狂いで抵抗を試みているからな」
「それを防ぐためにも、あらゆる手段を使って、暗号の解読を速める必要があります。そこでですが……」
ロシュフォートは一旦言葉を止め、タバコを咥えて火を付ける。
「少しばかり動いて、敵をせっつかせて見ましょう。そうですな……陸軍のB-36も動いて欲しいと、私は思います」
彼は紫煙を吐きながら、レイトンに説明を始めた。