自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

389 第288話 天空を翔ける流星

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第288話 天空を翔ける流星

1486年(1946年)2月2日 午前8時30分 シホールアンル帝国領ドムスクル
シホールアンル帝国領ドムスクルは、ヒーレリ領北部とシホールアンル本国領の境界から、北に60マイル離れた位置にある小さな町である。
連合軍は来たる大攻勢の前準備として、各地で小規模な攻勢を継続しており、2月1日には、米軍の先鋒部隊がドムスクルから南20マイルの位置に到達した。
これと呼応する形で、アメリカ軍航空部隊がシホールアンル帝国領中部地区に向けて盛んに航空作戦を展開しており、防戦準備にあたるシホールアンル軍地上部隊に対して、断続的に空襲を仕掛けていた。
事態を重く見たシホールアンル側は、前々より温存し、未だ戦場となっていない本国北部地域より徐々にかき集めつつあった航空戦力を、本国領中部地域に投入することを決め、2月2日より連合軍航空部隊に対して、迎撃戦闘を挑む事となった。

シホールアンル軍第78空中騎士隊に所属する38騎のワイバーンは、同僚部隊である第66空中騎士隊の29騎と共に、ドムスクル方面へ向けて進撃中の敵戦爆連合編隊を迎撃すべく、猛スピードで敵の推定位置に向かいつつあった。
第78空中騎士隊第2中隊長を務めるウルグリン・ネヴォイド大尉は、指揮官騎より発せられた敵発見の魔法通信を受けるや、指示された方向に顔を向けた。

「いたぞ……アメリカ軍の戦爆連合編隊だ」

ネヴォイド大尉は恨めし気に呟きながら、右手で顔の左頬を撫でた。
彼の左頬には、横に引っ掛かれたような傷跡がある。

「昨年の1月に負傷して以来、苦心惨憺しながらもようやく回復できた。復帰したからには、以前よりも増して、多くの敵を撃ち抜き、連中を血祭りにあげてやる!」

彼は顔を憎悪に歪めながらも、自らの士気を大いに奮い立たせた。
ネヴォイド大尉は、対米戦では南大陸戦から戦い続けてきたベテランであり、これまでに21機の米軍機を撃墜している。
個人の技量も優秀でありながら、媚態の掌握術も巧みであり、ネヴォイド大尉の指揮する中隊はどのような戦況にあろうとも一定の戦果を挙げ続けてきた。
だが、その栄光は長く続かなかった。
昨年1月下旬に起きたアメリカ機動部隊のヒーレリ領沿岸の事前空襲で、ネヴォイド大尉の属していたワイバーン基地は米艦載機の奇襲を受け、所属のワイバーン隊はその大半が、飛び立つ事もままならぬまま、地上で次々と撃破されてしまった。

ネヴォイド大尉はその巻き添えを受けて瀕死の重傷を負い、前線から離脱せざるを得なくなった。
それからと言う物の、ネヴォイド大尉は本国送還となり、首都ウェルバンル近郊の陸軍病院で治療を受けたが、医師からは竜騎士への復帰は絶望的であると伝えられた。
だが、ネヴォイド大尉は決死の覚悟で回復に励んだ。
その様は、復帰は出来ぬと判断した医師を大いに驚かせるほどであった。
懸命のリハビリの甲斐あってか、12月初めには無事退院し、12月5日には、シホールアンル西北部にあるワイバーン隊予備訓練所で完熟訓練にあたり、そこでも抜群の成績を収めて前線復帰を果たすことができた。
そして今日……彼は待望の循環を迎えたのである。

「前方に敵編隊視認!距離、6000グレル!(12000メートル)

指揮官騎から新たな魔法通信が飛び込んできた。
言われた通りに、前方に目を凝らすと、確かに敵編隊と思しき多数の黒い物体が見受けられる。
位置的に敵を見下ろす形になっているため、高度差の有利はこちら側に取れているようだ。

「第1、第2中隊は敵の護衛機!第3、第4中隊は敵の爆撃機を攻撃せよ!」
「了解!」

ネヴォイド大尉は魔法通信でそう返してから、指揮下にある第2中隊の部下に命令を伝達する。

「第2中隊の目標は敵の護衛戦闘機!繰り返す、目標は敵の護衛戦闘機だ!訓練通り、2騎一組となって敵と戦え!」

彼が命令を伝え終わると同時に、指揮官騎直率の第1中隊が増速し始めた。
ネヴォイド大尉の第2中隊や、第3、第4中隊も負けじとばかりにスピードを上げる。
程なくして、敵側もワイバーン群の接近に対応し始めた。
爆撃機の周囲に張り付いていた戦闘機と思しき機影が多数離れ、ワイバーンに向けて上昇しつつある。
第1、第2中隊のワイバーンはそれを下降しながら向き合う形となっていた。

「敵はマスタングか」

ネヴォイド大尉は、うっすらと見え始めた敵影の機種を言い当てる。
細長い機首に涙滴型の風防ガラス、胴体化にある細長い穴……

アメリカ軍の主力戦闘機であるP-51マスタングだ。
機体の格闘性能はワイバーンに劣るものの、機体自体のスピードが速く、上昇性能や下降性能が高い。
それに加え、近年は性能を幾らか向上したマスタング(P-51H。P-51Dと比べて最大速度と運動性能が向上している)が前線に出始めているため、非常に厄介な敵の1つとなっている。
マスタングに対等に近い形で渡り合えるのはケルフェラクぐらいだが、この場には居ない。
ワイバーンのみで、目の前の難敵と渡り合うしかなかった。
眼前のマスタングは、3000グレル程の距離に近づくと、両翼からポロポロと、何かを投下し始めた。
ネヴォイドは、そこからマスタングがやにわに増速したように思えた。
戦闘態勢に入る敵戦闘機の後方には、箱形の密集隊形を組んでいる爆撃機群が見える。
おぼろげではあるが、その特徴のある2つの垂直尾翼や、上方向に反った主翼の根本がはっきりと見て取れた。

「ミッチェルだな」

ネヴォイドは、南大陸戦初期から見慣れた爆撃機の機種名を呟いた。
B-25ミッチェル双発爆撃機。古強者となった彼から見れば、ある意味馴染み深い敵と言える。
だが、その馴染み深い敵は、南大陸から、この神聖なる帝国本土上空にまでその姿を見せつけてきた。
祖国の空を侵した以上は、生かして帰すべきではない。
しかし、ネヴォイド達の任務は、そのミッチェルを護衛するマスタングを引き付ける事だ。
その間に、第3、第4中隊が容赦なくミッチェルを叩き落としてくれる事を期待するしかなかった。

先頭を行く第1中隊が敵との距離を急速に詰め、程なくして互いに頃合い良しと判断した距離で攻撃が開始される。
ワイバーンの光弾とマスタングの機銃弾が発射されるのは、ほぼ同時であった。
下方から競り上がるマスタングに光弾が降り注ぎ、上方目掛けて駆け上がるワイバーンに機銃弾が撃ち上げられる。
ワイバーン群の何騎かが被弾し、その周辺に防御魔法起動の光が明滅した。
第1中隊は防御魔法のお陰で脱落騎を出す事なく、マスタングの集団と瞬時にすれ違った。
一方のマスタング側は数機が被弾し、うち1機が発動機付近から濃い煙を吹き出して編隊から脱落し始めた。
マスタングはそのまま第2中隊目掛けて突っ込んで来る。
ネヴォイドは、隊長機と思しき先頭のマスタングに狙いを定めた。
マスタングも、ワイバーンも互いに250レリンク(500メートル)以上の高速で接近しているため、あっという間に距離が縮まる。
彼は、目標が距離200レリンク(400メートル)に迫った瞬間、相棒に光弾発射を命じる。

竜騎士とワイバーン、互いの魔術回路を繋げ上で発された命令は即座にワイバーンに伝わり、大きく開かれた顎から光弾が複数初連射された。
対して、マスタングも両翼から発射炎を明滅させる。
主翼の下から多量の薬莢を吐き出すのが見え、それ同時に、真一文字に向かってくる6条の火箭がネヴォイド騎に向かってくると思われた。
ネヴォイドは一瞬だけ身を屈めたが、機銃弾はネヴォイド騎の左側に外れていった。
ネヴォイドは、マスタングに光弾が命中する事を期待したが、マスタングは特有の発動機音をがなり立てながら、あっという間にすれ違っていった。

「散会!2騎ずつに別れて戦え!」

第2中隊のワイバーンは、2騎単位で別れると、それぞれの目標に向かい始める。

「カンプト!離れるなよ!」
「了解!」

ネヴォイドは、僚騎を務めるカンプト少尉にそう念を押しつつ、新たなマスタング目掛けてワイバーンを進ませる。
そのマスタング2機は、右に反転しようとしている。
距離は800レリンク(1600メートル)程だが、全速力で突っ込むワイバーン2騎は、即座に距離を詰めていく。
マスタングはネヴォイドのペアに気付くや、機首を向けて増速し始める。

「一旦下降だ!」

ネヴォイドはそう叫び、ワイバーンが急に下降を始める。
2騎のワイバーンは下降したが、その時、彼我の距離は300レリンク程にまで縮まっていた。
マスタング側からすれば、狙いをワイバーンに定め始めたところに、そのワイバーンが目の前から消えた格好になる。
数秒ほど下降したネヴォイドは、今度は急上昇を命じ、相棒がそれに応えて体をくねらせ、瞬時に上昇をへと移る。

(相手がベテランなら、この方法はすぐに見破られる。さて、どうなるか!)

彼は心中で呟き、急上昇の圧力に顔を歪めながらも、マスタングに視線を向ける。
目標のマスタングは思いのほか動きが鈍く、ようやく機体を左に旋回下降させようとしていた。

ネヴォイドの口角が吊り上がる。
マスタングのパイロットがネヴォイド達に顔を向けるのが見えたが、その頃には、ワイバーン2騎は射撃位置についていた。
ワイバーンは、マスタングの左側面に光弾を撃ち込む形となった。
マスタングが不意に機体の角度を傾けた事もあり、光弾は被弾面積を増大させた敵機に容赦なく突き刺さった。
敵機の両主翼や胴体に次々と命中し、特に左主翼部分には多数の光弾が叩き込まれた。
防弾装備の充実した米軍機とはいえ、一定箇所に光弾を受け続けて耐えられる筈がなかった。
左主翼から紅蓮の炎が噴き出したマスタングは、断末魔の様相を呈しながら急激に高度を下げていく。

「1機撃墜!次だ!」

ネヴォイドは次の目標を、マスタングの2番機に定め、即座に光弾を放つ。
しかし、2番機は1番機と比べて幾分反応が速かった。
ワイバーン2騎が放つ光弾の弾幕を、機首を急激に下げることで回避しようとした。
全部をかわすことは出来ず、数発が胴体や右主翼に突き刺さったように見えるが、マスタングは気にすることなく急降下に移った。

「クソ!」

ネヴォイドは舌打ちしながら、逃げに入ったマスタングを睨み付ける。
米軍機が急降下に入れば、追撃することはほぼ不可能である。
ワイバーンの急降下性能では米軍機に追いつけないからだ。
ネヴォイドの操る85年型汎用ワイバーンは、開戦時のワイバーンと比べて速度性能は大幅に改良されているが、それでもマスタングやサンダーボルトといった米軍機の急降下性能には及ばない。
追撃が全く出来ないわけではないが、敵機は350グレル(700キロ)ほどの速度で下っていくため、ワイバーンでは追いつくどころか、徐々に離されていくのが現状だ。

「不毛な事はやらん。次の目標を探すぞ!」

ネヴォイドは逃げ散る敵は放っておき、次の敵を探す事にした。

第1中隊10騎、第2中隊12騎のワイバーン群に対し、向かってきたマスタングは38機にも上ったが、第1、第2中隊の各騎は数の差に怯む事無く空中戦を続けた。
最初の正面攻撃を終えた後は、彼我入り乱れての乱戦となる。

反転したワイバーンが飛び去ったマスタングに追い縋る。
上手い具合に背後を取ったワイバーンのあるペアは、不覚を取ったマスタングの背後目掛けて光弾のつるべ撃ちを放った。
たちまち胴体や主翼に被弾し、痛々しい弾痕を穿たれたマスタングが黒煙を吐きながら墜落する。
その横合いに別のマスタングが突っかかり、ワイバーンのペアに12.7ミリ弾のシャワーを浴びせた。
防御魔法が起動し、殺到する機銃弾を悉く弾き飛ばすが、2番騎の防御魔法が耐用限界を迎えたため、一際大きな輝きを発した。
直後、横合いから複数の機銃弾に貫かれ、竜騎士共々射殺された。
撃墜された2番騎を悼む暇もなく、1番騎は別のマスタングの攻撃をかわし、隙あらば背後を取って光弾を浴びせる。
しかし、1騎のワイバーンに対し、4機のマスタングが断続的に攻撃を行ったため、しまいには下方からマスタングが放った機銃弾をまともに受け、致命傷を負って真っ逆さまに墜落していく。
第1、第2中隊は数の差に幾分押され気味になりつつあったが、その事は想定内であった。

「第3、第4中隊、爆撃機群に取り付きます!」

新たなマスタングと格闘戦を行うネヴォイドは、その最中に入ってきた魔法通信を聞くなり、緊張で張り付いた表情を微かに緩ませた。

「いいぞ!計画通りだ!」

この時、第3中隊、第4中隊のワイバーン16騎は、敵爆撃機群の右上方より接近していた。
爆撃機の周囲についていた10機ほどのマスタングがワイバーンに立ち向かい、空戦に引きずり込もうとする。
だが、16騎のワイバーンはマスタングと短い正面攻撃を行っただけで、あとは猛然と爆撃機群に迫った。
ミッチェルの胴体上方と側面部に取り付けられた機銃が銃身をワイバーンに向けられ、機銃弾が放たれる。
ワイバーンは体をくねらせ、または横滑りさせる等して機銃弾をかわしていく。
48機のミッチェルが放つ弾幕は、なかなかに凄まじい物があるが、ワイバーンが常用している防御結界は、それが無駄な努力と嘲笑するかのように、明滅しながら機銃弾を弾き飛ばし、瞬時に射点へ辿り着いた。
ワイバーンの光弾が、編隊の一番外側を飛行するミッチェルに叩き込まれる。
光弾が主翼の外板に突き刺さり、キラキラと光る破片が大空に吹き荒ぶ。
カモとされたミッチェルに1番騎、2番騎、3番騎と、光弾が次々と注がれ、被弾数が増していくが、流石は防御力に定評のあるミッチェルだ。
多量の光弾を叩き込まれても墜落する気配がない。
だが、操縦席に光弾が注がれてからは、状況が一変する。
直後、ミッチェルが大きく動揺し、右に機体を傾けながら編隊から離れ始めた。

第7航空軍第451爆撃航空師団第621爆撃航空団に属する第601爆撃航空群のB-25H48機は、横合いからワイバーンの襲撃に遭い、今しも1機のB-25が撃墜されようとしていた。

「81飛行隊の5番機が被弾!墜落していきます!」
「クソ!マスタングの連中は何やってやがる!」

第601爆撃航空群第92飛行隊の指揮官であるカディス・ヘンリー少佐は、不甲斐ない味方戦闘機を呪った。

「アリューシャンからこの前線に転戦して、最初の戦闘でこの有様とはな!」

ヘンリー少佐は怒りの余り、操縦桿を思い切り握り締めた。
第7航空軍は、元々はアリューシャン列島防衛の戦力として、1943年2月からアリューシャン列島ならびに、アラスカ島に主戦力を常駐させていたが、1945年9月には北大陸戦線への異動が決まり、新設された第9航空軍と交代する形でアリューシャン、アラスカ島から離れた。
第7航空軍の前線到着は昨年の12月末であったが、既に敵の反攻が失敗に終わり、大勢も決した事もあって、第7航空軍の出番はなかった。
それから今日までは、ひたすら訓練に明け暮れていた。
他の味方航空部隊が前線で次々と戦果を挙げる中、第7航空軍の将兵は悶々とした日々を過ごしたが、今日の作戦が伝えられると、彼らの士気は高まった。
ヘンリー少佐は、必ずや敵の前線陣地に爆弾を叩き込み、搭載してきた機銃弾や75ミリ砲弾を1発残らず撃ち込んでやると意気込んだが、その初戦で味方はまずい戦をしつつあった。

「マスタングの連中、半分以上が経験未熟なパイロットですからな。なんとなく予想はしてましたが、まさか当たるとはねぇ」

副操縦士のコリアン系アメリカ人であるブン・ジョントゥル中尉が苦り切った口調でヘンリー少佐に言う。
ヘンリー少佐もジョンケイド中尉も、第7航空軍に属するまでは別の部隊でB-25に乗り続けてきた猛者である。
出撃前、マスタングのパイロットたちをひとしきり見回したが、前線で戦い通した熟練者と比べると、明らかに不安があった。
601BG(爆撃航空群)の護衛には60機のP-51が当たり、その半数以上が制空隊として敵ワイバーンと戦い、残りが爆撃機の周囲に張り付いて突破してくるワイバーンを食い止めるはずであったが、それが失敗した事は明白だ。
B-25への攻撃を終え、一旦距離を置くワイバーンに他のP-51が追い縋るが、そこの空域に護衛機は居なくなり、がら空きとなる。
そこを別のワイバーンが衝いて、猛スピードで爆撃機に肉薄し、光弾を叩き込んでいく。
コンバットボックスを組んだ爆撃機編隊も弾幕射撃で対抗するが、B-25はB-24やB-17のように多くの機銃を搭載してはいないため、打ち出す弾の数はどうしても少なくなる。

「81飛行隊3番機被弾!編隊から落伍します!」
「191飛行隊に向けて新たなワイバーンが接近!新手です!」
「あ、護衛機が1機やられたぞ!」

レシーバーに刻々と戦況が伝えられて来るが、どれもこれもが凶報であるため、ヘンリー少佐は心の底から不快であった。

「ええい!何かいい報告はないのか!?」
「味方戦闘機、新手のワイバーンに向かいます!敵騎の数、約20!」
「指揮官騎より各機に告ぐ!編隊を密にせよ!繰り返す、編隊を密にせよ!」

601BGの指揮官騎より、所属する3飛行隊各機に命令が下される。

「そんな事は分かってるわ!それより、味方のマスタングは何をしてるんだ!?」
「敵ワイバーンを追い掛けてますな」

ジョントゥル中尉が眉を顰めながら、機首の右側に向けて顎をしゃくった。
先に攻撃してきたワイバーンと、マスタングが空戦をしている様が見て取れる。
格闘戦に誘い込もうとするワイバーンに対し、マスタングは本国で教えられた通り、一撃離脱戦法に徹して空戦を進めているようだ。
だが、それは同時に、与えられていた護衛任務をすっぽかして敵を落とす事のみに集中している証だ。

「ヒヨッコ共が!頭に血が上って護衛任務のやり方を忘れてやがる!帰ったら連中を一人残らずぶん殴ってやるぞ!」
「一応、全部のマスタングが編隊から離れている訳では無いですな」

ジョントゥル中尉は、B-25の付近に展開したまま、ジグザグ飛行を続ける5,6機のP-51を指さした。

「いい奴らだ。これからも上手くやって行けるだろうさ」

ヘンリーは微かに笑みを浮かべ、命令を遵守したマスタングに心中で感謝の言葉を贈る。

「敵ワイバーン、191飛行隊に突っ込みます!数は10騎!」
「了解!」

新たな報告を耳にしたヘンリーは、一言だけ返してから現在地を確認する。
現在、601BGは目標であるドムスクルまで40マイルの地点に到達しつつあった。
今は200マイル(320キロ)の速度で飛行しているため、30分以内には目標である敵の野戦陣地を攻撃できるであろう。
しかし、敵ワイバーンの迎撃は熾烈だ。
昨年の一連の戦闘で、シホールアンル帝国軍は正面の航空戦力を大量に損失した他、後方地域にあった予備航空戦力も、海軍が首都近郊へ不意打ちを掛けたため保有数が払底し、航空戦力は壊滅した思われていた。
このため、今日の出撃では、シホールアンル航空部隊の反撃は少ないであろうと予測がされていた。
ところが、現実はこの有様だ。
敵は後方地域から残っていた航空戦力をかき集め、惜しげもなく前線に投入してきている。
負け戦にあっても、一歩も引こうとしない敵航空部隊の信念は、敵ながら見上げた物だと、ヘンリーは素直に評価していた。

「191飛行隊に被弾機あり!あっ、指揮官機です!指揮官機被弾!!」
「なんだって……指揮官機がやられただと!?」

ヘンリーは思わずギョッとなり、191飛行隊が飛んでいるであろう、左側の空域に顔を向ける。
ヘンリー機からはうっすらとだが、191飛行隊の先頭を行くB-25が、左右のエンジンから紅蓮の炎と黒煙を吹きながら、機首を下に墜落していく様子が見て取れた。

「くそ、ゼルゲイ……!」

ヘンリーは歯噛みしながら、指揮官騎を操縦していたパイロットの名前を呟いた。
191飛行隊の指揮官であるヒョードル・ゼルゲイ少佐は、ロシア系アメリカ人の出であり、ロシア人らしい濃い顎髭と堂々たる巨躯、それに似合わず、繊細な飛行を行うことで有名なベテランパイロットであった。
ゼルゲイ少佐とは大して面識が無かったが、年末の宴会で話したときはその人懐っこい性格から、ヘンリーも付き合っていて面白いパイロットであると思った。
年末のパーティーでゼルゲイと意気投合したヘンリーは、楽し気に会話を交わした物だったが……

「ホント、いい奴から居なくなっちまう」

ヘンリーは幾分意気消沈したが、任務中という事もあり、すぐに我に返る。

「護衛のマスタングより緊急信!新たな敵編隊接近中!敵編隊の一部にはケルフェラクも含む模様!」
「畜生!連中総出で殴りに来たぞ……!」

彼は忌々し気に愚痴を吐いた。
直後、レシーバーに切迫した声が響いた。

「右上方より敵ワイバーン4騎!こっちに向かってきます!!」

それは、胴体上方の旋回機銃手の声だった。

「こっちにだと!?機銃手、野郎をぶち落とせ!」
「言われなくてもやりますぜ!」

レシーバーに威勢の良い返事が響く。
胴体上部機銃を任されているウィジー・コルスト軍曹は、12.7ミリ連装機銃を下降しつつあるワイバーンに向けた。
敵は緩降下しながら急速に向かいつつある。
彼はワイバーンの1番騎に照準を合わせ、距離800で機銃を発射した。
2本の銃身から機銃弾が放たれ、曳光弾が敵ワイバーンに注がれていく。
ワイバーンは体をくねらせたり、ロールを行いながら機銃弾をかわそうとする。
そのトリッキーな機動は、米軍機では絶対に真似できない代物だ。

「いつもながら、気持ち悪い動きを見せやがるぜ!このゴキブリが!!」

コルストはワイバーンに罵声を放ちつつも、敵の未来位置を予測して機銃を発射し続ける。
だが、敵の細かい動きに対応しきれず、弾が当たらない。

「ファック!この機にもB-29に積まれている遠隔機銃が付いていれば、少しはマシになると言うのに!」

B-25に搭載されている旋回機銃は、目視照準で敵に狙いを定めて発砲を行うが、B-29には遠隔装置式で、照準器に敵の未来位置を予測して射撃を行える新型の機銃が搭載されている。
この新開発の機銃は、従来の旋回機銃と比べて格段に操作性が良い上に、複雑な動きをするワイバーン相手でも命中弾が出やすく、経験の未熟な機銃手でも1ヶ月半ほどの訓練を積めばそれなりに扱うことができるため、故障が多い事を除けば敵の迎撃がやりやすい傑作機銃と言えた。
このため、B-29や、最新鋭のB-36以外の爆撃機は、肉眼で敵を見据えながら、難しいワイバーン迎撃をこなすしかなかった。

敵1番騎との距離はあっという間に縮まり、距離200メートルまで迫ると、ワイバーンが大きな口を開いた。
コルストは、その口に機銃弾を食らわせようとし、12.7ミリ弾を発射し続ける。
ワイバーンも光弾を発射し、緑色の輝く光弾が機体目掛けて降り注いできた。
けたたましい機銃の発射音と共に、足元に太い50口径弾の薬莢が断続的に落下して金属的な音が鳴り響く。
その直後、機体に光弾が突き刺さり、不快気な音と共に機体が振動で揺れ動く。
コルストは、1番騎に注いだ機銃弾が外れ、1番騎が下方に飛び去って行くのを横目で見つつ、新たに2番騎へ機銃を向けて、発砲を再開する。
2番騎に夥しい数の機銃弾が注がれるが、2番騎もまた、トリッキーな機動で機銃弾をかわす。
だが、その未来位置を見計らったかのように、右側法の銃座から放たれた射弾が、上手い具合にワイバーンの横腹を抉った。
短時間で多数の機銃弾を横腹に受けたワイバーンは、断末魔の叫びを発し、横腹から出血しながら、真っ逆さまになって墜落していった。

「ハッ!思い知ったかクソが!!」

コルストは、撃墜されたワイバーンに悪態をつきながら、続けて突進してくる3,4番騎に機銃を向け、発砲を開始した。
ワイバーン3,4番騎に対して、多数の機銃弾が注がれるが、この敵ワイバーンは怖気づいたのか、400メートルから300程の距離でひとしきり光弾を撃ちまくると、そそくさと下方に向けて飛び去って行った。
この射弾も敵の狙いが甘かった事もあり、2発が胴体部に命中しただけで大半は機体を逸れていった。

ヘンリー機は10発ほどの敵弾を受けたが、当たり所が良かったせいもあり、機体は快調に動き続けていたが、状況は悪くなる一方だ。

「敵の新手、更に接近中!」
「制空隊は何している!敵のワイバーンを殲滅できんのか!?」
「は……何騎かは撃墜したようですが、敵も今だに士気旺盛で、依然として制空隊と空戦中の模様です」
「ええい、こっちの増援はどうしたんだ?」
「その点に関しては、まだ何とも……」
「チッ!第一波の俺達が貧乏くじを引かされる形になるか……!」

ヘンリーは、護衛のP-51隊の指揮官に忌々し気にそう吐き捨ててから、一旦通信を終える。

「今日だけで、第7航空軍500機以上の攻撃隊を差し向けるが、敵の出方からして、第一波の俺たちはまだまだ叩かれ続けることになりそうだ」
「代わりに、第二波、第三波の連中は悠々と敵陣を爆撃できるって事ですかな」
「そうなるかもしれん」

ジョントゥルの皮肉気な言葉に、ヘンリーは自嘲めいた声音で相槌を打った。

状況は悪い。
601BGのB-25のうち、一体何機が、復仇の念に燃える敵の猛攻の前に生き残れるのか。
次は燃えるのは自分か。
はたまた、隣を飛行する僚機なのか……
そんな憂鬱めいた空気がB-25編隊の中に流れ、唐突の味方編隊出現の方を聞いた時は、誰もが無反応なままであった。

戦場に到達した時、先行していた味方の戦爆連合編隊は、敵航空部隊の予想を超える抵抗の前に苦戦を強いられており、その状況は、高度8000を行く彼らからも把握する事ができた。

「こちらホワイトスターリーダー。爆撃機編隊の指揮官騎へ。聞こえたら返事をしてくれ。応援に来たぞ!」

彼は、無線機越しにB-25編隊の指揮官騎を呼び出した。

「こちら601BGの指揮官、ラパス・ホルストン大佐だ。応援に来てくれたか!感謝するぞ!!」
「遅れて申し訳ありません。今から援護に向かいます!」
「君達は今どこにいる……あぁ……そんな所にいたのか……!」
「そちらの周囲に張り付いているワイバーンは、P-51がどうにか食い止めているようですが、貴編隊10時方向より敵の密集編隊が迫りつつあります。我々はそちらを叩きたいが、大佐はどこを叩いてもらいたいと思われますか?」

無線機の向こうにいるホルストン大佐はしばし黙考したが、強い口調で決断を下した。

「10時方向の新手を迎撃してくれ!こっちに取り付いている敵ワイバーンはこちらで何とかしよう」
「了解!敵の新手に向かいます!」

彼はそう告げると、指揮下の各飛行隊に命令を下す。

「よく聞け!これより、B-25編隊に向かいつつある敵の新手に向かう!この機体に乗っての初の実戦だ。ヘマするなよ!」
「「了解!!」」
「よし、各機、俺に続け!」

彼……第74戦闘航空師団第712戦闘航空団所属の第551戦闘航空群指揮官を務めるリチャード・ボング中佐は、愛機を緩やかに左旋回させ、目標となる敵編隊の上方に付こうとしていた。
ボング中佐は、新しい愛機の発する強烈なエンジン音にこれまでに無い頼もしさを感じる。

「この機種には一度、事故で殺されかけたが……手懐ければこれほど凄い奴は居ないな」

ボング中佐は、本国勤務時に起きた出来事を思い出しつつも、自信ありげな表情を浮かべた。
愛機の速度計は600キロどころか、700キロを軽く超え、800キロに迫ろうとしている。
今までのアメリカ軍機ではあり得ない速度だ。
だが、彼が乗る機体なら、これぐらいの速度は軽々と出す事が出来る。
いや、800キロどころか、それ以上のスピードを出す事も可能である。

程なくして、ボング中佐の指揮する戦闘機隊は、敵編隊の上方に到達し、機体の右下から敵編隊を見下ろす形になった。

「全機、ドロップタンクを投棄。突っ込むぞ!」

ボング中佐は短くそう言うと、両翼についていた予備の燃料タンクを投棄し、愛機を右旋回させつつ急降下に入った。
プロペラ機とは全く異なる、金切り音を強くしたようなエンジン音が更に高くなり、スピード計は更に上昇を始める。
800キロすらも優に超えてしまうどころか、900キロ台にすら到達し、そして更にスピードが上がる。
急降下のGで体がシートに押さえつけられてしまうが、ボングはそれを気にすることなく、眼前の敵編隊に視線を集中する。
敵との距離は、文字通り、あっという間に縮まってしまった。
彼は短いながらも、敵編隊の最先頭を行くワイバーンに照準を合わせた。
ワイバーン編隊は反応は、何故か鈍い。

(フッ。それも当然だな!)

彼は心中でそう思い、いまだに相対できないままのワイバーンに向けて、機首に搭載されたの12.7ミリ機銃を猛然と撃ち放った。
機首に集中して6門配備されている為か、機銃の曳光弾はまるで、一本の太い棒のように見えた。
射撃の機会は2秒ほどしかなく、すぐに敵機の姿が後方へと消えてしまう。
10秒ほど下降してから、ボングは操縦桿をゆっくりと引いて旋回上昇に入る。

「各機、最初の攻撃が終わった後はペアに別れて動け!良い狩りを期待する!」

ボングは970キロから、700キロ程に速度を落としながら旋回上昇を続ける。
各機に指示を伝えつつ、今しがた攻撃した敵編隊を見据え続けた。

敵編隊は、ボングの率いる戦闘機隊が攻撃したため、大きく隊形を崩し、墜落し始めている敵も5、6騎ほど確認できた。

「ようし!P-80の最初の攻撃は成功したようだな!」

ボングは最初の攻撃で敵を撃墜した事に、心の底から満足感を覚えた。


ボング中佐の操る戦闘機の名は、P-80Aシューティングスター。


アメリカが開発した、合衆国軍最新鋭にして、世界初のジェット戦闘機である。

P-80シューティングスターは、アメリカのロッキード社で開発された。
初飛行は1944年9月25日に行われ、その日から各種のテストと量産型へ向けた更なる開発がすすめられた。
前線部隊への配備は1945年11月に、アリューシャン・アラスカから前線に移動中であった第7航空軍の部隊に組み込まれる形で進められ、45年12月末には、48機のP-80が配備を終え、今日まで出撃の機会を待ち続けていた。
P-80シューティングスターの性能は、従来のプロペラ戦闘機と比べて速度や高空性能が格段に向上した等、様々な面で特徴付けられている。
機体の性能は、全長10.5メートル、全幅11.81メートル、機体重量は無装備状態で約4トン、燃料や弾薬を搭載した場合は7.6トンとなっている。
同じ陸軍航空隊に属しているP-51と比較すると、サイズは若干大きいぐらいだが、重量自体はP-51よりも幾分重く、重戦闘機であるP-47と遜色ない重さだ。
この重い機体を、アリソン社製のJ33-A-35ターボジェットエンジンが動かし、その最大速力は970キロにも上る。

機体の外観は流線形を多用した事もあり、全体的にスッキリと引き絞られたような形をしている。
F6FやP-47等の武骨なフォルムが、米軍機のイメージとして浮かびやすいとされているが、P-80はどことなく、P-51のような優美さを連想させる姿となっている。
この機体に搭載される武装は、12.7ミリ機銃が機首に6丁集中配備されており、機銃を発射する時は敵に対して、点を穿つような格好になるため、射撃スタイルはP-38を思わせる形となっている。
この他にも、外装として1トンまでの爆弾、またはロケット弾が10発、あるいは12発搭載でき、地上攻撃にも対応できるよう設計されている。
P-80の性能はまさに、新時代の戦闘機と言っても過言ではない物であるが、P-80もまた、新兵器に付き物である各種の不具合に悩まされている。
特に、P-80を最も特徴付けているアリソン社製のターボジェットエンジンは故障が多く、配備直前までは四苦八苦しながら問題解決に当たっていた。

551FG(戦闘航空群)を束ねるボング中佐も、テストパイロットとしてP-80を操縦中にエンジントラブルに見舞われ、九死に一生を得たほどだ。
とはいえ、前線部隊に配備後は、ターボジェットエンジンの不具合も改善されつつあり、稼働率は高いレベルを維持し続けている。
今回は初の実戦参加という事もあって、整備員達の努力の甲斐もあり、全機が戦場に向けて出撃できた。

アメリカ陸軍航空隊の期待を背負って出撃したP-80は、その期待に応えるべく、圧倒的な速度差を活かしてシホールアンル軍のワイバーンを
次々と撃墜したのである。

ボングは次の目標を、編隊の最後尾を行く3機編隊に定めた。

「敵はワイバーンの他に、ケルフェラクも引き連れていたか」

彼は幾分、苦みの混じった口調で呟く。
前線でP-38に乗っていた時は、ワイバーンよりもケルフェラクの方に何度も煮え湯を飲まされていた。
一撃離脱戦法をメインとするP-38は、ワイバーンを襲った後にそのまま急降下してしまえば、敵は追いつけずに諦めていくので楽だった。
だが、ケルフェラクは機体自体の性能もよく、頑丈であるため、一度離脱に掛かろうとしても追い縋ってくるのだ。
急降下性能も優秀なケルフェラクは、P-38に追いつく事も多々あるため、逃げ切れずに光弾を浴びせられ、撃墜された機は多い。
ボングも過去に、ケルフェラクとの空戦中に死にかけた事があるため、ケルフェラクに対する敵愾心は強かった。

「次の目標は、2時方向上方にいるケルフェラクだ。ついて来い!」

ボングは、僚機にそう命じると、増速してケルフェラクに向かった。
エンジンの出力が再び上がり、甲高い金属音が唸りをあげてスピードが増していく。
ケルフェラクとの距離は急速に縮まり、距離500で機銃の発射を行おうとした。
だが、ケルフェラクはP-80の接近に気付き、すぐさま散会して狙いを外した。

「チッ!勘のいい奴だ!」

ボングを舌打ちしつつ、ケルフェラクの下方を通過した。
ケルフェラクは、背後を見せたP-80に光弾を放ってきたが、コクピットからは、右側に大きく光弾が外れていくのが見えた。
P-80は800キロ以上の猛速で離脱していたため、狙いがつけ辛かったのだろう。
ボングはスピードを落とさぬまま、左旋回しながら次の射撃の機会を待つ。

従来機と比べて、速度が速い分、旋回半径は大きい。
速度が速く、旋回性能も悪いとされるP-38ですら、P-80のように大回りする事はない。
だが、スピードが付いている為か、旋回を始めて回り切るまでの時間は思いのほか早かった。
ケルフェラクの方を見ると、ケルフェラクもまた旋回して背後を取ろうとしているのが見える。

「上昇するぞ!」

ボングは僚機に指示を飛ばすと同時に、愛機を猛スピードで上昇させた。
エンジン出力を最大にしたP-80は、900キロ以上の猛速で大空を駆け上がっていく。
高度計は5000、6000、7000、8000と、目まぐるしく変化する。
8500で上昇を止め、一旦水平飛行に移った。
ボングは右斜め後方に目を向けるが、目標としたケルフェラクは雲の向こうにいるため、姿を確認できない。

「あっさりと振り切ってしまって申し訳ない限りだ」

彼は愉快そうに呟きつつ、機体を左旋回させ、ついでに降下に入った。
雲を突っ切ると、先程攻撃を加えたケルフェラクが飛行しているのが見えた。
散会したため、1機ずつバラバラに動いている。
ボングは、一番右側を行くケルフェラクに向けて突進した。
高度8000から一気に降下したP-80は、目標までの距離を瞬時に詰めていく。
ケルフェラクは、一度見失ったP-80が左上方に迫っていたことに気付き、慌てて右旋回に入ろうとした。
しかし、その時には、ケルフェラクの未来位置を予測したP-80が射弾を送り込んでいた。
2機のP-80が放った機銃弾は、過たずケルフェラクを撃ち抜き、致命傷を負ってしまった。
ケルフェラクが被弾し、機首から白煙を噴き上げると同時に、P-80は瞬時に下方に飛び去って行く。
まさに、電光石火の如き早業である。

「1機撃墜!やりました!」

僚機の弾んだ声がボングのレシーバーに響いた。

「了解!獲物はまだまだいる。燃料の続く限り攻撃するぞ!」

ボングは快活の良い口調で返しつつ、燃料計に視線を送る。
燃料は7割ほど残っていた。
P-80は、燃料消費がプロペラ機と比べて激しい。
航続距離は1900キロ程となっているのだが、空戦ともなると、ターボジェットエンジンは燃料をぐいぐいと消費してしまうため
実際の航続性能はカタログスペックよりも短い。
今のまま空戦を続けていれば、あと10分ほどで燃料は半分以下になってしまうだろう。
しかし、現在地は基地より200マイル(320キロ)しか離れていないため、余裕が無い訳ではない。

(まだまだやれる……)

ボングはそう確信し、次の獲物に向かうべく、愛機を増速させた。



ネヴォイド大尉は、唐突に表れた未知の戦闘機を見るなり、思考が完全に停止してしまった。

「な……何だ、あの早さは!?」

突然現れた6機の新手は、高空から飛行機雲を引いて悠々と飛んでいると思いきや、見た事のない猛スピードで空を駆け下り、あっという間に2騎のワイバーンを撃墜したのだ。
P-51との戦闘で7騎に減っていた第1中隊のワイバーンは、この短い攻撃で更に2騎を失ってしまった。
別のワイバーンが下降して追い縋ろうとしたが、その頃には、未知の敵機は遥か下方にまで下ってしまい、追撃すらできなかった。
それに加え、未知の新型機は今までに聞いた事のない音を轟かせている。
遠雷の如き轟音に誰もが度肝を抜かされた。

「早い、早すぎる……!それに、なんて爆音だ!」

ネヴォイドは敵の非常識とも思える早さと、耳の奥に捻じ込まれるような強烈な爆音に、自分が夢を見ているのではないかと疑った。
しかし、部下の報告を聞くと、彼は、今の光景が夢ではないと確信する。

「隊長!あの敵機の速度が速すぎます……あ、今度は下から来ます!こっちに来ます!!」
「迎撃しろ!体を敵に向けるんだ!」

ネヴォイドはすかさず指示を飛ばし、狙われている部下の小隊に迎撃するように伝える。

部下の率いる3騎のワイバーンは、急ターンで敵機に正面を向けるが、その直後に敵機から機銃弾が飛んできた。
ワイバーンは光弾を放つ直前に、敵に先手を打たれたのだ。
ワイバーンもまた光弾を放ったが、直後に小隊長騎が被弾し、次に3番騎も被弾する。
正面から竜騎士共々、致命傷を受けた2騎のワイバーンは、頭を下に高度を下げ始めるが、そこを敵機が猛速ですれ違っていく。
まるで、銀色の巨大な剣が、2騎のワイバーンに斬撃を与えたような光景であった。

「ああああ……なんて事だ……!」

ネヴォイドは、部下のあっけない死に様を見て、声を震わせる。
そして、悲報はさらに続く。

「あぐ……やられた……!誰か、第1中隊の指揮を……!」

魔法通信に悲鳴じみた甲高い声が鳴り響く。
未知の新型機は、あの6機以外にもいたのだ。

(第1、第2中隊はマスタングに加え、12機もの未知の新型機に襲われている!)

この瞬間、ネヴォイドは決断した。

「これより、このネヴォイド大尉が第1中隊の指揮を執る!第1、第2中隊はこれより撤退し、戦場を離脱する!第3、第4中隊も順次空戦域より撤退されたし!」


午前9時20分 ドムスクル近郊上空

ドムスクルへの銃爆撃を終えた601BGは、編隊を組み直しながら帰還の途についていた。

「味方機が上空を通過中。帰還する模様です」

コ・パイのジョントゥル中尉がヘンリー少佐にそう伝える。
上空を見つめると、高度7000で編隊を組んだP-80が南に向かっている様子が見て取れた。

「帰りも慌ただしい連中だな」
「しかし、P-80の参戦には驚きましたな。奴さん、まるで水を得た魚のように敵を落としまくってましたよ」
「初実戦だったから大暴れしたかったんだろう。俺としては、一方的にやられまくるシホット共に、半ば同情してしまったぞ」
「速度差があり過ぎますからね。あんだけ動き回れれば、後手後手になるのは致し方ない事です」

ジョントゥルの言葉に、ヘンリーは無言でうなずいた。

「しかし、あれが新時代の戦闘機の戦い方か……もはや、P-51やP-47も……いや、プロペラ機自体が時代遅れになってしまったな」

彼はそう呟くと同時に、どこか寂しいような思いも感じた。


この日の戦闘で、アメリカ軍は戦闘機、爆撃機合わせて29機の損失を出した。
29機のうち、戦闘機15機、爆撃機8機が空戦で失われ、爆撃機3機が対空砲火に撃墜され、残り3機は基地に帰還後、修復不能として廃棄処分された。

それに対して、シホールアンル側はワイバーン32騎、ケルフェラク12騎を喪失。
このうち、ワイバーン13騎とケルフェラク12騎は、P-80に撃墜されていた。
その一方で、P-80は1機が被弾し他のみで、被撃墜機はおろか、損失機すら無かった。

シホールアンル軍がようやく生み出した余剰戦力を投入して挑んだ航空反撃は、P-80シューティングスターという新型機の登場によって、初日から大苦戦を強いられる結果となった。

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