自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

070 第61話 霧の島

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第61話 霧の島

1483年(1943年)5月1日 アリューシャン列島ウラナスカ島

この日も、ウラナスカ島は霧に覆われていた。
ウラナスカ島ダッチハーバーにあるアメリカ北太平洋部隊司令部で、司令官であるロバート・ゴームリー中将は、
司令部の窓から港を見つめていた。

「今日も霧か、何度も思うが、本当にアリューシャンは霧の列島だな。」

彼は、参謀長のオットー・キャンベル大佐に向けて、神妙な顔つきでそう言った。

「アリューシャンは7月下旬まではほとんど冬同然の季節ですよ。年によって若干変わりはありますが、
自分としては霧に覆われている時間も、嫌いではありませんよ。」
「そうか。参謀長、確か君は出身地がこのウラナスカだそうだが。」
「はい。1年ほど前からこの司令部にいます。最初、転勤命令が出ると聞いた時には南大陸に飛ばされる
のかと思いましたが、まさか里帰りが出来るとは思っても見なかったですよ。」
「里帰りか、地元の君には持ってこいの命令だった訳か。しかし、北国出身ではない私には、いささか合わない気候だな。」

ゴームリー中将はそう言ってから苦笑した。
彼は、今年の1月から北太平洋部隊司令官に任じられた。
北太平洋部隊は、1月当時は戦艦ネヴァダ、オクラホマ。重巡洋艦チェスター、軽巡洋艦デトロイト、トレントン、
ラーレイ、オマハ、駆逐艦16隻で編成される第61任務部隊。
駆逐艦13隻を主軸とする第62任務部隊に、軽巡洋艦ラーレイ、シンシナティ、駆逐艦12隻を主軸とする第63任務部隊で編成されていた。
5月現在では、これらに護衛空母ブロックアイランド、サンガモン、バルチャー及び駆逐艦8隻の第64任務部隊。
新鋭のガトー級潜水艦も交えた16隻の潜水艦で編成される第68任務部隊も加わっている。
これとは別に、6月に実戦配備予定の正規空母フランクリンが、軽空母プリンストン、軽巡1隻と駆逐艦4隻を引き連れて
キスカ島の周辺で訓練を行っている。

北太平洋部隊の総兵力は、戦艦2、護衛空母3、巡洋艦7、駆逐艦49隻、潜水艦16隻というかなりの規模である。
しかし、その中身は堂々たる大艦隊とは言えない。
2隻の戦艦は低速の旧式戦艦であるが、この2戦艦は改装を受けて対空火力を強化しており、元々頑丈な艦であるため充分な戦力である。
しかし、巡洋艦に関しては、重巡のチェスターが条約型巡洋艦の古い部類に入る艦であり、オマハ級6隻にいたっては、
あまりにも旧式なため、敵の艦隊がやって来れば阻止できるかが疑わしい。
駆逐艦はリバモア級やクレイブン級、新鋭のフレッチャー級も配備されているが、空母3隻は大量建造の護衛空母であり、
搭載機数は3艦合わせても、シホールアンル側のクァーラルド級1隻分しかない。
しかし、防衛兵力は海軍の北太平洋部隊のみならず、陸軍や海兵隊も送り込んでいる。
陸軍は、アリューシャン列島の最西端、シホールアンル領土より約1700キロしか離れていないアッツ島やキスカ島に、
合計で300機の作戦機を置いており、3月からは海兵隊や海軍航空隊も、アッツ、キスカ、それにアムチトカ島に飛行場を建設し、
そこに水上機、陸上機を含める94機の航空部隊が配備され、それらが常時、シホールアンルの脅威に備えている。
根拠地であるウラナスカ島には、陸軍第7航空軍の作戦機64機、海兵隊航空隊の航空機92機に水上機28機が駐留し、
これらもまた、シホールアンル側の侵攻に備えていた。
「しかし、シホールアンルに一番近いと言われたアリューシャンも、本当にのどかな物だな。最前線基地となるアッツ島からの定時連絡は、
相変わらず異常なし。いざとなれば、急場に駆けつけて、侵攻して来た敵艦隊に立ち向かう第6艦隊の艦艇も、今では定期的にアッツ島や
キスカ島の周辺海域を巡り、任務が終わればこうして、港にデンと居座っている。参謀長」

ゴームリーはキャンベル大佐に体を向けた。

「南では、ニミッツ提督の南太平洋部隊が果敢な戦いを繰り広げている。しかし、同じ太平洋艦隊所属の私達は、
こうして平和を過ごしている。これも、戦争というものなのかな?」

突然の質問に、キャンベル大佐はしばらく黙った。
やや思案してから、彼はゴームリー中将に答えた。

「恐らくそうでしょう。確かに、今は平和なアリューシャンですが、この霧の列島は合衆国の領土です。そして、ここに配備された
戦力は、少なくともシホールアンル本国にとって喉元に匕首を突き付けられた格好になるでしょう。太平洋艦隊情報部からでは、
シホールアンル側は首都防衛に南大陸に派遣予定の航空部隊や地上部隊のいくらかを回しているようです。この事からして、
我々は動かずとも、敵の派遣戦力を減少させている事から、我々の存在意義は十二分にあるかと思います。戦うのも戦争。
されど、待ち続けるのも、また戦争なのです。」

「待ち続けるのも戦争か・・・・・・なるほど。」

キャンベル大佐の言葉に、ゴームリー中将は満足したように頷いた。

「納得の行く言葉だ。見事な物だ。」
「恐縮であります。」

「何、そう固く並んでも良いさ。動かずとも、敵に圧力を加えていると考えればいくらか気分は楽になったよ。どうせなら、
このアリューシャンにも幾らか新型機を配備して、敵に脅しをかければ良いかも知れん。新型機はほとんどが南太平洋部隊に
配備されているからな。おっ、そういえば・・・・・」

ゴームリー中将は何かを思い出したのか、しばらく考え込んだ後、キャンベル大佐に聞いた。

「ブリュースターの新鋭機がアムチトカに試験配備されたそうだが、今の所どうなっているかね?」
「ハイライダーの事ですね。アムチトカからは、霧の合間を縫って訓練飛行を行っているようですよ。今の所、機体には異常は無いとのことです。」
「ふむ。しかし、合衆国海軍が、まさか偵察専門の艦載機を開発するとはなあ。」

ゴームリー中将は、どこか感心したような口調でキャンベル大佐に言った。


5月6日 午前7時 アリューシャン列島アムチトカ島

この日、アムチトカ島の天気は、5月にしては珍しく晴れであった。それでも、北国であるアムチトカの気温は氷点下を下回っている。
そのアムチトカに建設された飛行場には、陸軍及び海兵隊、並びに海軍の航空部隊が駐屯している。
その中でも、最近からやって来たある飛行機が、他の飛行機乗りや基地隊員たちの注目を浴びていた。
その機体に、2名の飛行服をつけた男と、1名の整備員らしき男が近寄っていた。

「機長、相変わらず注目の的ですな。」

いつも後部座席に座るハワード・バージニア1等兵曹が、機長であるアルバ・パイル中尉に言った。

「珍しい機体だからなあ。アメリカが作った航空機しては、アメリカらしさが欠けているからなあ。」

彼は、愛機である目の前の単発機。
正式名称S1A“ハイライダー”を見つめた。
このハイライダーと呼ばれる機体は、胴体が長く、それでいて機体自体は洗練されており、機首は太いであるが、
全体的にアメリカ機らしからぬ優美な感がある。
この機体の緒元性能は、全長が12メートル、幅が14.2メートルで、重量は3.7トンと、艦載機にしては大型である。
(アベンジャーやヘルダイバーよりは少し小さい)
その機体に搭載されるエンジンは、プラットアンドホイットニー社製のR2800-10空冷18気筒2000馬力エンジンであり、
このエンジンによって、ハイライダーは時速420マイル(656キロ)の高速を出せる事が出来る。
機体の外板を繋ぎ止めるボルトにはこれまでのボルトと異なり、ボルトの先端が表面に出ない沈頭鋲が採用されている。
コクピットの風防ガラスは、従来の航空機よりも更に流線型の涙的型が採用され、少しでも空気抵抗を減らすための工夫が凝らされている。
特筆すべきはこの機の航続距離で、ハイライダーはドロップタンク無しで2500キロ、ドロップタンク装着時には3700キロという
長大な物であり、アメリカ軍の単発機としてはかなりの航続力を持つ。
又、運動性能も良好であり、本国での試験飛行ではF4Fを格闘戦で追い詰めた事もある。
問題は、防御がアメリカ機にしては少し納得がいかぬ状態であるのだが、この問題に関しては、以降の量産機で追々解決される見込みだ。
主翼は、空母艦載機として運用される予定で開発された機体であるから、ドーントレスと同様な折りたたみ式が採用されており、
格納庫のスペースも確保出来るようになっている。
自衛武器は、主翼に12.7ミリ機銃を計2丁積んでおり、いざとなった時はこの機銃を活用して窮地を脱する。
偵察機としては最高位に値する機体である。

どうして、ブリュースター社がこのハイライダーを作ったのか。
話は転移前に遡る。
アメリカ海軍上層部は、自らの保有する索敵機の性能に満足していなかった。
アメリカ海軍の代表的な飛行艇で、戦後、南北大陸やレーフェイルの一部に運用されたPBYカタリナ飛行艇は、
その安定性と航続性能の良さでたちまち人気のある機種となった。

目線を艦上機に向ければ、採用されたばかりのSBDドーントレスや、採用予定のTBFアベンジャーは、索敵にも使える
優秀な航空機であり、現に転移後に起きた数々の海空戦では、ドーントレス、アベンジャーの活躍に負うところが大きかった。
だが、これらの機体は優秀ではあるが、共通する欠点があった。
それは、速度が遅い事である。
アメリカが参戦を予定していたドイツ、イタリア等の枢軸国は、いずれも500キロ、または600キロオーバーのスピードを
持つ戦闘機を配備していた。
これに対し、アメリカ海軍は、カタリナの最高速度は300キロ未満。ドーントレスやアベンジャーも、400キロを少し
ばかり超えるぐらいであった。
索敵行は、一見暇ながらも、重要な任務ではあるが、それは同時に、単機で敵の待ち構える死地に飛び込んで行くことでもある。
転移前の欧州戦争でも、太平洋反対側の日ソ戦争でも、速力の低い索敵機が、高速の戦闘機に食われる事は何度もあり、アメリカも
転移後の海空戦で何機もの偵察機を、敵地で失っていた。

「敵地に向かう索敵機も、満足の行く性能を持つ機体を作ってはどうか?」

こう発言したのは技師長のデートン・ブラウンであり、時に1941年2月3日の事である。
その言葉が海軍航空隊の指揮官に、そして軍上層部に届くまでに要した時間は、僅か1週間足らずであった。
3月。軍上層部は、ブリュースター社を始めに、チャンスヴォート社、グラマン社、ノースアメリカン社、ロッキード社に
新型艦上偵察機の製作を依頼した。
それから1年後。開発競争の末に新型艦上偵察機の量産権を手にしたのは、一番初めにXS1案を提出したブリュースター社だった。
各航空会社の案も、悪くは無かったのだが、決め手となったのは速力と、航続性能であった。
XS1Aの開発を手掛けたのは、技師長のデートン・ブラウンの他に、新人の技師である男女7名も参加し、彼らがXS1Aを設計し、
その設計図を元に試作機が作られた。
そして、試作機が出したその性能が、海軍上層部の注目を集め、ブリュースターの新型機採用を決めたのである。
試験飛行では、速度630キロ、航続距離2400キロという卓越した性能を見せている。
そして、それを基に作られた新たな試作機が、パイル中尉の操るハイライダーである。
この試作機は、寒冷地の作戦行動にどれぐらい耐えられるかを試験するために製作された機体で、各部品のオイルには、
新開発の不凍液が使用されている。
アリューシャン列島にハイライダーがやって来たのは、寒冷地での飛行能力を確かめるためで、2人のパイロットは細かい
異常があれば、帰還時にメモに書き写し、ブリュースター社の技師や整備員達と話し合った。

そのテスト飛行も、今日で5回目を迎えた。

「今日のテストは、洋上偵察飛行です。ハイライダーは艦上偵察機として作成されていますから、敵の艦隊を見つける
つもりで遠距離飛行を行います。」

ブリュースター社から派遣された技師である、ジィク・バトラーは歩きながら、機長のパイル中尉に説明した。

「ですので、今日はアムチトカ島から南800マイルまで飛んで貰います。800マイル地点に到達したら引き返して
帰還してもらいます。チャートは持ってますか?」
「ここにあるよ。」

バージニア1等兵曹が、持っていたチャートを掲げた。

「そういえば、もう1人の技師さんが見えないけど、どうしたのかな?」
「ああ、アイツベルン技師ですね。彼女は昨日から風邪で寝込んでいます。アムチトカの冷気に当てられたようで。」

そう言ってから、バトラーは苦笑した。
彼と、もう1人の技師であるミレルティ・アイツベルン技師は5月から2人のパイロット共にアムチトカに派遣されて来た。
この2人は、ハイライダー開発の最初から設計に携わって来た技師であり、バトラーはエンジンの選考を担当し、
アイツベルンは機体に使用する鋲の選考を主に担当した。
ブリュースター社は、このアムチトカでの実験結果を基に、本格的な量産を始める予定であり、いわばハイライダーが
予定通りに配備されるか否かの試験である。

「フィンランド人も、皆が皆寒さに強い訳ではないんだな。」
「まあ人間ですからねえ。今はたっぷり養生してもらわないと。」

3人は雑談を交えながら、ハイライダーの機体に辿り着いた。
機体には、数人の整備員が張り付いて、最後の点検を行っていた。

「パイル中尉、おはようさんです。」

年季の行った、しわ顔の整備班長がにこやかな笑みを浮かべて挨拶して来た。

「やあ整備班長。いつもありがとう。機体の調子はどうだい?」
「異常なしですよ。今日も頑張ってくださいよ!」
「おう!」

パイル中尉は整備班長の肩を軽く叩くと、翼に乗ってから、次にコクピットに乗り込んだ。
後部の偵察員席には相棒のバージニア兵曹が乗り込む。

「相変わらず、前方視界はなかなか良い物だ。」

パイル中尉は、前方を見据えながらそう呟いた。
ハイライダーは、細長い機体とは裏腹に、操縦席はやや前よりに位置しているため、前方視界は満点に近かった。
前方視界の位置が悪ければ、着陸時や着艦時に事故を招く恐れがある。
現に、チャンスヴォート社のF4Uコルセアは、前線で陸上機としてシホールアンル側のワイバーン相手に暴れているが、
元々は艦載機として製作された物だ。
コルセアは艦載機としては様々な欠点があり、その中の1つに前方視界の悪さが挙げられていた。
コクピットを後ろ側に位置したコルセアは、機首が邪魔になって前方の視界が悪くなっていた。
飛行時はまだいいが、着陸時には機首をやや上げてから脚を下ろす為、コルセアは、長い機首が逆に視界を著しく妨げてしまったのだ。
この為、海兵隊航空隊のコルセアは、これまでに着陸事故で23機を損傷し、内12機が使用不能となっている。
ちなみに、チャンスヴォート社のXS1案は、コルセアを艦上偵察機に手直ししたような機体だったが、この試作機もやはり、前方視界が悪かった。
パイル中尉は、エンジンを始動させた。
大直径の4枚のプロペラが最初はゆっくり、そして、すぐに勢いをつけて回り始めた。
機首のR2800-8空冷2000馬力エンジンが、猛々しい音色を上げて、プロペラの回転速度を上げる。
先に整備員達が、暖気運転をしていたお陰で、エンジンは既に温まっていた。

「ようし、エンジン快調!」

パイル中尉は、機嫌のよさそうな笑みを浮かべて、思い切り叫んだ。
耳元のレシーバーから、管制官の指示が飛び込んで来た。

「こちらリトル・スリープ。ライダー聞こえるか?」
「こちらライダー、ああ聞こえるぞ。」
「離陸を許可する。2番滑走路から発進せよ。」
「了解。」

彼は短いやりとりを終えた後、機体を誘導路に乗せてから2番滑走路に移動する。
アムチトカ島には2500メートルの滑走路が2本あり、天気の良い日はこれらの滑走路から、陸軍航空隊や
海兵隊航空隊の哨戒機が洋上哨戒に飛び立っている。
やがて、2番滑走路に移動したパイル中尉のハイライダーは、一呼吸置いてから機体を憎速させた。
グオオォーン!というエンジンのがなり声がより一層大きくなり、細長い機体があっという間にスピードを上げる。
滑走路を600メートルほど走った所で機体がフワリを浮き上がった。
完全に地上から離れた事を確認したパイル中尉は、脚を主翼の中に収めた。
そのままの勢いで高度3000メートルまで上昇すると、パイル中尉は機体の進路を南に転じた。
(さて、長い長い偵察行の始まりだ)
パイル中尉は、心の中でそう思った。



時に、アムチトカ島沖海戦が行われる1週間半前の出来事であった。
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