第217話 乖離
1484年(1945年)1月21日 午前10時10分 レスタン領レーミア海岸
第3海兵師団の装甲戦力の要である第3海兵戦車連隊を乗せたLSTは、午前9時50分に確保されたばかりの海岸橋頭保に到達し、
戦車部隊の揚陸を開始した。
「急げー!もうすぐで、シホールアンル軍のキリラルブスが反撃を仕掛けて来るぞ!」
第3海兵戦車連隊指揮官であるヨーヘン・パイパー中佐は、指揮戦車のキューポラから上半身を出し、海岸に乗り上げたLSTから次々と
降りて来る戦車に向けて、内陸部への前進を促していた。
「こちら第1大隊です。現在、A中隊の揚陸が完了しました。B中隊はこれより揚陸を開始します。」
「わかった。本来ならもう少し集まってから向かわせたかったが、今は時間が無い。先にA中隊を向かせる。俺も後からB中隊に加わって付いて来る。」
「了解です。連隊長、一足先に行って来ます。」
第31戦車大隊指揮官ワイド・ストリンゲル少佐との会話は、そこで一旦途切れた。
海岸に揚陸された16両のM26パーシングは、エンジン音を吹かしながら内陸部へ向かって行く。
それから20分後には、B中隊も揚陸を終えた。
パイパーはB中隊が前進し始めるのを見た後、レシーバー越しに連隊長車の操縦手に指示を下した。
「よし。B中隊に付いて行くぞ。前進!」
パイパーの指示を受け取った操縦手が、戦車を前進させる。
腹に応える様なエンジン音が高まると同時に、履帯をきしませながら、B中隊の後に続いて行く。
「こちら連隊長車。サードタイガー1へ、前方の方はどうなっている?」
パイパーは、第1大隊長車のコードネームを呼び出した。
第3戦車連隊は、大隊ごとにコードネームが振り分けられており、第1大隊はサードタイガー、第2大隊はレッドパンサー、
第3大隊はホワイトキューベンと付けられている。
「こちらサードタイガー1。現在浜辺より1キロ地点まで到達しています。敵の抵抗が予想以上に激しく、歩兵部隊の前進は殆ど出来ません。」
「そっちはどうだ?突破できそうか?」
「難しいです。敵は巧妙に野砲を配置していますので、うかつに近付けば十字砲火を食らいかねません。それに加え、前方500メートルには
対戦車防壁が作られています。パーシング16両だけでは戦力不足です。」
「わかった。そっちは敵の逆襲に備えてそのまま待機しろ。」
パイパーは無線を閉じながら、頭の中で戦況を整理する。
現在、第3海兵師団の先鋒は、海岸から1キロまで戦線を突破しているが、そこで敵の猛烈な抵抗に遭って進めていない。
このこう着状態を打破するには、戦車の支援が必要になるが、敵は対戦車防壁を構築した上に、未だに破壊されていない野砲を巧妙に配置して
いるため、戦車部隊でも前進は危険な状況だと言う。
シホールアンル軍の防御はかなり固い。
それだけでも厄介だが、それ以上に気になる事がある。
敵は海岸付近の防衛部隊の他に、決戦兵力として多数のキリラルブスを戦線後方に温存していたという。
もし、防御陣地の突破に手間取っている最中に、このキリラルブス部隊に襲われれば、いくら頑丈なパーシングといえど悉く討ち取られていくだろう。
(敵のキリラルブスを引き付けて、壊滅させないと、前に進めないな)
パイパーは心中でそう思った。
第3海兵連隊第1大隊B中隊を指揮するルエスト・ステビンス大尉は、敵の構築した塹壕の隙間から、対戦車防壁を覗き見ていた。
「クソ、忌々しい物を作りやがって。」
ステビンスは憎々しげな口調で呟く。
B中隊の200メートル程手前には、長い対戦車防壁が作られており、その後ろにある巨大な建造物……敵の砲兵隊と、砲兵観測所があると思われる
レーミア城の高い外壁からは、外を睨む魔道銃が、海兵隊員が居ると思しき場所に向けて間断無く光弾を撃ちまくっている。
TF54は、事前にこの対戦車防壁も叩き、所々に大きな穴を開けてはいたが、その部分はあまり広いとは言えず、辛うじて戦車1台が通れるか
否かの大きさである。
第3海兵連隊はこの穴を強行突破しようと試み、先程、A中隊が先陣を切った。
だが、敵は待ち伏せており、猛烈な銃砲弾幕を受けて撃退された。
今、対戦車防壁の前には、第1大隊A中隊の将兵10名の死体と、破壊された1両のアムタンクが濛々と黒煙を上げている。
「うかつに飛び出そうものならば、先程のA中隊の連中のように、魔道銃と野砲の集中射撃を受けてとんでもない目に遭う。」
「増援に来た新型戦車も、一向に前に出られないですからね。」
彼の側に居た第1小隊長のクラレンス・ルィスキー中尉が、やれやれといった顔つきでステビンスに言う。
「ああ。せっかく、パーシングが増援に来たって言うのに。これじゃ、意味が無いぜ。」
ステビンスは、後方50メートルの所で停止したまま、一向に前進を開始しないパーシング1個中隊を睨みつけた。
「中隊長!中隊長!」
唐突に、彼の傍で連絡を取り合っていた通信兵が、彼の肩を叩いて来た。
「どうした!?」
「朗報です!沖合の戦艦が支援してくれるようです!それから、戦車部隊があと1個中隊応援に駆けつけてくれるようです!」
「戦艦の支援と戦車隊の増援か……戦車隊の増援は嬉しいのだが、戦艦は大丈夫か?」
ステビンスは、半ば不安げな口調で通信兵に聞く。
「こっちは敵と500メートルも離れていないぞ?少しずれたら俺達もぶっ飛んじまう。」
「はぁ……確かにそうですが……」
通信兵は言葉を濁したが、目線を空に向けると、通信兵は途端に顔を明るくした。
「中隊長。誤射の問題は解決しそうですよ。」
通信兵はそう言ってから、上空に人差し指を向けた。
ステビンスは、通信兵が指した方角を見てみた。
彼らの上空を、1機のアベンジャーが通り過ぎて行く。アベンジャーの周りには護衛のコルセアが3機ついていた。
「中隊長。沖合の戦艦メリーランドより報告です。我、支援砲撃の準備完了。座標を知らされたし、であります。」
「ほう。手際が良いな……では、仕事を果たして貰うぞ。」
ステビンスは、懐から地図を取り出す。
その地図には、艦砲射撃の支援を受ける為の座標が細かく記されていた。
「通信士!メリーランドに連絡だ!テキサス・1-23-8に砲撃!迫撃砲小隊にマーカーを撃たせろ!」
「了解!こちらサードレッド2!サードレッド2!テキサス・1-23-8に砲撃!マーカーを放つ!」
通信兵がメリーランドの通信士に指示を伝えている間、ステビンスはやや後方に陣取っている迫撃砲小隊にマーカー発射を命じる。
指示を受け取った迫撃砲小隊は、60ミリ迫撃砲に煙幕弾を装填し、一斉に撃ち放った。
煙幕弾は、対戦車防壁の内側10メートルの所に着弾し、赤い煙を噴き上げた。
ステビンスは、上空のアベンジャーに顔を向ける。
この時、彼は、アベンジャーの周囲に高射砲弾が炸裂している事に気が付いた。
「おいおい……下から大砲を撃たれているじゃないか……大丈夫か?」
ステビンスはアベンジャーを心配そうに見つめるが、砲弾の炸裂があまり近くない事と、敵ワイバーンが今の所、姿を見せていない事に気を良くしてか、
アベンジャーは過度に回避運動をする事も無く、悠々と上空を旋回し続けていた。
「中隊長!メリーランドより測的完了との報が入りました!」
「来るぞ!全員に顔を上げるなと伝えろ!」
ステビンスは、すかさず各小隊長に指示を飛ばしながら、通信士にメリーランドへ砲撃開始命じろと伝えさせた。
それから10秒後、耳に応える様な甲高い轟音が急に後ろから聞こえた、かと思うと、前方で強烈な爆発音と衝撃が伝わって来た。
戦艦メリーランドの砲弾は、いずれもが対戦車防壁の内側に着弾していた。
メリーランドは前線の海兵隊を誤射しないため、最初は交互撃ち方で砲撃を行っている。
最初に飛来した4発の16インチ砲弾は、着弾と同時に、派手に土砂を噴き上げた。
この時点で対戦車防壁には命中弾は無く、未だに健在な姿を現していたが、第1射の着弾から50秒後には、第2射が降って来た。
砲弾が大地に着弾すると同時に信管が作動し、先程と同じく、対戦車防壁の内側にど派手な爆煙を噴き上げる。
先程と同様に、この時も命中弾は無かったが、着弾位置は対戦車防壁に近付いていた。
第3射、第4射と、メリーランドは交互撃ち方を繰り返す。
第5射が着弾した時、上空のアベンジャーは4発の砲弾が、対戦車防壁の内側と外側に命中して爆発する様子をしっかりと見届けていた。
「中隊長!メリーランドより通信!射撃精度良好につき、これより一斉射撃に入るとの事です!」
「一斉射撃か……メリーランドの連中にさっさとやれと言ってくれ。ホント、戦艦の砲撃は恐ろしいもんだ………」
ステビンスは、珍しく怯えたようなく表情を現しながら通信兵に返した。
砲弾の弾着が1分半ほど途絶えた時、これまでに無い程の甲高い音が後方から前方に飛び抜けて行った。
凄まじいまでの爆発音と衝撃が、彼らが身を隠している塹壕を激しく揺さぶる。
メリーランドの第1斉射弾は、2発が対戦車防壁に命中していた。
命中した16インチ砲弾は、シホールアンル軍が精魂込めて作った盛土の対戦車防壁をあっさりと吹き飛ばし、これまでに無い程の大量の
土砂を周囲に撒き散らす。
この時点で、B中隊の前方には幅6メートル程の大穴が2つ出来あがっていた。
しかし、メリーランドは対戦車防壁そのものを無くしてやるとばかりに、更に斉射弾を叩き付ける。
第2斉射弾は3発が対戦車防壁に命中し、新たに4、5メートルほどの穴を広げた。
その50秒後に飛来した第3斉射弾は2発が防壁に命中し、既に半壊状態であった防壁は派手に吹き飛ばされ、盛固められた土があっけなく吹き飛ばされ、
穴と穴が繋がり始める。
第4斉射弾の飛来は、対戦車防壁の崩壊を決定的な物にした。
事前の猛砲撃や爆撃に辛くも耐え、第3海兵連隊の前進を拒み続けた対戦車防壁も、戦艦の直接射撃を受けてはたまらない。
第4斉射弾は4発が対戦車防壁の付近に着弾し、半壊状態であった防壁の穴と穴を完全に繋げてしまった。
メリーランドは駄目押しとばかりに、第5斉射弾を放つ。
だが、それは思わぬ出来事を招いた。
ステビンスは、新たな飛翔音が聞こえ始めるや、耳を塞ぎながらじっと着弾に耐えたが、この時、彼は、その飛翔音が嫌に大きく聞こえた。
(……やけに音がでかいが……まさか!?)
ステビンスは、心中で嫌な文字を思い浮かべたが、その瞬間、大音響が鳴り響き、これまでに感じた事の無い凄まじい衝撃が、彼の潜んでいる塹壕を
大地震の如く揺り動かした。
体に大量の土砂が降り注ぎ、ステビンスはたまらず悲鳴を上げてしまった。
「ち、畜生!弾着が近い!誤射だぞ!!」
彼は、目を血走らせながら、すぐに通信兵を呼び出した。
「通信兵!メリーランドに射撃中止を命じろ!このままじゃ海軍の連中にぶっ飛ばさされるぞ!!」
「りょ、了解です!!」
「こちらサードレッド2!サ-ドレッド2!誤射だ!射撃を中止せよ!!繰り返す、射撃中止だ!!!」
通信兵は絶叫めいた声で、無線機の向こう側に居るメリーランドの通信員にそう言った。
「射撃中止だって?次の斉射まであと10秒足らずだぞ。それに、弾着は君達の陣地から離れているが。」
通信兵は顔を赤くして言葉を帰そうとした。
だが、それはかなわなかった。
「貸せ!」
受話器の向こうの相手の声が聞こえたのか、ステビンスが素早い動作で受話器をひったくった。
「このクソ馬鹿野郎が!!すぐに射撃を中止させろ!さもないと貴様らのケツにライフル弾をぶち込んでやるぞ!!!」
ステビンスの怒声があたりに響き渡った。
その甲斐あってか、メリーランドからの砲撃がぱたりと止んだ。
「……砲撃が止んだ。どうやら、こっちの状況が伝わったようだな。」
ステビンスは安堵すると、顔についている土を軍服の裾で拭いた。
「中隊長、前を見て下さい。凄い事になっとりますよ。」
塹壕から顔を上げた部下の軍曹が、驚いた表情でステビンスに言う。
ステビンスは顔を塹壕から出して、対戦車防壁がどうなっているかを確認する。
「……メリーランドの連中は派手にやったもんだな。」
彼は苦笑しながらそう言った。
数分前まで、彼らの目の前に立ちはだかっていた対戦車防壁は、すっかり変わり果てていた。
対戦車防壁は、今や方々にその名残を残すだけであり、大きな突破口が幾つも出来上がっている。
防壁は、もはや防壁と呼べるものでは無かった。
申し合わせたかのように、後ろで待機していた戦車が動き始めた。
キャタピラの音をきしませながら、パーシングは大きく開けられた穴に突っ込んでいく。
「ようし、俺達もあの戦車に付いて行くぞ!」
ステビンスの指示が飛ぶや、B中隊の各小隊がそそくさと塹壕から出始め、戦車の後を追って行く。
彼らが防壁に辿り着いた頃には、10両の戦車が防壁の穴を突破し、じりじりと敵陣に向かいつつあった。
「しかし、凄い物だな。土で固められていたとはいえ、こんな、硬そうな防壁があっさりと破壊されてやがる……射撃中止を奴らに伝えて
いなかったら、今頃は、俺達も……」
ステビンスは後ろを振り返った。
彼らが今まで隠れていた塹壕の50メートルほど手前に、メリーランドが放った16インチ砲弾によって開けられたクレーターがある。
直径は20メートルぐらいあり、16インチ砲弾の威力の凄まじさを現している。
ステビンスが射撃中止を指示していなかったら、B中隊は味方艦の誤射によって甚大な損害が出ていただろう。
「済んだ事はもういいとして……おい、俺達も連中の後に付いて行くぞ。戦車だけじゃ、陣地を確保できんからな。」
「了解です。」
彼の言葉を聞いた軍曹が頷き、自ら分隊を率いて、防壁の穴を乗り越える戦車に付いていこうとする。
その時、防壁を通り過ぎようとしていた1台の戦車が急に停止し、ハッチから1人の戦車兵が顔を出す。
「あ、パイパー連隊長だ……」
「おい!お前達はしばらくここで待っていろ!」
第3戦車連隊指揮官であるパイパー中佐は、切迫した声音でステビンスに言う。
「敵がキリラルブスの大群を差し向けて来たとの情報が入った!俺達は連中を足止めするから、今は進むな!」
パイパーはそれだけ言うと、マイクに向かって指示を飛ばす。
彼の乗っていたパーシングは前進を再開し、先ほどとは打って変わった、慌ただしいスピードで防壁の残骸を乗り越えて行った。
第21歩兵師団第78歩兵連隊第1大隊を指揮しているキュルス・ベーゲギル少佐は、連隊命令で予備陣地まで後退した後、大隊の残余を
再編して温存されていた第83歩兵連隊と第84歩兵連隊、師団直属の石甲大隊と308石甲旅団のキリラルブスと共に反撃を行おうとしていた。
反撃の手始めとして、師団所属の独立石甲大隊の28台のキリラルブスが、対戦車防壁を破壊して、第2防衛線内に侵入してきたアメリカ軍戦車に
向かって行った。
「敵の事前攻撃で少なくなったとはいえ、石甲大隊のキリラルブスは必ず、アメリカ軍戦車を駆逐してくれる筈だ。俺達は、その後に突入し、
敵を海岸線に押し戻す。第2親衛石甲軍が来るまで耐えられれば、俺達の勝ちだぞ。」
ベーゲギルは自信に満ちた口調でそう独語しながら、今しも始まるキリラルブス対“シャーマン戦車”の対決を待ち侘びていた。
「大隊長。28台のキリラルブスで、アメリカ軍のシャーマン軍団を抑えきれますかね?」
「……192大隊のキリラルブスはいずれも長砲身砲搭載だ。それに、交戦距離は、あの状態では500グレル以下になるから、うまくやれば
抑えることは出来る。いや抑えなければならんのだ。」
(でないと、先程のように、敵に背を向けながら、逃げなければならない)
ベーゲギルは、心中で忌々しげに呟く。
「大隊長!キリラルブス隊が砲撃を始めました!」
「ほう……早いな。」
ベーゲギルは部下の報告を聞いた時、意外と早い交戦開始に首を捻りつつも、塹壕から顔を出してキリラルブス隊の方向に顔を向けた。
先ほどの艦砲射撃で破壊された対戦車防壁の前に展開した28台のキリラルブスは、一斉に砲撃を放っている。
地面に突き刺さった砲弾が爆発し、派手に爆煙を噴き上げる。
キリラルブス隊は600グレルまで近付いてから砲撃を開始している。当初予定されていた交戦距離は500グレル以下だったが、
アメリカ軍戦車の進出が意外に早かった事と、既に10台程の戦車が左右に展開していたため、そのまま交戦開始となったのだ。
「いかん、望遠鏡を忘れてしまったな。おい軍曹。望遠鏡を貸してくれんか?」
ベーゲギルは、軍曹から望遠鏡を貸して貰い、それで700グレル向こうの戦いを観戦した。
その瞬間、彼は、いきなり2台のキリラルブスが爆発炎上する光景を目の当たりにした。
「なんてこった……いきなり2台もやられやがったぞ!」
ベーゲギルは舌打ちした。
初っ端から調子の悪い第192石甲大隊は、負けじとばかりに砲弾を放つ。
「……いくら長砲身搭載型とはいえ、防御力は初期型より少しマシなぐらいだからなぁ……敵があの新型戦車をそのまま投入してきたら、
連中もちっとは楽できたかも知れんが。」
ベーゲギルはそう呟きながら、キリラルブスでシャーマンと撃ち合うのはやはりまずかったのではと思った。
キリラルブスは長砲身砲を搭載した事により、真正面からでもシャーマン戦車を撃破できるが、元々は待ち伏せ専用の兵器であるため、
防御力に難がある。
第192石甲大隊の中隊指揮官の中には、堂々と姿を晒して被弾面積を大きくする危険を冒すよりも、地面を掘り、そこに砲身部だけを
露出して待ち伏せをする方が良いのではないか?という意見を述べる物も居たが、結局は正面切って戦う事となった。
中隊指揮官の意見が正しかったか否かは、交戦開始から僅か5分以内で明らかとなった形だ。
「あ、また1台やられたぞ。」
ベーゲギルは、更に1台が破壊されるのを確認した。
砲弾を食らったキリラルブスは弾薬の誘爆を起こしたのか、搭乗員スペースが完全に吹き飛んでいた。
「これで3台目……だが、そろそろ、こっちもシャーマン戦車を撃破し出す頃だ。」
(こりゃ、互いに大損害が出るかも知れんな)
ベーゲギルは、不安気にそう思った。
28台のキリラルブスでは、止められる敵戦車の数も限度があるが、せめて1時間は持たせられるだろうと言われている。
しかし、キリラルブス隊は早くも3台を失っている。
このままの調子で行けば、1時間どころか、40分も持てば御の字と言えるかもしれない。
ベーゲギルのみならず、この戦闘を観戦していたシホールアンル将兵の殆どが、そう思っていた。
だが、現実は予想よりも大きく違った物になりつつあった。
「むむ……キリラルブス隊が後退し始めたぞ。」
ベーゲギルは、キリラルブス隊の意外な行動に眉をひそめた。
キリラルブス隊は、敵の進出を抑える為には、戦力が十分に残っている場合は前進し、敵に損害を与え続けられる事を命じられている。
逆に、戦力の著しい低下をきたした場合はこの限りでは無い。
だが……キリラルブス隊はなお、25台を残していながら、じりじりと後退し始めている。
またもや1台のキリラルブスが正面に命中弾を受け、激しく黒煙を噴き出しながら擱坐する。
その10秒後には、新たに1台のキリラルブスが被弾し、大爆発を起こした。
キリラルブス隊はじりじりと後退を続けながら、52口径3ネルリ(72センチ)砲を撃ちまくる。
キリラルブス隊の砲の発射間隔は、通常よりも短く思われる。
この発射間隔なら、敵にも相当の損害を与え、キリラルブス隊を襲う砲弾の数も少なくなっている筈であるが、キリラルブス隊に向けて
撃たれる砲弾の数は一向に減らず、しきりに敵弾が周囲で炸裂する。
また、被弾するキリラルブスも尚増えて行く。
敵戦車との交戦開始から10分が言経過した時には、第192大隊のキリラルブスは、28台から12台にまで激減していた。
「おいおい……キリラルブスが半分以下にまで減っているぞ!」
ベーゲギルは、目の前の現実に愕然としていた。
キリラルブス隊は最初、28対16という有利な状態から戦闘を開始出来たにも関わらず、今では戦力が半数以下にまで減っていた。
この間、敵戦車は16両から32両に増えている。
キリラルブス隊は、それでも敵戦車隊と激しく撃ち合っていたが、更に1台のキリラルブスが爆砕された所で、残りが一斉に反転し始めた。
「大隊長!第192大隊の代理の指揮官から通信です!我、敵の強力な新型戦車の攻撃の為、戦力の低下著しく、一旦後退する物なり!
大隊長は既に戦死との事です!」
「敵の新型戦車だと!?あの防御力の低い新型戦車が、長砲身キリラルブスを打ち負かしたのか!?」
「いえ……詳細はわかりませんが……とにかく、キリラルブス隊では歯が立たなかったようです。」
「52口径の長砲身砲でもか!?」
ベーゲギルはそう言いながら、逃げ戻って来る11台のキリラルブスに目を向ける。
交戦開始前は、見事な隊形を組んで敵に向かって行った自慢のキリラルブス隊も、今ではばらばらになって味方陣地に向かって来る。
まさに敗残兵そのものである。
「大隊長!敵の戦車が……!」
部下の1人が、幾つもの黒煙が噴き上がる場所を指さして叫んだ。
ベーゲギルは、その方角に目を向けた。
「……あれは何だ?」
ベーゲギルは敵の正体を確かめるべく、望遠鏡を覗きこむ。
幾つもの残骸を避けながら姿を現した敵戦車は、今まで見慣れてきたシャーマン戦車ではなかった。
敵戦車は、シャーマン戦車と同じように車高が高かったが、シャーマン戦車と比べて均整の取れた形をしており、砲塔部から突き出る砲身も一際長い。
全体的にどっしりとした安定感が感じられる。ベーゲギルは、敵の新型戦車に対してそのような印象を抱いた。
何を思ったのか、1台のキリラルブスがいきなり向きを変え、砲身を向ける。
その4秒後、キリラルブスの長砲身砲が火を噴き、砲弾が敵の新型戦車に向けて飛んで行く。
400グレルの距離から放たれた砲弾は、過たず、敵戦車の砲塔に命中したが、それだけであった。
「なっ!?」
その時、誰もが目を疑った。
キリラルブスの砲弾は、敵戦車に命中した物の、あっさりと弾き飛ばされてしまった。
新型戦車がお返しとばかりに砲弾を放った。
その砲弾は、反撃して来た勇敢なキリラルブスに命中し、容易く吹き飛ばした。
派手に爆炎を噴き上げるキリラルブスを、ベーゲギルとその部下達は、ただ、呆然と見守るしか無かった。
同日午後3時20分 レスタン領ハタリフィク
レスタン領軍集団司令官ルィキム・エルグマド大将は、険しい表情で机の上に敷かれた地図を見つめていた。
「司令官閣下。レーミア海岸は、敵の攻撃の前に制圧されつつあります。不幸中の幸いとして、敵は海岸から1ゼルドの地点で食い止めて
おりますが……この状態を長時間維持するのは、極めて難しいかと思われます。」
作戦参謀のヒートス・ファイロク大佐がエルグマドに説明する。
「敵は、攻防性能でシャーマン戦車を上回る新型戦車を、レーミア海岸でも多数投入しているため、迎撃に出たキリラルブス隊の損害は甚大です。」
「敵の新型戦車もそうですが、それ以上に厄介なのは、敵の航空支援です。」
主任参謀長のヴィルヒレ・レイフスコ中将が右手の人差し指で、レーミア海岸沖を撫で回した。
「アメリカ軍は、ジャスオ方面のみならず、レーミア沖からも多数の航空機を送り込み、我が地上部隊を爆撃しています。レーミア海岸は、
これまでに7波、計1000機以上もの航空機に襲われていますが、その大半は単発機です。」
「司令官閣下、敵地上部隊には20隻ほどの小型空母が随伴していますが、搭載機数の少なさ故、こうまでも多数の航空機を飛ばす事は出来ません。
アメリカ軍は、小型空母群の他に、正規空母を主力とした機動部隊も送り込んでいるかもしれません。」
作戦参謀の言葉を聞いたエルグマドは、深く頷いた。
「マルヒナス運河沖に待機していた、2隻の空母を加えて、地上部隊の支援に当たらせておるのかも知れんな。」
レスタン領軍集団司令部は、昨日までに、海軍からマルヒナス運河沖に2隻の米空母が待機状態にあると伝えられていた。
それ以前に、エルグマドらは、アメリカ軍が多数の空母を待機させているであろうと推測していたが、海軍のレンフェラル
部隊はマルヒナス運河の西側のみならず、東側も捜索し、その結果を海軍総司令部に伝えている。
エルグマドらは、待機していた米空母の数が予想よりも少ない事に、しばしの間安堵していた。
「しかし、アメリカ軍も諦めが悪いですな。」
レイフスコ中将が両腕を組みながらエルグマドに言う。
「ヒーレリ領沖の航空戦で、主力の高速機動部隊が大損害を負ったにもかかわらず、尚も上陸作戦を強行するとは。」
「恐らく、このままの戦力でも作戦は続行できると判断したのでしょう。我が方は、ヒーレリ領沖の航空戦で多大の戦果を上げる
事が出来ましたが、敵にはなお4、5隻の空母が残り、新たに2隻の空母が加わっています。その他にも、敵は多数の小型空母を
有している他、ジャスオ領の航空基地からも援護機を回す事が出来ます。また、アメリカ軍は、上陸部隊にも多数の新型戦車を投入し、
現に我が方の反撃を撥ね退けながら、橋頭堡を確保できるところまで行っています。敵はあらかじめ、高速機動部隊が壊滅的打撃を
受けても、作戦を続行できるように計画していたのでしょう。」
「作戦参謀の言う通りだな。では、敵は、輸送船団が我が海軍部隊に襲われても、それに沿った侵攻計画を準備しているのかね?」
「司令官閣下。強大な物量を誇るアメリカと言えど、それは許容範囲外でしょう。」
兵站参謀のラッヘル・リンブ少佐が発言する。
「アメリカ軍の強さは、戦車や自動車等の高機動兵器を縦横に活用した機動戦術にありますが、敵は上陸から半日しか経っていないため、
輸送船には今後の侵攻に必要な武器・弾薬・糧食等が大量に詰め込まれている筈です。海軍部隊がレーミア海岸沖に来るのは23日から、
遅くても24日頃ですが、敵が更に内陸に侵攻したとしても、大量の軍需物資を詰め込んだ輸送船はまだまだ居るでしょう。もし、
この輸送船団を海軍部隊が急襲し、全滅させるか、大損害を与えてレーミア湾から叩き出した場合、レーミア湾に上陸した連合軍部隊は、
遠からず、補給不足で立ち枯れになります。特に、戦車や自動車等に必要な燃料の補給をこまめにしなければならないアメリカ軍機甲師団は、
瞬く間に行動不能に陥るでしょう。」
「兵站参謀の言う通りです。」
レイフスコ中将はエルグマドに顔を向ける。
「恐らく、敵はなんとしてでも、第4機動艦隊を阻止しようとする筈です。その場合、第4機動艦隊にも大きな損害が生じる恐れがあります。
海軍の迎撃作戦も失敗する可能性がある今、不安要素を少なくするためには、敵の上陸部隊に目立った損害を与える事が必要になります。」
「不安要素を少なくするため……か。」
エルグマドは深いため息を吐いた後、1分程黙考してから、再び口を開いた。
「妥当な案じゃな。だが、わしが不安に思っている事は、他にもある。第一に、海側からやってきた敵の単発機の数だが、約1000機のうち、
大半が海側からやって来た単発機と報告にあったが、小型空母が20隻以上……ここでは30隻としよう。そんなに多く居るとはいえ、
小型空母と、沖合の高速機動部隊だけでこんなに航空機を飛ばせる物かね?」
「は……」
幕僚達は、言葉に詰まってしまった。
シホールアンル軍は、アメリカ軍の有する小型空母の搭載機数が30機前後である事を掴んでいる。
仮に、エルグマドが予想した小型空母数が30隻だとして、保有する搭載機数は約900機とかなり強大に見えるが、実際に動かせる機数は、
艦隊上空の護衛や対潜哨戒等で、その最大数よりも大きく下回る。
また、沖合に展開している高速機動部隊も6、7隻の空母しかおらず、搭載機数も全空母の物を合わせて、せいぜい500機……大甘に
見積もっても600機を越えれば良い方だ。
そして、この高速空母部隊も、全ての搭載機を地上支援に回すと言う事はしない。
両者を合わせれば、なんとか7、800機の攻撃機を送り出す事は可能と思えるが、それは艦隊防空に大きな穴が開く事を覚悟の上で
やらなければならない事だ。
シホールアンル側は、今日も200騎のワイバーンを敵船団や小型空母部隊攻撃に送り出し、小型空母2隻撃破、輸送船2隻撃沈の戦果を
挙げたが、49騎を撃墜されるという手痛い損害を被っている。
攻撃隊指揮官からは、敵船団並びに小型空母部隊の上空援護はかなり手厚く、撃墜されたワイバーンの半数近くは、爆弾や魚雷を投下する前に
やられたと報告されている。
敵の支援攻撃が強力な上、敵艦隊の守りもほぼ穴が無い状態である事は一目瞭然であるが、それでいて、たった一日で7、800機の艦載機を、
現有兵力だけで送り出せるのは明らかにおかしい事である。
と、エルグマドはそう確信していた。
「それと、もうひとつ。」
エルグマドは指示棒を取り出し、ジャスオ領内を撫で回した。
「ジャスオ領に居座っている敵の空挺部隊は、何故、動いていないのだ?」
「……」
エルグマドの質問に対して、幕僚達は誰も応えられなかった。
「東はデイレア領境で……西では敵の大上陸部隊が迫っている。わしらは、どちらの戦線でも、前進する敵に対応する事に集中している。
しかし、ここで動く筈の敵空挺部隊が、何故か動いていない……どうも、敵の意図が分からん。」
エルグマドは、顔に苦悶の色を現しながら、指示棒の先端でジャスオ領をコンコンと叩き続ける。
「……もしかして……この空挺部隊の集結は、陽動だろうか……」
エルグマドは、ぼそりと呟いた。
「作戦参謀。ファルヴエイノには、確か、増援部隊が到着していたな?」
「はい。本国から錬度の行き届いた歩兵師団2個が既に到達しています。この他に、新編成の石甲旅団1個が快速列車で急送中であり、
明後日には全部隊が揃います。」
「ふむ……となると、首都近郊には、完全武装の2個師団と1個石甲旅団が展開する事になる。」
「閣下……もしや、ジャスオ領の空挺部隊は、重要拠点に兵力を縛り付ける為に用意されただけの陽動ではないでしょうか?」
レイフスコ中将がハッとなった表情を浮かべながら、エルグマドに言う。
「敵が陽動戦術も巧みである事は既に経験済みです。一昨年9月の敵の攻勢は、作戦名にわざわざ11月攻勢作戦という名前まで付けて
攻め立ててきたほどです。今回の空挺部隊集結も、前線に投入する兵力を事前に減らすための陽動部隊である事は充分に考えられます。」
「ふむ。我々は、エルネイル戦で空挺部隊の恐ろしさと言う物を味わっている。それを利用して、空挺部隊を集結させ、兵力を実際に使わず、
こちらが繰り出せる手を縛る……か。」
エルグマドはそう言ってから、仏頂面を浮かべて思考する。
「閣下。そうとなれば、レーミア海岸に一兵でも多く、増援を送るべきです。わざわざ、敵の策に乗る必要はありません!」
「いや、敵空挺部隊が陽動部隊と仮定するのは危険です。」
エルグマドに進言する主任参謀長に対して、ファイロク大佐が厳しい口調で戒める。
「敵空挺部隊が待機しているのは、部隊進出の段階にまだ至っていないから、と言う事も考えられます。ここで迂闊に部隊を移動し、拠点を……
例えば、ファルヴエイノを手薄にすれば、隙ありとばかりに大挙襲来してくる可能性も無いと言い切れません。ここは海岸部隊への更なる増援は
控え、首都の部隊はそのまま待機を命じた方が良い筈です。それ以前に、レーミア海岸地区の状況は我が方の不利とはいえ、首都の部隊を増援に
送る段階に達したとは言い切れません。」
「作戦参謀!それでは手緩いぞ!」
レイフスコが叩き付けるように反論する。
「レーミア海岸の敵は非常に強力だ!確かに第2親衛石甲軍を始めとする予備部隊は健在だが、彼らを投入しても、敵の侵攻を完全に抑えきれる
とは言い切れん!ここはリスクを減らす為に、一兵でも多くの兵力をレーミア海岸の敵部隊阻止に注ぎ込むべきだ!」
「し、しかし。首都防衛の兵力を引き抜く事は、敵に首都が手薄である事を知らせてしまいます。ここは慎重に行動すべきです。」
「慎重に行動して兵力が足りぬばかりに、敵の阻止に失敗したらどうする?ここは是が非でも、首都の2個歩兵師団と1個石甲旅団を引き抜き、
レーミア戦線に投入すべきである。」
「もうよい。その話はここまでにしよう。」
唐突にエルグマドが口を開いた。
「諸君らの言いたい事は良く分かった。それを踏まえた上で、わしから首都防衛部隊をどうするか、話をしよう。」
エルグマドは、軽く咳払いしてから自らの方針を述べた。
「敵の空挺部隊はまだジャスオ領に居る。奴らが陽動で集められたか、それとも実際に動かすために集められたかはわしにもわからん。
だが、このまま何もしないでは、レーミア付近の戦線崩壊に繋がる恐れがある。わしとしてはまず、24日まではファルヴエイノ防衛部隊を
そのまま置き続け、25日から前線に送り込む。」
「24日……閣下、それでは遅すぎはしませんか?」
レイフスコが不安げな口調で進言する。
「それまでには、敵も大きく前進しているかもしれませんぞ。」
「前進させるならそれで良い。」
エルグマドの一言に、幕僚達の顔色ががらりと変わった。
「か、閣下!それでは、我が軍は敵上陸部隊に勝てないと言われるのですか!?」
「……レイフスコ。それではまるで、わしが敵に勝つ気が無い、と言わんばかりだな。」
エルグマドは、ぎろりと睨みつけた。
「率直に行って、お前達は頭に血が上り過ぎておる。冷静になれ。」
「……では、閣下はどのような考えをお持ちでしょうか?」
ファイロク大佐が平静な口調でエルグマドに聞く。
「ふむ……要は、敵が近づけぬ状況を作ればよいだけだ。」
エルグマドはそう言ってから、指示棒を掴み、レーミア海岸を指した。
「現在、敵はレーミア海岸に橋頭堡を確保しておる。連合軍はそこから内陸部に侵攻するつもりだ。その侵攻を阻むために、海軍が後ろから
襲い掛かり、輸送船団を全滅させるか、レーミア湾から蹴散らす。成功すれば、敵上陸部隊、約10万名以上は補給不足で立ち枯れになる。
だが、失敗すれば、敵は強大な戦力を保持したまま、内陸部に進出できる。その次は我が軍が誇る、第2親衛軍を始めとする陸軍部隊との
決戦だが、これまでの情報を見る限り、敵は新型戦車を多数投入し、こちらのキリラルブス部隊は苦戦を強いられている。この状態では、
1にも2にも兵力の増援が必要になるが、一番近い位置に居る有力な部隊は、ファルヴエイノの2個師団と1個石甲旅団だ。これらを
投入すれば、兵力も分厚くなるが、首都への奇襲を伺っておるかもしれない、敵空挺部隊へ対抗する手段が無くなる。普通なら、これで
手詰まりだ。だが、わしはここで、考え方を変えた。」
エルグマドは、指示棒をレーミア湾付近から一気に、ファルヴエイノから10ゼルド離れた場所に変えた。
「海軍の作戦が失敗した場合、軍の主力をファルヴエイノから10ゼルド(30キロ)付近に移動し、防衛線を引き下げる。この距離ならば、
首都防衛部隊も容易に前線に投入でき、万が一、敵空挺部隊が襲来しても、石甲部隊を主力に、臨時に攻撃部隊を編成して敵を全滅させればよい。
要は、兵力を集中させるだけじゃな。」
「なるほど……引き込んでから叩く、と言う訳ですな。」
ファイロク大佐は感嘆した口調でエルグマドに言う。
幕僚達も、エルグマドの言葉に驚かされていた。
(流石はエルグマド閣下……狡猾武者とよばれるだけある)
リンブ兵站参謀も、老いても衰えを見せぬエルグマドの軍才に舌を巻いていた。
「もっとも、これは敵が、ファルヴエイノを襲うと仮定した話の事だ。他の所を襲うとなれば、話は変わって来る。」
エルグマドはそう言ってから、深いため息を吐いた。
「それ以前に、敵の稼働航空機と稼働空母が少ないと言う前提での話だ。ファルヴエイノは、海岸から40ゼルドしか離れておらん。敵が支配地域を
広げれば、その部分だけ制空権も取られるから、敵の航空支援を相手にしなければならない。その数が少なければ少ないほど、我がワイバーン部隊も
思い切って戦える。だが………」
彼は、指示棒の先でレーミア湾から更に西の沖を叩いた。
「もし、敵が多ければ。わしの考えた作戦は瓦解してしまうだろうな。」
「まさか……そのような事はありますまい。」
レイフスコ中将は苦笑しながら、エルグマドに言う。
「敵の機動部隊はヒーレリ領沖で戦力を大幅に減殺されているうえに、我が海軍の主力部隊と戦わねばなりません。敵が小型空母の艦載機を揃えて
戦うとしても、稼働機は1500機ほど。一方で、我々は第4機動艦隊の艦載ワイバーン1000騎と、西部方面で一応、対機動部隊用に確保できた
ワイバーン300騎と飛空挺部隊180騎がおります。数の上ではほぼ互角です。今度こそ、我が海軍は敵機動部隊に止めを刺し、敵の大護送船団にも
少なからぬ損害を与えられるでしょう。」
「……そうであればよいのだが。」
レイフスコの言葉を聞いても、エルグマドはなお、不安を拭い切れなかった。
その後も会議は続き、気が付けば、時計の針は午後4時10分を指していた。
「もうこんな時間か……まだ報告は来ないのかな。」
エルグマドは時計を見つめながら、今、一番気掛かりな事を口にした。
「ワイバーンは、敵機動部隊を見つける事ができたのだろうか……」
「報告が無い限りは、恐らく駄目だったかも知れませんな。」
魔道参謀のウィビンゲル・フーシュタル中佐は事務的な口調でそう返す。
「敵機動部隊の警戒網は厳重ですから、偵察に出した5騎全てが未帰還となった可能性も否定できません。何らかの理由で報告が遅れず、
そのまま帰還した事もあり得ますが……時間的に、1時間前にはもう基地に戻っても良い頃です。それが無いとなると……」
「全滅……と言う事か。」
エルグマドは、沈んだ声音で呟く。
「は……恐らくは……」
フーシュタル魔道参謀がそう答えた時、作戦室のドアが開かれ、若い魔道士官が入室して来た。
「失礼します。西部空中騎士軍司令部より緊急信です。」
若い魔道士官は、フーシュタル中佐に紙を手渡した後、そそくさと退出して行った。
魔法通信の内容を一読したフーシュタルは、見る見るうちに顔を強張らせていく。
「魔道参謀。内容を読んでくれんか?」
「は……直ちに。」
ゆっくりと頷いたフーシュタルは、紙に書かれている内容を読み始めた。
「本日午後2時50分頃。レーミア湾西方45ゼルド沖にて、アメリカ機動部隊を発見せり。敵は空母3、4隻を含む機動部隊を4群ないし
5群伴えり。敵の戦力は推定で、空母12ないし14。戦艦5ないし6、ほか、巡洋艦、駆逐艦多数を伴う。なお、偵察にあたったワイバーン隊は
ほぼ全滅。敵情報告を行った竜騎士も、帰還後に戦死せり、であります。」
フーシュタル中佐が内容を読み終える。
エルグマドらは、それから5分ほどの間、一言も発する事ができなかった。
1484年(1945年)1月21日 午前10時10分 レスタン領レーミア海岸
第3海兵師団の装甲戦力の要である第3海兵戦車連隊を乗せたLSTは、午前9時50分に確保されたばかりの海岸橋頭保に到達し、
戦車部隊の揚陸を開始した。
「急げー!もうすぐで、シホールアンル軍のキリラルブスが反撃を仕掛けて来るぞ!」
第3海兵戦車連隊指揮官であるヨーヘン・パイパー中佐は、指揮戦車のキューポラから上半身を出し、海岸に乗り上げたLSTから次々と
降りて来る戦車に向けて、内陸部への前進を促していた。
「こちら第1大隊です。現在、A中隊の揚陸が完了しました。B中隊はこれより揚陸を開始します。」
「わかった。本来ならもう少し集まってから向かわせたかったが、今は時間が無い。先にA中隊を向かせる。俺も後からB中隊に加わって付いて来る。」
「了解です。連隊長、一足先に行って来ます。」
第31戦車大隊指揮官ワイド・ストリンゲル少佐との会話は、そこで一旦途切れた。
海岸に揚陸された16両のM26パーシングは、エンジン音を吹かしながら内陸部へ向かって行く。
それから20分後には、B中隊も揚陸を終えた。
パイパーはB中隊が前進し始めるのを見た後、レシーバー越しに連隊長車の操縦手に指示を下した。
「よし。B中隊に付いて行くぞ。前進!」
パイパーの指示を受け取った操縦手が、戦車を前進させる。
腹に応える様なエンジン音が高まると同時に、履帯をきしませながら、B中隊の後に続いて行く。
「こちら連隊長車。サードタイガー1へ、前方の方はどうなっている?」
パイパーは、第1大隊長車のコードネームを呼び出した。
第3戦車連隊は、大隊ごとにコードネームが振り分けられており、第1大隊はサードタイガー、第2大隊はレッドパンサー、
第3大隊はホワイトキューベンと付けられている。
「こちらサードタイガー1。現在浜辺より1キロ地点まで到達しています。敵の抵抗が予想以上に激しく、歩兵部隊の前進は殆ど出来ません。」
「そっちはどうだ?突破できそうか?」
「難しいです。敵は巧妙に野砲を配置していますので、うかつに近付けば十字砲火を食らいかねません。それに加え、前方500メートルには
対戦車防壁が作られています。パーシング16両だけでは戦力不足です。」
「わかった。そっちは敵の逆襲に備えてそのまま待機しろ。」
パイパーは無線を閉じながら、頭の中で戦況を整理する。
現在、第3海兵師団の先鋒は、海岸から1キロまで戦線を突破しているが、そこで敵の猛烈な抵抗に遭って進めていない。
このこう着状態を打破するには、戦車の支援が必要になるが、敵は対戦車防壁を構築した上に、未だに破壊されていない野砲を巧妙に配置して
いるため、戦車部隊でも前進は危険な状況だと言う。
シホールアンル軍の防御はかなり固い。
それだけでも厄介だが、それ以上に気になる事がある。
敵は海岸付近の防衛部隊の他に、決戦兵力として多数のキリラルブスを戦線後方に温存していたという。
もし、防御陣地の突破に手間取っている最中に、このキリラルブス部隊に襲われれば、いくら頑丈なパーシングといえど悉く討ち取られていくだろう。
(敵のキリラルブスを引き付けて、壊滅させないと、前に進めないな)
パイパーは心中でそう思った。
第3海兵連隊第1大隊B中隊を指揮するルエスト・ステビンス大尉は、敵の構築した塹壕の隙間から、対戦車防壁を覗き見ていた。
「クソ、忌々しい物を作りやがって。」
ステビンスは憎々しげな口調で呟く。
B中隊の200メートル程手前には、長い対戦車防壁が作られており、その後ろにある巨大な建造物……敵の砲兵隊と、砲兵観測所があると思われる
レーミア城の高い外壁からは、外を睨む魔道銃が、海兵隊員が居ると思しき場所に向けて間断無く光弾を撃ちまくっている。
TF54は、事前にこの対戦車防壁も叩き、所々に大きな穴を開けてはいたが、その部分はあまり広いとは言えず、辛うじて戦車1台が通れるか
否かの大きさである。
第3海兵連隊はこの穴を強行突破しようと試み、先程、A中隊が先陣を切った。
だが、敵は待ち伏せており、猛烈な銃砲弾幕を受けて撃退された。
今、対戦車防壁の前には、第1大隊A中隊の将兵10名の死体と、破壊された1両のアムタンクが濛々と黒煙を上げている。
「うかつに飛び出そうものならば、先程のA中隊の連中のように、魔道銃と野砲の集中射撃を受けてとんでもない目に遭う。」
「増援に来た新型戦車も、一向に前に出られないですからね。」
彼の側に居た第1小隊長のクラレンス・ルィスキー中尉が、やれやれといった顔つきでステビンスに言う。
「ああ。せっかく、パーシングが増援に来たって言うのに。これじゃ、意味が無いぜ。」
ステビンスは、後方50メートルの所で停止したまま、一向に前進を開始しないパーシング1個中隊を睨みつけた。
「中隊長!中隊長!」
唐突に、彼の傍で連絡を取り合っていた通信兵が、彼の肩を叩いて来た。
「どうした!?」
「朗報です!沖合の戦艦が支援してくれるようです!それから、戦車部隊があと1個中隊応援に駆けつけてくれるようです!」
「戦艦の支援と戦車隊の増援か……戦車隊の増援は嬉しいのだが、戦艦は大丈夫か?」
ステビンスは、半ば不安げな口調で通信兵に聞く。
「こっちは敵と500メートルも離れていないぞ?少しずれたら俺達もぶっ飛んじまう。」
「はぁ……確かにそうですが……」
通信兵は言葉を濁したが、目線を空に向けると、通信兵は途端に顔を明るくした。
「中隊長。誤射の問題は解決しそうですよ。」
通信兵はそう言ってから、上空に人差し指を向けた。
ステビンスは、通信兵が指した方角を見てみた。
彼らの上空を、1機のアベンジャーが通り過ぎて行く。アベンジャーの周りには護衛のコルセアが3機ついていた。
「中隊長。沖合の戦艦メリーランドより報告です。我、支援砲撃の準備完了。座標を知らされたし、であります。」
「ほう。手際が良いな……では、仕事を果たして貰うぞ。」
ステビンスは、懐から地図を取り出す。
その地図には、艦砲射撃の支援を受ける為の座標が細かく記されていた。
「通信士!メリーランドに連絡だ!テキサス・1-23-8に砲撃!迫撃砲小隊にマーカーを撃たせろ!」
「了解!こちらサードレッド2!サードレッド2!テキサス・1-23-8に砲撃!マーカーを放つ!」
通信兵がメリーランドの通信士に指示を伝えている間、ステビンスはやや後方に陣取っている迫撃砲小隊にマーカー発射を命じる。
指示を受け取った迫撃砲小隊は、60ミリ迫撃砲に煙幕弾を装填し、一斉に撃ち放った。
煙幕弾は、対戦車防壁の内側10メートルの所に着弾し、赤い煙を噴き上げた。
ステビンスは、上空のアベンジャーに顔を向ける。
この時、彼は、アベンジャーの周囲に高射砲弾が炸裂している事に気が付いた。
「おいおい……下から大砲を撃たれているじゃないか……大丈夫か?」
ステビンスはアベンジャーを心配そうに見つめるが、砲弾の炸裂があまり近くない事と、敵ワイバーンが今の所、姿を見せていない事に気を良くしてか、
アベンジャーは過度に回避運動をする事も無く、悠々と上空を旋回し続けていた。
「中隊長!メリーランドより測的完了との報が入りました!」
「来るぞ!全員に顔を上げるなと伝えろ!」
ステビンスは、すかさず各小隊長に指示を飛ばしながら、通信士にメリーランドへ砲撃開始命じろと伝えさせた。
それから10秒後、耳に応える様な甲高い轟音が急に後ろから聞こえた、かと思うと、前方で強烈な爆発音と衝撃が伝わって来た。
戦艦メリーランドの砲弾は、いずれもが対戦車防壁の内側に着弾していた。
メリーランドは前線の海兵隊を誤射しないため、最初は交互撃ち方で砲撃を行っている。
最初に飛来した4発の16インチ砲弾は、着弾と同時に、派手に土砂を噴き上げた。
この時点で対戦車防壁には命中弾は無く、未だに健在な姿を現していたが、第1射の着弾から50秒後には、第2射が降って来た。
砲弾が大地に着弾すると同時に信管が作動し、先程と同じく、対戦車防壁の内側にど派手な爆煙を噴き上げる。
先程と同様に、この時も命中弾は無かったが、着弾位置は対戦車防壁に近付いていた。
第3射、第4射と、メリーランドは交互撃ち方を繰り返す。
第5射が着弾した時、上空のアベンジャーは4発の砲弾が、対戦車防壁の内側と外側に命中して爆発する様子をしっかりと見届けていた。
「中隊長!メリーランドより通信!射撃精度良好につき、これより一斉射撃に入るとの事です!」
「一斉射撃か……メリーランドの連中にさっさとやれと言ってくれ。ホント、戦艦の砲撃は恐ろしいもんだ………」
ステビンスは、珍しく怯えたようなく表情を現しながら通信兵に返した。
砲弾の弾着が1分半ほど途絶えた時、これまでに無い程の甲高い音が後方から前方に飛び抜けて行った。
凄まじいまでの爆発音と衝撃が、彼らが身を隠している塹壕を激しく揺さぶる。
メリーランドの第1斉射弾は、2発が対戦車防壁に命中していた。
命中した16インチ砲弾は、シホールアンル軍が精魂込めて作った盛土の対戦車防壁をあっさりと吹き飛ばし、これまでに無い程の大量の
土砂を周囲に撒き散らす。
この時点で、B中隊の前方には幅6メートル程の大穴が2つ出来あがっていた。
しかし、メリーランドは対戦車防壁そのものを無くしてやるとばかりに、更に斉射弾を叩き付ける。
第2斉射弾は3発が対戦車防壁に命中し、新たに4、5メートルほどの穴を広げた。
その50秒後に飛来した第3斉射弾は2発が防壁に命中し、既に半壊状態であった防壁は派手に吹き飛ばされ、盛固められた土があっけなく吹き飛ばされ、
穴と穴が繋がり始める。
第4斉射弾の飛来は、対戦車防壁の崩壊を決定的な物にした。
事前の猛砲撃や爆撃に辛くも耐え、第3海兵連隊の前進を拒み続けた対戦車防壁も、戦艦の直接射撃を受けてはたまらない。
第4斉射弾は4発が対戦車防壁の付近に着弾し、半壊状態であった防壁の穴と穴を完全に繋げてしまった。
メリーランドは駄目押しとばかりに、第5斉射弾を放つ。
だが、それは思わぬ出来事を招いた。
ステビンスは、新たな飛翔音が聞こえ始めるや、耳を塞ぎながらじっと着弾に耐えたが、この時、彼は、その飛翔音が嫌に大きく聞こえた。
(……やけに音がでかいが……まさか!?)
ステビンスは、心中で嫌な文字を思い浮かべたが、その瞬間、大音響が鳴り響き、これまでに感じた事の無い凄まじい衝撃が、彼の潜んでいる塹壕を
大地震の如く揺り動かした。
体に大量の土砂が降り注ぎ、ステビンスはたまらず悲鳴を上げてしまった。
「ち、畜生!弾着が近い!誤射だぞ!!」
彼は、目を血走らせながら、すぐに通信兵を呼び出した。
「通信兵!メリーランドに射撃中止を命じろ!このままじゃ海軍の連中にぶっ飛ばさされるぞ!!」
「りょ、了解です!!」
「こちらサードレッド2!サ-ドレッド2!誤射だ!射撃を中止せよ!!繰り返す、射撃中止だ!!!」
通信兵は絶叫めいた声で、無線機の向こう側に居るメリーランドの通信員にそう言った。
「射撃中止だって?次の斉射まであと10秒足らずだぞ。それに、弾着は君達の陣地から離れているが。」
通信兵は顔を赤くして言葉を帰そうとした。
だが、それはかなわなかった。
「貸せ!」
受話器の向こうの相手の声が聞こえたのか、ステビンスが素早い動作で受話器をひったくった。
「このクソ馬鹿野郎が!!すぐに射撃を中止させろ!さもないと貴様らのケツにライフル弾をぶち込んでやるぞ!!!」
ステビンスの怒声があたりに響き渡った。
その甲斐あってか、メリーランドからの砲撃がぱたりと止んだ。
「……砲撃が止んだ。どうやら、こっちの状況が伝わったようだな。」
ステビンスは安堵すると、顔についている土を軍服の裾で拭いた。
「中隊長、前を見て下さい。凄い事になっとりますよ。」
塹壕から顔を上げた部下の軍曹が、驚いた表情でステビンスに言う。
ステビンスは顔を塹壕から出して、対戦車防壁がどうなっているかを確認する。
「……メリーランドの連中は派手にやったもんだな。」
彼は苦笑しながらそう言った。
数分前まで、彼らの目の前に立ちはだかっていた対戦車防壁は、すっかり変わり果てていた。
対戦車防壁は、今や方々にその名残を残すだけであり、大きな突破口が幾つも出来上がっている。
防壁は、もはや防壁と呼べるものでは無かった。
申し合わせたかのように、後ろで待機していた戦車が動き始めた。
キャタピラの音をきしませながら、パーシングは大きく開けられた穴に突っ込んでいく。
「ようし、俺達もあの戦車に付いて行くぞ!」
ステビンスの指示が飛ぶや、B中隊の各小隊がそそくさと塹壕から出始め、戦車の後を追って行く。
彼らが防壁に辿り着いた頃には、10両の戦車が防壁の穴を突破し、じりじりと敵陣に向かいつつあった。
「しかし、凄い物だな。土で固められていたとはいえ、こんな、硬そうな防壁があっさりと破壊されてやがる……射撃中止を奴らに伝えて
いなかったら、今頃は、俺達も……」
ステビンスは後ろを振り返った。
彼らが今まで隠れていた塹壕の50メートルほど手前に、メリーランドが放った16インチ砲弾によって開けられたクレーターがある。
直径は20メートルぐらいあり、16インチ砲弾の威力の凄まじさを現している。
ステビンスが射撃中止を指示していなかったら、B中隊は味方艦の誤射によって甚大な損害が出ていただろう。
「済んだ事はもういいとして……おい、俺達も連中の後に付いて行くぞ。戦車だけじゃ、陣地を確保できんからな。」
「了解です。」
彼の言葉を聞いた軍曹が頷き、自ら分隊を率いて、防壁の穴を乗り越える戦車に付いていこうとする。
その時、防壁を通り過ぎようとしていた1台の戦車が急に停止し、ハッチから1人の戦車兵が顔を出す。
「あ、パイパー連隊長だ……」
「おい!お前達はしばらくここで待っていろ!」
第3戦車連隊指揮官であるパイパー中佐は、切迫した声音でステビンスに言う。
「敵がキリラルブスの大群を差し向けて来たとの情報が入った!俺達は連中を足止めするから、今は進むな!」
パイパーはそれだけ言うと、マイクに向かって指示を飛ばす。
彼の乗っていたパーシングは前進を再開し、先ほどとは打って変わった、慌ただしいスピードで防壁の残骸を乗り越えて行った。
第21歩兵師団第78歩兵連隊第1大隊を指揮しているキュルス・ベーゲギル少佐は、連隊命令で予備陣地まで後退した後、大隊の残余を
再編して温存されていた第83歩兵連隊と第84歩兵連隊、師団直属の石甲大隊と308石甲旅団のキリラルブスと共に反撃を行おうとしていた。
反撃の手始めとして、師団所属の独立石甲大隊の28台のキリラルブスが、対戦車防壁を破壊して、第2防衛線内に侵入してきたアメリカ軍戦車に
向かって行った。
「敵の事前攻撃で少なくなったとはいえ、石甲大隊のキリラルブスは必ず、アメリカ軍戦車を駆逐してくれる筈だ。俺達は、その後に突入し、
敵を海岸線に押し戻す。第2親衛石甲軍が来るまで耐えられれば、俺達の勝ちだぞ。」
ベーゲギルは自信に満ちた口調でそう独語しながら、今しも始まるキリラルブス対“シャーマン戦車”の対決を待ち侘びていた。
「大隊長。28台のキリラルブスで、アメリカ軍のシャーマン軍団を抑えきれますかね?」
「……192大隊のキリラルブスはいずれも長砲身砲搭載だ。それに、交戦距離は、あの状態では500グレル以下になるから、うまくやれば
抑えることは出来る。いや抑えなければならんのだ。」
(でないと、先程のように、敵に背を向けながら、逃げなければならない)
ベーゲギルは、心中で忌々しげに呟く。
「大隊長!キリラルブス隊が砲撃を始めました!」
「ほう……早いな。」
ベーゲギルは部下の報告を聞いた時、意外と早い交戦開始に首を捻りつつも、塹壕から顔を出してキリラルブス隊の方向に顔を向けた。
先ほどの艦砲射撃で破壊された対戦車防壁の前に展開した28台のキリラルブスは、一斉に砲撃を放っている。
地面に突き刺さった砲弾が爆発し、派手に爆煙を噴き上げる。
キリラルブス隊は600グレルまで近付いてから砲撃を開始している。当初予定されていた交戦距離は500グレル以下だったが、
アメリカ軍戦車の進出が意外に早かった事と、既に10台程の戦車が左右に展開していたため、そのまま交戦開始となったのだ。
「いかん、望遠鏡を忘れてしまったな。おい軍曹。望遠鏡を貸してくれんか?」
ベーゲギルは、軍曹から望遠鏡を貸して貰い、それで700グレル向こうの戦いを観戦した。
その瞬間、彼は、いきなり2台のキリラルブスが爆発炎上する光景を目の当たりにした。
「なんてこった……いきなり2台もやられやがったぞ!」
ベーゲギルは舌打ちした。
初っ端から調子の悪い第192石甲大隊は、負けじとばかりに砲弾を放つ。
「……いくら長砲身搭載型とはいえ、防御力は初期型より少しマシなぐらいだからなぁ……敵があの新型戦車をそのまま投入してきたら、
連中もちっとは楽できたかも知れんが。」
ベーゲギルはそう呟きながら、キリラルブスでシャーマンと撃ち合うのはやはりまずかったのではと思った。
キリラルブスは長砲身砲を搭載した事により、真正面からでもシャーマン戦車を撃破できるが、元々は待ち伏せ専用の兵器であるため、
防御力に難がある。
第192石甲大隊の中隊指揮官の中には、堂々と姿を晒して被弾面積を大きくする危険を冒すよりも、地面を掘り、そこに砲身部だけを
露出して待ち伏せをする方が良いのではないか?という意見を述べる物も居たが、結局は正面切って戦う事となった。
中隊指揮官の意見が正しかったか否かは、交戦開始から僅か5分以内で明らかとなった形だ。
「あ、また1台やられたぞ。」
ベーゲギルは、更に1台が破壊されるのを確認した。
砲弾を食らったキリラルブスは弾薬の誘爆を起こしたのか、搭乗員スペースが完全に吹き飛んでいた。
「これで3台目……だが、そろそろ、こっちもシャーマン戦車を撃破し出す頃だ。」
(こりゃ、互いに大損害が出るかも知れんな)
ベーゲギルは、不安気にそう思った。
28台のキリラルブスでは、止められる敵戦車の数も限度があるが、せめて1時間は持たせられるだろうと言われている。
しかし、キリラルブス隊は早くも3台を失っている。
このままの調子で行けば、1時間どころか、40分も持てば御の字と言えるかもしれない。
ベーゲギルのみならず、この戦闘を観戦していたシホールアンル将兵の殆どが、そう思っていた。
だが、現実は予想よりも大きく違った物になりつつあった。
「むむ……キリラルブス隊が後退し始めたぞ。」
ベーゲギルは、キリラルブス隊の意外な行動に眉をひそめた。
キリラルブス隊は、敵の進出を抑える為には、戦力が十分に残っている場合は前進し、敵に損害を与え続けられる事を命じられている。
逆に、戦力の著しい低下をきたした場合はこの限りでは無い。
だが……キリラルブス隊はなお、25台を残していながら、じりじりと後退し始めている。
またもや1台のキリラルブスが正面に命中弾を受け、激しく黒煙を噴き出しながら擱坐する。
その10秒後には、新たに1台のキリラルブスが被弾し、大爆発を起こした。
キリラルブス隊はじりじりと後退を続けながら、52口径3ネルリ(72センチ)砲を撃ちまくる。
キリラルブス隊の砲の発射間隔は、通常よりも短く思われる。
この発射間隔なら、敵にも相当の損害を与え、キリラルブス隊を襲う砲弾の数も少なくなっている筈であるが、キリラルブス隊に向けて
撃たれる砲弾の数は一向に減らず、しきりに敵弾が周囲で炸裂する。
また、被弾するキリラルブスも尚増えて行く。
敵戦車との交戦開始から10分が言経過した時には、第192大隊のキリラルブスは、28台から12台にまで激減していた。
「おいおい……キリラルブスが半分以下にまで減っているぞ!」
ベーゲギルは、目の前の現実に愕然としていた。
キリラルブス隊は最初、28対16という有利な状態から戦闘を開始出来たにも関わらず、今では戦力が半数以下にまで減っていた。
この間、敵戦車は16両から32両に増えている。
キリラルブス隊は、それでも敵戦車隊と激しく撃ち合っていたが、更に1台のキリラルブスが爆砕された所で、残りが一斉に反転し始めた。
「大隊長!第192大隊の代理の指揮官から通信です!我、敵の強力な新型戦車の攻撃の為、戦力の低下著しく、一旦後退する物なり!
大隊長は既に戦死との事です!」
「敵の新型戦車だと!?あの防御力の低い新型戦車が、長砲身キリラルブスを打ち負かしたのか!?」
「いえ……詳細はわかりませんが……とにかく、キリラルブス隊では歯が立たなかったようです。」
「52口径の長砲身砲でもか!?」
ベーゲギルはそう言いながら、逃げ戻って来る11台のキリラルブスに目を向ける。
交戦開始前は、見事な隊形を組んで敵に向かって行った自慢のキリラルブス隊も、今ではばらばらになって味方陣地に向かって来る。
まさに敗残兵そのものである。
「大隊長!敵の戦車が……!」
部下の1人が、幾つもの黒煙が噴き上がる場所を指さして叫んだ。
ベーゲギルは、その方角に目を向けた。
「……あれは何だ?」
ベーゲギルは敵の正体を確かめるべく、望遠鏡を覗きこむ。
幾つもの残骸を避けながら姿を現した敵戦車は、今まで見慣れてきたシャーマン戦車ではなかった。
敵戦車は、シャーマン戦車と同じように車高が高かったが、シャーマン戦車と比べて均整の取れた形をしており、砲塔部から突き出る砲身も一際長い。
全体的にどっしりとした安定感が感じられる。ベーゲギルは、敵の新型戦車に対してそのような印象を抱いた。
何を思ったのか、1台のキリラルブスがいきなり向きを変え、砲身を向ける。
その4秒後、キリラルブスの長砲身砲が火を噴き、砲弾が敵の新型戦車に向けて飛んで行く。
400グレルの距離から放たれた砲弾は、過たず、敵戦車の砲塔に命中したが、それだけであった。
「なっ!?」
その時、誰もが目を疑った。
キリラルブスの砲弾は、敵戦車に命中した物の、あっさりと弾き飛ばされてしまった。
新型戦車がお返しとばかりに砲弾を放った。
その砲弾は、反撃して来た勇敢なキリラルブスに命中し、容易く吹き飛ばした。
派手に爆炎を噴き上げるキリラルブスを、ベーゲギルとその部下達は、ただ、呆然と見守るしか無かった。
同日午後3時20分 レスタン領ハタリフィク
レスタン領軍集団司令官ルィキム・エルグマド大将は、険しい表情で机の上に敷かれた地図を見つめていた。
「司令官閣下。レーミア海岸は、敵の攻撃の前に制圧されつつあります。不幸中の幸いとして、敵は海岸から1ゼルドの地点で食い止めて
おりますが……この状態を長時間維持するのは、極めて難しいかと思われます。」
作戦参謀のヒートス・ファイロク大佐がエルグマドに説明する。
「敵は、攻防性能でシャーマン戦車を上回る新型戦車を、レーミア海岸でも多数投入しているため、迎撃に出たキリラルブス隊の損害は甚大です。」
「敵の新型戦車もそうですが、それ以上に厄介なのは、敵の航空支援です。」
主任参謀長のヴィルヒレ・レイフスコ中将が右手の人差し指で、レーミア海岸沖を撫で回した。
「アメリカ軍は、ジャスオ方面のみならず、レーミア沖からも多数の航空機を送り込み、我が地上部隊を爆撃しています。レーミア海岸は、
これまでに7波、計1000機以上もの航空機に襲われていますが、その大半は単発機です。」
「司令官閣下、敵地上部隊には20隻ほどの小型空母が随伴していますが、搭載機数の少なさ故、こうまでも多数の航空機を飛ばす事は出来ません。
アメリカ軍は、小型空母群の他に、正規空母を主力とした機動部隊も送り込んでいるかもしれません。」
作戦参謀の言葉を聞いたエルグマドは、深く頷いた。
「マルヒナス運河沖に待機していた、2隻の空母を加えて、地上部隊の支援に当たらせておるのかも知れんな。」
レスタン領軍集団司令部は、昨日までに、海軍からマルヒナス運河沖に2隻の米空母が待機状態にあると伝えられていた。
それ以前に、エルグマドらは、アメリカ軍が多数の空母を待機させているであろうと推測していたが、海軍のレンフェラル
部隊はマルヒナス運河の西側のみならず、東側も捜索し、その結果を海軍総司令部に伝えている。
エルグマドらは、待機していた米空母の数が予想よりも少ない事に、しばしの間安堵していた。
「しかし、アメリカ軍も諦めが悪いですな。」
レイフスコ中将が両腕を組みながらエルグマドに言う。
「ヒーレリ領沖の航空戦で、主力の高速機動部隊が大損害を負ったにもかかわらず、尚も上陸作戦を強行するとは。」
「恐らく、このままの戦力でも作戦は続行できると判断したのでしょう。我が方は、ヒーレリ領沖の航空戦で多大の戦果を上げる
事が出来ましたが、敵にはなお4、5隻の空母が残り、新たに2隻の空母が加わっています。その他にも、敵は多数の小型空母を
有している他、ジャスオ領の航空基地からも援護機を回す事が出来ます。また、アメリカ軍は、上陸部隊にも多数の新型戦車を投入し、
現に我が方の反撃を撥ね退けながら、橋頭堡を確保できるところまで行っています。敵はあらかじめ、高速機動部隊が壊滅的打撃を
受けても、作戦を続行できるように計画していたのでしょう。」
「作戦参謀の言う通りだな。では、敵は、輸送船団が我が海軍部隊に襲われても、それに沿った侵攻計画を準備しているのかね?」
「司令官閣下。強大な物量を誇るアメリカと言えど、それは許容範囲外でしょう。」
兵站参謀のラッヘル・リンブ少佐が発言する。
「アメリカ軍の強さは、戦車や自動車等の高機動兵器を縦横に活用した機動戦術にありますが、敵は上陸から半日しか経っていないため、
輸送船には今後の侵攻に必要な武器・弾薬・糧食等が大量に詰め込まれている筈です。海軍部隊がレーミア海岸沖に来るのは23日から、
遅くても24日頃ですが、敵が更に内陸に侵攻したとしても、大量の軍需物資を詰め込んだ輸送船はまだまだ居るでしょう。もし、
この輸送船団を海軍部隊が急襲し、全滅させるか、大損害を与えてレーミア湾から叩き出した場合、レーミア湾に上陸した連合軍部隊は、
遠からず、補給不足で立ち枯れになります。特に、戦車や自動車等に必要な燃料の補給をこまめにしなければならないアメリカ軍機甲師団は、
瞬く間に行動不能に陥るでしょう。」
「兵站参謀の言う通りです。」
レイフスコ中将はエルグマドに顔を向ける。
「恐らく、敵はなんとしてでも、第4機動艦隊を阻止しようとする筈です。その場合、第4機動艦隊にも大きな損害が生じる恐れがあります。
海軍の迎撃作戦も失敗する可能性がある今、不安要素を少なくするためには、敵の上陸部隊に目立った損害を与える事が必要になります。」
「不安要素を少なくするため……か。」
エルグマドは深いため息を吐いた後、1分程黙考してから、再び口を開いた。
「妥当な案じゃな。だが、わしが不安に思っている事は、他にもある。第一に、海側からやってきた敵の単発機の数だが、約1000機のうち、
大半が海側からやって来た単発機と報告にあったが、小型空母が20隻以上……ここでは30隻としよう。そんなに多く居るとはいえ、
小型空母と、沖合の高速機動部隊だけでこんなに航空機を飛ばせる物かね?」
「は……」
幕僚達は、言葉に詰まってしまった。
シホールアンル軍は、アメリカ軍の有する小型空母の搭載機数が30機前後である事を掴んでいる。
仮に、エルグマドが予想した小型空母数が30隻だとして、保有する搭載機数は約900機とかなり強大に見えるが、実際に動かせる機数は、
艦隊上空の護衛や対潜哨戒等で、その最大数よりも大きく下回る。
また、沖合に展開している高速機動部隊も6、7隻の空母しかおらず、搭載機数も全空母の物を合わせて、せいぜい500機……大甘に
見積もっても600機を越えれば良い方だ。
そして、この高速空母部隊も、全ての搭載機を地上支援に回すと言う事はしない。
両者を合わせれば、なんとか7、800機の攻撃機を送り出す事は可能と思えるが、それは艦隊防空に大きな穴が開く事を覚悟の上で
やらなければならない事だ。
シホールアンル側は、今日も200騎のワイバーンを敵船団や小型空母部隊攻撃に送り出し、小型空母2隻撃破、輸送船2隻撃沈の戦果を
挙げたが、49騎を撃墜されるという手痛い損害を被っている。
攻撃隊指揮官からは、敵船団並びに小型空母部隊の上空援護はかなり手厚く、撃墜されたワイバーンの半数近くは、爆弾や魚雷を投下する前に
やられたと報告されている。
敵の支援攻撃が強力な上、敵艦隊の守りもほぼ穴が無い状態である事は一目瞭然であるが、それでいて、たった一日で7、800機の艦載機を、
現有兵力だけで送り出せるのは明らかにおかしい事である。
と、エルグマドはそう確信していた。
「それと、もうひとつ。」
エルグマドは指示棒を取り出し、ジャスオ領内を撫で回した。
「ジャスオ領に居座っている敵の空挺部隊は、何故、動いていないのだ?」
「……」
エルグマドの質問に対して、幕僚達は誰も応えられなかった。
「東はデイレア領境で……西では敵の大上陸部隊が迫っている。わしらは、どちらの戦線でも、前進する敵に対応する事に集中している。
しかし、ここで動く筈の敵空挺部隊が、何故か動いていない……どうも、敵の意図が分からん。」
エルグマドは、顔に苦悶の色を現しながら、指示棒の先端でジャスオ領をコンコンと叩き続ける。
「……もしかして……この空挺部隊の集結は、陽動だろうか……」
エルグマドは、ぼそりと呟いた。
「作戦参謀。ファルヴエイノには、確か、増援部隊が到着していたな?」
「はい。本国から錬度の行き届いた歩兵師団2個が既に到達しています。この他に、新編成の石甲旅団1個が快速列車で急送中であり、
明後日には全部隊が揃います。」
「ふむ……となると、首都近郊には、完全武装の2個師団と1個石甲旅団が展開する事になる。」
「閣下……もしや、ジャスオ領の空挺部隊は、重要拠点に兵力を縛り付ける為に用意されただけの陽動ではないでしょうか?」
レイフスコ中将がハッとなった表情を浮かべながら、エルグマドに言う。
「敵が陽動戦術も巧みである事は既に経験済みです。一昨年9月の敵の攻勢は、作戦名にわざわざ11月攻勢作戦という名前まで付けて
攻め立ててきたほどです。今回の空挺部隊集結も、前線に投入する兵力を事前に減らすための陽動部隊である事は充分に考えられます。」
「ふむ。我々は、エルネイル戦で空挺部隊の恐ろしさと言う物を味わっている。それを利用して、空挺部隊を集結させ、兵力を実際に使わず、
こちらが繰り出せる手を縛る……か。」
エルグマドはそう言ってから、仏頂面を浮かべて思考する。
「閣下。そうとなれば、レーミア海岸に一兵でも多く、増援を送るべきです。わざわざ、敵の策に乗る必要はありません!」
「いや、敵空挺部隊が陽動部隊と仮定するのは危険です。」
エルグマドに進言する主任参謀長に対して、ファイロク大佐が厳しい口調で戒める。
「敵空挺部隊が待機しているのは、部隊進出の段階にまだ至っていないから、と言う事も考えられます。ここで迂闊に部隊を移動し、拠点を……
例えば、ファルヴエイノを手薄にすれば、隙ありとばかりに大挙襲来してくる可能性も無いと言い切れません。ここは海岸部隊への更なる増援は
控え、首都の部隊はそのまま待機を命じた方が良い筈です。それ以前に、レーミア海岸地区の状況は我が方の不利とはいえ、首都の部隊を増援に
送る段階に達したとは言い切れません。」
「作戦参謀!それでは手緩いぞ!」
レイフスコが叩き付けるように反論する。
「レーミア海岸の敵は非常に強力だ!確かに第2親衛石甲軍を始めとする予備部隊は健在だが、彼らを投入しても、敵の侵攻を完全に抑えきれる
とは言い切れん!ここはリスクを減らす為に、一兵でも多くの兵力をレーミア海岸の敵部隊阻止に注ぎ込むべきだ!」
「し、しかし。首都防衛の兵力を引き抜く事は、敵に首都が手薄である事を知らせてしまいます。ここは慎重に行動すべきです。」
「慎重に行動して兵力が足りぬばかりに、敵の阻止に失敗したらどうする?ここは是が非でも、首都の2個歩兵師団と1個石甲旅団を引き抜き、
レーミア戦線に投入すべきである。」
「もうよい。その話はここまでにしよう。」
唐突にエルグマドが口を開いた。
「諸君らの言いたい事は良く分かった。それを踏まえた上で、わしから首都防衛部隊をどうするか、話をしよう。」
エルグマドは、軽く咳払いしてから自らの方針を述べた。
「敵の空挺部隊はまだジャスオ領に居る。奴らが陽動で集められたか、それとも実際に動かすために集められたかはわしにもわからん。
だが、このまま何もしないでは、レーミア付近の戦線崩壊に繋がる恐れがある。わしとしてはまず、24日まではファルヴエイノ防衛部隊を
そのまま置き続け、25日から前線に送り込む。」
「24日……閣下、それでは遅すぎはしませんか?」
レイフスコが不安げな口調で進言する。
「それまでには、敵も大きく前進しているかもしれませんぞ。」
「前進させるならそれで良い。」
エルグマドの一言に、幕僚達の顔色ががらりと変わった。
「か、閣下!それでは、我が軍は敵上陸部隊に勝てないと言われるのですか!?」
「……レイフスコ。それではまるで、わしが敵に勝つ気が無い、と言わんばかりだな。」
エルグマドは、ぎろりと睨みつけた。
「率直に行って、お前達は頭に血が上り過ぎておる。冷静になれ。」
「……では、閣下はどのような考えをお持ちでしょうか?」
ファイロク大佐が平静な口調でエルグマドに聞く。
「ふむ……要は、敵が近づけぬ状況を作ればよいだけだ。」
エルグマドはそう言ってから、指示棒を掴み、レーミア海岸を指した。
「現在、敵はレーミア海岸に橋頭堡を確保しておる。連合軍はそこから内陸部に侵攻するつもりだ。その侵攻を阻むために、海軍が後ろから
襲い掛かり、輸送船団を全滅させるか、レーミア湾から蹴散らす。成功すれば、敵上陸部隊、約10万名以上は補給不足で立ち枯れになる。
だが、失敗すれば、敵は強大な戦力を保持したまま、内陸部に進出できる。その次は我が軍が誇る、第2親衛軍を始めとする陸軍部隊との
決戦だが、これまでの情報を見る限り、敵は新型戦車を多数投入し、こちらのキリラルブス部隊は苦戦を強いられている。この状態では、
1にも2にも兵力の増援が必要になるが、一番近い位置に居る有力な部隊は、ファルヴエイノの2個師団と1個石甲旅団だ。これらを
投入すれば、兵力も分厚くなるが、首都への奇襲を伺っておるかもしれない、敵空挺部隊へ対抗する手段が無くなる。普通なら、これで
手詰まりだ。だが、わしはここで、考え方を変えた。」
エルグマドは、指示棒をレーミア湾付近から一気に、ファルヴエイノから10ゼルド離れた場所に変えた。
「海軍の作戦が失敗した場合、軍の主力をファルヴエイノから10ゼルド(30キロ)付近に移動し、防衛線を引き下げる。この距離ならば、
首都防衛部隊も容易に前線に投入でき、万が一、敵空挺部隊が襲来しても、石甲部隊を主力に、臨時に攻撃部隊を編成して敵を全滅させればよい。
要は、兵力を集中させるだけじゃな。」
「なるほど……引き込んでから叩く、と言う訳ですな。」
ファイロク大佐は感嘆した口調でエルグマドに言う。
幕僚達も、エルグマドの言葉に驚かされていた。
(流石はエルグマド閣下……狡猾武者とよばれるだけある)
リンブ兵站参謀も、老いても衰えを見せぬエルグマドの軍才に舌を巻いていた。
「もっとも、これは敵が、ファルヴエイノを襲うと仮定した話の事だ。他の所を襲うとなれば、話は変わって来る。」
エルグマドはそう言ってから、深いため息を吐いた。
「それ以前に、敵の稼働航空機と稼働空母が少ないと言う前提での話だ。ファルヴエイノは、海岸から40ゼルドしか離れておらん。敵が支配地域を
広げれば、その部分だけ制空権も取られるから、敵の航空支援を相手にしなければならない。その数が少なければ少ないほど、我がワイバーン部隊も
思い切って戦える。だが………」
彼は、指示棒の先でレーミア湾から更に西の沖を叩いた。
「もし、敵が多ければ。わしの考えた作戦は瓦解してしまうだろうな。」
「まさか……そのような事はありますまい。」
レイフスコ中将は苦笑しながら、エルグマドに言う。
「敵の機動部隊はヒーレリ領沖で戦力を大幅に減殺されているうえに、我が海軍の主力部隊と戦わねばなりません。敵が小型空母の艦載機を揃えて
戦うとしても、稼働機は1500機ほど。一方で、我々は第4機動艦隊の艦載ワイバーン1000騎と、西部方面で一応、対機動部隊用に確保できた
ワイバーン300騎と飛空挺部隊180騎がおります。数の上ではほぼ互角です。今度こそ、我が海軍は敵機動部隊に止めを刺し、敵の大護送船団にも
少なからぬ損害を与えられるでしょう。」
「……そうであればよいのだが。」
レイフスコの言葉を聞いても、エルグマドはなお、不安を拭い切れなかった。
その後も会議は続き、気が付けば、時計の針は午後4時10分を指していた。
「もうこんな時間か……まだ報告は来ないのかな。」
エルグマドは時計を見つめながら、今、一番気掛かりな事を口にした。
「ワイバーンは、敵機動部隊を見つける事ができたのだろうか……」
「報告が無い限りは、恐らく駄目だったかも知れませんな。」
魔道参謀のウィビンゲル・フーシュタル中佐は事務的な口調でそう返す。
「敵機動部隊の警戒網は厳重ですから、偵察に出した5騎全てが未帰還となった可能性も否定できません。何らかの理由で報告が遅れず、
そのまま帰還した事もあり得ますが……時間的に、1時間前にはもう基地に戻っても良い頃です。それが無いとなると……」
「全滅……と言う事か。」
エルグマドは、沈んだ声音で呟く。
「は……恐らくは……」
フーシュタル魔道参謀がそう答えた時、作戦室のドアが開かれ、若い魔道士官が入室して来た。
「失礼します。西部空中騎士軍司令部より緊急信です。」
若い魔道士官は、フーシュタル中佐に紙を手渡した後、そそくさと退出して行った。
魔法通信の内容を一読したフーシュタルは、見る見るうちに顔を強張らせていく。
「魔道参謀。内容を読んでくれんか?」
「は……直ちに。」
ゆっくりと頷いたフーシュタルは、紙に書かれている内容を読み始めた。
「本日午後2時50分頃。レーミア湾西方45ゼルド沖にて、アメリカ機動部隊を発見せり。敵は空母3、4隻を含む機動部隊を4群ないし
5群伴えり。敵の戦力は推定で、空母12ないし14。戦艦5ないし6、ほか、巡洋艦、駆逐艦多数を伴う。なお、偵察にあたったワイバーン隊は
ほぼ全滅。敵情報告を行った竜騎士も、帰還後に戦死せり、であります。」
フーシュタル中佐が内容を読み終える。
エルグマドらは、それから5分ほどの間、一言も発する事ができなかった。