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074 第65話 アムチトカ島沖海戦(後編)

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第65話 アムチトカ島沖海戦(後編)


1483年(1943年)5月26日 午前11時 アムチトカ島沖北西230マイル沖

空母フランクリンのレーダーが、シホールアンル側の大編隊を捉えたのは午前11時の事であった。
第36任務部隊は、シホールアンル機動部隊まで220マイルの所に迫り、10時50分ほどに総計84機の
攻撃隊を発艦させていた。

「司令官!北東方面より、敵大編隊の接近を探知しました。距離は90マイルです。」

参謀長の報告を聞いた、TF36司令官であるフレデリック・シャーマン少将は即座に命令を下した。

「よし。こちらも敵に備えよう。残存する戦闘機を全て出し、敵編隊の漸減を行う。」

シャーマン少将の命令は、すぐにフランクリン、プリンストンに告げられ、この2空母の甲板上では、
残りのF6Fずらりと並べられた。
残存戦闘機数はフランクリン、プリンストン合わせて58機だ。
この58機全てを、迫り来る敵編隊に叩きつけるのだが、対する敵編隊は、少なく見積もっても120騎以上はいると思われた。
全てを押し留める事はまず不可能であるが、それでも、両空母の乗員達はこの58機のF6Fを盛大に応援しながら
次々と送り出していった。

戦闘機隊は、発艦後20分ほどで敵編隊と相対した。
この時、F6Fは58機。対するシホールアンル側は総計162騎。
戦闘ワイバーンだけでも81騎はいた。
だが、米戦闘機隊の中に臆した者は誰1人いなかった。
戦闘機隊は敵の攻撃隊よりも上の高度を飛行しており、戦闘ワイバーンが阻止にかかろうとする前に、F6Fは
猛然と急降下を開始した。
F4Fよりも早い急降下速度で、あっという間に彼我の距離が縮まっていく。

戦闘ワイバーンの半分がF6Fに正面から向かい合った。
先頭のF6Fは、距離が700メートルを切った所で機銃弾を発射。これは見事に、狙ったワイバーンに命中した。
ワイバーンが6本の火の槍に串刺しにされ、F6Fが側を通り過ぎた直後には、そのワイバーンは真っ逆さまになって落ち始めた。
ワイバーンの光弾が、1機のF6Fの胴体部分に命中した。光弾の量はかなりあり、F6Fから破片が飛び散った。
竜騎士が自然に口元を歪めるが、そのF6Fは何事も無く機銃をぶっ放し、12.7ミリ弾が魔法障壁をかき消して
竜騎士の体を引き千切り、ワイバーンをも一緒くたに射殺した。
F6Fと、ワイバーンが全て、正面からの撃ち合いを終えて飛び抜けたとき、ワイバーン側は7騎が、F6Fは1機が墜落していった。
その後は互いに入り乱れての乱戦が始まった。
F6Fは訓練通り、サッチウィーブを仕掛けてワイバーンを誘う。
これに誘われるワイバーンは少なくなく、F6Fに飛びついた瞬間、背後から撃たれて叩き落されるか、落とされないまでも、
敵撃墜のチャンスを逃してしまった。
ウィーブが使用できないと判断したF6Fは、通常通りの一撃離脱に徹して、戦闘ワイバーンを疲弊させていく。
別のF6Fは、攻撃ワイバーンに襲い掛かった。
上空から600キロ以上の猛速で突っ込んで来たF6Fが、回避しようと攻撃ワイバーンに突っ込む。
大体の攻撃ワイバーンは、すぐに散らばってしまうが、反応の襲いワイバーンもいる。
その1騎のワイバーンに、実に3機のF6Fが向かい、計18丁の12.7ミリ機銃が、このワイバーンを弾幕に包み込んだ。
反応が遅い上に、18丁の機銃に弾幕を張り巡らされてはワイバーンもたまったものではない。
攻撃ワイバーンは全身を機銃弾に貫かれ、しまいには両翼が引き千切られて、砲弾のごとく海面に直行していった。
最初は有利に戦いを進めていたF6Fは、開始15分ほどで9騎の戦闘ワイバーンと、14騎の攻撃ワイバーンを撃墜した。
だが、いくらF6Fでも数の優位を取られては思うように暴れまわる事が出来なかった。
敵編隊が、TF36まであと20マイルの距離に接近した時、F6Fは全て、戦闘ワイバーンとの空中戦に忙殺され、
攻撃ワイバーンにまで手が回らなかった。

「ついに来たな・・・・・」

空母フランクリンの艦橋で、フレデリック・シャーマン少将は接近しつつある敵ワイバーン隊を見て、そう呟いた。
TF36が形成する輪形陣の左側から、70騎は下らぬ数のワイバーンが、整然とした編隊を組みながら接近しつつある。

「少ない手勢でどこまで出来るかな?」

シャーマン少将は、空母を守る護衛艦の陣容を思い出した。
現在、TF36の主力はフランクリンとプリンストンである。
この2空母護衛する艦は、新鋭軽巡のモービルとサンアントニオ、それにフレッチャー級駆逐艦8隻だ。
モービルとサンアントニオは、共にクリーブランド級軽巡洋艦の7、8番艦であり、主砲は54口径6インチ3連装砲4基を
積むが、この他に5インチ連装両用砲を6基12門。
機銃は40ミリ連装機銃8基16丁に、20ミリ機銃が20丁だ。
フレッチャー級も5インチ両用砲5門に40ミリ連装機銃3基6丁、20ミリ機銃8丁を積んでいる。
数は少ないとはいえ、従来の駆逐艦、巡洋艦よりは対空火力が向上しており、濃密な弾幕を張る事は可能だ。
そして、守られるべき立場にあるフランクリン、プリンストンも侮れない対空火力を持つ。
フランクリンは5インチ連装両用砲4基、単装4門に、40ミリ4連装機銃8基32丁。
20ミリ機銃46丁と、クリーブランド級どころか旧式戦艦をも凌駕しかねない対空火力を持っている。
それに比べて、プリンストンはフランクリンに比べて、保有する対空火力は慎ましやかに思えるものの、それでも
5インチ両用砲4基に40ミリ連装機銃9基18丁、20ミリ機銃16丁という重火力だ。
そして、これらの艦艇にはVT信管が多数搭載されている。
ちなみに、元々TF36にはモービルと駆逐艦4隻しかいなかったのだが、ダッチハーバー出港1週間前にサンアントニオ
と駆逐艦4隻が加わった。
後の戦史家が言うには、サンアントニオと駆逐艦4隻が加わらなかったら、TF36は敵機動部隊に対して、
ただ逃げ回るだけしか出来なかったと言われている。
ここにして、舞台は整ったわけだが、シャーマンは、ただ単に自己犠牲精神でTF36をえさ役に仕立てた訳ではない。
少ないとはいえ、充実した対空火力で敵の攻撃ワイバーンに大打撃を与えようと考えたため、このように、敵にとって
無謀な、小兵力で挑む愚かな艦隊を演じたのである。

「敵にとって、TF36は寡兵だろうが、その寡兵がどれほど恐ろしい物か、嫌と言うほど教えてやる。」

シャーマン少将は、そう言って迫り来るワイバーン編隊を睨み付けた。
70騎ほどのワイバーンは、駆逐艦郡の射程に達する直前、大きく二手に分かれた。
片方が輪形陣の前方を迂回している間、片方の敵編隊はこちらをからかっているのかのように、射程外で旋回している。

「せめて、あと30、いや、20機ほどの戦闘機があれば、余裕ぶっているあのワイバーンを一網打尽にできるのだが・・・・!」

フランクリン艦長のジェームズ・シューメイカー大佐は歯噛みして悔しがった。
だが、いくら悔しがっても、敵編隊は輪形陣内に突入して来ない。
誰もが緊張と、苛立ちに顔を歪めて20分が経過した時、輪形陣の左右に展開したワイバーンがついに突入を開始した。
まず、輪形陣外輪部の駆逐艦が砲火を開いた。
高角砲弾がワイバーンの周囲で炸裂し始める。その炸裂煙の中に、ワイバーンの至近で炸裂するものが幾つか混じっている。
射撃を開始して1分後に、早くも輪形陣左側で2騎、右側で1騎が撃墜される。
駆逐艦のみならず、モービルやサンアントニオ、フランクリンやプリンストンも高角砲を撃ち始めた。
高度3000付近を進み行くワイバーン郡の前面に、間断なく高角砲弾が炸裂した。
進むたびに1騎、また1騎と、ワイバーンは次々に落ちていく。
艦隊の上空は、高角砲弾炸裂の黒煙でほぼ覆われつつあり、弾幕の密度は悪くない。
しかし、シャーマン少将は不満気な表情で戦闘を見つめていた。

「VT信管も混ぜて撃っているはずだが・・・・・どうも成績が悪いな。」

確かにワイバーンは落ちていた。
対空戦闘が開始して、ワイバーンは次々に落とされているが、10分ほど経っても撃墜は15、6騎ほどに留まっている。
従来の対空戦闘よりは、一応マシになったようだが、新型砲弾を混ぜての戦闘にしてはどうも物足りない。
シャーマンのみならず、艦隊の将兵はワイバーンがばたばた落ちていく光景を予想していたが、予想に反して大多数の
ワイバーンは、確実に輪形陣中央に接近しつつある。
それから間も無く、最初のワイバーンの編隊がフランクリンに襲い掛かって来た。

「左舷上方より敵ワイバーン7騎、急降下!」

見張りの報告を聞いたシューメイカー艦長がすかさず指示を飛ばした。

「取り舵一杯!いそげ!!」

怒鳴るような命令を聞いた操舵手が、復唱しながら舵を思い切り回した。
それと同時に、スクリューの回転速度を左舷側、右舷側別々に調節する。
事前に、少しばかり取り舵を取っていたフランクリンは、17秒ほどで艦首を急回頭させ始めた。
27000トンの巨体に似合わぬ俊敏な回頭に、急降下しつつあるワイバーン隊の隊長騎は、狙いを外されたために罵声を上げた。
先頭のワイバーンが高度2000を切るや、フランクリンや護衛艦艇から機銃が放たれた。
隊長騎が猛烈な機銃弾幕に絡め取られて、一番初めに吹き飛ばされた。
続いて2番騎、3番騎が翼を叩き折られ、あるいはバラバラに分解されて海に落ちた。
残りの騎は臆す事無く、弾幕に突っ込んでいく。
4番騎が高度800メートルで爆弾を投下した。
その直後にVT信管付の高角砲弾がすぐ側で炸裂して竜騎士、ワイバーンが共にミンチにされた。
後続騎が次々に爆弾を投下するが、4発の爆弾はことごとく、フランクリンの艦尾側海面か、右舷側海面に落下した。
この小編隊の攻撃が終わった後、今度は別の編隊がフランクリンに突っ込んで来た。

「右舷艦尾側よりワイバーン10騎!突っ込んで来ます!」
「舵戻せ!面舵一杯!」
「舵戻せ!面舵一杯、アイアイサー!」

シューメイカー艦長は早くも、次の命令を下す。
左に回頭していたフランクリンが回頭をやめ、今度は右舷に回頭を始める。
フランクリンに追随するサンアントニオや駆逐艦がこれに追随する。
プリンストンもまた、別のワイバーンの爆撃を回避している。
回避運動で、追随する護衛艦は戦闘開始時より少なくなっているが、それでも猛烈な対空砲火がワイバーンに
向けて放たれている。

夢物語に出て来て、人を無差別に襲いそうなイメージを持つワイバーンが、フランクリンそのものを抹殺せん
として急角度のダイブで迫って来る。
この凶悪な化け物に対して、5インチ砲や40ミリ、20ミリ機銃が迎え撃つ。
先頭から6番目のワイバーンが片翼を高角砲弾に引き千切られて、そのまま死のダイブに移行し、2番目の
ワイバーンもまた、機銃弾をしこたま振るわれて散華した。
先頭のワイバーンが高度600まで降下した時までに、新たに1騎が撃墜される。
先頭騎が腹から爆弾を投下した。
(先より回頭が遅かった分、回避できるか?)
シャーマン少将は内心不安に思いながら、爆弾は当たらないでくれと祈っていた。
シューメイカー艦長に敵弾回避の方法を伝授したのはシャーマンである。
彼は以前、空母レキシントンの艦長として数々の海戦に参加し続けている。
その中で、シャーマンは空母対竜母の戦闘を経験し、乗艦を大破させてしまった。
第1次バゼット海海戦で、燃料庫の誘爆を引き起こしながらも生還したレキシントンは、戦死者298名、
負傷者320名を出してしまった。
乗っている艦を2度と酷い目に合わすまいと決意したシャーマンは、レキシントンでの体験や、他の空母艦長
からの体験談を基に回避方法を考え、それをシューメイカー艦長に教えた。
シューメイカー艦長は、シャーマンの教えた通りの方法で敵弾をなんとか回避しようとしているが、タイミング
がずれれば被弾の確率はかなり高まる。
(艦長は少しだけだが、回頭の命を下すのが遅かった。敵弾が当たらなければいいが)
シャーマン少将の思いをよそに、フランクリンの艦体が右舷に回頭を始めた。
回頭を始めるまでは30秒かかった。
その直後、先頭のワイバーンが投下した爆弾が、左舷側海面に落下した。
落下地点は艦より200メートルほど離れている。
次の爆弾が落下し、轟音を上げた。シャーマン少将は左舷ではなく右舷側を見る。
今度は右舷側に水柱が吹き上がる。
3発目、4発目と、次々に爆弾が落下するが、いずれもフランクリンの至近にすら落ちない。

「この分なら」

ひとまずは安心だなと、シャーマン少将は言おうとした時、唐突にドーン!という轟音が鳴り響いた。

フランクリンの巨体が、左舷側から突き上げられたかのように揺さぶられた。

「左舷後部に至近弾!左舷第3機銃郡に損害が出た模様です!」
「すぐに負傷者を運べ!」

衝撃の余韻が収まらぬうちに、今度は左舷艦首側海面に水柱が立ち上がった。
こちらは機銃郡に損害は与えなかったが、至近弾が吹き上げた海水が機銃郡の将兵を濡れ鼠にした。

「左舷上方より敵ワイバーン9、急降下!」
「右舷上方より敵ワイバーン4、急降下開始!」
2つの報告が同時に飛び込んで来た。つまり、フランクリンは左右から挟み撃ちにあったという事だ。
(どう判断する艦長?)
シャーマンはシューメイカーの判断が気になった。
左舷側に回頭すれば、9騎のワイバーンは内懐に飛び込まれる格好になり、狙いが付けにくいが、
4騎のワイバーンは狙いが付けやすくなる。
だが、逆に行けば、左舷側に回頭した時よりも2倍以上の爆弾を喰らいかねない。

「舵戻せ!取り舵一杯!!」

シューメイカー艦長は即座に判断した。どうやら、彼は少ないほうを選んだようだ。
その時、聞きたくない報告が飛び込んで来た。

「プリンストンに敵弾命中!あっ、また当たった!!」

見張りからプリンストン被弾の報告が舞い込んだ時、シャーマン少将は一瞬ひやりとなった。
プリンストンは軽巡から改装された軽空母で、防御力は正規空母より劣る。
もし敵弾が機関部や弾薬庫などの位置に命中すれば、プリンストンはすぐに息の根を止められる。
シャーマンは、せめてプリンストンが沈まないでくれと祈った。
彼が祈る間にも、フランクリンに敵のワイバーンが迫りつつある。

最初に、9騎のワイバーンが襲って来た。
フランクリンがこれに対して、またもや猛烈な対空砲火を放つ。
高角砲や機銃がガンガン唸り、その喧騒は艦橋にも伝わって来る。
相次いで3騎のワイバーンがフランクリンや、サンアントニオ等の対空砲火に撃墜されるが、残りが爆弾を投下してきた。
左舷に急回頭を続けるフランクリンの左舷に、次々と爆弾が落下して水柱が吹き上がる。
1本、2本、3本と、弾着位置がフランクリンに近付いたが、4本目はフランクリンを通り越して右舷側
200メートルの海面に突き刺さった。

「4本目があの位置となると・・・・」

シャーマン少将は、いや、彼のみならず、機銃員や高角砲要員の誰もがやや安堵したと思いかけた時、唐突に
ぐしゃっという嫌な音が聞こえ、微かな振動が伝わった。
その0.5秒後に格納甲板から何かが壊れる音が聞こえた。
そして次の瞬間、ダァーン!という強烈な爆裂音が周囲を圧した。
突然の衝撃に、フランクリンの艦体が大きく揺れた。
この時、爆弾はフランクリンの飛行甲板、それもど真ん中に命中していた。
爆弾は飛行甲板を叩き割って格納甲板に達した。その際、ドーントレス1機が唐竹割りにされたように叩き潰された。
その次の瞬間、爆弾が炸裂して周囲の機体、整備員等を一緒くたに薙ぎ払った。
フランクリン艦長シューメイカー大佐は、事前に格納庫のハンガーを全て開けさせていた。
爆風は開け放たれたハンガーから吹き抜けていき、被害を抑える事に成功した。
だが、逃しきれなかった爆発エネルギーは無視できぬ被害を及ぼし、特に飛行甲板は丁度真ん中に大穴を開けられてしまった。
被弾はこれだけに留まらなかった。6番騎の爆弾が今度は後部甲板に命中して、甲板のチーク材が火焔と共に盛大に吹き上がった。
シホールアンル側の攻撃はまだ終わらない。
今度は4騎編隊のワイバーンが突っ込んで来た。
黒煙を吹き上げるフランクリンは、それでも屈した様子を見せずに、回頭しながら高角砲、機銃を撃つ。
フランクリンにずっと付き従っているサンアントニオが対空砲火を狂ったように撃ちまくり、窮地に立たされた
空母を必死に援護する。
凄まじい弾幕が張り巡らされ、2騎が相次いで叩き落されたが、残る2騎が急降下爆撃を敢行した。
1発目がまたもや、フランクリンの飛行甲板中央部に突き刺さった。

最初の被弾箇所より8メートルほど離れた場所に火柱が上がり、それに伴う衝撃が27000トンの新鋭空母を揺さぶる。
最後の1発目は惜しくも、右舷後部に至近弾となったが、至近弾の水柱は機銃員3人を海にはたき落とした。
3発目が命中した時もやはり艦橋は揺れに揺れた。
スリットガラスの一部がバリィ!と音立てて割れた。

「くそ!3発目を受けてしまうとは!!」

シューメイカー艦長が顔を真っ赤にして喚いた。
まだ来るか、とシャーマンは思ったが、シホールアンル側の攻撃はこれで終わりだった。
敵編隊が追い撃ちを受けながらも撤退していく。
どうやら、敵は全ての爆弾を投弾し終えたようだ
(やはり、ワイバーンの空襲は侮れないな。)
傍で、被弾を許した悔しさに顔を歪める艦長とは対照的に、シャーマン少将は冷静な表情でそう呟いていた。
ふと、シャーマン少将は飛行甲板をちらりと見た。
艦橋から見た飛行甲板は、火災煙で見えづらくなっている。
特に中央部の被弾箇所は被害が思ったよりも酷く、穴から黒煙と、炎が出ている。
(見た限りでは、被害は中央部と後部・・・・だが、エレベーターには被弾していない)
彼がフランクリンの被害状況を観察している時に電話が鳴った。
シューメイカー艦長は電話口に取り付き、それからしばらくの間、電話口の向こうに指示を下していた。
電話を置いた艦長は、シャーマン少将に顔を向けた。
「司令官、本艦は中央部と、後部に爆弾を受けました。特に中央部では格納甲板の艦載機に延焼が生じている
ため予断を許しません。」
「エレベーターはどうか?」
すかさずシャーマンは問うた。
「エレベーターは今の所、3基全て健在です。」
「そうか。航空機の発着は出来そうか?」
「現状では無理です。飛行甲板の穴を塞がねばなりません。ダメージコントロール班からの報告では、穴を塞ぐ
作業は火が消えてから4~5時間はかかるようです。」
「4~5時間か・・・・・・もう少し短く出来んか?」

「短くしたいのは私も同感ですが、それ以前に、火が消えぬ事にはどうしようも・・・・」
艦長はすまなそうな表情でシャーマン少将に言った。だが、シャーマンはシューメイカー大佐を責めなかった。
「まあ仕方ない。少なくとも、応急修理すればフランクリンは使えるのだ。それならば上出来だ。攻撃隊が戻る
までは間に合いそうも無いが、格納庫にはまだ何機か使える機体があるし、何よりもエレベーターが傷付いて
いない事は大きい。私がレキシントンに乗っていた時に受けた被害に比べれば、まだ望みはあるぞ。
艦長、被弾を3発に留めた腕は見事だった。初めての対空戦闘にしては、まずまずの成果だよ。」

シャーマン少将は逆に艦長を褒めた。
それを聞いたシューメイカー艦長は、再び元気を取り戻した。

「それよりも、プリンストンの方が気掛かりだな。フランクリンと同様に被弾したようだが、上手くやっているかな?」

そこに通信参謀が現れた。

「司令官。プリンストンより連絡です。我、爆弾2発を受け、艦載機の発着不能。速力低下せるも、あと30分で
火災鎮火の見込み、との事です。」
「ふむ。沈没は免れた訳か。」

その報告を受け取ったシャーマン少将はそう呟いたが、少しばかり苦い表情を浮かべる。
結果として、TF36の2空母は共に被弾し、今は艦載機の発着が不可能な状態にある。
空母という艦首は、飛行甲板が壊れれば後は用済みだ。
つまり、機動部隊としては壊滅したも同然なのである。
(だが、アメリカ空母には優秀なダメージコントロール班がいる。
彼らの腕次第では、TF36がより短い時間で復活できる事も可能だ。それに、痛手を被ったのはこちらもだが、敵も同様だ)
TF36の艦艇が放つ対空砲火は、少ないとはいえVT信管も活用したお陰でかなりのワイバーンを撃墜している。
今は撃墜数を調査している所だが、少なく見積もっても、敵攻撃隊の3割又は4割を落とすか、傷付けたに違いない。

「ひとまず、一定の敵は吸収できた。後は、こちらの放った攻撃隊が、敵機動部隊に対してどれほどの傷を与えられるか、
これで決まるな。」

・・・・・・このTF36の運命も。
シャーマン少将は、最後の一言だけは口にせず、内心で思うのみに留めた。


午後0時20分 北北西480マイル沖

空母フランクリン、プリンストンから発艦した84機の攻撃隊は、途中でアムチトカ島から発進した攻撃隊と合流した。
アムチトカからは、護衛のP-38が24機に、B-26が12機、TBFが24機の計60機である。
TF36から発艦した艦載機を合計すれば、総計142機の大編隊となる。
VB-13所属の第2中隊3番機の後部座席に座る、ビネット・タンバー2等兵曹は、緊張を隠せない表情でしきりに周囲を見回していた。

「おいビネット!緊張してるか!?」

前から陽気な声が聞こえてきた。機長兼操縦士のリヒター・ラウント少尉の声だ。

「は、はい!緊張してます!」
「そうか。正直でよろしい!」

ラウント少尉はそう言って、がっはっはと高笑いした。
このラウント少尉は、開戦以来ずっと、ヨークタウンで艦爆に乗っていた。
そのため、実戦経験は豊富であり、バゼット半島沖を巡る大海戦や、ミスリアル戦での数々の支援作戦を体験してきたベテランである。
実戦経験は、中隊長よりも豊富で、中隊長は彼を頼れる部下として頼もしく思うと同時に尊敬している。
タンバー2等兵曹は、VB-13が結成された今年の1月からラウント少尉とペアを組んでいる。
彼からの印象では、ラウント少尉は、訓練中は鬼のような上官だが、訓練以外の時には陽気でとても思いやりのある先輩という感じだ。
(早めに敵さんと戦いたいものですねぇ。)
タンバー2等兵曹は、ダッチハーバーにあるバーにラウント少尉と飲みに行った時、酔った勢いで豪語し、ラウント少尉もまた、
(そうだな。お前の初実戦の時は俺の腕前を見せてやるから、きっちり戦果を確認しろよ)
と言った。ちなみに、これはダッチハーバーが空襲を受ける5日前の事である。
そして、その実戦は思いがけぬ形で体験する事になった。
酔った勢いであのような事を口走った彼だが、初めての実戦ともあって、彼の心は緊張と不安で一杯であった。

「あの・・・少尉は・・・・・怖くないのですか?」
「怖いぜ。」

恐る恐る聞いたタンバーだが、ラウントはさっさりとした口調で答えた。

「いつ自分が落ちるか分からんからな。最初の戦いの時は、緊張で腕が震えまくってたな。しかし、人と言うもんは不思議だ。
出撃の回数を重ねるうちに緊張も恐怖も薄れていく。でもな、完璧に無くならん訳ではないんだ。」
「無くならない・・・・ですか?」
「ああそうだ。慣れたとはいえ、人間、どんな時にもある一定の緊張度は必要なんだろう。お前も場数を踏めば分かるようになる。」
「・・・・・・・」

タンバーは納得したが、返す言葉が見つからなかった。

「それよりも、もう少しでシホット共が見えてくるはずだ。後ろの守りをよろしく頼むぞ。」

ラウント少尉はそう言った後、こう付け加えた。

「まずは冷静になる事を心がけろ。そして訓練通りにやれ。俺のアドバイスはこれだけだ。」

それから5分後、攻撃隊はついに敵機動部隊を発見した。
ドーントレス隊の指揮官機の声が無線機に流れて来た。

「こちら隊長機だ!シホット共を見つけたぞ。全機敵に向かって突撃しろ!」
「ラジャー!」

ラウント少尉が気合の入った声で、無線機の向こうにそう伝える。

「戦闘機隊が速度を上げた・・・・・タンバー!機銃の点検は済んだか!?」
「動作確認はOKです!」

タンバーは返事しながら、7.62ミリ連装機銃の引き金に指をかける。

これで戦闘準備は整った。
あとはワイバーンの迎撃をかいくぐり、敵艦隊に向けて突入するだけだ。

「クソ、やっぱりか・・・・・タンバー、敵さんが来るぞ!」

ラウント少尉の声が聞こえる。しかし、緊張と興奮のためか、少し遠い距離からいわれている気がする。
やがて、F6FやP-38から逃れたワイバーンが5騎ほど、上昇を止めて、攻撃隊の右上方から襲い掛かってきた。

「9時方向に敵ワイバーン!急速接近!」

タンバーはそう言いながら、7.62ミリ機銃をそのワイバーン郡に向ける。
ドラゴンに分類される生き物が、獰猛な面構えに大きな翼を羽ばたかせながら接近してくる。
始めてみるワイバーンに、タンバーは自分が真っ先に噛み付かれるのではないかと思った。
(冷静に・・・・冷静に・・・・!)
必死に叫びたい気持ちを抑えながら、彼はワイバーンとの距離をはかる。
「距離が500になったら撃つぞ。」
彼はそう決めて、先頭のワイバーンに狙いをつける。
ワイバーンが距離500に迫る前に、僚機が後部機銃を発射した。
僚機が次々に発砲をするが、タンバーだけは距離500に迫ったところで機銃を撃った。
ワイバーンの狙いは、V字型編隊の左を飛ぶ7番機だった。
ワイバーンが口から光弾を吐き出した。
光弾の連射が7番機に襲い掛かる。
最初は見当はずれの方向に外れていたが、やがて、数発の光弾がドーントレスの左主翼や胴体に命中した。
7番機は被弾したものの、この時点ではまだ致命傷を負っていなかった。
だが、2、3番騎の光弾が、コクピットや主翼にまんべんなく叩き込まれた。
相当数の光弾をぶち込まれた7番機は、よろめくようにぐらりと横転し、そのまま海に墜落し始めた。

「7番機がやられました!」

タンバーは悲鳴のような声を上げて、ラウント少尉に報告するが、ラウントは頷くだけで返事しなかった。

今度は左上方から別のワイバーンが襲って来る。
タンバーは旋回機銃を回して、2本の銃身をそのワイバーンに向ける。今度は4騎が向かって来る。
しかも、目標はこっちだ。

「ワイバーン4騎が来ます!狙いはこの3番機です!」
「分かった!」

ラウントは返事したが、その時には、ワイバーンはみるみる内に迫って来ており、あっという間に接近してきた。
タンバーは機銃を発射した。2本の銃身から7.62ミリ機銃弾が放たれ、ワイバーンに向かうが、ワイバーンは
飛行機では有り得ない機動でひらり、ひらりとかわす。

「チッ、化け物め!!」

タンバーがそう罵った時、

「タンバー!捕まってろ!!」

ラウントが指示して来た。タンバーが咄嗟に構えた直後、いきなり機体が右に横滑りした。
その直前に放たれたワイバーンの光弾は、ことごとく外れてしまった。
1騎のワイバーンが他のドーントレスから放たれる機銃弾に絡め取られる。
10丁以上の機銃から放たれた7.62ミリ弾はたちまち、このワイバーンを蜂の巣にした。
残り3騎のワイバーンが機銃の弾幕を掻い潜ってドーントレス隊の下方に抜けて行った。
突然、10番機が左主翼を叩き折られた。
左主翼から炎を引きながら、バランスを崩す10番機の側をワイバーンが上空に抜けていく。

「10番機が・・・・・畜生、シホットめ!」

タンバーは罵声を吐きながら、飛び抜けるワイバーンを追い撃ちするが、これは当たらなかった。

「タンバー!下方に注意しろ!」

ラウントの指示が聞こえ、彼は言われた通りに下方にも注意を払う。
下方は死角になりやすいため、敵に突っかかられると撃墜される危険が高い。

「7時下方よりワイバーン1騎、接近してきます!」
「了解!ワイバーンとの距離を報告し続けろ!」
「はい!」

タンバーは下方から迫り来るワイバーンを睨み付けながら、距離を目測で測る。

「900・・・・800・・・・700・・・・600」

彼が500まで数えた時に、ワイバーンが口を開いた。

「ワイバーンが口を開けました!」

その直後、ワイバーンの口から何かが光ったと思われたと同時に、機体がいきなり左方向にロールした。
ラウントの咄嗟の判断で、ワイバーンは惜しくも、3番機を捉えられなかった。
外れた光弾が3番機のすぐ横を通り過ぎていく。ワイバーンは3番機の右横を上昇していく。
「敵のワイバーンが思ったよりも多いな・・・・・敵に取っ付く前に、一体何機がやられるんだ?」
ラウントは先行きが不安になって来た。F6FやP-38の阻止を逃れたワイバーンはかなりいるようだ。
ワイバーンはドーントレス隊のみならず、アベンジャー隊や、アムチトカからやって来た攻撃隊にも襲い掛かっている。

「早く攻撃に移らんと、下手すりゃ全滅するぜ。」

ラウントがそう危惧した時、後部座席から5番機被弾の知らせが聞こえた。


ワイバーンの攻撃を幾度かわしたか正確には分からなかったが、TF36の攻撃隊はやっと、目標の敵機動部隊に
突入を開始した。

敵は2郡に分かれており、竜母4隻を中心とする機動部隊はアムチトカ島の部隊が攻撃。
竜母3隻の部隊はTF36の攻撃隊が行う事になった。
ドーントレス隊は、進撃しながら高度を5000メートルに上げて、敵機動部隊の輪形陣の左上から進入を始めた。
18機いたドーントレスは、ワイバーンの襲撃で14機に減ってしまった。
その14機も、第1中隊と第2中隊所属機の二手に分かれており、先の混乱もあって第2中隊が先に突撃する形になった。
中隊長機の周囲に、敵の高射砲弾が炸裂する。
高射砲弾は、最初は数個の黒煙が沸いただけだが、次第にその数を増し始めた。
中隊長機を戦闘に、斜め単横陣の隊形で敵の輪形陣中央を目指している。
下界の敵艦隊は、中心に竜母3隻を置いており、その周囲の艦が高射砲を撃っている。
高射砲弾は、見当外れの位置に炸裂するものもあれば、いきなり近くで炸裂して機体を揺さぶる物もあり、一瞬たりとも
気が抜けない。

「敵の高射砲弾幕の密度が上がっている。どうやら、奴さんも対空戦闘の訓練を充分に積んでいるようだな。」

ラウント少尉は感心したような口調で言うが、一方のタンバーは、いつ機体が吹き飛ばされるか心配だった。
今は急降下爆撃に入る前なので、旋回機銃は機内に仕舞い込んで、風防ガラスを閉めている。
時折カツーンという、破片が当たる音が聞こえ、タンバーはその度に驚く。
何度か高射砲弾が至近で炸裂し、ひやりとさせられたが、第2中隊6機のうち、全機が撃墜されずに、目標上空に到達した。
第2中隊の目標は、3隻居る中の竜母のうち、左に位置する竜母だ。
中隊長機がぐらりと機体を左斜めに傾ける。そして、そのまま急降下に入っていく。
2番機が続き、そしてついに3番機の番となる。

「突っ込むぞ!」

ドスの聞いた声が機内に響くと、ドーントレスの機体が急に傾いた。
そして、機首を下にして1番機、2番機の後を追う。
機体がガタガタ震え始めた。

「高度4800・・・・4600・・・・4400」

体に急激なGがかかるが、タンバーはそれに耐えて、高度計を読み上げる。
高射砲弾の射撃が一層激しくなり、しきりにドーントレスの周囲で砲弾が炸裂する。
しばらくして、機体から甲高い音が鳴り始めた。
(赤いサイレンが鳴り始めたぜ)
タンバーは不敵な笑みを浮かべた。
赤いサイレンとは、ドーントレスの特徴であるハニカムフラップから発せられる音だ。
このフラップは、急降下爆撃の際に機速を押さえるためのダイブブレーキであり、そのブレーキ本体が赤い事から、
艦爆乗り達の間では赤いサイレンと呼ばれている。
ラウントやタンバーら艦爆乗りにとっては、頼もしい音だ。

「3000・・・・2800・・・・2600・・・・2400」

タンバーは機械的な口調で高度計を読み続ける。その時、一瞬後方がオレンジ色に染まった。
(僚機がやられた!!)
そう確信したタンバーは、一瞬後ろに振り向こうとしたが、寸でのところで抑えた。
(いや、他の事を考えるのは後だ。今は、自分のやるべきことをやるのみだ。)
そう決意した彼は、高度計を読み続けた。

「600で投下するぞ!」

ラウントが投下高度を定めた。タンバーは了解と返事し、そのまま高度計を読み続ける。

「1400・・・・1200・・・・1000・・・・800」

カラフルな光弾がドーントレスに注がれているが、不思議な事に全く当たらない。
ドーントレスは光弾を払いのけるかのように、投下高度まで急降下を続け、そして、

「600です!」
「投下!」

タンバーの言葉に反応したラウントがすかさず投下レバーを押す。
1000ポンド爆弾が離れたのだろう、機体がフワリと軽くなった。

「イヤーッホウ!!」

ラウントは、わざと雄叫びを上げながら、懇親の力で操縦桿を引いた。
急降下から一転して、急に水平飛行に移るため、体にのしかかるGは相当にきつい。
このGに耐え切れず、失神するパイロットもいる事から、艦爆乗りは常に忍耐が必要になる。
ラウントとタンバーには、その忍耐が備わっていたため、この日の急降下爆撃も見事にこなした。
すぐにタンバーは後ろに振り返った。目標の竜母は、左舷に急回頭している。
1番機と2番機の爆弾は外れたのだろう、竜母の後ろ側の海面に波紋が広がっている。
(無傷なのか・・・・・)
タンバーはてっきり、敵の竜母が既に被弾していると思ったのだが、どうやらすぐに手傷を受ける敵ではないようだ。
だが、その敵竜母の後部甲板が閃光を発し、次いで爆炎が沸き起こった。

「命中ーッ!爆弾命中です!」

タンバーは飛び上がらんばかりに喜び、ラウントに報告した。
ラウントはこくりと頷いたが、この時、彼は喜びを表に出す事は無かった。

対空巡洋艦のルンガレシの艦橋で、対空戦闘を指揮していたヴェンバ・ラガンガル大佐は一瞬しまったと思った。

「いかん!これはいかんぞ!」

ラガンガル大佐は口髭を震わせてそう呟くが、ドーントレスの攻撃はまだ止まない。
ホロウレイグの右舷側海面に至近弾炸裂の水柱が吹き上がる。
次いで、今度は左舷側に水柱が立ち上がり、ホロウレイグの後部部分が隠れた。
水柱が晴れると、後部から黒煙を吹き上げるホロウレイグの姿が見て取れた。

「ホロウレイグの被弾は、今の所1発に留めたか。しかし、まだ来るぞ。」

ラガンガル大佐はルンガレシの上空を見上げた。
上空には、別のドーントレスの編隊が、斜め単横陣の隊形から、1機ずつ翼を翻し、急降下に移っていく。

「次の目標、ホロウレイグ上空のドーントレス!」
「左舷方向、低空より敵雷撃機急速接近!」

彼が目標を指示した直後に、新たな報告が飛び込んで来る。
ラガンガル大佐は左舷側に顔を向ける。左舷側から、駆逐艦の防御ラインを突破した敵雷撃機が、横に
展開しながら向かって来る。
このまま行くと、敵雷撃機はドーントレスが爆弾を投下すると同時に魚雷を放てる。

「雷爆同時攻撃か!」

艦長はアメリカ軍機の意図を見抜き、歯噛みする。
通常、アメリカ軍機は急降下爆撃から、魚雷攻撃と、順番よく行なって来た。
しかし、このアメリカ軍機は、雷撃と爆撃を同時に、竜母に加えようとしている。

「砲の半数は雷撃機に向ける。残りは爆撃機を撃て!」

号令と共に、ルンガレシが吼えた。
先の対空戦闘で、ルンガレシは獅子奮迅の働きを見せた。
ルンガレシは、迫り来るハボックやマローダーの群れに、新開発の速射砲や多数搭載された魔道銃を撃ちまくり、
爆撃や雷撃を妨害した。
その結果、ハボックは爆弾を全てはずし、マローダーからは魚雷1本をホロウレイグに当てられてしまったが、
ホロウレイグは小破程度で済んだ。
この為、2度目の対空戦闘が開始される前に、第2部隊司令官のムク少将から、魔法通信で褒めの言葉を貰っている。
今度も敵には1発の爆弾も、1発の魚雷を当てさせまいと、ラガンガル大佐は決意したのだが、既にホロウレイグは
爆弾1発を受けて火災を起こした。
これ以上の命中弾は与えてはならぬ!ラガンガル大佐はそう強く決意した。

左舷と後部の砲が雷撃機に、右舷と前部の砲が爆撃機に向けて猛然と放たれる。
ドーントレスが、特有の甲高い音を響かせながらホロウレイグに迫りつつある。
ホロウレイグは、今度は右に回頭を始めて狙いを外そうとした。

「雷撃機1機撃墜!」

見張りから敵機撃墜の報告が上がるが、ラガンガル大佐は喜ばない。
対空射撃に、魔道銃が加わり、更に1機のアベンジャーが海中に叩き落されたが、残りは艦の上空を飛び抜ける。
アベンジャーのうち、1機が両翼から艦橋めがけて機銃を放った。

「伏せろ!」

艦長は咄嗟に、艦橋要員に向かってそう叫び、誰もが艦長の言うとおりにした。
ガンガンガンガン!という機銃弾が命中し、弾ける音が聞こえ、ガラスが機銃弾の集中弾を浴びてあっけなく割れた。
7機のアベンジャーがルンガレシを飛び抜ける。
右舷側の魔道銃が猛然と射撃を開始して、アベンジャーを追い撃ちした。
その頃には、ドーントレスの爆弾はホロウレイグを狙って投下された。
1発目の爆弾がホロウレイグの右舷側海面に突き刺さって海水を空高く跳ね上げる。
2発目が今度は左舷後部側の海面に落下して、同様に水柱が上がる。
その次の爆弾も外れた時、アベンジャーが一斉に魚雷を投下した。
直後に、ホロウレイグと、ルンガレシから挟み撃ちにあった1機のアベンジャーが全身をズタズタに引き裂かれ、
最終的に3つの粗大ゴミに変換され、別々に落ちた。
ホロウレイグの中央部に、新たな爆炎が沸き起こる。飛行甲板の板材がバラバラに砕け散り、煙を吹きながら甲板上や
海面に撒き散らされた。
ドーントレス隊の命中弾はこれだけであったが、今度はアベンジャー隊の放った魚雷が、ホロウレイグの左舷後部に
突き刺さった。
突然、ホロウレイグンの左舷後部から、至近弾炸裂よりも大きな水柱が吹き上がり、一瞬ホロウレイグが蹴り飛ばされた
かのように揺れたと、誰もが思った。
水柱が崩れ落ちると、ホロウレイグはスピードを緩め始めた。

「今度ばかりは、軽傷では済まなかったか・・・・・!」

新たな被弾を許してしまった。
ラガンガル大佐は内心、悔しさで叫びだしそうになったが、彼は冷静な表情で指揮を取り続けた。


いつの間にか、空襲は終わっていた。

「・・・・・あっという間だったなあ・・・」

竜母ホロウレイグ艦長のクリンレ・エルファルフ大佐は、衛生兵の手当てを受けながらぽつりと呟いた。
衛生兵が、頭の包帯を巻き終わった。

「艦長、痛くありませんか?」
「うん。だいぶ良くなったよ。ありがとう。」

クリンレは微笑んでから、衛生兵に礼を言った。

「君も災難だな。初めての空襲で、爆弾、魚雷を喰らい、挙句の果てには自分も負傷するとは。よくよくついてない。」
「はあ、恥ずかしながら。」

ムク少将の言葉をクリンレは苦笑しながら受け取った。
先ほどの被雷の際、クリンレは衝撃に耐え切れずに転倒し、スリットガラスの枠に頭をぶつけてしまった。
左の前頭部が切れ、クリンレの顔面は血で真っ赤に染まったが、衛生兵が見た所、血は結構出たが傷自体は心配無いようだ。
とはいえ、こうして頭に包帯を巻きつけられると、どこぞの敗残兵を思わせる。

「艦長。」

艦橋に、応急修理班の指揮官が上がってきた。

「損害状況はどうだ?」
「飛行甲板は、後部部分に関しては、被害は表面と内部の損傷のみと、小規模の火災が起きただけに終わりましたが、
中央部分では火災が発生し、現在消火作業中です。左舷後部に命中した魚雷に関しては、浸水は食い止められましたが、
13リンル以上のスピードは出せません。」
「そうか・・・・手痛い被害を受けてしまったな。」
「ランフックも魚雷1本を叩き込まれたらしいな。やはり、少数といえども、アメリカ雷撃機は侮れないな。」

ムク少将が暗い表情で言ってきた。

「ここまで被害を受けたとなると、アリューシャン作戦は続行が困難になって来たな。キスカ島に攻撃を仕掛ける前に、
300機以上のアメリカ軍機が大挙してやって来ている。恐らく、敵は更なる攻撃隊を準備しているかも知れん。」
「と、しますと。我が艦隊はかなり危ない状況に陥っているのではありませんか?」

主任参謀の言葉に、ムク少将は深く頷いた。

「このまま作戦を続ければ、貴重な竜母が失われる可能性がある。1、2波の空襲だけで、第2部隊の主力竜母が
被害を受けている事がその前途を現している。最も、最終的な事はモルクンレル提督が判断する事だが・・・・・」


午後1時 旗艦モルクド

「以上が、攻撃隊の受けた被害と、その戦果です。」

第24竜母機動艦隊旗艦モルクドの艦橋で、報告を聞いていたリリスティ・モルクンレル中将は、苦り切っていた。
艦隊の南西方面で見つけた、新鋭空母を含む敵機動部隊に対し、リリスティは総計162騎のワイバーンを送り出した。
そして、帰還したワイバーンは戦闘ワイバーン62騎、攻撃ワイバーン43騎。
実に57騎ものワイバーンを現地で失った。
それに加え、防空戦闘では42騎の戦闘ワイバーンを失っており、この半日だけで喪失数は99騎に上る。
早くも4分の1ほどの戦力をすり減らされてしまったのだ。

そして、艦隊も被害を受けている。
第1部隊は、旗艦モルクドに魚雷、爆弾各1発が命中したが、魚雷は不発で、被害は爆弾命中のみの物だ。
しかし、ギルガメルには魚雷1発が命中し、速力が12リンルにまで落ちた。
この他に駆逐艦1隻が沈み、戦艦ケルグラストが小破した。
第2部隊では、最新鋭の竜母2隻が揃って被害を受け、うち、ホロウレイグは中破程度の損害を受けている。
それに対し、敵に与えた損害は、エセックス級空母1隻に爆弾3ないし5発を命中させ、小型空母も同様に発着不能に
陥れて機動部隊としての能力を失わせた。
また、来襲してきた米軍機にもかなりの被害を与え、撃墜数では互角か、勝っているかもしれない。
戦闘に関しては、今の所互角か、こちら側が勝っている。
だが、リリスティは迷っていた。
このまま、攻撃を続行してキスカ島か、傷付いた敵機動部隊に止めを刺すか。
あるいは・・・・・・
(後一押しで敵にも・・・・・・あっ、でも消耗しているのはこちらも同じ。そして、敵はキスカのみならず、
南のアムチトカからも飛行機を飛ばして来た。地の利はアメリカ側にある。ここで無理をすれば、それこそ、
海軍上層部が危惧した通りになりかねない・・・そうなったら・・・・・竜母部隊は終わりね)
沈黙すること10分。リリスティは幕僚達に向けて話し始めた。

「これよりアリューシャン作戦を終了する。艦隊針路変更、本国に帰還する。」


午後4時30分 アムチトカ島北西130マイル沖

TF36旗艦フランクリンに、1通の電報が入って来た。
その電報には、敵機動部隊が北西方面に向けて遁走中という文が綴られていた。
電報の内容を知ったシャーマン少将は、内心ホッとした。

「ふむ。敵は撤退したか。道理で見つからなかった訳だ。」

TF36と、アムチトカ島航空隊が空襲を行った後、位置を見失ったアメリカ側は、周囲に展開する潜水艦や、
索敵機に捜索させたものの、キスカに向かっているはずの敵機動部隊は忽然と姿を消した。
どこに消えたのか?今度はアラスカを襲う気か?
敵機動部隊の不気味な雲隠れに、誰もが不安を感じ始めた。
しかし、その不安は、潜水艦から発せられた電報によってたちまち打ち消された。

「しかし、酷い被害を受けたものだ。TF36から発艦した攻撃隊だけで20機も未帰還機を出した。攻撃隊が
戻った後も、フランクリンとプリンストンは使えんから、結局は全機が失われてしまった。」
「ですが、不時着機のパイロットは無事に救えましたよ。それに、フランクリンも今は応急修理を終えて甲板が使えます。
これなら、すぐに補充機を送ってもらえれば、フランクリンの能力は元通りになります。」
「プリンストンの被害も、思ったより軽くてよかった。やられたのは確かに痛いが、シホールアンル側には
俺達の意地を充分に見せ付ける事が出来たはずだ。」

シャーマン少将は、シューメイカー艦長に向かってそう言った。

「胸を張って言っていい。俺達は勝ったのだと。」


アムチトカ島沖海戦 両軍損害比較
シホールアンル側
第24竜母機動艦隊
沈没 駆逐艦イムジラ
中破 竜母ホロウレイグ ギルガメル
小破 竜母モルクド ランフック ライル・エグ 戦艦ケルグラスト 巡洋艦ルンガレシ
ワイバーン99騎喪失

アメリカ側
中破 正規空母フランクリン 軽空母プリンストン
航空機喪失
B-17爆撃機4 B-25爆撃機6 B-26爆撃機11機 A-20攻撃機9機
P-38戦闘機14機 F6F40機、SBD21機 TBF26機 偵察機3機
計113機。
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