第145話 マッカーサー軍猛然
1484年(1944年)6月19日 午前2時 ヘルベスタン領レミソンゴル
マオンド陸軍第92歩兵師団第3連隊に所属するとある歩兵小隊は、モンメロより北西12ゼルド離れた町、レミソンゴル近郊の
森林地帯で息を潜めながら、街道を進軍するアメリカ軍部隊を監視していた。
小隊付き魔導士であるルイケ・ドルツゥーク曹長は、魔法で暗視能力が強化された目で、400メートル先向こうの木と木の間を
行くアメリカ軍車両を見つめている。
「姉貴、どうです?まだ多いですか?」
部下の軍曹が、彼女を渾名で呼んだ。
「多いわ。アメリカ軍の部隊を見つけて、かれこれ1時間以上になるけど、車列は一向に途切れる気配がない。」
「俺としては、あのアメリカ軍部隊は一層増えていると思いますよ。」
「ええ。あたしもそう思うね。」
ドルツゥーク曹長はそう言ってから頷いた。
1時間前に発見したアメリカ軍の車輌部隊は、途切れるどころか、ますます増えている感がある。
最初はジープやハーフトラックといった車輌が多かったのだが、今では戦車と呼ばれる鉄の塊が後から大量に続いている。
戦車部隊の列は、しばらくしたらまた途切れるのだが、少しばかりの間を置くと、また後から戦車部隊の列が連なってくる。
彼女は、車輌の数を200ほど数えたところでやめてしまった。多すぎて数え切れないためである。
「見た限りとしては、アメリカ人共は、最低でも2個師団規模の部隊をこの地区に投入しているな。」
彼女の側で、うつ伏せの格好で前を見ていた小隊長が、確信したような口ぶりで言った。
「先頭部隊は、レミソンゴルの町を抜けて平野部に出ているはずだ。俺の記憶が正しければ、攻撃はあと10分後に始まる。」
「攻撃・・・・ですか。」
ドルツゥーク曹長は、重苦しい口調で言う。
「あんな見た事もない武器を装備した敵に、果たして勝てる見込みはあるんでしょうか?元々、この近辺に配備されていた
あたし達の師団ならまだしも、同じ54軍団を構成する第7重装騎士師団と第19歩兵師団は、ここから15ゼルド離れた
場所からろくに眠らずに移動してきています。そのため、この2個師団の将兵は疲労が思いのほか激しいと聞いています。こんな状態で」
「勝たないと行かんのだよ。」
小隊長が彼女の言葉を遮った。
「勝たないといかんのだ。敵の前衛部隊に対抗出来るのは、この54軍団と、北部地区の71軍団しかいない。この2個軍団で
敵の前衛を粉砕せねば、50万の友軍はこの狭い半島に閉じ込められる。そうなる前に脱出するか、あるいは、50万の将兵共々、
破滅を待つか。選択肢はこの2つしかない。」
「・・・・・・・」
彼女は押し黙ってしまった。小隊長の言うことは、痛いほどに良く分かる。
ヘルベスタン領西部地区に派遣されていた軍のうち、54軍団と71軍団が、アメリカ軍部隊と一番最初に交戦できる位置にいる。
ここで敵の進撃を破砕すれば、50万の将兵が脱出出来る機会が生まれる。だが、負ければ、包囲の輪は閉じられてしまう。
一番重要な戦区は、第71軍団が配備されているトペガラヌスであろう。
トペガラヌスは、モンメロより北30ゼルド(90キロ)の小さな町がある地域だ。
71軍団の3個師団は、北上中のアメリカ軍部隊と真っ向から対面する形で布陣している。
アメリカ軍部隊が、一日に50キロも前進出来たのは、マオンド側の配置部隊がほとんど無きに等しい物であり、17日未明に
第102歩兵旅団が独断で総攻撃を行った以外は、何ら抵抗らしい抵抗はなかった。
海岸地区に部隊を集中配備していたツケが回ってきた証拠である。
この快進撃を続ける敵部隊を相手に、第71軍団は戦わなければならない。
トペラガヌスを抜かれれば、アメリカ軍部隊の北進は更に続くだろう。
その一方で、第54軍団は西進し始めた新たな敵軍と戦おうとしている。
上陸してから3日間、アメリカ軍はひたすら北に進んでいたが、ここに来てようやく、西にも軍を差し向けてきた。
マオンド軍は、比較的守りやすく、戦力の集中しやすいレミソンゴルに部隊を配備しただが、ドルツゥーク曹長が言ったとおり、
3個師団のうち、2個師団の将兵は移動の際の疲労が抜け切れていない。
この2個師団は、部隊移動に伴う疲労も去ることながら、道中、幾度もアメリカ軍機の空襲を受けている。
そのため、実質的な戦闘力は、移動前の8割近くしかない。残りの2割以上は、移動中に戦死するか、負傷して戦闘力を失っている。
一応、部隊配備は完了しているが、このような部隊で勝てるかどうかは、誰が見ても怪しいと思うであろう。
だが、そこまでやらねばならぬほど、マオンド側は逼迫していた。
「苦しいだろうが、ここは我慢するしか無い。お偉方は、そう思って部隊を配備したんだろう。物事が決まった以上、俺達は従うしかない。」
彼女は、小隊長のその言葉に、諦めの口調が混じっている事を確信したが、余計な念は振り払って、元の監視任務に専念し始めた。
午前2時5分 レミソンゴル西方1マイル地点
第15軍司令官であるヴァルター・モーデル中将は、指揮車として乗っているM-8グレイハウンド装甲車の車体から身を乗り出して、
前進してくる味方部隊を見つめていた。
「最先頭は今、どこにいる?」
モーデル中将は、隣に座っている参謀長、サイモン・バックナー少将に尋ねた。
「最先頭部隊は、ここから1キロ先を前進中です。」
「ここから先には、やや高めの丘陵地帯があったな。」
「はい。丘陵地帯と言っても標高が最大で70メートル程度しかありません。それに、丘と言ってもなだらかです。」
モーデルは、バックナー少将の言葉を聞きながら、他の幕僚から地図を受け取った。
今回の作戦では、亡命ヘルベスタン人の協力を得て、ヘルベスタン領の精密な地図を用意して戦闘部隊に回している。
モーデルが手に取った地図も、その中の1枚である。
彼は、地図を4秒ほど眺めた後、とある地点を指さしながらバックナーに言う。
「確かになだらかだが、よく見ると街道をぐるりと取り囲むようになっている。私が指揮官なら、この丘陵地帯に部隊を
配備して、前進してくる敵を待ち伏せようとする。」
「一応、その事も予期して、先頭部隊には注意を促してありますが。」
バックナーはそう言ったが、モーデルはどこか釈然としない表情でじっと地図を見つめた。
「ううむ・・・・どうにも気になるな。」
「どうかされましたか?」
「・・・・・地図は・・・・確かによくできている。ただ・・・・何か胸騒ぎがする。」
モーデルは、ふと、何かを思い出したかのように、顔を宙に向けた。
1分ほど黙考した彼は、先とは打って変わった・・・・どこか観念したような表情を浮かべていた。
「そういえばな。私はある亡命ヘルベスタン人からおとぎ話を聞いたのだよ。」
「おとぎ話ですか?」
「ああ。半年前に聞いたんだが、内容はこうだ。ある日、山の近くにあるトノスカロイという村に、モンスターの
集団がやってきた。村人達は、掻き集めた武器で戦うが、衆寡適せず、散々に追い散らされてしまった。村人達を
追い払ったモンスター達は、畑を好き放題に荒らし回った。山の近くの洞窟に避難した村人達は、たまたま居合わせた
勇者に助けを求めた、勇者は二つ返事で了解し、早速村に巣くうモンスターを挑発した。挑発されたモンスターは激怒し、
逃げる勇者を追った。しばらくして、モンスター達は、村人達が避難する山の近くにやって来た。だが、肝心の勇者は
どこにも居ない。その時は、真っ暗な夜だ。いきなり、1匹のモンスターが悲鳴を上げて倒れた。仲間がそのモンスター
の安否を確認するが、既に事切れていた。モンスターは、勇者の仕業に違いないと見て懸命に探した。だが、探している
間に1匹、また1匹と討ち取られていった。そして、最後にボスモンスターが残ったが、このボスモンスターもまた、
討ち取られてしまった。ボスモンスターの最後に見たのは、昔からあったのか、上手い具合に隠れていた穴から出てきた
勇者の姿だった。そこで、モンスターは確信したんだ。俺達は、地下道が張り巡らされたその真上に誘い込まれたんだと。
それで、物語はハッピーエンドに向かう。君達アメリカ人が好きそうな話さ。」
「ハハハ。それは、とんだ間抜けなモンスター達ですな。で、どうしていきなりそんな話を?」
「ああ。実はね、その話に出てきた地域なんだが。とある地域の特徴をモデルにして作った話なんだ。」
モーデルはさりげなく。そして、背筋の凍る言葉を言い放った。
「そのモデルとなったのが、このレミソンゴルだ。」
真上を、無数の金属板を軋ませるような音が通り過ぎていく。
その振動で、足下が揺れている。揺れはさほどではないのだが、彼の足下は、その振動以上に揺れていた。
今すぐにも逃げ出したい恐怖に苛まれながらも、彼、ウドム・レトスル1等兵は屈んだ姿勢でじっと待ち続ける。
同じような姿勢で待ち続けるのは、彼だけではない。彼の後ろには、5人の仲間がいる。
彼と、その後ろの兵は、2人で1つの重い魔動銃を担いでいる。
この態勢で待ち続けて早2時間以上が経つが、不思議にも疲れは感じない。
唐突に、後ろから声がした。
「時間だ。」
分隊長の声だ。
レトスル一等兵は頷くと、姿勢を起こして、真上にあった偽装網を取り、地上に上がった。
地上には、アメリカ軍の車輌部隊が居た。それも、凄い数だ。
車輌部隊の周囲には、銃という武器を持った歩兵が多数歩いている。
丘の真上に、照明弾が煌めいている。その斜面には、砲弾の物と思しき炸裂の閃光がともる。
「敵さんはやはり、迂回してきたか。」
レトスル一等兵はそう呟きながら、戦友と共に思い魔導銃を設置した。
戦友が、魔法石を装填したのだろう、肩を叩いてきた。
ここから100グレル(200メートル)しか離れていない位置を進むアメリカ兵や車輌に照準を合わせる。
彼が魔導銃を撃ち始めたと同時に、他の場所からも爆発音や魔導銃の発射音が聞こえてきた。
魔導銃が、軽快な音と共に七色の光弾を吐き出す。
きらびやかな色で彩られた一条の筋は、アメリカ兵だろうが、トラックだろうが容赦なく薙ぎ払った。
15軍の先発隊を務めていた第45歩兵師団第415歩兵連隊は、突然の事態に混乱を起こしかけていた。
今まで、静かに前進していた415連隊は、いきなり前方や左右から無数の光弾や砲弾を浴びせられた。
先頭をゆっくり走っていたM-8グレイハウンド装甲車が直撃弾を受けて吹き飛び、周囲を歩いていた歩兵が、
いきなり撃ち出された光弾によってばたばたと倒される。
第415歩兵連隊第117歩兵大隊の指揮官であるマイク・フローゼンス中佐は、すぐに反撃しろと命じた。
歩兵大隊と一緒に付いていたシャーマン戦車が、火点を見つけるや容赦なく75ミリ砲弾を放つ。
それまで、七色のシャワーを浴びせていた敵の魔導銃とマオンド兵が、75ミリ弾の直撃によって粉々に粉砕された。
12.7ミリ重機関銃が、敵の火点に向けて反撃の銃火を浴びせる。
その魔導銃座と12.7ミリ機銃座は、しばしの間壮絶な撃ち合いを演じたが、軍配はアメリカ側に上がった。
マオンド兵は、12.7ミリ高速弾を顔面に受けるや、顔自体が吹き飛ばされ、すぐ側にいた予備の射手が慌てて逃げ始める。
その背中に機銃弾が突き刺さり、腹部に射入口よりも大きな穴が開いて大量の血と肉片、内容物が飛び散った。
「大隊長!奴らは地下から出てきました!」
唐突に、無線機から入ってきたその言葉に、フローゼンス中佐は耳を疑った。
「地下だと!?それは本当か!?」
「本当も何も、マイリー共は地下からぞろぞろ出てきていま・・・うわ!回避しろ!」
いきなり、無線機越しに何かかがぶつかる衝撃音が聞こえた。相手との交信はそれっきり途絶えた。
「くそ!こりゃえらい事になったぞ!」
フローゼンス中佐は忌々しげに叫んだ。
マオンド軍部隊の行動は、次第に大胆になってきた。
最初は魔導銃や野砲の十字砲火を浴びせてきたが、攻撃開始から5分が経つと、相当数の歩兵部隊がアメリカ軍に向けて突撃してきた。
歩兵部隊の先頭には、魔導士が操るゴーレムや飼い慣らされたキメラがおり、後に続く歩兵達よりも一足早く交戦を開始した。
キメラの1頭が、早速12.7ミリ機銃弾の集中射撃を受ける。歩兵師団に対空用として配置されている12.7ミリ4連装機銃は、
渾名の通りミートチョッパーと化して、迫り来るキメラを次々に引き裂いた。
「いいぞ!その調子で撃ちまくれ!」
ハーフトラックの陰で、M1ガーランドライフルを撃っていたグレン・フリング二等兵は、ミットチョッパーを操る兵士達に声援を送る。
その直後、どこからともなく放たれた火炎魔法が4連装機銃座を襲った。
それまで調子よく射撃を行っていたミットチョッパーが沈黙し、火炎をもろに浴びた射手や装填手が火達磨となって地面をのたうち回った。
火箭が薄くなったのを良いことに、キメラやゴーレム達が米軍の車列に雪崩れ込んでくる。
不運な歩兵が、キメラの強靱な顎に囚われ、あっという間に胴体を分断される。
そのすぐ側で、歩兵の上官と思しき軍曹が喚き散らしながらトミーガンを乱射する。
その背後からゴーレムが、硬い拳を振り上げ、一気に軍曹の背中を叩き付ける。
ゴーレムの巨体から繰り出された拳は、そのままの勢いで背中に当たり、ぐじゃりという気色悪い音を立てて体を叩き潰した。
そのゴーレムが、血まみれの石造りの拳でハーフトラックの操縦席を横合いから殴り壊し、横転させる。
フリング二等兵は、あっという間に戦友を虐殺したゴーレムとキメラに恐れを成して、その場から逃げようとしたが、横から飛んできた
光弾に頭を撃ち抜かれて即死した。
ゴーレムとキメラの後に続いて、軽鎧や甲冑を身に纏った歩兵達が雪崩れ込んできた。
彼らに対して、猛烈な銃火が浴びせられるが、ゴーレムやキメラが盾となるので、なかなかに倒せない。
この日、たまたまM1バズーカ砲を持たされていたゲルト・アーノルド軍曹は、トラックや装甲車を好き放題たたき壊しながら
進んでくるゴーレムやキメラを見て、敵愾心をかきたてた。
「野郎、調子に乗りやがって。俺が吹っ飛ばしてやる!」
彼は唸るような口調で言うと、後ろの相棒に顔を振り向けた。
「弾を込めてくれ!」
相棒は頷くと、後ろに味方いない事を確認してから、バズーカ砲の尾部にロケット弾を詰め込む。
弾を込め終わると、アーノルド軍曹のヘルメットを2回叩き、耳を押さえて、噴射炎を浴びぬように軍曹のすぐ側にうずくまった。
「くたばれ!」
アーノルド軍曹はそうわめくと、バズーカ砲をゴーレム目掛けて発射した。
ロケット弾は、白煙を引きながらゴーレムに向かう。
ゴーレムの頭に、ロケット弾が突き刺さった。その瞬間、石の装甲はあえなく砕け散り、魔導士が描いた後頭部の呪印も消滅した。
頭を失ったゴーレムは、そのまま前のめりになって倒れ込んだ。
次いで、後方から放たれた12.7ミリ機銃が、すぐ左にいたキメラをずたずたに引き裂いた。
ゴーレムやキメラが撃ち倒されても、後ろに居たマオンド兵の大軍は喚声を上げながら突っ込んできた。
「次弾装填!」
アーノルドは再び、相棒に向かって叫ぶ。指示を受け取った相棒がすぐさまロケット弾を装填し、軍曹のヘルメットを叩いた。
アーノルドは、ロケット弾を直接マオンド兵の群れに撃ち込んだ。
マオンド兵との距離は60メートルもない。何もしなければ、厳つい長剣や槍、弓矢で無残に切り刻まれるか、突き殺される。
部隊のほとんどの兵が、ありとあらゆる武器を使ってマオンド兵の突進を止めようとしていた。
発射されたロケット弾は、まず1人のマオンド兵の顔面を叩き潰した後に炸裂した。
炸裂の瞬間、周囲にいた10人余りのマオンド兵が殺傷される。その直後に、機銃やライフルの銃弾が嵐のように注がれる。
マオンド兵達はばたばたと撃ち倒されるのだが、数が多すぎた。
丘の向こう側から、赤紫色の照明弾らしきものが打ち上げられると、状況はますますアメリカ側に不利な物となった。
「軍曹!横合いからもマイリーが突っ込んできます!」
相棒が、恐怖に引きつった顔を浮かべながらアーノルドに言ってきた。
彼が横に振り向くと、側方からもマオンド兵と思しき歩兵の集団が走り寄ろうとしている。
一部の兵は魔導銃を持ったまま走っているのだろう、影の集団から所々、七色の火箭が味方部隊に向けて掃射されている。
「なんてこった!俺達は敵に嵌められたぞ!」
軍曹は、思わず叫んでしまった。
彼らの居る部隊は、丘陵地帯に布陣しているかも知れない敵の攻撃を避けるべく、南側から迂回して進んでいた。
だが、丘陵地帯の南側に近付いた途端に、部隊は敵の猛攻を受けてしまった。
連隊は、今やどれほどの規模のマオンド軍に襲われているのか見当が付かぬ状況だ。
「戦車は?戦車はどうした!?」
軍曹は、苛立つような口ぶりで叫びながら、辺りを見回す。戦車はすぐ近くに居たが、戦車は、丘の向こう側に向けて
砲を放っている。
その戦車の後方に、砲弾らしきものが炸裂して盛大に土煙が舞い上がる。
どうやら、戦車は敵の野砲と交戦中らしい。
「こりゃ、ひでえ戦になるぞ。」
アーノルド軍曹はそう呟くが、気持ちを新たにして、相棒にロケット弾の装填を指示した。
その頃、レトスル1等兵は、魔導銃を撃ちまくっていたところに、後ろから班長に肩を叩かれた。
「レトスル!俺達も突撃するぞ!」
「え!?」
彼は、班長の言葉に一瞬唖然となった。
「バカ!お前はあれが見えんのか!?」
班長は怒鳴りながら、丘のほうに指を向けた。丘の上空には、赤紫色の照明弾が灯っていた。
これは、全部隊突撃せよの合図である。
「突っ込むぞ!」
班長はそう言うと、3人ほどを引き連れて穴から飛び出した。見ると、他の穴からも味方が飛び出して、停止しているアメリカ軍部隊に向けて突っ込んでいく。
中には、重い魔動銃を持ったまま突撃する兵も居る。
「仕方ない。行くぞ!」
彼は、魔法石を装填していた装填手にそう言うと、腰の長剣を抜き放って突撃し始めた。
新たなマオンド兵の集団が現れた事に気付いたアメリカ軍は、幾人かが機銃や小銃をこのマオンド兵の集団に振り向けた。
見た事も無い敵の怪異な軍用車輌や歩兵から銃弾が撃ち込まれてくる。早速、4人のマオンド兵がこれに捕まって倒れる。
レトスル1等兵は、やや斜め前を走っていた味方が、いきなり胴体を切断されるのを目の当たりにした。
「なっ!」
彼は、あまりにも呆気ない味方の死に驚いた。そして、すぐに敵に対する怒りが沸き起こった。
(よくも味方を・・・・許せん!あいつらを皆殺しにしてやる!!)
レトスル1等兵は、内心で絶叫した。アメリカ軍の車列はみるみるうちに大きくなっていく。
砲弾や魔法攻撃でやられたのか、炎上している車輌は少なくない。
周りの味方が、次々と銃弾で倒れていく。
すぐ左にいた、部隊の憧れの的だった女性兵士が腹や胸に銃弾を受けて昏倒した。右斜め前にいた小隊の中でも、
鬼軍曹として恐れられていたベテラン兵が、一瞬にして頭を吹き飛ばされ、10メートルほど走ってから前のめりに倒れる。
死は、新人だろうが、経験を積んだベテランであろうが、分け隔て無く訪れた。
アメリカ軍の銃火器の威力は凄まじく、草原は味方兵の死体で一杯になった。
だが、アメリカ軍はマオンド兵達を完全に阻止する事は出来ない。
レトスル1等兵は、幸運にも装填手と共にアメリカ軍の車列に雪崩れ込んだ。
1人のアメリカ兵が、慌てて銃に弾を込めようとしたが、諦めて殴りかかってきた。
銃床が思い切りレトスル1等兵の顔面めがけて振り下ろされる。レトスルは寸手の所で、長剣で受け止める。
ガキンという音が響いた。
「卑怯者のマイリーめ!死にやがれ!」
その赤ら顔のアメリカ兵は、レトスルを睨み付けながらそう喚き散らした。
「卑怯者はてめえらだ!アメリカ野郎!!」
レトスルは、懇親の力で銃床を払いのけると、鮮やかな動きでアメリカ兵を袈裟懸けに斬り伏せた。
右の肩から左の脇腹まで切り裂かれたアメリカ兵は、夥しい血を吹き出しながら仰向けに倒れた。
1人目を倒した所で、彼は自分に拳銃を向けていたアメリカ兵を見つけるや、腰にあった短剣を投げた。
短剣は、アメリカ兵の肩に突き刺さった。
痛みに顔を歪めたアメリカ兵は、それでも拳銃を撃ったが、狙いは完全に逸れていたため、レトスル1等兵には当たらなかった。
彼は、短剣を受けて痛みに顔を歪めるアメリカ兵に走り寄るや、その首を跳ね飛ばした。
一心不乱に戦い続けてからどれぐらいの時間が経ったか分からない。
気が付くと、彼は、10人ほどの戦友と共に、敵味方将兵の死体の群れの中に居た。
「なんか・・・・・随分静かになったな。」
レトスルは、周りを見渡しながらそう呟いた。周囲には、マオンド兵とアメリカ兵の死体がある。
残念ながら、死体の割合はマオンド兵の物が多いが、アメリカ兵も少なからず混じっている。
アメリカ側の遺体は、どこかを切断されたり、切られたりしているだけでそこそこ綺麗だが、マオンド側の遺体は、一方的に
銃撃を浴びた物が殆どであるから、体の部位が激しく損傷し、臓物をはみ出したり、首や胴体が千切れたり、顔が分からぬほど
破壊されている物がかなりある。
銃火器を持たぬ軍が、銃火器をふんだんに装備した軍に戦いを挑むとどうなるか・・・・
その恐ろしさを、レトスルは思い知らされた。
唐突にどこからから声が聞こえた。
彼らは、ぎらついた目付きで声がする方向を見た。
そこには、トラックの影から手を上げて出てきた3人のアメリカ兵が居た。
彼らはすぐさま、そのアメリカ兵達のもとに駆け寄った。
レトスルらが、彼らと目と鼻の先まで近付くと、3人のアメリカ兵は怯えきった表情で言った。
「た、助けてくれ。降伏する。」
普通ならば、それは当然の行為と言えよう。だが、彼らは降伏を求める相手を間違っていた。
「降伏・・・・だと?」
レトスルは、地鳴りのような声で言った。
「ふざけるな!!」
怒鳴るが早いか、レトスルは1人のアメリカ兵の腹に長剣を突き刺した。
それをきっかけに、10人のマオンド兵達は、降伏してきた3人のアメリカ兵を好き放題に突き刺し、あるいは切り刻んだ。
5分足らずで、3人のアメリカ兵は、返り血に塗れたマオンド兵達によって八つ裂きにされていた。
午前3時 レミソンゴル西方 第54軍団司令部
「軍団長。」
第54軍団司令官であるホム・ルズーク中将は、主任参謀の説明を聞いていた。
「第92歩兵師団は、敵部隊の阻止に成功しました。しかし、戦闘開始から既に50分が経過し、同師団の損害は甚大な物と
なっています。敵は、新たに2個連隊規模の部隊を増援に送り込んで、92師団を駆逐しようとしています。彼らは依然、
勇戦していますが、このままでは押し切られてしまうでしょう。」
「損害が大きいのは痛い事だが、彼らは充分にやってくれた。」
ルズーク軍団長は、満足げな表情を浮かべた。
「しかし、あのアメリカ人共も間抜けな物だ。ここの特性を完全に把握しないで攻め込んでくるとは。」
レミソンゴルの町は、今でこそ人の居ない寒村であるが、元々は魔法石や稀少鉱物が取れる地域として栄えていた。
200年前の戦争で町全体が消失してからは、人口の少ない土地と化していたが、地下には、未だに膨大な鉱物資源が眠っている。
丘陵地帯周辺の地下には、戦争前にも細々と掘られた物も含めて、かなりの数の坑道が広がっており、それらは互いに連結している。
マオンド軍は、ここを地下要塞にする事を決め、秘密裏に要塞化を進めていたが、その最中にアメリカ軍の侵攻が始まった。
地下の要塞化は3割程度しか出来ていなかったが、それでも1個師団相当の兵力を隠せる事が出来た。
第54軍団は、まずアメリカ軍が丘陵地帯を避けて通るのならば、まずは南側を選ぶであろうと確信していた。
なぜなら、北側の平野は湿地帯であり、戦車と呼ばれる重量物の通行には適していない。
現に、マオンド軍が装備しているゴーレムですら、湿地帯では思うように行動できない。
アメリカ軍が南側を迂回するように通過しようとしたら、その南側の地下行動に主力を配備した第92歩兵師団が敵の虚を突く。
敵が前進を止めたならば、第92歩兵師団はもてる限りの兵力を持って敵に出血を強要し、残り2個師団の突入まで時間を稼ぐ。
敵はあらゆる手段を講じて、92師団を抜こうとするだろうが、54軍団はそこにつけ込み、乱戦に持ち込んで米軍を撃退する。
それが、54軍団の作戦方針であった。
地下に隠れていた第92歩兵師団は、おとぎ話である穴の中の勇者に出て来る勇者と同様に、アメリカ軍部隊が来るまでにじっと待っていた。
彼らが牙をむいた時、アメリカ軍の前進部隊は混乱に陥り、一時的には撃退する事に成功した。
だが、機械力に物を言わせたアメリカ軍は、次々に増援を送り込んで92師団の抵抗を排除しようとしていた。
しかし、92師団は、残りの2個師団が突撃できる時間を稼いでくれた。
アメリカ軍が、この地の特性を把握しきれなかったという点もあるが、今まで苦戦続きであったマオンド軍にとって、まずは良い勝負が
出来たと言える。
あとは、92師団の努力を無駄にせぬようにするだけであった。
「攻撃準備は完了しているかね?」
「はい。残りの2個師団共に意気軒昂です。特に第19歩兵師団の将兵は、今すぐにでも突撃させろと、しきりに喚いております。」
軍団長は思わず苦笑した。
「オーク兵は、いつも血気盛んだからな。特に、今回の戦では、鬱憤が溜まりまくっていたのだろう。」
第19歩兵師団は、オーク兵で構成されている。
オークは、人間と違って豚に近いような姿をしており、その外見からか嫌う人も少なくない。
しかし、兵士としては優秀であり、マオンド軍はこのオーク兵を大量に動員し、数々の戦争で活躍させている。
オーク兵の他に、ゴブリン兵も居るが、このゴブリン兵もまたオーク兵と同様に勇敢として知られている。
オーク兵部隊の攻撃は、通常の部隊よりも苛烈であり、何よりも、通常よりも分厚い長剣や棘の生えた鈍器を使った彼らの攻撃は強力無比である。
また、人間と比べて幾分か打たれ強いという特性も持っている。
そのような部隊に突入されれば、いかなアメリカ軍といえどたちまちのうちに壊乱するであろう。
「オーク兵達の鬱憤が爆発しないうちに、行動を起こすとするか。」
ルズーク中将は、半ば冗談めかした口調でそう言った。
彼は、初めてアメリカ軍を苦戦させている事(この時点で、92師団は壊滅状態になっているが)に愉悦を感じていた。
(フフフ。ここでアメリカ軍を撃退できれば、友軍部隊の脱出の可能性が高くなるだけではない。俺は、マオンド軍で初めて、
アメリカ軍を打ち破った名将として名を馳せられるだろう)
ルズーク中将は、必死に笑みを抑えようとしていたが、彼の口元は不要意につり上がっていた。
第19歩兵師団のオーク兵達は、攻撃の時を今か今かと待ち侘びていた。
「師団長、攻撃はまだですか?」
師団長の階級章を付けたオークの少将が、幕僚から声を掛けられた。
「あと少しで攻撃命令が出るはずだ。魔導参謀!攻撃命令はまだか!?」
少将は、置くに引っ込んでいる魔導参謀に声を掛けた。魔導参謀からの返事はない。
「まったく、軍団司令部は何をやっておるのだ。早く突撃せねば、92師団は壊滅してしまうぞ。」
少将は、オーク特有の野太い声音でそう言った。
「まさか、軍団長は攻撃を渋っておられるのではありませんか?」
幕僚が、軍団長を咎めるような口調で言うが、師団長は首を横に振った。
「いや、渋ってはおらんだろう。今は92師団がアメリカ軍とやらを散々に引っ掻き回しておる。今ここで、
残りの2個師団が攻撃しなければ、92師団は犬死にとなってしまう。軍団長はそれを許さないだろう。」
師団長が断言したとき、魔導参謀が天幕の奥から飛び出してきた。
「師団長閣下!軍団司令部より攻撃命令であります!」
魔導参謀の報告に、師団長は鷹揚に頷いた。
元々がのんびりしたような面構えのオークであるために、その表情には余裕が溢れているように見えた。
「ようし、師団の全部隊に攻撃を命じよ!アメリカ軍とやらを残らず殲滅するのだ!」
師団長は、静かながらも威厳のある声音で命じた。
「わかりました!では、早速全部隊に伝えます!」
魔導参謀はそう言うと、慌てて奥に引っ込んでいった。
攻撃は、まず砲兵隊の砲撃から始まる。砲兵隊は、丘の西側に配備されている。
そのままであれば、目標を視認できず、砲撃が出来ないが、今回は丘の頂上に観測兵が陣取っているため、丘のてっぺんを
越えて敵に砲弾を浴びせられる。
マオンド側の野砲は、30口径4ネルリ砲であり、射程距離は3700グレルほどである。
現在、アメリカ軍部隊は丘陵地帯から600グレル離れた南の旧坑道地帯で交戦している。
砲戦部隊は、味方撃ちを避けるために、交戦地域から後方を走って居るであろうアメリカ軍の増援部隊か、砲兵部隊を目標に撃つ。
観測兵には、優秀な魔導士が付けられているため、弾着観測は充分にできる。
丘の頂上に陣取っていたペスコ・ウィーリグム軍曹は、交戦地域から東に1500グレルの所で、交戦地域に向かっている新たな
アメリカ軍車輌部隊を見つけた。数からして大隊規模だろう。
「こちら観測隊。交戦地域より東1500グレルの所をアメリカ軍車輌部隊が急行中。援軍だ。」
「こちら砲兵隊、了解した。」
魔導士の頭の中に、砲兵隊に付いている魔導士から返事が入る。
ふと、望遠鏡を覗いていた班長が、魔導士の袖を引っ張った。
「おい。」
「班長、どうかされましたか?」
「・・・・・何か聞こえないか?」
班長はそう言いながら、とある一点に指をさす。
魔導士は、班長が指した方向を見るなり首を捻った。そこは、交戦地域からは逆の南西側の方向であった。
彼は自らの視力に暗視能力と望遠能力を高める魔法を使い、言われた方角をじっと見つめる。
「・・・・・・・!」
魔導士は、見てはならない物を見てしまった。
「・・・・そんな!」
魔導士の突然の反応に、班長は何が起きたのかさっぱり理解できなかった。
「どうしたんだ?」
班長がそう言った時、南西側の方角で発砲炎らしきものが煌めいた。
丘の反対側・・・・いや、正面側の上空で照明弾が煌めいた。
「ほほう、こいつはまた、豪勢な物だなぁ。」
第18機甲師団第51戦車連隊所属の第1戦車大隊指揮官であるクルト・アデナウアー中佐は、指揮戦車のハッチから
双眼鏡越しに、整列した部隊を見つけていた。
第1戦車大隊は、パンツァーカイル隊形で進撃している。第1戦車大隊の後には、51連隊の他に、52戦車連隊、
71機甲歩兵連隊、第29機甲砲兵大隊が続いている。
第18機甲師団の主力が、第1戦車大隊の後から続いている形となっているが、彼らの任務は、丘陵地帯の反対側で
待ち構えている敵の大部隊を捕捉し、撃滅する事である。
距離は、目測で1500メートルほどであろう。
「大隊長!停止命令です!」
無線手がアデナウアー中佐に報告してくる。頷いた彼は、全部隊に停止を命じた。
第1戦車大隊の全戦車がスピードを緩め、やがては停止する。
後方の機甲砲兵大隊の自走砲が発砲を開始した。砲弾は、整列していた敵部隊に目掛けて落下していく。
砲弾が次々と炸裂し、照明弾の下の敵部隊に混乱が見られる。
そのまま10分ほど砲撃が続く。
「師団司令部より通信。突撃せよです!」
「了解!全車に告ぐ。これより、敵陣に突撃する。前進再開!」
アデナウアー中佐は、大隊の全車にそう告げると、再び戦車を進ませた。
数十台以上のM4シャーマンが一斉に前進する様子は、まさに大地を圧する鉄牛の群れを思い起こさせる。
シャーマン戦車が、敵部隊まであと1000メートルに近付いたとき、砲弾が周囲に落下してきた。
ドーン!という炸裂音と共に、車体が揺れるが、さほど大きな揺れではない。
「敵の弾はだいぶ外れている。敵さん、さては相当慌てているな。」
アデナウアー中佐はそう言いながら、脳裏にとある光景を浮かべた。
今から総攻撃を仕掛けようとした矢先に、突然後方に現れた大戦車部隊。
強かに砲撃を食らって、小さくない手傷を負ってしまった上に、無数の戦車が全速で突っ込んでくる。
主立った対戦車兵器を有していない敵部隊にとって、後方から押し寄せてくる戦車の群れは、死に神の群れに等しいであろう。
敵の砲撃は依然続くが、マオンド側の動揺を代弁するかのように、砲弾はいずれも見当外れの位置に着弾している。
敵部隊との距離が800を切ったところで、アデナウアーは射撃を命じた。
第1戦車大隊の各車がアデナウアーの指示通りに停止し、75ミリ砲を放つ。
自走砲隊の射撃によって散々に撃ちまくられていた敵部隊は、この砲撃によって更に痛み付けられた。
敵の野砲陣地も、戦車部隊に向けて砲を放つのだが、その野砲陣地も、後方の自走砲から砲撃を浴びせられた。
敵の野砲は、自走砲が射撃を行う度に1門、また1門と、ろうそくの火が消えるように1つずつ、確実に潰されていった。
シャーマン戦車は、前進、停止、砲撃を繰り返す打ちに、敵部隊に迫っていった。
いきなりの敵戦車部隊出現、そして猛砲撃に混乱していたマオンド軍部隊は、右往左往するうちにシャーマン戦車に突っ込まれる。
シャーマン戦車は、同軸機銃を撃ちまくりながら逃げ惑う敵の集団を追い回した。
とあるオーク兵が、勇敢にも戦車に飛び乗ったが、別の戦車から機銃掃射を受けて撃ち落とされ、地面に転がされる。
苦しさのあまりもがいていると、後ろからやって来たシャーマン戦車のキャタピラに轢かれ、即死した。
また、別のオーク兵が、装備していた手製の爆弾をシャーマン戦車にぶつけて炸裂するが、手榴弾程度の威力しかない手製爆弾では、
戦車の分厚い装甲を破れない。
逆に同軸機銃を撃ち込まれ、反撃したそのオーク兵は体中を蜂の巣にされて昏倒した。
戦車は、第19歩兵師団のみならず、第7重装騎士師団にも襲い掛り、そこでもマオンド軍部隊を蹂躙していた。
午前7時10分 アメリカ第15軍司令部
「司令官、戦線は落ち着きを取り戻したようです。」
参謀長のサイモン・バックナー少将は、軍司令官であるヴァルター・モーデル中将にそう報告した。
「やれやれ、一時はどうなるかと思ったぞ。」
モーデル中将は、モノクルをハンカチで吹きながらバックナーにそう返した。
「機甲師団は、敵の攻撃主力を破砕したようです。軍司令官の決断は正しかったですな。」
「なに。当然の事だよ。」
モーデルは、特に何の感情も表さずに言う。
彼は、第45歩兵師団の前衛部隊が敵の奇襲を受けたという報告を受けたとき、すぐに第18機甲師団を丘陵地帯の反対側へ、
それも戦域を迂回させる進路で突撃させよと命じた。
いかな近代装備の軍とはいえ耐えきれません!ここは今戦っている戦域に、増援の戦車を送るべきです!」
幕僚達は、モーデルの意見に反対した。戦闘は目の前で起こっているのに、そこを迂回して敵が居るかどうかも分からぬ丘陵地帯の
だが、モーデルは命令を撤回しなかった。
「諸君らは、交戦地域に増援を寄越すべきだと言っているが、それこそ、敵の思うつぼだ。マオンド軍部隊は、地下から這い出して
45師団を攻撃して、必ず後詰めの部隊を後方に展開させている。ここに増援を送り込んでも、戦況は思ったよりも変わらんだろう。
我々は延々と、敵の抵抗に付き合わされる事になる。敵の抵抗を破砕するには、機甲師団の特性を生かして敵の背後に周り、
そこから徹底して攻撃すべきだ。」
モーデルは一旦言葉を区切ってから、一言だけ言う。
「いかなる火事でも、火元を経てば自然に火は弱まる。今起こっている事に対しても、それは同じだよ。」
かくして、モーデルの鶴の一声で、第18機甲師団は迂回進路を取りながら、敵の背後に回った。
そして、その策は見事に当たった。
丘陵地帯の反対側で待機していたマオンド軍の攻撃主力は、今しも出撃を開始した時に第18機甲師団の攻撃を受けた。
意表を突かれたマオンド軍攻撃主力は、混乱のうちに戦車部隊に突っ込まれ、最終的には退路を絶たれてしまった。
マオンド軍は、それでも必死に抵抗したが、近代装備の軍が相手では、その抵抗も尻すぼみとなっていった。
そして、戦闘開始から5時間足らずで、マオンド軍部隊は狭い丘陵地帯に包囲され、降伏か、全滅かの瀬戸際に追い込まれていた。
「しかし、敵軍の一部が地下に籠もっていたとは・・・・・」
「この地図が、もっと正確に作られていれば、今日の戦いは無為に犠牲を出さずに済んだのだが・・・・・」
モーデルは、どこか悔しげな口調で言った。
地図は、確かによく出来ていた。出来ていた筈だった。
損害状況に関しては、まだ正確な知らせが届いていないが、先行していた第45歩兵師団の先頭部隊は相当な損害を被ったという。
軍司令部に送られた情報の中では、1個中隊が丸々全滅したという未確認情報も入っている。
敵に与えた損害は、第15軍が被った損害よりも遙かに大きいかも知れないが、いずれにしろ、レーフェイル派遣軍は上陸3日目にして
初めて大きな損害を受けたのである。
「ですが、軍司令官の判断はお見事です。第18師団の主力を敵の後方に回していなかったら、今頃はもっと大きな損害を受けていた
ことでしょう。戦闘が長引けば、敵のワイバーンもやってきたでしょうから。」
バックナーは、素直にモーデルを感心していた。
突然の事態に、半ば混乱しかけていた軍司令部の中で、ただ1人、モーデルだけは冷静だった。
(火消しのモーデルと名付けられたのも頷ける)
バックナーは、改めてモーデルの剛胆さを見せ付けられたような気がした。
第54軍団の総反攻は、最初こそ順調に進んだ物の、実戦経験豊富なモーデルの判断によって54軍団は大損害を出し、最終的には軍団
そのものが壊滅状態に陥った。
戦力の過半を喪失した54軍団は、その後2日にわたって抗戦を続けたが、物量に勝るアメリカ軍に押され、6月22日に降伏した。
一方、北のトペラガヌスでもまた、激しい戦いが繰り広げられたが、アメリカ軍は第71軍団の守備地域を第31軍団に包囲させたまま迂回するや、
そのまま北進していった。
第71軍団は、翌20日から21日にかけて、護衛空母の艦載機や陸軍航空隊の集中爆撃を受け、戦力の大半を喪失。
第54軍団が降伏した翌日に、第71軍団司令部は最後の総攻撃を命じ、71軍団は玉砕した。
1484年(1944年)6月19日 午前2時 ヘルベスタン領レミソンゴル
マオンド陸軍第92歩兵師団第3連隊に所属するとある歩兵小隊は、モンメロより北西12ゼルド離れた町、レミソンゴル近郊の
森林地帯で息を潜めながら、街道を進軍するアメリカ軍部隊を監視していた。
小隊付き魔導士であるルイケ・ドルツゥーク曹長は、魔法で暗視能力が強化された目で、400メートル先向こうの木と木の間を
行くアメリカ軍車両を見つめている。
「姉貴、どうです?まだ多いですか?」
部下の軍曹が、彼女を渾名で呼んだ。
「多いわ。アメリカ軍の部隊を見つけて、かれこれ1時間以上になるけど、車列は一向に途切れる気配がない。」
「俺としては、あのアメリカ軍部隊は一層増えていると思いますよ。」
「ええ。あたしもそう思うね。」
ドルツゥーク曹長はそう言ってから頷いた。
1時間前に発見したアメリカ軍の車輌部隊は、途切れるどころか、ますます増えている感がある。
最初はジープやハーフトラックといった車輌が多かったのだが、今では戦車と呼ばれる鉄の塊が後から大量に続いている。
戦車部隊の列は、しばらくしたらまた途切れるのだが、少しばかりの間を置くと、また後から戦車部隊の列が連なってくる。
彼女は、車輌の数を200ほど数えたところでやめてしまった。多すぎて数え切れないためである。
「見た限りとしては、アメリカ人共は、最低でも2個師団規模の部隊をこの地区に投入しているな。」
彼女の側で、うつ伏せの格好で前を見ていた小隊長が、確信したような口ぶりで言った。
「先頭部隊は、レミソンゴルの町を抜けて平野部に出ているはずだ。俺の記憶が正しければ、攻撃はあと10分後に始まる。」
「攻撃・・・・ですか。」
ドルツゥーク曹長は、重苦しい口調で言う。
「あんな見た事もない武器を装備した敵に、果たして勝てる見込みはあるんでしょうか?元々、この近辺に配備されていた
あたし達の師団ならまだしも、同じ54軍団を構成する第7重装騎士師団と第19歩兵師団は、ここから15ゼルド離れた
場所からろくに眠らずに移動してきています。そのため、この2個師団の将兵は疲労が思いのほか激しいと聞いています。こんな状態で」
「勝たないと行かんのだよ。」
小隊長が彼女の言葉を遮った。
「勝たないといかんのだ。敵の前衛部隊に対抗出来るのは、この54軍団と、北部地区の71軍団しかいない。この2個軍団で
敵の前衛を粉砕せねば、50万の友軍はこの狭い半島に閉じ込められる。そうなる前に脱出するか、あるいは、50万の将兵共々、
破滅を待つか。選択肢はこの2つしかない。」
「・・・・・・・」
彼女は押し黙ってしまった。小隊長の言うことは、痛いほどに良く分かる。
ヘルベスタン領西部地区に派遣されていた軍のうち、54軍団と71軍団が、アメリカ軍部隊と一番最初に交戦できる位置にいる。
ここで敵の進撃を破砕すれば、50万の将兵が脱出出来る機会が生まれる。だが、負ければ、包囲の輪は閉じられてしまう。
一番重要な戦区は、第71軍団が配備されているトペガラヌスであろう。
トペガラヌスは、モンメロより北30ゼルド(90キロ)の小さな町がある地域だ。
71軍団の3個師団は、北上中のアメリカ軍部隊と真っ向から対面する形で布陣している。
アメリカ軍部隊が、一日に50キロも前進出来たのは、マオンド側の配置部隊がほとんど無きに等しい物であり、17日未明に
第102歩兵旅団が独断で総攻撃を行った以外は、何ら抵抗らしい抵抗はなかった。
海岸地区に部隊を集中配備していたツケが回ってきた証拠である。
この快進撃を続ける敵部隊を相手に、第71軍団は戦わなければならない。
トペラガヌスを抜かれれば、アメリカ軍部隊の北進は更に続くだろう。
その一方で、第54軍団は西進し始めた新たな敵軍と戦おうとしている。
上陸してから3日間、アメリカ軍はひたすら北に進んでいたが、ここに来てようやく、西にも軍を差し向けてきた。
マオンド軍は、比較的守りやすく、戦力の集中しやすいレミソンゴルに部隊を配備しただが、ドルツゥーク曹長が言ったとおり、
3個師団のうち、2個師団の将兵は移動の際の疲労が抜け切れていない。
この2個師団は、部隊移動に伴う疲労も去ることながら、道中、幾度もアメリカ軍機の空襲を受けている。
そのため、実質的な戦闘力は、移動前の8割近くしかない。残りの2割以上は、移動中に戦死するか、負傷して戦闘力を失っている。
一応、部隊配備は完了しているが、このような部隊で勝てるかどうかは、誰が見ても怪しいと思うであろう。
だが、そこまでやらねばならぬほど、マオンド側は逼迫していた。
「苦しいだろうが、ここは我慢するしか無い。お偉方は、そう思って部隊を配備したんだろう。物事が決まった以上、俺達は従うしかない。」
彼女は、小隊長のその言葉に、諦めの口調が混じっている事を確信したが、余計な念は振り払って、元の監視任務に専念し始めた。
午前2時5分 レミソンゴル西方1マイル地点
第15軍司令官であるヴァルター・モーデル中将は、指揮車として乗っているM-8グレイハウンド装甲車の車体から身を乗り出して、
前進してくる味方部隊を見つめていた。
「最先頭は今、どこにいる?」
モーデル中将は、隣に座っている参謀長、サイモン・バックナー少将に尋ねた。
「最先頭部隊は、ここから1キロ先を前進中です。」
「ここから先には、やや高めの丘陵地帯があったな。」
「はい。丘陵地帯と言っても標高が最大で70メートル程度しかありません。それに、丘と言ってもなだらかです。」
モーデルは、バックナー少将の言葉を聞きながら、他の幕僚から地図を受け取った。
今回の作戦では、亡命ヘルベスタン人の協力を得て、ヘルベスタン領の精密な地図を用意して戦闘部隊に回している。
モーデルが手に取った地図も、その中の1枚である。
彼は、地図を4秒ほど眺めた後、とある地点を指さしながらバックナーに言う。
「確かになだらかだが、よく見ると街道をぐるりと取り囲むようになっている。私が指揮官なら、この丘陵地帯に部隊を
配備して、前進してくる敵を待ち伏せようとする。」
「一応、その事も予期して、先頭部隊には注意を促してありますが。」
バックナーはそう言ったが、モーデルはどこか釈然としない表情でじっと地図を見つめた。
「ううむ・・・・どうにも気になるな。」
「どうかされましたか?」
「・・・・・地図は・・・・確かによくできている。ただ・・・・何か胸騒ぎがする。」
モーデルは、ふと、何かを思い出したかのように、顔を宙に向けた。
1分ほど黙考した彼は、先とは打って変わった・・・・どこか観念したような表情を浮かべていた。
「そういえばな。私はある亡命ヘルベスタン人からおとぎ話を聞いたのだよ。」
「おとぎ話ですか?」
「ああ。半年前に聞いたんだが、内容はこうだ。ある日、山の近くにあるトノスカロイという村に、モンスターの
集団がやってきた。村人達は、掻き集めた武器で戦うが、衆寡適せず、散々に追い散らされてしまった。村人達を
追い払ったモンスター達は、畑を好き放題に荒らし回った。山の近くの洞窟に避難した村人達は、たまたま居合わせた
勇者に助けを求めた、勇者は二つ返事で了解し、早速村に巣くうモンスターを挑発した。挑発されたモンスターは激怒し、
逃げる勇者を追った。しばらくして、モンスター達は、村人達が避難する山の近くにやって来た。だが、肝心の勇者は
どこにも居ない。その時は、真っ暗な夜だ。いきなり、1匹のモンスターが悲鳴を上げて倒れた。仲間がそのモンスター
の安否を確認するが、既に事切れていた。モンスターは、勇者の仕業に違いないと見て懸命に探した。だが、探している
間に1匹、また1匹と討ち取られていった。そして、最後にボスモンスターが残ったが、このボスモンスターもまた、
討ち取られてしまった。ボスモンスターの最後に見たのは、昔からあったのか、上手い具合に隠れていた穴から出てきた
勇者の姿だった。そこで、モンスターは確信したんだ。俺達は、地下道が張り巡らされたその真上に誘い込まれたんだと。
それで、物語はハッピーエンドに向かう。君達アメリカ人が好きそうな話さ。」
「ハハハ。それは、とんだ間抜けなモンスター達ですな。で、どうしていきなりそんな話を?」
「ああ。実はね、その話に出てきた地域なんだが。とある地域の特徴をモデルにして作った話なんだ。」
モーデルはさりげなく。そして、背筋の凍る言葉を言い放った。
「そのモデルとなったのが、このレミソンゴルだ。」
真上を、無数の金属板を軋ませるような音が通り過ぎていく。
その振動で、足下が揺れている。揺れはさほどではないのだが、彼の足下は、その振動以上に揺れていた。
今すぐにも逃げ出したい恐怖に苛まれながらも、彼、ウドム・レトスル1等兵は屈んだ姿勢でじっと待ち続ける。
同じような姿勢で待ち続けるのは、彼だけではない。彼の後ろには、5人の仲間がいる。
彼と、その後ろの兵は、2人で1つの重い魔動銃を担いでいる。
この態勢で待ち続けて早2時間以上が経つが、不思議にも疲れは感じない。
唐突に、後ろから声がした。
「時間だ。」
分隊長の声だ。
レトスル一等兵は頷くと、姿勢を起こして、真上にあった偽装網を取り、地上に上がった。
地上には、アメリカ軍の車輌部隊が居た。それも、凄い数だ。
車輌部隊の周囲には、銃という武器を持った歩兵が多数歩いている。
丘の真上に、照明弾が煌めいている。その斜面には、砲弾の物と思しき炸裂の閃光がともる。
「敵さんはやはり、迂回してきたか。」
レトスル一等兵はそう呟きながら、戦友と共に思い魔導銃を設置した。
戦友が、魔法石を装填したのだろう、肩を叩いてきた。
ここから100グレル(200メートル)しか離れていない位置を進むアメリカ兵や車輌に照準を合わせる。
彼が魔導銃を撃ち始めたと同時に、他の場所からも爆発音や魔導銃の発射音が聞こえてきた。
魔導銃が、軽快な音と共に七色の光弾を吐き出す。
きらびやかな色で彩られた一条の筋は、アメリカ兵だろうが、トラックだろうが容赦なく薙ぎ払った。
15軍の先発隊を務めていた第45歩兵師団第415歩兵連隊は、突然の事態に混乱を起こしかけていた。
今まで、静かに前進していた415連隊は、いきなり前方や左右から無数の光弾や砲弾を浴びせられた。
先頭をゆっくり走っていたM-8グレイハウンド装甲車が直撃弾を受けて吹き飛び、周囲を歩いていた歩兵が、
いきなり撃ち出された光弾によってばたばたと倒される。
第415歩兵連隊第117歩兵大隊の指揮官であるマイク・フローゼンス中佐は、すぐに反撃しろと命じた。
歩兵大隊と一緒に付いていたシャーマン戦車が、火点を見つけるや容赦なく75ミリ砲弾を放つ。
それまで、七色のシャワーを浴びせていた敵の魔導銃とマオンド兵が、75ミリ弾の直撃によって粉々に粉砕された。
12.7ミリ重機関銃が、敵の火点に向けて反撃の銃火を浴びせる。
その魔導銃座と12.7ミリ機銃座は、しばしの間壮絶な撃ち合いを演じたが、軍配はアメリカ側に上がった。
マオンド兵は、12.7ミリ高速弾を顔面に受けるや、顔自体が吹き飛ばされ、すぐ側にいた予備の射手が慌てて逃げ始める。
その背中に機銃弾が突き刺さり、腹部に射入口よりも大きな穴が開いて大量の血と肉片、内容物が飛び散った。
「大隊長!奴らは地下から出てきました!」
唐突に、無線機から入ってきたその言葉に、フローゼンス中佐は耳を疑った。
「地下だと!?それは本当か!?」
「本当も何も、マイリー共は地下からぞろぞろ出てきていま・・・うわ!回避しろ!」
いきなり、無線機越しに何かかがぶつかる衝撃音が聞こえた。相手との交信はそれっきり途絶えた。
「くそ!こりゃえらい事になったぞ!」
フローゼンス中佐は忌々しげに叫んだ。
マオンド軍部隊の行動は、次第に大胆になってきた。
最初は魔導銃や野砲の十字砲火を浴びせてきたが、攻撃開始から5分が経つと、相当数の歩兵部隊がアメリカ軍に向けて突撃してきた。
歩兵部隊の先頭には、魔導士が操るゴーレムや飼い慣らされたキメラがおり、後に続く歩兵達よりも一足早く交戦を開始した。
キメラの1頭が、早速12.7ミリ機銃弾の集中射撃を受ける。歩兵師団に対空用として配置されている12.7ミリ4連装機銃は、
渾名の通りミートチョッパーと化して、迫り来るキメラを次々に引き裂いた。
「いいぞ!その調子で撃ちまくれ!」
ハーフトラックの陰で、M1ガーランドライフルを撃っていたグレン・フリング二等兵は、ミットチョッパーを操る兵士達に声援を送る。
その直後、どこからともなく放たれた火炎魔法が4連装機銃座を襲った。
それまで調子よく射撃を行っていたミットチョッパーが沈黙し、火炎をもろに浴びた射手や装填手が火達磨となって地面をのたうち回った。
火箭が薄くなったのを良いことに、キメラやゴーレム達が米軍の車列に雪崩れ込んでくる。
不運な歩兵が、キメラの強靱な顎に囚われ、あっという間に胴体を分断される。
そのすぐ側で、歩兵の上官と思しき軍曹が喚き散らしながらトミーガンを乱射する。
その背後からゴーレムが、硬い拳を振り上げ、一気に軍曹の背中を叩き付ける。
ゴーレムの巨体から繰り出された拳は、そのままの勢いで背中に当たり、ぐじゃりという気色悪い音を立てて体を叩き潰した。
そのゴーレムが、血まみれの石造りの拳でハーフトラックの操縦席を横合いから殴り壊し、横転させる。
フリング二等兵は、あっという間に戦友を虐殺したゴーレムとキメラに恐れを成して、その場から逃げようとしたが、横から飛んできた
光弾に頭を撃ち抜かれて即死した。
ゴーレムとキメラの後に続いて、軽鎧や甲冑を身に纏った歩兵達が雪崩れ込んできた。
彼らに対して、猛烈な銃火が浴びせられるが、ゴーレムやキメラが盾となるので、なかなかに倒せない。
この日、たまたまM1バズーカ砲を持たされていたゲルト・アーノルド軍曹は、トラックや装甲車を好き放題たたき壊しながら
進んでくるゴーレムやキメラを見て、敵愾心をかきたてた。
「野郎、調子に乗りやがって。俺が吹っ飛ばしてやる!」
彼は唸るような口調で言うと、後ろの相棒に顔を振り向けた。
「弾を込めてくれ!」
相棒は頷くと、後ろに味方いない事を確認してから、バズーカ砲の尾部にロケット弾を詰め込む。
弾を込め終わると、アーノルド軍曹のヘルメットを2回叩き、耳を押さえて、噴射炎を浴びぬように軍曹のすぐ側にうずくまった。
「くたばれ!」
アーノルド軍曹はそうわめくと、バズーカ砲をゴーレム目掛けて発射した。
ロケット弾は、白煙を引きながらゴーレムに向かう。
ゴーレムの頭に、ロケット弾が突き刺さった。その瞬間、石の装甲はあえなく砕け散り、魔導士が描いた後頭部の呪印も消滅した。
頭を失ったゴーレムは、そのまま前のめりになって倒れ込んだ。
次いで、後方から放たれた12.7ミリ機銃が、すぐ左にいたキメラをずたずたに引き裂いた。
ゴーレムやキメラが撃ち倒されても、後ろに居たマオンド兵の大軍は喚声を上げながら突っ込んできた。
「次弾装填!」
アーノルドは再び、相棒に向かって叫ぶ。指示を受け取った相棒がすぐさまロケット弾を装填し、軍曹のヘルメットを叩いた。
アーノルドは、ロケット弾を直接マオンド兵の群れに撃ち込んだ。
マオンド兵との距離は60メートルもない。何もしなければ、厳つい長剣や槍、弓矢で無残に切り刻まれるか、突き殺される。
部隊のほとんどの兵が、ありとあらゆる武器を使ってマオンド兵の突進を止めようとしていた。
発射されたロケット弾は、まず1人のマオンド兵の顔面を叩き潰した後に炸裂した。
炸裂の瞬間、周囲にいた10人余りのマオンド兵が殺傷される。その直後に、機銃やライフルの銃弾が嵐のように注がれる。
マオンド兵達はばたばたと撃ち倒されるのだが、数が多すぎた。
丘の向こう側から、赤紫色の照明弾らしきものが打ち上げられると、状況はますますアメリカ側に不利な物となった。
「軍曹!横合いからもマイリーが突っ込んできます!」
相棒が、恐怖に引きつった顔を浮かべながらアーノルドに言ってきた。
彼が横に振り向くと、側方からもマオンド兵と思しき歩兵の集団が走り寄ろうとしている。
一部の兵は魔導銃を持ったまま走っているのだろう、影の集団から所々、七色の火箭が味方部隊に向けて掃射されている。
「なんてこった!俺達は敵に嵌められたぞ!」
軍曹は、思わず叫んでしまった。
彼らの居る部隊は、丘陵地帯に布陣しているかも知れない敵の攻撃を避けるべく、南側から迂回して進んでいた。
だが、丘陵地帯の南側に近付いた途端に、部隊は敵の猛攻を受けてしまった。
連隊は、今やどれほどの規模のマオンド軍に襲われているのか見当が付かぬ状況だ。
「戦車は?戦車はどうした!?」
軍曹は、苛立つような口ぶりで叫びながら、辺りを見回す。戦車はすぐ近くに居たが、戦車は、丘の向こう側に向けて
砲を放っている。
その戦車の後方に、砲弾らしきものが炸裂して盛大に土煙が舞い上がる。
どうやら、戦車は敵の野砲と交戦中らしい。
「こりゃ、ひでえ戦になるぞ。」
アーノルド軍曹はそう呟くが、気持ちを新たにして、相棒にロケット弾の装填を指示した。
その頃、レトスル1等兵は、魔導銃を撃ちまくっていたところに、後ろから班長に肩を叩かれた。
「レトスル!俺達も突撃するぞ!」
「え!?」
彼は、班長の言葉に一瞬唖然となった。
「バカ!お前はあれが見えんのか!?」
班長は怒鳴りながら、丘のほうに指を向けた。丘の上空には、赤紫色の照明弾が灯っていた。
これは、全部隊突撃せよの合図である。
「突っ込むぞ!」
班長はそう言うと、3人ほどを引き連れて穴から飛び出した。見ると、他の穴からも味方が飛び出して、停止しているアメリカ軍部隊に向けて突っ込んでいく。
中には、重い魔動銃を持ったまま突撃する兵も居る。
「仕方ない。行くぞ!」
彼は、魔法石を装填していた装填手にそう言うと、腰の長剣を抜き放って突撃し始めた。
新たなマオンド兵の集団が現れた事に気付いたアメリカ軍は、幾人かが機銃や小銃をこのマオンド兵の集団に振り向けた。
見た事も無い敵の怪異な軍用車輌や歩兵から銃弾が撃ち込まれてくる。早速、4人のマオンド兵がこれに捕まって倒れる。
レトスル1等兵は、やや斜め前を走っていた味方が、いきなり胴体を切断されるのを目の当たりにした。
「なっ!」
彼は、あまりにも呆気ない味方の死に驚いた。そして、すぐに敵に対する怒りが沸き起こった。
(よくも味方を・・・・許せん!あいつらを皆殺しにしてやる!!)
レトスル1等兵は、内心で絶叫した。アメリカ軍の車列はみるみるうちに大きくなっていく。
砲弾や魔法攻撃でやられたのか、炎上している車輌は少なくない。
周りの味方が、次々と銃弾で倒れていく。
すぐ左にいた、部隊の憧れの的だった女性兵士が腹や胸に銃弾を受けて昏倒した。右斜め前にいた小隊の中でも、
鬼軍曹として恐れられていたベテラン兵が、一瞬にして頭を吹き飛ばされ、10メートルほど走ってから前のめりに倒れる。
死は、新人だろうが、経験を積んだベテランであろうが、分け隔て無く訪れた。
アメリカ軍の銃火器の威力は凄まじく、草原は味方兵の死体で一杯になった。
だが、アメリカ軍はマオンド兵達を完全に阻止する事は出来ない。
レトスル1等兵は、幸運にも装填手と共にアメリカ軍の車列に雪崩れ込んだ。
1人のアメリカ兵が、慌てて銃に弾を込めようとしたが、諦めて殴りかかってきた。
銃床が思い切りレトスル1等兵の顔面めがけて振り下ろされる。レトスルは寸手の所で、長剣で受け止める。
ガキンという音が響いた。
「卑怯者のマイリーめ!死にやがれ!」
その赤ら顔のアメリカ兵は、レトスルを睨み付けながらそう喚き散らした。
「卑怯者はてめえらだ!アメリカ野郎!!」
レトスルは、懇親の力で銃床を払いのけると、鮮やかな動きでアメリカ兵を袈裟懸けに斬り伏せた。
右の肩から左の脇腹まで切り裂かれたアメリカ兵は、夥しい血を吹き出しながら仰向けに倒れた。
1人目を倒した所で、彼は自分に拳銃を向けていたアメリカ兵を見つけるや、腰にあった短剣を投げた。
短剣は、アメリカ兵の肩に突き刺さった。
痛みに顔を歪めたアメリカ兵は、それでも拳銃を撃ったが、狙いは完全に逸れていたため、レトスル1等兵には当たらなかった。
彼は、短剣を受けて痛みに顔を歪めるアメリカ兵に走り寄るや、その首を跳ね飛ばした。
一心不乱に戦い続けてからどれぐらいの時間が経ったか分からない。
気が付くと、彼は、10人ほどの戦友と共に、敵味方将兵の死体の群れの中に居た。
「なんか・・・・・随分静かになったな。」
レトスルは、周りを見渡しながらそう呟いた。周囲には、マオンド兵とアメリカ兵の死体がある。
残念ながら、死体の割合はマオンド兵の物が多いが、アメリカ兵も少なからず混じっている。
アメリカ側の遺体は、どこかを切断されたり、切られたりしているだけでそこそこ綺麗だが、マオンド側の遺体は、一方的に
銃撃を浴びた物が殆どであるから、体の部位が激しく損傷し、臓物をはみ出したり、首や胴体が千切れたり、顔が分からぬほど
破壊されている物がかなりある。
銃火器を持たぬ軍が、銃火器をふんだんに装備した軍に戦いを挑むとどうなるか・・・・
その恐ろしさを、レトスルは思い知らされた。
唐突にどこからから声が聞こえた。
彼らは、ぎらついた目付きで声がする方向を見た。
そこには、トラックの影から手を上げて出てきた3人のアメリカ兵が居た。
彼らはすぐさま、そのアメリカ兵達のもとに駆け寄った。
レトスルらが、彼らと目と鼻の先まで近付くと、3人のアメリカ兵は怯えきった表情で言った。
「た、助けてくれ。降伏する。」
普通ならば、それは当然の行為と言えよう。だが、彼らは降伏を求める相手を間違っていた。
「降伏・・・・だと?」
レトスルは、地鳴りのような声で言った。
「ふざけるな!!」
怒鳴るが早いか、レトスルは1人のアメリカ兵の腹に長剣を突き刺した。
それをきっかけに、10人のマオンド兵達は、降伏してきた3人のアメリカ兵を好き放題に突き刺し、あるいは切り刻んだ。
5分足らずで、3人のアメリカ兵は、返り血に塗れたマオンド兵達によって八つ裂きにされていた。
午前3時 レミソンゴル西方 第54軍団司令部
「軍団長。」
第54軍団司令官であるホム・ルズーク中将は、主任参謀の説明を聞いていた。
「第92歩兵師団は、敵部隊の阻止に成功しました。しかし、戦闘開始から既に50分が経過し、同師団の損害は甚大な物と
なっています。敵は、新たに2個連隊規模の部隊を増援に送り込んで、92師団を駆逐しようとしています。彼らは依然、
勇戦していますが、このままでは押し切られてしまうでしょう。」
「損害が大きいのは痛い事だが、彼らは充分にやってくれた。」
ルズーク軍団長は、満足げな表情を浮かべた。
「しかし、あのアメリカ人共も間抜けな物だ。ここの特性を完全に把握しないで攻め込んでくるとは。」
レミソンゴルの町は、今でこそ人の居ない寒村であるが、元々は魔法石や稀少鉱物が取れる地域として栄えていた。
200年前の戦争で町全体が消失してからは、人口の少ない土地と化していたが、地下には、未だに膨大な鉱物資源が眠っている。
丘陵地帯周辺の地下には、戦争前にも細々と掘られた物も含めて、かなりの数の坑道が広がっており、それらは互いに連結している。
マオンド軍は、ここを地下要塞にする事を決め、秘密裏に要塞化を進めていたが、その最中にアメリカ軍の侵攻が始まった。
地下の要塞化は3割程度しか出来ていなかったが、それでも1個師団相当の兵力を隠せる事が出来た。
第54軍団は、まずアメリカ軍が丘陵地帯を避けて通るのならば、まずは南側を選ぶであろうと確信していた。
なぜなら、北側の平野は湿地帯であり、戦車と呼ばれる重量物の通行には適していない。
現に、マオンド軍が装備しているゴーレムですら、湿地帯では思うように行動できない。
アメリカ軍が南側を迂回するように通過しようとしたら、その南側の地下行動に主力を配備した第92歩兵師団が敵の虚を突く。
敵が前進を止めたならば、第92歩兵師団はもてる限りの兵力を持って敵に出血を強要し、残り2個師団の突入まで時間を稼ぐ。
敵はあらゆる手段を講じて、92師団を抜こうとするだろうが、54軍団はそこにつけ込み、乱戦に持ち込んで米軍を撃退する。
それが、54軍団の作戦方針であった。
地下に隠れていた第92歩兵師団は、おとぎ話である穴の中の勇者に出て来る勇者と同様に、アメリカ軍部隊が来るまでにじっと待っていた。
彼らが牙をむいた時、アメリカ軍の前進部隊は混乱に陥り、一時的には撃退する事に成功した。
だが、機械力に物を言わせたアメリカ軍は、次々に増援を送り込んで92師団の抵抗を排除しようとしていた。
しかし、92師団は、残りの2個師団が突撃できる時間を稼いでくれた。
アメリカ軍が、この地の特性を把握しきれなかったという点もあるが、今まで苦戦続きであったマオンド軍にとって、まずは良い勝負が
出来たと言える。
あとは、92師団の努力を無駄にせぬようにするだけであった。
「攻撃準備は完了しているかね?」
「はい。残りの2個師団共に意気軒昂です。特に第19歩兵師団の将兵は、今すぐにでも突撃させろと、しきりに喚いております。」
軍団長は思わず苦笑した。
「オーク兵は、いつも血気盛んだからな。特に、今回の戦では、鬱憤が溜まりまくっていたのだろう。」
第19歩兵師団は、オーク兵で構成されている。
オークは、人間と違って豚に近いような姿をしており、その外見からか嫌う人も少なくない。
しかし、兵士としては優秀であり、マオンド軍はこのオーク兵を大量に動員し、数々の戦争で活躍させている。
オーク兵の他に、ゴブリン兵も居るが、このゴブリン兵もまたオーク兵と同様に勇敢として知られている。
オーク兵部隊の攻撃は、通常の部隊よりも苛烈であり、何よりも、通常よりも分厚い長剣や棘の生えた鈍器を使った彼らの攻撃は強力無比である。
また、人間と比べて幾分か打たれ強いという特性も持っている。
そのような部隊に突入されれば、いかなアメリカ軍といえどたちまちのうちに壊乱するであろう。
「オーク兵達の鬱憤が爆発しないうちに、行動を起こすとするか。」
ルズーク中将は、半ば冗談めかした口調でそう言った。
彼は、初めてアメリカ軍を苦戦させている事(この時点で、92師団は壊滅状態になっているが)に愉悦を感じていた。
(フフフ。ここでアメリカ軍を撃退できれば、友軍部隊の脱出の可能性が高くなるだけではない。俺は、マオンド軍で初めて、
アメリカ軍を打ち破った名将として名を馳せられるだろう)
ルズーク中将は、必死に笑みを抑えようとしていたが、彼の口元は不要意につり上がっていた。
第19歩兵師団のオーク兵達は、攻撃の時を今か今かと待ち侘びていた。
「師団長、攻撃はまだですか?」
師団長の階級章を付けたオークの少将が、幕僚から声を掛けられた。
「あと少しで攻撃命令が出るはずだ。魔導参謀!攻撃命令はまだか!?」
少将は、置くに引っ込んでいる魔導参謀に声を掛けた。魔導参謀からの返事はない。
「まったく、軍団司令部は何をやっておるのだ。早く突撃せねば、92師団は壊滅してしまうぞ。」
少将は、オーク特有の野太い声音でそう言った。
「まさか、軍団長は攻撃を渋っておられるのではありませんか?」
幕僚が、軍団長を咎めるような口調で言うが、師団長は首を横に振った。
「いや、渋ってはおらんだろう。今は92師団がアメリカ軍とやらを散々に引っ掻き回しておる。今ここで、
残りの2個師団が攻撃しなければ、92師団は犬死にとなってしまう。軍団長はそれを許さないだろう。」
師団長が断言したとき、魔導参謀が天幕の奥から飛び出してきた。
「師団長閣下!軍団司令部より攻撃命令であります!」
魔導参謀の報告に、師団長は鷹揚に頷いた。
元々がのんびりしたような面構えのオークであるために、その表情には余裕が溢れているように見えた。
「ようし、師団の全部隊に攻撃を命じよ!アメリカ軍とやらを残らず殲滅するのだ!」
師団長は、静かながらも威厳のある声音で命じた。
「わかりました!では、早速全部隊に伝えます!」
魔導参謀はそう言うと、慌てて奥に引っ込んでいった。
攻撃は、まず砲兵隊の砲撃から始まる。砲兵隊は、丘の西側に配備されている。
そのままであれば、目標を視認できず、砲撃が出来ないが、今回は丘の頂上に観測兵が陣取っているため、丘のてっぺんを
越えて敵に砲弾を浴びせられる。
マオンド側の野砲は、30口径4ネルリ砲であり、射程距離は3700グレルほどである。
現在、アメリカ軍部隊は丘陵地帯から600グレル離れた南の旧坑道地帯で交戦している。
砲戦部隊は、味方撃ちを避けるために、交戦地域から後方を走って居るであろうアメリカ軍の増援部隊か、砲兵部隊を目標に撃つ。
観測兵には、優秀な魔導士が付けられているため、弾着観測は充分にできる。
丘の頂上に陣取っていたペスコ・ウィーリグム軍曹は、交戦地域から東に1500グレルの所で、交戦地域に向かっている新たな
アメリカ軍車輌部隊を見つけた。数からして大隊規模だろう。
「こちら観測隊。交戦地域より東1500グレルの所をアメリカ軍車輌部隊が急行中。援軍だ。」
「こちら砲兵隊、了解した。」
魔導士の頭の中に、砲兵隊に付いている魔導士から返事が入る。
ふと、望遠鏡を覗いていた班長が、魔導士の袖を引っ張った。
「おい。」
「班長、どうかされましたか?」
「・・・・・何か聞こえないか?」
班長はそう言いながら、とある一点に指をさす。
魔導士は、班長が指した方向を見るなり首を捻った。そこは、交戦地域からは逆の南西側の方向であった。
彼は自らの視力に暗視能力と望遠能力を高める魔法を使い、言われた方角をじっと見つめる。
「・・・・・・・!」
魔導士は、見てはならない物を見てしまった。
「・・・・そんな!」
魔導士の突然の反応に、班長は何が起きたのかさっぱり理解できなかった。
「どうしたんだ?」
班長がそう言った時、南西側の方角で発砲炎らしきものが煌めいた。
丘の反対側・・・・いや、正面側の上空で照明弾が煌めいた。
「ほほう、こいつはまた、豪勢な物だなぁ。」
第18機甲師団第51戦車連隊所属の第1戦車大隊指揮官であるクルト・アデナウアー中佐は、指揮戦車のハッチから
双眼鏡越しに、整列した部隊を見つけていた。
第1戦車大隊は、パンツァーカイル隊形で進撃している。第1戦車大隊の後には、51連隊の他に、52戦車連隊、
71機甲歩兵連隊、第29機甲砲兵大隊が続いている。
第18機甲師団の主力が、第1戦車大隊の後から続いている形となっているが、彼らの任務は、丘陵地帯の反対側で
待ち構えている敵の大部隊を捕捉し、撃滅する事である。
距離は、目測で1500メートルほどであろう。
「大隊長!停止命令です!」
無線手がアデナウアー中佐に報告してくる。頷いた彼は、全部隊に停止を命じた。
第1戦車大隊の全戦車がスピードを緩め、やがては停止する。
後方の機甲砲兵大隊の自走砲が発砲を開始した。砲弾は、整列していた敵部隊に目掛けて落下していく。
砲弾が次々と炸裂し、照明弾の下の敵部隊に混乱が見られる。
そのまま10分ほど砲撃が続く。
「師団司令部より通信。突撃せよです!」
「了解!全車に告ぐ。これより、敵陣に突撃する。前進再開!」
アデナウアー中佐は、大隊の全車にそう告げると、再び戦車を進ませた。
数十台以上のM4シャーマンが一斉に前進する様子は、まさに大地を圧する鉄牛の群れを思い起こさせる。
シャーマン戦車が、敵部隊まであと1000メートルに近付いたとき、砲弾が周囲に落下してきた。
ドーン!という炸裂音と共に、車体が揺れるが、さほど大きな揺れではない。
「敵の弾はだいぶ外れている。敵さん、さては相当慌てているな。」
アデナウアー中佐はそう言いながら、脳裏にとある光景を浮かべた。
今から総攻撃を仕掛けようとした矢先に、突然後方に現れた大戦車部隊。
強かに砲撃を食らって、小さくない手傷を負ってしまった上に、無数の戦車が全速で突っ込んでくる。
主立った対戦車兵器を有していない敵部隊にとって、後方から押し寄せてくる戦車の群れは、死に神の群れに等しいであろう。
敵の砲撃は依然続くが、マオンド側の動揺を代弁するかのように、砲弾はいずれも見当外れの位置に着弾している。
敵部隊との距離が800を切ったところで、アデナウアーは射撃を命じた。
第1戦車大隊の各車がアデナウアーの指示通りに停止し、75ミリ砲を放つ。
自走砲隊の射撃によって散々に撃ちまくられていた敵部隊は、この砲撃によって更に痛み付けられた。
敵の野砲陣地も、戦車部隊に向けて砲を放つのだが、その野砲陣地も、後方の自走砲から砲撃を浴びせられた。
敵の野砲は、自走砲が射撃を行う度に1門、また1門と、ろうそくの火が消えるように1つずつ、確実に潰されていった。
シャーマン戦車は、前進、停止、砲撃を繰り返す打ちに、敵部隊に迫っていった。
いきなりの敵戦車部隊出現、そして猛砲撃に混乱していたマオンド軍部隊は、右往左往するうちにシャーマン戦車に突っ込まれる。
シャーマン戦車は、同軸機銃を撃ちまくりながら逃げ惑う敵の集団を追い回した。
とあるオーク兵が、勇敢にも戦車に飛び乗ったが、別の戦車から機銃掃射を受けて撃ち落とされ、地面に転がされる。
苦しさのあまりもがいていると、後ろからやって来たシャーマン戦車のキャタピラに轢かれ、即死した。
また、別のオーク兵が、装備していた手製の爆弾をシャーマン戦車にぶつけて炸裂するが、手榴弾程度の威力しかない手製爆弾では、
戦車の分厚い装甲を破れない。
逆に同軸機銃を撃ち込まれ、反撃したそのオーク兵は体中を蜂の巣にされて昏倒した。
戦車は、第19歩兵師団のみならず、第7重装騎士師団にも襲い掛り、そこでもマオンド軍部隊を蹂躙していた。
午前7時10分 アメリカ第15軍司令部
「司令官、戦線は落ち着きを取り戻したようです。」
参謀長のサイモン・バックナー少将は、軍司令官であるヴァルター・モーデル中将にそう報告した。
「やれやれ、一時はどうなるかと思ったぞ。」
モーデル中将は、モノクルをハンカチで吹きながらバックナーにそう返した。
「機甲師団は、敵の攻撃主力を破砕したようです。軍司令官の決断は正しかったですな。」
「なに。当然の事だよ。」
モーデルは、特に何の感情も表さずに言う。
彼は、第45歩兵師団の前衛部隊が敵の奇襲を受けたという報告を受けたとき、すぐに第18機甲師団を丘陵地帯の反対側へ、
それも戦域を迂回させる進路で突撃させよと命じた。
いかな近代装備の軍とはいえ耐えきれません!ここは今戦っている戦域に、増援の戦車を送るべきです!」
幕僚達は、モーデルの意見に反対した。戦闘は目の前で起こっているのに、そこを迂回して敵が居るかどうかも分からぬ丘陵地帯の
だが、モーデルは命令を撤回しなかった。
「諸君らは、交戦地域に増援を寄越すべきだと言っているが、それこそ、敵の思うつぼだ。マオンド軍部隊は、地下から這い出して
45師団を攻撃して、必ず後詰めの部隊を後方に展開させている。ここに増援を送り込んでも、戦況は思ったよりも変わらんだろう。
我々は延々と、敵の抵抗に付き合わされる事になる。敵の抵抗を破砕するには、機甲師団の特性を生かして敵の背後に周り、
そこから徹底して攻撃すべきだ。」
モーデルは一旦言葉を区切ってから、一言だけ言う。
「いかなる火事でも、火元を経てば自然に火は弱まる。今起こっている事に対しても、それは同じだよ。」
かくして、モーデルの鶴の一声で、第18機甲師団は迂回進路を取りながら、敵の背後に回った。
そして、その策は見事に当たった。
丘陵地帯の反対側で待機していたマオンド軍の攻撃主力は、今しも出撃を開始した時に第18機甲師団の攻撃を受けた。
意表を突かれたマオンド軍攻撃主力は、混乱のうちに戦車部隊に突っ込まれ、最終的には退路を絶たれてしまった。
マオンド軍は、それでも必死に抵抗したが、近代装備の軍が相手では、その抵抗も尻すぼみとなっていった。
そして、戦闘開始から5時間足らずで、マオンド軍部隊は狭い丘陵地帯に包囲され、降伏か、全滅かの瀬戸際に追い込まれていた。
「しかし、敵軍の一部が地下に籠もっていたとは・・・・・」
「この地図が、もっと正確に作られていれば、今日の戦いは無為に犠牲を出さずに済んだのだが・・・・・」
モーデルは、どこか悔しげな口調で言った。
地図は、確かによく出来ていた。出来ていた筈だった。
損害状況に関しては、まだ正確な知らせが届いていないが、先行していた第45歩兵師団の先頭部隊は相当な損害を被ったという。
軍司令部に送られた情報の中では、1個中隊が丸々全滅したという未確認情報も入っている。
敵に与えた損害は、第15軍が被った損害よりも遙かに大きいかも知れないが、いずれにしろ、レーフェイル派遣軍は上陸3日目にして
初めて大きな損害を受けたのである。
「ですが、軍司令官の判断はお見事です。第18師団の主力を敵の後方に回していなかったら、今頃はもっと大きな損害を受けていた
ことでしょう。戦闘が長引けば、敵のワイバーンもやってきたでしょうから。」
バックナーは、素直にモーデルを感心していた。
突然の事態に、半ば混乱しかけていた軍司令部の中で、ただ1人、モーデルだけは冷静だった。
(火消しのモーデルと名付けられたのも頷ける)
バックナーは、改めてモーデルの剛胆さを見せ付けられたような気がした。
第54軍団の総反攻は、最初こそ順調に進んだ物の、実戦経験豊富なモーデルの判断によって54軍団は大損害を出し、最終的には軍団
そのものが壊滅状態に陥った。
戦力の過半を喪失した54軍団は、その後2日にわたって抗戦を続けたが、物量に勝るアメリカ軍に押され、6月22日に降伏した。
一方、北のトペラガヌスでもまた、激しい戦いが繰り広げられたが、アメリカ軍は第71軍団の守備地域を第31軍団に包囲させたまま迂回するや、
そのまま北進していった。
第71軍団は、翌20日から21日にかけて、護衛空母の艦載機や陸軍航空隊の集中爆撃を受け、戦力の大半を喪失。
第54軍団が降伏した翌日に、第71軍団司令部は最後の総攻撃を命じ、71軍団は玉砕した。