自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

208 第161話 ライン・リッパー作戦

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第161話 ライン・リッパー作戦

1484年(1944年)7月26日 午前1時10分 第3艦隊旗艦ニュージャージー

ハルゼーは、ニュージャージー艦橋上にある張り出し通路に出ながら、コーヒーを片手に上空を行く輸送機の大群に見入っていた。

「見ろよラウス。第10空挺軍団の連中が一足先に、北大陸に向かっていくぞ。」
「すげえなぁ。確か、輸送機が1000機以上でしたっけ?」
「そうだ。今頃、ニュージャージーの対空レーダーは、上空を通り過ぎるC-47で埋め尽くされているだろう。」

ハルゼーはコーヒーを啜りながらラウスに言う。
25日のうちに洋上補給を済ませた第3艦隊は、その後、中西部の上陸地点であるエルネイルに向けて転進した輸送船団の護衛に当たっている。
輸送船団には、上陸作戦に参加する多数の将兵が乗り組んでいる。
朝方に始まるであろう史上最大の上陸作戦のために、アメリカを含む連合国諸国は、戦闘部隊、後方支援部隊、艦船乗員、航空部隊要員、
合わせて200万名以上を用意した。
上陸部隊を乗せる輸送船団は、アメリカや連合国各国で集められた船舶で構成され、その数は実に4000隻にも及ぶ。
この輸送船団に対して、シホールアンル軍は25日の昼間に400騎の攻撃隊を差し向けたが、第3艦隊や護衛空母部隊の護衛機に阻まれ、
大した戦果を挙げていない。
この4000隻の大船団を護衛する戦力もまた最大規模だ。
第3艦隊は、25日に大急ぎで回航してきた空母のエンタープライズを加え、正規空母12隻、軽空母9隻を擁し、
艦載機は25日夕刻の時点で1400機以上に上る。
護衛空母も実に24隻が取り揃えられ、戦艦に至っては、新鋭戦艦は勿論の事、アリューシャン防備についていたオクラホマまでもが
参加し、総計で18隻が用意されている。
太平洋艦隊は、この上陸作戦のために、ほぼ全戦力を結集したのである。
第3艦隊を主力とする太平洋艦隊は今、他の連合国海軍の艦艇群と共に4000隻以上もの大輸送船団を護衛しつつ、
上陸地点に向かっている。
輸送船団上に待機している上陸部隊は、アメリカ軍や南大陸諸国軍と合わせて30万以上。
このうち、海兵隊を始めとする7個師団が、北方部隊、中央部隊、南方部隊に別れて5つの海岸に上陸する。
上陸第1波だけで10万名以上もの兵員が参加する上陸作戦は、前世界でも、この異世界でも例が無い。

「あと6時間足らずで、上陸作戦が始まるんですね。」

ラウスは、努めて平静を装いながらハルゼーに言った。

「史上最大の作戦が・・・・」
「そうだ。いつもは襲い来る眠気に身を委ねている奴もシャキッとさせるほどの、前人未踏の大作戦がな。」

ハルゼーは獰猛な笑みを浮かべると、ラウスの肩をポンと叩いた。

「珍しく熱くなっているじゃねえか。」
「は、はぁ。」

ハルゼーの指摘に、ラウスは苦笑しながら頷く。

「でも、あまり熱くなりすぎるなよ。仕事はまだまだいっぱいあるからな。」

彼はそう言って微笑んだ後、上空に顔を向けた。
機動部隊の上空には、空挺部隊を乗せたC-47の大群が飛行している。
ハルゼーは神妙な表情を浮かべつつ、その大編隊が発する音にじっと聞き入っていた。

午前2時 ジャスオ領エルネイル地方

エルネイル南海岸から2.5ゼルド(7.5キロ)離れた所にある町、プリシュケでは、いつも通りのんびりとした
夜の雰囲気が流れていた。
ジャスオ領中部方面軍直属の輸送中隊を指揮していたラッヘル・リンブ大尉は用足しのために起き上がった。
ドアを開くと、宿舎の前に立っている大きな木々が目に入る。
プリシュケは、北側と南側に森林地帯があり、その先には山岳地帯がある。
西側と東側は小高い丘が連なる草原地帯があり、町の東側には川が通っている。
その上には橋が架かっていて、昼間ともなれば、この川沿いや橋の上に釣り人がたむろしている。

ここに駐屯しているシホールアンル兵もよく、休憩がてらにこの川辺で寛いでいた。
リンブ大尉はたまたま、森の中から歩いてきた歩哨に出くわした。

「大尉殿。どうかされましたか?」
「ちょいとばかり用足しだ。そのついでに、散歩してくる。どうも、ここ最近寝付けなくてね。」

リンブ大尉は苦笑しながら歩哨に言うと、外に設けられている便所に入っていった。
小便が終わると、リンブ大尉はそのまま橋まで散歩に出掛けた。
橋までは5分とかからず、彼は橋の手摺に肘をかけて、幅30グレルもある川原に視線を向けた。
この日は満月であり、2つある月が水面に映って見えるほどだ。
耳を澄ますと、ちょろちょろという水が流れる音が聞こえてくる。それが夜の涼しい空気と合間って、疲れた心を癒してくれる。

「のどかな雰囲気だ。」

リンブは心地よさ気な表情を浮かべて、小さく呟いた。
そのまま10分ほど、ぼーっと橋の上で佇んでいると、不意に足音が聞こえてきた。

「そこに居るのは誰か?」

低いながらも、鋭い声音で誰何された。

「何だね?」
リンブは振り返った。そこには、先ほど、森ですれ違った歩哨が立っていた。

「あ、これは大尉殿。失礼いたしました!」

歩哨は慌てた様子で敬礼を送る。リンブは苦笑しながら答礼した。

「いや、良いんだよ。連合軍の新たな反攻が近いからな。」

リンブ大尉は歩哨にそう言いながら、さっき通った町中で幾人もの警備兵が巡回していたのを思い出した。
7月に入って以来、アメリカ軍の反攻が近付いているせいもあってか、ジャスオ領内でもシホールアンル軍部隊が
小規模な反乱勢力(いわばレジスタンスである)に襲撃されるのが増え始めている。
シホールアンル軍上層部は、大規模な反乱に至るのを警戒して、各所の警備兵を増やした。
このせいもあってか、ここ2週間ほどは1、2回ほど襲撃があったぐらいで、各地は平静そのものである。
ふと、リンブはその歩哨が若い事に気が付いた。
茶色の軽鎧に包まれた体は、軍人らしくがっしりとしているが、帽子を被るその顔はまだあどけなさが残る。

「君、年は幾つだね?」
「はっ。19歳であります。」
「ほう、若いな。」

リンブはややおどけた口調で言う。

「それにしても、所々、警備兵の姿が目に付くが、やはり反乱勢力の襲撃を警戒しているのかい?」
「そうですね。ここ最近は静かですが、いつまた襲ってくるかわかりませんので、こうして警備の者を
増やして巡回しているんですが。」

若い歩哨は不意に、欠伸をしそうになったが、目の前にいるリンブ大尉を気遣って我慢した。
欠伸はなんとかかみ殺したが、その代わり、目がやや赤くなった。

「何も無い内は暇な仕事だよな。」
「え、ええ。」
「だが、そのうち。ここも騒がしくなるぞ。」

リンブは西海岸の方向に一差し指を向けた。

「噂では、連合軍の大船団が中西部に向かっていると言われている。君も、ホウロナ諸島から敵の大部隊が
出撃した事は聞いているだろう?」
「はい、部隊長から聞かされました。何でも、1000隻以上の輸送船団がいるようですね。」
「ああ。その輸送船団には、最大で10万近い軍勢が乗っているだろう。その軍勢が中西部に向かってきたら、
エルネイル海岸は血みどろの決戦場になる。万が一にも、海岸の防衛部隊が後退でもする事になれば、遠からず、
ここも戦場になる。そうなったら、今のような暇な日々が恋しくなるかも知れんぞ。」

リンブは冗談めいた口ぶりで歩哨に言う。

「覚悟は出来ています。」

若い歩哨は真剣な口調でリンブに言った。

「私は、偉大なる帝国に身を捧げる覚悟で軍に入りました。敵が例え、理不尽な程の火力を持つアメリカ軍で
あろうと、最後まで戦います。」

歩哨は、自らの思いをリンブに打ち明けた。

「いい覚悟だ。君なら、将来は立派な軍人になれるだろうな。」

リンブは微笑を浮かべながら歩哨に言う。

「とはいえ、君が戦功を挙げるまではもうしばらく時間がかかる。敵さんは海岸の防備部隊と戦わなければならん。
もしかしたら、防備部隊が敵の侵攻部隊を追い返す、という事もあり得るぞ。そうなったら、君は今日のように、
暇な歩哨任務を続ける事になるだろうよ。」
「ハハハ、それは少しきついですなぁ。」

歩哨は苦笑を浮かべて、リンブに返事した。

この時、リンブの耳に何か別の音が聞こえ始めた。

「ん?」
「・・・・どうかされたのですか?」

いきなり空に顔を向けたリンブに、歩哨は怪訝な表情を浮かべて尋ねた。

「音が聞こえる・・・・」
「音?まさか、飛空挺ですか?」

歩哨は新たな質問をするが、やがて、彼自身も空から聞こえてくる不審な物音に気付いた。

「飛空挺のようだな。」

音は徐々に大きくなってくる。歩哨は飛空挺が気になるのか、橋の近くにあった小高い見張り台に上がった。
何故か、リンブもまたそれにつられて見張り台に上がっている。

「西の空から、飛空挺がこっちに向かって来ているぞ。」
「どうやらそのようですね。音からしてかなりいますよ。あ、見え始めました。」

若い歩哨とリンブは、音の正体を視認した。
満月の月明かりに照らし出された飛空挺は、双発機であった。リンブは、その双発機の正体を突き止めた。

「あれはスカイトレインだな。」
「スカイトレイン?何ですか?」

若い歩哨は首を傾げながら尋ねる。

「あの飛空挺の名前だよ。我々には無い物資輸送飛空挺だ。仕事柄、スカイトレインの事はいつも気になっているんだ。」

リンブは若い歩哨に説明しながら、スカイトレインに視線を注ぎ続ける。
物資の補給が未だに馬車隊か、鉄道輸送、最近ではゴーレム輸送という、地上での輸送方法しか手段のない
シホールアンル軍に対して、アメリカ軍はスカイトレインという双発機を使って前線部隊に補給物資を送っている。
話によると、積載量は馬車を遙かに超え、馬車輸送よりも効率的に物資輸送を行えるという。
スカイトレインの存在が知れ渡ってからは、シホールアンル国内でもスカイトレインと同様の輸送飛空挺を開発すべきでは?
という意見が多数上がっている。
リンブのような輸送隊出身の軍人からしてみれば、スカイトレインは喉から手が出るほど欲しい飛空挺だ。

「物資輸送飛空挺。てことは、アメリカ軍は反乱勢力に武器を届けに来たという事ですか!?」

若い歩哨は仰天したように叫んだ。

「恐らくそうかもしれんが・・・・・・ん?」

リンブは一瞬、輸送機から何かが落ちるのを見た。輸送機は、町の西側にある森の上空に差し掛かっている。
距離は300グレル程であろうか。
(まさか、森の中に反乱勢力が?いや、それはあり得ない)
リンブは自らの考えを否定する。森の周囲には、小隊規模の警備兵が交代で巡回している。
そのような中に反乱勢力側の工作員が入れる筈がない。

「望遠鏡は持っているか?」

リンブは若い歩哨にそう言った。

「ええ、どうぞ。」

彼は歩哨から望遠鏡を渡されると、それでスカイトレインの編隊を見つめた。
スカイトレインの飛行高度はあまり高いとは言えず、むしろ低い。
夜間であるから詳細は分かり辛いが、月明かりのお陰で通常時よりは見えやすい。
スカイトレインは、何かを次々に投下している。その何かは、白い傘のような物で落下速度を落としているようだ。

「何を落としているんだ?」

リンブは、落としている“物資”に注目する。その瞬間、彼は凍り付いた。
その物資は、最初はやけに縦長の形をした箱だなと思った。その直後、彼はその物資の小隊が何であるかを見せ付けられた。
なんと、箱と思われたそれは、手足と思しき物が付いていて、それを動かしていた。
いや、思しき物ではない。あれは確実に・・・・・

「人だ!!!」

リンブは恐怖と興奮で上ずった声を発する。

「あれは人・・・・つまり、敵兵だ!!」
「えっ?そんな馬鹿な!?」
「とにかく見てみろ!」

リンブは望遠鏡を歩哨に押し付けた。
歩哨は望遠鏡越しにスカイトレインの編隊と、投下される敵兵の集団を見た。
スカイトレインの大編隊は、次々に真っ白な花を咲かせている。
夜目にも鮮やかな白い傘は、ゆらゆらと揺れながら森や草原地帯に降りていく。

「こんな・・・・こんな戦法があるなんて。」

歩哨は、絶望したような表情を浮かべ、掠れた声音で言う。
先ほどまで意気軒昂であった歩哨は、目の前で起きた常識破りの戦法を見て、怯えていた。

「同感だよ。」

リンブは頷く。彼は額に冷や汗を滲ませていた。

「まさか、ここが最前線になるとは。」


第10空挺軍団所属の第115空挺旅団第726連隊が、目標であるプリシュケに到達したのは、
午前2時30分を少し過ぎてからの事である。
第726連隊第1大隊B中隊に所属しているアールス・ヴィンセンク軍曹は、降下口から右側2番目の席に座っていた。

「降下用意!」

前に座っていた小隊長のレイド・ファムシス中尉の声が聞こえた瞬間、彼も含む小隊の全員が一斉に立ち上がった。
席から立ち上がると、機内の中央を走るワイヤーにフックを引っ掛ける。暗い機内の前部分が、ほんのりと赤色に染まっている。

「装備をチェックしろ!」

ファムシス中尉の次の指示が飛ぶ。左右で発動機が唸っているため、声がなかなか聞き取りにくい。
最後尾に至っては、仲間の仕草を見てから同じ行動に移る有様である。
彼はすかさず自らの装備をチェックする。
パラシュートはしっかり付いている。フックはワイヤーに掛けられている。ヘルメットは顎ヒモを締めて装着済み。
愛銃はしっかり付いている。残りも全部良し。
(よし、全てOKだ)
チェックは短時間で終わった。訓練で飽きるほどやった事だ。

「確認は終わったか!声を出して伝えろ!」

ファムシス中尉が機内にいる全員に尋ねる。最後尾の兵が準備良しと言いながら前の仲間の肩を叩く。

声だけではエンジンの音で前に伝わりにくいため、こうやって身振り手振りも交えながら伝えなければならない。

「9番よし!」
「8番よし!」
「7番よし!」

後ろから確認OKの声が伝わる。アールスの右肩が叩かれ、後ろが6番よし!と前に伝える。

「5番よし!」

アールスは手慣れた口ぶりで伝える。
最後にファムシス中尉が「1番よし!」と言ってから、降下準備は全て整った。
あとは、ランプが赤から青に変わるのを待つだけだ。
そのままの状態で5分ほど待機が続く。

「いかんな、82師団が・・・・」

降下口で外を見つめていたファムシス中尉が、急に表情を曇らせる。
アールスからは分からなかったが、ファムシス中尉は82師団が降下していると思しき北の戦域から
対空砲火が上がっているのが見えていた。
82師団は、115旅団の担当区域から北に7キロ離れたハルマスドとリケクという地域に降下し、
この地にある橋、街道、町を制圧する事になっている。
対空砲火による反撃は予想されていたが、見た限りでは意外と激しいようにも思える。
(ここからじゃ、頑張れよとしか言えないな)
ファムシス中尉は、戦友達の危機を目の前にして、ただ歯噛みするしかなかった。
その時、ランプが赤から青に変わった。それを確認したファムシスは、機内の部下達に顔を向けた。

「ようし、降下だ!行け!」

彼はそう怒鳴ってから、部下達に降下を促す。先頭が我先にと降下していく。
それをきっかけに、小隊の全員が次々と降下口から飛び降りていく。
アールスは、小隊長の声を聞きながら降下口から飛び出した。
降下口の下側に金具で付けられたヒモが引っ掛かり、ドアの下隅に何本もの長い帯が垂れ下がっている。
乗っていたC-47が轟音を上げながら通過していく。
その直後にパラシュートが開き、体が一瞬、締め付けられたかのように苦しくなる。
パラシュートが開かれたことによって、落下速度は急激に落ち、体はフワリと浮いているかのような感覚になる。

「フゥ、なんとか開いてくれたか。」

アールスは落ち着いた口ぶりでそう呟きながら、周囲を見回す。
上空には、後続のC-47が続々と飛来して、空挺隊員を降下させている。
周りには既に降下した将兵がおり、降下地点である森や草原地帯上空には、無数のパラシュートが舞っている。

「まるで、空に浮かぶクラゲの群れだな。」

彼は、いつぞやに見た生物図鑑の生き物を思い出してからそう独語した。
そのままゆらゆらと揺れつつ、彼は森の手前にある草原地帯に降下した。
降下の瞬間、アールスは受け身を取って地面に転がり、すぐに起き上がる。
パラシュートを取り外してから、彼はガーランドライフルを持った。

「B中隊集まれ!」

アールスの耳に中隊長の声が響く。彼は、近くにいた小隊の仲間と共に、中隊長の側に集まる。
程なくして、中隊の殆どの要員が集まってきた。

「第2小隊、全員集まりました。」

ファムシス中尉が、中隊長であるフォレイ・カートナン大尉に報告する。

「よし。他の小隊も揃った。B中隊は予定通り、森林地帯を抜けて町の北側を迂回して橋を占領する。
既に第1大隊は前進を開始している。敵が本格的に動き始まるまでに急ぐぞ!」

カートナン大尉の命令のもと、B中隊は森林地帯に向けて走っていく。
森林地帯を半ば走り抜けたときに、銃声が響いてきた。
銃声はあまり激しくなかったが、時間を追うごとに激しさを増していく。
B中隊は敵と出会う事なく、無事に森の出口に達した。
先導役であった第1小隊の軍曹が木陰に隠れながら止まり、後ろに手信号で合図を送る。
軍曹は、敵兵3名を2階建てのベランダにて発見、機銃を構えている模様と伝えた。
この他にも、6名の敵兵が機銃座の据えられている建物の右隣の小屋に入って行ったとも伝えた。

「よし、まずはベランダの機銃座を制圧する。30口径で敵の機銃座を引き付け、それから
ライフルグレネードを撃ち込め。その後は全部隊でここを突破する。」

カートナン大尉が指示を下すと、第1、第2小隊の兵員は配置に付く。

「今だ、やれ!」

命令一下、30口径機銃がドダダダ!と、音を立てて銃弾を放つ。
機銃座と思しき箇所に曳光弾が注がれ、破片らしき物や煙が噴き上がる。
敵兵も30口径の存在に気付き、反撃に魔導銃を撃ってきた。
30口径機銃と魔導銃がしばし撃ち合いをしている間、ライフルグレネードを持っていた兵が前に出て、グレネードを発射した。
次の瞬間、ドーン!という轟音と共にベランダが吹き飛び、機銃座に付いていた3人のシホールアンル兵が吹き飛ばされた。

「行くぞ!」

カートナン大尉の号令のもと、B中隊は動き始めた。
建物の間や側溝沿いに空挺隊員が進んでいく。
小屋から6人のシホールアンル兵が、長剣を片手に飛び出してきた。

その6人に向けて、ガーランドライフルやトミーガンが一斉に放たれ、物の数秒で全員が撃ち倒された。
敵は第1大隊との戦闘に戦力を集中しているのか、B中隊を始めとする第2大隊はすんなりと町を制圧していく。
このまま無事に橋へ辿り漬けるかと思われた時、橋の前にある3階建ての木造家屋からいきなり魔導銃が放たれた。

「物陰に隠れろ!」

カートナン大尉は咄嗟に命じた。走っていた兵達が一斉に伏せたり、物陰に隠れる。
しかし、全員が隠れたり、伏せたりする事は出来なかった。
唐突に後ろから悲鳴が上がり、ドサッという音と共に仲間の1人が倒れる。別の1人が肩を撃たれ、もんどり打って地面に倒れた。

「2名負傷!」
「畜生!」

カートナン大尉は罵声を漏らした。

「やはり重要拠点にはしっかり、兵を残しているか。」

大尉はしたり顔で呟いた。
建物の3つの窓から、魔導銃が放たれている。七色の光弾はB中隊が隠れている小屋や建物に注がれ、B中隊は全く動きが取れない。

「ここからじゃ、30口径を出してもすぐに撃たれる。かといって、物影から機銃座を撃ってもすぐには黙らん。どうすればいいか・・・・」

カートナン大尉は思考を巡らし始めた。その時、ファムシス中尉が大尉の肩を叩いた。

「どうした?」
「大尉、左手に小さな側溝があります。見えますか?」

カートナン大尉は、ファムシス中尉が指さした方向に視線を向ける。
その方向は真っ暗で何も見えそうにない。

しかし、それは“普通の人間”に限ってのことだ。
レスタン人の持つ金色の瞳は、人間と違って夜間でも充分に視界が取れる。
普通なら、真っ暗な場所では物の輪郭程度しか分からず、色も白黒状にしか見えないが、レスタン人は物の形状は勿論の事、
夜間でもしっかりと色合いが分かる。

「ああ、見えるぞ。こりゃまた、随分と古い側溝だな。」
「ええ。でも、あそこの辺りには機銃座からは完全に死角になりますし、上手く行けばあの建物の背後に回れます。
それに加え、橋を占領するための拠点にもなります。」
「なるほど。だが、この大人数ではあの側溝沿いを渡れないぞ。」
「100人以上で行くなら無理でしょうが、2、30人程度、数チームに別れていけば大丈夫です。」
「出来るか?」
「ええ、やれますとも。」

ファムシス中尉はニヤリと笑った。

「不意を突くのは自分達の得意分野ですから。」
「そうだったな。よし、やれ。俺達はここで、敵の火線を引き付ける。」
「分かりました。」

ファムシス中尉は頷くと、自らの小隊に戻った。

「全員聞け。今から俺達は、中隊を足止めしている敵の機銃座を潰し、橋の前面まで進出する。あの古い側溝沿いを渡ってな。
アールスとテレスの分隊は建物を制圧しろ。残りはアールス達を援護しつつ、時間差で側溝を渡り、橋に向かえ。」

全員が納得したように頷く。

「よし、行くぞ。」

ファムシス中尉が先頭になって、腰をかがめ、土手から頭を出さぬように古い側溝沿いを渡っていく。

中隊も、建物に向けて応戦を始めた。3丁の魔導銃に対して、30口径機銃やライフルが撃ち込まれる。
100メートル隔てて、建物の敵と中隊が激しく撃ち合っている中、ファムシス小隊はゆっくりと、建物の背後に近付く。
4分ほど経ってから、まずアースル分隊とテレス分隊が建物近くまでやって来た。
ファムシス中尉から先導を譲り受けたテレスが手信号で合図を送る。

「建物の裏口に敵兵4。うち、1人は魔導士の模様。1人がこちらに近付く。」

彼女の信号の内容が全員に伝わる。
全員が頷き、まずは走り寄ってくる敵兵を倒すことにした。
敵兵は、分隊が隠れている土手に向かっている。
どこかに伝令へ向かおうとしているのか、あるいは、何かを取りに行こうとしているのか定かではない。
しかし、見つかればまずい事になる。
(一番近くに居るあたしがやるしかないわね)
テレスは内心で呟くと、腰のナイフを取り出す。足音が徐々に近付いてくる。
彼女は、動悸を抑えながら敵兵が来るのを待った。
目の前に人影がずり落ちてきた、と思った瞬間、彼女は敵兵に飛びかかっていた。
瞬時に口元を抑え、敵兵の細い喉元にナイフを差し込んだ。

「!!」

シホールアンル兵は驚いた表情を見せたが、すぐに脱力し、目を閉じた。
根本まで差し込んだナイフを抜き、口を押さえていた手を離した。
敵兵は首から出血して絶命していた。

「女か・・・・」

テレスは複雑そうな表情を浮かべながら、まだうら若い敵兵の顔から視線をそらした。
彼女は合図で成功したと伝えた。
建物の裏口にいた敵兵が何かを叫びながら建物に入っていく。テレスはそれを好機と見て、全員に建物に張り付けと指示を下す。

彼女の分隊と、アースルの分隊が一斉に動き出し、建物の裏面に張り付く。念のため、周囲を確認するが、敵兵の姿は見当たらない。
(どうやら、敵は中に居るようね)
彼女はそう思うと、アースルに対して、手振りで敵は中に居ると伝えた。
頷いたアースルは、部下達に突入まで待機しろと命じる。
テレスは手榴弾を取ると、ドアの側に体を寄せる。部下の伍長は蝶番のある位置に張り付く。

「行くわよ。」
「ええ。」

2人は頷く。テレスは左手でドアを少し開き、そこから手榴弾を投げ込んだ。
咄嗟に体をドアから離した。
爆発音が響き、ドアが吹き飛んだ。中から悲鳴のような音が発せられた。
すかさず突入し、テレスは持っていたトミーガンを構えた。
床に仰向けに倒れて呻いている魔導士が居る。手足から大量出血していた。

「迂闊に飛び込んでいたら、こいつに攻勢魔法を直撃されてたわね。」

テレスはそう呟きながら、1階のフロアに突入する。そこには、魔法石を抱えて上に向かおうとしていた2人のシホールアンル兵が居た。
1人がテレスに、持っていたクロスボウを向けたが、その瞬間に部下がM1カービンを放って撃ち倒した。
もう1人は持っていた魔法石を彼女たちに投げてきた。
テレス達は咄嗟に伏せてから、魔法石を避けた。

「くっ、危ない。」

テレスは起き上がって、逃げようとしていた敵兵を撃とうとしたが、その敵兵はテレスに体当たりしてきた。
彼女は敵兵に体当たりされ、後ろに控えていた部下2人も巻き添え食らって転倒した。
敵兵はなかなかの大男であり、テレスが女と分かると、罵声を漏らしながら彼女を強引に立たせた。
敵兵は腰の長剣を抜いて、テレスを刺そうとした。

だが、

「甘い!」

彼女は左足で敵兵の右手を蹴り上げて、長剣を吹き飛ばした。

「おのれ、女風情めが!」

シホールアンル兵はすぐに殴りかかってきたが、テレスはそれを左手で抑え、逆に右手で相手の腹を突いた。
相手は、彼女の意外な力に驚きつつ、苦しみに顔を歪めた。その顔に肘打ちが叩き込まれる。
彼女の攻撃は止まず、後ろ回し蹴りを相手の脇腹に叩き付け、左手をシホールアンル兵の首に当てると、
そのまま勢いに任せて床に叩き付けた。
衝撃で床が凹み、後頭部を強打したシホールアンル兵は、そのまま泡を吹いて気絶してしまった。

「シホールアンル風情が、粋がるな!」

彼女は、気絶した敵兵にそう言うと、唾を吐きかけた。
テレスの分隊が1階部分を掃討している間、アールス達は2階部分に進んでいた。
2階部分に到達した瞬間、閉じられていた窓からいきなり光弾が放たれた。
咄嗟にアールスは伏せ、ライフルを撃ち込んだ。
8発撃った瞬間にカラン!という音を立てて、グリップが吐き出される。光弾のエネルギーが切れたのか、銃撃が止んだ。
アールスは手榴弾のピンを引き抜いて、穴の空いたドアに放り込んだ。
ドーン!という轟音が響き、ドアが真っ二つに裂けた。
銃撃が止むと、部下達も階段を上がってきた。

「軍曹!大丈夫ですか!?」
「ああ、見ての通り、ピンピンしとるよ。」

アールスは苦笑しながら答えた。

「あっちの部屋は俺が潰した。次はこっちだ。」

アールスは、まだ開かれていないドアを指さす。部下2人がドアの左右に張り付く。

1人がドアを開けようとした瞬間、中からシホールアンル兵が飛び出してきた。

「死ねぇ!」

そのひげ面のシホールアンル兵は、長剣を抱えて飛び出したが、集中射撃を受けてあっという間に絶命した。
別の部屋から3人のシホールアンル兵が同じように飛び出してきたが、BARを抱えていた兵がフルオートで射撃する。
多量の7.62ミリ弾を叩き付けられたシホールアンル兵はドミノ倒しのように撃ち倒される。
2階部分はこの調子で、部屋の1つ1つが制圧され、5人のシホールアンル兵を殺害し、6人に傷を負わせて動けなくした。
掃討が終わると、彼らは3階部分に移った。
3階部分では、2つの部屋で魔導銃が撃っていた。残りの部屋には敵兵はいなかった。
彼の分隊は二手に別れ、それぞれがドアの左右に張り付く。

「よし、突入するぞ。」

アールスが小さな声音で言った瞬間、ドアを開けた。
それまで、興奮しながら魔導銃を撃ちまくっていた敵兵は、ドアが開けられた音にも気が付かずに射撃を続けていた。
背後から撃たれたシホールアンル兵は、その時になってようやく、敵が後ろに居ると気付いたが、もはや手遅れであった。
建物が占領され、射撃が止むと、応戦していたB中隊は一斉に前進し、一気に橋の攻略に取りかかった。

午前3時 ジャスオ領フィグミムント

ジャスオ領中部方面軍総司令官であるウリンド・テイマート大将は、就寝中の所を起こされ、

「アメリカ軍部隊、空より現れる」

という報を受けるなり仰天してしまった。

「空からだと?そんな馬鹿げた事があるか!!」
「しかし、現にアメリカ軍と思しき部隊は3箇所の地点に降下し、現地部隊と交戦しています。まずは、作戦室に来て下さい。」

テイマートは幕僚に言われるがまま、作戦室に足を運んだ。

「これをご覧下さい。」

幕僚は、机に置かれた作戦地図に指を向けた。

「アメリカ軍部隊は、輸送機に歩兵を乗せて襲撃を行なってきました。襲撃された場所はプリシュケ、リミステミ、
ハルマスド、リケク、イリスオ、ルツムレヤの計6箇所です。」
「なんということだ。この6箇所は、いずれも主要な街道や橋がある場所ではないか!?」

テイマートは、襲撃を受けた場所の名前を聞くなり、驚愕の表情を表した。

「アメリカ人め、少数の兵力でもって増援部隊の通る進路を絶つとは。なんて大胆な奴らだ。」

彼は、初めて経験する空挺攻撃の前に、驚きを抑えきれなかった。
しかし、驚きは次第に収まっていった。
(輸送機で降下というからには、余り多くの兵は積んでおらんだろう。敵兵力は、全体で旅団規模だろうな)

「敵兵力はどれぐらいだね?大隊規模か?」
「いえ、かなりの規模です。」
「何?それでは、旅団規模か?」

テイマートは改めて聞き返したが、幕僚は尚も首を振った。

「現地からの報告によりますと、アメリカ軍は、プリシュケ方面だけでも連隊規模の兵力を投入したようです。
プリシュケは2個中隊の部隊が守備当たっていましたが、敵は圧倒的な戦力で守備隊を押しています。」
「プリシュケで連隊規模・・・・・だと?」
「はい。この他の地方でもほぼ同様です。ハルマスドやリケク、イリスオ等では、ジープと呼ばれる軽移動車輌の
存在も確認されています。敵は一地方に旅団規模の兵力を投入しています。暫定的ですが、アメリカ軍は、
全体で軍団規模の部隊を投入してきた可能性があります。」
「軍団規模だと!?」

テイマートは再び仰天した。

「そんな大軍を運べるほど、敵は飛空挺が有り余っているのか!?」
「恐らく、そうでしょうな。でなければ、このような作戦は実行出来なかったでしょう。誠に、信じがたい事でありますが。」
「・・・・・・・・・」

テイマートは絶句した。
アメリカ軍の未知の部隊が攻撃している場所は、いずれも増援部隊である第9軍の進撃路として定められていた場所だ。
この場所を通らなければ、第9軍は第11軍の援護に赴けない。
いわば、第11軍の生命線とも言われる3つの街道は、アメリカ側が行なった未知の戦法によって徐々に制圧されつつある。
この6箇所に配置された部隊は、普通は中隊規模。多くても大隊規模だ。
しかも、夜間に起きた奇襲攻撃とあっては、通常時よりも戦闘力は低下する。
まして、敵は最低でも連隊規模だ。
大隊が連隊と・・・・それも、参加する兵全員に銃器を装備させたアメリカ軍が相手であれば、結果は言うまでもない。
だが、テイマートとしては、守備隊にはなんとか頑張って貰いたいと思っていた。

(ここは、今すぐにでも第9軍に命令を出すべきだな)
テイマートは心中で決断した。その時、魔導参謀が血相を変えながら作戦室に飛び込んできた。

「閣下!プリシュケとリミステミが陥落しました!守備隊は全滅した模様です!」


午前5時30分 エルネイル沖西方80マイル地点

「長官・・・・・長官。」

ハルゼーは、カーニー少将の声で眠りから覚めた。

「お、おお。すまん、居眠りしていたよ。」

ハルゼーは欠伸をしながらカーニーに言った。

「お疲れのようですが、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だ。ちょっくら居眠りしたら、大分楽になった。それよりも、何か報告があるのだろう?」
「はっ。」

カーニーは姿勢を正した。

「ファスコド島の連合軍総司令部より入電です。フラワー連想3回です。」
「連想3回・・・・そうか。第10空挺軍団の奴らは成功したか。」

ハルゼーは思わず笑み浮かべる。

第10空挺軍団の各部隊は、拠点の制圧に成功すれば、総司令部にフラワーというメッセージを送る事になっている。
ライン・リッパー作戦では、3つの作戦域にある街道や橋等を占拠し、敵の進路を遮断する事が任務である。
1つの作戦域での任務が完了すれば、指揮官は総司令部宛にフラワーを発信する。
フラワーは担当区域での作戦が成功したという隠語である。
そのフラワーが連想3回となると、第10空挺軍団は任務を完遂したという事になる。

「さて、次は俺達の出番だな。」

ハルゼーは席から立ち上がると、ゆっくりと歩いて艦橋の張り出し通路に出た。
外に出ると、辺りはまだ暗く染まっているが、空にあった二つの月は既に隠れ始め、逆に海辺からうっすらと、
オレンジ色の陽光が見え始めている。
ハルゼーは、ニュージャージーの左舷側を航行している空母エセックスに顔を向けた。
エセックスの甲板には、早朝の事前攻撃に使用される攻撃機が、翼を折りたたまれた状態で飛行甲板上に待機している。
甲板の所々に小さな光が見える。エセックスの整備員が機体の点検を行なっているのだろう。
彼は時計を眺めた。
時刻は午前5時35分だ。午前6時には艦砲射撃が行なわれ、その40分後には陸軍航空隊が海岸陣地に攻撃を仕掛ける。
それから20分後には第3艦隊の機動部隊から艦載機300機が飛来して敵陣を叩く。
そして、第1海兵師団を始めとする7個師団が上陸用舟艇に乗り込んで、敵の海岸陣地に殴り込みを掛ける。
その後、どうなるかはまだ分からない。

「これから、一日が始まるぞ。これまでの中で、最も長い一日がな。」

ハルゼーは、感慨深げな口ぶりで呟いていた。
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