翌日大伽藍攻略に、伊庭と同じく侍大将の一人である越智和久(おち かずひさ)が築城隊の
業隷武(ゴーレム)を使う事を主君、黒田憲長に進言した。
元々は荷駄を運ばせたり野戦築城を行うためにマギ(=魔法。 大陸では魔法使い自身を
指すこともある)で作り出した操り人形で、単純な命令を反復する事しか出来ないが人間の
人夫と違って賃金も要らず不平も言わない、重宝な存在だ。
普通は人間より一回り背が大きい「力士型」として製造されるが、伊庭はより大きく「巨人型」に
したものを目をつけて、腕をドーザーやショベル状に改造したものを使っていた。
そして伊庭の故郷での軍にあったような施設科大隊に相当するような部隊を新設し、一定の
成果をあげていた。
越智はその巨人型業隷武を、陣前に押し出して攻城兵器として使おうというのだった。
伊庭はもちろん反対した。
業隷武が作業人足としてならともかく雑兵の代替として使われなかった最大の理由は、
業隷武は本当に単純な、一度に一つか二つの命令しか理解できない知能の低さにある。
業隷武に作業をさせるときには制御を行うマギ術士が傍について、いちいち命令を業隷武の霊子脳
に入力してやらないと、業隷武は最初に与えられた命令を延々繰り返し続ける。
これが単純な動作だけに特化した業隷武ならまだよい(粉引き石臼を業隷武化したもの等)が、
汎用な目的で複雑な動作を必要とする物に使うには業隷武はまだ改良の余地があった。
大陸でなら複数の単純命令を組み合わせて一定のルーチンワークを行わせるという、プログラミング
に近い技術が確立されつつあったが、島国フソウではまだそこまでには業隷武の技術は発展していない。
業隷武(ゴーレム)を使う事を主君、黒田憲長に進言した。
元々は荷駄を運ばせたり野戦築城を行うためにマギ(=魔法。 大陸では魔法使い自身を
指すこともある)で作り出した操り人形で、単純な命令を反復する事しか出来ないが人間の
人夫と違って賃金も要らず不平も言わない、重宝な存在だ。
普通は人間より一回り背が大きい「力士型」として製造されるが、伊庭はより大きく「巨人型」に
したものを目をつけて、腕をドーザーやショベル状に改造したものを使っていた。
そして伊庭の故郷での軍にあったような施設科大隊に相当するような部隊を新設し、一定の
成果をあげていた。
越智はその巨人型業隷武を、陣前に押し出して攻城兵器として使おうというのだった。
伊庭はもちろん反対した。
業隷武が作業人足としてならともかく雑兵の代替として使われなかった最大の理由は、
業隷武は本当に単純な、一度に一つか二つの命令しか理解できない知能の低さにある。
業隷武に作業をさせるときには制御を行うマギ術士が傍について、いちいち命令を業隷武の霊子脳
に入力してやらないと、業隷武は最初に与えられた命令を延々繰り返し続ける。
これが単純な動作だけに特化した業隷武ならまだよい(粉引き石臼を業隷武化したもの等)が、
汎用な目的で複雑な動作を必要とする物に使うには業隷武はまだ改良の余地があった。
大陸でなら複数の単純命令を組み合わせて一定のルーチンワークを行わせるという、プログラミング
に近い技術が確立されつつあったが、島国フソウではまだそこまでには業隷武の技術は発展していない。
「業隷武は突撃させて、正門を破壊するだけでよろしゅうござる。 その業隷武を楯にしつつ、
兵たちが後から続く。 さすれば大砲の到着を待たずとも、邪教徒どもを討ち取れましょうぞ」
兵たちが後から続く。 さすれば大砲の到着を待たずとも、邪教徒どもを討ち取れましょうぞ」
これが越智の主張だった。
伊庭もそれは使える案だとは思った。 何しろ問題なのは、天守閣のような大伽藍からつるべ打ち
に発射される信徒たちの銃撃で、それで寄せ手の兵士たちは近づけずに居るのだ。
ようするに、この案における業隷武は装甲車だ。 業隷武が大伽藍を破壊できるかどうかは関係ない。
兵たちを銃撃から守りつつ、取り付かせられればいいのであり、そうすれば投擲爆弾を使うなり、
あるいは火焔瓶を投げつけて火責めにするなり、手はいくらでもある。
特に火焔瓶は伊庭の考案でモロトフカクテル(に近いもの。 原材料は全て同じとはいえず、
フソウ国内に灯油に近い精度の原油が産していたのが幸いした)と化していたので威力だけはあった。
伊庭もそれは使える案だとは思った。 何しろ問題なのは、天守閣のような大伽藍からつるべ打ち
に発射される信徒たちの銃撃で、それで寄せ手の兵士たちは近づけずに居るのだ。
ようするに、この案における業隷武は装甲車だ。 業隷武が大伽藍を破壊できるかどうかは関係ない。
兵たちを銃撃から守りつつ、取り付かせられればいいのであり、そうすれば投擲爆弾を使うなり、
あるいは火焔瓶を投げつけて火責めにするなり、手はいくらでもある。
特に火焔瓶は伊庭の考案でモロトフカクテル(に近いもの。 原材料は全て同じとはいえず、
フソウ国内に灯油に近い精度の原油が産していたのが幸いした)と化していたので威力だけはあった。
作戦は正午に決行され、準備もそこそもに築城隊から徴発された二体の業隷武たちは腕が
作業用のままで、時間があれば破城鎚型や棍棒型にでも換装できたのだが、伊庭もこの作戦が
成功する確率は半々と見ていたから築城隊奉行に無理して腕を付け替えさせるという事はしなかった。
今回は業隷武に守られて進む兵も、援護する小銃隊も全員越智の兵だ。
伊庭は越智に功を立てさせてやろうと思ったわけでもないが、功を取られて悔しいと思うわけでもない。
失敗しても損害を出すのは越智の手勢であって、自分ではない。
ただそれだけの話だ。
作業用のままで、時間があれば破城鎚型や棍棒型にでも換装できたのだが、伊庭もこの作戦が
成功する確率は半々と見ていたから築城隊奉行に無理して腕を付け替えさせるという事はしなかった。
今回は業隷武に守られて進む兵も、援護する小銃隊も全員越智の兵だ。
伊庭は越智に功を立てさせてやろうと思ったわけでもないが、功を取られて悔しいと思うわけでもない。
失敗しても損害を出すのは越智の手勢であって、自分ではない。
ただそれだけの話だ。
惜しいといえば、この作戦に借り出される事で少なからず損傷するだろう業隷武二体が、損傷の規模
にもよるがおそらく修復まで使い物にならないだろうことと、業隷武制御のために兵に混じって
突撃する術者二名をもしかしたら失うかもしれない、その事についてだった。
伊庭は故郷にいたときの知識や技術を駆使してフソウ武士団の装備や編成、用兵においていくつかの
改良や進言を行っていたが、故郷でも一兵士に過ぎなかった伊庭には高度な専門技術が備わって
いたわけではない。
多くが「知識」に過ぎないものだ。
小銃のストックを改良し、照門・照星の追加を行うとか火焔瓶の改良を行うとか、土木工事専門の
部隊を新設するとか兵站を重視するとか、そういったことは出来ても知識や技術を持ってないものは
再現できなかった。
小銃を連発式に改良するにはこの国の技術力が追いついていなかったし、迫撃砲をこの国の技術で
再現しようと試みたが着発信管の仕組みがどうしてもわからなかった。
原始的な曳火信管すらまだなかったのだ。 大陸の先進国家にはあるかも知れなかったが、入手
となると難題が多かった。
故に、伊庭の多くの「発明」は伊庭の知識を元にした発想をこの世界の技術や制度を基礎にして
伊庭の知っている形に近いように再現するしかなく、伊庭は武士団内の専門技術や能力を持った
人材に頼ることで現実のものにするしかなかったのだ。
にもよるがおそらく修復まで使い物にならないだろうことと、業隷武制御のために兵に混じって
突撃する術者二名をもしかしたら失うかもしれない、その事についてだった。
伊庭は故郷にいたときの知識や技術を駆使してフソウ武士団の装備や編成、用兵においていくつかの
改良や進言を行っていたが、故郷でも一兵士に過ぎなかった伊庭には高度な専門技術が備わって
いたわけではない。
多くが「知識」に過ぎないものだ。
小銃のストックを改良し、照門・照星の追加を行うとか火焔瓶の改良を行うとか、土木工事専門の
部隊を新設するとか兵站を重視するとか、そういったことは出来ても知識や技術を持ってないものは
再現できなかった。
小銃を連発式に改良するにはこの国の技術力が追いついていなかったし、迫撃砲をこの国の技術で
再現しようと試みたが着発信管の仕組みがどうしてもわからなかった。
原始的な曳火信管すらまだなかったのだ。 大陸の先進国家にはあるかも知れなかったが、入手
となると難題が多かった。
故に、伊庭の多くの「発明」は伊庭の知識を元にした発想をこの世界の技術や制度を基礎にして
伊庭の知っている形に近いように再現するしかなく、伊庭は武士団内の専門技術や能力を持った
人材に頼ることで現実のものにするしかなかったのだ。
伊庭は何を置いてもそれら技術と能力を持った人間と友好な関係を作る事を重視した。
相手とは地位を利用して命令する事が出来る立場にあっても、要請するという形や助言・提案と
いう方向でなるだけ協力をあおぐような関係を築こうとした。
同格の者たちにも時には功をゆずるなり助けるなりして、協力が欲しい時はこちらから頭を下げ、
後でしっかり礼や借りを返し、悪い印象を持たれない様にした。
そうしつつ伊庭は自分の能力を示し認められ、周囲の支持を受けて、自身の構想するフソウ武士団の
体制の改編と装備の改良を少しずつ進めていった。
しかし、そうそう簡単に事が進んだわけではない。
フソウ武士団にある程度の下地、土壌があったとはいえ武士団に大勢居る侍大将の一人に過ぎない
伊庭がいくら主君に上申したからといって、武士団が一昼夜で近代軍隊化するわけではない。
主君黒田憲長が伊庭の能力と知恵とを、厚く信頼しているからこそ「まあ、やってみよ」と容認して
くれているその範囲で動けているに過ぎないのだ。
伊庭の地位は近代軍隊で言うならば中隊~大隊長程度、本来はそのくらいでしかない。
伊庭が編成した「鉄騎隊」も実験部隊としての色合いが濃い。
そして鉄騎隊は伊庭の好きなように編成を行う事が許された部隊であり、この国の旧来の軍制度
からすればかなり異色と映る近代軍隊に近い編成と運用を行う部隊だが、それを可能としたのは
伊庭を信頼し彼の言う事の内容を理解しうる「人材」で主要な部分を固めているからだ。
それは伊庭が苦心して新設を認めさせた築城隊や、これから実現させようとしている新部隊も同様である。
伊庭にとっては「人材」こそが、彼らが持っている能力こそが自分の構想実現に必要であり、彼らとの
信頼や協力体制があることこそが最も重要で、ほかの事はどうでもいいとさえ考えていた。
相手とは地位を利用して命令する事が出来る立場にあっても、要請するという形や助言・提案と
いう方向でなるだけ協力をあおぐような関係を築こうとした。
同格の者たちにも時には功をゆずるなり助けるなりして、協力が欲しい時はこちらから頭を下げ、
後でしっかり礼や借りを返し、悪い印象を持たれない様にした。
そうしつつ伊庭は自分の能力を示し認められ、周囲の支持を受けて、自身の構想するフソウ武士団の
体制の改編と装備の改良を少しずつ進めていった。
しかし、そうそう簡単に事が進んだわけではない。
フソウ武士団にある程度の下地、土壌があったとはいえ武士団に大勢居る侍大将の一人に過ぎない
伊庭がいくら主君に上申したからといって、武士団が一昼夜で近代軍隊化するわけではない。
主君黒田憲長が伊庭の能力と知恵とを、厚く信頼しているからこそ「まあ、やってみよ」と容認して
くれているその範囲で動けているに過ぎないのだ。
伊庭の地位は近代軍隊で言うならば中隊~大隊長程度、本来はそのくらいでしかない。
伊庭が編成した「鉄騎隊」も実験部隊としての色合いが濃い。
そして鉄騎隊は伊庭の好きなように編成を行う事が許された部隊であり、この国の旧来の軍制度
からすればかなり異色と映る近代軍隊に近い編成と運用を行う部隊だが、それを可能としたのは
伊庭を信頼し彼の言う事の内容を理解しうる「人材」で主要な部分を固めているからだ。
それは伊庭が苦心して新設を認めさせた築城隊や、これから実現させようとしている新部隊も同様である。
伊庭にとっては「人材」こそが、彼らが持っている能力こそが自分の構想実現に必要であり、彼らとの
信頼や協力体制があることこそが最も重要で、ほかの事はどうでもいいとさえ考えていた。
だから、築城隊の要とも言える業隷武を制御する術士を失ったりしたら、それは重大な損失となるのだった。
20名の兵を引き連れて、魔技術士に操られた業隷武はゆっくりとした足取りで大伽藍へと向かっていった。
兵は火焔瓶を投げつける隊と小銃と弾丸除けの楯を持った隊にわかれ、それぞれ業隷武の影に隠れながら進む。
竹でできた楯は持つ兵の体を隠すには充分だが、手持ち用なので弾丸を防ぐには心もとない。
どちらかといえば、無いよりマシで、心理的に安心するためのものだった。
また、兵の姿を直接視認させない事で敵にこちらの意図を察知されにくくする効果もある。
彼らの目的は突破口をつくることだ。 要は足元に取り付けてしまえばどうにでもなる。
焼き討ちと業隷武によって堂内に入る正面扉を破壊できてしまえば、内部への突入と制圧が可能。
内部に立て篭もる邪教徒の数はそう多くない以上、そこまで辿り着くのが問題でしかない。
兵は火焔瓶を投げつける隊と小銃と弾丸除けの楯を持った隊にわかれ、それぞれ業隷武の影に隠れながら進む。
竹でできた楯は持つ兵の体を隠すには充分だが、手持ち用なので弾丸を防ぐには心もとない。
どちらかといえば、無いよりマシで、心理的に安心するためのものだった。
また、兵の姿を直接視認させない事で敵にこちらの意図を察知されにくくする効果もある。
彼らの目的は突破口をつくることだ。 要は足元に取り付けてしまえばどうにでもなる。
焼き討ちと業隷武によって堂内に入る正面扉を破壊できてしまえば、内部への突入と制圧が可能。
内部に立て篭もる邪教徒の数はそう多くない以上、そこまで辿り着くのが問題でしかない。
「台車に大楯を付けたものを押しながら進んでは?」
光吉は伊庭にそう提案した事があったが、上手くいかないだろう、と退けた。
業隷武を使わなくてもそれで同じ事はできるが・・・
業隷武を使わなくてもそれで同じ事はできるが・・・
大伽藍を包囲する陣列の真ん前に立って伊庭と光吉は突撃する業隷武の後姿を見つめていた。
銃撃から業隷武に守られて、兵たちは目論見どおり正面扉前に辿り着いた。
しかし火焔瓶隊が火縄や火打石を取り出し、点火して投擲しようとしたその時。
銃撃から業隷武に守られて、兵たちは目論見どおり正面扉前に辿り着いた。
しかし火焔瓶隊が火縄や火打石を取り出し、点火して投擲しようとしたその時。
『ノウマク サラバタタギャテイビャク サラバボッケイビャク サラバタタラタ
センダマカロシャダケン ギャキギャキ サラバビキンナン ウンタラタ カンマン』
センダマカロシャダケン ギャキギャキ サラバビキンナン ウンタラタ カンマン』
大陸マギが使う真言の詠唱とともに突如として空に雷火が走り、青白い稲妻を伴って衝撃が業隷武の1体を撃った。
真言は術士がマギを使用するときに思念の集中や、対象への焦点の指定を補助し、媒体などと合わせて
マギを発動しやすくするために使われる呪術言語である。
まるで最初からその辺りに油でもまいていたかのような速さで業隷武の周囲にぱっと炎が広がり、兵たちを包み込む。
兵の持っていた火焔瓶が引火して炸裂、さらに被害は拡大した。
真言は術士がマギを使用するときに思念の集中や、対象への焦点の指定を補助し、媒体などと合わせて
マギを発動しやすくするために使われる呪術言語である。
まるで最初からその辺りに油でもまいていたかのような速さで業隷武の周囲にぱっと炎が広がり、兵たちを包み込む。
兵の持っていた火焔瓶が引火して炸裂、さらに被害は拡大した。
「火界呪真言? なんとっ、信徒どもにマギを使う者がおったか!!」
驚愕し声をあげる光吉の隣で伊庭は苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
この攻撃を提案した越智和久も今頃同じような顔をしているだろう。
越智は自分の家臣である兵たちを焼き殺され、伊庭は業隷武を失った。
この攻撃を提案した越智和久も今頃同じような顔をしているだろう。
越智は自分の家臣である兵たちを焼き殺され、伊庭は業隷武を失った。
『全方位の一切如来に礼したてまつる。 一切時一切処に残害破障したまえ。
最悪大忿怒尊よ。 一切障難を滅尽に滅尽したまえ。 残害破障したまえ』
最悪大忿怒尊よ。 一切障難を滅尽に滅尽したまえ。 残害破障したまえ』
2度目のマギによる攻撃はフソウ語で発せられた。
使用したのは1度目と同じマギであるが、真言をフソウ語に翻訳したものである。
少なくとも立て篭もる紅旗教徒には大陸真言を使える者とフソウ語の者と2人のマギ術士がいる。
既に電撃と炎で間接部を消失し、地面に臥している業隷武の隣でもう1体の業隷武が稲妻を受けて膝をつく。
重度の火傷を負いながらも生き残った味方のマギ術士は業隷武を立て直そうと業隷武操作の真言を唱えた。
使用したのは1度目と同じマギであるが、真言をフソウ語に翻訳したものである。
少なくとも立て篭もる紅旗教徒には大陸真言を使える者とフソウ語の者と2人のマギ術士がいる。
既に電撃と炎で間接部を消失し、地面に臥している業隷武の隣でもう1体の業隷武が稲妻を受けて膝をつく。
重度の火傷を負いながらも生き残った味方のマギ術士は業隷武を立て直そうと業隷武操作の真言を唱えた。
『オン カカカ ビサンマ エイ ソワカ! ナマ サンマンダナン…』
後退するしかない。 まだ命のある兵には比較的軽傷で動けるものもいる、来たときと同じように
業隷武を楯にしつつなんとか味方の陣かせめて銃撃のとどかない距離まで…
タン、という乾いた音とともに、大伽藍からの狙撃を受けて彼は倒れた。
間をおかず、全身を炎に巻かれた兵たちの阿鼻叫喚の地獄となった正面扉前に、同様の銃弾が降り注ぐ。
無慈悲な…ある意味では慈悲とも思える凄惨な光景が伊庭の目に焼き写された。
業隷武を楯にしつつなんとか味方の陣かせめて銃撃のとどかない距離まで…
タン、という乾いた音とともに、大伽藍からの狙撃を受けて彼は倒れた。
間をおかず、全身を炎に巻かれた兵たちの阿鼻叫喚の地獄となった正面扉前に、同様の銃弾が降り注ぐ。
無慈悲な…ある意味では慈悲とも思える凄惨な光景が伊庭の目に焼き写された。
「殿が…わしや越智さまの提案に反対なすったのはこれを知っとったからか」
「いや。 小銃と弾薬を持ち込んで立て篭もるくらいだ、火焔瓶か手投げ爆弾ぐらいは、とは思っていたが」
他にも油壺やら溜めた糞尿、城攻め砦攻めで防御側が使う手段は当然のごとく用意しているだろう。
これでますますはっきりした。
あの大伽藍に篭城している敵は、飢えと貧しさから救いを求めて入信した貧民、戦の素人などではなく
火器とマギを扱い、軍隊と戦う術をもった戦闘者集団なのだ。
拠点の最重要箇所に篭っているだけあって、彼らこそがフソウ国に浸透した紅旗教の中核である人員
なのだと確信する。
彼らが信徒を指導し、訓練し、一揆を扇動し、指揮をとる。
おそらくは指導者層と宣教役も担当しているのだろう。
かれらをここで逃がしてしまうような事があったら、全ては元の木阿弥だ。
必ず殲滅させなくてはならない。
これでますますはっきりした。
あの大伽藍に篭城している敵は、飢えと貧しさから救いを求めて入信した貧民、戦の素人などではなく
火器とマギを扱い、軍隊と戦う術をもった戦闘者集団なのだ。
拠点の最重要箇所に篭っているだけあって、彼らこそがフソウ国に浸透した紅旗教の中核である人員
なのだと確信する。
彼らが信徒を指導し、訓練し、一揆を扇動し、指揮をとる。
おそらくは指導者層と宣教役も担当しているのだろう。
かれらをここで逃がしてしまうような事があったら、全ては元の木阿弥だ。
必ず殲滅させなくてはならない。
結局、この攻撃失敗を受けて再度の攻撃開始は大砲の到着を待ち、それまで包囲を固めて兵糧攻めに
徹するよう陣布れが出される事になった。
徹するよう陣布れが出される事になった。
時を遡り
伊庭がフソウ国に現れたその日からこの話は始まる。
伊庭がフソウ国に現れたその日からこの話は始まる。
200X年 8月某日 北海道大演習場島松地区 戦車射場
北海道に展開する北部方面隊第7師団では前日からこの日にかけて、恒例の戦車射撃競技会が実施されていた。
今回の競技には第71・72・73各連隊から90式戦車100両に加え、第7偵察隊の74式戦車と偵察警戒車が参加している。
今回の競技会では小隊戦闘射撃を合計22回実施、最終日となる本日は練度射撃(戦車による行進射撃)が実施される予定だった。
どの戦車小隊も所属連隊・中隊と自分達の威信を賭け、協議開始予定時刻が近づくにつれ隊員たちの周囲の空気は熱気を帯びていた。
異変は各戦車小隊が連絡幹部の指示に従い弾薬交付所へと進入し始めた時に起こった。
今回の競技には第71・72・73各連隊から90式戦車100両に加え、第7偵察隊の74式戦車と偵察警戒車が参加している。
今回の競技会では小隊戦闘射撃を合計22回実施、最終日となる本日は練度射撃(戦車による行進射撃)が実施される予定だった。
どの戦車小隊も所属連隊・中隊と自分達の威信を賭け、協議開始予定時刻が近づくにつれ隊員たちの周囲の空気は熱気を帯びていた。
異変は各戦車小隊が連絡幹部の指示に従い弾薬交付所へと進入し始めた時に起こった。
「第1・第3小隊応答なし! 中隊本部、出ません!」
「統裁部ともか! 他の中隊は?」
「さっきから呼びかけていますが…」
「どういう事なんだ。 あれだけの戦車がどこに消えた」
突如として晴天だった空が暗転し、次の瞬間には弾薬交付所内にひしめいていた戦車たちは
彼ら第2小隊と偵察隊の74式戦車2両を除いて全くいなくなっていたのだ。
その他に車両と言えば、中型トラック数両と偵察警戒車2両のみで、交付所内にいるはずの係員の姿も見えなくなっている。
彼ら第2小隊と偵察隊の74式戦車2両を除いて全くいなくなっていたのだ。
その他に車両と言えば、中型トラック数両と偵察警戒車2両のみで、交付所内にいるはずの係員の姿も見えなくなっている。
それだけではない。 周囲の景色が明らかに一変していた。
広々とした北海道の原野にいた筈が、が、青々とした草木に囲まれたどことも知れぬ山中の開けた場所に
ぽつんと戦車を初めとした数両の車両が駐車しているのだ。
地面にはここまで入ってきたような轍もない。
ただ交付所を囲うロープと、テントがいくつか、そして整然と積まれた各小隊配布分の弾薬木箱と、その上に
また丁寧に並べられた戦車砲弾が鎮座しているのみだ。
広々とした北海道の原野にいた筈が、が、青々とした草木に囲まれたどことも知れぬ山中の開けた場所に
ぽつんと戦車を初めとした数両の車両が駐車しているのだ。
地面にはここまで入ってきたような轍もない。
ただ交付所を囲うロープと、テントがいくつか、そして整然と積まれた各小隊配布分の弾薬木箱と、その上に
また丁寧に並べられた戦車砲弾が鎮座しているのみだ。
「ともかく、だ。 まずやるべき事はやろう」
第2小隊の小隊長、佐野3尉は動揺しつつもすぐに偵察隊の小隊長鹿嶋3尉と協議、指揮系統の確認を行い、
佐野3尉が先任ということで隊員はその指示に従う事になった。
その後、隊員たちは戦車を降りて周囲の状況把握、そして行方不明になったと思われる他の戦車小隊の人員を
探すため班ごとに分担して付近の捜索にはいった。
偵察隊の1班、小川曹長と伊庭1曹、矢野3曹も捜索に出ていた。
佐野3尉が先任ということで隊員はその指示に従う事になった。
その後、隊員たちは戦車を降りて周囲の状況把握、そして行方不明になったと思われる他の戦車小隊の人員を
探すため班ごとに分担して付近の捜索にはいった。
偵察隊の1班、小川曹長と伊庭1曹、矢野3曹も捜索に出ていた。
雑草を掻き分けて行けども行けども、人の気配一つしない。
鳥のさえずりと蝉らしき虫の鳴き声の穏やかさが今は逆に不気味だった。
自分達は人里はなれた奥深い山の中にいるのでは、という思いさえしてくる。
鳥のさえずりと蝉らしき虫の鳴き声の穏やかさが今は逆に不気味だった。
自分達は人里はなれた奥深い山の中にいるのでは、という思いさえしてくる。
「熊、でるかな」
「ヒグマですかっ?」
小川曹長がぽつりと漏らした一言に矢野3曹がぎょっとして声を上げる。
伊庭1曹はちょっと呆れた声で矢野に「クマは自分から人間に近寄って来ないよ」と言った。
伊庭1曹はちょっと呆れた声で矢野に「クマは自分から人間に近寄って来ないよ」と言った。
「そうでも無いかもな。 ばったり出くわすってことはある。 まあ、ここは北海道じゃ無さそうだから出るのはヒグマじゃなくてツキノワだろうけどな」
「なんでここが北海道じゃないって言えるんですか?」
伊庭の問いに小川曹長はちょうど頭上に張り出した針葉樹の細い枝を引きちぎって、指でくるくると弄りながら答えた。
「クロマツだ。 北海道にはアカマツか、植樹されたカラマツしか生えてない。 まあここが内陸部だとしてだ、
山の中に生えてるのは珍しいがな。 誰かが植えたんでなけりゃ」
山の中に生えてるのは珍しいがな。 誰かが植えたんでなけりゃ」
「んじゃ…どういうことですか」
矢野は上手く話を飲み込めてい無いらしい。
小川曹長は歩きながら話を続けた。
小川曹長は歩きながら話を続けた。
「ここはもしかしたら海が近いのかもしれない。 案外な。 そうで無いにしても、少なくとも俺たちがいたはずの
北海道の演習場では無い場所に、今来ていると言う事になる。
俺はクロマツが北海道に自生してないって事ぐらいしかわかんねえけどな。 辺りの他の木とか、今鳴いてるセミとかも、
もしかしたら道産のものじゃ無いのかも知れない。 どうだ、その辺の景色とか、違って見えないか」
北海道の演習場では無い場所に、今来ていると言う事になる。
俺はクロマツが北海道に自生してないって事ぐらいしかわかんねえけどな。 辺りの他の木とか、今鳴いてるセミとかも、
もしかしたら道産のものじゃ無いのかも知れない。 どうだ、その辺の景色とか、違って見えないか」
伊庭も矢野も自分達の周囲をぐるりと見回す。
そう言われて見れば、周囲の山の植生や生き物の鳴き声は見慣れた印象と随分違う気がしないでもない。
自分達以外の全ての部隊が消えたことを含め、周囲の地形・植生がそっくりどこかの場所と入れ替わってしまったかのような、奇妙な違和感と不安がある。
そう言われて見れば、周囲の山の植生や生き物の鳴き声は見慣れた印象と随分違う気がしないでもない。
自分達以外の全ての部隊が消えたことを含め、周囲の地形・植生がそっくりどこかの場所と入れ替わってしまったかのような、奇妙な違和感と不安がある。
「曹長…」
違和感を拭いきれないまま伊庭が何か口にしようとした時、小川曹長が手でをそれを制した。
彼の視線は前方、短い草むらの向こうに向けられている。
伊庭たちがそれをおうと、草木に溶け込みそうなOD色に塗装された1両の見慣れた中型トラックが止まっているのを見つけた。
彼らは曹長を先頭に、身を屈めながら慎重に近づいてゆく。
人の気配や物音はしない。 自分達が草を踏みつける音だけが耳に届いていた。
彼の視線は前方、短い草むらの向こうに向けられている。
伊庭たちがそれをおうと、草木に溶け込みそうなOD色に塗装された1両の見慣れた中型トラックが止まっているのを見つけた。
彼らは曹長を先頭に、身を屈めながら慎重に近づいてゆく。
人の気配や物音はしない。 自分達が草を踏みつける音だけが耳に届いていた。
運転席側の窓から内部を覗いた小川曹長が、「誰も乗っていない」のサインを送ってきた。
矢野が周囲を警戒し、曹長と伊庭は荷台の側に回る。 車体と同じOD色の幌を持ち上げて荷台を確かめると、
燃料が入っていると思しきドラム缶が一杯に積まれていた。
結局、その付近に彼ら以外の人間の姿を見つけることはできず、草を踏みつけた後すら残されていなかった。
中型トラックの車体の汚れ具合はピカピカに磨き抜かれていてまだ新しい。
タイヤに泥すら付いていない。 まるでどこかの駐屯地から持ってきて、ここに置いたかのようだ。
それにしては、トラック自身が草むらに入ってきたような後も無い。
だいいち誰からここにトラックを運転してきたのなら、その人間はここからどこに行ったのか。
矢野が周囲を警戒し、曹長と伊庭は荷台の側に回る。 車体と同じOD色の幌を持ち上げて荷台を確かめると、
燃料が入っていると思しきドラム缶が一杯に積まれていた。
結局、その付近に彼ら以外の人間の姿を見つけることはできず、草を踏みつけた後すら残されていなかった。
中型トラックの車体の汚れ具合はピカピカに磨き抜かれていてまだ新しい。
タイヤに泥すら付いていない。 まるでどこかの駐屯地から持ってきて、ここに置いたかのようだ。
それにしては、トラック自身が草むらに入ってきたような後も無い。
だいいち誰からここにトラックを運転してきたのなら、その人間はここからどこに行ったのか。
動かなくなって置き去りにされたのかとも思ったが、試してみたところエンジンはかかった。
走行に問題はないようだ。
小川曹長はとりあえず中型トラック発見のむねを交付所で待つ本隊に報告する事にした。
矢野が背負っていた通信機を下ろす。 その時伊庭は、ふと気が付いて自分の携帯電話を取り出してみた。
表示は、圏外。 山の中にいるとすればおかしくは無いことかも知れなかったが、何故だか異様な心細さが伊庭の胸に残った。
走行に問題はないようだ。
小川曹長はとりあえず中型トラック発見のむねを交付所で待つ本隊に報告する事にした。
矢野が背負っていた通信機を下ろす。 その時伊庭は、ふと気が付いて自分の携帯電話を取り出してみた。
表示は、圏外。 山の中にいるとすればおかしくは無いことかも知れなかったが、何故だか異様な心細さが伊庭の胸に残った。