偵察班が戻った時には、本隊を襲った事態は既に終息していた。
待機場所となっていた弾薬交付所の周囲には十数名の甲冑を着た人間達の遺骸が転がり、
その中に混じるように迷彩服を着た数人の冷たい体があった。
生きている者達も、わき腹から血を流してうめく隊員、それに止血処置を施す隊員。
小銃を抱きかかえて車両の影でガタガタと振るえ顔を酷く青ざめさせている者の足元には顔を弾丸で砕かれた兵士の死体。
親友の亡骸の傍に立ち尽くして呆然と涙を流す若い1士。 それは惨憺たるありさまだった。
待機場所となっていた弾薬交付所の周囲には十数名の甲冑を着た人間達の遺骸が転がり、
その中に混じるように迷彩服を着た数人の冷たい体があった。
生きている者達も、わき腹から血を流してうめく隊員、それに止血処置を施す隊員。
小銃を抱きかかえて車両の影でガタガタと振るえ顔を酷く青ざめさせている者の足元には顔を弾丸で砕かれた兵士の死体。
親友の亡骸の傍に立ち尽くして呆然と涙を流す若い1士。 それは惨憺たるありさまだった。
「殉職3名、重軽傷者4名ってとこだ。 歩哨に立ってた野川が真っ先にやられたよ」
偵察警戒車を降りた伊庭を出迎えたのは同じ偵察隊の菊池2曹だった。
彼は伊庭とは同期ながら、昇進は伊庭の方が先だった。
菊池はそんな事で友情にひびは入らない、と普段から笑っていたが、二人のもう一人の共通の友人である
野川2曹が死んだ事は彼の表情に暗い影を落としていた。
他の殉職者とともに並べられ、布をかけられていく野川の死体…顔を刀らしき刃物でざっくりと切られた
その無残な姿を、菊池と伊庭はなんともいえない顔で見送る。
90式戦車の横で、佐野3尉と鹿嶋3尉が報告であろう小川曹長を加えて何か話している。
鹿嶋3尉の口調が、興奮でもしているかのように何時になく強いようなのは、気のせいだろうか。
そちらの会話はやや遠い所為か民間人の殺傷がどうの、凶器を持って襲ってきたのだから正当防衛が同の、
現に部下が死んでどうの、と断片的にしか聞こえない。
彼は伊庭とは同期ながら、昇進は伊庭の方が先だった。
菊池はそんな事で友情にひびは入らない、と普段から笑っていたが、二人のもう一人の共通の友人である
野川2曹が死んだ事は彼の表情に暗い影を落としていた。
他の殉職者とともに並べられ、布をかけられていく野川の死体…顔を刀らしき刃物でざっくりと切られた
その無残な姿を、菊池と伊庭はなんともいえない顔で見送る。
90式戦車の横で、佐野3尉と鹿嶋3尉が報告であろう小川曹長を加えて何か話している。
鹿嶋3尉の口調が、興奮でもしているかのように何時になく強いようなのは、気のせいだろうか。
そちらの会話はやや遠い所為か民間人の殺傷がどうの、凶器を持って襲ってきたのだから正当防衛が同の、
現に部下が死んでどうの、と断片的にしか聞こえない。
「サムライが、襲ってきたんですか」
「侍じゃねーよ。 ここは日本でもない」
矢野の問いに、菊池2曹がはき捨てるように答える。
彼はその辺に転がっていた、誰かの落とした日本刀に酷似した刀を拾い上げて、矢野と伊庭に見せた。
彼はその辺に転がっていた、誰かの落とした日本刀に酷似した刀を拾い上げて、矢野と伊庭に見せた。
「よく見てみろよ。 日本刀はグリップに鮫の皮を巻いているもんだが、こいつはグリップが金属製で、網目状の滑り止めが刻まれてる。 こんな日本刀はねえよ」
菊池は伊庭に刀を押し付け、次に片付けられつつある鎧を着た兵士達の遺骸の傍に歩いていった。
そして、ひとつの以外のわき腹を足先で小突く。 ジャラ、と音が鳴った。
伊庭は死んだ人間に対するそんな菊池の行為を咎めようとしたが、菊池は無視して続けた。
そして、ひとつの以外のわき腹を足先で小突く。 ジャラ、と音が鳴った。
伊庭は死んだ人間に対するそんな菊池の行為を咎めようとしたが、菊池は無視して続けた。
「こいつは格好から行って足軽っつー下っ端の兵士だが、鎖帷子なんか着込んでる。 こんな贅沢な足軽はいない。
さらにだ、こっちの指揮官っぽい奴みてみな?」
さらにだ、こっちの指揮官っぽい奴みてみな?」
菊池が指差すそれは、胴体の真ん中に小銃で撃ちぬかれた穴がある鎧を着た、侍のような立派な作りの甲冑を着た人間だった。
彼の死因がなんであるかは説明の必要も無いくらいよく分かる。
菊池は「なんか気づかないか?」と尋ねてきた。
彼の死因がなんであるかは説明の必要も無いくらいよく分かる。
菊池は「なんか気づかないか?」と尋ねてきた。
「一見時代劇なんかに出てくる侍の鎧っぽいデザインしてるだろ。 でもな、これ全部、頭っから足の先までガッチリ関節まで
カバーした金属の鎧だ。 侍っつーより西洋の騎士だよ。 ついでにな、兜も頭全体をすっぽり覆う作りでできてる。 ひさしまで開閉できる」
カバーした金属の鎧だ。 侍っつーより西洋の騎士だよ。 ついでにな、兜も頭全体をすっぽり覆う作りでできてる。 ひさしまで開閉できる」
そういって、菊池は屈んでその人物のフルフェイスメットのひさしをカシャリ、と上部方向に持ち上げて見せた。
が、その下の死に顔が目を見開いたすさまじい形相をしていたので、不愉快になったのかすぐに下ろして隠した。
矢野が立ち上がる菊池に問いかける。
が、その下の死に顔が目を見開いたすさまじい形相をしていたので、不愉快になったのかすぐに下ろして隠した。
矢野が立ち上がる菊池に問いかける。
「詳しいですね、2曹」
「詳しかねーよ。 俺は時代劇とか映画とか見た程度だけどな、こんなん中学生でもわかる。 こいつらが色々おかしいのはな」
ただ友人を殺されたというだけではない、怒りとも苛立ちともつかない複雑な表情をして菊池は答えた。
この数時間内に急激に起こったすべての事が、何もかもが非現実的で、そして理不尽で、だが夢でも幻でもない。
どこかもわからない場所に突然放り込まれ、事態を把握する前に仲間に死傷者が出て、そして誰一人として何も分からないまま、状況に振り回されている。
不安と苛立ちだけが、小隊長たちにも、隊員の一人一人にも、伊庭たちにも、全体を支配する空気として取り巻き絡み付いていた。
この数時間内に急激に起こったすべての事が、何もかもが非現実的で、そして理不尽で、だが夢でも幻でもない。
どこかもわからない場所に突然放り込まれ、事態を把握する前に仲間に死傷者が出て、そして誰一人として何も分からないまま、状況に振り回されている。
不安と苛立ちだけが、小隊長たちにも、隊員の一人一人にも、伊庭たちにも、全体を支配する空気として取り巻き絡み付いていた。
「つまり」
「つまり、ここは戦国時代の日本でもない。 襲ってきたのが基地外でなおかつコスプレ趣味の暴徒集団で無い限り、
現代日本でもない。 俺たちの知る世界じゃない」
現代日本でもない。 俺たちの知る世界じゃない」
菊池が言い出す前に、伊庭は言った。
その伊庭を見て、菊池は「ああ」と力なく答えた。 その時伊庭がどんな顔をしていたか、彼自身は知らない。
だが、この先に待ち受ける過酷な運命を予感したものだったろう、と伊庭はこの時の事を思い出すたび、考える。
その予感は、外れる事は無かった、とも。
その伊庭を見て、菊池は「ああ」と力なく答えた。 その時伊庭がどんな顔をしていたか、彼自身は知らない。
だが、この先に待ち受ける過酷な運命を予感したものだったろう、と伊庭はこの時の事を思い出すたび、考える。
その予感は、外れる事は無かった、とも。