自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

08

最終更新:

jfsdf

- view
だれでも歓迎! 編集
 黒田憲長は佐野との交渉が成った後、居城である名護城へと戻った。
 ここは彼が元服して以来防備を任されていると同時に活動の拠点となっている場所である。
 愛馬を馬番にまかせ、自分はまっすぐに自身と妻の住居である寝所へと向かう。
 侍女の取次ぎなどまたず、自分で襖を開けてずかずかと乗り込んで行った。
 部屋の中は薄暗く、陰湿な澱んだ空気がこもっている。  既に日は傾きはじめていたが、夕刻にはまだ早い。
 なのに室内がこうも翳っているのは、部屋の住人が窓から入り込む日の光を酷く嫌っているからだった。
 窓には何重にも簾をおろし、夜は蝋燭の明かりすら極力排し、暗闇の中で生きることを望んでいるかのような
この女は隣国・美野(みの)の斉藤家より嫁いできた姫で名を綺蝶と言った。

 「綺蝶よ、今朝話したあの斑の一党(自衛隊のことである)達との話がついたぞ。 今日からあれらが俺の手勢だ」

 「それは…よろしゅうございました」

 どっかりと腰を下ろし、胡坐をかいて上機嫌に話しかける憲長に対して、答える妻の口調は抑揚の無いか細い声だ。
 部屋の中の影を凝集したかのようなその黒い姿は、薄暗がりに溶け込んでしまって全体がよく見えない。
 目を凝らさなければどこに潜んでいるのかもわからなくなるくらいである。

 「今度あの者らをお前に見せようと思う。 きっと驚くであろう。 鉄の箱でできた大きな車がうなり声を上げて進むのは見ものだぞ」

 「…」

 憲長が話を振っても女は特に答えず、ただ衣服のこすれる音がしたのみである。
 居住まいを正したのか姿勢を崩して楽にしているのかも、こうも暗いと判別しがたい。

 「綺蝶よ。 夫が帰ってきたのだから明かりの一つでも付けぬか。 お主の侍女どもも気が利かぬと見える」

 「嫌でございます。 それから侍女たちにはけして明かりをつけぬよう言いつけておりますゆえ」

 憲長は苦笑したが、相手も自分もお互いの表情は見えていないだろう。
 もっとも年中この暗がりの中にいる綺蝶自身は慣れで見えているのかもしれないが。

 「なんだ、お主はそんなに俺に顔を見られるのが嫌か?」

 「綺蝶は附子(ぶす・ブス。 トリカブト毒のこと。 また古語で醜い顔のこと)でございますゆえ。
…殿が顔をお召しになられると失礼あそばすかと」

 ふん、と憲長は鼻で笑う。 そして、手探りでその辺りにあるだろう燭台を探し当て、自分で燐寸(りんすん、マッチ。
フソウでは既に初期のマッチが登場している)を取り出して明かりを付けた。
 また衣擦れの音がした。 綺蝶が明かりの届かぬ範囲に自分から移動したのである。
 部屋の隅の暗がりの中に隠れて、恨みがましくこっちを睨み付けている気配を送ってくる。 まるで幽霊か化生の類である。

 「…強情ものめ」

 憲長は立ち上がって綺蝶の潜んでいる暗がりの方へとずかずか歩いて行き、この辺りかと当たりをつけて、相手の虚をつくように腕を伸ばし、掴んだ。
 綺蝶の息を呑む声が耳に届く。 果たして目論見どおり憲長は女の腕を掴み、一気に自分のほうへと引き寄せる。
 明かりによってはっきりと浮かび上がった女の姿は、退廃的に妖しくも美しい特異なものだった。

 闇色に溶け込む黒染めの衣服は少女的な幼さの中に古さと厳しさを併せ持った洋風のドレスであり、ところどころに
刺繍やレースといったやはり洋風の飾りで仕立ててある。
 掴んだ女の手は労働など一切していない、細く儚く折れそうな長い指で、病的なまでに白い肌の色をしている。
 女の顔も睫毛は長く眉は細く、手と同じ白い頬の色をさらに白い化粧で薄く飾っていて、そして唇は
瑠璃(ラピスラズリ)を砕いて染めたような青紫色をしている。
 これは体が冷えているのでも病気でもなく、そういう色の口紅をさしているからだ。
 そして、顔のつくりそのものは均整であり、まだ大人になりきらぬ少女の面差しを残した、このフソウの平均的美人といっていい。

 「謙遜も大概にせよ、お主のその顔で附子と言い張るつもりか? …化粧は俺の好みには合わぬがな。 まあ、もう少し日焼けすればいい女になるであろ…」

 ひゅっと空気を切る音とともに憲長の言葉は途中で断たれた。
 咄嗟に避けた憲長の鼻先を、洋風の浮かし彫りの装飾が施された短刀が掠めてゆく。 その柄を握っているのは綺蝶である。
 憲長が綺蝶の腕を放すと、女は無言で再び暗がりの中に隠れ、薄く浮かび上がるシルエットの肩の辺りを震わせている。
 怒らせてしまったか。 そう思いつつ憲長は全く悪びれる気もなかった。

 「危ないではないか。 万一にでも俺が死んだらどうするつもりぞ。 夫の命を取る妻がどこにおる?」

 「…ここに。 お忘れでございましょうか、綺蝶はとと様より殿のお命を取って参れとおおせつかっております」

 綺蝶の父、斉藤立興は美野の国の本来の国主を殺して乗っ取り、一国の主となったフソウきっての奸雄である。
 国境を接する黒田とはやはりたびたび衝突している間柄で、立興も浅野や駿賀の国の今井同様、緒張の地を狙っている。
 が、ここ数年は自身の娘、綺蝶を黒田家に嫁がせるなどして同盟関係にあり、比較的穏やかな関係が築かれているが、表向きの話である。

 「なるほどな、お主はまさに鳥兜(トリカブト)の花よ」

 あぐらをかき、頬杖を突いて憲長は笑った。
 輿入れしてきたその日より、綺蝶は憲長の首級を取ると口癖のように言い続けている。
 嫁いだのも刺客としてであり、父親の命であるとも。
 「蝮」とも異名を取り蛇を家紋とする斉藤立興の娘、父親同様に毒を持つ気丈な女よと黒田家中の者は言うが、
そうでは無いことを憲長は見抜いていた。
 これは仔犬が大きな相手に必死になって吠え掛かっているのと同じだ。 虚勢である。
 元々立興自身が娘である綺蝶をあまり可愛がっていないというのは、憲長はこの妻を娶る前に配下に命じて調べさせて知っていた。
 政略結婚とは謀略であると同時に、ていのいい人質である。

 元々あまり両者が良い関係でないのもそうだし、嫁いで来る姫に付いてこちらにやって来る、お付の侍女なども
相手方の人間であり、こちらの情報を探るための密偵を兼ねているなどということも珍しくない。
 それらしい節はあるし、憲長は綺蝶の侍女たちが自分の主人にたいしてあまり親身で無いのも知っている。
 また、やはり調べさせて知ったことだが、立興も綺蝶のことは昔から持て余していたらしかった。
 それはそうだろう、どこでどう捻くれて育ったのかは知らないが、日の光を極端に嫌って幽霊のように暮らすことといい、
やや悪趣味とも言える、大陸伝来の馴染みの薄い洋風趣味の衣服を好んで着る事といい、尋常の娘ではない。
 それでも人の親なら不出来でも我が子は可愛いものだが、斉藤立興は人ではなく蝮であり、蝮の血は冷たいのだ。
 人情に縛られては国取りなど出来なかった男である。
 加えてあまり愛情を傾けていない娘なのだ。 将来に斉藤が黒田を裏切ることになっても、特に痛くも痒くもない。
 捨て駒なのだ、つまりは。

 父親の命で、などというのも真実ではあるまいと思っている。
 確かにそのような近い事を言って娘を送り出したのかもしれないが、考えてもみれば、綺蝶のようなか弱く、
線の細く、箸の上げ下ろしもできるとは思えぬ弱々しい手や腕の少女に夫になる相手を殺せなどと、常識的に考えて本気で命じるはずがない。
 そして肉親に見捨てられ、誰にも何にも期待されずただ一人敵地に送り込まれた少女が必死で自分を守ろうとして、
自分に触れようとするもの全てに対して吠え掛かる。
 いや、もともと美野にいた時から既にそういう少女だったのかも知れない。 愛情を十分に受けることなく育ち、他人への接し方がわからない。
 憲長は綺蝶を手に負えぬ女だと思いつつも、そうした境遇に対して哀れみと愛しさを抱いていた。
 孤独で逃げ場も頼る物も無い者を見ると、庇護したくなるのである。
 ただ憲長はそれを自己満足を満たすための傲慢から来るものでしかないと断じている。

 今の世は肉親や領民を思う仁や義、慈愛の感情など、戦の邪魔にしかならない。
 敵地に攻め入って劫掠し、村々や城下の町に火を放ち、刀を抜いて相対したものはみな討ち取り、神と逢っては神を斬り、仏と逢っては仏を切る。
 修羅に入らねば自分も誰も、何一つ守れぬのが現実なのだ。
 ならば、政略結婚も裏切りも、敵を罠にかけることも国を奪うことも、常である。

 ただし、憲長は一方でそのような世の中というものを酷く嫌悪してもいた。
 戦の起こる度に領民たちは糧食の徴発や田畑を荒らされる事に苦しみ、夜盗どころか正規軍が略奪を横行させ、時には遊び半分に殺され犯される。
 そのような世の中になって以来数百年、ただ戦を繰り返し、奪い失い消費して疲弊を重ねた結果が今のフソウなのだ。 愚かしいことだと思う。
 国を治める帝の命に誰も従わず、朝廷は地方の反乱に対してなんら有効な手を打てず、守護や大名が勝手に
権勢を伸ばしあい、治安を乱し、結果として国土は荒れに荒れて自分の首を絞めている。
 このような事で、フソウは一つの国として機能していると言えるのだろうか。 国としての体裁すら整っていない。
 憲長は誰かを激しく恨むとか怒るとかいうことはしない人間だったが、代わりに今の世の中というもの、そして
世の中を作り出した人間たちというものに対しては真っ赤に焼けた炭火のような静かな憎悪を抱いていた。
 戦が続けば苦しむのは民だ、民が困窮すれば税収も減り、そして結果的に困るのは支配する領主である。
 戦は何ももたらさず消費するのみである。 合理的に考えればそもそも戦などするものではないし、戦の教本・兵法書にも書かれていることだ。

 なのに、憲長が生まれるさらに大昔より続いているこの乱世が収まる気配は未だに無い。 戦は人の心を狭くさせ、目を曇らせるのだ。
 今の世が戦で満ちているから、民も武士も、このフソウの天と地の全てにある生き物が苦しみ続けなければならないのだ。
 憲長は今のフソウの惨状は、戦が続くことそのものにあると考えている。
 それが全ての原因であり、民が戦火に追われ女が好きでもない男の元に嫁ぎ、肉親同士同族同士で殺しあわなければならないのだ、と。
 戦の無い世であってもそれらが無くなるというわけではないだろうが、それでも今よりは不幸になる人間がずっと少ないはずだ。
 恒久的な平和でなくとも良い。 せめて戦の止まらぬ世の中でなければいい。
 そんな世の中を望むなら、なら自分は何をすべきか。 それが、憲長が常に考えていることであった。

 「綺蝶よ」

 憲長は部屋の隅の暗がりで肩を震わせながら泣いているような少女になるべく優しげな口調で声をかけた。
 綺蝶がこっちを見たような気配がする。 憲長は自分の顔に笑みを浮かべた。

 「俺は天下を取るぞ。 今の乱れたこの国を統一する」

 「…お好きになさいませ。 殿の大願が成就なされますことを綺蝶は祈りまする」

 暗がりの向こうから発した少女の声はやはり抑揚のないものであったが、わずかに「何を突然言い出すのだろう」
という類の呆れた雰囲気が混じっていたように感じられた。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
ウィキ募集バナー