翌朝。 憲長隊は夜が開けきらぬ内に合戦場予定地に向け出発した。
柴田隊も同様である。 本隊に先立って伏兵を敷き、浅野の軍勢を待ち受けるためだ。
特に自衛隊車両は移動に大きな音を立てるので、なおさら浅野勢が来る前に配置を済ませておく必要があった。
移動は事前に道順を確認し、偵察警戒車が先導を行っている。
自衛隊の車列は90式戦車3両と74式戦車、偵察警戒車が各2両、そして輸送の中型トラックと、馬に荷物を載せた小荷駄隊である。
移動中、上半身をハッチから出して周囲監視を行っていた佐野は大事なことを一つ忘れていたことに気が付き、
車内の砲手席に座っている憲長に尋ねた。
戦車乗員と偵察隊員に既に死亡したもの3名と戦闘に参加できない重傷者1名がいるので、定数割れを
起こしているため戦車1両分の人員が足りず、また憲長が戦車に乗りたいというか佐野と直接話して指示を
行うことを希望し、佐野の乗る小隊長車の砲手を他の車両に回して憲長を乗せたのだ。
90式戦車は車長席からも砲を操作できるので、特に問題にはなっていない。
柴田隊も同様である。 本隊に先立って伏兵を敷き、浅野の軍勢を待ち受けるためだ。
特に自衛隊車両は移動に大きな音を立てるので、なおさら浅野勢が来る前に配置を済ませておく必要があった。
移動は事前に道順を確認し、偵察警戒車が先導を行っている。
自衛隊の車列は90式戦車3両と74式戦車、偵察警戒車が各2両、そして輸送の中型トラックと、馬に荷物を載せた小荷駄隊である。
移動中、上半身をハッチから出して周囲監視を行っていた佐野は大事なことを一つ忘れていたことに気が付き、
車内の砲手席に座っている憲長に尋ねた。
戦車乗員と偵察隊員に既に死亡したもの3名と戦闘に参加できない重傷者1名がいるので、定数割れを
起こしているため戦車1両分の人員が足りず、また憲長が戦車に乗りたいというか佐野と直接話して指示を
行うことを希望し、佐野の乗る小隊長車の砲手を他の車両に回して憲長を乗せたのだ。
90式戦車は車長席からも砲を操作できるので、特に問題にはなっていない。
「確認するのを忘れていましたが、浅野に我々の伏兵が気づかれる恐れは?」
「問題ない。 敵の斥候は事前に我らの配下、滝川葛益の忍び衆が始末することになっておる。
葛益はお主らを見つけ柴田が捕まえる助力をした功の者ぞ。 お主ら、我らが監視していたことに
ついぞ気づかなんだであろう? 安心して葛益に任せよ」
葛益はお主らを見つけ柴田が捕まえる助力をした功の者ぞ。 お主ら、我らが監視していたことに
ついぞ気づかなんだであろう? 安心して葛益に任せよ」
と言っても敵の斥候の全部を潰してしまっては、今度は斥候が戻ってこない事に浅野が不審がる。
こちらを見つけたり遭遇してしまいそうな斥候は排除するが、そうで無い物は素通りさせる。
今回の作戦の肝に浅野を上手く布陣の中に誘導するというものもあるので、ある程度はこちらの陣容を教えてやる必要もあった。
砲手席で腕組みしながら答える憲長は戦車の乗り心地に満足したのか上機嫌だった。
いったいどうやったのか、器用にも甲冑を身に着けたまま車内に上手く入っている。
(しかしその代わり、後で戦車から降りるときには今度はなぜか甲冑がハッチを上手く通らず、酷く
苦労することになってしまっていたが、この時はそんな事は知る由も無かった)
こちらを見つけたり遭遇してしまいそうな斥候は排除するが、そうで無い物は素通りさせる。
今回の作戦の肝に浅野を上手く布陣の中に誘導するというものもあるので、ある程度はこちらの陣容を教えてやる必要もあった。
砲手席で腕組みしながら答える憲長は戦車の乗り心地に満足したのか上機嫌だった。
いったいどうやったのか、器用にも甲冑を身に着けたまま車内に上手く入っている。
(しかしその代わり、後で戦車から降りるときには今度はなぜか甲冑がハッチを上手く通らず、酷く
苦労することになってしまっていたが、この時はそんな事は知る由も無かった)
日は昇り、時刻が正午にも達する頃、黒田・浅野の両陣営はほぼ布陣を完了した。
浅野の布陣は事前の予測どおり魚鱗陣形、そしてちょうどこちらの鶴翼陣形の中に入った状態となる。
ただし、浅野の魚鱗陣形は先頭中央の備えが予想よりやや厚く、こちらが浅野の本陣を襲撃するより先に黒田側の本陣が破られる恐れがあった。
浅野の布陣は事前の予測どおり魚鱗陣形、そしてちょうどこちらの鶴翼陣形の中に入った状態となる。
ただし、浅野の魚鱗陣形は先頭中央の備えが予想よりやや厚く、こちらが浅野の本陣を襲撃するより先に黒田側の本陣が破られる恐れがあった。
「その代わり、左右の備えはやや薄うござろう。 若殿はご安心して戦われなされ」
浅野の斥候の排除と敵配置の情報収集を終えた滝川葛益が自身の配下の数名とともに憲長の元へ直接出向き、報告した。
彼と憲長の周囲には佐野、鹿嶋と伊庭他偵察班数人が車両を降りて立っている。 まだ戦が始まるには少し時間があった。
自衛隊は草木に隠れる偽装にはかなりの自信があり、また何者かが接近してもすぐに対応するつもりでいたが、
滝川と忍び衆はいとも簡単に自衛隊を発見し、接触して見せた。
予定された布陣図があり大体の居場所はわかっていたとはいえ、滝川に言わせれば自衛隊の偽装はまだ荒く不自然な所が多すぎるとの事だった。
彼と憲長の周囲には佐野、鹿嶋と伊庭他偵察班数人が車両を降りて立っている。 まだ戦が始まるには少し時間があった。
自衛隊は草木に隠れる偽装にはかなりの自信があり、また何者かが接近してもすぐに対応するつもりでいたが、
滝川と忍び衆はいとも簡単に自衛隊を発見し、接触して見せた。
予定された布陣図があり大体の居場所はわかっていたとはいえ、滝川に言わせれば自衛隊の偽装はまだ荒く不自然な所が多すぎるとの事だった。
「空挺や特殊作戦群だったら陸自も忍者に負けてねえよ」
とは、偵察班の一部の者の対抗心からでた言葉だ。
言ったのは小川曹長だが、伊庭は曖昧な返事をしておいた。
まあ、いくら草を貼り付けて蓑虫みたいにしたとしても、自然に見せかけるのは無理があるのだが。
それに元々戦車の偽装は遠目に見たとき解りにくいするようにするためだ。
言ったのは小川曹長だが、伊庭は曖昧な返事をしておいた。
まあ、いくら草を貼り付けて蓑虫みたいにしたとしても、自然に見せかけるのは無理があるのだが。
それに元々戦車の偽装は遠目に見たとき解りにくいするようにするためだ。
彼が忍者と聞いていたので佐野の他、数名は黒装束を纏った一般的な忍者のイメージを想像していたのだが、
葛益たちは普通に鎧(と言っても、西洋風チェインメイルに所々日本風の意匠を施したプレートを付けた、
妙な違和感を覚えるもの)を着ていてどちらかというと一般的兵士の姿だったので、その期待は裏切られた。
ただし、鎧や衣服のあちこちには返り血らしき染みがある。 彼らが平然と報告をしつつも、既に敵と死闘を演じてきたことを窺わせた。
葛益たちは普通に鎧(と言っても、西洋風チェインメイルに所々日本風の意匠を施したプレートを付けた、
妙な違和感を覚えるもの)を着ていてどちらかというと一般的兵士の姿だったので、その期待は裏切られた。
ただし、鎧や衣服のあちこちには返り血らしき染みがある。 彼らが平然と報告をしつつも、既に敵と死闘を演じてきたことを窺わせた。
鎧を脱いでいた憲長はうむ、と頷いた。(ハッチを通れずに結局脱いだ。 また、二度と鎧を着たまま乗るまいぞ、と呟いていたのを何人かが聞いた)
「それで、父上への報告は?」
「は、既に配下のマギにより済ませております。 我らは若殿の護衛に。 それと、若殿はマギを供にするのを
お忘れになりましたでしょう。 伝令もおりませんし、若殿と本隊との連絡が…」
お忘れになりましたでしょう。 伝令もおりませんし、若殿と本隊との連絡が…」
ああ、失念しておったわ…と憲長はため息をついたが、佐野たちには話が通じない。
「どうしたのですか?」
「俺としたことがマギを連れて来るのが頭から抜け落ちておった。 不覚」
「マギとは?」
「修行により異能の力を身に付けた者たちだ。 例えば、言葉を発さずとも頭で考えるだけで仲間同士で会話ができる。
黒田では斥候に同行させて、いち早く敵の動向を本陣に伝えるように使っておる」
黒田では斥候に同行させて、いち早く敵の動向を本陣に伝えるように使っておる」
憲長はそう説明し、現代語に言い換えればこの情報収集能力と伝達能力の速さが黒田の強みだ、という意味の解説を行った。
それに対し、伊庭がボソリと呟いた。
それに対し、伊庭がボソリと呟いた。
「それ、偵察だけでなく本陣と他の部隊との連絡にも使えば、伝令を走らせる必要は無いんじゃ…?」
それを耳にした憲長が腕組みをして眉根をひそめ、滝川は頭をかきつつ天を仰いだ。
今まで思いつかなかった、という訳では無さそうだが、何か不味いことを言ったのでは?という空気が蔓延して
伊庭に視線が突き刺さった。
余計な事を言ってしまったのか?と伊庭が少し青くなる。
今まで思いつかなかった、という訳では無さそうだが、何か不味いことを言ったのでは?という空気が蔓延して
伊庭に視線が突き刺さった。
余計な事を言ってしまったのか?と伊庭が少し青くなる。
「それ、むずかし、もんだいです。 くろだのひとたち、みんながマギのちから、みとめたわけでは、ありません」
片言のややおかしな発音で話し始めたのは、滝川の配下の中にいた一人でフードを被った長身の男だ。
周囲の人間より頭一つ分は飛びぬけていた背丈のその人物がフードを取ると、その下からは金色の髪と青い瞳、
そして明らかに日本人離れした顔が現れる。
周囲の人間より頭一つ分は飛びぬけていた背丈のその人物がフードを取ると、その下からは金色の髪と青い瞳、
そして明らかに日本人離れした顔が現れる。
「外人!?」 「外人だ」
思わず伊庭を含む何人かが声に漏らす。
その人物はどうみても、憲長や滝川といった日本人に近い顔立ちというより、白人系の顔のつくりをしている。
どことなくその顔は東側某国元大統領に似ている気がする、と伊庭は思った。
ただちょっと違うのは無精ひげを生やし、やや若々しい辺りだ。
その人物はどうみても、憲長や滝川といった日本人に近い顔立ちというより、白人系の顔のつくりをしている。
どことなくその顔は東側某国元大統領に似ている気がする、と伊庭は思った。
ただちょっと違うのは無精ひげを生やし、やや若々しい辺りだ。
「官兵衛だ。 これが今言った、マギよ。 マギを伝令に使うのも、官兵衛が発案した」
憲長が紹介すると、官兵衛はやや不機嫌な表情になった。
どうも憲長の呼んだ名前が気に入らないらしい。 片言のフソウ語(日本語)で懸命に抗議する。
どうも憲長の呼んだ名前が気に入らないらしい。 片言のフソウ語(日本語)で懸命に抗議する。
「にぇっと。 かんべ、ちがいます。 わたしのなまえ、じょぉすいぃ、いいます」
「じょすいでは言いにくい。 今はお主は改名して官兵衛だ」
「じょすい、ちがいます、じょ・ぉ・すいぃ。 わたし、かんべ、いいにくいです。 きちほうしさま、くににいられなくなて、
フソウにきた、わたし、たすけてくれた、かんしゃしてる、でも、かんべ、なまえきにいりません」
フソウにきた、わたし、たすけてくれた、かんしゃしてる、でも、かんべ、なまえきにいりません」
「慣れよ」
「にぇっと…」
官兵衛は元々は大陸のルシアンという国の東部沿海州に住んでいたというが、そこで紅旗教という新興の
宗教集団が布教を始め、当時官兵衛が使えていた主君は紅旗教への布施を拒否したために、いつの間にか
民衆の敵ということにされてしまい、領民に殺されたのだという。
ルシアンではこの宗教が次々と勢力を広めてゆき、紅旗教を認めない者はいかに正しいことをしていようとも
粛清と称したリンチや暗殺の対象になるため官兵衛は外国に亡命しようとした。
最初は大陸の国家であるシンに行こうとしたのだが、海路を選んだため運悪く船が難破してしまい、フソウに流れ着いた。
放浪の後、元服前の吉法師という幼名だった時代の憲長に出会い、仕えるようになったのだという。
宗教集団が布教を始め、当時官兵衛が使えていた主君は紅旗教への布施を拒否したために、いつの間にか
民衆の敵ということにされてしまい、領民に殺されたのだという。
ルシアンではこの宗教が次々と勢力を広めてゆき、紅旗教を認めない者はいかに正しいことをしていようとも
粛清と称したリンチや暗殺の対象になるため官兵衛は外国に亡命しようとした。
最初は大陸の国家であるシンに行こうとしたのだが、海路を選んだため運悪く船が難破してしまい、フソウに流れ着いた。
放浪の後、元服前の吉法師という幼名だった時代の憲長に出会い、仕えるようになったのだという。
「今は葛益の配下につけて忍び衆の中から素質あるものを選び、マギの技能を仕込んでおる。
大陸ではマギはこうした事に使われるのが一般的だそうだ。
…が、フソウでは馴染みが無い故に受け入れられにくい。 官兵衛が紅毛人というのもある」
大陸ではマギはこうした事に使われるのが一般的だそうだ。
…が、フソウでは馴染みが無い故に受け入れられにくい。 官兵衛が紅毛人というのもある」
「拙者ら忍びの者は元々常人からみれば十分異能の者と思われておりますれば、我ら自身はさほど
マギの力や官兵衛殿に抵抗は感じませぬ。 されど、お屋形様や柴田殿などは…」
マギの力や官兵衛殿に抵抗は感じませぬ。 されど、お屋形様や柴田殿などは…」
要するに、理解不足と運用実績の少なさ、それに多少は人種や異文化偏見というのもあるらしい。
なんとなく、佐野らは自衛隊という組織や官僚にも似たような保守的過ぎて硬質な点で思い当たるところがあると思った。
それにしても、滝川は自分で言ったのでともかく憲長がそうした偏見が無いのは何故だろうか。
佐野は思い切って尋ねた。
なんとなく、佐野らは自衛隊という組織や官僚にも似たような保守的過ぎて硬質な点で思い当たるところがあると思った。
それにしても、滝川は自分で言ったのでともかく憲長がそうした偏見が無いのは何故だろうか。
佐野は思い切って尋ねた。
「俺も最初は官兵衛を紅毛人ということでただ珍しがっておった。 が、官兵衛もしだいにフソウの言葉を憶えるにつれ、
会話が出来るようになってな。 大陸の色々な話、知らぬことを教えてくれた。
そして解った。 大陸人もフソウ人も同じだとな。 そして、フソウがどれだけ狭いかも知った。
なのにフソウの外の国々のことを多くの者が知らぬ。 戦に追われて周りを見る余裕がないのだ。
俺はこの国のそのような時代を終わらせたい。 大陸にはフソウより進んだ国も多くある。
今は一部の貿易商人のみが大陸とフソウを繋いでおるが、商人どもに独占させておくにはあまりにも勿体無い。
この国は外国から良い物を取り入れねばならぬ。 新しい風を吹き込み、澱んだ空気を取り払わねば、この乱世は終わらぬ。
それには、俺自身がまず変わらねば、成せぬ」
会話が出来るようになってな。 大陸の色々な話、知らぬことを教えてくれた。
そして解った。 大陸人もフソウ人も同じだとな。 そして、フソウがどれだけ狭いかも知った。
なのにフソウの外の国々のことを多くの者が知らぬ。 戦に追われて周りを見る余裕がないのだ。
俺はこの国のそのような時代を終わらせたい。 大陸にはフソウより進んだ国も多くある。
今は一部の貿易商人のみが大陸とフソウを繋いでおるが、商人どもに独占させておくにはあまりにも勿体無い。
この国は外国から良い物を取り入れねばならぬ。 新しい風を吹き込み、澱んだ空気を取り払わねば、この乱世は終わらぬ。
それには、俺自身がまず変わらねば、成せぬ」
佐野たちは納得した。
なぜ憲長が自衛隊の装備を見て、その力の程を読み取ったのか。
なぜ自衛隊を自勢力に積極的に取り込もうとしたのか。 未知のものを抵抗なく受け入れることができるのか。
憲長は既に官兵衛という「未知な存在」と触れ、学習したことにより旧来の狭い世界の常識に囚われない
柔軟な視点の考え方が出来るようになったのだ。
官兵衛と出会ったのが少年期であったことも精神形成に大きな影響を与えたに違いない。
佐野が戦車の能力や運用方法を憲長に説明したときもそうだ。 そこでふと、佐野は自分たちは憲長という
この少年にどれだけの影響を与えたのだろう、と思った。
もしかしたら、彼という人物を大きく変えさせる、とてつもない「きっかけ」となってしまったのではないだろうか?
なんとなく空恐ろしいものを感じていると、今まで話に参加せず虚空を見つめていた官兵衛が突然憲長の前に移動し、口を開いた。
なぜ憲長が自衛隊の装備を見て、その力の程を読み取ったのか。
なぜ自衛隊を自勢力に積極的に取り込もうとしたのか。 未知のものを抵抗なく受け入れることができるのか。
憲長は既に官兵衛という「未知な存在」と触れ、学習したことにより旧来の狭い世界の常識に囚われない
柔軟な視点の考え方が出来るようになったのだ。
官兵衛と出会ったのが少年期であったことも精神形成に大きな影響を与えたに違いない。
佐野が戦車の能力や運用方法を憲長に説明したときもそうだ。 そこでふと、佐野は自分たちは憲長という
この少年にどれだけの影響を与えたのだろう、と思った。
もしかしたら、彼という人物を大きく変えさせる、とてつもない「きっかけ」となってしまったのではないだろうか?
なんとなく空恐ろしいものを感じていると、今まで話に参加せず虚空を見つめていた官兵衛が突然憲長の前に移動し、口を開いた。
「きちほうしさま、まえだどの、まいられる、よです」
「…何? 此処にか? あ奴は父上直下の黒母衣衆であろうが。 伝令か? よもや布陣に何か変更でも」
「いえ、まえだどの、おひとりで。 でんれいならば、ふたり、くるはずです」
質問される前にすかさず葛益が佐野にマギの能力の一つに、一定範囲内に接近してくる人間を敵味方
区別付きで把握することが出来る、と説明する。
そして鹿嶋が黒母衣衆とは、?と尋ねると、憲長は黒田家の家中より選りすぐりの若武者を集めた、
騎馬武者のみの部隊で、伝令や攻勢に出るときの予備戦力として使われる。
伝令は敵味方入り乱れる戦場をペアとなる2騎のみで駆け巡るため、特に肝の据わった勇敢な者が選ばれ、
それゆえに死ぬものも多いが生き残ったものは必ず将来黒田の中核を担う家臣になる、と説明した。
要するに将来を期待されたエリートによる少数精鋭部隊なのである。
区別付きで把握することが出来る、と説明する。
そして鹿嶋が黒母衣衆とは、?と尋ねると、憲長は黒田家の家中より選りすぐりの若武者を集めた、
騎馬武者のみの部隊で、伝令や攻勢に出るときの予備戦力として使われる。
伝令は敵味方入り乱れる戦場をペアとなる2騎のみで駆け巡るため、特に肝の据わった勇敢な者が選ばれ、
それゆえに死ぬものも多いが生き残ったものは必ず将来黒田の中核を担う家臣になる、と説明した。
要するに将来を期待されたエリートによる少数精鋭部隊なのである。
「で、なぜ本陣におるはずの犬千代が此処に来る。 勝手に戦列を離れては咎めを受けるであろう」
「はい、しかし、もうきた、よです」
官兵衛が言い終わると同時に、高らかな馬の駆ける音とともに「わーーーーかーーーーとーーーーのーーーー!!!!」と叫ぶ声が近づいてくる。
伏兵として偽装してまで居場所を隠しているというのを知らないのか、大声で、おそらく憲長をだろう、呼んでいる。
憲長は渋面を作って、片手で頭を抑えた。 浅野側に声が届いたらなんとする…
憲長は渋面を作って、片手で頭を抑えた。 浅野側に声が届いたらなんとする…
「いーーーずーーーこーーーにーーーおーーーらーーーれーーーまーーーすーーーっ!! 利信が参りましたーーー!!」
「何者ですか。 お味方のようではありますが」
「前田又佐衛門利信…俺は犬千代と呼んでおる。 俺の乳兄弟で、若干齢16にして黒田随一の槍の使い手だ」
「はあ…で、叫びながら通り過ぎて行きましたね」
鹿嶋と憲長がそのようなやり取りをする間に、騎馬武者は四方八方によく通る大声を撒き散らしながら憲長たちの
伏せている陣地の前を通過し、速度を落とさず疾走して行った。
伏せている陣地の前を通過し、速度を落とさず疾走して行った。
「葛益…呼び戻して来い。 浅野の方へ行かれて討ち死にしても困る」
「御意にて」
1分後、馬にどうやって追いついたのか不明だが、前田犬千代は葛益によって呼び止められ引き返して来た。
犬千代は朱塗りの槍を手に、背に大太刀を背負ったなかなかの丈夫である。 顔はやや幼いが、体格からはとても16歳に見えない。
着ている漆黒の甲冑は和式甲冑でいう南蛮胴具足にも似ていたが、肩当てや篭手、脛当てなども
西洋式フルプレートメイルに似たデザインになっている。
彼が背中の大太刀を下ろすと甲冑の背中部分に白い字で「大ふへんもの」と書かれていた。
にこやかな笑みを浮かべながら馬から下りてきた犬千代を、憲長は睨み付けた。
犬千代は朱塗りの槍を手に、背に大太刀を背負ったなかなかの丈夫である。 顔はやや幼いが、体格からはとても16歳に見えない。
着ている漆黒の甲冑は和式甲冑でいう南蛮胴具足にも似ていたが、肩当てや篭手、脛当てなども
西洋式フルプレートメイルに似たデザインになっている。
彼が背中の大太刀を下ろすと甲冑の背中部分に白い字で「大ふへんもの」と書かれていた。
にこやかな笑みを浮かべながら馬から下りてきた犬千代を、憲長は睨み付けた。
「若殿! この利信を若殿の初陣たるこの戦に、若殿の隊にて「先駆け」を任じくださいますよう、参上してございます!!」
先駆けとは突撃の際の最先頭に立って誰よりも先に敵陣へ突っ込む役を担う、言わば切り込み隊長である。
危険な任務であると同時に名誉も大きい。 が、憲長は冷たい口調で犬千代の要望を却下する。
危険な任務であると同時に名誉も大きい。 が、憲長は冷たい口調で犬千代の要望を却下する。
「ならぬ。 咎めを受けぬうちにはよう父上の本陣へ戻れ。 咎めを受けても父上には後で俺から取り成してやる」
その声は厳しく彼の要望を受け入れる余地などどこにもないといった風であった。
犬千代の表情が硬くなり、うっと言葉に詰まる。 自分の行動は軍律違反だからである。
既に戦の直前であり、事前の計画通りに全軍が動いている。 個人の勝手なわがままなど通るものではない。
しかし、犬千代は頑として引き下がらない。 がば、と両手を地面に付き、頭をこすり付けるようにして懇願してくる。
犬千代の表情が硬くなり、うっと言葉に詰まる。 自分の行動は軍律違反だからである。
既に戦の直前であり、事前の計画通りに全軍が動いている。 個人の勝手なわがままなど通るものではない。
しかし、犬千代は頑として引き下がらない。 がば、と両手を地面に付き、頭をこすり付けるようにして懇願してくる。
「なにとぞ、なにとぞどうか! 利信を若殿の側で働かせてください! 此度の出陣、若殿は家中のものではなく、
この者らのみを手勢として戦われるよし、あまりにも無情にございまする! 若殿は家臣よりもこの得体の知れぬ者どもを
信用なさるおつもりですか!? この利長さえも、信用できぬ、お役に立てぬとお考えでございましょうか!
後生でございます、利長が今この戦で若殿のために槍働きができぬと申されるならば、いったいこの先、
いや、若殿が黒田の大将となられた後も、どうして若殿のためにお仕えできましょうか!
若殿が黒田家中のものをお使いになさらないならば、どうして我らが若殿に付いていきますでしょうや!」
この者らのみを手勢として戦われるよし、あまりにも無情にございまする! 若殿は家臣よりもこの得体の知れぬ者どもを
信用なさるおつもりですか!? この利長さえも、信用できぬ、お役に立てぬとお考えでございましょうか!
後生でございます、利長が今この戦で若殿のために槍働きができぬと申されるならば、いったいこの先、
いや、若殿が黒田の大将となられた後も、どうして若殿のためにお仕えできましょうか!
若殿が黒田家中のものをお使いになさらないならば、どうして我らが若殿に付いていきますでしょうや!」
ふむ、と憲長は頷いた。 佐野たちは憲長と家来の間での事らしいので様子は見ているものの黙っている。
「連れてってやればいいんじゃないか?」という呟きがどこかから聞こえた。
「連れてってやればいいんじゃないか?」という呟きがどこかから聞こえた。
「まあ、お主の言うこともっともである」
憲長のその言葉に犬千代が顔を上げる。
その表情は明るく喜びに満ちていた、が憲長の表情は変わらない。
犬千代の表情が再度硬直した。 そして宣長は彼に厳しく冷たい口調のままで続けた。
その表情は明るく喜びに満ちていた、が憲長の表情は変わらない。
犬千代の表情が再度硬直した。 そして宣長は彼に厳しく冷たい口調のままで続けた。
「そういう事であれば戦の始まる前に申し出て置くものだ、うつけめ。 全く…ええい、もうすぐ浅野の前衛とわれらの本隊が戦端を開くであろう。
今から戻ってもどうせ間に合わぬし、お主を処罰しておる時間も無いわ」
今から戻ってもどうせ間に合わぬし、お主を処罰しておる時間も無いわ」
「は…!」
「好きにせい。 付いてくるのは勝手だ。 功を上げれば罪と相殺にしてやる」
そう言うと憲長は犬千代に背を向け、90式戦車の方へ歩き出した。
一瞬伊庭がちらりと見たその横顔は、わが意を得たり、というような満足そうな笑みを浮かべている。
犬千代は「ありがたき幸せに存知まする! 若殿のために存分にこの力を奮いますゆえに!」等と感涙にむせび泣きながら叫んでいた。
美しい主君と家臣のやりとりの場面だなあ?、などと小川は冗談めかして呟くが、矢野はうかない顔をしている。
伊庭はどうした?と声をかけた。
一瞬伊庭がちらりと見たその横顔は、わが意を得たり、というような満足そうな笑みを浮かべている。
犬千代は「ありがたき幸せに存知まする! 若殿のために存分にこの力を奮いますゆえに!」等と感涙にむせび泣きながら叫んでいた。
美しい主君と家臣のやりとりの場面だなあ?、などと小川は冗談めかして呟くが、矢野はうかない顔をしている。
伊庭はどうした?と声をかけた。
「いえ…柴田権六朗、て俺たちの歴史の柴田権六つまり勝家と名前が似ているし、前田又佐衛門にしたって、犬千代とくれば前田利家だなって」
「はあ? 柴田とか前田とかってのがどうしたよ」
小川は何をよくわからない事を、という表情をしている。
矢野は、いえね、と慌ててわかりやすく説明を始めた。
矢野は、いえね、と慌ててわかりやすく説明を始めた。
「柴田勝家と前田利家って言うのは、織田信長の家臣なんですよ」
「織田信長…ホトトギスは殺せっていった武将がどうしたよ」
小川の歴史知識はその程度であるらしい。
伊庭も似たり寄ったりで、織田信長といえば鉄砲を集中運用したり本能寺の変で死んだという歴史教科書に乗っている程度でしかない。
が、矢野は多少詳しいようで、歴史上の人物を共通する色々と奇妙な点を見つけたことを言い出していた。
伊庭も似たり寄ったりで、織田信長といえば鉄砲を集中運用したり本能寺の変で死んだという歴史教科書に乗っている程度でしかない。
が、矢野は多少詳しいようで、歴史上の人物を共通する色々と奇妙な点を見つけたことを言い出していた。
「この地域は緒張…織田信長がいたのは尾張、現在の愛知県です。 で、ここの領主が黒田。 黒田上総介憲長と
織田上総介信長ってなんか名前が似てると思いませんか? 加えて幼名がお互い吉法師、です」
織田上総介信長ってなんか名前が似てると思いませんか? 加えて幼名がお互い吉法師、です」
伊庭、小川がそれぞれ「あっ!」「うん?」と呟く。
「それじゃあ何か、俺たちの目の前にいるのは織田信長ってことか?」
「それも違う気が…名前や地名だけでなく暦とかも俺たちの歴史と全然違うみたいですし、鎧の形とか食い物とか微妙に日本のものじゃないでしょう?
言葉もなんか俺たちの現代日本語がそこそこ通じてますし、昔の日本語って時代劇で聞くようなのじゃなくもっと違ったはずなんですよ」
言葉もなんか俺たちの現代日本語がそこそこ通じてますし、昔の日本語って時代劇で聞くようなのじゃなくもっと違ったはずなんですよ」
伊庭もだんだんと考え始める。 確かにここは日本に似ている世界で、日本で言う戦国時代に近い状態であるようだ。
全く日本と同じでないからタイムスリップで昔の日本に来ている訳では無さそうだし、違うところも多い。
人物に関してもそうだ…さっき犬千代の背中に書かれていた「大ふへん者」という文字だが、伊庭は漫画でしか
しらないが本来それは利家ではなく前田慶次(利益)の方ではなかったろうか?
だがもしここが日本に近い姿をした別の世界で、黒田憲長が織田信長に相当する人間なのなら、いま黒田と
一緒に戦っている自分たちは、織田の鉄砲隊ということになるのだろうか?
いや、鉄砲隊というより戦車隊になっている気がするが。
全く日本と同じでないからタイムスリップで昔の日本に来ている訳では無さそうだし、違うところも多い。
人物に関してもそうだ…さっき犬千代の背中に書かれていた「大ふへん者」という文字だが、伊庭は漫画でしか
しらないが本来それは利家ではなく前田慶次(利益)の方ではなかったろうか?
だがもしここが日本に近い姿をした別の世界で、黒田憲長が織田信長に相当する人間なのなら、いま黒田と
一緒に戦っている自分たちは、織田の鉄砲隊ということになるのだろうか?
いや、鉄砲隊というより戦車隊になっている気がするが。
「あと、滝川葛益も滝川一益なら、彼は忍者の出身っていう説があるし、官兵衛の元の名前もジョスイ…
如水=官兵衛ならそれは竹中半兵衛とならんで織田軍の軍師と呼ばれる黒田官兵衛だ。
でもこの時期黒田官兵衛は織田に仕えてないし如水と名乗るのはずっと後だし…」
如水=官兵衛ならそれは竹中半兵衛とならんで織田軍の軍師と呼ばれる黒田官兵衛だ。
でもこの時期黒田官兵衛は織田に仕えてないし如水と名乗るのはずっと後だし…」
「知るかよ、そんなことまで。 どっちにしろここは俺たちの世界と違うんだ、全部が同じってわけはねえよ」
なおも腕組みして考え続ける矢野に対して小川は不得意な分野なので既に気にするのを放棄しているようだ。
確かにそうだ、似ているとはいえ違う部分も多いこの世界では、仮に憲長が織田信長だったとしても、
これからの彼の行動や人生がそのまま織田信長になるわけではない。
ただ、この世界の奇妙さが増しただけだ。 それでも伊庭は、気になる点がまだ残っているような気がした。
黒田の旗指物に描かれている家紋もだ。 織田信長の家紋を伊庭はよく覚えていないが、戦車に付けよと
言われて渡された旗指物に描かれているのは、桔梗の花をモチーフにした5枚弁の家紋である。
この家紋は、どことなく自衛隊の桜マークにも似ている気がしてくるのである。
確かにそうだ、似ているとはいえ違う部分も多いこの世界では、仮に憲長が織田信長だったとしても、
これからの彼の行動や人生がそのまま織田信長になるわけではない。
ただ、この世界の奇妙さが増しただけだ。 それでも伊庭は、気になる点がまだ残っているような気がした。
黒田の旗指物に描かれている家紋もだ。 織田信長の家紋を伊庭はよく覚えていないが、戦車に付けよと
言われて渡された旗指物に描かれているのは、桔梗の花をモチーフにした5枚弁の家紋である。
この家紋は、どことなく自衛隊の桜マークにも似ている気がしてくるのである。
「そういえば、マギは決定的に違う点だな…離れた人間と会話したり人が近づくのを察知したりというのは超能力か?
いや、俺たちの世界にも科学的に証明されて無いだけで実在するかもしれないが」
いや、俺たちの世界にも科学的に証明されて無いだけで実在するかもしれないが」
他にも、伊庭はまだ見たことは無いが業隷武という自動で動く機械のような存在がある事についても考えた。
少なくとも戦国時代、中世期の日本に自動機械の類は無かったような気がする。
からくり人形などはあった様だが…機械が作れるということは、案外この世界は自分たちの日本の戦国時代よりも科学が発展しているのだろうか?
少なくとも戦国時代、中世期の日本に自動機械の類は無かったような気がする。
からくり人形などはあった様だが…機械が作れるということは、案外この世界は自分たちの日本の戦国時代よりも科学が発展しているのだろうか?
ならば、燃料や弾薬の精製、製造は可能にならないのだろうか?
今の状況は物資がとても足りているとはいえない。 遅かれ早かれ戦車も小銃も使えなくなる時が来るだろう。
現地で作れる、再現できるものがあるなら、手段を探してみることも必要ではないのだろうか。
伊庭がそのような思案を始めていたとき、遠くのほうからほら貝を吹くような音が聞こえてきた。
今の状況は物資がとても足りているとはいえない。 遅かれ早かれ戦車も小銃も使えなくなる時が来るだろう。
現地で作れる、再現できるものがあるなら、手段を探してみることも必要ではないのだろうか。
伊庭がそのような思案を始めていたとき、遠くのほうからほら貝を吹くような音が聞こえてきた。
「始まったようだ。 本隊と浅野がまずは様子見にひと合戦といったところか。 さて、黒田の一番槍は誰になったか」
憲長が戦車の砲塔の上に立ち、本陣の方向を見る。 此処からでは旗が動くのみで戦場の詳細な様子はわからない。
佐野と鹿嶋はそれぞれ戦車隊と偵察隊に全員乗車、戦闘準備を命じた。
佐野と鹿嶋はそれぞれ戦車隊と偵察隊に全員乗車、戦闘準備を命じた。
急いで車体を上り、ハッチに飛び込もうとする佐野に憲長が声をかける。
「まだ焦らずとも良いぞ、突撃の時期は本隊よりマギか伝令で指示が来る」
「は、全車、エンジンはまだかけるな」
伊庭達も自分らの班の偵察警戒車に戻る。
乗り込む前、ふと伊庭はポーチからマガジンを取り出して89式小銃に装てんした。
上から、小川の声が降ってくる。
乗り込む前、ふと伊庭はポーチからマガジンを取り出して89式小銃に装てんした。
上から、小川の声が降ってくる。
「まだ早いからな、安全装置はかけとけよ」
伊庭は、無言で頷いてから車内に入りハッチを閉めた。