戦争はまず、矢を射掛け合うことから始まる。 「いくさ」の語源でもある。
フソウでは伊庭たちの日本に似た、和弓も使われていたが、弩(クロスボウ)も普及している。
足を引っ掛け、腕と背筋を使って弦をひくヘビィクロスボウのような物ではなく、
腕の力だけでひけるライトクロスボウに分類される程度のものだったが威力・射程・命中精度は弓をしのぐ。
陣の前に一列に並んだ置き楯で相手の矢を避けながら、指揮官の騎乗した武士の号令一下、一斉に数十の太矢が敵陣へと放たれる。
多くは置き楯に突き刺さり、一部が運の悪い敵射手の体に深く突き刺さる。
距離にして80間前後(150mほど)の距離を離れていても、足軽程度の身に着ける量産品の胴鎧などはやすやすと貫く威力である。
やがて、残りの矢が少なくなった頃合を見て、槍隊が槍襖の隊形で正面から、騎馬隊(徒歩の従者を引き連れた歩兵支援部隊で、
騎兵単独で突入やかく乱を行う機動戦力とは別)が側面を援護しながら突撃を行う。
これがフソウ国のほぼ基本的な戦争の形態だ。
そして、突撃を開始した浅野勢を防御体勢の黒田勢が迎え撃つ。
槍と槍、馬と馬が激突し、遠距離戦から近接戦へと移行した戦場は双方の雄叫びと血しぶきで狂乱の絵図となった。
フソウでは伊庭たちの日本に似た、和弓も使われていたが、弩(クロスボウ)も普及している。
足を引っ掛け、腕と背筋を使って弦をひくヘビィクロスボウのような物ではなく、
腕の力だけでひけるライトクロスボウに分類される程度のものだったが威力・射程・命中精度は弓をしのぐ。
陣の前に一列に並んだ置き楯で相手の矢を避けながら、指揮官の騎乗した武士の号令一下、一斉に数十の太矢が敵陣へと放たれる。
多くは置き楯に突き刺さり、一部が運の悪い敵射手の体に深く突き刺さる。
距離にして80間前後(150mほど)の距離を離れていても、足軽程度の身に着ける量産品の胴鎧などはやすやすと貫く威力である。
やがて、残りの矢が少なくなった頃合を見て、槍隊が槍襖の隊形で正面から、騎馬隊(徒歩の従者を引き連れた歩兵支援部隊で、
騎兵単独で突入やかく乱を行う機動戦力とは別)が側面を援護しながら突撃を行う。
これがフソウ国のほぼ基本的な戦争の形態だ。
そして、突撃を開始した浅野勢を防御体勢の黒田勢が迎え撃つ。
槍と槍、馬と馬が激突し、遠距離戦から近接戦へと移行した戦場は双方の雄叫びと血しぶきで狂乱の絵図となった。
平野部に面した杉林の中に、一本だけ突き抜けて高い、樹齢が900年にも及ぶだろうという古杉がある。
その天辺にのぼればこの辺り一帯を見通すことができるが、その高さまで上れるのは猿か天狗だけだ。
今、そのまっすぐな杉の木のはるかな天辺に鳥の顔を模した”面”を付けた一匹の天狗が止まって戦場を見渡している。
面の形状からしてカラス天狗と呼ばれる階位に属する個体のようだった。
面は、天狗の社会で身分を表す道具であり、公式な場所や外界では必ず身につける。
この辺りで黒田と浅野の戦が始まって以来、彼は暇さえあればこうして人間たちの戦を見物していた。
俗世、人間たちの事に関わるべからず、自らの領土たる山を離れるべからず、天狗の年寄りたちはそういう昔からの戒律にとかく煩い。
だが、人間たちが天狗の領土を侵すような事態になりそうな時は別で、監視や警告のために斥候を人里に遣わすことになっていた。
このカラス天狗もそうした一匹である。
その天辺にのぼればこの辺り一帯を見通すことができるが、その高さまで上れるのは猿か天狗だけだ。
今、そのまっすぐな杉の木のはるかな天辺に鳥の顔を模した”面”を付けた一匹の天狗が止まって戦場を見渡している。
面の形状からしてカラス天狗と呼ばれる階位に属する個体のようだった。
面は、天狗の社会で身分を表す道具であり、公式な場所や外界では必ず身につける。
この辺りで黒田と浅野の戦が始まって以来、彼は暇さえあればこうして人間たちの戦を見物していた。
俗世、人間たちの事に関わるべからず、自らの領土たる山を離れるべからず、天狗の年寄りたちはそういう昔からの戒律にとかく煩い。
だが、人間たちが天狗の領土を侵すような事態になりそうな時は別で、監視や警告のために斥候を人里に遣わすことになっていた。
このカラス天狗もそうした一匹である。
よく、飽きもせず同種同族で殺し合いが出来るものだ、天狗の言葉でそう独り言を言いながら、カラス天狗は
杉の木の上で器用に胡坐をかき高下駄の鼻緒を直しながら、刀と槍と鎧と旗のひしめき合う戦場を見下ろした。
天狗たちは人の前に出るとき、人間の目に付くような場所に出向く時に人間たちの山伏・修験者と呼ばれる者たちの
姿形を真似る決まりがあったが、これは大昔、人間と積極的に接触を持とうとしなかった天狗たちが唯一目にする
機会のあった、山の奥深くまで進入してくる人間、山伏たちの格好を見てこれが人間たちの着る衣服のスタンダートだと思い、そのまま真似たためである。
人間と天狗は外見の容姿が違うところも多くあり、身体機能や能力にも差があるため人間は天狗を恐れていた。
故 に、天狗たちは人間と接触する時に彼らを必要以上に驚かせることの無い様にと、せめて着ている物
ぐらいは同じにして、それほど違いの無い話の通じる存在だ、と人間が安心できるよう配慮したつもりだった。
が、この装束が人間の中でも一部しか着ない物だと知った今は単なる天狗にとっての習慣と化している。
杉の木の上で器用に胡坐をかき高下駄の鼻緒を直しながら、刀と槍と鎧と旗のひしめき合う戦場を見下ろした。
天狗たちは人の前に出るとき、人間の目に付くような場所に出向く時に人間たちの山伏・修験者と呼ばれる者たちの
姿形を真似る決まりがあったが、これは大昔、人間と積極的に接触を持とうとしなかった天狗たちが唯一目にする
機会のあった、山の奥深くまで進入してくる人間、山伏たちの格好を見てこれが人間たちの着る衣服のスタンダートだと思い、そのまま真似たためである。
人間と天狗は外見の容姿が違うところも多くあり、身体機能や能力にも差があるため人間は天狗を恐れていた。
故 に、天狗たちは人間と接触する時に彼らを必要以上に驚かせることの無い様にと、せめて着ている物
ぐらいは同じにして、それほど違いの無い話の通じる存在だ、と人間が安心できるよう配慮したつもりだった。
が、この装束が人間の中でも一部しか着ない物だと知った今は単なる天狗にとっての習慣と化している。
このカラス天狗は比較的若い固体で山を降りた外界というものに強い好奇心を持っていたため、斥候役に
志願したのだが、彼にとって実際に目にした「実物の人間世界」というものは、暇さえあれば人間同士の
縄張りを巡った殺し合いに終始している印象しかなく、酷くつまらない物に見えた。
天狗にも領土意識はあり、同族以外が自分たちの領土に近づくのを忌避するが、自分から異種族の領分に
侵入してこれを奪いたいとか、必要以上に他者を攻撃して殺害したいというような概念が天狗という種族には殆ど無い。
そもそも天狗は自分たちの領土以外には無関心で、これを侵すということもその必要性もない。
他の山に棲む同族の天狗たちと殺しあうことも、一般的に想像の範疇外だし理解できない行為だ。
人間が入って来れないような険しい山奥という狭い領土しか持たない天狗からみれば、人間たちは天狗より
広い領土を持っているのにそれらを互いに奪わなければならないほど困窮しているのか?とさえ思える。
もっとも、天狗は種族として個体数が少ない上に異種族どころか同族とも住む山が異なれば接触の機会も少ない
故に、領土の狭さ貧しさに困るということも他所から奪い取るということも発生しないだけなのかも知れ無いが…
志願したのだが、彼にとって実際に目にした「実物の人間世界」というものは、暇さえあれば人間同士の
縄張りを巡った殺し合いに終始している印象しかなく、酷くつまらない物に見えた。
天狗にも領土意識はあり、同族以外が自分たちの領土に近づくのを忌避するが、自分から異種族の領分に
侵入してこれを奪いたいとか、必要以上に他者を攻撃して殺害したいというような概念が天狗という種族には殆ど無い。
そもそも天狗は自分たちの領土以外には無関心で、これを侵すということもその必要性もない。
他の山に棲む同族の天狗たちと殺しあうことも、一般的に想像の範疇外だし理解できない行為だ。
人間が入って来れないような険しい山奥という狭い領土しか持たない天狗からみれば、人間たちは天狗より
広い領土を持っているのにそれらを互いに奪わなければならないほど困窮しているのか?とさえ思える。
もっとも、天狗は種族として個体数が少ない上に異種族どころか同族とも住む山が異なれば接触の機会も少ない
故に、領土の狭さ貧しさに困るということも他所から奪い取るということも発生しないだけなのかも知れ無いが…
とりあえず、このカラス天狗にとっては人間の戦争はもう見飽きていた。
人間の戦争がお互いの武器を相手の体に突き刺したり切りつけたりといった天狗から見れば単純すぎる
原始的な方法でしか行わないのもそうだ。
天狗同士で戦(それこそ滅多に行わないが)をするなら、突風を起こして相手を吹き飛ばしたり、無数の石礫を
飛ばしあったり、幻術を使って惑わしたりと、派手かつ多彩な攻撃で相手を翻弄しつつ、相手の戦法、手の内を読んで
目論見を崩し、裏をかき、追い込み、あるいは逆転し…とにかく高度な駆け引きを行うものだ。
なのに人間ときたら、頭数ばかりは天狗より遥かに多いくせに、そろいもそろって押し合いへし合いの戦しかしない。
そして最後には押し負けた方が散り散りになって逃げてゆく。 戦の理由からして理解不能だが、何が楽しいのかカラス天狗にはさっぱりわからない。
戦の後に得たものといえば、倒した敵の切り取った頭のみ。
頭を切り取ってその数に一喜一憂しているなんて、赤鬼と同じくらい野蛮だ。 ひょっとすると人間とは知能も
赤鬼か、よくて青鬼と同程度なのかもしれない。
人間の戦争がお互いの武器を相手の体に突き刺したり切りつけたりといった天狗から見れば単純すぎる
原始的な方法でしか行わないのもそうだ。
天狗同士で戦(それこそ滅多に行わないが)をするなら、突風を起こして相手を吹き飛ばしたり、無数の石礫を
飛ばしあったり、幻術を使って惑わしたりと、派手かつ多彩な攻撃で相手を翻弄しつつ、相手の戦法、手の内を読んで
目論見を崩し、裏をかき、追い込み、あるいは逆転し…とにかく高度な駆け引きを行うものだ。
なのに人間ときたら、頭数ばかりは天狗より遥かに多いくせに、そろいもそろって押し合いへし合いの戦しかしない。
そして最後には押し負けた方が散り散りになって逃げてゆく。 戦の理由からして理解不能だが、何が楽しいのかカラス天狗にはさっぱりわからない。
戦の後に得たものといえば、倒した敵の切り取った頭のみ。
頭を切り取ってその数に一喜一憂しているなんて、赤鬼と同じくらい野蛮だ。 ひょっとすると人間とは知能も
赤鬼か、よくて青鬼と同程度なのかもしれない。
案外、人間の世界というものは思っていたよりもつまらない、カラス天狗が思わず面を外しつつ欠伸をしかけた
とき、彼の鼻に今までかいだことの無い臭気が漂ってきた。
物が燃える臭いに似ているが、何を燃やしているのか、酷く異質な臭いである。
彼は戦場を見回し、付け直した面の額に人差し指と中指をあて、念を集中させる。
千里眼と呼ばれる望遠レンズのような機能を果たす術を起動させて、臭いの元と思しき物を探した。
すると、戦場の端のほうの草むらから何かが動き出し始めているのを見つけた。
順風耳(集音マイクの様な術)も用いて音を聞くと、獣のうなり声にも似たこれまた異様な音と共に、動き出した
箱型で草木をくくりつけた物体が煤のような息を尻から盛んに吹いているのが見て取れた。
訝しげに見ているとひとつ、ふたつ、みっつ…とその物体はそこに潜んでいたのか、草むらから次々と現れて、
戦争をしている人間たちの群れのほうへとその鈍重そうな外見には見合わない足の速さで進んで行くではないか。
いったい、あれは何なのか。 人間たちがつまらない戦争に飽きて、一風変わったものでも拵えたのだろうか?
興味深げにカラス天狗がその物体…(知る由も無いことだったが、自衛隊の戦車である)たちを観察していると、
やがて彼は人里に降りてきて以来で最も驚愕する光景を目にすることになった。
とき、彼の鼻に今までかいだことの無い臭気が漂ってきた。
物が燃える臭いに似ているが、何を燃やしているのか、酷く異質な臭いである。
彼は戦場を見回し、付け直した面の額に人差し指と中指をあて、念を集中させる。
千里眼と呼ばれる望遠レンズのような機能を果たす術を起動させて、臭いの元と思しき物を探した。
すると、戦場の端のほうの草むらから何かが動き出し始めているのを見つけた。
順風耳(集音マイクの様な術)も用いて音を聞くと、獣のうなり声にも似たこれまた異様な音と共に、動き出した
箱型で草木をくくりつけた物体が煤のような息を尻から盛んに吹いているのが見て取れた。
訝しげに見ているとひとつ、ふたつ、みっつ…とその物体はそこに潜んでいたのか、草むらから次々と現れて、
戦争をしている人間たちの群れのほうへとその鈍重そうな外見には見合わない足の速さで進んで行くではないか。
いったい、あれは何なのか。 人間たちがつまらない戦争に飽きて、一風変わったものでも拵えたのだろうか?
興味深げにカラス天狗がその物体…(知る由も無いことだったが、自衛隊の戦車である)たちを観察していると、
やがて彼は人里に降りてきて以来で最も驚愕する光景を目にすることになった。
「全車、横列隊形で前進、あと200前進で躍進射撃、発砲は指揮車両に合わせ」
「ハクバ1了解」
「ハクバ2、了解」
草を踏み均し、泥を跳ね上げ、猛然と進撃する90式戦車と74式戦車。 合計5両。
そしてその両脇を警戒する位置に、やや後ろに付いて2両の偵察警戒車。
指揮車両である90式戦車のやや後ろに、置いていかれまいと必死に馬を走らせる前田又佐衛門利信こと犬千代。
戦車のハッチを開け、黒田憲長が上半身を出し後ろを振り向いて犬千代に声をかける。
そしてその両脇を警戒する位置に、やや後ろに付いて2両の偵察警戒車。
指揮車両である90式戦車のやや後ろに、置いていかれまいと必死に馬を走らせる前田又佐衛門利信こと犬千代。
戦車のハッチを開け、黒田憲長が上半身を出し後ろを振り向いて犬千代に声をかける。
「犬千代! 遅れていまいなー!?」
「はーっ!」
戦車のエンジン音と走行音がうるさいので、やりとりは大声で交わす事になる。
それでもかなりの大声でなければ、騒音にかき消されてなかなか会話が通じなかった。
それでもかなりの大声でなければ、騒音にかき消されてなかなか会話が通じなかった。
「やはりお主もこれに乗れば良かったのではないかー?」
「いえ、我が愛馬松風、名だたる名馬なれば『せんしゃ』ごときには走りで負けませぬゆえー!!」
犬千代は槍を振って答えるが、ここに来るまでに既に戦場を駆け回された当の”松風”は既に苦しそうである。
戦車の荒地走破性はやはり、この時代の軍用馬を軽く凌駕するようで、馬(松風)も騎手(犬千代)も、
ともすれば引き離されそうになるのを必死で追いかけていた。
戦車隊が進む方向、浅野の陣列では突如側面から現れた異様な物体、戦車の出現で浮き足立ちつつも、
槍足軽の一隊をこちらに急いで方向転換させようとしている光景が見て取れる。
戦車に黒田の旗印が括り付けられているのも、浅野は認識したことだろう。
戦車の荒地走破性はやはり、この時代の軍用馬を軽く凌駕するようで、馬(松風)も騎手(犬千代)も、
ともすれば引き離されそうになるのを必死で追いかけていた。
戦車隊が進む方向、浅野の陣列では突如側面から現れた異様な物体、戦車の出現で浮き足立ちつつも、
槍足軽の一隊をこちらに急いで方向転換させようとしている光景が見て取れる。
戦車に黒田の旗印が括り付けられているのも、浅野は認識したことだろう。
「小隊集中射撃、榴弾、正面300、歩兵、てっ!!」
3門の120ミリ砲と2門の105ミリ砲が連続して轟音と炎の塊を放ち、1秒とおかず浅野の槍隊およそ30名は
HAET-MP(砲弾の名称・種別。 多目的榴弾のこと)の炸裂と土煙の中に飲み込まれた。
煙が晴れたとき、そこに立って生きているものは一人としていない。
そしてその瞬間、戦場を戦車の駆動音以外の全ての音が、沈黙した。
浅野、黒田両方の陣営が戦うのを中断し、あっけに取られて戦車隊の方向を見つめている。
90式戦車のハッチから体の半分を出している憲長も、馬上の犬千代も、呆けたような表情で前方…千々に
吹き飛んだ浅野の槍隊(の残骸)を見つめている。
はは、と憲長の口元から乾いた笑い声が漏れた。
HAET-MP(砲弾の名称・種別。 多目的榴弾のこと)の炸裂と土煙の中に飲み込まれた。
煙が晴れたとき、そこに立って生きているものは一人としていない。
そしてその瞬間、戦場を戦車の駆動音以外の全ての音が、沈黙した。
浅野、黒田両方の陣営が戦うのを中断し、あっけに取られて戦車隊の方向を見つめている。
90式戦車のハッチから体の半分を出している憲長も、馬上の犬千代も、呆けたような表情で前方…千々に
吹き飛んだ浅野の槍隊(の残骸)を見つめている。
はは、と憲長の口元から乾いた笑い声が漏れた。
「これはいい! これでは戦にならん! 一方的な蹂躙だ! 犬千代! この戦、早くも勝ったぞ! 佐野、このまま予定通り本陣に突撃しようぞ!!」
戦車砲のあまりの威力、その衝撃の大きさにやや狂乱気味に興奮している憲長を他所に、車長用砲操作パネルの
照準器ごしに「効果」を確認した佐野は苦々しげな表情をしていた。
たかが歩兵一個小隊に、やりすぎてしまった感が拭えない。
だが、初撃で相手にできるだけ大きなインパクトを与えておくことが事前の構想だった。
敵、浅野にせよ味方、黒田にせよ前者には恐怖を、後者には自分たちの戦力価値を印象付けておかなくてはならない。
敵にはこちらが脅威と見なされるようにすれば、戦うことを選ばないか、少し戦うだけで退散してくれる可能性が広がる。
味方には自分たちを高く評価させ、今後交渉や要望を通す時の材料にできるかもしれない。
そのためにも、この戦闘で佐野たちは自分たちの力を双方に見せ付けた上で勝利しなくてはならないのだ。
鹿嶋3尉とも話した時は威嚇程度の攻撃でも充分か、と提案がでたが、威嚇が通用する相手ならば、自分たちは部下を失うことは無かったのだ。
佐野は、この世界に迷い込んで始めての交戦、自衛のために発砲したその日以来、内面を大きく変貌させていた。
それほどに、彼が受けた衝撃は大きかった。
刀と槍、弓が主な武装であるこの世界の人間に比べ、佐野達が有している自衛隊の装備は小銃にせよ戦車にせよ、
時代の差が大きすぎてまるで勝負にならないほどの力の差がある。
しかしどれほど力を保有しようとも、こちらに行使する気がなければ、相手はこちらを舐めてかかってくる。
その結果、部下が殺傷される。 命を落とす。 異郷の地で、置かれた状況も帰る方法もわからないまま。
出来ることなら、自分たちがいたあの日本に帰りたい。 帰れないまま迷い子となって死んでいくのは嫌だ。
生きて帰りたい…
照準器ごしに「効果」を確認した佐野は苦々しげな表情をしていた。
たかが歩兵一個小隊に、やりすぎてしまった感が拭えない。
だが、初撃で相手にできるだけ大きなインパクトを与えておくことが事前の構想だった。
敵、浅野にせよ味方、黒田にせよ前者には恐怖を、後者には自分たちの戦力価値を印象付けておかなくてはならない。
敵にはこちらが脅威と見なされるようにすれば、戦うことを選ばないか、少し戦うだけで退散してくれる可能性が広がる。
味方には自分たちを高く評価させ、今後交渉や要望を通す時の材料にできるかもしれない。
そのためにも、この戦闘で佐野たちは自分たちの力を双方に見せ付けた上で勝利しなくてはならないのだ。
鹿嶋3尉とも話した時は威嚇程度の攻撃でも充分か、と提案がでたが、威嚇が通用する相手ならば、自分たちは部下を失うことは無かったのだ。
佐野は、この世界に迷い込んで始めての交戦、自衛のために発砲したその日以来、内面を大きく変貌させていた。
それほどに、彼が受けた衝撃は大きかった。
刀と槍、弓が主な武装であるこの世界の人間に比べ、佐野達が有している自衛隊の装備は小銃にせよ戦車にせよ、
時代の差が大きすぎてまるで勝負にならないほどの力の差がある。
しかしどれほど力を保有しようとも、こちらに行使する気がなければ、相手はこちらを舐めてかかってくる。
その結果、部下が殺傷される。 命を落とす。 異郷の地で、置かれた状況も帰る方法もわからないまま。
出来ることなら、自分たちがいたあの日本に帰りたい。 帰れないまま迷い子となって死んでいくのは嫌だ。
生きて帰りたい…
ならば、どうしたら良いのか。 部下も襲ってくる敵も、なるべく死なせないためにはどうしたらよいのか。
敵を自衛のためとはいえ、殺さないようにするには、敵が、こちらを攻撃したいと思わなくなるようにはどうしたらいいのか。
この世界の軍隊が、何百人何千人で襲ってきても、自分たちには叶わないと、手を出してはいけない相手だと思わせるには、どうしたらいいのか。
自分たちの力を、圧倒的な力を持っていることを、知らしめてやるしかない。
自分より強い相手に好んで喧嘩を売ってこようとする馬鹿はそうそういない。
そうすれば、自分たちを敵に回したいと思う相手は少なくなり、上手くいけば、敵も自分たちも死傷する人間が結果的に減るかもしれない。
今日の殺戮が、明日の殺戮を阻止する抑止力になるかもしれない、という思いだ。
当面の味方である黒田は自分たちを戦争に利用しようとするだろうが、佐野は憲長ならば短絡的に自分たちに
直接敵を殺せと命令するような使い方はしないだろうと考えている。
戦車隊の力を背景に、可能な限り戦わずに相手を降伏させる戦い方を選ぶに違いない。
憲長にその発想が無くても、佐野がそう教えればいい。
そう、佐野は憲長に教えたいことが幾つもあった。 多くのことを教えたいと思っていた。
近代軍制、戦術、戦史、政治における軍事のあり方、あるいは、近代日本をモデルにした社会制度のあり方や
社会整備…黒田憲長がこの世界の織田信長となりうる器ならば、それは歴史に名を残す偉大な人物に成長する可能性を内包しているかも知れないのだ。
そして、自分が憲長に関わることで、憲長はどのような影響を受け、どこまで成長してゆくのか…?
佐野は日本に帰りたいと思うと同時に、自分が「織田信長」を作るかもしれないという思いにも強く囚われ始めていた。
敵を自衛のためとはいえ、殺さないようにするには、敵が、こちらを攻撃したいと思わなくなるようにはどうしたらいいのか。
この世界の軍隊が、何百人何千人で襲ってきても、自分たちには叶わないと、手を出してはいけない相手だと思わせるには、どうしたらいいのか。
自分たちの力を、圧倒的な力を持っていることを、知らしめてやるしかない。
自分より強い相手に好んで喧嘩を売ってこようとする馬鹿はそうそういない。
そうすれば、自分たちを敵に回したいと思う相手は少なくなり、上手くいけば、敵も自分たちも死傷する人間が結果的に減るかもしれない。
今日の殺戮が、明日の殺戮を阻止する抑止力になるかもしれない、という思いだ。
当面の味方である黒田は自分たちを戦争に利用しようとするだろうが、佐野は憲長ならば短絡的に自分たちに
直接敵を殺せと命令するような使い方はしないだろうと考えている。
戦車隊の力を背景に、可能な限り戦わずに相手を降伏させる戦い方を選ぶに違いない。
憲長にその発想が無くても、佐野がそう教えればいい。
そう、佐野は憲長に教えたいことが幾つもあった。 多くのことを教えたいと思っていた。
近代軍制、戦術、戦史、政治における軍事のあり方、あるいは、近代日本をモデルにした社会制度のあり方や
社会整備…黒田憲長がこの世界の織田信長となりうる器ならば、それは歴史に名を残す偉大な人物に成長する可能性を内包しているかも知れないのだ。
そして、自分が憲長に関わることで、憲長はどのような影響を受け、どこまで成長してゆくのか…?
佐野は日本に帰りたいと思うと同時に、自分が「織田信長」を作るかもしれないという思いにも強く囚われ始めていた。
戦車の異様さと砲の威力、轟音に度肝を抜かれた浅野勢は陣形を乱し、一部が武器を拾うのも忘れて逃げ惑うが、
残りの半数以上は陣形を立て直そうと指示を飛ばす指揮官らしき騎馬武者の下に集まり、槍を揃えて防御体制を取ろうと動き始めている。
これだけ力を見せ付けても、部隊の中枢は士気を失わない。
中々に統制された軍団と言えるかもしれなかったが、どちらかと言えば蛮勇、あるいは戦車という未知の
ものに対する理解力の無さだと佐野は解釈した。
残りの半数以上は陣形を立て直そうと指示を飛ばす指揮官らしき騎馬武者の下に集まり、槍を揃えて防御体制を取ろうと動き始めている。
これだけ力を見せ付けても、部隊の中枢は士気を失わない。
中々に統制された軍団と言えるかもしれなかったが、どちらかと言えば蛮勇、あるいは戦車という未知の
ものに対する理解力の無さだと佐野は解釈した。
「各個撃破、車長の判断で攻撃せよ」
佐野は指示を切り替えた。
指揮車両の左右の90式から機銃の曳光弾が槍隊に吸い込まれてゆき、彼らは藁束が倒れるようになぎ倒される。
74式や偵察警戒車も集まりだす浅野の小部隊にめいめいに砲撃を行う。
相手はほぼ歩兵のみ…車載機関銃で充分制圧可能だし、砲を使うより効率的だ。
しかし、機銃は手持ちの弾丸の割合が少なかった。
12.7ミリも、戦車競技会では競技項目に無かったため、下ろしていたので、ここには無い。
あらかじめ部隊の全員に申し渡し何度も徹底して確認しているが、砲弾も銃弾も使いすぎると戦車で轢き殺すしか攻撃手段が無くなってしまう。
これからの戦いは、常にできるだけ消耗を防ぐ短期決戦にならざるを得ない。
移動するのにも限りある燃料を消耗するだけに、戦車用トランスポーターの代用を見つける事も考えなければいけない、そう実感した。
指揮車両の左右の90式から機銃の曳光弾が槍隊に吸い込まれてゆき、彼らは藁束が倒れるようになぎ倒される。
74式や偵察警戒車も集まりだす浅野の小部隊にめいめいに砲撃を行う。
相手はほぼ歩兵のみ…車載機関銃で充分制圧可能だし、砲を使うより効率的だ。
しかし、機銃は手持ちの弾丸の割合が少なかった。
12.7ミリも、戦車競技会では競技項目に無かったため、下ろしていたので、ここには無い。
あらかじめ部隊の全員に申し渡し何度も徹底して確認しているが、砲弾も銃弾も使いすぎると戦車で轢き殺すしか攻撃手段が無くなってしまう。
これからの戦いは、常にできるだけ消耗を防ぐ短期決戦にならざるを得ない。
移動するのにも限りある燃料を消耗するだけに、戦車用トランスポーターの代用を見つける事も考えなければいけない、そう実感した。
機銃音と砲声を轟かせ、戦車隊はいくつかの槍と騎馬武者の陣列を踏み潰してひたすらに進撃した。
やがて、前方にきらびやかな旗指物が見えてくる。
やがて、前方にきらびやかな旗指物が見えてくる。
「佐野っ!! 浅野の本陣の旗が見えたぞ!!」
「危険ですからハッチを閉めててください!」
佐野は憲長が叫んではじめて、今更ながら彼がハッチから体を外に出したままなのに気が付いて仰天した。
未来の織田信長の可能性を秘めた少年が流れ矢に当たって戦死でもしたらと気が気では無い。
言っているそばから果敢に戦車に挑もうとする浅野の弩兵たちが隊列を組んで進み出て、弓先を車上の憲長に向ける。
放たれたうちの数本が90式戦車の砲塔に当たって跳ね返った。
が、高揚している憲長は意にかえさない。
未来の織田信長の可能性を秘めた少年が流れ矢に当たって戦死でもしたらと気が気では無い。
言っているそばから果敢に戦車に挑もうとする浅野の弩兵たちが隊列を組んで進み出て、弓先を車上の憲長に向ける。
放たれたうちの数本が90式戦車の砲塔に当たって跳ね返った。
が、高揚している憲長は意にかえさない。
「小癪な! 佐野、蹴散らしてしまえ!」
しかし佐野は意図的に無視した。 操縦手にインカムで指示を出して、進行方向を変えてかわさせる。
心の中で、砲手席に座らせている憲長に、機銃や砲の操作の仕方を教えていなくて良かったと思う。
目たらやったらに勝手に撃ちまくられたら、たまったものでは無い…。
代わりに憲長の指示に従ったのは犬千代だった。
犬千代は愛馬に拍車を入れて戦車の前に出ると、右手に槍、左手に背中から抜き放った大太刀を構えて
駆け抜けざまに弩兵3名を血祭りに上げ、うち1名を槍で胴鎧ごと刺し貫いて空中に放り投げた。
槍を持つのは片腕であり、加えて馬上、常識を外れた膂力である。
心の中で、砲手席に座らせている憲長に、機銃や砲の操作の仕方を教えていなくて良かったと思う。
目たらやったらに勝手に撃ちまくられたら、たまったものでは無い…。
代わりに憲長の指示に従ったのは犬千代だった。
犬千代は愛馬に拍車を入れて戦車の前に出ると、右手に槍、左手に背中から抜き放った大太刀を構えて
駆け抜けざまに弩兵3名を血祭りに上げ、うち1名を槍で胴鎧ごと刺し貫いて空中に放り投げた。
槍を持つのは片腕であり、加えて馬上、常識を外れた膂力である。
「前田又佐衛門利信ここにあり!! 我こそはと思わんものは前に出よーーーーっ!!」
高らかに名乗りを上げ、背を向ける弩隊の隊列を二つに割って、代わって前進してきた槍隊の形成する槍襖の中に突っ込んでゆく。
十数の穂先が犬千代を刺し貫くと思った刹那、大太刀が穂先を一振りの元になぎ払い、馬をぶつけるようにして
足軽の隊列に飛び込むと、槍で突き、叩き、追い散らして戦車に遅れを取った分を取り返すかのように、獅子奮迅の働きを見せた。
十数の穂先が犬千代を刺し貫くと思った刹那、大太刀が穂先を一振りの元になぎ払い、馬をぶつけるようにして
足軽の隊列に飛び込むと、槍で突き、叩き、追い散らして戦車に遅れを取った分を取り返すかのように、獅子奮迅の働きを見せた。
「おうおう、犬千代は水を得た魚だのう!」
「…戦車が要りませんな、あれでは」
感嘆と賞賛に満ちた声の憲長と対照的に、佐野は半分 呆れていた。
犬千代の個人の戦闘能力は並外れたものだが、所詮 どこまでも個人の技量に寄った戦い方だ。
味方の誰もが犬千代のように、単騎で敵の小隊を 翻弄できるくらい強ければ、戦争に苦労は無い。
味方を支援し突入の糸口を開くための、戦線に打ち込む楔としては有効かも知れないが、近世以降の戦争の形態にはそぐわない。
犬千代の個人の戦闘能力は並外れたものだが、所詮 どこまでも個人の技量に寄った戦い方だ。
味方の誰もが犬千代のように、単騎で敵の小隊を 翻弄できるくらい強ければ、戦争に苦労は無い。
味方を支援し突入の糸口を開くための、戦線に打ち込む楔としては有効かも知れないが、近世以降の戦争の形態にはそぐわない。
「いや、我々も同じか」
佐野は小さく呟いた。 戦車を駆る自分たちもまた、この世界の文明レベルからすれば明らかなオーバーテクノロジー
である装備の火力に頼って、今戦っている。
憲長との取引と、どうにもならない成り行きによって黒田に与しているが、自分たちがいる事によって黒田勢そのものが強くなったわけではない。
浅野勢の正面を受け持っている黒田勢本隊は依然として、前からの黒田勢なのである。
である装備の火力に頼って、今戦っている。
憲長との取引と、どうにもならない成り行きによって黒田に与しているが、自分たちがいる事によって黒田勢そのものが強くなったわけではない。
浅野勢の正面を受け持っている黒田勢本隊は依然として、前からの黒田勢なのである。
『ハクバ3より指揮車両へ、浅野の騎兵部隊、左より接近』
車列の側面に配置した偵察警戒車から通信が入る。
正面攻撃に回っていた騎馬隊(機動部隊)が、本陣の危機とみて取って返してきたのだろう。
さらに、反対側からやや少数ながら同様に騎兵部隊が突撃してくると通信が入った。
佐野はハッチから身を乗り出して確認する。 隣で憲長が、「あれは浅野本陣の備えの隊(予備戦力)だろう」と推測した。
正面攻撃に回っていた騎馬隊(機動部隊)が、本陣の危機とみて取って返してきたのだろう。
さらに、反対側からやや少数ながら同様に騎兵部隊が突撃してくると通信が入った。
佐野はハッチから身を乗り出して確認する。 隣で憲長が、「あれは浅野本陣の備えの隊(予備戦力)だろう」と推測した。
「このまま目前の本陣に突入を仕掛けましょう、進路をさえぎられると、大将に逃げられる恐れがあります。 突破力では戦車の敵じゃありません」
『全車両、1時方向の敵本陣に突撃! 突入後、偵察隊は下車戦闘用意』