75 :<平成日本召喚>:2010/03/18(木) 00:34:21 ID:Zt8xpDxk0
○第二次メクレンブルク事変>編11 1/4
――1
スィムラ砦での善行中隊戦闘団の交戦が始まった頃。
その上部組織である第1独立装甲連隊の本部のあるヤマシロ駐屯地は蜂の巣を突いた様な状況へと陥っていた。
バンレンバン地方が襲撃を受けたのだ。
空からの。
それは、<大協約>第14軍団の誇る選抜竜挺隊による奇襲攻撃であった。
選抜竜挺隊。
正式には選抜竜騎挺身隊と呼ばれる部隊は、帝國軍が幾度か実施した空挺作戦にヒントを得て編制された奇襲部隊だった。
名前の通り、歩兵部隊から選抜した選りすぐりの将兵がかき集められた、精鋭部隊だ。
その選抜竜挺隊だが、ワイバーンやワイバーンロードに直接乗り込んでいる訳ではない。
ワイバーンロード2頭に曳かせた飛竜船と云う、一種の飛行船に乗っていた。
1隻辺り、50人も。
操作員名を含む52名の定員なのだ、この飛竜船は。
言ってしまえば、平成日本最大のヘリコプターたるCH-47系のヘリコプターに匹敵する規模の経空移動手段なのだ。
無論、ヘリと違って垂直離着陸は不可能であるが、その変わりに、とんでもないアドバンテージを持っている。
速度、そして航続性能だ。
飛竜船は、飛行船の様な純粋な科学技術によってではなく魔道技術の力も利用して浮いているお陰で、
空気抵抗にも余り悩まされる事が無い。
そのお陰だった。
牽引するワイバーンロードの速力、そのほぼ8割にも達する速度で飛べるのだ。
時速400km以上。
一般的なヘリよりも極めて優速である。
そして航続能力。
こちらは2頭での牽引のお陰で、ワイバーンロードの航続距離をほぼ踏襲できている。
その距離、実に1000km。
輸送機などと比較すれば物足りぬ距離ではあるが、垂直離着陸機の航続性能と考えれば、破格と評しても強ち間違いでは無いだろう。
この他、防御力を牽引するワイバーンロードの防護結界に頼る事で、魔道基幹部以外は単純な構造にする事が出来た為、解体して地上を運ぶ事も容易。
そしてもう1つ。
ワイバーンロードは空を飛べるが、地を歩けぬ訳ではない。
これは、奇襲兵器としては凶悪極まりない利点であった。
例えば100kmの距離。
地上の距離としては中々の距離だ。
だが、この飛竜船であれば、たった15分で到達しえる距離でしかないのだ。
15分で何が出来るであろうか。
探知に必要な時間。
命令を発するのに必要な時間。
命令を伝達するのに必要な時間。
命令を受けて動き出すのに必要な時間。
その全てを行うには足りな過ぎる時間であった。
それは、この世界最精鋭戦力である<大協約>軍にせよ、ネットワーク化の進んだ自衛隊にしても同様であった。
平成日本、航空自衛隊は決して防空警戒に手は抜いていなかった。
貴重なE-2Cも2機、持ち込んでいる。
更には移動式3次元レーダー装置、J/TPS-102も2セット持ち込んでいる。
本来は3機、3セットを持ち込みたかったが、日本本土のが不安定――未知の場所に突然に放り出されたのだ。
そんな状況で本土の防備を削れる訳も無く、故に、このメクレンブルクへと持ち込まれる機材も、極々必要最小限に、
抑えられる事となっていたのだ。
76 :<平成日本召喚>:2010/03/18(木) 00:37:40 ID:Zt8xpDxk0
○第二次メクレンブルク事変>編11 2/4
そして今。
E-2Cは航空部隊に連動して動いていた。
今回F-2部隊は、敵の領土内へと侵攻し爆撃を行うのだ。
その安全の為に万全を期すのは当然だろう。
故に、メクレンブルク領内に残されたのはJ/TPS-102のみだった。
J/TPS-102は、移動式の3次元レーダーとしてはなかなかの性能を誇る装備であった。
元々が固定レーダーサイトの補完、或いはサブシステムとしての代替手段として整備されているのだから、当然の話だろう。
が、問題が1つあった。
レーダーレンジの問題だ。
基本的に、敵の航空部隊の侵攻対応として整備されているこのシステムは、低空を侵入してくる敵を発見する事を、不得手としているのだ。
コレは或いは、純粋に物理的な問題とも言えるだろう。
特に遠距離の低空は。
直線的に飛ぶレーダー波は、見通し距離の問題で、遠距離ともなると低空を察知しきれないのだ。
本来、これを補う意味でも空中哨戒手段であるE-2Cが持ち込まれていたのだが、前述の通り、航空部隊に随伴している。
この為、低空から接近してきた飛竜船を遠距離で探知する事に失敗したのだった。
それ故の奇襲であった。
バレンバン地方の旧帝國駐屯地へ進出していたのは、第4中隊戦闘団であった。
第11普通科連隊第4中隊を中核に、戦車小隊その他の部隊を編入する事で生み出された諸兵科連合は、
非常にバランスの取れた部隊である。
そして指揮官もベテランの、伊藤 昭芳一尉が就いていた。
派手さは無いが老獪にして堅実な用兵を行う、防御戦闘に定評のある指揮官であった。
そのベテランの伊藤一尉が、かつての旧帝國駐屯地の跡地を利用して作り出したバレンバン宿営地は、
ベテラン指揮官らしい執拗さを持って作り上げられていた。
見晴らしの良い場所である為、全周への警戒が可能な様に幾つもの塹壕、トーチカが在り合わせの建材で、
複雑に入り組んで作り上げられていた。
その規模、水準は宿営地と云うよりも野戦陣地、或いは野戦要塞とでも呼ぶべき見事なモノであった。
コレは1つに伊藤一尉の性癖と共に、重要では有るが僻地と言って良い場所へと派遣された事によって、
第4中隊戦闘団の兵員の規律が弛まぬ様にとの判断であった。
重要では有るが、敵と交戦する可能性は低い。
逆に言えば常に待機を命じられている様なものなのである。
この状況で如何に緊張感を維持するか。
その回答が、この要塞化されたバレンバン宿営地であった。
一部、施設科から機材を融通してもらい、ほぼ全てを地下化しているのだから徹底している。
極一部の、数値で人をはかる類の人間からは伊藤の道楽――砂遊びと酷評されたソレは、宿営地としては常識外。
野戦陣地としても規格外。
ある意味で陸上自衛隊の野戦陣地構築技術の結晶であった。
最盛期のソ連式重師団であっても、簡単に突破させない、蹂躙されないモノであったのだ。
只問題は、相手はソ連式重師団では無かった事。
<大協約>第14軍団 選抜竜挺隊、ワイバーンロードによって空を往く、ファンタジーの空挺部隊だ。
これが致命的な問題であった。
77 :<平成日本召喚>:2010/03/18(木) 00:38:13 ID:Zt8xpDxk0
○第二次メクレンブルク事変>編11 3/4
基本的に野戦相手。
対空は、どちらかと言えば隠蔽による被発見率を下げる事で標的とされない様に考えられていた。
一応、防空部隊として87式自走高射機関砲と93式近距離地対空誘導弾の2個小隊が付けられており、
又、定数以上に91式携帯対空誘導弾を持ち込んでいた。
ある意味で、理想的な野戦陣地。
だが、相手が悪すぎた。
否。
想定外であり過ぎたのだ、3桁ものワイバーンロードの攻撃と云うものは。
そしてその3桁ものワイバーンロードに支援された2000名もの歩兵の攻撃と云うものも又、想定外であった。
最初は小集団のワイバーンロードの飛来だった。
伊藤は当初、コレを偵察と判断し攻撃を行わない予定であったが、運悪く、油田の調査を行っていた小部隊が発見されてしまったのだ。
1個分隊に護られた、官民共同での地質学調査チーム。
襲い掛かったのは、3騎のワイバーンロード。
支援しないと云う選択肢は無かった。
伊藤は即、予備隊に出動を下命。
同時に貴重な87式高射機関砲へも、随伴を命じた。
装軌部隊に随伴し、対地対空に強力な火力の傘を提供できる本車輌は、第4中隊戦闘団にとって極めて貴重――
なにせ、第4中隊が装備する装軌装甲車が12.7mm重機関銃を主武装とする73式装甲車なのだ。
87式高射機関砲の有する35mm砲の価値はとてつもなく高い。
それを2両、躊躇無く出す辺りが伊藤のモノ惜しみしない性分を現していた。
そして同時に、予備隊の行動開始と共に、中隊戦闘団の総員に戦闘配置を下命していた。
この時点で、伊藤はワイバーンロードとの交戦は想定していた。
相手も戦時の偵察であり、そして自身は予備隊に撃破ではなく調査隊の回収を命じていたのだから、
当然の如く追尾され、この陣地へと来るだろうとも。
「まっ、来ないのこした事は無いんだがね」
目を細めて、頭を撫でながら笑う伊藤。
それに苦言を呈する人も居る。
副中隊長の、青田二尉だ。
「来ない筈が無いですよ。彼らはやる気ですから」
メクレンブルク領内全域で、何度も偵察と思しきワイバーンが発見されているのだ。
可能な限りはは撃墜していたが、その尽くをとは言えない状況なのだ。
であれば、戦力が発見された、この場所へと偵察、或いは威力偵察が来る可能性は高い。と言う青田。
青田は若手で、仕事熱心な好青年だが、何故か自衛官と云うよりも実業家的な雰囲気を持っている為、
何とは無く、中小企業の経営者のボヤキ染みていた。
伊藤は、青田の肩を叩いて笑う。
「南の方じゃゼンギョウくんの戦闘団が派手にやってるらしいから、コッチに戦力を回せ無い可能性もあるよ」
「ですかね」
朗らかな伊藤も、苦笑する青田も、来ないなんて事は無いと判断している。
だからこその会話。
無駄に緊張しない為の。
78 :<平成日本召喚>:2010/03/18(木) 00:39:02 ID:Zt8xpDxk0
○第二次メクレンブルク事変>編11 4/4
そして今。
連隊、或いは軽旅団規模との交戦状態となっていた。
最初は陣地の中央、中枢部に設けられたヘリコプターの着陸スポットへと強行着陸をしようとした飛竜船も居たが、
伊藤の命じた後先考えない火力投射によって、4隻がワイバーンロードや搭乗員諸共に粉砕されてからは、
第4中隊戦闘団の持つ最大の直射火力――87式自走高射機関砲の35mmの射程外、約5キロ先に着陸し、
戦力を展開させ、戦列を組んで攻撃を仕掛けて来ていた。
手馴れた動きだった。
だが、そこは問題ではない。
問題は、上空を乱舞するワイバーンロードの群れだった。
既に30騎を超える数、打ち落とす事に成功していたが、それ以上の撃破は困難になりつつあった。
87式自走高射機関砲や93式近距離地対空誘導弾は高性能高威力ではあるが、大量の敵に近接されてしまっては、
対応も困難なものとなってしまうのだ。
特にレーダーその他、高価な火気管制照準システムを揃え自動化機械化されている87式自走高射機関砲は、
まだ何とかなっていたが、93式近距離地対空誘導弾は、その照準を人間が実行する関係もあって、
この様な、陣地直上を抑えられては、如何ともしがたい部分があった。
ミサイルの発射によって、場所を特定されると、即、ワイバーンロードの火球が降り注いでくるのだ。
そうなっては、非装甲の93式近距離地対空誘導弾にとっては辛すぎる状況である。
既に、2両が撃破されていた。
87式自走高射機関砲は、それなりの装甲がある為、まだ撃破された車輌は無かったが、それでも1両は、
火球の直撃でレーダーシステムが故障してしまっていた。
だが残る車輌も、弾薬の底が見えてきた為、自衛以外の積極戦闘を停止する命令が出ていた。
空は、<大協約>航空部隊のものであった。
無論、精鋭揃いの第11普通科連隊の隊員達だ。
黙ってやられてはいない。
隙を狙っては個人携帯の91式個人携帯地対空誘導弾を塹壕から放ってはいるが、流石に残る60を超える
ワイバーンロードを無力化出来る程には持ち込んでいないのだ。
ある意味で焼け石に水状態だった。
更には、飛竜船から歩兵砲が展開し、陣地への砲撃を初めては、対処も困難と云うものであった。
第5中隊戦闘団地下司令壕。
神経の細かい者であれば錯乱してしまいそうな程の振動が続く中、その支配者である伊藤の表情には、まだ余裕があった。
「まっ、ソ連の連中はもっと酷かったモンさ」
「ソレは想定ですって」
思わず突っ込む青田。
それを伊藤は笑って流す。
「いや、2師の第3普連で遅滞戦闘の演習やったが、酷かったモンよ。空爆で分単位で小隊がとけるわ、
毎分ダース単位で戦車砲が飛んでわとな……」
「ですから、それは演習ですって」
「そうそう。だからアオタくん、演習より現実の方が簡単って事さ。肩の力を抜いて行こうや」
空から叩かれてはいて、重軽傷者が少なからず出ているが死者は出ていない。
そもそもとして、陣地機能自体も喪われてはいない。
ある意味で、ワイバーンロードの火球にせよ、<大協約>側の歩兵砲にせよ、威力が低すぎるのだ。
陸上自衛隊が想定している敵に比べて。
「敵いませんね」
自分が緊張していたのを見抜かれていた。
その事を恥じる前に、青田は頭を下げた。
「なぁ~に、年の功よ」
伊藤は笑っていた。
○第二次メクレンブルク事変>編11 1/4
――1
スィムラ砦での善行中隊戦闘団の交戦が始まった頃。
その上部組織である第1独立装甲連隊の本部のあるヤマシロ駐屯地は蜂の巣を突いた様な状況へと陥っていた。
バンレンバン地方が襲撃を受けたのだ。
空からの。
それは、<大協約>第14軍団の誇る選抜竜挺隊による奇襲攻撃であった。
選抜竜挺隊。
正式には選抜竜騎挺身隊と呼ばれる部隊は、帝國軍が幾度か実施した空挺作戦にヒントを得て編制された奇襲部隊だった。
名前の通り、歩兵部隊から選抜した選りすぐりの将兵がかき集められた、精鋭部隊だ。
その選抜竜挺隊だが、ワイバーンやワイバーンロードに直接乗り込んでいる訳ではない。
ワイバーンロード2頭に曳かせた飛竜船と云う、一種の飛行船に乗っていた。
1隻辺り、50人も。
操作員名を含む52名の定員なのだ、この飛竜船は。
言ってしまえば、平成日本最大のヘリコプターたるCH-47系のヘリコプターに匹敵する規模の経空移動手段なのだ。
無論、ヘリと違って垂直離着陸は不可能であるが、その変わりに、とんでもないアドバンテージを持っている。
速度、そして航続性能だ。
飛竜船は、飛行船の様な純粋な科学技術によってではなく魔道技術の力も利用して浮いているお陰で、
空気抵抗にも余り悩まされる事が無い。
そのお陰だった。
牽引するワイバーンロードの速力、そのほぼ8割にも達する速度で飛べるのだ。
時速400km以上。
一般的なヘリよりも極めて優速である。
そして航続能力。
こちらは2頭での牽引のお陰で、ワイバーンロードの航続距離をほぼ踏襲できている。
その距離、実に1000km。
輸送機などと比較すれば物足りぬ距離ではあるが、垂直離着陸機の航続性能と考えれば、破格と評しても強ち間違いでは無いだろう。
この他、防御力を牽引するワイバーンロードの防護結界に頼る事で、魔道基幹部以外は単純な構造にする事が出来た為、解体して地上を運ぶ事も容易。
そしてもう1つ。
ワイバーンロードは空を飛べるが、地を歩けぬ訳ではない。
これは、奇襲兵器としては凶悪極まりない利点であった。
例えば100kmの距離。
地上の距離としては中々の距離だ。
だが、この飛竜船であれば、たった15分で到達しえる距離でしかないのだ。
15分で何が出来るであろうか。
探知に必要な時間。
命令を発するのに必要な時間。
命令を伝達するのに必要な時間。
命令を受けて動き出すのに必要な時間。
その全てを行うには足りな過ぎる時間であった。
それは、この世界最精鋭戦力である<大協約>軍にせよ、ネットワーク化の進んだ自衛隊にしても同様であった。
平成日本、航空自衛隊は決して防空警戒に手は抜いていなかった。
貴重なE-2Cも2機、持ち込んでいる。
更には移動式3次元レーダー装置、J/TPS-102も2セット持ち込んでいる。
本来は3機、3セットを持ち込みたかったが、日本本土のが不安定――未知の場所に突然に放り出されたのだ。
そんな状況で本土の防備を削れる訳も無く、故に、このメクレンブルクへと持ち込まれる機材も、極々必要最小限に、
抑えられる事となっていたのだ。
76 :<平成日本召喚>:2010/03/18(木) 00:37:40 ID:Zt8xpDxk0
○第二次メクレンブルク事変>編11 2/4
そして今。
E-2Cは航空部隊に連動して動いていた。
今回F-2部隊は、敵の領土内へと侵攻し爆撃を行うのだ。
その安全の為に万全を期すのは当然だろう。
故に、メクレンブルク領内に残されたのはJ/TPS-102のみだった。
J/TPS-102は、移動式の3次元レーダーとしてはなかなかの性能を誇る装備であった。
元々が固定レーダーサイトの補完、或いはサブシステムとしての代替手段として整備されているのだから、当然の話だろう。
が、問題が1つあった。
レーダーレンジの問題だ。
基本的に、敵の航空部隊の侵攻対応として整備されているこのシステムは、低空を侵入してくる敵を発見する事を、不得手としているのだ。
コレは或いは、純粋に物理的な問題とも言えるだろう。
特に遠距離の低空は。
直線的に飛ぶレーダー波は、見通し距離の問題で、遠距離ともなると低空を察知しきれないのだ。
本来、これを補う意味でも空中哨戒手段であるE-2Cが持ち込まれていたのだが、前述の通り、航空部隊に随伴している。
この為、低空から接近してきた飛竜船を遠距離で探知する事に失敗したのだった。
それ故の奇襲であった。
バレンバン地方の旧帝國駐屯地へ進出していたのは、第4中隊戦闘団であった。
第11普通科連隊第4中隊を中核に、戦車小隊その他の部隊を編入する事で生み出された諸兵科連合は、
非常にバランスの取れた部隊である。
そして指揮官もベテランの、伊藤 昭芳一尉が就いていた。
派手さは無いが老獪にして堅実な用兵を行う、防御戦闘に定評のある指揮官であった。
そのベテランの伊藤一尉が、かつての旧帝國駐屯地の跡地を利用して作り出したバレンバン宿営地は、
ベテラン指揮官らしい執拗さを持って作り上げられていた。
見晴らしの良い場所である為、全周への警戒が可能な様に幾つもの塹壕、トーチカが在り合わせの建材で、
複雑に入り組んで作り上げられていた。
その規模、水準は宿営地と云うよりも野戦陣地、或いは野戦要塞とでも呼ぶべき見事なモノであった。
コレは1つに伊藤一尉の性癖と共に、重要では有るが僻地と言って良い場所へと派遣された事によって、
第4中隊戦闘団の兵員の規律が弛まぬ様にとの判断であった。
重要では有るが、敵と交戦する可能性は低い。
逆に言えば常に待機を命じられている様なものなのである。
この状況で如何に緊張感を維持するか。
その回答が、この要塞化されたバレンバン宿営地であった。
一部、施設科から機材を融通してもらい、ほぼ全てを地下化しているのだから徹底している。
極一部の、数値で人をはかる類の人間からは伊藤の道楽――砂遊びと酷評されたソレは、宿営地としては常識外。
野戦陣地としても規格外。
ある意味で陸上自衛隊の野戦陣地構築技術の結晶であった。
最盛期のソ連式重師団であっても、簡単に突破させない、蹂躙されないモノであったのだ。
只問題は、相手はソ連式重師団では無かった事。
<大協約>第14軍団 選抜竜挺隊、ワイバーンロードによって空を往く、ファンタジーの空挺部隊だ。
これが致命的な問題であった。
77 :<平成日本召喚>:2010/03/18(木) 00:38:13 ID:Zt8xpDxk0
○第二次メクレンブルク事変>編11 3/4
基本的に野戦相手。
対空は、どちらかと言えば隠蔽による被発見率を下げる事で標的とされない様に考えられていた。
一応、防空部隊として87式自走高射機関砲と93式近距離地対空誘導弾の2個小隊が付けられており、
又、定数以上に91式携帯対空誘導弾を持ち込んでいた。
ある意味で、理想的な野戦陣地。
だが、相手が悪すぎた。
否。
想定外であり過ぎたのだ、3桁ものワイバーンロードの攻撃と云うものは。
そしてその3桁ものワイバーンロードに支援された2000名もの歩兵の攻撃と云うものも又、想定外であった。
最初は小集団のワイバーンロードの飛来だった。
伊藤は当初、コレを偵察と判断し攻撃を行わない予定であったが、運悪く、油田の調査を行っていた小部隊が発見されてしまったのだ。
1個分隊に護られた、官民共同での地質学調査チーム。
襲い掛かったのは、3騎のワイバーンロード。
支援しないと云う選択肢は無かった。
伊藤は即、予備隊に出動を下命。
同時に貴重な87式高射機関砲へも、随伴を命じた。
装軌部隊に随伴し、対地対空に強力な火力の傘を提供できる本車輌は、第4中隊戦闘団にとって極めて貴重――
なにせ、第4中隊が装備する装軌装甲車が12.7mm重機関銃を主武装とする73式装甲車なのだ。
87式高射機関砲の有する35mm砲の価値はとてつもなく高い。
それを2両、躊躇無く出す辺りが伊藤のモノ惜しみしない性分を現していた。
そして同時に、予備隊の行動開始と共に、中隊戦闘団の総員に戦闘配置を下命していた。
この時点で、伊藤はワイバーンロードとの交戦は想定していた。
相手も戦時の偵察であり、そして自身は予備隊に撃破ではなく調査隊の回収を命じていたのだから、
当然の如く追尾され、この陣地へと来るだろうとも。
「まっ、来ないのこした事は無いんだがね」
目を細めて、頭を撫でながら笑う伊藤。
それに苦言を呈する人も居る。
副中隊長の、青田二尉だ。
「来ない筈が無いですよ。彼らはやる気ですから」
メクレンブルク領内全域で、何度も偵察と思しきワイバーンが発見されているのだ。
可能な限りはは撃墜していたが、その尽くをとは言えない状況なのだ。
であれば、戦力が発見された、この場所へと偵察、或いは威力偵察が来る可能性は高い。と言う青田。
青田は若手で、仕事熱心な好青年だが、何故か自衛官と云うよりも実業家的な雰囲気を持っている為、
何とは無く、中小企業の経営者のボヤキ染みていた。
伊藤は、青田の肩を叩いて笑う。
「南の方じゃゼンギョウくんの戦闘団が派手にやってるらしいから、コッチに戦力を回せ無い可能性もあるよ」
「ですかね」
朗らかな伊藤も、苦笑する青田も、来ないなんて事は無いと判断している。
だからこその会話。
無駄に緊張しない為の。
78 :<平成日本召喚>:2010/03/18(木) 00:39:02 ID:Zt8xpDxk0
○第二次メクレンブルク事変>編11 4/4
そして今。
連隊、或いは軽旅団規模との交戦状態となっていた。
最初は陣地の中央、中枢部に設けられたヘリコプターの着陸スポットへと強行着陸をしようとした飛竜船も居たが、
伊藤の命じた後先考えない火力投射によって、4隻がワイバーンロードや搭乗員諸共に粉砕されてからは、
第4中隊戦闘団の持つ最大の直射火力――87式自走高射機関砲の35mmの射程外、約5キロ先に着陸し、
戦力を展開させ、戦列を組んで攻撃を仕掛けて来ていた。
手馴れた動きだった。
だが、そこは問題ではない。
問題は、上空を乱舞するワイバーンロードの群れだった。
既に30騎を超える数、打ち落とす事に成功していたが、それ以上の撃破は困難になりつつあった。
87式自走高射機関砲や93式近距離地対空誘導弾は高性能高威力ではあるが、大量の敵に近接されてしまっては、
対応も困難なものとなってしまうのだ。
特にレーダーその他、高価な火気管制照準システムを揃え自動化機械化されている87式自走高射機関砲は、
まだ何とかなっていたが、93式近距離地対空誘導弾は、その照準を人間が実行する関係もあって、
この様な、陣地直上を抑えられては、如何ともしがたい部分があった。
ミサイルの発射によって、場所を特定されると、即、ワイバーンロードの火球が降り注いでくるのだ。
そうなっては、非装甲の93式近距離地対空誘導弾にとっては辛すぎる状況である。
既に、2両が撃破されていた。
87式自走高射機関砲は、それなりの装甲がある為、まだ撃破された車輌は無かったが、それでも1両は、
火球の直撃でレーダーシステムが故障してしまっていた。
だが残る車輌も、弾薬の底が見えてきた為、自衛以外の積極戦闘を停止する命令が出ていた。
空は、<大協約>航空部隊のものであった。
無論、精鋭揃いの第11普通科連隊の隊員達だ。
黙ってやられてはいない。
隙を狙っては個人携帯の91式個人携帯地対空誘導弾を塹壕から放ってはいるが、流石に残る60を超える
ワイバーンロードを無力化出来る程には持ち込んでいないのだ。
ある意味で焼け石に水状態だった。
更には、飛竜船から歩兵砲が展開し、陣地への砲撃を初めては、対処も困難と云うものであった。
第5中隊戦闘団地下司令壕。
神経の細かい者であれば錯乱してしまいそうな程の振動が続く中、その支配者である伊藤の表情には、まだ余裕があった。
「まっ、ソ連の連中はもっと酷かったモンさ」
「ソレは想定ですって」
思わず突っ込む青田。
それを伊藤は笑って流す。
「いや、2師の第3普連で遅滞戦闘の演習やったが、酷かったモンよ。空爆で分単位で小隊がとけるわ、
毎分ダース単位で戦車砲が飛んでわとな……」
「ですから、それは演習ですって」
「そうそう。だからアオタくん、演習より現実の方が簡単って事さ。肩の力を抜いて行こうや」
空から叩かれてはいて、重軽傷者が少なからず出ているが死者は出ていない。
そもそもとして、陣地機能自体も喪われてはいない。
ある意味で、ワイバーンロードの火球にせよ、<大協約>側の歩兵砲にせよ、威力が低すぎるのだ。
陸上自衛隊が想定している敵に比べて。
「敵いませんね」
自分が緊張していたのを見抜かれていた。
その事を恥じる前に、青田は頭を下げた。
「なぁ~に、年の功よ」
伊藤は笑っていた。