自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

皇国召喚 ~壬午の大転移~11

最終更新:

Turo428

- view
だれでも歓迎! 編集
    東大陸西海岸、ユラ神国の首都ユラの沖に3隻の軍艦が投錨し停泊していた。
    皇国軍の軽巡洋艦天龍と龍田、そして旗艦である木曾である。

    ユラ神国は東大陸に大きな影響力を持つ大国であり、ユラ神国との友好関係が
    結べれば、その後の東大陸諸国との外交も有利に進む可能性が高い。
    皇国の全権大使は、天皇の親書と東大内洋のリロ王国国王ミリスの親書を携え、ユラの宮殿へと向かった。


    宮殿はまさに荘厳としか言いようが無かった。
    ヴェルサイユ宮殿のような華やかさは無いが、広い宮殿の中は“場の空気”が荘厳なのだ。
    純白の壁面には様々な彫刻が施され、長い廊下には歴代の教皇の肖像画が飾られている。
    ここは大聖堂が併設され、毎年各国からのべ数百万人以上の巡礼者が訪れるのだという。

    全権大使は謁見の間に通される。
    ここは他にも況して荘厳な雰囲気が醸し出されている。

    「教皇聖下です」
    「聖下への御目通りが叶い、光栄の極みでございます」
    謁見の間の三段高い場所に置かれた、『教皇の椅子』と言われる
    煌びやかな椅子に座ったユラ神国の教皇、ユーリア50世。初老の男性だ。
    皇国の全権大使は片膝をつき頭を下げて礼をしたまま、教皇に感謝の言葉を言った。

    「皇国の全権大使殿、よく参られた。話を聞こう。面を上げよ」
    「はい。早速ですが、我が国の天皇陛下ならびにリロ王国の国王陛下からの親書を持参致しました。御覧下さい」
    全権大使が親書を侍従に渡すと、教皇がそれを受け取り、内容を読み始めた。

    「我が国と国交を結び、貿易を行いたいと?」
    「はい。ユラ神国は東大陸の中心。あらゆる物が集まる国と聞き及んでおります。
     豊かなユラ神国と通商を行う事で、両国の発展に大いなるものがあると信じます」
    「我が国は皇国に様々な物を与える事が出来よう。では、皇国は我等に何を与える?」
    「金や銀は勿論、高品質の絹や異界の珍しい品々……そして武力です」
    全権大使は“武力”という言葉を口にした。
    皇国が西大陸で散々見せ付けたものだ。

    「武力ならば足りている。これ以上は必要無い」
    「リンド王国を相手にしても十分でしょうか?」
    「……どういう意味かな?」
    「リア公国の件です」
    どのような返答が来るだろうか。
    全権大使は不安な気持ちを隠しつつ、淡々と述べた。

    一瞬、教皇は言葉に詰まったように見えたが、すぐに話しを続ける。
    「その問題は解決している」
    「彼等は、解決しているとは思っていないというのは聖下もご存知では?」
    「だが、それが即戦争に繋がるような問題ではなかろう」
    未解決の問題を巡って一々戦争を起していたら、世の中は戦争だらけになってしまう。

    「我々皇国と、リロ王国が掴んでいる情報を総合すると、彼等はやるつもりです。
     我が軍の偵察隊は、リンド王国陸海軍の戦争準備を確認しております」
    「というと、具体的に申してみよ」
    「飛竜陣地の構築、陸軍部隊の集結、戦列艦等への物資搬入等々です」
    全権大使は、会談の直前まで使って集めた情報を出した。
    巡洋艦に搭載された3機の水偵と少数の海兵隊で出来ることは限られていたが、
    それでも貴重な情報を収集する事が出来たのは幸運だったと言える。

    「そうか、そこまで掴んでいるのか……皇国は」
    「はい」
    ユラ神国も、勿論この動きは掴んでいた。
    数年前から続くリンド王国軍の戦力増強、リア公国へ向けたリンド王国の侵攻準備。
    “王領奪還”を目指しているのは明らかだろう。

    「では、皇国が提供可能な武力とは?」
    「陸海軍に航空戦力を加えて、10万名程」
    「10万だと? 10万の兵力を、大内洋を渡って派遣すると?」
    10万と言えば大軍だ。それを大内洋を渡って展開できるとなると、戦術の常識が覆される。

    「はい。皇国は既に軍の用意をしています。あと1週間程で到着するでしょう」
    「随分と準備が良いではないか」
    「皇国は、貴国に賭けました。今や貴国の敵は皇国の敵です」
    格好付けすぎたかな? と思いながら、全権大使は平然と言い放った。
    ユラ神国の敵は、即ち皇国の敵である!

    「皇国が一方的に、我が国を防衛するという事になるのか?」
    「はい。その見返りとして、貴国との通商、そして第三国との通商の際に貴国に協力をお願いしたいのです」

    少し考えると、教皇は全権大使を見つめて言った。
    「なるほど、良かろう。貴国と国交を結ぶよう、国務長官にも私から要請する」
    「ありがとうございます。聖下」

    教皇との会談の3日後、皇国とユラ神国は正式に国交を樹立し、軍事同盟を締結した。
    内容は、少し変更が加えられて“対等な軍事同盟”となった。
    皇国が一方的にユラ神国を護るだけでなく、ユラ神国も皇国を護るという事だ。

    即ち、
    『東大内洋以東において、両国のいずれかと、第3国が戦争に
     なった場合、もう一方に同盟国としての参戦の義務が生ずる』
    という事である。

    さらに4日後、皇国軍の陸海軍部隊がユラ沖に到着した。
    これは、交渉が失敗した時にユラ神国を恫喝するための戦力としても使用される予定だったが、
    ユラ神国との交渉が為ったため、本来の対リンド王国用の戦力として使用される事になったのだ。

    戦力は陸軍が2個歩兵師団5万5000(1個戦車連隊含む)、航空機が84機(九七式戦闘機24機、
    九七式重爆撃機24機、九九式襲撃機24機、九七式司令部偵察機4機、九八式直協偵察機8機)。

    海軍が正規空母2隻(3航戦の天城、赤城。搭載機は各艦零戦24+4機、九九式艦爆24+4機、九七式艦攻24+4機)、
    軽空母4隻(陸軍航空隊輸送用)、軽巡洋艦2隻、駆逐艦8隻の機動部隊と、
    軽巡洋艦2隻、駆逐艦12隻、輸送船48隻の陸軍輸送部隊、油槽艦12隻と弾薬補給艦2隻、給糧艦2隻の補給部隊。

    軍の規模は、西大陸に派遣した部隊の倍以上になる。
    また、海軍ではこの派遣部隊とは別に独立部隊として
    2個潜水隊(巡潜型潜水艦8隻)が東大陸西海岸付近で哨戒任務に就いている。


    出血大サービスである。
    東大陸でのユラ神国との同盟がどれ程重要か、皇国首脳が考えていたかが解る。
    絶対に勝って、ユラ神国に皇国の力を見せつけ、自陣営に取り込まなければならないのだ。

    また、この派遣軍は東大陸における皇国軍の中核となる。


    ユラ神国は、東西大陸の宗教上の中心地なのであるが、
    元世界のバチカンやメッカのように、世界各国から崇拝されているわけでもない。

    勿論、ユラ教を国教あるいは準国教としている国は多いのだが、全体から見ると半分に満たない。
    残りの半分以上は、ユラ教を特別扱いしていない。単に、数ある宗教の一つであって、ユラ神国が列強国なのは
    ユラ教が正しいからなどではなく、単に多くの貴族や騎士、商人から様々な寄進を受けているという事、西大陸との
    玄関口で海洋貿易で富を得ているという事、金や銀を豊富に産出する事、といった理由によるものと考えられている。

    東大陸の列強国でも、ユラ神国を快く思っていない国は存在する。
    表立って敵対はしないが、ユラ教皇と友好関係にない国だ。

    それらは心情的にリンド王国寄りの国々である。
    皇国がユラ神国と同盟しリンド王国と敵対すれば、リンド王国に有形無形の支援が行われる可能性がある。
    東大陸派遣軍は、それら国々への牽制も兼ねられている。

    皇国は何故、敵も多いユラ神国を重要視するのだろうか。
    ユラ神国が世界最大の宗教国家という理由は勿論大きい。多くの国と敵対するにしても、大義名分が立ちやすい。
    それに、敵も多いが味方も多い。
    ユラ神国側の国との交渉の際にユラ教皇のお墨付きがあれば、皇国が独自に交渉するよりも遥かに成功率が高まるだろう。

    ユラ神国と親交の深いヴィユム王国が東大陸随一の稲作地帯だという理由もあった。
    ヴィユム王国では、米が主に家畜の飼料として多くの国に輸出されている。
    米は小麦と比べて収穫率が高く、都合が良かったのだ。

    それを、皇国は輸入しようと考えている。
    ただ、ヴィユム王国で生産されている米はインディカ種であり、
    ジャポニカ種を主食とする皇国人の口に合うのかどうかが疑問視されていた。

    それに対して、政府は「官営食堂や学校給食で使用する」方針で調整している。
    前者は、官が率先して民の負担を引き受けるという態度を示すため。
    後者は、小学生程度であれば味の違う米でも適応可能だろうという理由によるものだ。
    どちらにせよ、短期間で大量の米を輸入する事は不可能なので、近い将来の課題ではあったが。


    このように、ユラ神国と良好な関係を築く事のメリットが大きいと判断されたのだ。

    リア公国は東大陸西海岸のほぼ中央に位置するユラ神国と北方の
    リンド王国の間に位置し、台形の国土の面積は皇国の東京都区部とほぼ等しい。

    首都は国土の中央よりやや南に位置する人口2万5000の都市ヴュカース。
    国土の大半は山脈で、人口は約20万であり、産業としては銅鉱山と岩塩鉱がある。
    国民の多くはこの鉱業労働者であり農民は少なく、食糧はユラ神国からの輸入で成り立っていた。

    50年前、リンド王国の王家の傍系であるリア公爵が、自領をユラ神国に寄進した。
    ユラ神国は、リア公爵領をリア公国として分離独立させ、現在に至っている。

    リンド王国は、10年間で大拡張した軍備を背景にリア公国に“領土の返還”を迫った。
    リア公国は実質ユラ神国の領土だったため、リア公国はユラ神国に通報した。

    ユラ神国としては、困った事になった。
    リア公国の鉱山は有用だが、だがリンド王国と戦争してまで護る必要があるのかと。
    今や東大陸随一の軍備を持つリンド王国と全面戦争になれば、ユラ神国は負ける可能性すらある。
    だが、“保護国”を護れなければユラ神国の“宗主国”としての面子に関わる。

    そこへ、手を差し伸べたのが皇国である。
    皇国が軍事力を提供し、リア公国の防衛とリンド王国への侵攻は
    皇国が担当するから、ユラ神国は自国の防衛だけを考えてくれれば良いと。

    “対等な軍事同盟”によって、ユラ神国はリンド王国からの最後通牒に対して強気に出られた。
    『ユラ神国もリア公国も、いかなる侵略者に対しても断固として戦う』と。


    「本来、この地はリンド王国のものであった。
     だが、50年前にユラ神国がこの地を分離独立させ、ユラの保護国とした。
     我等は、かつてのリンド王国王家の直轄領を奪還するための尖兵である。
     リア軍を排除し、ユラ軍が応戦に来るまで、リアの地を死守するのが我等連隊の役目である」

    リア公国に、リンド王国軍の歩兵連隊を中心とした軍が侵攻してきたのは早朝だった。

    リア公国軍の常備軍は歩兵中隊4個600人に、騎兵中隊1個120人、砲兵小隊1個40人に大砲4門。
    対するリンド王国軍の戦力は、戦列歩兵だけで1500人余。
    砲兵中隊1個200人、大砲16門に、騎兵中隊1個160人。

    事実として勝負にならない。
    1時間余りの戦闘で、リア公国は降伏した。

    「あとは、我々の増援とユラの増援のどちらが早く到着するかだ」
    「十中八九、我が軍の方が早く到着するでしょう。そうすれば砲兵連隊の増援もあります」

    連隊長はリンド軍の勝利を確信していたが、リア公国の上空3000mを
    九七式艦攻が飛行している事には、リンド軍の誰一人として気付いていなかった。


    日が天高く昇る頃、リンド王国の第二波、主力部隊がリア公国からユラ神国への国境に向けて進軍していた。
    だが、ユラ神国まであと3km(2マシル半)という所で思わぬ襲撃を受ける。

    「何だあれは、飛竜じゃないぞ!」
    「あれが何かは解らんが、とにかく物陰に隠れろ!」
    といっても、切り開かれた街道で物陰など殆ど無いのだが。

    襲撃者の正体は皇国東大陸派遣軍の海軍艦隊航空隊。
    零戦12機(60kg爆弾×2)、九九式艦爆12機(60kg爆弾×4)、九七式艦攻12機(60kg爆弾×6)の合計36機。
    合計144発の60kg爆弾によって、4列縦隊の行軍隊形は見るも無残に引き裂かれ、
    後方を進んでいた砲兵連隊の馬匹は死傷し、大砲もあらかた破壊されてしまった。

    爆弾を投下し終えた航空隊は、7.62mm機銃で残敵の掃討を始めた。
    マスケットで反撃を試みる者も居たが、当然命中などしない。
    殆どの兵士が、何が何やら解らぬまま逃げ惑うただの人と成り果てている。

    密集して行軍していたことが仇となり、リンド王国軍の隊列は殆ど壊滅し麻痺状態。
    5000人は居たリンド王国軍の将兵は、航空隊が引き上げる頃には3000人程度まで減っていた。
    大砲の殆ど全てと馬匹、小銃隊が壊滅した事で、もはや組織的な戦闘が行える状態ではなくなっている。

    皇国軍の航空隊が戦場を離れて10分程経つと、戦場に八九式軽戦車の中隊が現れた。
    20両の八九式軽戦車は、背後に歩兵連隊を引き連れ、先頭を進んでいる。

    「皇国軍か。西大陸では何やら派手に暴れたそうだが、東大陸ではそうはいかんぞ」
    命辛々、岩陰に隠れた旅団長はそう言うが、事実としてリンド王国軍に反撃能力は無い。
    小銃隊も砲兵隊も殆ど死傷しており、残っているのは連隊旗と鼓笛隊と輜重隊だけだと言って過言ではないのだ。
    その他の軍属や娼婦なども殆ど無傷ではあったが、彼等は勿論戦闘など出来ない。
    リア公国侵攻部隊で無傷なのは、後続の第三波部隊である騎兵隊のみである。

    「小銃隊、二列横隊に整列!」
    「連隊長、小銃隊はもう全滅です。我が中隊では、生き残りは十数名で……」
    「ではどうする、逃げ帰るのか?」
    「降伏しましょう。このまま敵に背を向けても、追い散らされるだけです」
    「ならば旅団長は、王の旗は何処だ!」
    「王の旗はあそこに。旅団長も無事です」
    「連隊旗はともかくとして、王の旗を奪われるわけにはいかん」
    「では、ここに踏み止まって徹底抗戦して時間を稼ぐしか……」
    「そうだ、だから残りの小銃隊を前へ。1分でもいいから旅団長を逃がす時間を稼ぐんだ」
    「了解です……!」

    連隊長の号令で、幸か不幸か殆ど無傷だった鼓笛隊が懸命に太鼓を打ち鳴らす。
    「小銃隊、装填!」
    二列横隊に整列した小銃隊は、弾薬を装填し、小型の戦竜のような鉄の箱が射程内に来るのを待った。


    「中隊、榴弾にて砲撃開始!」
    そこここでぱらぱらと整列するリンド王国軍の小銃隊の遥か手前で停止した戦車隊は、500mの距離から砲撃を開始した。
    撃ち出された榴弾は各所で炸裂し、そもそも数が少なかったリンド王国軍の小銃隊をさらに削っていく。

    戦車隊はじりじりと前進しつつ、後方部隊を射程に収める。
    逃げの態勢に入っていた輜重部隊の馬車列も、戦車隊の砲撃や銃撃によって
    列を引き裂かれ、馬はミンチになり、馬車も悉く破壊されていく。

    たまに、思い出したかのように小銃隊の反撃を受けるが、戦車の装甲をマスケットで何とかするのは難しい。
    突出した戦車隊はそのままリンド王国軍の後方に回り込み退路を塞ぎ、その後に歩兵隊が残敵の掃討を行う。

    軽機関銃や小銃の射程はリンド王国軍の倍以上あるのだが、
    皇国軍の歩兵隊は四方八方に逃げ散るリンド王国軍を捕捉するのに苦労している。

    殆ど個人単位で逃げるので、機関銃で纏めて掃射が出来ない。
    脇の藪の中からリンド兵が飛び出して来て皇国兵が致命傷を負うという事もあった。

    「敵の指揮官と軍旗はどこか!」
    下馬していた皇国軍歩兵連隊長が問うた。
    「連隊旗はあそこです……」
    副官が指差した先には、無残に捨てられた連隊旗が転がっていた。
    「敵の連隊旗を確保しろ。王旗もある筈だが……」
    「この辺りには、見当たりません……」
    「そうか、それは残念だが――」
    「連隊長、前方を進軍中の戦車中隊より報告。敵軍の王旗ならびに旅団長の身柄を確保との事です」
    通信兵の報告に、連隊長の周辺にいた将兵はおおっと喜びの声を上げた。
    「まだそこらの藪の中に潜んでいる敵兵がいるかも知れん。残敵を警戒しつつ、この辺りを掃除しろ。
     こちらの風習では死者は火葬だそうだから、遺体は燃やしてしまって構わん。制服と遺骨は丁重に葬れ」
    「はっ! 第1中隊は歩哨に就け。第2中隊は遺体を集めろ、第3中隊は――!」
    大隊長が声を張り上げるその傍の藪の中で、身を伏せていた1人のリンド兵がそっと撃鉄を引いた。

    「大隊長ー! 衛生兵ー! 担架と軍医をー!」
    「小隊、敵兵を逃がすな! 撃てー!」
    狙撃された大隊長は、左肩を撃たれた。
    幸い動脈などの急所は外れたので命に別状は無かったが、右手で左肩を押さえてその場に倒れこんだ。
    同時に十数発の小銃が硝煙の残る藪に撃ち込まれ、銃剣突撃を行おうとしていたリンド兵を蜂の巣にした。
    「敵兵、討ち取りました!」
    「わかった。だがまだ居るかも知れんから、警戒を緩めるな!」
    「はっ、2個分隊でもって藪をつつき回しますか?」
    「こちらから踏み込む必要は無い。大隊長を担架に乗せたら、藪から離れろ。300mも離れれば安全だろう」
    「了解です!」

    衛生兵によって担架に乗せられた大隊長を援護しつつ、歩兵隊は藪から距離を取る。

    「おお、田村軍医か……ちょいと縫ってくれれば良い」
    「いえ、まず弾丸を取り除いて、消毒しませんと」
    「そうか……餅は餅屋だ。軍医に任せる」
    「モルヒネを打ちますか?」
    「いや、いい……そのままやってくれ」
    「はい。少し我慢して下さい、少佐」
    衛生兵が止血をしつつ、軍医が鉗子を使って右肩に残った弾丸を取り除く。
    「縫合します……」
    軍医は手際良く傷口を縫合していく。
    その間も、助手の衛生兵は止血作業を続ける。

    「傷の応急手当は終わりました。念のため抗生物質を処方しておきます」
    「うむ、隊の状況は?」
    「敵の襲撃はありません。戦場の後片付けは順調です」
    大隊長の問いかけに、副官が答えた。
    「わかった。連隊長と連絡を取りたい」
    「了解です」

    無線機を片手に、負傷中の大隊長は直属の上官である連隊長と連絡を取った。
    「おお、嶋田少佐。負傷したと聞いて心配したぞ」
    「ご心配かけまして申し訳ありません、大佐」
    「無事なら良い。連隊はこのままリア公国を通ってリンド王国との
     国境に陣を構え後続部隊を待つが、少佐は指揮を続けられるな?」
    「大丈夫です。移動時は馬に乗りますし、利き手は無事ですので」
    「そうか、では少佐の大隊はリア公国の東の国境付近を頼む」
    「了解です。東の国境付近に陣を敷きます」
    大隊長はすぐさま出立の準備を始めるように命令をした。

    「何、部隊は全滅、王旗は奪われ、旅団長も捕えられただと?」
    「はい。相手はユラ軍ではありませんでした」
    「ユラではない?」
    「おそらく、皇国軍です」
    「皇国……? 例の、ライランス軍を全滅させたとかいう皇国か?」
    「はい、おそらく……」
    戦場から逃げ帰って来た歩兵中隊長の言葉に、騎兵連隊長は頭を抱えた。
    “噂では”皇国軍は飛竜よりも速い飛行機械に1分間に100発撃つ銃を持っている。
    だが、噂は噂だ。

    「貴様は、ブオーンと唸る飛行機械とやらは、見たか?」
    「はい。まさに仰るとおり、ブオーンと唸っていました」
    「噂は本当なのか……?」
    だが、そのような話、俄かには信じられないのも事実。
    常識の上どころか、斜め上を行っている。

    「だが、ここで我々が撤退すれば、リアの地を確保した先遣部隊に申し訳が立たん」
    「いえ、既にリアの地は皇国軍に制圧されています。今から騎兵隊のみで足を踏み入れるのは、得策とは思えません」
    進軍しようとする騎兵連隊長を、歩兵中隊長が諫めようとする。
    「一時撤退し、態勢を立て直すべきです。敵の火力は本物です。
     こうしている間にも、敵の追撃部隊が迫っています。早く撤退すべきです」
    「わ、わかった……連隊、回れ右! 駐屯地に帰還する!」


    駐屯地に帰還した騎兵連隊を待っていたのは、師団長と軍司令官だった。
    連隊長と言えど、軍司令官と直接顔を合わせる事はまず無い。

    連隊長を見ながら、軍司令官が口を開いた。
    「戦闘は、どうだったか?」
    「前衛の歩兵部隊と砲兵部隊が壊滅しました。私の騎兵連隊は、このまま進むと
     同じように壊滅する可能性があると判断し、独断で撤退いたしました」
    独自撤退は命令違反である。処罰は免れないという覚悟で、騎兵連隊長は答えた。

    「その判断は賢明だったかもしれない。
     我が国のリア公国への宣戦布告に対して、ユラ神国から返答があった。今朝、貴官等が出発した後の事だ」
    軍司令官はユラ神国からの文書の写しを読み上げる。
    「ユラ神国はリア公国への侵略を看過しない。ユラ神国と同盟国である皇国はリンド王国に対して宣戦を布告する。
     ……というのが、この文書の要約だ。腑に落ちない顔をしているな。私もだが」
    「皇国?」
    「数ヶ月前、大内洋の中央に忽然と現れた異界の国だそうだ。
     西大陸ではライランス王国相手に負け無しだったらしい」
    軍司令官本人も、自分の言葉を半分以上信じていない。
    異界の人物が忽然と現れるという噂は各地で耳にするが、さすがに国ごととなると、前例が無い。

    「それが、何故リアの件に首を突っ込んでくるのですか」
    「皇国からの返答はこうだ。皇国はユラ神国と強固な同盟を結んだ。故にユラ神国の敵は皇国の敵である」

    西大陸の列強、ライランス王国が突如異界から現れたという皇国という国家に
    散々痛めつけられたという話は、東大陸でも噂になっている。

    東西両大陸を行き来する船は多くはないが、決して少なくもない。
    貿易商人は、物品と共に有形無形の情報も商品として扱う。
    突然異世界に転移した皇国が、この世界の情勢について精度の高い
    情報を仕入れられたのは様々な情報を買ったからだ。

    勿論、重要な情報程高値だし、情報が絶対に正しい保証もない。
    しかし“高い情報”はやはりそれなりに裏もとってあるし、絶対に間違っているという事も少ない。


    皇国という国家は戦争に強いが食糧に不安を抱えているという情報も、リンド王国にはもたらされていた。
    ユラ神国に食糧を輸送するための大型船が派遣されているという事も。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
ウィキ募集バナー