自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

019 第16話 バレンタインデーの海戦

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第16話 バレンタインデーの海戦

1482年2月14日 ガルクレルフ 午後1時

水平線の向こう側から、濛々たる黒煙が噴出し続けている。
今現在、第3艦隊はガルクレルフより南東5ゼルド沖にいるが、直接ガルクレルフを見ないでも、その黒煙を見る限りは大体予想がついた。

「被害は甚大のようです。」

ずっと、ガルクレルフの方向を見つめているイル・ベックネ少将に、主任参謀が持っている紙を読み上げ始めた。
その表情は、やや引きつっていた。
ガルクレルフ空襲さる!
この魔法通信を受けたのは、ちょうどガルクレルフから56ゼルド南を、時速12リンルで航行していた時であった。
知らせを聞いた第3艦隊は、すぐに反転、ガルクレルフへと向かった。
ガルクレルフに向かう際、スコールに20分ほど当てられた。
もし、スコールに当てられていなければ、第3艦隊は機動部隊である第15、16任務部隊から発艦したドーントレスに発見されていたが、
幸か不幸か、ドーントレスはスコールを避けて飛行したため、第3艦隊を発見する事が出来なかった。
思わぬ空襲を受けずに、ガルクレルフの近くまでやってきた。
だが、現場に辿り着いた時には、米艦隊は既に仕事を終えて立ち去る時であった。
第3艦隊は、第2任務部隊のガルクレルフ砲撃阻止に間に合わなかったのだ。

「港湾部の集積所は全て壊滅、平野部の物資集積所も艦砲射撃を受けて、ほぼ全滅状態との事です。」
「全滅か・・・・・・主任参謀。確か、ガルクレルフには、70万の将兵を、4ヶ月ほど満足な状態で、
敵地に攻撃を続行させる程度の物資があったと聞いているが。」
「はい。4ヶ月と言う数字は眉唾物ですが、最低でも3ヵ月半、最悪で2ヶ月強は
本国からの補給なしに現地軍に攻撃を続けさせる事が出来ます。」

「その分の物資・・・・・それも馬鹿にならない補給物資が、わずか1時間足らずの砲撃で全て吹っ飛んだ・・・・・・
これでは、前線軍の補給は滞り、進撃は必然的に止まるだろう。」

その時、別の報告が艦橋に響いてきた。

「アメリカ艦隊視認!艦数約20!」

この時、砲撃を終えて退避中の米艦隊の姿が見えてきた。

「速力は?」
「約10リンル程度です!」
「遅いな。」

レンベラード艦長のロスグタ大佐は嘲笑うような口調で呟く。

「戻ってきた甲斐があったな。流石は13.5リンルの高速を誇るオールクレイ級だ。
低速の艦隊なぞ、すぐにでも追い付いて、巨砲で吹き飛ばしてくれるわ。」
ガルクレルフの被害報告を聞いて、落胆したベックネ少将も、真剣な表情で米艦隊の方角、右舷前方のおぼろげな艦影群を見つめている。

「貴様らが、ガルクレルフの味方に味あわせた恐怖を、そっくりそのまま返してやる。変針!!」

ベックネ少将は、さっきとは打って変わった快活のある声音で、第3艦隊の全艦に命じた。

午後1時10分 ガルクレルフ沖10マイル

「右舷後方より敵艦隊視認!時速26ノット以上で接近中!距離17マイル!」

第2任務部隊旗艦アリゾナの艦上で、報告を聞いたアイザック・キッド少将は眉をひそめた。

「敵艦隊の一部が、思ったより近くにいたようだな。」
「少し厄介な事態になってきましたな。」

参謀長のリーアム・ライアン大佐が能面のような表情を浮かべて言う。

「サラトガ、エンタープライズから発進したドーントレスは何をやっていたのだ?」
「ガルクレルフ南沖、北沖にはドーントレス12機を飛ばして索敵に当たっており、敵影なしとの報告が届けられています。」
「何が敵影なしだ。現に敵が迫っているじゃないか。TF15、16に送った支援要請の返事は?」
「まだありません。敵艦隊の陣容については、観測機が間もなく報告を送ってくるはずです。」

その1分後、観測機からの報告と、TF15、16から返事が届いた。

「敵艦隊の勢力は、戦艦2、巡洋艦6、駆逐艦15ないし16。」
「TF15、16より報告。攻撃隊発進までは最低50分間の時間を要する見込み。」
「う~む・・・・・どれもこれも良くない情報だな。」
「それからたった今、TF16より巡洋艦のノーザンプトン以下の第5巡洋艦戦隊を援護に向かわせるとの事です。」
「TF16との距離は?」

キッド少将がすかさず質問する。

「TF16は、我が艦隊の北東18マイル付近にいます。」
「第5巡洋艦戦隊は、最高速度が32ノットだから、20分は耐えねばならぬか。まあいい。
このアリゾナ、ペンシルヴァニアを連れては優速の敵艦隊に追いつかれる。それよりかは戦いを挑んで追い払おう。対艦戦闘用意!」

キッド少将は、まず敵艦隊と戦闘を行う事を決めた。
その時、観測機から新たな報告が届く。

「敵艦隊の陣形は単縦陣。陣形は3列。うち2列が前面に突出しつつあり。」
「おそらく、巡洋艦、駆逐艦を伴う快速部隊だな。第3水雷戦隊、第4水雷戦隊、突出する敵艦隊を迎え撃て!」

キッド少将の命令が、左舷、右舷に展開している第3、第4水雷戦隊に発せられると、すぐさま回頭を行い、
突出し、こちら側に向かいつつある敵艦群に突進して行った。

「敵戦艦群、巡洋艦群、あと14マイル。」

その時、敵戦艦1番艦が前部主砲をぶっ放した。
砲弾の飛翔音が徐々に大きくなり、それが極大に達すると、ペンシルヴァニアの右舷2000メートルに水柱が立ち上がった。
止まれ、でなければ殺す。といっているようにも思えたが、ガルクレルフを焼き討ちにされた以上、行き足を止めて
降伏しても、たちまち袋叩きにされるだろう。

「面舵一杯!」

キッド少将は命令を発した。

「敵戦艦の後方に追随中の敵巡洋艦4隻、突出しつつあり。」
「ニューオーリンズ、アストリア、シンシナティに応戦しろと伝えよ。」

見張りの報告に、アリゾナ、ペンシルヴァニアに追随している3巡洋艦に向かって来る巡洋艦4隻の応戦を命じる。
既に、第3水雷戦隊と、第4水雷戦隊は、猛速で敵快速艦部隊に突っかかり、激しい撃ち合い演じている。
双方の巡洋艦、駆逐艦に被弾し、炎上する艦が出始めた時、全ての共連れを引き下げたアメリカ、シホールアンル双方の戦艦は、
22000メートルの距離で並び合った。
同航戦の構えである。

「弾薬を4割しか使わないで良かったな。あのまま調子に乗って撃ちまくっていたら、目も当てられん状況になっていたな。」
「備えあれば憂いなし、と言う事でしょうか。」

キッド少将の言葉に、ヴァルケンバーグ艦長は軽い口調で答えた。

「そう言う事だな。」

アリゾナ、ペンシルヴァニアの45口径14インチ砲12門が敵戦艦2隻に向けられる。
敵側は既に主砲を向けており、中断した射撃をすぐにでも始められるようになっている。

「意外とスマートな外観ですな。」
「ああ。どことなく古ぼけた印象が少ない。むしろノースカロライナ級と似たような感じだな。
中央部に何も無いのが艦容を損ねているが。」

敵艦の砲弾がアリゾナの左舷800メートルの海域に突き刺さって高々と水柱を吹き上げた。

「目標、敵1番艦。撃ち方用意よし!」

砲術長から報告を聞いたヴァルケンバーグ艦長は、頷いて命令を下す。

「撃ち方始めぇ!」

その次の瞬間、アリゾナの14インチ砲が咆哮する。各砲塔一問ずつの交互撃ち方である。
アリゾナ、ペンシルヴァニアの砲弾が落下する前に、敵艦も主砲を斉射してきた。
敵戦艦の右舷側で14インチ砲弾が落下し、水柱を吹き上げた。
その直後に、アリゾナの右舷側海面に8本の水柱が立ち上がる。

「それぞれ1隻ずつ相手取ったか。」

キッド少将は、敵艦に視線を送りながらそう呟いた。艦橋から見る敵戦艦の姿は小さい。
しかし、互いに近付きつつあるため、その姿は徐々に大きくなってきている。
きっかり15秒後に、各砲塔の2番砲が14インチ砲弾をぶっ放した。
その数秒後にシャシャシャシャ!という不気味な飛翔音が木霊し、アリゾナの左舷側海面に水柱が立ち上がる。
第2射は敵戦艦の左舷側前方に着弾していた。
第3射が放たれると、これもまた敵1番艦の左舷側海面に着弾し、空しく水柱を吹き上げるだけに終わった。
第4、第5、第6射がアリゾナ、ペンシルヴァニアの砲口から放たれ、敵戦艦に殺到するが、どれもこれも海面を抉っただけに留まる。
傍目から見れば、狙いも付けられぬ下手糞が、のんびりと銃を撃っているようなもどかしさを感じるだろう。
しかし、アリゾナの艦橋上では、空振りばかり繰り返す砲術科を「下手糞めが!」と罵る者など一人もいない。
むしろ逆であった。

「第6射の着弾はいずれも敵戦艦より100~200メートルの範囲内か。上出来だ。」

ヴァルケンバーグ艦長は結果にほぼ満足していた。
予想なら、主砲散布界の広いアリゾナやペンシルヴァニアが夾叉を得るのは第8射か第9射。
直撃弾は第10射あたりで出るだろうと事前に推測されていた。
だが、アリゾナの砲術科員の腕前は、推測値よりも良いようだ。
この調子でいけば、次の射撃で夾叉を得られるかもしれない。
その次の瞬間、敵戦艦の第6斉射がアリゾナに振って来た。
弾着の瞬間、ズズーン!という下から突き上げるような振動が、艦体を少しばかり震わせた。

「夾叉されました!」

見張り員の声に、一瞬艦橋内は静まり返った。

この時、アリゾナの周囲には8本の水柱が林立し、5本が左舷側、3本が右舷側に立っていた。
まさか、敵戦艦がこうも早く夾叉弾を得るとは。誰もが敵戦艦の乗員の錬度の良さに息を呑んだ。
だが、悲観的になるものは誰1人いなかった。

「お返しをくれてやれ!」

ヴァルケンバーグ大佐が吼えるように言うと、OK!とばかりに第7射が1番砲よりぶっ放される。
その数秒後に、敵戦艦の左舷側に3本の水柱と、右舷側に1本の水柱が立ち上がった。

「夾叉!夾叉です!」

見張りが声のトーンを上げて報告して来る。
敵戦艦も第8斉射を放ってきた。
砲弾がドカドカと落下し、またもや林立する水柱に囲まれた。
水柱が崩れ落ちると同時に、2番砲が第8射を発砲する。
やや間を置いて、敵戦艦の右舷側に2本の水柱と、左舷に1本の水柱。
そして後部に爆炎が吹き上がった。

「命中です!」

ヴァルケンバーグ大佐はすかさず次のステップに移した。

「一斉撃ち方!」

彼はここで勝負に出た。弾道が良好なら、後は一気に勝負をかけるのみだ。
しばらくアリゾナの主砲が唸りを止めた。

その直後、敵戦艦からの砲弾が周囲に落下し、ついでガガァン!という衝撃が艦体を揺さぶった。

「うぬ・・・・・敵もやるな!」

衝撃に耐えたキッド少将は、恨めしげに呟いた。
敵戦艦の13ネルリ砲弾は2発がアリゾナの中央部を叩いた。
5インチ両用砲2門と12.7ミリ機銃3丁が吹き飛ばされ、火災が発生したが、砲弾はヴァイタルパートを貫く事は出来なかった。
アリゾナの12門の14インチ砲が一斉に火を噴いた。斉射の瞬間、アリゾナの艦体は左舷に傾いだ。
やや間を置き、敵戦艦も斉射を放ったが、その次の瞬間、多量の水柱が敵1番艦の周囲に乱立し、完全に覆い隠してしまった。
水柱が崩れ落ちる直前、敵の斉射弾も落下してきて、アリゾナの周囲に水柱を吹き上げ、1発の砲弾が後部甲板に突き刺さった。

「後部甲板に被弾!火災発生!」

後部甲板に突き刺さった敵弾は、最上甲板を貫いて第2甲板に達し、便所の中で炸裂すると、周囲の兵員室や用具入れを一緒くたに粉砕した。
水柱が崩れ落ちると、敵1番艦に異変が起きていた。
後部の2基の砲塔のうち、一番後ろの連装砲だけが、砲が別々の方向を向いており、天蓋が大きくまくれ上がっている。
その更に後ろ部分の後部甲板からは、どす黒い煙を噴き上げていた。

「敵の主砲塔を1基潰したな。」

ヴァルケンバーグ艦長は、キッド少将の嬉しそうな声を聞いた。

「これで砲戦力の25%を奪った。」

キッド少将は、自分が艦長を勤めたこのアリゾナが、世異界の戦艦相手とはいえ、本来の戦いをこなせている事がなにより嬉しかった。

「まだまだ気は抜けませんぞ。」

「分かっている。敵の砲戦力をさっさと奪って、この場から逃げないといけないからな。」

ズドォーン!という交互撃ち方とは比べ物にならない斉射音がまたもや辺りに木霊する。
敵1番艦の周囲に12発の14インチ砲弾が落下し、敵艦のスマートな艦影が水のカーテンに覆い隠され、その僅かの間から爆炎が踊るのが僅かに見えた。
水柱が崩れ切らぬうちに敵1番艦も撃ち返してきた。
巨大な飛翔音が徐々に大きくなり、誰もが耳を塞いでその場にうずくまりたい感に駆られる。
(今度も来るぞ!)
キッド少将がそう呟いた刹那、グガァーン!という強烈な衝撃がアリゾナ揺さぶった。
スリットガラスの何枚かがけたたましく割れ、何人かが悲鳴を上げつつ、床に這わされ、壁に叩きつけられた。
キッド少将は飛び散ったガラスの破片で、額を切ってしまった。
ヴァルケンバーグ艦長がぎょっとなって側に駆け寄った。
「司令官!」
「私の事はいい!大丈夫だ!」

艦長に対して、キッド少将は叩きつけるように叫んだ。

「ガラスで少し切ってしまった程度だ。何ともない。それより、被害はどうなっている?」

ヴァルケンバーグ大佐は、この時アリゾナがどのような被害を受けたのかすぐに分からなかったが、
敵1番艦・・・シホールアンル側戦艦レンベラードの放った13ネルリ砲弾は、1発が前部甲板に突き刺さって
第2甲板の兵員室区画を吹き飛ばし、もう1発がアリゾナの第2砲塔付近に命中していた。
命中箇所は台座の付け根であり、この被弾が恐れていた事態を早々と引き起こした。

「第2砲塔旋回盤損傷、火災発生!使用不能です!第2砲塔内で負傷者多数!」

ヴァルケンバーグ艦長は、一瞬表情を歪めたが、すぐに元の表情に戻って指示を下す。

「火災をすぐに消せ!負傷者は医務室に運び込め!」

小癪な!とばかりに、残り9門となった14インチ砲が咆哮する。
敵1番艦の周囲に第3斉射の14インチ砲弾9発が雨のように降り注いで、幾度目かになる水の神隠しが現出される。
水柱が崩れ落ちると、敵1番艦は新たに中央部から煙を噴き上げていた。
その敵1番艦も残り6門の主砲をぶっ放す。
13ネルリ砲弾が周囲に落下し、アリゾナの中央部と艦橋右舷側甲板に着弾しておびただしい破片が、火炎と共に吹き上がった。
第4斉射が放たれ、敵1番艦に新たに4発が叩き込まれ、うち1発が前部甲板に命中し、
新たな火災を引き起こすも、健在な主砲6門が相変わらず斉射弾をアリゾナに撃ち込む。
今度はアリゾナにも3発が命中し、2発が中央部よりやや後ろの位置に着弾して、そこにあった3艘の救命ボートを木っ端微塵に打ち砕き、
クレーンの根元を破片がギタギタに引き裂いて倒壊に追い込んだ。
アリゾナの火災も、次第に酷くなりつつあった。
中央部と後部甲板の火災は、時間が経つたびに延焼していき、損壊した区画はもちろん、無傷の区画にまで炎が暴れ込もうとする。
その炎に消火班が意を決して立ち向かい、フル出力で水を叩き付けた。
唐突に、アリゾナ、ペンシルヴァニアの後方海面で、何かの轟音が鳴り響いた。


第3水雷戦隊旗艦の軽巡洋艦ラーレイ艦上のコリン・ハーバーズ少将は、戦闘中と言う事も忘れて、艦橋の右舷側で唖然としていた。
彼の視線の先には、シホールアンル艦隊と交戦中の第4水雷戦隊がいたが、その中でも濛々たる黒煙を吹き上げ、
左舷に大きく傾斜し、停止している艦・・・・・
第4水雷戦隊旗艦の軽巡洋艦メンフィスに視線は注がれていた

「第4水雷戦隊司令部、通信途絶です。」

通信士官の言葉に、ハーバーズ少将は唸るような声で答えた。

「こんな事が起こるとは・・・・・」

ハーバーズ少将の表情は、一瞬だけだが、死人そのものに見えた。

第4水雷戦隊と第3水雷戦隊は、それぞれがほぼ同数ずつの敵と戦っていた。
この内、第4水雷戦隊は敵とすれ違う前に、距離5000メートルで左一斉回頭し、敵巡洋艦、駆逐艦群に魚雷攻撃を浴びせようとした。
だが、先頭のメンフィスが回頭を開始した直後、敵艦群は主砲を撃ちまくりながらもバラバラに散開してしまった。
そして、半数の艦が、あろう事か米艦群に突入して来た。
第4水雷戦隊司令官のドナルド・クラウンティー少将は止む無く魚雷発射を行ったが、敵駆逐艦1隻を撃沈し、1隻を大破させたのみに留まった。
魚雷発射を完了したと見たシホールアンル艦は、バラバラの隊形のまま反転。
左舷の魚雷発射管を使おうと回頭中の第4水雷戦隊に襲い掛かった。
同士討ちもいとわぬ格好で突入して来たシホールアンル艦に対して、米側は統制を欠いた隊形で戦うしかなかった。
旗艦のメンフィスは左舷の魚雷発射管を使おうとして、左に回頭しようとした寸前に、敵巡洋艦に頭を抑えられ、
そのまま同航戦で激しく撃ちまくった。
しかし、オマハ級は6インチ砲12門という、一見すると、後年のクリーブランド級巡洋艦並みの重武装であったが、
敵に向けられた主砲は、構造上の問題から8門のみであった。
それに対し、敵巡洋艦は1~2年前に就役した新鋭のルオグレイ級巡洋艦であり、7ネルリ(179ミリ)砲8門という重巡並みの主砲を持っていた。
そして、8門全てをメンフィスに対して撃ちまくってきた。
双方一歩も引かぬ激しい撃ち合いになったが、敵巡洋艦が前部砲塔2基中1基を叩き潰された前に発射した斉射弾が、
8000メートル向こうで、15発の7ネルリ弾を受けてグロッキー気味であったメンフィスのとある部分にクリーンヒットした。
そのとある部分とは、左舷後部の魚雷発射管であった。
中には、Mk-14魚雷3本が入っていた。

7ネルリ弾が命中した次の瞬間、3本の魚雷が一気に誘爆を起こし、3本計900キロの炸薬エネルギーがメンフィス自信に襲い掛かってしまった。
爆発はメンフィスの艦体を大きく抉り取り、4本の煙突のうち、2本が根元から吹き飛ばされた。
爆発のパワーは艦上構造物のみに留まらず、内部に位置する機関部にも暴れ狂い、機関科員の大多数が戦死して、缶室や機械室にも壊滅的な打撃を与えた。
又、水線下に大きな裂け目が生じて、そこから大量の海水が入り込んできた。

ただでさえ、度重なる被弾で力尽きる寸前の旧式軽巡には、この災厄に耐えられる術は無かった。
たちまちガクリとスピードを落とし、誘爆後、たったの150メートルを進んでから停止した。
メンフィスを撃沈確実に追い込んだ敵巡洋艦バンラーグでは、初めて米軽巡を撃沈した事に誰もが肩を叩き合って喜んだ。
そのバンラーグの左舷側から、米駆逐艦2隻が接近して5インチ砲弾を乱射して来た。
2隻の米艦のうちの先頭艦に7ネルリ砲をぶっ放し、米駆逐艦がそれを食らって黒煙を吹き上げた。
しかし、スピードは1ノットも落とさぬまま、時速36ノットの高速で、距離4000メートルでバンラーグの手前で右回頭した。
回頭を終えた2隻の米艦の左舷側から、何かが落下して水飛沫を上げる。

「魚雷と言う奴がまた来るぞ!回避!」

艦長はあらんかぎりの声を上げて、自らの艦を少しでも魚雷から逃れさせるために、敢えて敵の魚雷と向かい合う形で進む。
先頭艦の魚雷4本は、バンラーグの左右両舷を空しく通り過ぎるのみ終わったが、もう1隻が放った魚雷は、いきなり艦首の真正面から突っ込んできた。
高速で、あっという間に艦首の至近に迫った魚雷を見て、誰もが当たる!
と思った瞬間、艦首から大水柱が吹き上がり、第1砲塔前からの区画が一瞬にして叩き潰され、次にもげ落ちた。
更にもう1本の魚雷が、左舷の第1、第2砲塔の間付近に突き刺さった。
艦の乗員はこれでおしまいだと思った。

魚雷が突き刺さった。まだ辛うじて立っている者、床に転倒し、受けた傷に悲痛の唸りを上げる者も、身をすくめて爆発を待った。
だが・・・・・爆発は起きなかった。
乗員は拍子抜けしてしまった。
魚雷は不発であり、艦体に突き当たったまではいいが、肝心の信管が作動せず、へこみを作っただけで海中に沈んでいった。
乗員は皆、安堵したが、バンラーグの災難はまだ始まったばかりである。
艦首の被雷箇所からの浸水は未だに続いており、バンラーグはじわじわと沈みつつあった。
第4水雷戦隊の他の艦艇も、シホールアンル艦と盛んに殴り合っており、
態勢を立て直して統制の取れた戦いが出来た第3水雷戦隊とは違って、まさに乱戦状態となっている。
重巡部隊も、敵巡洋艦2隻を撃破したが、最初に軽巡のシンシナティが全砲塔を叩き潰されて脱落。

その次にニューオーリンズがこれまた8インチ砲全損で後退し、アストリアのみが健在で敵巡洋艦2隻と激しく撃ち合っているが、
次第に被弾数が増えていき、アストリアが交互撃ち方から再び一斉撃ち方に切り替えた直後、後部の第3砲塔に敵弾が命中して
使用不能に陥り、次第に押され始めた。
米側も精鋭艦隊だったが、シホールアンル側も精鋭艦隊であり、その事が両軍の被害拡大に繋がっていた。

第5巡洋艦戦隊は、戦闘開始から20分ほど経ってから現場海域に到着した。
司令官のレイモンド・スプルーアンス少将は、第4水雷戦隊の惨状を見て思わず唸った。

「相当やりあったようだな。メンフィスがもうすぐで沈みそうだ。」

既に、メンフィスは左舷に大傾斜し、いつ横転してもおかしくない。
他にも、第4水雷戦隊の駆逐艦8隻のうち、1隻は既に沈み、3隻が艦上をぼろぼろにされて、戦闘不能に陥っている。
第3水雷戦隊でも、旗艦のラーレイが後部砲塔等に命中弾を受けて中破程度の損害を受け、駆逐艦3隻が大破、もしくは中破しているようだ。

「重巡部隊も苦戦しているようです。戦艦部隊はほぼ互角の戦いを繰り広げているようですが、
アリゾナ、ペンシルヴァニア両艦も無視しえぬ損傷を負っているようです。」

参謀長のジュスタス・フォレステル大佐が浮かぬ表情で報告する。

「旧式戦艦を殴り込ませたツケが一気に回ったな。まあ、いろいろ言うのは後だ。」

スプルーアンスは怜悧な表情を維持したまま指示を下した。

「本艦とシカゴは重巡部隊の支援を行う。ルイスヴィル、ブルックリンは苦戦している第4水雷戦隊の援護に当たれ。」
「アイアイサー。」

スプルーアンスの指示を受けた各艦が各々の目的地にへと向かう。
5分後、スプルーアンス少将が率いるノーザンプトン、シカゴは苦戦する重巡部隊を視認した。

「右舷前方4000メートルにアストリアです!敵巡洋艦2隻と撃ち合っています!」
見張りの声が響き、スプルーアンスは双眼鏡で孤軍奮闘するアストリアを見る。
アストリアは、後部砲塔部分と、後部艦橋を破壊されて黒煙を噴いている。
前部の3連装砲塔はどうやら無事らしく、敵艦に向けて撃ちまくっているが、敵巡洋艦の斉射弾が降り注いで、
アストリアの艦体に幾つもの爆炎が吹き上がる。
アストリアの右舷側の洋上には、敵巡洋艦がいるのだろう。そこからも黒煙が吹き上がっている。

「どうやら、アストリアは敵巡洋艦に打撃を与えているようだな。」
「しかし、敵巡洋艦は2隻、それに対し応戦しているのはアストリアのみです。早めにこちら側が加わらねば・・・・・」

アストリアは撃沈されます、という言葉を、艦長は言いかけたが、寸でのところで飲み込んだ。

「分かっている。だからこうして急いでいるのだ。アストリアの後方についたら、敵巡洋艦を砲撃する。
敵艦は2隻いるから、1番艦はこのノーザンプトン、2番艦はシカゴに相手取らせる。」

それから、アストリアの後方1000メートルに付き、向けていた8インチ砲を発砲するまで6分かかった。
その6分の間、アストリアは度重なる被弾にも屈せず、敵巡洋艦の艦長が思わず感嘆したほどだった。

「撃ち方始め!」

艦長が命じると、右舷7000メートル先の巡洋艦2隻に向けられた8インチ砲が咆哮した。
この時、敵の巡洋艦のうち、先頭の1隻は使用可能の大砲が6門中4門に減らされており、前部と中央部からどす黒い煙を噴き上げていた。
応援に駆けつけたノーザンプトン、シカゴに負けじと、ボロボロに打ちのめされたアストリアも最後の力を振り絞って、射撃可能な第2砲塔で敵1番艦を砲撃した。

ノーザンプトンは最初の第1射は大きく外れたが、第2射からいきなり夾叉を得、次の第3射で2発の8インチ砲弾を叩き込んだ。
ここで一斉撃ち方に入るのだが、スプルーアンスは念の為第4、第5射まで交互撃ち方で射撃をし、弾道が良好なのを確認させた後、斉射に入った。
そして、ノーザンプトンが第5斉射を叩き出すと、唐突に敵1番艦が後部から大爆発を起こし、少し進んだ後、完全に停止した。
シカゴと撃ち合った敵2番艦はしたたかだったが、シカゴから17発の8インチ弾を受けた時には、ニューオーリンズ、シンシナティと同様に使用可能の主砲を全て叩き壊され、その場から逃げ出していった。

アリゾナが23斉射目をぶっ放した。
それと同時に、敵戦艦も30斉射目をたたき出した。双方の主砲弾が上空で交錯した後、それぞれの目標に降り注いだ。
2本の水柱が吹き上がり、2度の強烈な衝撃がアリゾナの艦体を揺さぶった。

「後部甲板に命中弾!カタパルト損傷!」
「右舷中央部に命中弾!」

悲鳴のような報告が入った後、敵戦艦の周囲に5本の水柱が立ち上がり、第1砲塔付近から1つの閃光が煌き、次いで爆発が起こった。

「敵1番艦に更に1弾命中!」

既に、互いの距離は13000メートルにまで狭まり、戦いは正面からの殴り合いとなっている。
アリゾナには24発の13ネルリ砲弾が命中し、前部第2砲塔は旋回盤が歪み、後部第3砲塔は砲身を1本吹き飛ばされ、
2本をズタズタに引き裂かれて使用不能に陥っている。
右舷中央部からは大火災が発生し、艦後部は黒煙に覆われている。
優秀なダメージコントロールチームのお陰で、なんとか延焼は食い止められているが、このまま被弾が相次げば沈没の憂き目に逢いかねない。
敵1番艦も状況は似たようなもので、アリゾナからの14インチ砲弾26発を被弾して後部砲塔2基を叩き潰され、
前部甲板、左舷中央甲板、後部甲板から猛烈な火災煙を吹き上げている。
ペンシルヴァニアと敵2番艦の状況も似たり寄ったりだ。
アリゾナが15度目の斉射を放ち、それと同時に敵1番艦も残る第2砲塔から砲弾を撃った。
やがて、敵1番艦の前部にと後部に閃光が走った。その直後、ガァン!という振動が伝わった。

次いで、アリゾナの右舷側前部海面に水柱がたちあがる。
だが、砲弾の炸裂は無かった。

「第2砲塔基部に命中弾!されど、爆発はなし!」

その声を聞いたキッド少将は、やや安堵したような表情になった。

「不発弾のようだな。」

ヴァルケンバーグ艦長も頷いた。

「第2砲塔の基部と言えば・・・・・先ほど被弾のあった箇所とほぼ同じ部分です。」
「炸裂していたら危なかったな。」

そう言って、2人は小さな幸運を素直に喜んだ。その時、

「敵1番艦右回頭!」

見張りの言葉に、ヴァルケンバーグ艦長とキッド少将は耳を疑った。

「右回頭というと、まさか。」

そう、そのまさかだった。なんと、敵1番艦は回頭し、戦線から離脱しつつあった。
この時、もはやレンベラードには主砲は1門も無かった。
いや、砲撃前には8門あったのだが、相次ぐ被弾によって次々と潰されて行き、ついには最後に残った第2砲塔が粉砕され、反撃手段を失ってしまった。
その直後に入った、マルヒナス航行不能の通信にベックネ少将は戦意を喪失。

レンベラードを撤退させる事にした。

「すぐに追いましょう!」

主任参謀がキッド少将にそう言った。

「既に敵2番艦が停止し、傾斜している以上撃沈したも同然です。それなら、あの敵1番艦も追撃して撃ち沈めるべきです!」

だが、キッド少将は頭を振った。

「残念だが、答えはノーだ。主任参謀、我々が敵と出会うまで何していた?」
「撤退していました。」
「そう、撤退だ。我々は今、“撤退中”なのだ。あの敵艦隊とやり合ったのは、敵を撃破せぬ限り、逃げられないと思ったからだ。
敵戦艦が撤退した以上、他の艦艇を呼び寄せて、撤収を再開するのが賢明だ。」

そう言うと、彼は主席参謀の後ろに立っていた通信参謀に視線を向けた。

「通信参謀!今、敵艦隊の状況はどうなっている?」
「第5巡洋艦戦隊が応援に駆けつけた後は、情勢は我が方有利になりました。
敵巡洋艦部隊はニューオーリンズ、アストリア、シンシナティに大破同然の被害を与えましたが、
逆に1隻を撃沈、3隻を大破させて追い返しています。」

それだけではなく、乱戦状態であった第4水雷戦隊も、重巡ルィスビルと軽巡ブルックリンが来てからは態勢を立て直し、
最終的に敵巡洋艦1隻に撃沈確実の被害を与え、駆逐艦2隻を撃沈、3隻を大破させ、残りも手傷を負い、無傷な船はいなかった。
一方、第3水雷戦隊は最終的にラーレイを始めとする5隻が損傷したが、敵駆逐艦3隻撃沈、巡洋艦1隻、駆逐艦2隻を大破させて追い払った後、
第4水雷戦隊に加わって残りの敵を追い払った。

「敵艦隊を追い払ったか。結果的には、堂々たる勝利だな。だが、」

キッド少将は左舷後方のペンシルヴァニアを見た。
ペンシルヴァニアは、敵2番艦に事実上撃沈確実の被害を与えたが、ペンシルヴァニアも、主砲全てを使用不能にされ、
後部艦橋は無残にも倒壊し、ペンシルヴァニア級独特の艦影は著しく損なわれている。
幸いにも、アリゾナ、ペンシルヴァニア共、機関部の損傷は無く、依然として濛々たる黒煙を吹き上げてはいるが、
弾火薬庫の誘爆などは今現在起きてはおらず、火災もそれ以上の延焼は食い止められており、じきに鎮火に向かうと見込まれている。
それに暫定報告ではあるが、苦戦した第4水雷戦隊では旗艦を始め、沈没艦も何隻か出ているそうだ。

「こっちも手痛い被害を受けたな。シホールアンル海軍は、陸地の艦砲射撃が専門という海軍ではないようだ。」

キッド少将は、シホールアンル海軍は侮れぬ敵であると、この時確信していた。


1482年 2月14日午後4時

ヴィルフレイングを出港した太平洋艦隊主力は、一度北進した後、反転、南下してヴィルフレイングに戻りつつあった。
第1任務部隊旗艦コロラド艦上で、司令官のウィリアム・パイ中将は第2任務部隊から送られた報告を聞いていた。

「沈没、軽巡洋艦メンフィス、駆逐艦フェルプス、ポーター。大破、戦艦アリゾナ、ペンシルヴァニア、
重巡洋艦ニューオーリンズ、アストリア、軽巡シンシナティ、駆逐艦モフェット、ファラガット、エバール、
中破、軽巡ラーレイ、駆逐艦ラドロー、プランケット、モンセン、小破、重巡洋艦シカゴ、軽巡ブルックリン、
駆逐艦グレイソンとなっております。」
「21ノットのアリゾナ、ペンシルヴァニアを連れて来るより、ノースカロライナを連れて行ったほうが良かったのかもしれないな。」

パイ中将は苦虫を噛み潰したような表情になった。

第2任務部隊は、ガルクレルフの物資集積所の破壊は成功したが、たまたま近海にいた敵主力の一部に追いつかれて戦闘になってしまった。
そのため第2任務部隊は、沈没艦はなんとか3隻に押さえられたが、多くの損傷艦を出してしまった。
その前にも、サラトガ被弾炎上の報告が入っていた。
最初、司令部は色めき立ったが、すぐにサラトガの被害が小破程度の物だと分かると、誰もが安心した。
だが、この送られてきた損害状況は、いかに敵艦隊の攻撃振りが凄まじかったかが見て取れる。

「戦果のほうですが、撃沈が戦艦1、巡洋艦3、駆逐艦6。大破が戦艦1、巡洋艦3、駆逐艦4、中小破が駆逐艦7隻となっています。」
「数字的には、わが方の圧勝だな。だが、損傷艦はどちらも似たり寄ったりだ。」
「現地点でははっきりいえませんが、シホールアンル側も海戦のやり方はかなり熟達しているようです。
そうでなければ、第2任務部隊はこのような損害を受けるはずがありません。」
「シホールアンル、侮れがたし、だな。」

パイ中将はしんみりとした表情でそう言い放った。

太平洋艦隊主力が反転しようとしたのは午後1時になってからだった。
第1任務部隊の前方400マイル地点で哨戒戦を張っていた潜水艦のうち、ノーチラスから、

「敵艦隊主力、北に反転せり」

という情報を受けた。
この時、パイ中将は当初の計画通り、敵艦隊の反転を確認した後に太平洋艦隊も反転、ヴィルフレイングに引き返すつもりであった。
だが、
「司令官、ここはガルクレルフ公国沿岸の敵軍を叩くべきです。
敵主力艦隊が反転した今なら、水上からの援護の無い沿岸のシホールアンル軍など、鎧袖一触です!」

突然、参謀長のリーガン大佐が意見具申を行って来た。

パイは言い返そうとしたが、タイミングを見計らったかのように、他の巡洋艦戦隊や水雷戦隊からカレアント公国沿岸を攻撃されたし、
の意見具申が相次いだ。
だが、反対の声もあった。
カレアント公国沿岸の攻撃を反対したのは、空母部隊である第17、第14任務部隊であった。

「君は、ここ数日で、カレアント公国沿岸地域のワイバーン部隊が増強されているのを知らないのかね?
敵も何度も奇襲を許すほど馬鹿ではない。我々がカレアント沿岸に向かう時には、何百というワイバーンが待ち構えている可能性がある。
そこに、増強したとは言え、たったの120機しかいないF4Fや艦載機を送り込めるのかね?」

もはやパイ中将は、ガルクレルフ攻撃が成功した以上、太平洋艦隊の任務は終わったと思っていた。
リーガン大佐や他の戦隊の指揮官は意見具申を繰り返したが、

「我々の任務は、敵主力を南部に釣り出し、その隙にガルクレルフ攻撃部隊の攻撃を成功させる事だ。
それが成功した今は、あたらに損害を増やす事はしてはいかん。」

と、反対意見を退けて艦隊を反転させ、帰路についた。

「現在、第2任務部隊は21ノットのスピードでサンディエゴに向かっています。途中、補給部隊とランデブーを行う予定です。」
「追撃部隊は無いか?」
「ガルクレルフ攻撃部隊を追う敵は、今の所おりません。」
「そうか。それならいい。」

そう言って、パイは満足気な表情を浮かべた。

後年、もし太平洋艦隊がカレアント公国沿岸に接近していたらどうなっていたか?
と海軍関係者から戦史研究者によく言われていた。
彼のうち、何人かは、太平洋艦隊はカレアント攻撃をやらなくて正解であったと言っている。
なぜならば、カレアント沿岸には、総計で300以上のワイバーンが集結しており、うち180騎は、F4Fでもてこずる戦闘ワイバーンだった。
もし、艦載機部隊が攻撃を行っていたら、総力出撃してきた戦闘ワイバーンの前に甚大な損害を負っていただろう。
それに、後年の鉄壁な対空砲火網を形成した米海軍の防御砲火も、この時代についてはまだまだであり、
攻撃ワイバーンが突入していれば無視できぬ損害を負っていたと言われている。
それに、北進を開始したシホールアンル艦隊も、太平洋艦隊の後背を突く可能性があった。
勝てたにせよ、負かされたにせよ、カレアント攻撃をやっていたら、太平洋艦隊は間違いなく大損害を負っていたのである。


2月14日 午後10時 ガルクレルフ沖200マイル地点

夜闇の海上は、海面部分は真っ暗であまり見えなかったが、辛うじて寮艦のシルエットだけは見える。
空は雲に覆われており、月明かりが空に輝く事は無い。

「時間が経つにつれて、なんか眠くなってくるぜ・・・・」

ラウス・クレーゲルは、エンタープライズの飛行甲板脇の張り出し通路で海面を眺めていたが、やがて眺めるのも面倒になってきた。
ただ、ひんやりとした夜風は気持ちいもので、ふとすれば、このまま眠ってしまいたい感覚に囚われる。

「飛行甲板はベッドじゃないぜ?魔道参謀。」

後ろから聞きなれた、野太い声が響く。
振り向くと、声の主は、この機動部隊の主である、ウィリアム・ハルゼー中将であった。

「ベッドは艦内にある。間違えるなよ?」
「まっさか。自分もそこまで馬鹿じゃないっすよ。」

そうぼやきながら、ラウスは大欠伸をかいた。

「念の為さ。君は疲れていると、煙突の上でも眠りそうだからな。」
「うえ、ひでえ言い様で。」

ラウスが少しげんなりした表情になると、ハルゼーは大笑いした。

「なあに、冗談だよ。とりあえず、連絡役ご苦労だった。君がいるだけで、情報の面でも苦労しなくて済むよ。」
「まあ、自分もそう言われると嬉しいですね。」

ラウスははにかみながら言った。

「おっ、そういえば今日は・・・・・」

ハルゼーが何かを思い出した。

「どうかしたんすか?」
「今日はバレンタインデーだな。」
「バレンタインデー?????なんですかそれ。」
「俺達がいた世界ではな、2月14日は少し特別な日なんだ。
2月14日は、恋人や親しい者に何かしらのプレゼントを贈る日とされている。わしはワイフに何度か貰ったり、
あげたりしているが、どうもここ最近は忘れていた。」
「へえ、そんな習慣があるんですか。」

「まあな。バレンタインデーに何か貰うと、その日に限って嬉しかったりするものだよ。」

ハルゼーはニヤリと笑みを浮かべながら言う。

「よく考えたら、俺達もでかいプレゼントを贈っているな。」
「でかいプレゼント・・・・・ああ、ガルクレルフですね。」
「そうだ。シホット共に爆弾や大砲の弾をプレゼントしてやった。恐らく、シホットの奴らは大喜びで受け取っただろう。」

そう言うと、ハルゼーは満足気な笑みを浮かべる。
(プレゼントねぇ・・・・・まっ、俺達はまだいいけど、シホールアンルのお調子者陛下が、損害報告を見たらどう思うかな。
何はともあれ、シホールアンルにとっては、最悪のバレンタインプレゼントだな)



この日、ガルクレルフはアメリカ第2任務部隊の艦砲射撃で、物資集積所の大半を焼き討ちにされた挙句、現地のワイバーン部隊、
救援にやって来た第3艦隊に壊滅的な損害を与えられてしまった。
米側も少なからぬ損害を受けたものの、作戦は成功裏に終わった。
後にガルクレルフ沖海戦、別の名でバレンタインデーの海戦と呼ばれる一連の戦いは、双方にとって忘れる事の出来ぬ戦いとなった。

1482年 2月15日。
カレアントのシホールアンル軍は、全戦線で進撃をストップした。
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