皇国軍は燃料弾薬の不足してきた第3航空戦隊を中心とした機動部隊を撤収させた。
陸軍機を輸送してきた軽空母部隊は、既に本国に帰還済みであったので、
これで東大陸に残る水上戦闘艦は軽巡洋艦3隻と駆逐艦4隻のみとなる。
代わりに派遣された海軍部隊が旧式艦部隊と水上機母艦千歳(二式水戦16機、零式水偵8機)、
工作艦桃取である。水上機母艦と工作艦は新型であったが、戦闘艦は文字通りの旧式艦。
前ド級戦艦畝傍と金峰、そして樅型旧式駆逐艦16隻であった。
2隻の旧式戦艦は畝傍型戦艦の姉妹艦であり、排水量1万6000t、
主砲は30.5cm連装砲を前後に2基備えた典型的な基準戦艦である。
副砲は14cm砲を16門(片舷8門)。対空兵装として12.7cm単装高角砲4基に20mm連装機銃8基。
最高速力は18.5ktで、装甲性能も前ド級戦艦としては一級品であったが、
建造された時期が丁度ドレッドノートに重なる時期だったため、竣工と同時に旧式化するという
同時期の前ド級戦艦と同じ悲劇に遭ってしまった、皇国海軍最後の前ド級戦艦である。
さらにその後の様々な技術革新と、欧州大戦で加速した戦艦の高性能化時代にあって、
主力艦としてはいよいよ手の付けようが無いほどの旧式艦となってしまった。
そんな旧式艦を後世大事に残しておいた理由とは何かと言えば、
練習戦艦としての役割と、本土近海の警備艦としての役割を期待したためである。
艦齢37年を数え、最古参の部類に入る老朽艦ではあったが、それでも現役戦闘艦。
だが、来年度か再来年度のうちに順次退役し、標的艦として使用される予定であった。
しかし転移という事態に状況が一変し、万が一事故で失われたとしても(上層部はこの世界の
平均的な戦力を知ると、戦闘で失われるよりも座礁や遭難で失われる危険性の方を
高く見積もった)大勢に影響がないという理由で派遣が決定されたのである。
ひょろ長い巡洋艦に比べて、巨砲を積んで安定感のあるシルエットの戦艦は砲艦外交にもってこい。
つまり、見栄えが良いという理由もあった。
このような旧式戦艦は他にも何隻かあったが、畝傍型は一番状態が良かったのだ。
表向きは「皇国海軍最古参の戦艦に最後の活躍の場を与える」という、美談めいたものが用意されてはいた。
だが、やはり前途の理由は動かしがたく、上層部からそのような気配を容易に感じ取る事が出来るほどであった。
別に期待してないけど、せいぜい退役するその日までカリカリ働いてくれ。ああ、別に帰ってこなくてもいいよ。
……と言って送り出されたようなものだ。
これでは士気も上がらない。叛乱が起きないのが不思議なくらいである。
しかし、斯様に酷い扱いを受けながらも文句の一つも言わずに粛々と
任務に向かうのが皇国海軍の強みでもあり、悲しみでもあった。
巡潜の水偵による偵察によって得られたリンド艦隊出撃の報に、
白羽の矢が立ったのが東大陸に実戦配備された2隻の旧式戦艦。
欧州大戦以来の、畝傍と金峰の実戦である。
2隻の戦艦は4隻の旧式駆逐艦をお供に連れてユラ沖の投錨地を後にした。
2日後、リンド王国リューム島沖西20浬。
「10時の方向に艦影あり」
レーダーのレの字も無い畝傍にとって警戒監視は乗員の目が頼りであったが、
幸いな事にこの方面での能力は水準に達していると言えた。
旗艦畝傍で指揮を執る遣リンド王国艦隊の司令官は、素早く命令を下した。
「敵艦は何隻になる?」
「発見済みの敵は全部で7隻。フリゲートクラスです」
「前衛の偵察艦隊といったところか。近くに本隊がいるはずだ。素早く片付けて本隊を潰すぞ」
リンド艦隊は逃げに入っている。
“射程外”で皇国軍の様子を窺っているのだ。
「5000から撃ち始め、距離は4000を保って砲撃する」
4000mとは、敵艦の砲撃が届かない絶対安全距離である。
畝傍と金峰はその高速力でみるみる距離を縮めていく。
「目標は敵先頭艦。副砲にて試射始め」
片舷8門の副砲のうち、4門の14cm砲から榴弾が発射された。
この初弾は、敵先頭艦の100mほど向こう側に逸れて着弾した。
2射目、残りの4門の副砲が火を吹く。
今度は手前50mほどに着弾し、1発は先頭艦に命中した。
だが、まだ1発では戦闘艦としての能力を喪失させる事は出来ない。
3射目は再び初弾を撃った副砲4門。
1発が命中し火災が発生したが、マストは無事で速力も殆ど衰えていない。
敵艦隊との距離が4000mを切ると、主砲が火を噴く。
3斉射目の砲弾が、先頭艦を夾叉した。
だが、リンド艦隊は頻繁に進路を変更しながら巧みに砲撃を避わそうとする。
砲戦を受けて立つ気も無ければ、突撃する気も無いのだろう。
時間稼ぎをしつつ、本隊の居る方向へ誘導しようという魂胆が見え隠れしている。
2隻の旧式戦艦は12ktの速度で同航戦に持ち込みつつ、敵艦隊を追い回す。
畝傍の主砲4斉射目。
「敵先頭艦に主砲が命中! 船体崩壊! 沈没します!」
「標的を敵三番艦に変更せよ。金峰が攻撃中の敵二番艦はどうなっている?」
「主砲弾が1発、副砲弾が4発命中していますが、まだ浮かんでいるようです。
……ここから見る限りですと、メインマストが倒壊して船体も炎上していますね」
「それはただ浮かんでいるというだけで戦闘艦としての能力は既に喪失しているはずだ。
沈没するまで待ってやる必要は無い。金峰は標的を敵四番艦に変更するように伝えろ」
「了解しました。金峰に標的の変更を命令します」
5バルツ砲や10バルツ爆弾、また皇国軍の250kg爆弾等とは比べ物にならない400kgの12in砲弾の破壊力が縦横に発揮された。
12in主砲弾を受けたフリゲートはほぼ一撃か二撃で爆沈した。同一艦に三射目の命中は必要なかった。
30分程度の戦闘で7隻全部を沈没させた2隻の戦艦は、後続の駆逐艦4隻を偵察に出させた。
「敵艦隊発見!」
その報が畝傍に届いたのは駆逐隊を派遣してから20分後だった。
駆逐艦栂によって通報された敵艦隊は、戦列艦12隻。大きな獲物だ。
栂は敵艦隊との距離約6000mを維持しつつ執拗に追跡し、無線を使って畝傍に位置を報告し続けた。
それから30分で、畝傍と金峰が戦場に到着した。栂は追尾任務を終え、再び両戦艦の後方に付き従う。
リンド艦隊は二列縦陣から単縦陣へ陣形変更を行っている最中であった。
風向きはリンド艦隊から見て右の風。つまり前や左へは進めるが、右へは進めない。
畝傍と金峰は、風を読みながらリンド艦隊の右側面に付いた。
2+4隻対12隻の戦いであったが、戦闘は一方的に進んだ。
皇国艦隊はリンド艦隊を左舷に見ながら、常に風上に立って砲戦を進めた。
風上から風下へと逃走しようとする艦もあったが、それらは随伴する
駆逐艦によって砲撃され、速力を落としたところを2戦艦によって葬られた。
海兵隊による斬り込みが一切発生せず、砲撃のみで戦列艦12隻を全部沈没させた2隻の
戦艦は、随伴する駆逐艦と共に海に投げ出されたリンド海軍将兵の救助に当たる。
捕虜は負傷者を中心に将兵合わせて1000人を超えた。
そのうち将校を中心とした半数は2隻の戦艦に、残りの下士官兵を中心とした
半数は4隻の駆逐艦に分乗させ、無傷の艦隊はユラ沖へと針路を変更した。
まだ海の上で救助を待っている兵が多くいたが、さすがに6隻ではこれ以上の収容は不可能だった。
内火艇以外の短艇を下ろし、浮き輪を投げたが、それでも数百人が
溺死するか、凍死するか、鮫や海竜に食われるだろう。
しかし、皇国艦隊に出来る事はそれまでで、あとはリンド艦隊の救助が来る事を願うのみである。
2日後、6隻の皇国軍艦隊は無事にユラの投錨地へと帰還した。
幸か不幸か。
海戦の結果、転移前の世界であれば低速、低火力、低装甲だった前ド級戦艦も、
この世界では立派に第一線を張れてしまう事になってしまった。
2隻の老兵は、もう少しだけ長く生き延びる事になるのである。
陸軍機を輸送してきた軽空母部隊は、既に本国に帰還済みであったので、
これで東大陸に残る水上戦闘艦は軽巡洋艦3隻と駆逐艦4隻のみとなる。
代わりに派遣された海軍部隊が旧式艦部隊と水上機母艦千歳(二式水戦16機、零式水偵8機)、
工作艦桃取である。水上機母艦と工作艦は新型であったが、戦闘艦は文字通りの旧式艦。
前ド級戦艦畝傍と金峰、そして樅型旧式駆逐艦16隻であった。
2隻の旧式戦艦は畝傍型戦艦の姉妹艦であり、排水量1万6000t、
主砲は30.5cm連装砲を前後に2基備えた典型的な基準戦艦である。
副砲は14cm砲を16門(片舷8門)。対空兵装として12.7cm単装高角砲4基に20mm連装機銃8基。
最高速力は18.5ktで、装甲性能も前ド級戦艦としては一級品であったが、
建造された時期が丁度ドレッドノートに重なる時期だったため、竣工と同時に旧式化するという
同時期の前ド級戦艦と同じ悲劇に遭ってしまった、皇国海軍最後の前ド級戦艦である。
さらにその後の様々な技術革新と、欧州大戦で加速した戦艦の高性能化時代にあって、
主力艦としてはいよいよ手の付けようが無いほどの旧式艦となってしまった。
そんな旧式艦を後世大事に残しておいた理由とは何かと言えば、
練習戦艦としての役割と、本土近海の警備艦としての役割を期待したためである。
艦齢37年を数え、最古参の部類に入る老朽艦ではあったが、それでも現役戦闘艦。
だが、来年度か再来年度のうちに順次退役し、標的艦として使用される予定であった。
しかし転移という事態に状況が一変し、万が一事故で失われたとしても(上層部はこの世界の
平均的な戦力を知ると、戦闘で失われるよりも座礁や遭難で失われる危険性の方を
高く見積もった)大勢に影響がないという理由で派遣が決定されたのである。
ひょろ長い巡洋艦に比べて、巨砲を積んで安定感のあるシルエットの戦艦は砲艦外交にもってこい。
つまり、見栄えが良いという理由もあった。
このような旧式戦艦は他にも何隻かあったが、畝傍型は一番状態が良かったのだ。
表向きは「皇国海軍最古参の戦艦に最後の活躍の場を与える」という、美談めいたものが用意されてはいた。
だが、やはり前途の理由は動かしがたく、上層部からそのような気配を容易に感じ取る事が出来るほどであった。
別に期待してないけど、せいぜい退役するその日までカリカリ働いてくれ。ああ、別に帰ってこなくてもいいよ。
……と言って送り出されたようなものだ。
これでは士気も上がらない。叛乱が起きないのが不思議なくらいである。
しかし、斯様に酷い扱いを受けながらも文句の一つも言わずに粛々と
任務に向かうのが皇国海軍の強みでもあり、悲しみでもあった。
巡潜の水偵による偵察によって得られたリンド艦隊出撃の報に、
白羽の矢が立ったのが東大陸に実戦配備された2隻の旧式戦艦。
欧州大戦以来の、畝傍と金峰の実戦である。
2隻の戦艦は4隻の旧式駆逐艦をお供に連れてユラ沖の投錨地を後にした。
2日後、リンド王国リューム島沖西20浬。
「10時の方向に艦影あり」
レーダーのレの字も無い畝傍にとって警戒監視は乗員の目が頼りであったが、
幸いな事にこの方面での能力は水準に達していると言えた。
旗艦畝傍で指揮を執る遣リンド王国艦隊の司令官は、素早く命令を下した。
「敵艦は何隻になる?」
「発見済みの敵は全部で7隻。フリゲートクラスです」
「前衛の偵察艦隊といったところか。近くに本隊がいるはずだ。素早く片付けて本隊を潰すぞ」
リンド艦隊は逃げに入っている。
“射程外”で皇国軍の様子を窺っているのだ。
「5000から撃ち始め、距離は4000を保って砲撃する」
4000mとは、敵艦の砲撃が届かない絶対安全距離である。
畝傍と金峰はその高速力でみるみる距離を縮めていく。
「目標は敵先頭艦。副砲にて試射始め」
片舷8門の副砲のうち、4門の14cm砲から榴弾が発射された。
この初弾は、敵先頭艦の100mほど向こう側に逸れて着弾した。
2射目、残りの4門の副砲が火を吹く。
今度は手前50mほどに着弾し、1発は先頭艦に命中した。
だが、まだ1発では戦闘艦としての能力を喪失させる事は出来ない。
3射目は再び初弾を撃った副砲4門。
1発が命中し火災が発生したが、マストは無事で速力も殆ど衰えていない。
敵艦隊との距離が4000mを切ると、主砲が火を噴く。
3斉射目の砲弾が、先頭艦を夾叉した。
だが、リンド艦隊は頻繁に進路を変更しながら巧みに砲撃を避わそうとする。
砲戦を受けて立つ気も無ければ、突撃する気も無いのだろう。
時間稼ぎをしつつ、本隊の居る方向へ誘導しようという魂胆が見え隠れしている。
2隻の旧式戦艦は12ktの速度で同航戦に持ち込みつつ、敵艦隊を追い回す。
畝傍の主砲4斉射目。
「敵先頭艦に主砲が命中! 船体崩壊! 沈没します!」
「標的を敵三番艦に変更せよ。金峰が攻撃中の敵二番艦はどうなっている?」
「主砲弾が1発、副砲弾が4発命中していますが、まだ浮かんでいるようです。
……ここから見る限りですと、メインマストが倒壊して船体も炎上していますね」
「それはただ浮かんでいるというだけで戦闘艦としての能力は既に喪失しているはずだ。
沈没するまで待ってやる必要は無い。金峰は標的を敵四番艦に変更するように伝えろ」
「了解しました。金峰に標的の変更を命令します」
5バルツ砲や10バルツ爆弾、また皇国軍の250kg爆弾等とは比べ物にならない400kgの12in砲弾の破壊力が縦横に発揮された。
12in主砲弾を受けたフリゲートはほぼ一撃か二撃で爆沈した。同一艦に三射目の命中は必要なかった。
30分程度の戦闘で7隻全部を沈没させた2隻の戦艦は、後続の駆逐艦4隻を偵察に出させた。
「敵艦隊発見!」
その報が畝傍に届いたのは駆逐隊を派遣してから20分後だった。
駆逐艦栂によって通報された敵艦隊は、戦列艦12隻。大きな獲物だ。
栂は敵艦隊との距離約6000mを維持しつつ執拗に追跡し、無線を使って畝傍に位置を報告し続けた。
それから30分で、畝傍と金峰が戦場に到着した。栂は追尾任務を終え、再び両戦艦の後方に付き従う。
リンド艦隊は二列縦陣から単縦陣へ陣形変更を行っている最中であった。
風向きはリンド艦隊から見て右の風。つまり前や左へは進めるが、右へは進めない。
畝傍と金峰は、風を読みながらリンド艦隊の右側面に付いた。
2+4隻対12隻の戦いであったが、戦闘は一方的に進んだ。
皇国艦隊はリンド艦隊を左舷に見ながら、常に風上に立って砲戦を進めた。
風上から風下へと逃走しようとする艦もあったが、それらは随伴する
駆逐艦によって砲撃され、速力を落としたところを2戦艦によって葬られた。
海兵隊による斬り込みが一切発生せず、砲撃のみで戦列艦12隻を全部沈没させた2隻の
戦艦は、随伴する駆逐艦と共に海に投げ出されたリンド海軍将兵の救助に当たる。
捕虜は負傷者を中心に将兵合わせて1000人を超えた。
そのうち将校を中心とした半数は2隻の戦艦に、残りの下士官兵を中心とした
半数は4隻の駆逐艦に分乗させ、無傷の艦隊はユラ沖へと針路を変更した。
まだ海の上で救助を待っている兵が多くいたが、さすがに6隻ではこれ以上の収容は不可能だった。
内火艇以外の短艇を下ろし、浮き輪を投げたが、それでも数百人が
溺死するか、凍死するか、鮫や海竜に食われるだろう。
しかし、皇国艦隊に出来る事はそれまでで、あとはリンド艦隊の救助が来る事を願うのみである。
2日後、6隻の皇国軍艦隊は無事にユラの投錨地へと帰還した。
幸か不幸か。
海戦の結果、転移前の世界であれば低速、低火力、低装甲だった前ド級戦艦も、
この世界では立派に第一線を張れてしまう事になってしまった。
2隻の老兵は、もう少しだけ長く生き延びる事になるのである。