西暦2021年4月14日 10:15 日本本土 防衛省 救国防衛会議 統幕長私室
「すまんな、このような格好で」
ソファーに座り、腰に毛布をかけた格好で統幕長は声をかける。
対面には空幕長と海幕長が座り、運の悪い陸幕長は恐縮しきった様子で彼の執務用椅子を借りている。
「いえ、重要な作戦中に、不調を押してでも会議を開かれるとあれば断りようがありません」
空幕長が真面目な口調で答える。
文面にすると随分と嫌味に聞こえるが、彼に他意はない。
今回の作戦にはほとんど関与していない彼は、現在進行形の作戦に限って言えばほとんど暇に近かった。
しかし、新設予定の戦略空軍(仮称)や大量生産型制空戦闘機、攻撃機開発が同時進行しているために多忙を極めている。
「将来についての重要な懸念事案の認識確認と聞いておりますが、どこかまた潰す必要のある国家が見つかったのでしょうか?」
海幕長が尋ねる。
日々拡大する一方の艦隊を維持するため、彼は基地要員の定員を供出してまで戦力の維持に努めている。
海上自衛隊の未来は明るい。
国家戦略上の問題から、出来る限りの拡大を求められているからだ。
しかし、その前段階を準備しなければならない彼は、大変に多忙である。
「新たな敵であれば、最悪本土の部隊を引き抜いてでも馳せ参じる覚悟は出来ております。
閣下、ご命令を」
生真面目に頑固と忠誠、そこへ無骨さをブレンドした陸幕長が言葉を発する。
それでいて一佐以上の部下たちに、半年に一度新規の仮想状況とその鎮圧までの想定を命じる人物である。
敵地占領後から本土からの撤退に伴う遅滞防御戦闘まで、あらゆる状況を想定し、その解決策の穴まで探す徹底振りである。
結果として、陸上自衛隊では昇進を嫌う将校まで現れた。
「魔法という未知の要素を持つ全世界を相手にするという状況において、諸君の認識を確認したかったのだ」
統幕長は回りくどい表現で言った。
さすがに怖い夢をみたので話を聞いてほしいとは言えない。
統幕長は三軍を束ねる人間たちに絶大な信頼を抱いてはいたが、彼も常識的な日本人男性である。
「こいつは狂った」と思われるわけにはいかない。
現在の日本国において、国益を損ねる存在に対しての扱いは極めて低い。
「現在確認されている範囲内での敵海洋戦力については考慮に値しないと考えております。
制海権については艦隊の段階的な増設さえ行えれば全く問題ありません」
古の戦艦の復活も想定に入れた海上自衛隊の艦隊拡張計画は順調に推移していた。
量産性の考慮は勿論最優先事項だが、日本国という圧倒的な科学技術帝国の存在を知らしめる使者は必要である。
転移後に開設された技術研究本部海上兵器開発局、通称『帝国海軍技術工廠】は、声高にそう叫んでいた。
この世界ではよほど立地に恵まれない限りは沿岸部に首都が設けられている。
いつでもそこに圧倒的な鉄量を叩き込める、そしてその能力を視覚的な意味で分かりやすい艦艇の増設は急務である。
残念ながら、誰もが納得せざるを得ない理屈だった。
日本国には、複数の空母機動部隊を建設し、運営する国力は無かったのだ。この時点では。
「米軍の支援もあり、我々の戦力向上は順調です。
戦略爆撃機の量産体制についてはあまり好調ではありませんが、それは時間が解決してくれるでしょう」
空幕長が答える。
航空自衛隊には、日本国外へ火力を投射できる兵器が不足していた。
48時間以内に日本国が望んだ場所を破壊できる兵器を!!
それをスローガンに、彼は日本国戦略空軍の建設を叫んでいた。
陸海空を問わず、自国軍の、自国民の血が流れる事を恐れる心優しい空軍司令官は、あくまでも人道的見地からそう叫んだ。
まあ、彼が心を痛める価値を見出す対象とは、あくまでも日本国民に限られていたが。
「現在の出生率のままでは、遅くとも20年後には戦力が不足すると予測されます。
今のところは機関銃と車両を大目にあてがった一個半大隊による統治体制の研究をさせています。
これを基幹とし、総数一個師団程度の現地民による植民地軍を作り、地方都市や辺境地域を防衛する戦力とする予定です」
現地民による軍隊、つまり崩壊した旧連合王国軍将兵を自衛隊の二線級戦力として活用する。
陸幕長と彼の幕僚たちは、そのようなプランを立てていた。
実は、既に中隊規模の戦力が自警団と言う名目で辺境都市の盗賊狩りに投入されている。
それを正式な制度として構築し、日本製の刀剣類で武装させ、陸上自衛隊の編成表に書き入れようとしているのだ。
将来の兵力不足に怯える自衛隊の、その中でも特に酷い人手不足に襲われる予定の陸上自衛隊は、手段など選んでいられないのだ。
もちろん、雇い入れる予定の兵士たちには最低限の教育と装備しか与えるつもりは無い。
戦略的に無価値な地域の治安維持のための部隊である。
最低限の軍事知識、将来の輸出に備えての試作段階の武具、塩を中心とした金品を用いない給与。
陸上自衛隊普通科中隊を派遣するには効率が悪すぎるから作っただけの警戒装置。
自衛隊からすれば、その程度の存在だった。
「あの計画か。
まあ、銃火器や我々に対抗できるだけの戦術でなければ何を提供しても構わん。
大陸の防衛戦力としては十分に利用価値がある。
それに、対魔法戦術という面では我々の師匠として十分な能力を持っているしな」
統幕長は、あくまでも冷酷にそう答えた。
「ありがとうございます。
大隊規模への拡張も年内に予定しておりますが?」
「陸上自衛隊は君に任せている。
改正自衛隊法なりなんなりで支援するから、とにかくあの大陸を日本国の完全な統治下においてくれ。
そのために独立行政法人もあそこに本部を置いたんだからな」
霞ヶ関のエアコンが効いたオフィスで、大陸の何が分かるのですか?
三軍の長を集めたあくまでも私的な飲み会で、泥酔した陸幕長は統幕長にそう語ったことがあった。
諫言は絶対に忘れない主義の統幕長は、彼から言われた言葉を官僚たちに伝えた。
返ってきた回答は、若手を集めて放り込めば、きっと良い意味で暴走するでしょうという言葉だった。
部下の進言は効果的と見れば聞くのが彼の信条である。
ある程度の特権と、厳しい罰則を設けた後に、彼は言われるままに書類にサインをした。
恐ろしいまでにその効果は上がっている。
それは、経済産業省や国土建設省の官僚たちが、何故若き日の統幕長を懐柔しなかったのだと上長に叱責されるほどに。
「ありがとうございます。
誓って」「戦果が挙がればいいが、今のところは戦争はないからお互い困るよな」
あくまでも真面目に礼を述べようとする陸幕長に対し、統幕長は苦笑しつつ言葉を遮った。
戦争が無い。
城攻めの真っ最中に言う言葉ではないが、しかし彼の言葉は現状を的確に表している。
厳密に言うと、日本国はグレザール帝国と戦争状態には陥っていないのだ。
どこからどうみても戦争の最中なのだが、それはグレザール帝国本国には伝わっていない。
全面戦争の準備が整っていない日本国は、全力で情報が敵国に伝わらないようにしているからである。
ダークエルフを用いた通信魔法妨害、マジックジャミングとでも呼ぶべきそれ。
海上封鎖、陸路の遮断。
思いつく限りの手段を用いて、日本国は全面戦争への突入を先延ばしにしていた。
陸上自衛隊が敵地侵攻のための師団を抽出でき、海上自衛隊が攻撃のために一個艦隊を動員する。
そして航空自衛隊が、戦略爆撃隊を建設する。
完成とまではいかないにしても、せめてその目処が立つまでは、本格的な戦争はできないのである。
自衛隊の攻撃が発覚するのが時間の問題だとしても。
日本人という存在は、最高のお人よしである。
彼らからすれば冷酷な扱いを受けているはずの陸上自衛隊ゴルシア方面隊第501独立中隊と呼ばれる植民地軍からはこう認識されていた。
叩き潰した敵国の軍人を独立した部隊として召抱える。
侮蔑もされなければ過酷な扱いもされない。
対等の、同じ軍隊に所属する軍人としてみなしてくる。
騎士団と同じ巡回という仕事を、ただの兵士である自分たちに任せてくれる。
そして、見たことも無い良質な武具と日本製の塩という最高級の給料を与えてくれる。
もちろん、衣食住は完備で、怪我をすれば医者が診てくれる。
海を越えた向こうに住むという日本国の天皇陛下はきっと人間の形をした神様に違いない。
ここまでされて、結果を出さねばゴルシアの男ではない。
民を統べ、国を富ませ、日本人たちへ恩を返さねばならない。
その負債は膨れ上がる一方だったが、何のことはない。
彼らの言うとおり、国を富ませれば、民衆がその負債を返済してくれる。
「なるほどなるほど、ミワイの村は今年の年貢が納められそうもないと」
統幕長たちが深刻な表情で会議をしている中、501独立中隊も管理する東原一等陸佐は、陳情に訪れた将校たちに囲まれていた。
最初にひれ伏そうとした一同を立たせた彼は「自衛隊では敬礼以上は求めない」と短く伝えた。
501中隊指揮官たちから見れば、それは革命的な出来事だった。
国家を叩き潰した占領軍司令官閣下が、敗戦国の軍人に対して普通以上の敬意は求めないというのだ。
日本人たちに比べて随分と純粋な彼らは、涙腺を緩めないように必死になった。
一斉に顔を強張らせた将校たちを見た東原一佐は内心で冷や汗を流した。
調子に乗りすぎたかもしれない。
確かに自衛隊は敵国軍隊を叩き潰したが、それは卓越した格闘能力や圧倒的な魔法力ではない。
すべては科学技術によって作り上げられた軍隊が行ったのである。
彼は少なからぬ兵力を率いる指揮官ではあるが、彼自身の戦闘能力はたかが知れている。
「まあ掛けてくれ」
笑顔で着席を促す。
立たれたままでは、いつ飛び掛られるか分からない。
椅子にさえ座ってくれれば、そこから立ち上がろうとする一動作が必要になる。
その間にドアの両脇に立っている陸士たちが何とかしてくれるだろう。
「まあリラックスして、そうだ、タバコはどうかね?」
引き出しを開けてタバコを取り出す。
その隣には装弾された拳銃が置かれている。
野戦では気休めにもならないが、至近距離での戦闘ならば大いに役立つ武器である。
「随分と深刻な話だろうから、せめて気分だけでも落ち着けてから話してくれ」
笑顔でタバコを手渡し、ライターも渡す。
もちろん引き出しは開けたままだ。
「重ねてのご好意、誠にありがとうございます」
タバコを受け取った中隊指揮官は、感激しつつもきちんと礼を述べ、そして部下たちに分配する。
「うん、それで話と言うのはなんだろうか?
確かミワイの村がどうしたとか?」
笑顔で先を促した東原一佐に対し、501中隊将校たちは緊張した。
目の前の日本人は、自分たちの本音を聞きたがっている。
彼らはそう判断した。
そうでなければ高級品である日本製タバコをこうも惜しげなく与えてなどくれはしない。
「実は、我々も何度も確認したのですが」
言いづらそうに中隊指揮官は言葉を続ける。
目の前の温和そうな司令官が激怒したら、ミワイの村どころか自分たちもただではすまない。
「ミワイの村では井戸が枯れかけており、今年の年貢が収められそうも無いのです。
現状では、来年分の種を用意するだけでも餓死者が出かねない状況です」
そこで彼は一旦黙った。
東原一佐の目をしっかりと見据え、無礼を承知で先を続けた。
「お願いがございます。
どうか、どうか今年の年貢についてのお慈悲を!」
中隊指揮官は必死だった。
彼はミワイの村の出身であり、そして村長の娘と恋仲だった。
それだけではなく、彼女の胎内には、中隊指揮官の子供が宿っていたのだ。
「年貢を納められないどころか、飢饉が起きそうなわけか。
それはまずいな」
どういうわけか必死な中隊指揮官の態度を不審に思いつつ、東原一佐は呟いた。
小さな村の年貢など一年程度途絶えたところで困らないが、規模は小さくとも飢饉が発生すれば、そこに住む民間人が危険に晒されてしまう。
「しっ、しかし、彼らは年貢を納める事ができないのであり、収めたくないのではありません!」
東原一佐の呟きを聞いた中隊指揮官は慌てた。
村への制裁などを命じられたらたまらないのだから当然である。
「わかっている。貴官たちの部下に農家出身者はいるか?」
「ええ、当然おりますが?」
突然の東原一佐の言葉に、中隊指揮官は質問に疑問系で返すという失礼をしてしまった。
その事実に気が付いた彼が慌てる前に、東原一佐は命令を下した。
「ならば話は早い。数名の技師を付けるから、ミワイの村の安定化任務に着け。
余り長期間にならんようにな。以上だ」
中隊指揮官は目の前の一等陸佐が何を言っているのかよくわからなかった。
年貢が納められない村に軍隊を派遣するとなれば、当然その任務は血なまぐさいものになるはずだ。
しかし、技師を付けるという言葉。
技師と言うからには、何らかの技術を収めた師匠クラスの人間なのだろう。
そのような人間を与えて、安定化任務とやらに着く。
「ん?わかりづらかったか?
井戸掘りの職人と農業技術者を派遣するから、そいつらと共同して問題を解決しろと言っているのだ」
東原一佐はあくまでも事務的に問題を解決しようとしていた。
井戸が枯れそうであり、そして飢饉が発生しようとしているのであれば、それを事前に解決してしまえば良い。
専門家の手で井戸の拡張、あるいは放棄を行い、どのような作物が向いているのか、あるいは農作に向いていないのかを見定めさせる。
そうする事により、事態は最小限の損害で解決される。
今後もずっと年貢を納められないというのは他の集落に示しがつかないし、飢饉から伝染病でも発生すれば多くの民間人が死傷してしまう。
その前に解決策を探るのは当たり前の行為なのだ。
「だ、第501中隊一同、命を掛けて任務に当たります!」
感激しつつ叫んだ中隊指揮官は、外見は平然としているが内心で盛大に驚いた東原一佐に敬礼した。
この後に大いなる発展を遂げたミワイの村(後の東ゴルシア県ミワイ市)に親愛なる指導者東原大先生の銅像が建つことは、こうして決定された。
「すまんな、このような格好で」
ソファーに座り、腰に毛布をかけた格好で統幕長は声をかける。
対面には空幕長と海幕長が座り、運の悪い陸幕長は恐縮しきった様子で彼の執務用椅子を借りている。
「いえ、重要な作戦中に、不調を押してでも会議を開かれるとあれば断りようがありません」
空幕長が真面目な口調で答える。
文面にすると随分と嫌味に聞こえるが、彼に他意はない。
今回の作戦にはほとんど関与していない彼は、現在進行形の作戦に限って言えばほとんど暇に近かった。
しかし、新設予定の戦略空軍(仮称)や大量生産型制空戦闘機、攻撃機開発が同時進行しているために多忙を極めている。
「将来についての重要な懸念事案の認識確認と聞いておりますが、どこかまた潰す必要のある国家が見つかったのでしょうか?」
海幕長が尋ねる。
日々拡大する一方の艦隊を維持するため、彼は基地要員の定員を供出してまで戦力の維持に努めている。
海上自衛隊の未来は明るい。
国家戦略上の問題から、出来る限りの拡大を求められているからだ。
しかし、その前段階を準備しなければならない彼は、大変に多忙である。
「新たな敵であれば、最悪本土の部隊を引き抜いてでも馳せ参じる覚悟は出来ております。
閣下、ご命令を」
生真面目に頑固と忠誠、そこへ無骨さをブレンドした陸幕長が言葉を発する。
それでいて一佐以上の部下たちに、半年に一度新規の仮想状況とその鎮圧までの想定を命じる人物である。
敵地占領後から本土からの撤退に伴う遅滞防御戦闘まで、あらゆる状況を想定し、その解決策の穴まで探す徹底振りである。
結果として、陸上自衛隊では昇進を嫌う将校まで現れた。
「魔法という未知の要素を持つ全世界を相手にするという状況において、諸君の認識を確認したかったのだ」
統幕長は回りくどい表現で言った。
さすがに怖い夢をみたので話を聞いてほしいとは言えない。
統幕長は三軍を束ねる人間たちに絶大な信頼を抱いてはいたが、彼も常識的な日本人男性である。
「こいつは狂った」と思われるわけにはいかない。
現在の日本国において、国益を損ねる存在に対しての扱いは極めて低い。
「現在確認されている範囲内での敵海洋戦力については考慮に値しないと考えております。
制海権については艦隊の段階的な増設さえ行えれば全く問題ありません」
古の戦艦の復活も想定に入れた海上自衛隊の艦隊拡張計画は順調に推移していた。
量産性の考慮は勿論最優先事項だが、日本国という圧倒的な科学技術帝国の存在を知らしめる使者は必要である。
転移後に開設された技術研究本部海上兵器開発局、通称『帝国海軍技術工廠】は、声高にそう叫んでいた。
この世界ではよほど立地に恵まれない限りは沿岸部に首都が設けられている。
いつでもそこに圧倒的な鉄量を叩き込める、そしてその能力を視覚的な意味で分かりやすい艦艇の増設は急務である。
残念ながら、誰もが納得せざるを得ない理屈だった。
日本国には、複数の空母機動部隊を建設し、運営する国力は無かったのだ。この時点では。
「米軍の支援もあり、我々の戦力向上は順調です。
戦略爆撃機の量産体制についてはあまり好調ではありませんが、それは時間が解決してくれるでしょう」
空幕長が答える。
航空自衛隊には、日本国外へ火力を投射できる兵器が不足していた。
48時間以内に日本国が望んだ場所を破壊できる兵器を!!
それをスローガンに、彼は日本国戦略空軍の建設を叫んでいた。
陸海空を問わず、自国軍の、自国民の血が流れる事を恐れる心優しい空軍司令官は、あくまでも人道的見地からそう叫んだ。
まあ、彼が心を痛める価値を見出す対象とは、あくまでも日本国民に限られていたが。
「現在の出生率のままでは、遅くとも20年後には戦力が不足すると予測されます。
今のところは機関銃と車両を大目にあてがった一個半大隊による統治体制の研究をさせています。
これを基幹とし、総数一個師団程度の現地民による植民地軍を作り、地方都市や辺境地域を防衛する戦力とする予定です」
現地民による軍隊、つまり崩壊した旧連合王国軍将兵を自衛隊の二線級戦力として活用する。
陸幕長と彼の幕僚たちは、そのようなプランを立てていた。
実は、既に中隊規模の戦力が自警団と言う名目で辺境都市の盗賊狩りに投入されている。
それを正式な制度として構築し、日本製の刀剣類で武装させ、陸上自衛隊の編成表に書き入れようとしているのだ。
将来の兵力不足に怯える自衛隊の、その中でも特に酷い人手不足に襲われる予定の陸上自衛隊は、手段など選んでいられないのだ。
もちろん、雇い入れる予定の兵士たちには最低限の教育と装備しか与えるつもりは無い。
戦略的に無価値な地域の治安維持のための部隊である。
最低限の軍事知識、将来の輸出に備えての試作段階の武具、塩を中心とした金品を用いない給与。
陸上自衛隊普通科中隊を派遣するには効率が悪すぎるから作っただけの警戒装置。
自衛隊からすれば、その程度の存在だった。
「あの計画か。
まあ、銃火器や我々に対抗できるだけの戦術でなければ何を提供しても構わん。
大陸の防衛戦力としては十分に利用価値がある。
それに、対魔法戦術という面では我々の師匠として十分な能力を持っているしな」
統幕長は、あくまでも冷酷にそう答えた。
「ありがとうございます。
大隊規模への拡張も年内に予定しておりますが?」
「陸上自衛隊は君に任せている。
改正自衛隊法なりなんなりで支援するから、とにかくあの大陸を日本国の完全な統治下においてくれ。
そのために独立行政法人もあそこに本部を置いたんだからな」
霞ヶ関のエアコンが効いたオフィスで、大陸の何が分かるのですか?
三軍の長を集めたあくまでも私的な飲み会で、泥酔した陸幕長は統幕長にそう語ったことがあった。
諫言は絶対に忘れない主義の統幕長は、彼から言われた言葉を官僚たちに伝えた。
返ってきた回答は、若手を集めて放り込めば、きっと良い意味で暴走するでしょうという言葉だった。
部下の進言は効果的と見れば聞くのが彼の信条である。
ある程度の特権と、厳しい罰則を設けた後に、彼は言われるままに書類にサインをした。
恐ろしいまでにその効果は上がっている。
それは、経済産業省や国土建設省の官僚たちが、何故若き日の統幕長を懐柔しなかったのだと上長に叱責されるほどに。
「ありがとうございます。
誓って」「戦果が挙がればいいが、今のところは戦争はないからお互い困るよな」
あくまでも真面目に礼を述べようとする陸幕長に対し、統幕長は苦笑しつつ言葉を遮った。
戦争が無い。
城攻めの真っ最中に言う言葉ではないが、しかし彼の言葉は現状を的確に表している。
厳密に言うと、日本国はグレザール帝国と戦争状態には陥っていないのだ。
どこからどうみても戦争の最中なのだが、それはグレザール帝国本国には伝わっていない。
全面戦争の準備が整っていない日本国は、全力で情報が敵国に伝わらないようにしているからである。
ダークエルフを用いた通信魔法妨害、マジックジャミングとでも呼ぶべきそれ。
海上封鎖、陸路の遮断。
思いつく限りの手段を用いて、日本国は全面戦争への突入を先延ばしにしていた。
陸上自衛隊が敵地侵攻のための師団を抽出でき、海上自衛隊が攻撃のために一個艦隊を動員する。
そして航空自衛隊が、戦略爆撃隊を建設する。
完成とまではいかないにしても、せめてその目処が立つまでは、本格的な戦争はできないのである。
自衛隊の攻撃が発覚するのが時間の問題だとしても。
日本人という存在は、最高のお人よしである。
彼らからすれば冷酷な扱いを受けているはずの陸上自衛隊ゴルシア方面隊第501独立中隊と呼ばれる植民地軍からはこう認識されていた。
叩き潰した敵国の軍人を独立した部隊として召抱える。
侮蔑もされなければ過酷な扱いもされない。
対等の、同じ軍隊に所属する軍人としてみなしてくる。
騎士団と同じ巡回という仕事を、ただの兵士である自分たちに任せてくれる。
そして、見たことも無い良質な武具と日本製の塩という最高級の給料を与えてくれる。
もちろん、衣食住は完備で、怪我をすれば医者が診てくれる。
海を越えた向こうに住むという日本国の天皇陛下はきっと人間の形をした神様に違いない。
ここまでされて、結果を出さねばゴルシアの男ではない。
民を統べ、国を富ませ、日本人たちへ恩を返さねばならない。
その負債は膨れ上がる一方だったが、何のことはない。
彼らの言うとおり、国を富ませれば、民衆がその負債を返済してくれる。
「なるほどなるほど、ミワイの村は今年の年貢が納められそうもないと」
統幕長たちが深刻な表情で会議をしている中、501独立中隊も管理する東原一等陸佐は、陳情に訪れた将校たちに囲まれていた。
最初にひれ伏そうとした一同を立たせた彼は「自衛隊では敬礼以上は求めない」と短く伝えた。
501中隊指揮官たちから見れば、それは革命的な出来事だった。
国家を叩き潰した占領軍司令官閣下が、敗戦国の軍人に対して普通以上の敬意は求めないというのだ。
日本人たちに比べて随分と純粋な彼らは、涙腺を緩めないように必死になった。
一斉に顔を強張らせた将校たちを見た東原一佐は内心で冷や汗を流した。
調子に乗りすぎたかもしれない。
確かに自衛隊は敵国軍隊を叩き潰したが、それは卓越した格闘能力や圧倒的な魔法力ではない。
すべては科学技術によって作り上げられた軍隊が行ったのである。
彼は少なからぬ兵力を率いる指揮官ではあるが、彼自身の戦闘能力はたかが知れている。
「まあ掛けてくれ」
笑顔で着席を促す。
立たれたままでは、いつ飛び掛られるか分からない。
椅子にさえ座ってくれれば、そこから立ち上がろうとする一動作が必要になる。
その間にドアの両脇に立っている陸士たちが何とかしてくれるだろう。
「まあリラックスして、そうだ、タバコはどうかね?」
引き出しを開けてタバコを取り出す。
その隣には装弾された拳銃が置かれている。
野戦では気休めにもならないが、至近距離での戦闘ならば大いに役立つ武器である。
「随分と深刻な話だろうから、せめて気分だけでも落ち着けてから話してくれ」
笑顔でタバコを手渡し、ライターも渡す。
もちろん引き出しは開けたままだ。
「重ねてのご好意、誠にありがとうございます」
タバコを受け取った中隊指揮官は、感激しつつもきちんと礼を述べ、そして部下たちに分配する。
「うん、それで話と言うのはなんだろうか?
確かミワイの村がどうしたとか?」
笑顔で先を促した東原一佐に対し、501中隊将校たちは緊張した。
目の前の日本人は、自分たちの本音を聞きたがっている。
彼らはそう判断した。
そうでなければ高級品である日本製タバコをこうも惜しげなく与えてなどくれはしない。
「実は、我々も何度も確認したのですが」
言いづらそうに中隊指揮官は言葉を続ける。
目の前の温和そうな司令官が激怒したら、ミワイの村どころか自分たちもただではすまない。
「ミワイの村では井戸が枯れかけており、今年の年貢が収められそうも無いのです。
現状では、来年分の種を用意するだけでも餓死者が出かねない状況です」
そこで彼は一旦黙った。
東原一佐の目をしっかりと見据え、無礼を承知で先を続けた。
「お願いがございます。
どうか、どうか今年の年貢についてのお慈悲を!」
中隊指揮官は必死だった。
彼はミワイの村の出身であり、そして村長の娘と恋仲だった。
それだけではなく、彼女の胎内には、中隊指揮官の子供が宿っていたのだ。
「年貢を納められないどころか、飢饉が起きそうなわけか。
それはまずいな」
どういうわけか必死な中隊指揮官の態度を不審に思いつつ、東原一佐は呟いた。
小さな村の年貢など一年程度途絶えたところで困らないが、規模は小さくとも飢饉が発生すれば、そこに住む民間人が危険に晒されてしまう。
「しっ、しかし、彼らは年貢を納める事ができないのであり、収めたくないのではありません!」
東原一佐の呟きを聞いた中隊指揮官は慌てた。
村への制裁などを命じられたらたまらないのだから当然である。
「わかっている。貴官たちの部下に農家出身者はいるか?」
「ええ、当然おりますが?」
突然の東原一佐の言葉に、中隊指揮官は質問に疑問系で返すという失礼をしてしまった。
その事実に気が付いた彼が慌てる前に、東原一佐は命令を下した。
「ならば話は早い。数名の技師を付けるから、ミワイの村の安定化任務に着け。
余り長期間にならんようにな。以上だ」
中隊指揮官は目の前の一等陸佐が何を言っているのかよくわからなかった。
年貢が納められない村に軍隊を派遣するとなれば、当然その任務は血なまぐさいものになるはずだ。
しかし、技師を付けるという言葉。
技師と言うからには、何らかの技術を収めた師匠クラスの人間なのだろう。
そのような人間を与えて、安定化任務とやらに着く。
「ん?わかりづらかったか?
井戸掘りの職人と農業技術者を派遣するから、そいつらと共同して問題を解決しろと言っているのだ」
東原一佐はあくまでも事務的に問題を解決しようとしていた。
井戸が枯れそうであり、そして飢饉が発生しようとしているのであれば、それを事前に解決してしまえば良い。
専門家の手で井戸の拡張、あるいは放棄を行い、どのような作物が向いているのか、あるいは農作に向いていないのかを見定めさせる。
そうする事により、事態は最小限の損害で解決される。
今後もずっと年貢を納められないというのは他の集落に示しがつかないし、飢饉から伝染病でも発生すれば多くの民間人が死傷してしまう。
その前に解決策を探るのは当たり前の行為なのだ。
「だ、第501中隊一同、命を掛けて任務に当たります!」
感激しつつ叫んだ中隊指揮官は、外見は平然としているが内心で盛大に驚いた東原一佐に敬礼した。
この後に大いなる発展を遂げたミワイの村(後の東ゴルシア県ミワイ市)に親愛なる指導者東原大先生の銅像が建つことは、こうして決定された。