イルフェス王国、昼食時間のシュフの宿屋兼食堂ではいつもの食事風景があった。
「ごちそうさん。お代、ここ置いとくよ」
「お客さん、定食は5ルーブだよ。これじゃ2ルーブ足りない」
「ちょっと待ってくれ、定食は3ルーブだっただろう?
俺はよくここで同じ物を食ってるんだから、間違いない」
「店の前に書いてあっただろう。昨日から定食は5ルーブになったんだ」
「悪かったな、俺は文字が読めないんだよ!」
従業員と客が口論している。
ここ数日、各地でこのような光景がとても増えた。
宿屋だけでなく、パン屋や肉屋でも同じような光景が見られる。
食料品の価格の急騰が原因だ。
パンや肉、ワインを中心に、価格が1.5倍から2倍以上になっている。
「3ルーブだったところが5ルーブって、ぼったくりもいいところだろ? 店主を呼べ!」
客はなおも食って掛かる。口論を聞きつけ、店の奥から店主が出てきた。
「私がこの店の主でございます」
「定食は3ルーブだろ? この何十年ずっとそうだったじゃないか」
「ですが、今は5ルーブです。正直これでもギリギリでして、
本当は6ルーブ程いただかないと店がやっていけんのです」
「どういうこった?」
「最近、パンをお買い上げになりましたか?」
「パンは毎週買っているぞ。今週分は先週買ったが」
「ではご存じないのですね。今週から、パンの値段が倍になりました。
お酒も倍です。ですから、定食もこの内容で5ルーブはお値打ち価格ですよ」
「……は?」
客は言葉を失った。パンの値段が倍だと?
という事はつまり、今回から自分がパンを買う時は倍の値段という事なのか?
この客の男は日雇い労働者だ。
肉体労働をして日銭を稼ぐ、非正規雇用者。
今は港湾労働に従事しており、日当は25ルーブ。
決して良い給金ではない。海軍の水兵にでもなれば日当は倍以上だ。待遇が最悪だが。
昼食で5ルーブだったら、夕食は8ルーブだ。朝食は3ルーブくらいだろう。
しめて16ルーブ。それに酒が一杯2ルーブの倍だとしたら4ルーブで、2杯飲んだら合計24ルーブ。
何と、それだけで日当になってしまう。どの宿屋に泊まれば良いのだ?
ベッドの無い雑魚寝宿屋だって、一泊5ルーブはする。
つまり、3食に15ルーブ、宿に5ルーブとすれば酒が一杯しか飲めないという事ではないか!
しかもこれでは貯金が出来ない。服や日用品が買えない。
食事と宿に服や日用品は必須だから、とすると断酒しか無いが、それでも1日4ルーブしか貯まらない。
今までは1日3食9ルーブに、酒が2杯で4ルーブ。宿屋が5ルーブで合計18ルーブ。7ルーブ余っていた。
1ヶ月25日働けば、1年で2100ルーブ。つまり1リルスと1シアルが手元に残っていた。
もし、以前から断酒をしていたら、1日に11ルーブ余り、1年で1リルスと13シアルが自由に使えたはずなのだ。
それが、今後は断酒をしても1年で1リルスと1シアルしか手元に残らないのだ。
自由に使える金が2/3に減ったのと同じだろう。
男は初めて知った事実に愕然とする。
「何で、そんな事になっちまったんだ?」
「皇国はご存知ですか?」
「大内洋に現れた島国だろ? 噂じゃあ、ライランスをこてんぱんに叩きのめしたとか」
「皇国は、我が国から大量の食糧や酒を買い漁りましてね。価格が最近急騰しているのです」
「それはつまり……どういうこった?」
「飢饉になると食物の値段が上がりますでしょう? あれと同じ理屈です」
「せっかく戦争に勝って賠償金も分捕ったってのに……貧乏になっちまうじゃないか」
何か腑に落ちない男は、これからの生活が不安になってきた。
「そういう訳ですので、お客様、お代は5ルーブお願いします」
「わかったよ。残りの2ルーブだ」
「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」
お辞儀をしながら店主は思った。
再来週か来月あたりには、定食は6ルーブにさらに値上げする必要があるかどうかと。
「ごちそうさん。お代、ここ置いとくよ」
「お客さん、定食は5ルーブだよ。これじゃ2ルーブ足りない」
「ちょっと待ってくれ、定食は3ルーブだっただろう?
俺はよくここで同じ物を食ってるんだから、間違いない」
「店の前に書いてあっただろう。昨日から定食は5ルーブになったんだ」
「悪かったな、俺は文字が読めないんだよ!」
従業員と客が口論している。
ここ数日、各地でこのような光景がとても増えた。
宿屋だけでなく、パン屋や肉屋でも同じような光景が見られる。
食料品の価格の急騰が原因だ。
パンや肉、ワインを中心に、価格が1.5倍から2倍以上になっている。
「3ルーブだったところが5ルーブって、ぼったくりもいいところだろ? 店主を呼べ!」
客はなおも食って掛かる。口論を聞きつけ、店の奥から店主が出てきた。
「私がこの店の主でございます」
「定食は3ルーブだろ? この何十年ずっとそうだったじゃないか」
「ですが、今は5ルーブです。正直これでもギリギリでして、
本当は6ルーブ程いただかないと店がやっていけんのです」
「どういうこった?」
「最近、パンをお買い上げになりましたか?」
「パンは毎週買っているぞ。今週分は先週買ったが」
「ではご存じないのですね。今週から、パンの値段が倍になりました。
お酒も倍です。ですから、定食もこの内容で5ルーブはお値打ち価格ですよ」
「……は?」
客は言葉を失った。パンの値段が倍だと?
という事はつまり、今回から自分がパンを買う時は倍の値段という事なのか?
この客の男は日雇い労働者だ。
肉体労働をして日銭を稼ぐ、非正規雇用者。
今は港湾労働に従事しており、日当は25ルーブ。
決して良い給金ではない。海軍の水兵にでもなれば日当は倍以上だ。待遇が最悪だが。
昼食で5ルーブだったら、夕食は8ルーブだ。朝食は3ルーブくらいだろう。
しめて16ルーブ。それに酒が一杯2ルーブの倍だとしたら4ルーブで、2杯飲んだら合計24ルーブ。
何と、それだけで日当になってしまう。どの宿屋に泊まれば良いのだ?
ベッドの無い雑魚寝宿屋だって、一泊5ルーブはする。
つまり、3食に15ルーブ、宿に5ルーブとすれば酒が一杯しか飲めないという事ではないか!
しかもこれでは貯金が出来ない。服や日用品が買えない。
食事と宿に服や日用品は必須だから、とすると断酒しか無いが、それでも1日4ルーブしか貯まらない。
今までは1日3食9ルーブに、酒が2杯で4ルーブ。宿屋が5ルーブで合計18ルーブ。7ルーブ余っていた。
1ヶ月25日働けば、1年で2100ルーブ。つまり1リルスと1シアルが手元に残っていた。
もし、以前から断酒をしていたら、1日に11ルーブ余り、1年で1リルスと13シアルが自由に使えたはずなのだ。
それが、今後は断酒をしても1年で1リルスと1シアルしか手元に残らないのだ。
自由に使える金が2/3に減ったのと同じだろう。
男は初めて知った事実に愕然とする。
「何で、そんな事になっちまったんだ?」
「皇国はご存知ですか?」
「大内洋に現れた島国だろ? 噂じゃあ、ライランスをこてんぱんに叩きのめしたとか」
「皇国は、我が国から大量の食糧や酒を買い漁りましてね。価格が最近急騰しているのです」
「それはつまり……どういうこった?」
「飢饉になると食物の値段が上がりますでしょう? あれと同じ理屈です」
「せっかく戦争に勝って賠償金も分捕ったってのに……貧乏になっちまうじゃないか」
何か腑に落ちない男は、これからの生活が不安になってきた。
「そういう訳ですので、お客様、お代は5ルーブお願いします」
「わかったよ。残りの2ルーブだ」
「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」
お辞儀をしながら店主は思った。
再来週か来月あたりには、定食は6ルーブにさらに値上げする必要があるかどうかと。