「腕の力を抜いて…そう、後ろを支えているからね、心配しないで」
迷彩服を着た自衛隊員が、ハンドルをがくがくと震わせながらぎゃくしゃく進む自転車の荷台を支えている。
乗っているのは中年の男性だ。
十数メートルほど前方にあるゴールの線を、何度もバランスを崩しそうになりながらも何とか通過した自転車
から男が降りる。彼は笑顔で後ろの隊員と握手を交わした。
乗っているのは中年の男性だ。
十数メートルほど前方にあるゴールの線を、何度もバランスを崩しそうになりながらも何とか通過した自転車
から男が降りる。彼は笑顔で後ろの隊員と握手を交わした。
防衛部隊とは別に、平和貢献部隊と銘打たれた数十名の隊員は、様々な方面でリクマイス市民が地球
文化に触れられるよう支援をしている。
今回はリクマイスの広場で行われた自転車教室である。市民の移動に役立ててもらおうと、増え続ける
放置自転車の一部が異世界に贈られたのだが、異世界の住民には彼らには初めて見る乗り物だ。乗り方を
教え、普及を促進する必要がある。
文化に触れられるよう支援をしている。
今回はリクマイスの広場で行われた自転車教室である。市民の移動に役立ててもらおうと、増え続ける
放置自転車の一部が異世界に贈られたのだが、異世界の住民には彼らには初めて見る乗り物だ。乗り方を
教え、普及を促進する必要がある。
そうして開かれた教室も数回目。徐々に市民の間にも浸透し、今では魔法を使えない市民を中心に、遠く
まで自分の足で行ける乗り物として人気が出始めている。それまでの市民の足には乗合馬車があったの
だが、その運賃は裕福でない市民が普段の足として利用できるほど安価ではなかった。自転車があれば
驚くほど行動距離が伸びるのだ。すでに隣の州まで一日で往復してきた、などと触れ回る強者も現れている。
まで自分の足で行ける乗り物として人気が出始めている。それまでの市民の足には乗合馬車があったの
だが、その運賃は裕福でない市民が普段の足として利用できるほど安価ではなかった。自転車があれば
驚くほど行動距離が伸びるのだ。すでに隣の州まで一日で往復してきた、などと触れ回る強者も現れている。
実技指導をする隊員に混ざり、ライトの使い方や空気の入れ方などを説明していた久口一尉に、青い
顔で一人の隊員が駆け寄ってきた。
自転車を押して歩くと同時に輝き始める自転車のライトに興味津々の子供達。久口を取り巻く彼らを、
汗だくの隊員は押しのけ押しのけ前に出た。
彼は耳元に小声で囁いた。
顔で一人の隊員が駆け寄ってきた。
自転車を押して歩くと同時に輝き始める自転車のライトに興味津々の子供達。久口を取り巻く彼らを、
汗だくの隊員は押しのけ押しのけ前に出た。
彼は耳元に小声で囁いた。
「ロシアが仕掛けたようです」
もう少し膠着状態を続けるのではないかと思っていた久口は内心動揺したが、顔に出さないよう努めて
平静を保った。
平静を保った。
「始まった? じゃあ、王宮に向かうから車を回して」
「はい」
「はい」
市民に不安を与えないようにこの場は滞りなく進めてくれ、と他の隊員たちに言付け、彼は急ぎ王宮
へと向かった。
へと向かった。
王宮では襲撃の連絡がまだ伝わっていないのか、雰囲気はのんびりとしたものであった。
王宮内を歩く人間は使用人をのぞき、高価な生地にきらびやかな刺繍を施したローブを着ている
者がほとんどだ。その中で迷彩服はとても目立った。血相を変えて飛び込んできたなら尚更だ。
重臣達はすわ何事か、とざわめき立った。
王宮内を歩く人間は使用人をのぞき、高価な生地にきらびやかな刺繍を施したローブを着ている
者がほとんどだ。その中で迷彩服はとても目立った。血相を変えて飛び込んできたなら尚更だ。
重臣達はすわ何事か、とざわめき立った。
「おお、久口殿。懸案の次期護国卿が決まりましたぞ」
話しかけてきたのはレイエス内務卿だった。
「バリオ・ガリンという北西の守備を任されていた将軍でな。実直な性格で下士官、兵の信望も厚い男よ」
「それは何よりです…ひとまず、危急の用件にて国王陛下に目通り願いたいのですが」
「うむ、私が取り次ごう」
「それは何よりです…ひとまず、危急の用件にて国王陛下に目通り願いたいのですが」
「うむ、私が取り次ごう」
昼食を終え、王宮の中庭を散歩していた国王にレイエスがまず挨拶。続いて久口が敬礼し、国王に
本題を伝えた。
本題を伝えた。
「先程開戦したようです」
「まことか! して戦況は?」
「……緒戦は思わしくなかったようです」
「まことか! して戦況は?」
「……緒戦は思わしくなかったようです」
聞いた瞬間、国王の顔が歪む。しかし次の瞬間にはいつもの温厚な笑顔を取り戻し、
「なんと……頼むぞ、そなたらが頼りなのだ」
「はい、必ずや」
「はい、必ずや」
細かな戦況の説明を終えた後に深々と礼をし立ち去る久口を見届けた後、国王はレイエスに訊ねた。
久口を笑顔で見送ったはずの彼の顔は、すっかり青ざめていた。
久口を笑顔で見送ったはずの彼の顔は、すっかり青ざめていた。
「……どうする、内務卿。日米が負けたら我が国は滅ぶのか」
すっかり白く染まった髭をいじり、内務卿は答えた。
「なんの、まだまだ緒戦。異界の同盟国を信じ、様子を見るときかと………しかしロシアとの話し合いの
窓口は欲しいところですな」
「うむ…戦時の交渉はそなたに一任する」
「は、万事お任せを…」
窓口は欲しいところですな」
「うむ…戦時の交渉はそなたに一任する」
「は、万事お任せを…」
一方、王宮の巨大な扉をくぐり市街へ出ようとした久口を、陰から現れた何者かが呼び止めた。灰色の
ローブを纏い、目深にフードをかぶった長身の若者は、トカゲのような縦に細長い、赤い瞳でこちらを見つめた。
ローブを纏い、目深にフードをかぶった長身の若者は、トカゲのような縦に細長い、赤い瞳でこちらを見つめた。
久口にはその眼に見覚えがあった。
「ドラゴンの関係者かな?」
「ほう、一目でお分かりになるとは大したものです。私はドラゴンのブークと申します」
「ほう、一目でお分かりになるとは大したものです。私はドラゴンのブークと申します」
フードを下ろし、長い黒髪と端正な顔を表に出したブークは、恭しく久口に一礼した。
「用件をうかがいましょうか」
もしかして未だ王宮内にいる二人のドラゴンを取り返しに来たのか、自分が人質にされた場合はどうするか、
など頭の中で考えを巡らしながら、彼はできるだけ穏やかに対応した。
など頭の中で考えを巡らしながら、彼はできるだけ穏やかに対応した。
返ってきた答えは意外なものだった。
「戦況がよろしくないとお聞きしていますが、もしドラゴンの全兵力をそっくり手に入れられるとしたら……
どうでしょうか、興味はございませんか?」
どうでしょうか、興味はございませんか?」
涼しげな笑顔でとんでもないことを言うものだ、と久口は呆れたが、このような有象無象の売り込みは
米軍にはよくあると聞いている。大ボラなら笑い飛ばしてやればよい。
米軍にはよくあると聞いている。大ボラなら笑い飛ばしてやればよい。
「………面白そうだね。詳しく聞こう」
とりあえずの思惑が一致した二人はお互いに小さく笑みを浮かべた。
「ガッデム! ウォッカ野郎どもめ、調子に乗りおって!!」
米異世界派遣軍総司令官ケニー・ジョンソン中将は、リクマイス郊外の平野に設けられた部隊駐屯地で
怒りに満ちた声を上げた。
怒りに満ちた声を上げた。
ロシア軍が急襲してから一日経ち、混乱の中対応に追われた米軍はようやく状況を飲み込みつつあった。
前線から後退すること一日で五十キロ。米軍にとっては屈辱以外の何物でもない。被害報告が上がって
くる度にジョンソンの血管は破裂寸前に膨れ上がった。
前線から後退すること一日で五十キロ。米軍にとっては屈辱以外の何物でもない。被害報告が上がって
くる度にジョンソンの血管は破裂寸前に膨れ上がった。
「大体空軍の奴らがだらしないからこういうことになる! ラプターを出し惜しみするとは話にならん!」
机の上の地図を拳で小突きながら空軍を批判するジョンソンを、副官のダニー・オランテス大佐がなだめた。
「敵の戦闘機の謎がわからない限り、ラプターは出せないと上が判断したのでしょう…墜落した残骸を
ロシアに回収されでもしたらえらいことになりますし」
「そのツケがこっちに回ってくる! 昨日一日で何人死んだと思ってる!? 死亡62人に不明18人だぞ?
地元の土民兵を盾に使いたいくらいだ! 何のためにオモチャを貸し与えてると思ってるんだ!」
ロシアに回収されでもしたらえらいことになりますし」
「そのツケがこっちに回ってくる! 昨日一日で何人死んだと思ってる!? 死亡62人に不明18人だぞ?
地元の土民兵を盾に使いたいくらいだ! 何のためにオモチャを貸し与えてると思ってるんだ!」
ボレアリアの本軍は国境付近に多数集結してはいたものの、護国卿不在の混乱が長引き、銃を使った
訓練もままならず戦力にはならない状態であった。ロシア軍が現れるや否や、彼らは首都防衛の口実で
あっという間に引き返してしまったのだ。
訓練もままならず戦力にはならない状態であった。ロシア軍が現れるや否や、彼らは首都防衛の口実で
あっという間に引き返してしまったのだ。
同席していた参謀の一人が言った。
「ロシアも地元軍を支援する形でやるのかと思っていましたが、いきなり本国軍を動かしてくるとは意外
でした。地元軍に頼らず本国軍を動かすということは、短期決戦を志向しているということで間違いない
でしょう」
「…気に食わんな。短期決戦なら勝てると思われているようで」
でした。地元軍に頼らず本国軍を動かすということは、短期決戦を志向しているということで間違いない
でしょう」
「…気に食わんな。短期決戦なら勝てると思われているようで」
テントの幕を静かにめくり、入ってきた一人の兵士が敬礼した。今日何度目か思い出せないほど繰り
返された戦死者確認の報告である。
返された戦死者確認の報告である。
「不明18名のうち、6名の遺体を確認しました」
「ご苦労」
「ご苦労」
連絡兵が去った後、ジョンソンはオランテスに向き直り嫌らしく笑った。
「上層部は死人を処理するために、わざわざアラブの武装勢力に金を払って犯行声明を出させるそう
じゃないか。勇敢に戦い散った若者はテロリストのIEDでbomb!……ということになるらしい。理不尽な
話さ。命を奪われたばかりか、仲間が名誉まで奪っていくんだからな」
じゃないか。勇敢に戦い散った若者はテロリストのIEDでbomb!……ということになるらしい。理不尽な
話さ。命を奪われたばかりか、仲間が名誉まで奪っていくんだからな」
再び兵士が幕をくぐって姿を現した。
「将軍、大統領からの無線が入っております。至急話したいとの事です」
ジョンソンは兵士が差し出した無線の受話器を無造作に奪い取った。
「……お待たせしました、大統領。ジョンソンです」
叱責が飛んでくるのではないか、と周りの副官や参謀が静かに見守る中、ジョンソンと大統領の会話が
始まった。
少ししわがれた、ゆっくりとした口調の言葉が受話器から返ってくる。
始まった。
少ししわがれた、ゆっくりとした口調の言葉が受話器から返ってくる。
「ひとまず…ご苦労だった、将軍。私は君らの奮闘を心から労いたい」
「過分なお言葉、恐縮です」
「不足する兵員や武器、君が言いたいことは私も重々承知しているつもりだ。やりくりがつき次第、順次
増援を送ろう」
「過分なお言葉、恐縮です」
「不足する兵員や武器、君が言いたいことは私も重々承知しているつもりだ。やりくりがつき次第、順次
増援を送ろう」
いい機会だ、この場で大統領に何がしかの不満を訴えようと思っていたジョンソンであったが、先手を
打たれてしまった。何を言ったものかと思案しているうちに、大統領が再び口を開いた。
打たれてしまった。何を言ったものかと思案しているうちに、大統領が再び口を開いた。
「将軍」
「はっ」
「はっ」
一息呼吸を置いてから大統領は続けた。
「………まだ戦えるかね?」
「もちろんです、大統領」
「うむ、戦闘が続行可能かどうかの判断は総司令官である君に一任する。もう戦えないと君が判断
したら、すぐにホワイトハウスに連絡をしてほしい」
「了解しました」
「もちろんです、大統領」
「うむ、戦闘が続行可能かどうかの判断は総司令官である君に一任する。もう戦えないと君が判断
したら、すぐにホワイトハウスに連絡をしてほしい」
「了解しました」
通話終了のボタンを押し、大統領は暗号化機能付の通話機を机に置いた。
舞台は変わり、ホワイトハウス地下のシチュエーション・ルーム。
側には国防長官、国家安全保障担当補佐官、統合参謀本部議長の錚々たる面々が揃っている。
舞台は変わり、ホワイトハウス地下のシチュエーション・ルーム。
側には国防長官、国家安全保障担当補佐官、統合参謀本部議長の錚々たる面々が揃っている。
「やれやれ、後手に回ってしまったな。挽回できる策はあるのかね?」
相変わらずゆっくりとした口調であったが、明らかに怒気のこもった声で大統領は言った。彼はそのたれ
気味の眼をつり上げ、面々へ視線を送った。
気味の眼をつり上げ、面々へ視線を送った。
「あの奇妙な戦闘機がどうにかなれば、すぐにでも制空権を取り戻せるのですが」
どういう仕組みで数百キロの彼方からステルス機を捕捉するのか、未だにわからない。彼らの会話には
頻繁に「奇妙な戦闘機」という単語が現れた。
大統領はテーブルに置かれた書類の一枚を指で弄びながら言った。
頻繁に「奇妙な戦闘機」という単語が現れた。
大統領はテーブルに置かれた書類の一枚を指で弄びながら言った。
「ジーク以来かね? 制空権を取られて戦うのは」
「そうですね」
「そうですね」
かつて第二次大戦初期、圧倒的な空戦能力を誇った零戦に不覚を取り、東南アジアから連合国共々
叩き出された経験は、数十年たった今も神秘的なイメージと共に米国人の心に刻まれている。
それ以来、米軍は空軍力で一度も後れを取ったことがなかった。たった一国、東側で米国の技術に
追いすがってきたロシアとは一度も対戦してはいなかったが、もし戦うことになっても優位は揺るがないだろう、
と信じられていた。
叩き出された経験は、数十年たった今も神秘的なイメージと共に米国人の心に刻まれている。
それ以来、米軍は空軍力で一度も後れを取ったことがなかった。たった一国、東側で米国の技術に
追いすがってきたロシアとは一度も対戦してはいなかったが、もし戦うことになっても優位は揺るがないだろう、
と信じられていた。
制空権を奪われたというのは、久々のショックだった。立て直すために大ナタをふるい、緒戦の敗北に
萎えた士気を奮い立たせねばならない。
萎えた士気を奮い立たせねばならない。
「個々で上回る相手に勝つには、圧倒的な物量が必要だ。そうだろう?」
「大統領、これは『秘密の戦い』なのです。何十機も何百機も戦闘機を繰り出す訳には参りません」
「何も出さずに、リスクも負わずに、この状況を好転できる手立てが君達にはあるのかね? 情報が漏れる
リスクなど負けるリスクに比べたらなんてことはない」
「大統領、これは『秘密の戦い』なのです。何十機も何百機も戦闘機を繰り出す訳には参りません」
「何も出さずに、リスクも負わずに、この状況を好転できる手立てが君達にはあるのかね? 情報が漏れる
リスクなど負けるリスクに比べたらなんてことはない」
米軍は死人処理の都合上、異世界の前線で活動する兵員は中東へ行ったことになってなければ
ならない。いきおい、中東に派遣した兵員と実際に中東現地で活動している兵員の数に差が出過ぎると
まずいことになる。
機密保持の面からも、大統領を除く彼らは異世界への兵を大幅に増員するのは好ましくないと考えていた。
ならない。いきおい、中東に派遣した兵員と実際に中東現地で活動している兵員の数に差が出過ぎると
まずいことになる。
機密保持の面からも、大統領を除く彼らは異世界への兵を大幅に増員するのは好ましくないと考えていた。
「君達はいざとなったら全部ブッ壊して終わりにしようという腹積もりだろう。だからモノもヒトももったいないの
だろう。それじゃあ駄目だ。例え歴史に残らない戦いであっても…合衆国は勝たねばならない。守るべき
誇りがあるからこそ、全力を超えた力が出せる。誇りが崩れれば兵は逃げるだけだ」
だろう。それじゃあ駄目だ。例え歴史に残らない戦いであっても…合衆国は勝たねばならない。守るべき
誇りがあるからこそ、全力を超えた力が出せる。誇りが崩れれば兵は逃げるだけだ」
大統領は本当にわかっているのか?、とでも言いたげに、彼らの顔をのぞき込む素振りを見せた。
「では『オペレーション・マジック・ワンド(魔法の杖作戦)』の見直しにかかるとしましょう」
国防長官は大統領の怒りが思いの他強いことを察知したのか、残りの二人に向けて小さく首を振った。
少しだけ溜飲の下がった大統領は、半日中にまとめてくるように、と言い残し部屋を出て行った。
少しだけ溜飲の下がった大統領は、半日中にまとめてくるように、と言い残し部屋を出て行った。
ロシアが侵攻を始めて翌日の昼過ぎ。フォリシア首都ジェルークスの市街外れにある、重臣パオロ・
マルカエデスの邸宅をロシアの大統領補佐官が極秘に訪れた。
マルカエデスの邸宅をロシアの大統領補佐官が極秘に訪れた。
「ようこそ補佐官殿! 私の屋敷でゆるりとくつろいで下され!」
玄関先で補佐官を出迎えたマルカエデスは、まるで十年来の旧友にでも会ったかのように喜色を現した。
続いて通された廊下では、派手派手しい壁一面の絵画、金銀で装飾された陶磁器などが居並んでいる。
彼は一つ一つの前で足を止め、補佐官に入手した経緯や由来などを語るのだった。
彼は一つ一つの前で足を止め、補佐官に入手した経緯や由来などを語るのだった。
内心うんざりの補佐官だが、そんな事はロシア国内で慣れっこである。おくびにも出さず、応接室に通される
まで笑顔で応対した。
まで笑顔で応対した。
室内を見渡した補佐官は、一見中世風な調度品に混じって、ロシアから贈られたスピーカーが鎮座して
いるのに気が付いた。
いるのに気が付いた。
「ステレオセットがお気に入りのようですね。何か新しいCDがお望みでしたらいつでもどうぞ」
マルカエデスはようやく使い方を覚えたプレイヤーの電源を入れ、トレイにお気に入りのクラシックCDを
セットした。数秒後、重厚なオーケストラの音が室内に響き渡り始めた。
セットした。数秒後、重厚なオーケストラの音が室内に響き渡り始めた。
「いや、このクラシックという音楽は実にいいものですな。こちらの音楽とは違うが、まことに味わい深い。
特にモーツァルトという作曲者が気に入りでして…心に沁み入る曲というのは世界を越えて通じるということ
ですかな」
「モーツァルトですか。早速取り寄せましょう」
特にモーツァルトという作曲者が気に入りでして…心に沁み入る曲というのは世界を越えて通じるということ
ですかな」
「モーツァルトですか。早速取り寄せましょう」
礼を言ったマルカエデスが小鈴を取り出し澄んだ音を鳴らすと、すぐに召使いが部屋の扉を開けてやってきた。
「御用でしょうか」
マルカエデスは補佐官の方に振り向いた。
「うむ…ロシアの使者の方、時間はありますかな? よい鹿の肉が手に入りましてね…異界の方にも是非
ご賞味頂きたいと」
ご賞味頂きたいと」
前の日に狩りに出ていた彼は、まだ若い者には引けを取らぬ、と自負する強弓で立派な鹿を仕留めていた。
彼は、食事にかこつけて補佐官に大成果を自慢しようと企んでいたのである。
彼は、食事にかこつけて補佐官に大成果を自慢しようと企んでいたのである。
「いえ、今日はこの後に仕事が控えておりますので…お構いなく」
あっさりと辞退され補佐官の前で残念そうに召使いを帰したマルカエデスに、補佐官は本題を切り出した。
「今我々の陸軍が進攻を続けているのはご存知かと」
「もちろん。見事なものですな」
「もちろん。見事なものですな」
マルカエデスは大げさに頷いてみせた。補佐官は続けた。
「大統領は、かねてより依頼していた国王他の説得が順調に進んでいるか、気を揉んでおります」
「何もご心配することはございません、と大統領閣下にお伝え下さい」
「何もご心配することはございません、と大統領閣下にお伝え下さい」
補佐官は、露大統領が何度も口を酸っぱくして言った台詞を思い出した。
──この戦いで勝利する秘訣は、意識を"ずれさせる"ことなのだ──
机の前で両手を組んだまま、記憶の中の露大統領は言った。
日米には最後まで『まだ戦える』と思わせておかねばならない。彼らが『もうダメだ』と思ったら、その瞬間に
チェス盤はひっくり返される。盤をひっくり返される前に勝利するには、ボレアリアにだけ『もうダメだ』と思わせ、
盤ごとひったくるのだ。
日米には最後まで『まだ戦える』と思わせておかねばならない。彼らが『もうダメだ』と思ったら、その瞬間に
チェス盤はひっくり返される。盤をひっくり返される前に勝利するには、ボレアリアにだけ『もうダメだ』と思わせ、
盤ごとひったくるのだ。
大統領は一気に攻め込み、ボレアリア陣営に恐怖を味わわせた上で、日米をゲートの外に追いやる
条件であれば、領土を保証し講和するという交渉を行うつもりであった。
勝って土地を得られないフォリシア側には、当然納得のいかない者が多数出る。かといってロシアが全て
お膳立てしたのだから言うことを聞きなさい、とやると反発を招く。
彼らを、特に国王が反対して交渉の妨げにならないように手綱をうまく取ること。それがマルカエデスへの
依頼だった。
条件であれば、領土を保証し講和するという交渉を行うつもりであった。
勝って土地を得られないフォリシア側には、当然納得のいかない者が多数出る。かといってロシアが全て
お膳立てしたのだから言うことを聞きなさい、とやると反発を招く。
彼らを、特に国王が反対して交渉の妨げにならないように手綱をうまく取ること。それがマルカエデスへの
依頼だった。
ロシアがこの策を成功させるために贈った賄賂は数知れない。数々の電化製品から電力を供給する
自家発電施設、自動車等。マルカエデスは地球世界の絵画や音楽も好んだので、絵画のレプリカや
高級楽器なども欲しがるだけ与えた。
事実上文官のトップである彼を動かすのは王宮を動かすのと等しい。この程度の贈り物で日米を
異世界から追い出せるなら安いものだ。
自家発電施設、自動車等。マルカエデスは地球世界の絵画や音楽も好んだので、絵画のレプリカや
高級楽器なども欲しがるだけ与えた。
事実上文官のトップである彼を動かすのは王宮を動かすのと等しい。この程度の贈り物で日米を
異世界から追い出せるなら安いものだ。
額の脂をギラギラさせながら微笑むマルカエデスに、補佐官は何度もこの件に関しての重要度を説いて
屋敷を去った。
屋敷を去った。
息を切らしてマルカエデスの小間使いが屋敷に飛び込んできたのは、それからすぐのことだった。
「御主人様! 大事です!」
「何事か! 騒々しい」
「何事か! 騒々しい」
玄関まで出てきたマルカエデスが何があったのとかと問うと、彼は主人の最も聞きたくなかった情報を吐き
出した。
出した。
「クリミ総司令、御危篤でございます!」
マルカエデスの顔がたちまち真っ赤に染まった。怯える小間使いに、できるだけ声を押し殺して彼は質問を
続けた。
続けた。
「それで……総司令指名はいつ行われる予定だ」
「国難の時故、亡くなられたその日のうちに、のはずです」
「よく生きているうちに情報を入れてくれた! 必ず阻止してやるぞ…オベアのクソガキめが私の上に立つなど、
想像するだけで反吐が出るわ!」
「国難の時故、亡くなられたその日のうちに、のはずです」
「よく生きているうちに情報を入れてくれた! 必ず阻止してやるぞ…オベアのクソガキめが私の上に立つなど、
想像するだけで反吐が出るわ!」
マルカエデスは使用人に急いで王宮用のローブを用意するように命じた。