自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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匿名ユーザー

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某年 某月某日 月曜日

 久しぶりに日記を付ける。飛行機に乗ったのは5年振りじゃないだろうか。
監視付きで日記を書くというのも妙な感じがするものだ。

 それにしても自分の体に妙な事が起こってしまったものだ。
思考速度のみが3割増しという、この地味な能力向上をどう使えば良いものか。
まるでH・G・ウェルズの「新加速剤」か、はたまたクラークの「この世の全ての時間」か。
いやどちらも他者が止まって見えるくらいの高速移動がテーマか。こちらは運動能力の向上を伴わない。
おまけにそれが持続中というのが謎との事。
現地種族の場合は運動能力も同時に上がり、その効果も3日続けば良い方らしい。

 この部屋で田中に会った時、あの突入劇は少々やりすぎだったと言われた。
どうやら、あの電話の後に奴が手を回していたらしい。あの張り込みは公安か、それに類する手合いだった訳だ。
 田中の話がどこまで真実なのか判断に困る所もあるのだが、自分は誰かに狙われていたらしい。
奴には東京で働かないかと誘われている。職も紹介してもらえるとの事。身の安全の為にも、
公安の目が届きやすい場所に居て欲しいのだそうだ。
要するに俺は、その誰かさんをおびき寄せるための餌という事なのだろう。

 この事態が悪い事なのか良い事なのか、自分にはまだ判断が付かない。結果的には他種族と
会話をする機会が持てたから、それなりに有意義だったと考えられない訳ではない。
隣国との交渉で手間取る理由がなんとなく分かったし、人間相手ならばもっと強気に出ていたのだろう。
 会社は一応休職扱い、社長からはいつでも戻って来いと言われてはいるようだが……
これだけ会社を休んでいると戻り辛いのも事実だ。いっその事、転職でもしようかと考えてしまう自分がいる。

 この部屋はどうも落ち着かない。目の前の鏡はおそらくマジックミラーだろう。
巧妙に隠されたスピーカーからはいつ声が流れるか分からないし、扉がまた物々しくて剣呑な感じだ。
昼間は複雑な頭脳テストを受けて、実験動物か何かになった気分だ。
 自分が今どうなっているのか、テストの意図も教えてもらっているから実験動物は言い過ぎかもしれないが、
安眠できない事だけは確かだ。やはり思い切って田中の誘いに乗るべきなのだろうか。


某年 某月某日 火曜日

 4時に起床。5時半に朝食。米粉パンのトーストに野菜サラダとスクランブルエッグ、紅茶も付いてきた。
2週間も外光の入らない部屋に閉じ込められていると時間感覚がおかしくなってくるような気がする。
体内時計が22時間位で1回りしているようなので、このままだと来週は昼夜逆転していそうだ。

 9時半、田中がまたやってきた。
再び東京への誘い。外務省の管轄じゃないだろうと訊くと、急に捕獲された俺の心情に配慮しての
特別な措置なのだという。他にも色々と上の事情を説明してくれた。この辺の配慮は昔から変わらない。
昔はSFかファンタジーかで掴み合いになった事もあったが、やはり持つべきものは友だという気になる。
 結局、奴の誘いを受ける事になってしまった。いくらなんでもあの話の流れで断るというのは難しい。
きっとこれを狙って田中を訪ねさせたのだろう。誰が考えたか知らないが、確かに効果はあるようだ。

 11時半に昼食。サツマイモご飯、烏賊のフライ、トマトスープ。
昼過ぎから17時まで脳波計を装着しての頭脳テスト。今までよりも長い。持続時間のテストだろうか。

 早速、引越しの話が進み始めている。
自宅の片付けは向こうでやってくれるという話だったが、どうしても自分で片付けたいと頼んだ。
夕方になってから連絡があり、明日出港の貨客船に部屋を確保したとの事。
医療関係の物品に特別配給の果物類、それに公用車等を輸送するための臨時便だそうだ。
鉄道なら席を確保するのに1週間以上は待つ必要があるので、良いタイミングだったらしい。
そこまで見込んで田中を寄越したのなら、大した眼力だと言わざるを得まい。

 夕食は18時。雑穀入りの玄米、油揚げと芋茎の炊き合わせ、モヤシの味噌汁。
1週間ほど前に酒が付いてきた事がある。アルコールの影響を見るための投与だったのだろう。
やっぱり実験動物並みの扱いをされているような気がしてきた。
 まあそんな事はどうでも良い。明日からはきっと、こんな生活ともお別れだ。


某年 某月某日 水曜日

 有明フェリー埠頭から船に乗る。太陽電池を装備した貨客船「第5倉島丸」。護衛艦「くす」が随伴。
医療品や公用車という重要な積荷を輸送する便のため、単航船では異例の護衛が付いたそうだ。

 新しい仕事をする上で、新たな知識を身に付ける必要があるらしい。
教師役として「黒木・ハーランド・シン」と名乗るダークエルフの老紳士が同行する事になった。
一見した所インド系のような、彫りの深い顔立ちをしている。服装は何の変哲も無いスーツ姿だが、
長い耳と浅黒い肌の色がその出自を物語っている。
 護衛として公安か私服警官のような男が3人同行している。常に事務的な態度で面白みが無い。
乗客は他に医療関係者が5人と配給品引渡しのための役人が1人。

 出港して2時間。早速、ロキの授業が始まった。講義は魔法に関しての基礎知識が中心。
魔法を構成する要素、魔法の種類と用途、この世界と魔法の歴史。さらに宗教観も一通り。
 田中が話していた「ダークエルフは魔法を使わない」というのは一般論で、ロキのように人間換算で
200歳を超えたダークエルフともなると、必要となれば一通りの魔法は使えるのだそうだ。
ただし他のエルフ種に比べれば能力は低いし、そもそも魔法が必要になる状況に陥らないように
振舞う事が重視されるとの事。

 食事は地上と比べて味付けが濃いような気がする。
昼は雑穀ご飯と鯨の竜田揚げに卵スープ。夕食には米粉ロールパン、おからハンバーグ、ポトフ。
どちらも食堂で食べるのかと思ったら自室に運ばれてきた。
 船賃を誰が払うのか気になったので護衛に訊いてみたら、すべて公費でやってくれているとの事。
おまけに会社の退職手続き等も既に向こうで済ませているらしい。
ちょっと変わった事が起こっただけの一般人に、破格の待遇である。
というか既に一般人ではなくなっているか。実験動物、兼、何かの囮。まったく、大したご身分だ。


某年 某月某日 木曜日

 朝、夜明け前に目が覚めた。舷窓から夜明けを眺める。海の夜明けも美しいものだ。
朝食は6時、玄米と味噌汁と漬物。太陽が昇って船は速力を増した。

 ロキの授業は魔法の働くメカニズムに移る。
複雑な専門用語が登場し始め、理解し難い箇所が多い。その度に質問するので講義がなかなか進まない。
ロキと相談した結果、とりあえず最後まで講義を続け、昼食後に分からない所を説明してもらう事にした。

 昼過ぎ、急に天候が悪化した。波も高くなり、大きく揺れる。酷い船酔いで午後の授業は
受けられない状態になった。ロキは平然としている。船酔いはしないのかと質問した所、この程度で
船酔いするようでは200年もダークエルフを続けてはいられないとの事。さぞ変化に富んだ人生を
送ってきたのだろうと想像する。14時過ぎ、ますます海は荒れ模様となり、海上の視界が悪化してきた。
護衛の「くす」の姿が見えなくなったようで、部屋の外を覗いてみると船員が忙しげに動き回っていた。
GPSもロランも無くなってしまったこの世界では、航法の少しの間違いが命取りになりかねない。

 19時前、天候は回復に向かい、それから間もなく「くす」と無事合流できたそうである。
遅めの夕食を摂って、21時までロキの講義を受けた。ずいぶん夜更かしして、とても眠い。
まだ行程の半ばとの事。鉄道を使っていれば家に到着している頃だろう。
空席待ちを考えに入れず、ではあるが。


某年 某月某日 金曜日

 5時に起床、5時半に朝食。調理パンと野菜サラダ、紅茶付き。本物のコーヒーが懐かしくなった。
天候は悪くない。船酔いも収まって、食事も摂れるようになった。

 7時からロキの授業が開始。精霊の力を借りるまでのメカニズムを詳細に学ぶ。
複雑に見える魔法の儀式も、基本的には力を借りる対象との対話だという事がなんとなく分かってきた。
ロキの説明は分かりやすく、魔法のことを知らない人間でも理解できる。科学と比較して
それぞれ対応する要素を挙げていく所や、コンピュータプログラムとの類似性などを指摘するなど
魔法と科学の両方に精通していないとできない事だろう。ますます彼の人生経験に興味が湧いてくる。

 11時半に昼食。米粉パン、タコと貝の入ったシーフードサラダ、改良ウォーターレタスのスープ。
この改良ウォーターレタスという奴はどうも好きになれない。元はマナティが食べていた水草じゃないか。
いくら品種改良したとはいえ、青臭さが口に残る。おまけに4年程度で品種改良が出来るというのも変な話で、
遺伝子組み換えなんじゃないかという噂まである。まったく、原種を国内に持ち込んだ奴を呪い殺したくなる。
こんなのが好きだという奴の気が知れない。そいつはきっと前世がマナティか熱帯魚だったに違いない。

 午後からの授業は、科学の視点から見た魔法というテーマ。
この視点は分かりやすく、理解するのも早かった。その分授業が早く終わって自由時間ができると思ったら
理解度を確かめるためのテストを受ける事になった。このがっかり感は学生時代を思い出す。懐かしい感じだ。

 それにしても、なぜ魔法の事をここまで詳しく学ぶ必要があるのだろう。
まさか新しい仕事というのは、魔法使いの養成とかそういうものなのだろうか。
だが、ロキの講義によると人間が幾ら背伸びしたところで他種族に太刀打ちできる程の魔法は使えないという。
魔法に対する理解が必要で、国が関わってくるような重大な仕事。ひょっとしたら海外での農地開拓や
資源探索に関連する仕事だろうか。……それならば外務省官僚である田中が出てきた事にも合点がいく。
東京での仕事というのは嘘かもしれないのだ。

 夕食には雑穀ご飯に鰹のソテーと温野菜。
予定では明日の昼前に目的地に到着するそうだ。もうすぐだ、もうすぐ我が家に帰れる。


某年 某月某日 土曜日

 やっと家に帰れた。そしてこれが、ここで書く最後の日記になる。
思えば8年間、この部屋で寝起きしていたのだ。家賃もそこそこで眺めも良い、こんな部屋には
もう当分住めないだろう。東京あるいは他の土地で、こんな物件が簡単に見つかるとは思えない。

 朝は4時半に目が覚めた。5時半に朝食。
11時までロキの授業。昨日に引き続き理解度のテストを受ける。
11時40分、佐伯港に入港。
3日過ごしただけなのに船室を離れるのが感慨深くなる。まあ明日の昼前にはまた戻ってくる訳なんだが。
それにしても随分急いで荷降ろしをするものだ。東京向けの積荷がほとんど無いという事はあるが、
明日出港というのは急な話である。
いくら積荷がないとはいえ、バラスト水で重量調整というのはもったいない気がする。

 港の食堂で昼食を摂る。食事中に知り合いの自衛官、伊藤三曹に出くわした。
事情を話そうかとも思ったが護衛の連中に気を揉ませたくも無かったので、挨拶するだけに止めておいた。
13時過ぎに家に着いた。部屋の中はあの時と変わらない様子だった。

 3週間以上も部屋の中に入れっぱなしのプランターを見るのは忍びない。
外に出してあったサツマイモが何事も無かったかのように元気に育っていたのを見て、少し涙が出そうになった。
どうせ帰りの便には積荷が無いのだからと主張して、東京へ持っていく事にした。
 その他には、望遠鏡と蔵書、太陽コンロを東京へ持っていく事にする。もっとも、太陽コンロは
東京で使う機会があるかどうか疑わしいような気もする。もしも新しい住まいがビルの谷間だったりしたら、
晴れた休日の昼間とかにしか使えまい。それに、そんな場所で家庭菜園が営めるとも思えない。
できたとしてもタンポポあたりが精一杯だろう。部屋に残った物に関しては、大家に処分を一任した。

 夜は港の一角にある施設に泊まる事になっている。
この日記を書き終えて、ディスクに書き込みが終わったらこの部屋を離れる事になっている。
8年間と2ヶ月の間、自分の体のように慣れ親しんだ風景とも、もうすぐお別れだ。

 さらば、住み慣れた我が家よ。

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