自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

024 第20話 天空の怪物

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第20話 天空の怪物

1842年4月8日 午前7時 カレアント公国ヴィルフレイング

「母さんの馬鹿野郎!」

古ぼけた家から、突然子供が飛び出し、親を罵りながら外に走っていった。

「ちょっと待ちなさい!カル!話はまだ終わってないよ!」

頭に青筋を浮かべながら、猫のような耳を生やした女性が追いかけようとしたが、息子は既に丘を
駆け下りていく最中であり、追いつくのは難しかった。

「あの・・・・・チッ。」
「どうしたんだ?朝から騒がしい。」

家の奥から眠たそうな声が聞こえた。
女性が振り返ると、同じく猫耳を生やした男が、服をだらけさせながら起きてきた。
「あの子、同級生とケンカして怪我を負わせたのよ?それを注意したら、カルは自分は悪くないって
言い始めて、それで口喧嘩になったの。」
「口喧嘩・・・・・か。」

男は家の周囲を見回した。
よく見てみると、口喧嘩をした割には、割れた皿等が床に散乱し、本や勉強道具などが洗い場や、
寝室に放り出されている。
どう見ても口喧嘩で収まったようには見えない。

「今から探して来る。」
「そっとしておけ。」

男はぶっきらぼうな口調で、外に出ようとする妻を制止した。
その言葉を聞いた女性が目を剥く。が、男はたじろいだような様子は見せなかった。

「あいつも12だ。何が悪いのか、悪くないのか分かる頃だ。
それに、どうして同級生とケンカしたのか、それを考えないといかん。
君はそれを踏まえたうえで、カルと話そうとしたかい?」

口調は柔らかだが、明らかに詰問しているようだ。

「・・・・・・・いえ、でも、悪いのはあの子よ。」
「確かにな。でも、その現場にいなかった俺達があれこれ言ったって始まらないよ。
まずは、本人から詳しく聞く事だな。とりあえず、今はそっとしてやろう。」

男はそう言うと、やる気なさげな動作で家の中を片付け始めた。

気が付けと、カルは最近出来た、アメリカ軍基地のフェンスの前に立っていた。
フェンスの向こうには、薄い茶色に塗装された初見参の飛空挺が、何十機と駐機していた。
発動機は左右に2基ずつ、合計で4基積んでおり、その周囲をアメリカ兵達が取り囲んでなにやら作業をしている。

「うわぁ~・・・・・すげえ。」

カルは興奮したように目を瞬かせ、耳がひくひくと動いた。
今まで見たアメリカ軍機はいずれも常識はずれだなと思わされた。

特に2つの発動機を持った高速機、双胴の狩人はことさら異形で、それでいて新鮮に思えた。
だが、その双胴の狩人とは違って、この4発機はまさに、巨人であった。

「アメリカか・・・・・・どんな国なんだろう。一度は行って見たいな。」

少年が興奮に胸を躍らせていると、不意に1機の4発機がエンジンをゆっくり回し始めた。
止まるか、止まらないかの勢いでしばらく回り続け、すぐに勢いが付くと、轟々と唸りを上げた。
1基のエンジンが回転すると、残りの3基が次々と回り始めた。
静かだった飛行場は、この巨人機の発するエンジン音をきっかけに、騒音をより大きくしていった。
騎士達の雄叫びのように、第81爆撃航空群のB-17フライングフォートレス48機は、
力強い轟音を飛行場内に響かせた。
B-17は、最初の1番機が誘導路に乗って、ゆっくりと滑走路に移動すると、途端に4基のエンジンを
一層がなり立てて滑走を開始した。
カルは、その重たそうな機体がスピードを上げて滑走し、ゆっくりと上空に舞い上がる瞬間まで、瞬きせずに見守っていた。

第1中隊最後のB-17が滑走路を離陸していくと、第2中隊の1番機は誘導路から滑走路にへと機体を移動させた。

「こちらイリス・ブリジット、管制塔へ。離陸準備OKか?」
「こちら管制塔、イリス・ブリジットへ。離陸を許可する。シホット共にボーナスを与えて来い。」
「こちらイリス・ブリジット、了解!」

イリス・ブリジット号の機長であるダン・ブロンクス大尉は後ろに声をかけた。

「これより離陸する!」
「「了解!」」

乗員達の威勢のいい声が返って来た。

それを確認したブロンクス大尉はブレーキを解除し、スロットルを開いた。
B-17の巨体がぐんぐん速度を上げていく。周りの風景が早く後方に流れていく。
4基のライトR1820-1200馬力エンジンが一層轟音を響かせ、巨体をぐいぐいと前方に引っ張り、
やがて、上空にへと誘っていこうとした。
ほどなくして、2000メートルを越えた時点でイリス・ブリジットは巨体を大空へと舞い上がらせ、上昇を続けた。
高度1000まで上昇し、イリス・ブリジットは集合地点にへと向かった。

ロゼングラップ基地から48機のB-17が離陸すると、今度は第31航空団の第14戦闘航空群のP―38が48機、
離陸を開始し、B-17隊の後を追った。

B-17の編隊は、護衛のP-38とロゼングラップ北方50マイルの空域で合流した後、北西に針路を変更。
一路ポリルオに向かった。

編隊は時速220マイルの速度で、高度5000メートルを飛行していた。
イリス・ブリジット号の航法士であるヘンリー・ギャビン少尉は、飛行経路図に新たに進んだ分の印しを書き込んでいた。

「機長、ポリルオまであと150マイルです。」
「OK。」

ブロンクス大尉は機械的な口調で返事を下す。

「この調子で行けば、あと30分ほどで敵地上空だな。」
「先の攻防戦では、敵のワイバーン部隊は大分痛めつけられたようですが、ミッチェルやハボックの連中が言うには、
未だに多くのワイバーンが残っているようです。」

副操縦士のリーネ・カースル中尉が話しかけてきた。

「大方、本国からの増援を受けたのかもな。戦闘機隊の奴らが、最低でも400騎以上のワイバーンを
叩き落しているから、本国や他の戦線からあちこち引き抜いて、こっちに持ってきたのかもしれん。
敵が戦力回復に時間を取られているお陰で、俺達はこうして、愛機をシホット共の頭上に飛ばしている。
敵に感謝しないとな。」
「奴ら、このB-17を見たらどう思いますかね?」
「FBIに踏み込まれて、仰天するギャングのチンピラ共のような気持ちになるだろうよ。」

ここでカースル中尉は声を上げて笑った。

「なるほど、いい例えですな。」
「最も、敵さんはチンピラじゃなくて、コワモテのおあにいさんばかりだがね。」

ブロンクスは苦笑しながらそう付け加えた。

「男だけじゃなくて、女性の竜騎士も結構いるみたいですぜ。捕まえた墜落機の御者のうち、
2割の割合で女性の竜騎士が混じっていたようで。」
「ほう。それじゃ怖いおあねえさんも加わってくるから、気をつけないとな。」

と、2人は一層声を上げて爆笑した。

「編隊指揮官機より各機へ、編隊指揮官機より各機へ。」

第1中隊の先頭を飛行中の1番機を操縦する、カーチス・ルメイ少佐の声が聞こえてきた。

「あと20分で敵最前線上空を通過する。各機警戒を怠るな。」

淡々とした、それでいて有無を言わせぬような声が聞こえた。

「おい!聞こえたな?そろそろ敵地上空だ。いつワイバーンが襲って来るか分からん。きっちり見張っておけ!」
「「ラジャー!」」

他8名の乗員達の返事が返って来た。
声音からして皆元気がいいが、乗員達の中には、新兵も混じっている。
怖くないのか、それともあえて抑えているのか。
ブロンクス大尉からはどちらなのか判然としなかった。
既に全10丁の12.7ミリ機銃は既に動作確認は終えており、いつでも戦闘に入れる。
搭載している500ポンド爆弾14発も全て異常は無い。
準備は整った。あとは、敵との対決を待つのみとなった。

乗員達が眦を決して、襲い来るであろう敵に備えてから20分が経過した。

「目標地点まで、あと30マイル。」

ギャビン少尉は、いつもの通り機長に報告した。
そのやり取りを聞いていた、胴体上方機銃座の機銃員であるルーク・クリストファー軍曹は、
護衛のP-38の動きに異変が起きた事に気が付いた。
「こちらウェルバ1!敵ワイバーン編隊を視認。前方2000メートル、高度5500メートル上空にいる。
これより迎撃する!」
「こちら編隊指揮官機、ウェルバ1へ。了解した。ワイバーン共を近寄らせないでくれ。」

B-17部隊の指揮官機と、P-38隊の指揮官機が一通りやり取りを終えると、護衛についていた48機のうち、
半数が増速し、編隊から離れていった。

やや間を置いて、前方でワイバーンとP-38の空中戦が開始された。
ワイバーンはP-38とほぼ同数である。P-38が猛速で突っかかって、機首の12.7ミリ機銃
4丁、20ミリ機銃1丁を撃ちまくる。
ワイバーンは手練が操っているのか、火箭をひらりとかわして反撃の光弾を放ってくる。
運が悪かったのか、1機のP-38が光弾に片方の尾翼をちぎり取られた。
強烈な打撃によろめいたP-38に別のワイバーンが更なる光弾をぶち込んで止めを刺した。
最初にアメリカ軍機を撃墜した事で、ワイバーン群の士気は上がった。
だが、それと比例するかのように、P-38群の攻撃はより仮借ない物となってきた。
米軍機を撃ち落してわずか20秒後に、別々の場所でワイバーンがP-38の機銃弾を食らって相次いで撃墜される。
仲間を撃墜された事で怒り狂った竜騎士が、互いの性能差も忘れてP-38を追撃に掛かる。
だが、P-38は残酷なまでに早すぎた。
あっという間に630キロのフルスピードでP-38はワイバーンから逃げて行った。
これに余計に怒りを爆発させた竜騎士が、今度は手近な位置を通り過ぎたP-38に矛先を向けようとしたが、
注意散漫になっていたその竜騎士とワイバーンの下っ腹から、急上昇して来たP-38がしこたま機銃弾を振舞った。
たちまちズタズタに引き裂かれ、分断されてグロテスクな光景を現出させた。
だが、P-38群が相手取っているワイバーン隊は、本命ではなかった。
本命のワイバーンは別のところにいた。

「3時方向より新たな機影!」

クリストファー軍曹の声を聞いたブロンクス大尉が、3時方向、コクピットの右側方に目を向けた。

「畜生、他にも用意してきたか。」

そこには、距離3000メートルの位置から向かって来る40騎以上のワイバーンの群れがいた。

すぐさま、残りのP-38がこれに当たる。
そこでも激しい空中戦が繰り広げられるが、それでも10騎以上のワイバーンが群れを成して向かって来た。
ワイバーンは、ブロンクス大尉の第2中隊に向かいつつあった。

「敵が来るぞ!準備しろ!」

ブロンクス大尉は落ち着いた、それでいて大きな声音で残りの乗員に告げた。
先日行われたB-25、A-20による爆撃で、7機のB-25、A-20がワイバーンによって失われている。
全体的に見れば、微々たる損害ではあるが、犠牲が出ているのだ。
ひょっとしたら、このB-17の中にも・・・・・・・・
ブロンクス大尉はそう思いかけたが、頭を振り払ってそれを消した。

「大尉、心配する事はありません。俺達が乗っているのは防御も火力も整った空の要塞です。
シホットの空飛ぶトカゲどもに負けっこありませんぜ。」

副操縦士のカースル中尉が不敵の笑みを浮かべた。

「まあ、そうなるように信じておくぜ。」

クリストファー軍曹は、旋回機銃を粒のようなワイバーンに向けた。
ワイバーンは、一旦5700メートル付近まで高度を上げると、散開し、第2中隊に襲い掛かって来た。
そのうちの2騎がイリス・ブリジット号に襲い掛かって来た。
2騎のワイバーンが右側上方より突っ込み始めた。

「落ち着け・・・・落ち着け・・・・俺はやれるんだ。」

クリストファー軍曹は、高鳴る鼓動を抑えようとするが、抑えようとすればするほど、鼓動はまずます高鳴っていく。
手袋の中の手は汗でぬるぬるとしており、気色悪い事この上ない。
目測で、ワイバーンが900メートルを切った時、クリストファー軍曹は12.7ミリ機銃2丁をぶっ放した。
ドダダダン!ドダダダダダン!という、重々しい発射音が断続的に鳴り、曳光弾が煙を引きながらワイバーンに注がれていく。
ワイバーンはくるりと機銃弾を避ける。
その憎らしい姿にまたもや12.7ミリ機銃をぶっ放した。
胴体側や、胴体下方の12.7ミリ機銃も発砲し、無数の曳光弾がワイバーンを包み隠そうとするが、ワイバーンを操る竜騎士も
手練なのか、2騎のワイバーンも必死にかわしながら、イリス・ブリジット号に迫って来た。

「ちょろちょろと動きやがって!」

クリストファー軍曹は喚き散らしながら発射ボタンを押して機銃弾を撃ちまくる。
距離400メートルで、先頭の1騎が口から光弾を放ってくる。これは外れたが、2番騎が続けざまに光弾を放った。
緑色の光弾がガガガン!とB-17の胴体に突き刺さり、破片を飛び散らせた。

「胴体上方に命中!」
「皆大丈夫か!?」

ブロンクス大尉はすかさず聞いた。

「大丈夫です!」
クリストファー軍曹はすぐに返事を返した。他の乗員達も怪我は負っていなかった。
ワイバーンの光弾は、イリス・ブリジット号の胴体上方に命中したが、装甲板がなんとかこれを食い止め、
光弾が機内に暴れこんで来る事は無かった。

「フリー・ラインヴァン号に3騎向かいます!」

イリス・ブリジット号のすぐ右後方のフリー・ラインヴァン号にもワイバーンが突っかかって来た。

今度は後ろ後方から襲おうとしている。
クリストファー軍曹は旋回機銃を回すと、12.7ミリ機銃をフリー・ラインヴァン号の上空にぶっ放した。
フリー・ラインヴァン号からも機銃弾の奔流が吐き出され、無数の曳光弾が3騎のワイバーンに注がれている。
先頭のワイバーンが機銃弾を避け損なって集中打を叩き込まれ、力なく墜落していく。
続いて2騎目のワイバーンが、横合いから田楽刺しにされるように脇腹を抉られ、
竜騎士がワイバーンから放り出されて、大小2つの影に分離し、そのまま落ちていった。
最後のワイバーンが光弾をぶっ放す。緑色の光弾のうち、何発かが翼や胴体にぶち込まれる。
束の間、命中箇所から破片が飛び散り、うっすらと白煙が吹き上がる。
だが、フリー・ラインヴァン号はまるで蚊に刺されたな、と言わんばかりに平然と飛行を続行している。

「ヒュー、大したもんだぜ。」

クリストファー軍曹は思わず感嘆した。
フリー・ラインヴァン号はイリス・ブリジット号よりも光弾を食らわされていた筈だが、
損傷はしても4基のエンジンは何ら変わり無く運転を続けている。
搭乗員の安否は定かではないが、機体の状態に関しては何ら問題は発生していないのだ。

「さすがは空の要塞。」

思わず、クリストファー軍曹は誇らしげな気持ちになった。
しかし、それも一瞬で振り払って周囲に視線を巡らせて警戒にあたる。
右方向から別のワイバーンが1騎、イリス・ブリジット号に向かって来る。
距離は1000メートルを切るか、切らぬ近距離だ。

「くそ、エンジン音が無いもんだから、やりにくいぜ!」

クリストファーは苦々しげに呟きながら旋回機銃をそのワイバーンに向ける。

旋回機銃を向け終えると、すぐに機銃を発射した。
普通の航空機なら、咆哮するエンジン音を聞いてどこにいるか見当が付くが、エンジンではなく、自分の翼で
飛行しているワイバーンが相手だと、ほぼ無音であり、いつの間にか接近して光弾を叩き込んで来る、
というケースが幾つか起きている。
そのケースがここでも発生しつつあった。
そのため、乗員達は常に、周囲を警戒せざるを得なくなっていた。
2丁の12.7ミリ機銃がけたたましい音を立ててぶっ放され、曳光弾が注がれる。が、
ワイバーンは小癪にも、左右にひらりとかわしながら接近してきた。

「落ちろ!シホット野朗!」

クリストファーは引き金を引き続ける、ドダダダダダ!という重々しい発射音と共に機銃弾をさらに注ぐが、
ワイバーンも光弾を放ってきた。
緑色の光弾が数発、胴体後部に突き刺さり、イリス・ブリジット号が振動する。
光弾を叩き込んだワイバーンがイリス・ブリジット号の下方を飛びぬけた。
胴体下方機銃座がワイバーンの背中目がけて機銃弾をぶっ放すが、命中しなかった。

「5時下方にワイバーン!」

後部機銃手が上ずった声音で叫ぶ。ワイバーンが下方から猛然と上がって来た。
2騎いる。500キロ近いスピードを維持しながら、イリス・ブリジット号に向かいつつある。
他の寮機、フリー・ラインヴァン号や別の機が援護射撃を行う。
イリス・ブリジット号も向けられる尾部銃座と下方の連装機銃を猛然と撃ちまくった。
寮機と、イリス・ブリジット号の十字砲火に絡め取られたワイバーンの1騎が、あっという間に火箭に包まれて
羽根や御者の体がずたずたに引き裂かれて、破片をふりまきながら墜落していった。
残る1機がなおもイリス・ブリジット号に肉薄した。

猛烈な弾幕射撃の中、距離600にまで迫ったワイバーンが光弾を放つ。
光弾の大部分はイリス・ブリジット号を外れたが、2発が胴体下方の機銃座のすぐ側に命中した。
機銃座の機銃手は、すぐ側に命中した光弾に肝を潰した。
ワイバーンがイリス・ブリジット号の機体上方に飛び抜けた。

「畜生が、調子に乗るなよ!!」

クリストファー軍曹が、視界に入ったワイバーンを罵りながら、すかさず向けた12.7ミリ機銃を撃った。
2本の銃身が火を噴き、機銃弾が過たずワイバーンの背中に注がれた。
その次の瞬間、ワイバーンは右の翼をもぎ取られた。
ワイバーンの口があらん限りに開かれ、御者らしきものが一瞬頭を抱えているように見えた。

「やった!シホットを撃ち落したぞ!!」

クリストファー軍曹は拳を握り締めて、そう叫んだ。
しかし、ワイバーン群は執拗にB-17群にまつわり付いて来た。
最前線を越えるまで、第2中隊から銃声が止む事は無く、どの機も四方から襲い来るワイバーンに機銃を撃ちまくっていた。
気が付いた頃には、目標の上空にあと3マイルまで迫っていた。
第2中隊は、第1中隊の後に続くようにして、高度4000メートル、南東方向からポリルオの上空に差し掛かろうとしている。
攻撃目標は、ポリルオにあるワイバーン専用の基地及び、隣接する後方兵站基地をたたく事。
第2中隊は、第1中隊と同じワイバーン発着基地を叩き、第3、第4中隊は後方兵站基地を叩く手筈になっている。
その第1中隊の周囲に、高射砲の射弾と思しき小さな白煙やカラフルな煙があちこちに湧き出ている。

「敵の高射砲は、かなりの高度まで届くようだな。」
「この世界にも、ワイバーンという航空兵力がありますからね。あって当然でしょう。」

カースル中尉の言葉に、ブロンクス大尉は頷く。

第1中隊は速度400キロでポリルオ上空に到達しつつある。腹の爆弾倉は既に開かれている。
恐らく、投弾を今か今かと待ちわびているに違いない。

「機長、右にちょい修正。」

機首下部にある爆撃照準器を覗いている爆撃手が、指示を下してきた。

「右にちょい、修正、と。」

ブロンクス大尉は操縦桿をわずかに動かす。

「行き過ぎです、左にちょい修正。」
「左に・・・と。」
「OKです!針路、速度そのまま!」
「了解。」

その時、イリス・ブリジット号の至近で高射砲弾が炸裂した。
破片が機体に当たって振動するが、揺れは小さかった。
それを皮切りに、第2中隊の周囲にも高射砲弾が炸裂するが、至近で炸裂するのは少なく、他は見当違いの場所で炸裂していた。

「機長、敵さんは下手糞ですな。」
「下手糞でちょうどいい。その分、仕事をキッチリこなせる。」

ブロンクス大尉はさも当然とばかりに言い放つ。

「目標まで、あと1マイル!」

航法士の声が聞こえた時、第1中隊が爆弾を投下し始めた。
開かれた爆弾倉から500ポンド爆弾がズラーッと並んだまま落ちていく。
第1中隊の12機が落とした500ポンド爆弾168発が、下方のシホールアンル軍ワイバーン基地に落下していった。
それから1分後、第2中隊も目標のワイバーン基地上空に達した。

「針路、速力OK!投弾準備よし!」
「爆弾投下!」

ブロンクス大尉が命じると、爆撃手が投下スイッチを引いた。
カチリという音が鳴り、爆弾倉の500ポンド爆弾が一斉に落ちていった。
投弾の直後、イリス・ブリジット号の機体がフワリと浮き上がった。
後方のフリー・ラインヴァン号や、ルー・インゲール号等の寮機も、イリス・ブリジット号に習って爆弾を投下する。
投下された爆弾は、尻をふりふりさせながら、泳いでいる魚のように数秒ばかり、空中散歩を行う。
そして、空中散歩を満喫した爆弾達は、その首を地面にへと向け、猛速で地面に落下していった。
投弾して数秒後に、地上で爆弾の炸裂する様子が見て取れた。


「敵の大型飛空挺が前線に向かっています!」

第34空中騎士軍司令官である、ベルゲ・ネーデンク中将は、突然執務室に飛び込んできた魔道士官に対し、不快な表情を見せた。

「君ぃ、何をそんなに慌てているのだね?それなら、迎撃のワイバーン隊を出せばいいじゃないか。」
「し、しかし。スパイからの情報によりますと、8時頃に未確認の大型飛空挺がバングラ上空(ポリルオと
ロゼングラップの中間地点)を通過しているとの情報が入っています。」
「未知の大型飛空挺か。この間のアメリカ軍の空襲にも、未知の大型飛空挺とやらが出てきたが」

ネーデンク中将は、側に置いてあった紙を取り出した。紙には、2種類の飛空挺が描かれていた。

「大きさも大してなく、爆撃能力はそこそこの飛空挺だった。ワイバーン隊の指揮官からは頑丈で
落ちにくいと言っていたが、この飛空挺を初めて見たスパイが、興奮して大げさに報告したのではないか?」
「はぁ・・・・・それも考えられぬ事ではないですな。」
「とりあえず各空中騎士隊に連絡だ。このアメリカ軍飛空挺部隊をすぐに迎撃しろ。
本国からやって来たばかりの部隊には苦労をかけるが、腕前を拝見と行こう。」

ネーデンク中将はそう言って、迎撃のワイバーンを60騎送り出した。
ここ最近、ネーデンク中将は彼我の損耗率に対して頭を悩ませている。
アメリカ軍機はいずれも、シホールアンル自慢の戦闘ワイバーンに勝っており、特に発動機を2基つけた双胴の悪魔は始末に悪い。
2日前に、戦闘ワイバーンの能力向上型が34騎ほど、本国から送られてきたが、それでもスピードは252レリンクで、
300レリンクオーバーの双胴の悪魔に対してはまだまだ役不足だ。
ネーデンク中将としては、もはや敵の完全撃滅にこだわってはおらず、どれだけ犠牲を少なくし、どれだけアメリカ軍機を減らせるか、
という事をしきりに考えていた。
2回のアメリカ側の空襲で、シホールアンル側は7機の中型爆撃機と、6機の双胴の悪魔を撃墜しているが、シホールアンル側は
ワイバーンを28騎失っている。
明らかに分が悪い。それだけに、ネーデンク中将は不安な日々を過ごしていた。
そして、午前9時。ワイバーン部隊が前線から10ゼルド南方でアメリカ軍の戦爆連合編隊と接触、戦闘に入った。
だが、この敵部隊は、今までの敵と大きく違っていた。
戦闘機のほうは、2機ほど撃ち落したものの、驚くべき事に、爆撃飛空挺はいくら光弾を叩き込んでも落ちぬという報告が入って来た。
最初、ネーデンク中将は首を捻ったが、その疑問は、短い時間で氷解した。
少し曇りがあるが、それでも気持ち良い空模様。
見る人が見れば心を癒されるであろうその空に、“怪物”はやって来た。

「・・・・・怪物だ・・・・・」

ネーデンク中将は、執務室の窓から見たその巨体に見とれていた。

高度はそれなりに高いであろうが、本来なら粒にしか見えぬはずの姿が、はっきりとした形になっている。
大型のワイバーンでも、あれほどの巨大さは無く、それでいて安定している編隊飛行は、ある種の美すら感じさせた。
その巨大飛空挺の周囲で、高射砲部隊の砲弾が炸裂するが、飛空挺はあえて無視しているのか、真っ直ぐとこの基地に向かいつつある。

「あれだけでかいとなると・・・・・一体どれぐらいの量の爆弾を積んでいるのだ?」

彼は力の無い声音でそう呟く。後ろから、主任参謀が走り寄ってきた。

「閣下!ここも爆撃される可能性があります。早く避難を!」
「あ、ああ。分かった。」

放心状態から抜け出たネーデンク中将は、頷いて執務室から出て、更に指揮所を抜けて外に走り出た。
ふと、上のアメリカ軍機を見てみる。アメリカ軍機の胴体から、何かがばら撒かれていた。
それが何であるかは一目瞭然だ。

「急ぎましょう!」

主任参謀が急かす。ネーデンク中将は急いで、急造の避難壕に逃げ込んだ。
彼や幕僚達が避難壕に飛び込んだ時、地面が大地震のように揺れた。
ドカン!ドカン!ドカン!という轟音が周囲を打ち振るい、業火で焼き尽くす。
1発の爆弾は指揮所に直撃するや、半分を木っ端微塵に吹き飛ばして、残骸を周囲にばら撒いた。
とある爆弾は、負傷してしばらく休養が必要となった、ワイバーンの宿舎に落下し、身動きの取れぬ3頭のワイバーンが、
何が起きたのか分からぬ内に粉砕された。
別の爆弾は無人の兵員用住居に命中すると、私物もろとも叩き潰し、次いで炎上させる。
また、とある爆弾は不運にも避難壕の至近に落下、炸裂し、そこにいた30名の基地要員が全員戦死してしまった。
一瞬のようで、長いように思えた第1中隊の爆撃が終わった。

幕僚達は、誰もが黙り込んでいた。黙り込んでいる者の中には、しきりに股間のあたりを気にしている。
漏らしてしまったのだろうか。ネーデンク中将はそう確信した時、またもや何かが落ちてくる音が聞こえてきた。

「アメリカ軍の奴ら。俺達を皆殺しにする気か。」

彼は何気なく呟いた。
その直後、ガツン!という音が鳴り、頭上から殴られたような衝撃があった。
何事かを理解しようとした刹那、猛烈な轟音を聞きかけて、ネーデンク中将の意識はそこで無くなった。
第2中隊の投下した爆弾はより深刻な損害を与えた。
1発の爆弾は、まだ無傷であった弾薬庫に命中すると、盛大に火柱を吹き上げさせる。
別の1発は、作業用のゴーレムに直撃した。
頑丈な体が一瞬のうちに、綺麗さっぱり吹き飛び、煙が晴れると、神隠しにあったかのような状態になっていた。
だが、更に不運な事は、別の爆弾が第34空中騎士軍の司令部幕僚が避難した壕に直撃した事であろう。
ネーデンク中将の言葉通り、司令部幕僚は、彼も含めて皆殺しにされてしまった。


第72空中騎士隊に所属する、レネーリ・ウェイグ中尉は、ポリルオ爆撃を終えて帰還しつつあるアメリカ軍機に再突入しようとした。

「皆!アメリカの奴らがこの空域を出るまではまだ時間はある。その間、存分に痛めつけるのよ!」

彼女は魔法通信でそう伝えると、他の竜騎士達からも肯定の意が伝えられた。
アメリカ軍ご自慢の双胴の悪魔は、別の空中騎士隊との戦闘に忙殺されており、目の前の大型飛空挺群には護衛はいない。
大型飛空挺群は約200レリンク以上のスピードで逃走を図っている。
今の所、あの大型飛空挺を撃墜した隊は未だに無い。
撃墜するどころか、返り討ちに会うワイバーンが続出している。
ウェイグ中尉は、第81空中騎士隊のワイバーン12騎と共に、一度大型飛空挺を攻撃したが、
信じられぬ事に、大型飛空挺は充実した対空火力を有していた。

おまけに、光弾を当ててもビクともしない。
逆に、81空中騎士隊の3騎、彼女の部隊の4騎が撃墜されている。
この恐るべき敵に有効と思える対抗策はあらかた出尽くしている。
(一見、ただ組んでいるように見えるあの編隊。でも、侮って突っ込んだら恐ろしい事になる)
ウェイグ中尉は、不用意に編隊の中を飛びぬけようとしたワイバーンが、周囲から放たれた光弾の嵐にもみくちゃにされ、
無様に落とされたのを見ている。
そうならないためには、まず外側の大型飛空挺に数騎ずつで接近し、目一杯近付いたところで光弾か、ブレスを叩き込むしかない。
数を減じた彼女のワイバーン隊が、再び大型飛空挺群に接近していく。
彼女は知らなかったが、それはブロンクス大尉の率いる第2中隊であった。
彼女らは第2中隊の右上方からつっかかる形で接近していた。
大型飛空挺から光弾が放たれてきた。1機だけじゃない、数機以上が一斉に光弾を打ち上げている。
目を覆うような防御放火だ。
それを何とかかわしていく。
(お願い!光弾を叩き込むまでは当たらないで!)
ウェイグ中尉は必死に祈った。
4つの発動機を積んだ、薄茶色の大型飛空挺は何度見ても圧倒される。
1機だけでも相当の威圧感があるのに、それが40機以上も徒党を組んで飛行している。
(こんな化け物を、惜し気もなく投入して来るアメリカって・・・・)
妙に冷静な頭で考えながら、目標の大型飛空挺の至近に迫った。

「味方の仇!」

彼女はブレスではなく、光弾を放った。
ブレスを放つ際は、溜めの時間がいるため、動きが鈍くなる。
そこをやられたワイバーンは少なからずいる。
だから、自分が囮役になって敵の銃火を引き付け、部下に落とす役目を果たしてもらおうと決めていた。

ワイバーンの口から緑色の光弾が放たれ、大型飛空挺の発動機や胴体に突き刺さった。
ふと、胴体上方の丸いガラスの中にいる乗員と目が合った。
一瞬のうちに大型飛空挺の下方に抜ける。
ダダダダン!ダダダダダダダン!という、何かが放たれる音が一瞬聞こえ、曳光弾が周囲を通り過ぎる。
耳のすぐ側で機銃弾が飛びぬける音が聞こえ、彼女はぞっとした。
少しでもずれていたら、光弾に頭を吹き飛ばされていた事は確実である。
下方に飛び抜けて少し立った時に、後方で爆発音らしきものが響いた。


「火の球だぁ!!!」

クリストファー軍曹はその瞬間、死を覚悟した。
3騎のワイバーンが至近距離にまで迫り、うち2番騎を叩き落したが、3番騎が通り過ぎる寸前、口からブレスを吐き出したのだ。
光弾よりも何倍もでかい火球が右主翼の至近に来た時、クリストファー軍曹は、いや、イリス・ブリジット号の乗員達は駄目だと確信した。
誰もが目をつぶる。火球は右主翼に当たり、内部のガソリンタンクに引火する。
その直後にガソリンが燃え広がり、イリス・ブリジット号の10人は手早く火葬にされるだろう。
その少し後、後方でドーン!という轟音が聞こえた。束の間、やられたと思ったが、

「「ああ!?フリー・ラインヴァン号が!!!!」」

寮機のパイロットから、悲鳴のような声が上がった。
クリストファー軍曹は目をゆっくりと開け、そして仰天した。
フリー・ラインヴァン号が・・・・・・木っ端微塵に吹き飛んでいる!
クリストファー軍曹は知らなかったが、フリー・ラインヴァン号には5騎のワイバーンが襲い掛かっていた。
フリー・ラインヴァン号は2騎のワイバーンを七面鳥でも落とすように屠ったが、3騎目の放ったブレスが、
フリー・ラインヴァン号の右主翼の付け根と胴体部分にまともに命中した。

その瞬間、機内に残されていたガソリンが火球の着弾によって一気に燃え広がった。
乗員の誰もが絶望の表情を浮かべた時、燃料タンクで抑えられていた爆圧が開放され、
フリー・ラインヴァン号は大爆発を起こした。

「フリー・ラインヴァン号が・・・・・・・・」

クリストファー軍曹の声が、耳のスピーカーから聞こえてくる。
ブロンクス大尉は沈んだ表情で前を見据えている。
フリー・ラインヴァン号の機長はアリゾナ州出身のやや気弱な男だったが、ブロンクス大尉とは妙にウマが合った。

「シホット共なんざ、このB-17で2、3度出ていって爆弾をプレゼントすれば、すぐに降参するぜ。」

出撃前、フリー・ラインヴァン号の機長は珍しく、自信満々で言い張っていたが、ブロンクス大尉が聞いた彼の声は、
そのまま遺言となってしまった。
投弾前に撃墜されなかった事が、唯一の救いと言うべきであろうか。
いつの間にか、ワイバーン群の襲撃はぱったり止んでいた。

「俺達はブレスを吐き掛けられても、それが外れて助かった。だが、フリー・ラインヴァン号の奴らは、
それがクリーンヒットして・・・・・」

ブロンクス大尉はその後の言葉を言わなかった。いや、言えなかった。
口を開いた瞬間、彼は泣き出したい気持ちに駆られていたが、理性がなんとか抑えていた。
「運と不運。それが戦場というものでしょう。自分が言うのもなんですが、自分達が生きられたのも
運があったからです。」

カースル中尉が、神妙な面持ちで呟いた。

「フリー・ラインヴァンの奴らは運が無かったんです。悔しいですが、現実とはそういうものです。」
「運と・・・・不運か。」

ブロンクス大尉は小さく呟いた。4基のエンジンは、快調に回っていたが、ともすれば、今しがた散った
10人のB-17の乗員達に向けて送る、鎮魂歌にも思えた。

この日の空襲で、アメリカ側はP-38を3機、B-17を1機失ったが、逆にワイバーン23騎を撃墜し、
ポリルオのワイバーン基地と後方兵站基地を完全破壊した。
シホールアンル側は、初見参のB-17に対して驚き、今後のアメリカ軍機対策に苦心惨憺する事になる。
この空襲で、シホールアンル側は1週間後の再攻勢開始を2週間後に延期する事になった。
このポリルオ爆撃は、ハルゼー部隊が行った挨拶回りのような意味合いも兼ねて行われたものである。
結果、爆撃隊に被害は出たものの、シホールアンル側の頭痛のタネが、また1つ生まれたのであった。
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