自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

104 第84話 シホールアンルの真意

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第84話 シホールアンルの真意

1483年(1943年)9月26日 午前7時 カレアント公国東ループレング市

アメリカ陸軍第4軍は、9月10日からこの東ループレング市に司令部を移し、ここから軍の指揮を取っていた。

「軍司令官閣下、おはようございます。」

アメリカ陸軍第4軍参謀長であるフリッツ・バイエルライン大佐は、作戦室に入ってきた軍司令官のドニー・ブローニング中将に挨拶した。

「おはよう。今日はどうも天気がすぐれないな。」

ブローニング中将は、ややしかめた表情でバイエルライン大佐に言った。
空は、全般的に曇っている。気象班からは、西から低気圧が向かっていると報告されていた。

「気象班からの報告では、ここ3日ほどは雨が降るようです。」
「そうか。」

ブローニング中将は頷くと、テーブルに置かれている作戦地図に目を向けた。

「第4軍の各隊はどこまで進んだかね?」

彼はバイエルライン大佐に質問した。頷いた彼は、指示棒を取って、それで地図上の味方部隊の位置を示した。

「第5軍団が我が軍の中では最も進んだ部隊です。特に第4機甲師団は、現在グラガランド北方7マイルの地点にまで進出し、
首都カレアルクまで南西20マイルほどの位置で補給のため、一旦停止しています。第9歩兵師団並びに第21歩兵師団は
第4機甲師団の側面警戒に当たっています。」
「カレアルクまであと10マイルか。後続部隊のカレアント第103軍は第5軍団に追従している筈だが、彼らはどのぐらいまで進んでいる?」
「第5軍団の南2マイルの位置にまで進出しています。連絡官の話では、カレアント兵は間も無く始まる首都解放作戦に鼻息を荒くしているようです。」

「そりゃそうだろうさ。」

ブローニング中将はさも当然とばかりにそう言った。

「彼らは国の要とも言える首都を、2年前にシホールアンルから奪われたんだ。今は、俺達の力を借りているとはいえ、あと少しで奪われた首都を
取り戻せるんだ。鼻息が荒くなるのは致し方ないことだ。」

彼はそう言って苦笑したあと、浅いため息を吐いて地図のとある部分を眺めた。
地図上には、青で記されている線や駒がアメリカ軍。緑が連合軍部隊。
そして、赤がシホールアンル軍を示している。
第4軍が追っているシホールアンル軍部隊は、攻勢開始以来後退を重ね、今では首都カレアルク周辺や、その北方に防御線を構えている。

「しかし、敵も上手く逃げ回っているな。こちらの総攻撃にも目立った損害を受けずに、ひょいひょい後退していく。野砲の配置や、
航空支援のタイミングも、いつ後退するかも、敵は熟知している。機械化部隊でもないのに、見事な動きだ。そう思わんか?」

ブローニング中将はバイエルライン大佐に言った。

「思います。敵将はこちらの出方が段々分かって来ているようですな。この敵部隊は、中央戦線や左翼戦線の敵部隊とは大違いです。」

現在、アメリカ軍を含んだ連合軍部隊は着実に進撃を続けている。
ループレング戦線では、攻撃の主役を務めるアメリカ軍が逃げるシホールアンル軍を猛追撃している。
特に左翼戦線を破った第1軍の進撃は目覚しい物があり、今日までに260キロも前進した。
先遣部隊はバルランド軍第98軍と共に地方都市マリキラを占領した。
中央戦線でもほぼ同様で、こちらは170キロ前進した。
一番遅れているのは右翼戦線を突破した第4軍であり、作戦開始から80キロほど前進しているが、追っている敵軍に対して、
未だに致命的なダメージを与え切れていない。
左翼戦線の第1軍は、既にシホールアンル軍第5軍団を包囲、殲滅し、その後も2個師団相当に大損害を与え、中央戦線でも
第1軍のように敵大部隊を包囲する事は出来なかったが、それでも1個軍団相当の敵部隊に壊滅的な打撃を与えている。
無論、全てが順調に言った訳ではない。

快進撃を続ける第1軍は、9月5日の夜間に突如、シホールアンル第77石甲師団と、第31軍団の反撃を受けた。
側面を突く形となったこの反撃に、第1軍は混乱しかけた。
敵反撃部隊の一部は、急造の燃料集積所まであと少しという距離にまで突入するという所までいったが、各部隊の猛反撃によって
シホールアンル側の逆襲はことごとく頓挫した。
アメリカ側はこの不意打ちで無視し得ぬ損害を追ったものの、逆に第77石甲師団や第31軍団に大損害を与えて撃退した。
後に行われた17日の攻防戦で、守備に当たった第31軍団と第77石甲師団は第1軍の猛攻を受けて壊滅し、北方へ撤退していった。
中央戦線の第3軍は9月12日に敵第14軍の担当する防御線に突き当たった。
シホールアンル第14軍は、持てるだけの火砲を付近の丘陵地帯に巧みに隠蔽して第3軍を待ち受けた。
しかし、事前の猛爆撃と砲撃によって陣地があらかた叩き潰され、突進部隊である第3、第6機甲師団が敵の陣地に突入した時には、
用意されていた火砲は4割以上が破壊されていた。
だが、第14軍はそれにもかかわらず勇戦敢闘し、14日まで第3軍の前進を阻み続けた。
猛爆撃や猛砲撃に耐え抜きながら戦い続けたシホールアンル軍に、第3軍の司令部は感嘆の言葉を漏らすほどであったが、その抵抗もついに限界が来た。
16日に、再度攻撃を行った第3軍はシホールアンル軍の陣地を突破し、敵第14軍を北方に押し戻した。
それ以降は逃げる敵部隊を追う形で、第3軍は快調に進撃を続けている。
そして、一番進撃の遅れている第4軍は、ようやく前進に弾みがつき始めた頃である。
だが、敵に与えた損害は、せいぜい2個師団強の部隊を壊滅させたか、それより少し上と言った程度であり、敵部隊の主力は未だに健在である。

「情報によれば、我々が相対している敵部隊は、シホールアンル陸軍第20軍と呼ばれる部隊で、これらの他に撤退予定であった敵軍、
約1個軍団ほどが増援部隊として新たに加わっているようです。兵の質、装備共にカレアント戦線では優秀な部隊が揃っているようです。」

情報参謀のレニー・ジェンキンス中佐が言ってきた。

「また、この第20軍を指揮する司令官も、シホールアンル陸軍では武の秀才として知られた将軍のようです。」
「名前は分かるか?」

バイエルライン大佐はジェンキンス中佐に聞く。

「敵将の名は、ムラウク・ライバスツという名前で階級は中将。年は50代のようです。」
「ライバスツか・・・・なかなか良い名前だ。」

ブローニング中将は、どこか感心したような表情でそう言う。

「恐らく、このライバスツと呼ばれる敵司令官は、基本的に堅実な用兵を好む司令官と思われます。」

バイエルライン大佐はブローニング中将に言った。

「攻勢開始時の反撃や、諸地方都市を攻略する際の兵の指揮振りから見て、そのどれもが我が軍の前進を押さえ込むように仕向けられています。
この間のリガギド攻略で行われた敵砲兵隊の巧みな移動射撃や、グラガランド攻略の際の執拗な夜襲など、どの攻撃も我々は制圧してきましたが、
貴重な時間を失いました。我々を足止めしている間に、敵主力部隊は後退を続けていたのです。」
「敵の攻撃一つ一つは、突拍子の無い物や、無謀と思われても仕方の無い事だったが、それらを1つに纏めると、敵軍の後退作戦の一部であった。
という訳か・・・・・なかなか食えん奴だ。」

バイエルライン大佐の説明に、ブローニング大佐は苦笑しながらそう言い、自分の頭を軽く撫でた。

「問題は、敵の後退作戦が我々の正面にいる第20軍のみで行われているか、否かです。」

そこで出てきた、バイエルライン大佐の意外な一言に、ブローニング中将や他の幕僚達は首を捻った。

「参謀長、それはどういう意味でありますか?」

ジェンキンス中佐が質問してきた。

「18日以来、我が第4軍は敵の大した抵抗も受けずに、やっと進撃に弾みがついて来た。18日から1週間以上経った今日までそれは続いている。
だが、同様の事は、第1軍や第3軍でも起こっている。」

バイエルライン大佐はそう言いながら、1冊のファイルを取り出し、それを広げた。

「攻勢開始から2週間に渡り、敵は前戦線で激しく抵抗してきた。ミトラ戦線やジリーンギ戦線でもだ。だが、17~19日を境に、
侵攻部隊の各部隊からは敵の大なる抵抗を受けたと言う報告が、1つもない。第1軍の猛攻を受けた左翼軍の敵軍は、既に予備兵力が
壊滅したせいもあって反撃ができないだけかも知れないが、まだ後方に戦力を残しているであろう中央戦線や、敗走しているとはいえ
装備の劣る連合軍相手にそれほど大損害を受けているはずが無い敵軍までもが、この1週間ほど経った現在まで、全くと言って良いほど
抵抗らしい抵抗をしていない。あるのは散発的なゲリラ攻撃や、ワイバーンの空襲のみだ。」

バイエルライン大佐はそう言いながら、作戦地図に視線を移した。
作戦地図には、進撃中の第1、第3、第4軍の各部隊がどこに配置されているかが分かるように描かれている。
青く塗られた地域は、アメリカ軍及び、連合軍の占領下に置かれた地域を指し、緑のバツ印はシホールアンル軍の師団や旅団部隊が壊滅したという印である。
青の地域から大きく北に下がっている濃い赤の線が、シホールアンル軍の前線である。
この敵軍の前線は、ここ1週間で1日おきに後退を続けている。
それも、全戦線で、である。
幕僚達は、バイエルライン大佐の説明と、彼が見せてくれた各部隊の交信記録を見て、バイエルラインが何を言いたいのかが分かった。

「司令官。おかしいとは思いませんか?確かに敵は大損害を受けながらも、今現在、必死に後退を続けている。ですが、その後退の仕方が
妙に上手いとは思えませんか?」
「前々から思っていたが、参謀長の言う通りだ。シホールアンル軍の後退戦はなかなかな腕前だ。まるで、事前に準備していたかのようだ。」

ブローニング中将の言葉に、幕僚達は喉を唸らせた。

「そうです。敵は我々が攻撃する前に、このカレアントから撤退しようとしていたのです。」
「しかし参謀長。それはおかしいのではりませんか?」

作戦参謀が怪訝な表情を浮かべながら、バイエルラインに言ってきた。

「攻勢開始直後の敵軍は、猛烈に反撃して来ました。今、敵が反撃に出れないのは、度重なる損耗に反撃が出来るほどの兵力が無いか。
あるいは、時機を見て反撃を行うため、散発的なゲリラ戦に終始しているか、では?」
「もう1つあるぞ。」

バイエルライン大佐は、指先でループレング戦線を叩いた。

「敵部隊が、既に撤退を開始していたか、だ。」
「しかし、シホールアンル軍は装備も改変し、北大陸から事前に部隊を移動するなど、攻勢準備を進めてきました。だが、攻勢に入る前に
いきなり我々が向かってきたため、虚を突かれたシホールアンル軍は止む無く敗走するに至った。そうではありませんか?」
「違うな。」

唐突に、ブローニング中将が口を挟んだ。

「閣下。我々は相手が攻勢を仕掛ける前に不意打ちを行ったのですよ?今では、敵軍は後退を続けていますが、体勢を立て直せば
逆に攻撃を仕掛けてきます。」
「それが違うと言っとるんだ。」

ブローニング中将はやや苛立ったような口調で作戦参謀を黙らせた。

「確かに、俺も君の言う通りだと思っていた。だが、不自然なほどに敵は反撃して来ない。本来ならば、死に物狂いで戦いを挑む奴らがだ。
俺は、最初のままの調子なら10月一杯までに60キロ前進できるかどうかと思っていた。所が、いきなり前進に弾みがつき始めた。
それに対して、敵の防御線は後退し続けている。私は、この敵の不審な動向と、参謀長から聞かされた意見に、こう思ったのだよ。」

ブローニング中将は一旦言葉を区切ってから、続きを言い放った。

「我々は、後退中の敵を叩いたんだとな。要するに、シホールアンル軍はこの南大陸からさっさとおさらばしたい訳だ。」

ブローニング中将の言葉に、作戦室内に再びどよめきが起こる。

「では、我々は最初から、決戦を諦めていた敵を叩いたという訳ですか?」
「その通りだ。どうして敵がやる気を無くしたかは詳しく知らんが、決め手となったのは、やはり距離であろう。」
「とすると・・・・シホールアンル側は伸び切った補給線を支える事が出来ず、攻勢の限界点を迎えたのですか?」
「最初から補給線が細かった訳ではないな。」

バイエルライン大佐が言った。

「元々、シホールアンル側の補給線は今よりもずっと太かった筈だ。だが、海軍が今年の初めから行った、機動部隊によるゲリラ戦や、潜水艦
による海上交通路の攻撃によって、物資補給量は減り始めた。そこに乗じて我が陸軍航空隊や、現地人のレジスタンスが補給線の攻撃に加わっ
たため、物資の減りは徐々に増えていった。その後は君達も知っているだろう。海軍は新鋭のエセックス級やインディペンデンス級空母も加えた
大機動部隊で南大陸中北部や北大陸南部沿岸を荒らし回り、6月には我が陸軍航空隊のB-24までもが、シホールアンルの貴重な魔法石供給
施設であるルベンゲーブ精錬工場を爆撃し、物資の供給量は加速度的に低下した。そして、見るに見かねた上層部が、遂に撤退命令を出したのだろう。」

「つまり、我々が延々と続けた補給物資の漸減活動によって、シホールアンル側の補給は細くなり、ついには限界点に達した。その事が、
撤退命令を出す要因となった。そう言う事ですね?」

ジェンキンス中佐の問いに、バイエルライン大佐は深く頷いた。

「その通りだ。彼らは我々のように自動車化された部隊を保有していない。機動力の劣るシホールアンル側が取る道は、攻めにくい地域で
遅滞戦術を取るか、犠牲覚悟の反撃で進撃速度を減殺させるか・・・・・これは、後退作戦の際に後衛部隊がよく取る戦法だ。」
「後衛部隊・・・・・にしては、敵の規模はかなり大きいですが・・・・」

ループレング前線軍でアメリカ軍や連合軍と戦ったシホールアンル軍は、計4個軍だ。
後に足止めに加わった部隊も加えれば、総兵力は約20~30万ほどだ。
この30万の“大後衛部隊”が、残りの40万近い将兵を北大陸に逃がそうとしているのだ。
アメリカ側からして見れば、とんでもない物である。

「シホールアンル軍はループレングのみならず、他の戦線にもいる。2、30万の犠牲で、100万以上の将兵が助かるのだから、
敵にとっては致命的な事態でもないのだろう。」
「司令官。この事は、すぐに南西太平洋軍司令部に知らさねばなりません。これは、重大事件です。」

バイエルライン大佐は、ブローニング中将にそう意見具申した。
ブローニング中将も、バイエルライン大佐の言葉に賛成であった。

「分かっておる。通信参謀、この事をすぐに伝えてくれ。敵の本意が理解できたのは我々だけだ、と言う事態になっては非常に不味い。
他の部隊にもすぐ知らせるべきだ。この事を知らなかったばかりに、味方部隊が大損害を被るという事も有り得るからな。」
「分かりました。早急に報告いたします。」

通信参謀はそう言うと、持っていたメモ用紙をポケットに放り込んで、作戦室から飛び出していった。

1483年(1943年)9月28日 午前7時 カレアント公国イチョンツ

この日、カレアント公国北部にある地方都市、イチョンツではこの日も雨が降っていた。
今日の雨は、いつもの雨と比べてどこか激しかった。
そのイチョンツの西部に、一群の施設群があった。
施設群は、いずれも2階建てて、長方形の形をしている。所々に見える窓には、鉄格子がはめられていた。
その建物群の周囲には高さ3メートルほどの壁で覆われていた。ここは、シホールアンル軍が運営する捕虜収容所であった。

「・・・・最低な・・・・・根性・・・ね・・・・」

背中から切っ先を生やした獣人の女が、目をぎらつかせながらそう言うと、体を脱力させた。

「最低な根性・・・・・か。」

男はそう言うと、抱き上げる格好となった女性捕虜から刺していた剣を引き抜いた。
彼はふん、と鼻で笑いながら、既に息絶えた女性捕虜をそのまま倒した。
仰向けに倒れた捕虜を、彼はしばらく見続けた。

「なかなか良い女だったな。昼も夜も、本当にご苦労だったよ。」

彼は皮肉気にそう言いながら、剣に付いた血を布でふき取り、それを死んだ捕虜に投げつけた。

「獣人も悪くなかったな。いやはや、捕虜をあれこれいたぶるのは面白いもんだ。それも、今日でおしまいだがね。」
「所長。準備が整いました。」

全身ずぶ濡れとなった兵が彼に報告してきた。

「そうか。では早めに出るぞ。」

彼、ムレイク・リビッヂオ大佐は薄ら笑いを浮かべながらその場を離れた。
外見は端正な顔立ちだが、どこか陰険そうな感がある。年は37歳だ。
彼は、シホールアンル陸軍イチョンツ捕虜収容所の所長であり、今しがた最後の“仕事”が終わったばかりだ。

「しかし、あの女捕虜をよく抑えられましたね。」
「お前達が虐めすぎたのだよ。それで下手に出ていた奴に油断したため、2人も殺されたのだ。全く、女の恨みほど怖い物は無い物だ。
まあ、あんな程度の女は、私にとって雑魚同然だがね。動きがとろ過ぎるから胸に剣を一突きするだけで終わったよ。ベッドではなかなか良かったんだが。」
「しかし、これで捕虜523人全員の処理が完了しましたな。」
「そうだな。それにしても・・・・」

リビッヂオ大佐は、別の施設に顔を向けた。そこは3号棟と呼ばれる施設だ。
この施設には、連合軍の捕虜の中でも特別な者達が収容されていた。

「アメリカ人という奴らは、死ぬ寸前でも口汚い奴らだったな。最後に処刑した奴などは、私に向かって“俺のけつをなめろ”とまで
言って来た。全く、アメリカ人の凶暴性には心底驚いた物だ・・・・」
「はあ・・・・」
「だが、これで捕虜の処理も終わった事だ。後は北大陸に帰るのみだな。君、このような事は予想できたかね?完全無欠の我がシホールアンルが、
敵に追われて逃げ散ると言うこの悪夢が。」
「いえ、全く予想できませんでした。」
「そう。私もそうだった。だが、敵はイチョンツの南方80ゼルドにまで迫って来ている。このイチョンツにすら、アメリカ軍機が押し寄せてくる。
お陰で、私達までもが、迫り来る敵から逃れるために、ここから撤退するという有様だ。」
「前線の軍は、なんとか後退を続けていますが、相変わらず苦戦を強いられているようです。」
「これも時の流れなのだろう。だが、今回はただ、運が無かっただけだ。それはともかく、今日は疲れた。」

リビッヂオ大佐は、どこか満ち足りたような口調でそう言った。

「馬車の中で一眠りして、体力を回復しようか。捕虜の処理と言う物も、いつもながら疲れるものだね。」
「そうですか。目的地に向かうまでは、まだ時間がありますから、ごゆっくりお休み下さい。」

リビッヂオ大佐は兵の言葉に頷いた。

後に、イチョンツの虐殺と呼ばれるこの事件で、リビッヂオ大佐は南大陸連合軍やアメリカ軍の捕虜、計523人全員の虐殺を指示した。
この事件に関わった者達は、後年に開かれた軍事裁判で厳しい判決を受ける事になる。

1483年(1943年)9月29日 午後8時 シホールアンル帝国領ジャスオ

シホールアンル軍第4機動艦隊は、9月28日早朝にジャスオ中西部にある根拠地、レドグナに錨を下ろした。
それから丸1日経った29日。このレドグナに70隻の護送船団が現れた。
その日の夜、第4機動艦隊司令官であるリリスティ・モルクンレル中将は、作戦室で護送船団の司令官と話し合っていた。

「緊急輸送?」
「はっ。」

リリスティの素っ頓狂な声に、護送部隊司令官であるマリングス・ニヒトー少将は頷いた。

「現在、南大陸戦線の友軍はなんとか後退戦を続けています。しかし、現地軍からの情報では、必要物資の備蓄は、現状ではあと2月も
持たぬと報告されています。今の所、物資の輸送はマルヒナス運河を中心に行われていますが、補給量は常に定数を割り込んでいるとの事です。
そこで、上層部は戦線の崩壊を防ぐためには、一にも二にも、まず補給物資を送り込む事が先決であると判断し、急遽かき集めた輸送船団を一刻
も早く、南大陸に送り込む事を決定しました。」
「私も事前には聞いていたけど・・・・・でも、今行うには危険が大きいわ。連合軍のスパイ網はここにも及んでいるから、情報はすぐに伝わる。
それに加え、北大陸から南大陸北部の沿岸海域には、アメリカ機動部隊が遊弋中との情報も入っている。もしやるとしたら、相当な覚悟が要るわね。」
「はっ。上層部からは、第4機動艦隊との協力を密にして、作戦に当たるよう命ぜられています。この緊急輸送を成功させるには、あなた方の艦隊が
頼りなのです。今度の作戦では、我が部隊の上空援護をよろしくお願いします。」
「ええ。危険は大きいけど、私が居るからには敵の好きにはさせない。大船に乗ったつもりで居ていいわ。」
「ありがとうございます。これなら、私も安心して護衛部隊を率いる事が出来ます。」

ニヒトー少将が指揮する護衛部隊は、第2艦隊のオーメイ級、ルオグレイ級巡洋艦計5隻と、駆逐艦18隻で編成されている。
ある程度の水上部隊には対応できる戦力だが、空の敵に対してはほぼ無力である。

そこで頼りになるのが第4機動艦隊だ。
竜母10隻を有する高速機動部隊が護衛に付いていれば、アメリカ側とて慎重に艦隊を進めるはずだ。
(最も、あたしとしては今の時期に出撃したくなかったんだけど・・・)
喜ぶニヒトー少将とは対照的に、リリスティの内心は酷く冷めた物であった。
彼女は元々、機動部隊をウェンステル海域に派遣する事は反対であった。
数は10隻と、開戦前より拡大している竜母部隊だが、アメリカ機動部隊と違って用意できる機動部隊は、彼女の第4機動艦隊のみだ。
まだまだ戦力拡充の余地がある機動部隊を、増強途上で戦場に引っ張り出してあたら損耗するのは後に良くないと、リリスティは公言していた。
だが、海軍上層部の命令と、戦局が逼迫していく中では止むを得ないと折れた彼女は、第4機動艦隊をジャスオに移動させた。
艦隊の将兵達は、近きに行われるであろう、宿敵アメリカ機動部隊との戦いに次こそは勝ってやると、鼻息が荒かった。
だが、リリスティとしては今すぐにでも本国に帰還したかった。
(ここで竜母部隊が敵機動部隊との決戦で敗れれば、オールフェスが考えた作戦は大きく修正を余儀なくされる。なるべくは、敵機動部隊とは
戦いたくない。でも、命令に従うのが軍人の定め。命令された以上は仕方ないわね)
彼女はそう思う事で、自らを納得させた。

「出港は、明日の早朝だね。輸送船の乗員は大丈夫かな?」

リリスティは輸送船の乗員の事に話を変えた。

「明日は敵の潜水艦や機動部隊が待っているかもしれない危険海域に突入する。もしかして、輸送船の乗員の中には、船を下りるとか
言い出している人が居たりするかもしれない。」
「いや、その点に関しては問題ありません。乗員にはあまり不必要な情報を与えていませんので、今の所。航海の先行きを不安に思う者は、誰1人と・・・・」
「そう・・・・・ならいいわ。」

リリスティは、苦笑しながらそう返事した。
その後、ニヒトー少将は10分後にリリスティと別れた。

10月1日 午後4時 ポーライン沖東300マイル

「ふむ、アルバコアが新たに敵輸送船団を発見した訳か・・・・・」

第5艦隊旗艦である重巡洋艦インディアナポリスの作戦室で、レイモンド・スプルーアンス中将は報告書を読むなり、眉をひそめた。

「最初は補給を終えたばかりのTF57で、敵の輸送船団と機動部隊を叩こうと思ったのだが、天候に見放されるとはな。」

シホールアンル軍が護送船団と、機動部隊を出航させたと報告が入ったのは午前7時頃のことであった。
ジャスオのシホールアンル軍根拠地を見張っていた、潜水艦のノーチラスが報告を送って来た。
それから2時間後には、潜水艦のガバラが20ノットで航行する敵船団と敵機動部隊を音響で探知したと報告した。
スプルーアンス中将は、補給を終えたばかりのTF57に敵機動部隊並びに、敵輸送船団を撃滅せよと命じ、TF57は盛んに偵察を行った。
所が、敵艦隊は一向に見つからず、ただ時間のみが過ぎた。
TF57が全く見つからぬ敵艦隊に苛立っている時、潜水艦のアルバコアから敵艦隊発見の報告が入った。
だが、敵艦隊が見つかった場所は、猛烈なスコールに覆われており、TF57の艦載機では手も足も出なかった。
結局、TF57は、敵艦隊を攻撃可能範囲に収めながらも天候の影響で攻撃隊の発艦を見合わせる事にし、一路南東に避退した。
そして、敵艦隊は悠々と、南大陸北部に向かいつつあった。

「敵船団の積荷は、恐らく南大陸にいる友軍部隊への補給物資でしょう。」

参謀長のカール・ムーア大佐が口を開いた。

「これを攻撃できれば、シホールアンル側に対して物理的にも、精神的にも打撃を与え垂れたはずなのですが・・・・・」
「だが、敵はスコールという味方を得て目的地に向かいつつある。天候が敵に味方した今、攻撃隊を放ってもあたら失うだけだ。」
「では・・・・・この敵船団は見過ごすしかないのでしょうな。」

ムーア大佐はやれやれと言った表情でそう漏らした。
いくら対艦攻撃力に優れる空母艦載機といえど、悪天候の中を飛行して攻撃に向かう事はかなり難しい。
単機や少数機なら、嵐に飛び込んでもなんとか生き残れるかもしれない。
しかし、飛行機と言う物は元々悪天候に弱い。
スコールにぶち当たっただけで、雲の中で荒れ狂う気流に流されて、パイロットが機位を見失う事は珍しくない。
単機や少数機でも、悪天候の中を飛ぶのは難しいのに、100機単位の大編隊がそれと同様な事をやれば、未曾有の大惨事と化す。
故に、TF57はただ手をこまねいているしかなかった。

「空母部隊はそうだろうな。」

スプルーアンス中将はそう言ったが、言葉の中には別の響きが混じっていた。

「これから間も無く夜間だ。確かに空母は使えん。しかし、艦は使える。幸い、スコールは一過性の物だし、夜には恐らく晴れているに違いない。」
「長官・・・・・まさか・・・・」

ムーア大佐は、スプルーアンス中将の言わんとしている事がすぐに理解できた。

「飛行機が使えんのなら、船を使えば良い。それだけさ。」

10月1日 午後9時 ウェンステル領マルヒナス岬沖340マイル地点

夜闇の向こうにうっすらと浮かぶ陰が、ぱっぱっと、こちらに向けてライトを断続的点滅させている。

「司令、TF57の軽巡サンアントニオより通達です。会合を祝す。」

第61任務部隊第3任務群司令官である、ウォルデン・エインスウォース少将は、旗艦である軽巡洋艦ブルックリンの艦橋上で、
発光信号を読み取っていた。

「サンアントニオに返信。了解、敵艦隊との会敵は午前1時を予定せり。共に勝利を飾らんとす、だ。」
「アイアイサー」

エインスウォース少将の言葉を聞き取った通信員が、速記した文字を言いながらライトで返信させる。

「しかし、スプルーアンス長官も急なものですな。」

軽巡洋艦ブルックリンの艦長であるマンナート・フロワード大佐が言って来た。

「いきなり我が任務群に対して、敵船団のケツを蹴り飛ばして来いと言うとは。」
「おいおい、スプルーアンス長官はそんな乱暴に言っていないぞ。それに、提案者はスプルーアンス長官だが、ちゃんとスコット長官を
経由してから言ってきている。」
「その事は分かっとりますよ。今のは冗談です。」
「冗談もほどほどせんとな。」

エインスウォース少将の言葉に、艦橋で笑いが起こった。

「用は、飛行機が使えぬのなら軍艦で敵の輸送船団を叩きのめすという事だ。そのため、敵との会敵は夜中になってしまったが、
別に心配することは無い。我々には濃密に配置した潜水艦の散開線。それに、艦自体が搭載するレーダーがある。潜水艦の情報が的確で、
かつ、レーダーがしっかり作動してくれれば、この海戦は負ける事は無い。」

エインスウォース少将は自信満々にそう言った。
エインスウォースの率いるTG61.3は、TF57の燃料、弾薬を運んで来た補給艦部隊を護衛する目的で南大陸北部の西海岸沖に進出していた。
半日ほどかかった燃料、弾薬の補給を終えて、補給艦部隊と供にエスピリットゥ・サントに向かっていた時、ノーマン・スコット第6艦隊司令長官から、
急遽南大陸北部に向かいつつある敵輸送船団を撃滅せよとの命令を受け取った。
TG61.3は、命令通りに敵輸送船団を叩くべく、敵との会敵地点に急いだ。
TG61.3は、軽巡洋艦ブルックリン、ボイス、フェニックス、フィラデルフィアと、駆逐艦16隻で編成されている。
この他に、TF57からも軽巡洋艦サンアントニオとコロンビア、駆逐艦4隻がTG61.3に増派された。
エインスウォースは巡洋艦6隻、駆逐艦20隻を持って敵輸送船団に向かう事となった。
この輸送船団攻撃部隊の背後には、TF57が控えており、日中ともなれば艦載機で艦隊の上空を援護できるようになっている。

「午前1時まであと・・・・4時間か。」

エインスウォース少将は、小さい口調でそう呟いた。現在、敵輸送船団は18ノットの速力で、マルヒナス運河に向かっている。
エインスウォースが率いる輸送船団攻撃部隊は28ノットの高速で、敵の後ろから突っかかる形になる。
水上戦闘は、去年行われた第2次バゼット海海戦以来、実に11ヶ月ぶりだ。

「待ってろよ、シホット共。自慢のブルックリンジャブで貴様らを残らず叩き潰してやるぞ。」

エインスウォース少将はそう意気込みながら、真っ暗な海上を睨み据えていた。
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