デッドパロッツQ

時刻は早朝へと進み、薄暗い魔法の森の中にも朝日が差し込み始めていた。

そんな木漏れ日の下を一人の少年が歩いている。
その視線は前方にも足元にも向いておらず、何もない中空を漂っている。
足取りは酔ってでもいるかのように胡乱だった。

その少年の名は、名簿の上ではディアボロと記載されている。
しかし、現在の姿でならばヴィネガー・ドッピオと呼ばれるべきなのか。
ともかく、彼は鈴仙・優曇華院・イナバとの戦いに遅れを取った後、こうして魔法の森まで敗走を続けてきたのだった。

ドッピオは、ふらふらと倒れそうな歩みの最中、そこらに落ちている小枝を拾い、耳元に近づける。
「ツー……ツー……ツー……」
そして、それまで以上にどこも見ていない虚ろな表情で微かに呟く。

そのまま少しの時間が経ち、急に正気に返ったように手に持った枝を忌々しげに睨みつけて放り出した。


そのドッピオの後方十数メートル、もう一人の敗北者が木の影に身を潜めながらピッタリと後を付けてきていた。

テンガロンハットを被ったガンマン風の男だ。
寅丸星のハイウェイスターに敗北し、幽谷響子を見捨てて逃げる形になったホルホースだった。

ホル・ホースがドッピオを発見したのは数分前に遡る。

鉄塔からの撤退戦の後、ハイウェイスターの追跡が無いことに気づき、一息ついたのもつかの間。
出食わすような形で、突然ドッピオが通り過ぎるように視界の奥に姿を見せたのだ。

驚いたホル・ホースが慌てて姿を隠すも、もう一方のドッピオはその存在に気づかない。
冒頭のように宙に視線を彷徨わせていたのが原因か、あるいはそれなりに距離があったのも幸いしたのかもしれない。

ともあれ、こうしてホル・ホースはドッピオを発見した。

一見すると、隙だらけなドッピオの風体は、あっさりと忍び寄れそうである。
しかし、ホル・ホースは、近づかずに遠くから観察するに留めていた。

「チッ……らしくねーな。
弱気になっちまってるぜ……」

不意に、ホル・ホースの口から自虐めいた言葉が漏れる。
その言葉通り、その行動は、慎重というよりは臆病、とても攻撃的な行動に出られる精神状態から来ているのだった。

ホル・ホースは負けて逃げる事を恥と思うような感性はしていない。
しかし、響子を、少女を見捨てて逃げたことで、精神に拭いがたい傷のようなものが出来てしまっているのだ。

まあ、しかし、遠くから様子をうかがうことで見えてくることもある。
どうもあの少年は殺し合いで精神がイカれてしまったというよりは、何かの攻撃の後遺症であんなフラフラになっているようだった。
時折、焦点があったように辺りを見回しなどしているが、その時の様子は年格好に不相応な鋭さというか、場馴れした感じが見受けられるのだ。



「だが、『鉄塔』の方に向かわねえんなら、オレには関係ないな」

コンパスを見る限りはドッピオは北へと進んでいる。
その危なっかしい動きを見送りつつ、ホル・ホースは呟いた。

なにせ、今のホル・ホースには考えることが無数にあるのだ。
何より自身が生き残ることを考えなければならない。
その上で、聖白蓮も探さないといけないし、鉄塔の二人組にもカタを付けなければならないのだから。

やがて、魔法の森の道無き道の、複雑に木の根が密集した箇所にドッピオの足が向いた。
すっ転ぶ。そうホル・ホースは確信する。
そうして、コンパスに目を落とし、東の方角に向き直った。
追い打ちを掛ける気もないが、手を貸してやる義理もなかった。

「ム!?」

が、その視界の端には、予想に反しドッピオが難なく根の上を越えていくのが辛うじて映った。

直前で足元に注意したという感じではない。
その視線は、なおも宙を彷徨っているままだ。
どちらかと言えば、偶然か幸運が働いたように見える。

ホル・ホースは思わず振り返り、改めてドッピオに注目する。
その様子は相変わらず酔っ払いか何かのように見える。
しかし、今の一事を見た後だと、別の事実も見えてくる。

そう、改めて見るとドッピオの姿には汚れが少ない。
少しばかり薄汚れているが、泥だとか草や葉はへばりついていない。
つまりは、あの歩き方で、この原生林のような森の中で、一度も転倒していないことになるのだ。
少なくともホル・ホースが見つけるより前から、この魔法の森を歩いていたはずなのにだ。

ホル・ホースは俄然興味をひかれて、再びその後を追い始める。

そして、後を追ううちに更に奇妙なことに気がついた。
先に進んだドッピオを追おうとするのが、思いの外難しいのだ。
より正確に言うならば、例えば一瞬その姿を見失った時などに、再び見つけるのが困難なのだった。
移動している方角がわかっているため、すぐに追いつくことはできるが、その足跡が極端に残っていないために一瞬面食らってしまうのだ。

ホル・ホースとて先の逃走時はともかく、追跡中である今は隠密性にはそれなりに気を使っている。
枝を踏み折って音を立てるなど論外だし、草だのキノコだの目につきやすい箇所に跡を残さず移動をする程度の事はしている。

だが、それと比較しても、目の前の少年の足跡の無さは一種異常だった。
地面に落ちた落ち葉一つ踏まず、土の柔い部分に靴の跡を残すこともしていない。
まるで、追跡不可能な正解の道がわかっているかのような軌跡だった。
しかも、そのことを本人は意識していないかのような様子なのだ。



「コイツは……使えるかもしれねえ」

思わず、ホル・ホースの口から言葉が漏れる。
才能のある相棒を見つけるのに長けた、二番手のとしての勘が冴え渡り始めていた。
順序は予定と食い違ってしまうが、鉄塔の二人組に対抗するだけの戦力が手に入るかもしれない。
ホル・ホースは息を呑んだ。

時折見せる狂態が若干気にならないでもない。
能力の方も実際のところはどのようなものなのかは全くに近くわかっていない。
それでも、ホル・ホースは自分の直感に疑いを持つことなく、視界の奥に映るドッピオを有望株として認識した。

そうなると、どうやって話をつけるかだが、とホル・ホースは少し考える。
このまま距離をそっと詰め、メギャンと『皇帝』を突き付けてイニシアチブを取る。

まずはそう思いつくも、すぐにその案を却下する。
シュトロハイムの時に、モロにその行動をして失敗したのを思い出しのだ。
また、相手の少年の妙な幸運らしきものを鑑みると、悪手になる予感がヒシヒシとする。

ならば、いっその事、下手に出てしまって、コンビを組むことを優先するのも良いかもしれない。
相手がドッピオ程度の少年だろうが、それ以上に子供だろうが、ホル・ホースは相棒として組むのならば頭を下げることも何ら恥とは思わない。
『一番よりNo.2!』、その人生哲学は伊達ではないのだ。

ホル・ホースは小さく頷いた。
そこから後は、なんとか口八丁で鉄塔に向かわせるのだ。

そうと決まれば行くだけだ。



そう、行くだけなのだが、ホル・ホースの足は一向に動かない。


「なんだ? オレはまだビビっちまってるってのか?」
ホル・ホースが意に反して動こうとしない身体に苛立ちを募らせる。
勝てる算段が付いてきたというのに何てザマだと、自らを叱咤する。

だが、実のところ、それは今までの弱気とは少し様相が違う。
勝てるかもというのが、わずかでも現実に近づいたからこそ、ホル・ホースはドッピオの方に向かいたくないのだ。
正確に言うならば鉄塔に向かいたくなくなったのだ。

世界一女には優しい男を自認する彼は、鉄塔の二人に『皇帝』を撃ちこむ事に尻込みを始めているのだった。
しかし、その一方で、響子のことを思い出せば、ケジメが必要だという考えも当然のように心を満たしてくる。
そのジレンマに、ホル・ホースは身悶えする。

「チクショウ、行くも地獄に引くも地獄かよ」

そうやって悩んでいるホル・ホースを他所に、ドッピオの姿はどんどん小さくなっていってしまう。
ホル・ホースとて、ドッピオのことを抜きにしても決断の必要性は感じているのだが、どうしても踏ん切りが付かない。

「あーあ、響子の嬢ちゃんが復讐なんて望んでないって言い切れ、れ……」
逃避のように、都合のいい展開を口に出しかけて、ホル・ホースは言葉に詰まった。
その表情は忘れていた傷口を爪で引っ掻いてしまったようなものに変わっている。

断末魔を聞きたくなかった。
犬っころみたいに懐いてきた響子の最期の言葉が、彼女を見捨てて逃げる自分への恨み事だったらとても耐えられないと思った。

「……だから、せっかく耳まで塞いで走ったってのによお。
あんな馬鹿でかい声で叫ばれたら嫌でも聞こえちまうじゃねえか」

幸いにも、その内容はホル・ホースを罵るものではなかった。
むしろ微笑ましいと言ってもいい、お人好しな内容だった。
しかし、同時に、叶えるにはリスクの大きすぎる無理難題でもあったのだ。

だから、意識か無意識か、聞かなかったことにした、聞こえなかったことにした。

そのはずだったのだが、伸るか反るかの進退が窮まった事で、第三の選択肢としてそれは浮かび上がってきてしまった。
ホル・ホースは、響子のもう一つの最期の願いである、『寅丸星を正気に戻す』を意識せざるを得なくなってしまったのだ。

そう、あるいはその選択肢は、最も自分にあっているかもしれないとホル・ホースは考えた。
まずは女性に優しい男という、今までの自分のやり方を変えずに済む。
そして、響子の復讐についても、何もその手段に拘らずとも響子の遺志を叶えることで何がしかの納得を得られそうに思える。
そう、何も問題はない。
ホル・ホースにとって最重要である自身の命を顧みなければ、という但し書きが付くことを除けばだが。



「……やっぱり、おれには無理だぜ、嬢ちゃんよお」

寅丸星のハイウェイスターを思い出し、ホル・ホースは瞑目して呻く。
単純な相手の強さ以上に、お互いのスタンド性能の食い合せがマズすぎるとホル・ホースは感じていた。

ホル・ホースの『皇帝』は拳銃型のスタンド、攻撃は達者だが、防御に関しては無いも同然だ。
そして、相手は見た限りでは自動操縦型のスタンドだった。
その行動ルーチンに本体の防衛が入ってでもいない限り、防御は同じくザル同然だろう。

となると、行き着く先はお互いノーガードでの潰し合いか。
殺し合いなら上等な組み合わせだが、説得だとか話し合いとなると途端に背筋が凍るような組み合わせに変わる。

ホル・ホースは帽子を抑えて首を振った。
やはり賢い行いは、追跡中の少年をだまくらかして鉄塔組との決着を付けてしまうことだった。
あるいは性に合わない復讐は投げ捨てて、この少年を生き残りへの布石のすることに違いなかった。

「だいたいよお、貸し借りは聖とやらへの伝言と、今までのお守りでチャラだぜ」
苦々しげにそう言い放った。
そうして自分を納得させようとした。

しかし、山彦が、幽谷響子の声が耳から消えない。
あの爆音じみた叫び声は遮断したというのに、塞いだ耳と手の隙間から幽かに染み込んだ声がいつまでも耳に残り続ける。
あるいは、かの芭蕉の名歌のごとく、染み入るからこそ強烈に印象に残ってしまったのか。

歯ぎしりさえしながら、ホル・ホースは煩悶した。
何を置いても生き残りたいというのは、偽りのない彼の望みだ。
だが、その一方で、暗い感情にケリを付けたいという気持ちもある。
自分らしく生きたいという思いも捨て去ることが出来ない。

そうして、暫くの時間が過ぎた。

「……ああ、クソ。忘れてたぜ。
そういや、ターミネーターからも助けてもらってたなあ」

グルグルとあらゆる考えが頭を巡る中、不意に幽谷響子との出会いを思い出し、諦めたようにホル・ホースが呟いた。
いかにも、嫌々やってやる、といった感じだった。
だが、内容とは裏腹に、彼の表情はどこか晴れやかだ。

自問を終えて目を開けて見れば、ドッピオの姿は既にない。
追跡中に感じたとおり、もはや見つけるのは不可能だろうか。

「あばよ、ナンバーワン。
ま、縁がなかったな」

しかし、ホル・ホースは、未練もないとばかりに、ドッピオの進んでいた方角にひと声をかけて、踵を返す。

この道を進むと決めた以上、余程の物好きか、お人好し以外は付いて来ないだろうし、逆に来てもらっても困る。
根拠の無い印象だけとはいえ、どことなく剣呑な雰囲気を漂わせた先ほどの少年は残念ながら不適格だった。

こうしてホル・ホースは10分に届くかどうかの、ドッピオの追跡を切り上げて、命蓮寺への道程へと戻っていった。




「……しかし、やると決めた所でやっぱり『オレには』無理だぜ」

能力の相性は先ほど考察した通りで、やはり説得には最悪だろう。
そして、それ以上に厄介なのは、相手は知り合い以上の仲間であったであろう響子を、躊躇なく殺害するほどの覚悟を固めている事だった。
見ず知らずのホル・ホースがどうこう説教をくれた所で馬の耳に念仏だろう。

「となると……聖白蓮だな」

森の先に草地が見えてきた所でホル・ホースは口に出してそう呟いた。
他にも色々と候補はいるが、やはり寅丸星を説得するとなると、聖白蓮が最有力だろう。

「ひひ、なんのこっちゃねえ。
詫びを入れた後に、やることが一つ増えただけじゃあねえか」

そして、いつもの調子を取り戻したようにそう続ける。

ホル・ホースにも、自分が賢明とはいえない選択をしていることへの自覚は十分にある。
だが、それでも、復讐といって女に銃弾を叩き込むことや、少女の最期の願いを無碍にすることよりは、余程自分らしい行動だと感じられた。

「コイツが丸く収まりゃよお、嬢ちゃんの望みは叶えられる。
聖とやらにも恩が売れる。寅丸ちゃんにも巨大な貸イチだ」

森を抜けて急速に広がる視界の中、不安を紛らわすようにして皮算用を口に出す。

「そんでもって、オレの流儀もついでに守れる。
一石……おいおい四鳥かよ。コイツは気合い入れねえとな」

そうして、精一杯の虚勢でもってニヒヒヒと軽薄に笑い、ホル・ホースは命蓮寺を目指して脇目もふらずに走りだすのだった。


【D-4 草原/早朝】
【ホル・ホース@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:顔面強打、鼻骨折、顔面骨折、胴体に打撲(小)、疲労(中)
[装備]:なし
[道具]:不明支給品(確認済み)、基本支給品×2(一つは響子のもの)、スレッジハンマー(エニグマの紙に戻してある)
[思考・状況]
基本行動方針:とにかく生き残る。
1:響子を死なせたことを後悔。 最期の望みを叶えることでケリをつける。
2:響子の望み通り白蓮を探して謝る。協力して寅丸星を正気に戻す。
3:あのイカレたターミネーターみてーな軍人(シュトロハイム)とは二度と会いたくねー。
4:死なないように立ち回る。
5:誰かを殺すとしても直接戦闘は極力避ける。漁父の利か暗殺を狙う。
6:使えるものは何でも利用するが、女を傷つけるのは主義に反する。とはいえ、場合によってはやむを得ない…か?
7:DIOとの接触は出来れば避けたいが、確実な勝機があれば隙を突いて殺したい。
8:あのガキ(ドッピオ)は使えそうだったが……ま、縁がなかったな
[備考]
※参戦時期はDIOの暗殺を目論み背後から引き金を引いた直後です。
※響子から支給品を預かっていました。
※現在命蓮寺の方向へ走っています。
※白蓮の容姿に関して、響子から聞いた程度の知識しかありません。


=======================================================================
一方、ドッピオの側はホル・ホースが立ち去ったことにも、そもそも後ろに張り付かれていたことすら気付かずに歩を進めていた。
彼の中空に漂わせた視線の先、エピタフの予知にホル・ホースが登場しなかったためだ。

エピタフは確かに自身の周囲で起こることは完全に予知する。
平衡感覚にダメージを受けているドッピオが、原生林に近い様相の魔法の森で大過なく行動できるのは、これの恩恵が非常に大きい。

しかし、一方でエピタフのみに集中する余り、その予知範囲の外の事象に対する注意が些か散漫になっているのも確かだった。
それ故、特に出会い頭では気付けたかもしれなかったホル・ホースとの接触を逃してしまったのだ。

ともあれ、そんなことは露も知らないドッピオの感心事は、一向に改善しない自らの体調だった。

エピタフに精神力と集中力のかなりの部分を割いていることが問題なのだろうか。
頭痛と平衡感覚の失調を押して歩き続けていることが原因なのか。
ともかく、いずれにしろ休息が必要なのだとドッピオは文字通り痛感している。

『兎耳の女』も、ひとまずは振りきったように見えるし、頃合いなのは確かだった。
しかし、安全のためには出来るだけ距離を取りたいのも、また一方としてある。
そうして、明確なきっかけを掴めないまま、ドッピオは惰性のように逃げ続けていた。


と、そこで、森を進むドッピオを映すだけだったエピタフに変化が現れた。

そこには、『ハッとしたような素振りを見せて、たたらを踏みながら木の影に隠れるドッピオ』が映っていた。
それを見たドッピオは、ハッとしたような素振りを見せて、たたらを踏みながら木の影に隠れる。

そして、隠れた木の影からコッソリと顔をのぞかせて、その先を見る。
そうすると、視界の先に、バリバリと低木の枝を破壊しながら、倒れこむように獣道に飛び出してくる男の姿が入った。

その男は腰巻き一丁の半裸という異様な風体だった。
そして、その風体故に、遠目からでも全身に負った傷が見て取れた。

そいつはブチャラティとレミリアによって撃退された、サンタナと呼ばれる人外の存在だった。

呆気にとられるドッピオを他所にして、サンタナは真っ直ぐに彼の隠れた方角へと向かってくる。
もっとも、早くに身を隠したドッピオに気付いているわけでもないようで、その歩みはゆっくりとしたものだ。
それどころか、負傷のためか、ここまでのドッピオと同じか、それ以上にフラフラとした足取りだった。

「く……ともかくエピタフの予知だ」

気を取り直したドッピオは慌ててエピタフを確認するも、予知の中の彼は『小さく毒づきながら、エピタフとサンタナを忙しなく見比べている』。

「クソッ!?」
ここに来て使えない予知だ、そう毒づいて、ドッピオはどちらも見逃せぬと、エピタフとサンタナを交互に見比べる。

しかし、ドッピオの努力を他所に、サンタナはそのままゆっくりと、だが確実に近づいてくる。

「せっかく隠れたのに見つかっちまうじゃあねえかッ!?
予知は! 予知は出ないのか!?」

小さく叫びながら、ドッピオの瞳がギョロリと裏返る。
焦りで生来のキレやすさが顔を覗かせ、ベルギーワッフルのようなスタンドの腕が姿を表し始めていた。




その時、エピタフの映像に変化が現れた。

『エピタフから目を切って、サンタナに注目するドッピオ。
突如として叫び声を上げて倒れるサンタナ。
奇怪な動きでその姿はエピタフの予知の範囲から消える』

不気味な予知に、思わずドッピオはエピタフから目を切ってサンタナの動きに集中する。
ゆっくりと歩み寄るサンタナだが、不意に風に揺られた木々の隙間から漏れた朝日がその脚に当たった。

「KAAAAAAAA!!」

その瞬間、サンタナは尋常ならざる叫びを上げて、地面に倒れ込む。
光に触れた脚は灰色に変色していた。
そして、瞬く間にその姿は、日の当たらない低木の茂みの中へと、這いずって消えた。

「な、んだ、アイツは……?」

半ば予知で見た光景とはいえ、実際に目の当たりにすると衝撃もひとしおだった。
毒気を抜かれたようにドッピオは呆然とサンタナの消えた茂みを眺める。

見間違いでなければ、太陽に当たったヤツの脚は、変色というよりは石のようになっていなかっただろうか。
茂みに逃げこむ時の動きも、匍匐前進というよりは、蛇か何かが這って移動する様を連想させる、人間離れした動きだった。

「まさか、こんな化け物までいるなんて……」

ゾッとした、そんな表情でドッピオが思わず弱音を吐く。
相手がスタンドなら、いくら奇怪な能力だろうが物ともしない心構えはあったが、こんな生物が来るというのは予想外だったらしい。

「……だが」

相手は僅かな接触でドッピオの心胆を寒からしめた化け物ではあるが、冷静になって見てみれば手負いだ。
それも、ベストとはとても言えない状態のドッピオから見ても、死にかけとさえ言えるほどのだ。
更に加えれば、こちらが一方的に相手を補足している状況、奇襲は好き放題にかけられる。
太陽が弱点らしいことまで何となく察知できてしまった。

ボスを待つことなく始末できる、何度か状況を整理した後、ドッピオはそう結論づけた。

ドッピオは現在位置とは別に、自らの隠れ場所を探した。
サンタナから確実に姿を隠すことができ、なおかつエピタフの有効範囲に相手を入れられる場所を吟味した。
そして、発見した場所に慎重に歩を進める。

戦闘の側にスイッチが入ったためか、平衡感覚の喪失は幾分かマシに感じられる。
エピタフにも異常はなく、実際その通りに何事も無く、目標の地点へと到達が出来た。

「フン、これで、コイツも終わりだな……」

このまま不意を打てば、ボスから借り受けているキング・クリムゾンでまず間違いなく始末できるであろう。
安全策にこだわるのなら、少しばかり森林破壊に勤しんでやれば、太陽に弱いらしいコイツはそれで詰みだ。
ドッピオは静かにほくそ笑む。



後は実作業に入るだけ、そこまで状況を運び、念のためとばかりにエピタフを確認する。

しかし、そこには『攻撃には移らず、何かを考えこんでいるドッピオ』が映っていた。

ドッピオは意外な予知に面食らうも、何か漏れていることがあるのかと思い直す。
そうして、攻撃には移らず、考え込み始める。

思い返してみれば、最初があまりにも不気味な印象だったためか、この相手を大した理由もなくブチ殺す流れになっている。
だが、この怪人を倒した所で自分に何の得があるのだろうか、ドッピオの脳内にそんな疑問がヒシヒシと湧いてきた。

まずは、確実な安全が手に入ることだろう。
ごく当たり前の結論が一つ浮かぶ。
あとはチラリと見えたが、この怪人は剣のようなものを佩いていたよう思える。
途中で壊れなければ、それが手に入るぐらいか。

そして、その二つで終わりだった。
他には実入りがない。
逆に消耗は避けられないだろうし、ヘタをすると余計な負傷さえしかねない。

殺し合いが始まった当初のディアボロとドッピオならば、この条件でも躊躇なく相手を殺しに行っただろう。
だが、今は当時とはあまりに状況が変わりすぎている。
ボスは依然として通話中--気絶中--であり、その代行を任されたドッピオにしても状態は万全とは程遠い。
更には兎女からはマトにかけられている、かなりの危機的状況だ。

負けは絶対にないにしろ、余計な消耗が避けられないこの行動は本当に必要なのか。
思わずドッピオは頭を抱えた。

「……どうせならあの兎とでも潰し合ってくれればいいモノを」

ドッピオは小さく口に出して毒づいた。
そして、意図せずに出たその言葉を、何度か頭のなかで反芻する。
今からでもそのようには出来ないだろうか、そう考えた。

出来れば件の『兎耳の女』が望ましいが、そうでなくとも誰か他の敵に、この茂みに潜んだ化け物をぶつける。
そうして、自分は逃げ去るなり、漁夫の利を頂くなりする。
奇しくもドッピオの身を隠している木陰は、サンタナからだけでなく他の地点からも見つかりにくい位置にある。
条件はそれほど悪くないとドッピオは考える。
更に言うなら身体を休めるにもいい状況だ。

リスクはもちろんある。
三つ巴の膠着状況を招きかねないし、最悪袋叩きにされる可能性も無いとはいえない。
しかし、ボスからキング・クリムゾンとエピタフを借り受けている自分ならば問題なく遂行可能だ、ドッピオはそう判断した。
特に『時間を飛ばす』のは、混乱の中から自分だけ抜け出るのにはうってつけだった。



いつしかドッピオの意思は、そのアイデアに傾き始めていた。

「……ボス、見ていて下さい。
あの『兎耳の女』も、この『化け物』も、あなたの絶頂を邪魔をするゴミは、全て始末してみせます」

少しの間考え込んだ後、やがて決心したようにドッピオは宣言する。
続いて足元の落葉を一枚拾い上げ、耳へと近づける。

そして、いつかと同じように、この世ならざる何かを見ながらにして、呟く。
「ツー、ツー、ツー……」

暫しの後、異様な無表情から、落胆へと表情を変えたドッピオは寂しげに口を尖らせた。
そして、クシャクシャに握りつぶした落葉を、サンタナの隠れる茂みの上へと投げつけるのだった。


こうして、ドッピオは安全のためにサンタナを始末することを取りやめ、危険を承知でその存在を利用する方向に舵を切り出した。
リターンのためには多くのリスクを取ることも厭わない、ドッピオとしての性質が露わになっていた。
そして、時には行き過ぎるそれを諌めるはずのディアボロの人格は、未だ意識を取り戻していない。

この行動が吉と出るのか、凶と出るのか、それはまだ誰にもわからなかった。


【D-4 魔法の森/早朝】
【ディアボロ@ジョジョの奇妙な冒険 第5部 黄金の風】
[状態]:首に小さな切り傷、体力消費(大)、ドッピオの人格で行動中、
  ディアボロの人格が気絶中、酷い頭痛と平衡感覚の不調
[装備]:なし(原作でローマに到着した際のドッピオの服装)
[道具]:基本支給品×2、壁抜けののみ、鉄筋(残量90%)
  不明支給品×0~1(古明地さとりに支給されたもの。ジョジョ・東方に登場する物品の可能性あり。確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:参加者を皆殺しにして優勝し、帝王の座に返り咲く。
1:『ボス』が帰ってくるまで、何としても生き残る。それまで無理はしない。
2:新手と共に逃げた古明地さとりを探し出し、この手で殺す。でも無理はしない。
3:『兎耳の女』は、いずれ必ず始末する。でも無理そうなら避ける。
4:側に寄って来る相手と『茂みの中の化け物』をぶつける。
[備考]
※第5部終了時点からの参加。ただし、ゴールド・エクスペリエンス・レクイエムの能力の影響は取り除かれています。
※能力制限:『キング・クリムゾン』で時間を吹き飛ばす時、原作より多く体力を消耗します。
※ルナティックレッドアイズのダメージにより、ディアボロの人格が気絶しました。
ドッピオの人格で行動中も、酷い頭痛と平衡感覚の不調があります。時間により徐々に回復します。
回復の速度は後の書き手さんにお任せします。


=======================================================================

「KUAAAA!太陽、が……!」

魔法の森の湿度の高さと日の差し込まぬロケーションが組み合わさり、茂みの中は酷く泥濘んでいた。
その中で、サンタナは満身創痍の身体を泥と屈辱に塗れさせて唸る。
不覚にも太陽光を浴びてしまった脚は、その表面を石へと変えていて、すぐには動かせそうもなかった。

「………吸血鬼………人間、ごとき………がッ……!」

それまでの虚無感とは変わり、サンタナの顔には小さな怒りが貼り付いていた。
ろくな隠れ場所を見つけられず、こうして地べたを這いずることになったのも怒りの原因だが、それはむしろオマケにすぎない。

サンタナにとって、同族の3人に見下されるのには諦めのような慣れがあった。
カーズエシディシといった年長者に、能力や経験といった点において遠く及ばないことは、その長い人生の中で嫌というほど味わってきた。
同年代のワムウも、戦いの才においてサンタナをはるかに凌駕するのは明白だ。
だから、諦めが付いた。

そして、ここに来る前の最後の記憶、メキシコでジョセフ・ジョースターにしてやられたこと。
波紋戦士に敗れることも、業腹ではあるがまだ仕方ないと自分を納得させられる。
同族達にそのように判断されたからこそ、自分は置き去りにされたのだ。
ジョセフに、波紋の使い手に張り合ってしまったのは未熟な自分の思い上がりで、同族たちの判断こそが冷静で正しかった。
それだけなのだろう。

だが、しかし、此度の敗北は別だった。
食料でしかない吸血鬼と、吸血鬼の原料でしかない人間、それらに敗れてしまったのだ。
その事実がサンタナの眠っていた劣等感を揺さぶっていた。

記憶の中にある、諦めて受け入れたはずの同族達の軽蔑の視線が、新たな意味を持ってサンタナを抉る。

「吸血鬼にも劣るクズ」
「人間にすら遅れをとる恥さらし」



サンタナが、その自我が、最下級として扱われても、番犬として扱われても耐えてこられたのは、偏に自らの種族が優れているという無意識の誇りのためだった。
『柱の男』『闇の一族』として、他のすべての生命より優越した地位にあるという、無自覚な驕りのためだった。

その土台が崩壊しようとしていた。

否、事態は土台の崩壊よりも、なお悪かった。
あの三人が健在である限り、一族の優生は盤石であるのだ。
ただ、サンタナだけが、そこから落ちこぼれて、吸血鬼や人間以下の存在へと転げ落ちているのだ。

最も格下であるから、失うものがないからこそ、サンタナは虚無でいられた。
しかし、最も下だと思っていた地点には、更に下があった。
何も持たないと思っていた自分にも、気付きもしなかった尊厳があり、それは今まさに失われていこうとしていた。

それは微かではあるが、久しく感じてこなかった恐怖だった。
そして、その恐怖はゆっくりだが確実に膨れ上がってきているのだ。

故にサンタナはその感情を塗りつぶそうと、慣れぬ怒りでもって自らの殺意を掻き立てる。

「ち、がう……。オレは、劣って、などいない……!」

証明しなければならない。
この場にいる人間と吸血鬼、その全てを殺してでも、自分は優れた生物だと証明しなければならなかった。

サンタナの胸中に焦りが生じた。
早く、可能な限り早くそのようにして、安心しなければ、自らの精神に致命的な傷が生じかねないと感じていた。

しかし、その思いとは裏腹に、時刻は既に早朝を迎え、これから先は太陽の時間だ。
その焦燥と殺意は形をなすことが出来ず、発散されることもなく、サンタナの中でタールのようにドス黒く煮詰められていくのだった。

【D-4 魔法の森/早朝】
【サンタナ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(大)、体力消耗(極大)、全身ダメージ(大)、全身に打撲(大)、左脇腹に裂傷(大)、脚の一部が石化、再生中
[装備]:緋想の剣@東方緋想天
[道具]:基本支給品×2、不明支給品(確認済、ジョジョ東方0~1)、鎖@現実
[思考・状況]
基本行動方針:???
1:今は森の中で日光から身を隠す。
2:カーズ、エシディシと合流し、指示を仰ぐ。
3:ジョセフ、シーザーに加え、吸血鬼の小娘(レミリア)やスタンド使いに警戒。
4:同胞以外の参加者は殺す。
5:人間と吸血鬼は特に積極的に殺す。
[備考]
※参戦時期はジョセフと井戸に落下し、日光に晒されて石化した直後です。
※波紋の存在について明確に知りました。
※緋想の剣は「気質を操る能力」によって弱点となる気質を突くことでスタンドに干渉することが可能です。
※石になった足がどの程度で元に戻るかは、後の書き手さんにお任せします。

※サンタナのランダムアイテム「鉄パイプ@現実」はD-4 レストラン・トラサルディー前に放置されています。

082:OOO-オーズ- 投下順 084:G Free
082:OOO-オーズ- 時系列順 084:G Free
066:wanna be strong ホル・ホース 104:カゴノトリ ~寵鳥耽々~
062:Anxious Crimson Eyes~切望する真紅の瞳~ ディアボロ 100:嘆きの森
065:Roundabout -Into The Night サンタナ 100:嘆きの森

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2021年08月25日 17:40