亡我郷 -自尽-

八意永琳が玄関の戸を開けると、そこには一人の女性が立っていた。
淡い水色を基調とした着物に、白のフリルを襟や袖に付けた何とも可愛らしい服。
肩までに伸びた豊かな桃色の髪の上には、死者が額に付ける天冠をかたどったような帽子が、ふんわりと乗せられている。
その下にある顔は服に似つかわしく、柔らかく、綺麗に整っており、きっと幾人もの男性を虜にしているであろうことは、想像に難くない。
だが、その美貌と可憐さを損なうかのように、彼女の瞳には一際黒い影がどんよりと暗く差していた。


いっそ、陰鬱といっても差支えがない。それ程の絶望的で、破滅的で、生気のない眼差し。
その有様を見て取ると、彼女の洒落た服装も、今では死装束のようにすら見えてくる。
そしてその歩く「死者」の手には、やはり死装束の一つの守り刀なのだろうか、一振りの立派な刀が収まっていた。


「……貴方は?」


永琳は、「死者」に質問を投げかけてみた。だが、そこに反応はなく、ただ虚ろに、幽鬼のように佇むのみ。
少なくとも、襲撃者の類ではなさそうだ。寧ろ、彼女は本当に墓場から起き上がってきた死者なのではないだろうか。
そんな考えすら、永琳の頭の中に浮かぶ。


「それで貴方は何者!? 何しにここに来たの!?」


永琳は苛立ちをぶつけるように、先程より強く言葉を発した。そして今度のは「死者」の耳にも届いたのであろう。
彼女は俯いていた頭を上げ、それから左に、右に、と緩慢に顔を向け、周囲を見渡し始めた。


「ここ……は、どこ?」


「死者」の台詞に永琳は溜息を吐いた。彼女が生きていたという安堵と、彼女の様子への失望だ。
自失状態にあったとなれば、バロルロワイヤルが始まってからの記憶を、どこまで持っているか、疑わずにはいられない。
もしかしたら、これから彼女と過ごす時間は、単なる徒労や空費で終わるという可能性も、俄かに生まれてきた。
しかし、それでも他の参加者の情報は欲しいものである。永琳は病人を診察するような忍耐で以って、優しく「死者」に向き直った。


「ここは永遠亭よ。どうやって、ここに来たかは覚えてないの?」


そこで初めて永琳に気が付いたかのように、「死者」は驚いて目を開ける。


「……八意、永琳? 何……で、ここに?」


永琳は愛想の良い笑顔を浮かべる一方で、心の中で舌打ちをした。「死者」が質問に答えなかったという苛立ちもあるが、
それ以上に自分を知る「未来からの来訪者」の登場が、永琳をより一層不機嫌にさせたのだ。
こちらは向こうを知らず、向こうはこっちを知っている。共有しているはずの知識や体験の欠如は、不信感しか生まない。
最悪、こちらが偽物と見做されるということも十分に有り得るだろう。そうなっては情報交換どころか、会話すらままならない。


さて、目の前の「死者」は、自分をどれ程知っているのだろうか、また自分とはどういった関係だったのだろうか。
そんなことを推察しながら、永琳は口から出す言葉を慎重に吟味する。


「ここが私の家なのは、知っているでしょう? 何か不思議がある?」

「そう、ね。別に、変じゃ……ない」


「死者」はそれだけ言うと、口を閉じて、目を伏せてしまった。
話をする気がないというよりは、生きる気がないようにすら思える。
いよいよ重症だ。だけど、その無気力さは、かえって好都合なのかもしれない。
何故なら、「時間のズレ」による違和感に気づき、関心を向ける力さえも、そこには残っていないのであろうから。
そう判断した永琳は、言葉を選ぶような探り合いはやめて、一気に踏み込むことにする。


「なら、私が薬師……医者ってことも知っているわよね? 話を聞いてあげる。こっちに来なさい」


永琳はそう言って、玄関の戸を開けた。
すると、「死者」は吸い込まれるように、その中へ歩を進めていった。
ただ言われたとおりに、ただ淡々と動く「死者」の姿。その空虚さは、まるで魂のない機械のようだ。
だけど、永遠亭の一室へ案内した永琳の目が突然と見張ることとなる。
「死者」をそこに座らせた途端、彼女の頬に大粒の涙が次々に流れ落ちていったのだ。


「……あ、あら? な、何で? ご……ごめんなさい。私ったら……」


自分でも驚いたのであろう、「死者」の口から、そんな言葉が飛び出る。
永琳もその変化に一驚したが、すぐさまそれを慈しむような、優しい顔に変化させた。
そして彼女は「死者」の手を、そっと温かく握り締め、病人を慰めるかのように、ゆっくりと語りかけていった。


「別にいいのよ。気にしないで。辛いことが、たくさんあったんでしょう? 誰だって、そうなってしまうわ」

「で、でも……」

「いいの。それに私は貴方の助けとなりたい。貴方に何があったのか、聞かせて。
貴方を救うなんて考えは、おこがましい話なんでしょうけれど、それでも今の貴方を放っておくことなんかできはしないわ」


永琳は「死者」と目線の高さを合わせ、親身になって労る。
それが功を奏したのか、やがて「死者」の口からはポツリポツリと言葉が零れ落ちていった。


      ――

   ――――

     ――――――――



「死者」の話は取り留めがなく、整然さも欠いていた。だが、大筋で理解は出来た。
大切な人を失い、その犯人となる人も、また大切な友人なのかもしれないとのこと。
それを何とか聞き出した永琳は、再び柔らかな顔を作り、「死者」へ穏やかに話しかけた。


「貴方、食事は摂った? 食欲はある?」


「死者」は首を僅かに振ることで答える。
それを見ると、永琳は「じゃあ、少しそこで待ってなさい」と言って、その場を後にしてしまった。
そしてしばらくして戻ってきた彼女の手には、さっきまで無かったものが収まっていた。


「……それは?」

「ホットミルクよ」と、永琳は微笑を浮かべて答える。

「蜂蜜をたっぷりと入れたから、きっと美味しく飲めると思うわ。
ふふ、こういった処方は意外だったかしら? だけど、貴方のような精神的な疲れや悩みには、案外こういうのが効くのよ。
これを飲んで、少し眠りなさい。そうして頭の中をリフレッシュさせるの。安心して。寝ている間は、私が見ててあげる。
そして起きたら、また貴方の話をゆっくりと聞かせて頂戴」 


永琳は目を細めて、ホットミルクが入ったコップを「死者」へ手渡した。
だが、それを受け取った「死者」は自らの手の中でコップを弄ぶばかりで、一向に口にしない。
ひょっとして、毒でも警戒しているのだろうか。だとしたら、医者として心外に他ならない、と
永琳は僅かばかり眉を顰める。そしてそれに符号するかのように、「死者」が唐突に言葉を発した。


「貴方、優しいのね」

「どうしたの、いきなり?」

「…………気づいていたかしら? 私、貴方のこと、結構苦手だったのよ。私の能力が効かないってこともあるけれど、
それ以上に、死とは無縁の貴方の考えが、誰よりも死を身近に置いてきた私には、到底理解できないだろうなって、そんな風に思ってた。
だけど、違った。貴方は人間と同じように生に向き合い、それを尊んでくれているのね」

「私は医者よ。それは当然でしょう?」

「当然?」


そこで「死者」はハッとしたように永琳を見上げた。
その予想だにしなかった反応に、永琳は首を傾げる。


「私、何か変なことを言った?」

「い、いえ、そうじゃないの。ただ、気づかされたの。医者が人を助けるのが当たり前のように、
友達が友達のことを信じるのも、また当たり前のことなんだって」

「貴方の悩みは、解決したということかしら?」

「ううん、そうじゃないの」と、「死者」は首を振る。

「これから、解決するかもしれないってこと。
多分、私は莫迦なんだと思う。いえ、きっとそうなのね。でも、自分でもどうしていいか判らないくらい、心がグチャグチャで、
これから何をするのが正しいのかも全然判らなくて…………ただ、私は指標が欲しいの。『心の地図』が欲しいの。私がどこに向かうべきかっていう……。
だから、私はその『当然』というのを信じてみようと思う。それが果たして正しいものなのかって」


まるで熱病にでも罹ったかのようなうわごとだった。
その内容は支離滅裂で、何を言わんとしているか、全く伝わってこない。
だけど、それでも構わなかったのだろう、「死者」は永琳の反応も待たずに、言葉を続ける。


「私ね、何だか疲れちゃったの。紫を信じたいのに、信じられなくて……それでも信じたいけど、やっぱり信じられなくて……。
本当のことを言うとね、私は恐いの。紫に会って、妖夢のことを訊いて、それでどうするのかって、その答えに対して、どう振舞えばいいのかって。
もし紫が妖夢を殺したとしたら、私はどうすればいいの? 私が紫を殺して、妖夢の仇を取るの? それとも友達だからって、許すの?
何かしょうがない理由があったのよねって、紫を抱きしめればいいの? 紫が妖夢を殺してなかったら?
妖夢を守れなかった紫を、やっぱり責めればいいの? それとも紫を疑ってしまった自分を恥じればいいの? 私はどうすればいいの、ねぇ?
私は恐い。紫に対面して、真実を知るのが恐い。
その時、私は妖夢の主人として、紫の親友として、どういう選択をすればいいか、何をするのが正解か…………
こんな風にずっと悩んでばっかりで……そう……疲れたの。でもね、それでもね、一つだけは判るの。これで裏切られたら、きっと私はもう…………」


「死者」はそう言って、力なく、儚げに笑うと、ホットミルクを一息に飲み干した。


      ――

   ――――

     ――――――――



永琳は死者の身体を紙の中に入れた。永琳は医者である前に、輝夜の従者なのだ。
そうして、すべきことを考えていたら、妹紅と同じように『薬』で死んでもらうのが適当というのが、永琳の出した答えであった。


勿論、死者となる前の彼女を、そのまま仲間に引き入れるということも、永琳は考えた。
精神的が衰弱した状態なら、そこに付け込んで、操り人形にするのは、そう難しくないし、
彼女が八雲紫と友人関係にあるというのならば、それも何かしら利用する手立てとなる。
その点に関しては、有用と言っていいだろう。しかし、永琳はその案を却下した。


精神に異常をきたした存在は、利点よりデメリットの方が多いと判断したのだ。
戦闘状態になれば、それこそ十全なケアなど行えない。加えて、これからする爆弾解除の実験で、陰惨なショーが開かれる。
そしてそれを演じる者達が、彼女の知り合いかもしれないとなれば、その危うさは計り知れない。
そういった中で、もし錯乱などして、妙な行動でもされたら、即ゲームオーバーということにも十分に成り得る。
それに真偽も定かではない下らない情報に踊らされて、簡単に友人である筈の八雲紫への信頼が揺らいでしまう関係など、高が知れている。
それでは仲間にする意味がない。というより、危険性の方が高い。


だからこそ、彼女には爆弾解除の実験におけるサンプルの予備となって貰うことにした。
たった一体の死体では、実験も慎重にならざるを得ないが、予備があるとなれば、少しばかりの無茶が出来るというもの。
それに妹紅以外の死体は損壊が激しく、その不安の解消に繋がったのも有り難い。
もし死体に不備があれば、代わりなど、すぐに殺して調達できるのだから。


永琳は死者が大事に持っていた刀を手に取り、振りかざしてみた。
障子の隙間から僅かに射し込んだ陽光を、その白刃は眩しく照り返す。
良く切れそうだ。これなら、簡単に人を絶命させることも可能だろう。
それに死者が大切に思っていたという従者の愛刀で果てるのならば、それも一つの手向けとなるかもしれない。


「……これって、感傷なのかしら?」


つい思い浮かべてしまった考えを、永琳は自嘲した。
共感を抱く要素など、どこにもなかっただろうに。
だが、これから何をするにしても、まずは禁止エリアに行くことだ。
そこへ行かない限り、実験を始めることすら出来やしないのだから。
永琳は意識を切り替えると、今までの遅れを取り戻すべく、急いでその場から駆け出した。


【D-6 迷いの竹林 永遠亭/午前】

【八意永琳@東方永夜抄】
[状態]:精神的疲労(小)
[装備]:白楼剣@東方妖々夢、ミスタの拳銃(6/6)@ジョジョ第5部、携帯電話
[道具]:ミスタの拳銃予備弾薬(15発)、DIOのノート@ジョジョ第6部、永琳の実験メモ@現地調達、幽谷響子アリス・マーガトロイドの死体、
    仮死状態の藤原妹紅西行寺幽々子、永遠亭で回収した医療道具、基本支給品×3(永琳、芳香、幽々子)、妹紅と芳香の写真、カメラの予備フィルム5パック
[思考・状況]
基本行動方針:輝夜、ウドンゲ、てゐと一応自分自身の生還と、主催の能力の奪取。
       他参加者の生命やゲームの早期破壊は優先しない。
       表面上は穏健な対主催を装う。
1:爆弾解除実験。まずはB-4かF-5の禁止エリアへ。
2:輝夜、てゐと一応ジョセフ、リサリサ捜索。
3:しばらく経ったら、ウドンゲに謝る。
4:基本方針に支障が無い範囲でシュトロハイムに協力する。
5:柱の男や未知の能力、特にスタンドを警戒。八雲紫、八雲藍、橙に警戒。
6:情報収集、およびアイテム収集をする。
7:第二回放送直前になったらレストラン・トラサルディーに移動。ただしあまり期待はしない。
8:リンゴォへの嫌悪感。
[備考]
※参戦時期は永夜異変中、自機組対面前です。
ジョセフ・ジョースター、シーザー・A・ツェペリ、リサリサ、スピードワゴン、柱の男達の情報を得ました。
※『現在の』幻想郷の仕組みについて、鈴仙から大まかな説明を受けました。鈴仙との時間軸のズレを把握しました。
※制限は掛けられていますが、その度合いは不明です。
※『広瀬康一の家』の電話番号を知りました。
※DIOのノートにより、DIOの人柄、目的、能力などを大まかに知りました。現在読み進めている途中です。

○永琳の実験メモ
 禁止エリアに赴き、実験動物(モルモット)を放置。
 →その後、モルモットは回収。レストラン・トラサルディーへ向かう。
 →放送を迎えた後、その内容に応じてその後の対応を考える。
 →仲間と今後の行動を話し合い、問題が出たらその都度、適応に処理していく。
 →はたてへの連絡。主催者と通じているかどうかを何とか聞き出す。
 →主催が参加者の動向を見張る方法を見極めても見極めなくても、それに応じてこちらも細心の注意を払いながら行動。
 →『魂を取り出す方法』の調査(DIOへと接触?)
 →爆弾の無効化


【藤原妹紅@東方永夜抄】
[状態]:発狂、体力消費(中)、霊力消費(大)、両手の甲に刺し傷、黒髪黒焔、仮死(inエニグマの紙)、再生中
[装備]:火鼠の皮衣、インスタントカメラ(フィルム残り8枚)
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:生きる。
1:みんな殺す。
2:優勝して全部なかったことにする。
3:―――仮死状態―――
[備考]
※参戦時期は永夜抄以降(神霊廟終了時点)です。
※風神録以降のキャラと面識があるかは不明ですが、少なくとも名前程度なら知っているかもしれません。
※死に関わる物(エシディシ、リンゴォ、死体、殺意等など)を認識すると、死への恐怖がフラッシュバックするかもしれません。
※放送内容が殆ど頭に入っておりません。
※発狂したことによって恐怖が和らぎ、妖術が使用可能です。
※芳香の死を確信しています。
※輝夜を殺したと思っています。
※現在黒髪で、炎の色が黒くなっている状態です。彼女の能力に影響があるかは不明です。
※現在仮死状態です。少なくとも正午を過ぎるまで目覚めませんが、外的要因があれば唐突に復活するかもしれません。


【西行寺幽々子@東方妖々夢】
[状態]:仮死(inエニグマの紙)、左腕を縦に両断(完治)
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:…
1:…
※参戦時期は神霊廟以降です。
※『死を操る程度の能力』について彼女なりに調べていました。
※波紋の力が継承されたかどうかは後の書き手の方に任せます。
※左腕に負った傷は治りましたが、何らかの後遺症が残るかもしれません。
※現在仮死状態です。少なくとも正午を過ぎるまで目覚めませんが、外的要因があれば唐突に復活するかもしれません。


134:奇禍居くべし 投下順 136:白兎巧師よ潮流に躍れ ――『絆』は『相棒』――
134:奇禍居くべし 時系列順 142:神を喰らう顎[アギト]
113:Second Heaven 八意永琳 137:さよなら紅焔の夢。こんにちは深淵の現
113:Second Heaven 藤原妹紅 137:さよなら紅焔の夢。こんにちは深淵の現
106:DAY DREAM ~ 天満月の妖鳥、化猫の幻想 西行寺幽々子 137:さよなら紅焔の夢。こんにちは深淵の現

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最終更新:2016年06月20日 03:22