Яessentimənt

 ちょっとぉー。ニワトリみたいに意味もなくバタバタ飛んでんじゃないわよ。見ての通り、私いま境内の掃除中なんだけど?

 ───。

 アンタの羽根がそこら中に抜け落ちてたまったもんじゃないからよ。これだから鴉天狗って連中は嫌いなのよね。
 ハイハイどいたどいた。とっとと帰らないと、この竹箒が明日には黒い羽根帚に変わることになるわよ。

 ───。

 魔理沙ならとっくにここを出たわよ。茶と煎餅だけ貰ってってね。
 あー? アンタには無いわよ。客でも何でもないんだし。(アイツも客じゃないんだけど)

 ───。

 別に特別扱いなんかしてないって。魔理沙は……まあ付き合い長いしね。

 ……友達?
 そうね。友達よ、魔理沙は。腐れ縁とも言うかしら。アンタは違うけど。

 ───。

 いや、別に親友ってわけでも……。
 んー……その辺の線引きって分かんないわねえ私には。

 え? 弾幕ごっこ?
 あー。たまにやってるわね、確かに。
 ていうか、さっき〝やらされた〟ばかりよ。
 毎度毎度、後片付けするこっちの身にもなって欲しいわ。何でわざわざウチの神社でやるのか。

 ───。

 そーよー。大抵、仕掛けてくるのは向こうから。
 私の都合なんて二の次みたいよ。
 まあ、もう慣れたけど。

 ───?

 そんなこと訊いてどうするのよ。

 ───!

 わかった、わかったってば。
 ていうか……もしかしてこれ、取材されてんの? 私。

 ───。

 はぁ〜……。ホントでしょうね?

 いや、私がというより、魔理沙が怒るわよ。
 あの子、ガサツなようでいて結構繊細だから。
 悪いこと言わないから新聞には載せない方がいいわよ〜。絶対面倒臭いから。

 ───。

 勝ったわよ。
 ……ったくもー。負けたんなら負けたで掃除ぐらいして帰って欲しいもんだわ。こういうのは普通、敗者の役目よね。敗者の。

 戦績? いや、覚えてないわよそんなん。何回やらされてると思ってるのよ。
 魔理沙なら記録してんじゃない? 訊いた所で門前払いでしょうけど。

 ……負けること? なくもないけど。

 ───。

 油断とかじゃなくって。
 魔理沙は〝普通〟に強いわよ。アンタも知ってんでしょ?
 そりゃこんだけやってれば、負けること位あるわ。

 こだわり、ねー。
 特に無いわね。少なくとも私の方は。
 そもそも『スペルカード・ルール』をスポーツみたいに考えてる輩が多すぎる。

 ───。

 知ってんならわざわざ私が説明する意味ある?

 そーよ。アンタみたいなわからず屋の妖怪と、力の弱い人間とかを対等に近づける為の均衡が『スペルカード・ルール』。
 人間同士で楽しむ娯楽とか思ってる時点で頓珍漢ってワケ。新聞にするならこっちの方を広めて欲しいものだけど。

 ───。

 魔理沙、ね。
 アイツも実は努力家で負けず嫌いだからなー。
 多分、この先ずっと私に挑んでくるでしょう事よ。勝つまで。

 ───?

 ん? まあ、何度か負けてるけど。
 でもきっと、アイツは〝勝った〟なんて思ってないんじゃない?
 私に心の底から〝負け〟を認めさせるのが当面の目標っぽいわ。

 ───。

 そういう訳じゃないけど。
 こればかりは当人の気持ちって奴でしょ。私もアイツのそういう所には好感持てるし。

 ───!

 ライバル?
 無い無い。だから魔理沙とはただの〝友達〟なんだってば。そんな気恥ずかしい間柄じゃないって。


 でも……ちょっと理解できない所はあるかしら。
 〝負けて悔しい〟なんて気持ち。

 私には、よく分からないわ。


 ───。

 弾幕ごっこの勝敗自体には大した意味なんて無いのよ。そりゃそうでしょって話だけど。
 人と妖との間のバランスを擦り合わせる。そういうルールを設け、拡散させること自体に大きな意味があるの。
 勝ちとか負けとか、どうでもいいわ。アンタら力のある妖怪にとっちゃ不満もあるんだろうけど。

 ───。

 ま。そういう事よ。
 ……ちょっと。そろそろ離して欲しいんだけど。掃除が終わらないわ。

 さあ。香霖堂にでも居るんじゃない?
 そこのやる気ない店主に今日の愚痴でも聞いてもらってるんでしょ。霖之助さんには同情するわ。

 はあ? お賽銭?
 要らん。さっさと帰れ。
 参拝客でもない妖怪から賽銭なんか貰っても気味悪いだけだわ。信仰減っちゃうかもしれないし。

 ───!

 あ! ちょっと文ーーー!!
 今の話、魔理沙には言うんじゃないわよーー!
 オフレコだからねーーー!!

 違う!! 賽銭の話じゃなくって!!


 ………………速。


 ……はあ。
 どいつもこいつも、ウチの神社を休憩所くらいにしか思ってないのかしら。


 あーあ。
 今日も参拝客はゼロかあ……。


            ◆

博麗霊夢
【夕方】B-5 果樹園林


「霊夢」
「何よ」
「お前はさ。私のなんなんだよ」
「は? 知らないわよ、何それ」
「知らないってんなら教えてやる。お前は私の友達で。ライバルで。憧れで。嫌いな奴だったぜ」
「そうだったの? 最後のは初耳ね」
「今初めて言ったし、今初めて自覚したからな」
「あっそ。それで?」
「じゃあ、私はお前の……何なんだ?」
「私にとっての魔理沙?」
「この際だ。是非、博麗霊夢の本音って奴を聞きたいもんだな」
「普通に友達だけど」


 そしてまたひとつ、重たい響きが辺りに伝わった。
 抉られるような痛みと共に刻まれる生傷は、霊夢の身体を呪印の様にして重ねられる。
 〝友達〟である筈の霧雨魔理沙の小さな拳が、躊躇なく霊夢の頬に入れられる。喧嘩という範疇には到底収まらない、過激な殺し合いであった。
 木々の間をすり抜け、地面へと転がされる霊夢。雪がクッションに、などという安易な気休めでは収拾がつかない数の転倒を味わわされている。

 その数だけ、少女はゆったりという動きで立ち上がり続ける。まるで屁の河童、と言わんばかりに涼しい顔をしていた。
 その態度が気に食わず、魔理沙はまた拳を握る。走り、握り締め、顔面目掛けて振り抜く。愚直なセットプレイを、今度は霊夢が捌いてカウンター。堪らず魔理沙も後方に吹き飛ばされ、また立ち上がる。
 先程から何度も何度も繰り返される光景であった。

「スマン、よく聞こえなかったぜ。もっかい聞いていいか?」
「友達よ。それ以上でも以下でもない……アンタは私の友達。どこに殴られる理由があったのよ?」
「……あぁ、そうかよ。知ってたけどな」

 もはや顔面の三割を流血塗れにさせ、魔理沙は俯きながら次第に笑い顔を作った。
 肩を揺らし、腹を抱え、最後には大笑いにまで発展する友人の狂気を、霊夢もまた血に塗れながら眺めていた。

「私、そんなに可笑しいこと言った?」
「ハハ、ハ……ッ! は、いやぁ……悪ぃ悪ぃ。私の勝手な思い込みみたいなもんだ。ちょっぴりだけ期待してたような答えが、やっぱり返ってこなかったもんで……ちとイラってなっただけさ」
「その度に殴られちゃあ、やってらんないわよ」

「でも殴り足りんッ! お前のその態度が一番ムカつくんだよッ!!」

 同じ事の繰り返しが、またも始点へとループする。殴り掛かるのは、決まって魔理沙の方からであった。
 いい加減、腕が使い物にならなくなる段階にまで差し迫った負傷だ。素手で人体を猛烈に殴ればダメージがあるのは受け側だけではない。
 それらの負傷をものともせず強引に筋肉を動かしているのは、本人の意思だとか感情だけではない。他人の闘争本能を限界以上に膨れ上がらせる『サバイバー』の齎しが無ければ、両者共々とうに行き倒れている。
 この負の恩恵を魔理沙が好機と捉えたかどうかは定かでない。サバイバーとは身内争いを強引に誘発させる地雷ではあるが、打ち付ける拳に本人の意思が介在しないと言い切れる者は誰も居ない。

 誰しもが心に押し込んで隠す本音を無理やりに引き摺り、炙り出す。人と人の醜悪な関係性を暴露させる。肉体的だけでなく、精神的にも互いを傷付ける。
 両者共に、よしんば生還したとして。
 本音の刃で抉られた心の修復は、困難だろう。
 まして互いは、まだ少女だった。
 心身共に周囲からの影響を大きく受け易い、精細な心を育む多感な時期である筈なのだ。
 これが赤の他人との闘争であったならどれだけ気が楽だったろうか。


 この〝大喧嘩〟を終えた時……二人の心に残った傷痕が、どれ程に少女を苦しめる要因となるか。
 そんな事を危惧する余裕さえ与えない。
 サバイバーというスタンドが齎す───何よりも恐ろしく、残酷な本質であった。


「さっきから聞いてれば、随分と自分勝手な理屈じゃない」

 数を数えるのも馬鹿げた殴打を喰らい、尚も霊夢は立ち上がる。
 その見て呉れは健常者のそれ。受けた拳の数とはどう考えても釣り合わないコンディションが、逆に魔理沙を追い詰める。
 怪我人であった筈だ。幾ら限界以上に肉体を酷使させるサバイバーでも限度というものがある。送り込まれる石炭燃料を蒸かし、心臓というボイラー室で蒸気エネルギーを生む。結果、肉体を暴走させる蒸気機関車を無秩序に作り出すのが、サバイバーの性質である。
 この暴走機関のそもそもの燃料である石炭は無限ではない。人が身体を動かすには、生命活動に必要な運動能力を消費する。つまり体力なのだが、ここにはサバイバーではどうしても賄えない部分が出てくる。
 大きく体力を失っていた筈の霊夢が、こうして魔理沙と互角以上に渡り合っている。この事実は、二人の間に亀裂を生んでいた〝差〟を更に引き離す因となった。


「アンタは、さぁ」


 鼻血を袖口で拭き取りながら、霊夢が立ち塞がる。
 激しい高揚感の裏で魔理沙は、自分を友達だと言ってくれた目の前の少女へと畏怖すら感じ始めた。


「結局、私をどうしたいのよ」


 決まっている。
 初めてコイツと出会った時から……だったろうか。もう、覚えちゃいなかった。
 でも、それくらい昔から必死だったように思う。


 霧雨魔理沙は、博麗霊夢を。

 殺───

 こ、


「───っ ……こっ、こ……ッ!

 こ、んな……ふざけた話があるかよ……っ!」


 頭にかかった黒いモヤを、力ずくで吹き飛ばすように。
 言葉を捲し立て、取り繕う。
 嘘でも本音でも、なんだって良かった。
 霊夢の冷たい視線を受け流せるならば、自己から目を背けて壁を作れば良かった。
 どうせ目の前の女の眼には、自分の存在なんて微塵も映っていない。
 魔理沙の姿の、もっと遠く。
 もはや手の届かない場所に行ってしまった存在を、焦がれるように見つめている。

 そんな霊夢を見たくないが為に、魔理沙は躍起になる。なるしかなかった。
 お誂え向きに、今では〝暴力〟を盾にして訴えかけられる理由を得たのだから。

 言葉は留まることを知らずに、止めどなく溢れ始める。

「こんなふざけた話があるかッ! お前、私、わたしが……今までどんな気持ちでお前の背中に追い付こうと努力してきたか……ッ」
「知ってるわ」
「死ぬほど頑張った!! 憧れていた『魔法使い』にもなれた!! 代わりに『家族』を捨ててまでだッ!!」
「それも知ってる」
「後悔なんかしてないッ! ずっとお前に並びたかったんだッ!! それなのに……それ、なのによ……!」
「それなのに、私はアンタを眼中にも入れてない。だから怒ってる……って?」
「それだけならまだマシだ! 結局、それは私の力不足って事でまだ納得できる……ッ!」
「……ジョジョの事を言ってるなら」
「そうだよ!! なんだよ、それ!! そんなぽっと出の男が、私の目標を全部かっ攫いやがって!! 納得できるわけ、ないだろ!! ふざけんな!!」
「でも死んだわよ。アイツなら」
「だから怒ってんだよ!! 徐倫と三人で弔いまでしてやったろ! お前だって割り切ってたんじゃないのかよ! 死んだジョジョの意志を継いで、さあ今から反撃開始だって、足並み揃えようとしてたんじゃねえのかよ!?
 私はあん時、結構感動してたんだ! 〝あの〟霊夢が、仲間作って異変に立ち向かおうって姿勢見せるなんて! お前、異変の時は大体いつも独りで飛んでっちゃうからさあ! ああ、コイツにもこんな面があったんだなって、お前をいつもより近くに感じられて、私は少し嬉しかったよ正直!
 それが何だよ!? 全然受け入れられてないじゃんかよ!? 何がジョジョだっ!! 現実見ろ!! お前はそのジョジョに負けて! ずっとそこで立ち止まって! 前にすら踏み出せない弱虫だろ!! そんなの、ちっとも霊夢らしくねぇ!! どうしちまったんだよお前!!」


 拳の代わりに投げつけたのは、言葉だった。
 霊夢の全てが憎いと、負の感情を全開に顕にした。
 後半は殆ど息が持たず、叫び通した後には動悸が止まなくなっていた。
 醜い、ドロドロとした一過性の感情に過ぎないという自覚は、興奮状態における魔理沙の〝ライン〟を一歩、割らせた。今までおくびにも出さなかった本心が、タガが外れたように心の蓋から溢れ出て。

 己が空条承太郎に嫉妬しているのだと、大声で知らしめた。

 どれだけ腕を伸ばしても届かなかった〝そこ〟に、いつの間にか知らない男が我が物顔で居座っている。それを思うと、湧き上がるドス黒い感情は殺気にすら昇華し。今では言葉のナイフで相手を滅多刺しにしている。

 違う。当人の霊夢はこれ程までの感情をぶつけられて尚。
 取り澄ました顔で、魔理沙の主張をただ耳に入れている。
 刃物である筈の言葉は、霊夢の心に傷一つ入れられない。
 やっぱり自分では、霊夢の心を揺さぶることも出来ない。

 今まで幾度も味わってきた敗北感の様な何かが、此処でもまた魔理沙の心を苦しめる。
 震え上がるような戦慄がついに闘争心を上回り、未熟な少女の足を一歩だけ退かせた。


 全てを聞き遂げた霊夢は、依然として冷めた顔のまま言い放つ。
 気圧された魔理沙へと、追い討ちを掛けるように。


「まあ、色々言いたい事はあるんだけど……とりあえずさぁ」


 クシャクシャと頭を掻きながら、一度の溜息と共に霊夢は。
 恐るべき速度の足取りで魔理沙の間合いに詰め寄り、隙だらけだったその頬をブン殴った。



「アンタがアイツを、ジョジョって呼ぶな」



 血染めの雪上に、更なる鮮血が重ねられた。


            ◆



 ……で、今度は遥々この『香霖堂』にまでお邪魔して暇潰しってわけか。

 ───っ!

 私からすれば天狗の新聞なんてのは暇人集団の道楽にしか見えんがな。長命ってのも一長一短で考えものだぜ。

 あーウソウソ冗談だぜ冗談。だからペンを刺してくるな、それめっちゃ痛いんだからな。
 それで、ウチの怠けた店主に何の用だ? 残念ながら香霖は今出掛けてるぜ。

 え、私? ヤダよ、面倒臭い。
 霊夢に言われたって? あのヤロ、適当に面倒押し付けやがって……。

 ───?

 霊夢の弱点〜? そんなモン、私が知りたいくらいだぜ。今度あそこの賽銭箱を破壊してみたらどうだ? きっと鬼のように怒り狂って、その羽全部毟られるだろうよ。

 弾幕ごっこだぁ? ンなもん訊いてどうすんだよ?
 あー負けたよボロ負け。本日もコテンパンだった。腹いせに棚の奥に仕舞ってた煎餅、全部食ってやったぜ。

 ───。

 だから知らねーよ、霊夢の強さの秘密なんて。
 特に修行なんかしてる様子無いっぽいし、本当に人間なんかね。実は大妖の血を継いでるとかじゃねーのか?
 お前、鬼と仲良いんだっけ? 今度知り合いの鬼たちに聞き回ってみろよ。その昔、幼い娘を橋の下とかに捨てませんでしたか、ってさ。

 ───!

 そもそもお前だって随分強いはずだろ? 頑張りゃ勝てるんじゃねーの? アイツに。

 ───。

 あー、スペルカード・ルールなあ。
 まっ。お前さんら妖怪様にとっちゃあ不服も多いかもしれん体裁だわな。

 ん? そうなんか?
 天狗ってプライド高い奴らばっかだからそんな印象あんま無いけどな。
 何にせよ、スペカルールなら霊夢は最強クラスだろ。今んとこ勝てる気しねー。

 ───。

 ……霊夢から聞いたのか?
 あん時はまあ、勝ちは勝ちかもしれんが。
 どうにもルールに助けられたって感じが強かったしなあ。勝ったとはとても言えないぜ。いつかは絶対勝つけどな。

 ───?

 一番厄介なの? んー、夢想天生とか色々あるがなあ。アレは相当インチキ技だが。
 なんだろうな。それ抜きにしても、マジで当たらないんだよ、こっちの弾幕が。お前も体感しただろ?
 見てから避けてる訳じゃないね。天性の勘とやらが、避けるべき方向をアイツの頭ン中で囁いてるんじゃないかと思うね。それくらい当たらん。
 私は結構理屈で弾幕張ったり避けたりする方だと思ってるんだが霊夢は逆だ。完全に感性で弾を避けてる。
 踊るみたいにスイスイと弾避けして、自分の弾だけはサラッと当ててきやがる。そんで気が付けば毎回こっちだけがボロボロになってるんだな。

 要はアイツの強さってのは、経験に裏付けされた『勘』って事になるのかね。釈然としないけど。
 その半分でもいいから私にくれないかなー。賽銭でも放れば喜んで差し出してくれそうなもんだが。

 ───。

 ライバル……そうだな、色んな意味でライバルだ。
 私にとっちゃあアイツは『特別』なんだよ。
 『普通』の魔法使いが『特別』に勝つ。まるで王道ストーリーの主人公だな。

 ───。

 異変解決で? いや、あんま記憶には無いな。少なくとも霊夢の方から声を掛けられた試しはない。
 霊夢は基本、異変解決には一人で向かう。で、大概の場合、私も独自に解決に出掛ける。その途中でアイツと鉢会うってのはよくあるな。
 その度に私は一緒に行こうぜって誘ったりもしてんだぜ。

 ───?

 誘えば断らないんだよな、アイツは。まあどっちかっていうと、私が勝手について行ってる形ではあるが。
 でもって、途中には邪魔してくる奴らや黒幕なんかが立ち塞がるわけだ。妖怪とか神とか。お前もそうだったろ?
 スペカのルールってのは基本一対一だ。当然、私か霊夢のどっちが闘うって話になるよな。ジャンケンの時も多いけど。
 で、霊夢が出陣の時は私も後ろで観戦してる。客観側へ回った時にしか気付けないポイントってあるだろ?
 まずはアイツの異様な被弾数の少なさだ。さっきも言ったが、弾が全然当たってない。死角から撃とうが、四角に撃とうが三角に撃とうが、全部読み切って回避してる。それも最小限の動きでな。

 ───。

 そういうのは天狗とかの方が詳しいんじゃないのか? 目が良いだろお前ら。知らんけど。

 他には……表情かな。
 霊夢ってさ、結構喜怒哀楽激しい奴だろ? 特に怒の比重が偏ってるような気もするが……日常のアイツは怒ったり、笑ったり、哀しんだり、泣いたり……は無いか。まあ色々忙しない顔面だ。
 でも異変解決モードになってる時のアイツは、そりゃもう容赦も慈悲も無いんだぜ。
 なんだろ、私は毎回ウキウキしながら異変解決やってる節はあるんだが、アイツは真逆でな。作業だよ作業。弾幕ごっこ中のアイツの顔は平坦としてて無変無感動無表情の三拍子さ。
 普通、見たこともないような大量の弾幕とか避け切れない密度の弾幕を目の当たりにしたら、緊張したりするだろ?
 アイツはしないんだよ、緊張。アイツが緊張する時なんて、月終わりに賽銭箱の中身を確認する時ぐらいだぜ。息切れしてるとこすらとんと見た事が無い。

 ───。

 プレッシャー知らずなのは能力というよりも性質っつった方が近いかもな。淡々と弾幕張ってるアイツの顔見て、逆にこっちが緊張するぐらいだ。
 肩の力を抜き過ぎてるというか、勝負ってのはもっとこう……ぶつけ合いだろ? 技とか力とかもそうだが、気持ちというかさ。勝ちたい!って感情が勝利を呼ぶと思うんだ。

 ───。

 うるせーよ。
 ま、色んな意味でアイツは『普通』じゃないな。だからこそ私としても燃えるんだが。

 ───。

 あ〜。そんな風に言われるとアレなんだが。照れちゃうぜ。

 でも、結局の所……よく分からんってのが本音だ。霊夢とは腐れ縁だが、未だに理解不能な所が多すぎる。
 こんくらいの方が丁度いいのかもしれんな、友達なんて関係は。もっとも、私にとっちゃあただの友達ってモンでもないが。

 ───。

 アイツが私のことどう思ってるか、ねえ。
 そういうのはホラ、口に出すもんじゃないと思うぜ。特にパパラッチ天狗のお前相手には。

 ───!

 ああ。いつかはな。
 いつか、絶対に勝ってみせるぜ。

 おーそうだ。そん時はお前もカメラ持って観戦しに来いよ。
 博麗霊夢を弾幕ごっこで初めて悔しがらせた美少女魔法使い・霧雨魔理沙の特集記事だな。

 あ、今の霊夢には言うなよ。
 オフレコで頼むぜ、文。


            ◆


 長きに渡って良好な関係を続けてきた友人の、慟哭のような本音を受け入れた博麗霊夢がまず初めに思ったことは。


(ああ。やっぱりコイツ、私のことを全然理解してないのね)


 で、あった。

 魔理沙にとってはひどく残酷な懐抱を浮かべた霊夢は、目の前の友人に落胆と───それ以上の怒りを覚えた。
 魔理沙の言う霊夢への認識とは、何から何まで的外れだ。すれ違いだと一言に済ませるには、二人が付き合ってきた年月はほんの少し……長かった。

 魔理沙は、霊夢という人間をまるで分かっていない。
 具体的に何処をどう誤認しているのかを一々指摘し、正そうとするのも癪だ。そういった事柄は口に出して言うものではなく、本人同士の更なる関係の発展上において自然と悟っていくものが〝本来〟だと思ったからだ。

 時間が解決する問題。
 〝本来〟ならばそうである。
 しかし今という状況において、その本来を霊夢は望もうと思わない。
 口を噤むばかりでは、この関係性は永遠に不変のままでしかない。
 だから、暴力に頼った。
 友人関係に不和をもたらす筈であるその行為に、不思議と抵抗は覚えなかった。


「アンタがアイツを、ジョジョって呼ぶな」


 これまでで最も無慈悲と化した暴力が、魔理沙を抉った。
 凍り付くような視線と共に振り抜かれた巫女の拳が、幾度目かも分からない殴打を受けてきた魔理沙の頬をまた穿つ。
 実際の所、いま霊夢が語った言葉に深い意味は込められていない。魔理沙が承太郎をジョジョと呼ぶことについては、癪には感じるが怒りを覚える内容でもないのだ。

 理由など、必要ないと思った。
 ただ、心にぽっかり空いたスキマを埋められるのなら。
 そしてそれが、目の前で勝手に憤る無理解な友人を陥れることで慰められるのなら。
 殴ればいい。身を任せればいい。
 元より霊夢は、自然体に身を任せることを恒常とする者なのだから。

 しかし、理由と呼べるような気持ちはやっぱりあって。
 口に出す必要こそ無いけども、ただ激情に身を任せるのであれば魔理沙を狙い撃ちにする必要だってない。

 結局、魔理沙にとって霊夢は『特別』な人間らしい。
 魔理沙だけでなく、他の皆にとっても。
 それこそ、この幻想郷にとっても霊夢は何より特別を意味している。
 そしてそれは、きっと事実だ。
 誰が決めたのかは知らないが、博麗霊夢とはそういう運命を背負って生まれたのだろう。

「……ふざけやがって」

 思いの外、汚い言葉となって吐露された霊夢の台詞を、ボロボロで立ち上がった魔理沙は聞き入れた。
 短く、力無く呟かれたその罵倒には、霊夢の数少ない本音が漏れたものだと悟った。

「……は。ちょっと見ない間に……随分と、ご執心だな。その〝ジョジョ〟に」

 霊夢の呟きは、本人の意図しない形で魔理沙に伝わる。
 アンタに言ったんじゃないわよ、と。そう弁解する気さえ起きない。魔理沙のあからさまな挑発にも、軽々乗ってやったりはしない。


 代わりに、別の口実を与えてやることにした。
 お互い、自分を正当化させる為の口実。
 お互い、相手を否定してやる為の口実。


「アンタは博麗霊夢を『特別』に思ってる。だから、私に並びたい。そういう事よね」
「前半は否定しないぜ。だが欲を言うなら、後半はちょっと違う。どうせなら霊夢の前まで抜き去りたいもんだな。こりゃ流石に自惚れか?」
「どっちだっていいわ。じゃあ丁度いい機会じゃない。
 ───今、ここで。私に追い付いてみなさい」
「あ?」
「私に勝てば、アンタは私を『特別』には思わなくなる。普通の魔法使いを自称するアンタが『特別』に勝っちゃえば……私はもう『特別』とは言えない。〝楽園の普通な巫女〟爆誕ね」
「それはお前を、殴り倒して進め……って意味か?」

 不敵に笑う魔理沙を、否定するようにして。
 霊夢は〝いつもみたいに〟構えた。
 友人の血痕に塗れた両の手で、二枚ずつの札を取り出す。


「当然───」


 たかだか〝喧嘩〟にこの決闘法を宛てがうのは、創案者でもある霊夢からすれば不本意ではある。
 しかし、ここが幻想郷の形を取った箱庭であるならば。
 二人の『決着』には、やはりこのルールが相応しい。


「弾幕ごっこよ」


 初めから、これで無ければ意味が無かったのだ。
 美しくもなんともない、ただの粗末な暴力でコイツを平伏させても……意味が無い。


「待ってたぜ───その言葉」


 トレードマークを被り直す友人の顔が、少しだけ。
 いつものあの、燃えるような表情に戻っている気がした。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

ジョセフ・ジョースター
【夕方】B-5 果樹園小屋 跡地


「…………で、アンタはあたしになんか言うことないわけ?」
「痛ッ〜〜……! さ、先に殴ってきたのはオメーの方だよなァ……!?」
「あんなドえらいDISCを取り出したのはアンタでしょ」
「あーそうかいそうだともよ。全部オレが悪ぅござんしたよ……! スイマセンデシター」


 ひと組の男女が雪の上に大の字となっていた。顔面という顔面をアザに覆われた、見るも無惨なジョセフと徐倫の姿だ。
 二人の仲は良好などとはとても言えないが、少なくとも先程までのような一触即発な雰囲気は既に霧散している。
 ジョセフの波紋が徐倫を正気に戻したのだ。その犠牲にジョセフは顔面と、徐倫は身体の麻痺を引き換えとした。サバイバーが巻き起こす終末を考えれば、随分と安い買い物だ。
 節々の痛みを耐え忍びながらジョセフは何とか体を起こす。次いで行うのは波紋による治療だ。当然のように彼はそこに転がる女性ではなく、まずは自身の回復を優先した。

「ちょっと……こういうのって普通、女であるアタシをまず労わらない?」
「回復したお前さんが唐突に立ち上がって『さあ第2ラウンドだ!』なんて叫ばない保証があるんなら、先に治療してやるぜ」
「アタシはもう正気だっつーの!」

 首のみを回し、勝手で無軌道な男へと自身の怒りを露わにする徐倫。彼女の言う通り、サバイバーによって伝播された狂気の電気信号は、既に二人の体内には残っていない。
 徐倫は波紋のカットによって。そしてジョセフは元々影響が少なかった。この傍迷惑な能力は、基本的には時間経過による自然消滅でやり過ごすしかないというのが徐倫の語った体験談。ジョセフが波紋使いでなければ、事態はもっと深刻だったろう。

「つまりはオレが功労者ってワケよ。感謝されこそすれ、オレが謝る道理なんて」
「あるでしょ」
「……あるがよ。まあ、終わったオレ達についてはもういいさ。問題は───」

 痛みに暮れるジョセフが、果樹園林の方向を振り向く。霊夢と魔理沙は戦いの最中、あの林へとフィールドを変えた。
 サバイバーの影響が少なかったジョセフでさえ、たった今まで闘争を続行していたのだ。ならばあの二人は、今なおあの中で殺し合っている可能性が高かった。
 それに肝心要のジョナサンを確保に向かわせたてゐ達も心配だ。被害の深刻・拡大化を防げる人材が彼女らしか残っていなかった為、止むを得ず向かわせたが……。

(クソ……! どっちも切実だぜ、オレのせいで!)

 心中でジョセフは、事態の鎮静が毛ほども進んでいない現状を悔やむ。急を要するのはどちらかと言えば霊夢たちの方角だ。

「徐倫……まだ動けねーのか? 早いとこアイツら何とかしてやらねーとヤバいぜ」
「マダ ウゴケネーノカ?じゃないだろ……。この、ハモン?っての、もうちょっと手加減出来なかったの? 全然動かねーぞ」
「うるせーな仕方ねーだろ。オメー、本気で殴り掛かってくんだからよ」

 迎え撃つ側のジョセフが、鬼気迫る徐倫の暴走に臆したのは仕方ないことだと言える。
 何にせよ、彼女の波紋が抜け切るのはもう少し掛かりそうだ。自分の怪我だって決して軽いものではない。

 もどかしい気分だった。焦慮がジョセフの心を覆い始める。
 虫の知らせ、という感覚かもしれない。
 嫌な予感がした。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

『F・F』
【夕方】C-5 魔法の森


 空条承太郎が死んだ。
 博麗霊夢だけは、絶対に護らなければ。

 脳裏を反芻するのは、さっきからこの二つだけ。

 時間を……5秒。

 6秒…………。

 7秒……………………。



 『9秒』もの時間を、止めていられた。



 F・Fを襲う焦燥が、時間操作の枷を圧倒的な速度で外しに掛かっていた。
 その事実は〝F・F〟と〝十六夜咲夜〟の肉体が、段々と合致に近付いてゆく証明であった。
 肉体に燻っていた〝十六夜咲夜〟の意識が、少しずつF・Fの意思に重なっていくのを感じる。

 だが、まだまだ。
 こんなものでは、まだ足りない。
 〝十六夜咲夜〟はもっと、凄まじい時間の中を動けていた筈だ。

 こんな、少ない時間では、まだ。
 霊夢を……護れやしない。
 霊夢の敵を……排除など出来ない。



   ピシ

        ピシ…



 時空間の壁に、亀裂が入る音がした。
 暴走の如き時間停止の乱用。原因は、それだった。
 時を止めては、動かし。
 また止めては、すぐに始動。
 さっきからF・Fは、全力疾走しながらこんな無茶を続けている。
 停止時間の増加という、破格の性能を得た犠牲とは……予測不能の現象だった。

 時間が壊れ始めている。
 あるいは、壊れ始めているのは自身の胸の内にある時間か。

 関係ない。
 霊夢はきっと、すぐ近くにいる。
 護らなければ。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




『───ジョジョは私に勝ったのよ』



 なんの感慨もなさげに。
 ただつらつらと、事実を述べるようにして。
 あの時、霊夢は憤る徐倫へと語った。
 それは確かに、傍から聞いていた魔理沙へ驚愕をもたらす内容だった。

 博麗霊夢が敗北した。その一報を初めに見聞きしたのは確か、人里での花果子念報の記事だったか。
 紅魔館から運ばれた霊夢と承太郎の重体が視界に入り、魔理沙の心には大きな動揺と困惑が芽生えた。
 しかしそれ以上に、〝ジョジョは私に勝った〟と語る友人の表情に、魔理沙はこれまでにない違和感を覚えた。敗北した事実そのものよりも、その事を宣言する霊夢自体に違和感を。

(あの時……霊夢は一体、どんな気持ちで娘の徐倫にそれを伝えたんだろうな)

 驚く程に冴え切った頭の中で、魔理沙は一人生き残ってしまった友人へと思いを馳せる。
 その狭間である今、こんなにも冷静でいられるなんてのは、心中の不満をブチ撒けてやった後遺症に過ぎないからだ。オーガズムの直後に陥る虚ろな期間が、魔理沙を淀みなく〝闘いの準備〟へと移行させていた。
 今ならば、待ったをかけるには遅くない。眼前にて構える霊夢へとこの不毛なぶつかり合いの無意味さを説けば、彼女ならばあっさり承認の後にこれまでの失言失態を忘れてくれる確信がある。何だかんだで霊夢が魔理沙を袖にする事は無いのかもしれない。
 だがそれは魔理沙のプライドが許すものでは無い。闘う前から降伏宣言に等しい理屈を言い聞かせるなんて御免だし、そもそもこれから始まる決闘が無意味なものだとは魔理沙には思えなかった。無駄を美徳とする決闘法だというのに、ちゃんちゃらおかしい矛盾である。
 内に仕込まれた〝闘争本能への刺激〟は、完全に収縮した訳では無い。一時的に隅へ置いているだけであり、ひとたびゴングが鳴れば爆発的に暴走を再開する予感すらあった。


 スッキリさせよう。良い機会だ。
 互いへと溜まった鬱憤は、清めればいい。
 頭から被る清水が無いのなら、血で構わない。


「決闘前のこの緊張感って良いよな。否が応でも血が騒ぐ……って奴だ」

「緊張ねえ。アンタはそれで弾が見えたりするの?」

「おっと。お前には縁のないステータス異常だったな。緊張とボルテージは比例するパラメータだぜ」

「そもそも魔理沙は〝スペルカード・ルール〟を誤解してる。これはアンタの思うような娯楽スポーツなんかじゃない」

「まるでお前がルールを考えたような物言いだな」

「私が考えたんだけど」

「あれ、そうだっけ? まあどうでもいいぜ。でも弾幕ごっこが〝遊び〟なのは同じだろ?」

「遊びも度を越すと、遊びではなくなる。この決闘法はあくまで、幻想郷に不和をもたらす脅威を平坦に落とし込む為の施策なのよ」

「私が霊夢と弾幕ごっこで遊ぶのに、そんな建前は関係ないじゃないか」

「アンタの場合、そろそろ度を越しているって話よ。弾幕ごっこに勝ち負けはさして重要ではない。魔理沙ってば、昔から結果にこだわり過ぎだわ」

「まるで自分はそうじゃないとでも言いたげな物言いだな」

「…………どういう意味よ」

「『勝負』にこだわってんのは、お前の方じゃないのか? そう言ったんだぜ」

「私が? アンタとの勝負に? 馬鹿も休み休み……」

「違うだろ。お前が『勝負』したがってんのは、私じゃないだろ」

「…………っ!」

「お前言ってたよな。『約束』をしてたって。あの主催二人を倒した後に、また戦うって『約束』を」

「……さい」

「でも死んじまった。これじゃあ『約束』は果たせない。仕方ないから主催をとっちめることで、勝負に勝った事としよう。これがお前の───」

「うるさい……っ」

「───お前の求めていた、ジョジョとの『勝負』だ。お前自身が言っていた事だぜ。
 さて。『勝負』にこだわってんのは、一体どっちなんだろうな?」

「うるさいッ!!! それとこれとは関係ない!!」

「お。やっと私の言葉に揺れ動いてくれたみたいだな。頑張った甲斐があるってもんだ」

「アンタなんかに!! アンタに……私の何が理解出来るってのよ!!?」

「それをこれから理解するところさ。そして、お前が私を理解するのもこれからになる」

「ワケ、分かんないこと、言ってんじゃ……」

「ワケ分かんないってのは、やっぱり私を理解出来てないって意味と同義だぜ。これで互いに条件は同じだな」

「もう、いいわ。口で言って分かんないなら、力ずくで分からせる。今までもずっと、私はそうやってあらゆる異変を鎮めてきた。
 言っとくけど……当たり所が悪くて死んだなら、ルール上では死んだ奴の負けよ」

「分かりやすくて好きだぜ。……ああ、そうだともよ。『勝負』にこだわるってのは、そういう事なんだ。
 ───霊夢」

「耳障りだから、文句言うんなら〝死んだ後〟にお願いするわ。
 ───魔理沙」


 弾幕ごっこ開催のゴングは、いつだって会話の終点からだった。
 無意味な言葉遊び。世界一美しい決闘を飾るのは、こんなにも洒落の効いた世界観の下だからこそ。

 この決闘が、美しい終わりで幕を引くとは限らなくとも。
 もはや二人に後は退けなかった。ここで退いたら、大切なモノを喪う予感が胸中に渦巻いていた。


「今日こそ私の持論を証明してやるよ」


 揚々と懐から『それ』を取り出した魔理沙のその腕が震えているのは、緊張や負傷のせいだけではないだろう。


「弾幕ってのは、やっぱ──────」


 いつもの弾幕ごっこであり。
 いつもの弾幕ごっこではない。
 取り出されるミニ八卦炉に込められた魔力の膨大さは、いつもの〝遊び〟の比では無かった。


「パワーーーーーーだぜェェえええ!!!!」


 少女の最も得意とするこのスペルに、躊躇の様子が微塵も感じられないのは。
 外部から促された殺意や狂気……その増幅が、本来のスペルカード・ルールに引かれた予防線を容易く割らせたからであった。

「……! いきなり大技じゃない。相変わらずスマートに欠けるわね」

 先手を許した霊夢の目前一杯に広がるは、飽きるほど見てきた友人の代名詞マスタースパークの光条だ。この規模の弾幕を見るのは、この土地だと『二度目』だろうか。

 一度目は、そう───。

(ジョジョの奴に、撃たれたんだっけ……)

 少女にとっては苦い敗北の記憶。アヌビス神を携え斬り掛かる博麗霊夢へと、あの容赦ない男は支給されたミニ八卦炉でもって擬似マスタースパークを放ってきたのだ。
 その折は『夢想天生』で(霊夢だけは)事なきを得たが、今回の『本家マスタースパーク』は流石に威力が目に見えて違った。
 いや、承太郎の放ったソレも本家との見劣りは無かったように霊夢には思えた。だが〝今回〟はどうも勝手が違ったらしい。

「死っねぇぇえええーーーーーー霊夢ゥゥううううーーーーーーーーーッ!!!!」
「ちっ……! あの馬鹿、完全に殺す気ね!」

 見慣れた筈の青白い極太光線。コレに対し霊夢が二の足を踏んだ理由は、見慣れていたが故である。
 完全に範囲と間合いを掌握していたと思い込んでいた巨大ビームは、いつもより一回り〝デカかった〟。想定とズレた超レンジから察せられる魔理沙の意図など、殺傷目的以外には無い。

 スペルカード・ルールとはそもそも、基本的に意図的な殺傷は禁止されている。弾幕の威力や量を調整し、可能な限りは〝ごっこ遊び〟の範囲に収めるのが目的である。
 主に力の強い大妖や神クラスに重く強いられるルールであり、その恩恵を受けるのは弱き側……すなわち人間である魔理沙のような者達だった。
 とはいえ、である。霧雨魔理沙の弾幕は火力に比重を置いている為、こと『殺傷力』という点では〝ルール〟 に触れない程度の調整は普段から成されていた。
 今回は、それに気を遣う必要など無かった。弾幕ごっこという名目ではあったが、殺生禁止ルールなどあってないようなものだ。加えて、サバイバーの性質が弾幕の威力向上に一役買っている。

 ブレーキを取っ払われた暴走トラックを前にして、霊夢は一の手である正面回避の択を直ちに棄てた。
 マトモに避けようとしたのではギリギリ被弾する。その崖際を狙って魔理沙はミニ八卦炉に魔力という名の薪を焚べ、範囲を広げたのだ。
 表択を棄てた霊夢は、即座に裏択───二の手を選び切った。空も飛べやしない現状では、いつもは空にて舞う弾幕ごっこも、地上での純粋な身体能力に依存せねばならない。

 その命綱である身体能力を、ここは敢えて棄てる。
 霊夢の二の手は『亜空穴』。空間の結界に忍び込み、零時間移動を可能にする技……いわゆるワープだ。果樹園にそびえ立つ木々をまとめて焼き尽くしていくマスタースパークの照準から姿を消し、彼女は容易に魔理沙の頭上を取った。
 魔理沙は元々勇み足の者だ。それが弾幕ごっこにしろ日常の中にしろ、我先にと一等を目指す真っ直ぐな性格は、美点ではあったが闘いの中では減点である。
 敢えて先攻を取らせてやったに過ぎない。マイペースな性格の霊夢という事でもあるが、両者のスタイルの差は〝後の先を取る〟という形で、霊夢が第一ターンを制した。

「誰に向かって『死ね』だなんて言えたわけ?」
「げっ……!?」

 大技を放ち、隙だらけのまま硬直していた魔理沙の頭上に結界を繋げた霊夢は、そこからお祓い棒を振り抜く。
 本日二度目の爆撃。魔理沙の魔女帽と、その〝下〟諸共吹き飛ばしかねないスイングだ。これは弾幕ごっこだが、得物を使用しての打撃はなんら反則とはならない。

「ん!? この手応え……!」

 強靭なお祓い棒から伝わる感触に、違和感。
 昏倒させる勢いで殴ったつもりだが、この攻撃は『防御』されたのだと分かる感触と音が、霊夢の更なる追撃を急遽中断させた。
 こちらに背を向けたままの魔理沙が、ニヤリと笑った気がした。彼女の冠に乗せた魔女帽……その〝下〟から、数多の蠢く生物が顔を出していた。お祓い棒のスイングをミットも無しに止めたのは、コイツらだった。

「掛かったな……『ハーヴェスト』!」
「……気持ち悪! 何、コイツら!」

 ハーヴェストと宣誓を受けて飛び出したこれらの生物は、DISCを経て獲得した魔理沙のスタンドである。彼女が帽子やスカートの下にマジックアイテムを収納する癖がある事は霊夢とて知ってはいたが、ペットの飼育も行っていた事実は初耳だった。

「悪ィな霊夢! 新手のスタンド使い、霧雨魔理沙だぜッ」
「『スタンド』……! 話に聞いたDISCって奴か」

 魔理沙がDISC経由でスタンド使いとなっていた背景など霊夢は聞いていない。つまり意図して隠されていたわけだ。彼女らしい秘中の秘であった。

「次からルールに『スタンドの使用は禁ずる』って記しとこうかしら」
「悪いが、コイツらも立派な弾幕なんだぜ。そして残念だが、お前に『次』は無い!!」

 帽子の中から、スキマ妖怪よろしく恐るべき数の小型スタンドが、ワラワラと増殖しては霊夢へと突進を開始する。三桁には達する数だろうか。
 一匹一匹の被弾は大したことも無さそうだ。しかしスタンドが生み得る能力の可能性を考えた時、迂闊な接触は回避すべきだという結論が百戦錬磨の脳裏を過ぎる。
 幸いなのは、コイツらには速度と弾幕のような対空性能が不足している点だ。物量で被せてこようが、全て躱すのに難儀な技術は要らない。

「呆れたわね魔理沙! こんなモンがアンタの『努力の結晶』ってワケ!? この調子じゃあ100年経っても私には追い付けないわよ!」
「うるせえ! いつまでも上から見下ろしてんじゃないぜ!!」
「あら? 負けて落っこちたヤツを上から見下ろす口実を得るのが『弾幕ごっこ』だって、知らなかったかしら!?」
「今日は随分と御託が多いじゃないか! イラついてるせいか!?」
「アンタのおかげでイラついてるのよねえ!?」
「そりゃホントに私のせいか!? 無関係な人様のせいにするのはお前の得意分野だからな!」
「……っ 減らず口をッ!」
「私の口は増える一方だぜ! スペルカードは黙らされたヤツが負けのルールだッ!」

 高々と張り叫んだ魔理沙は、次に高々と飛翔した。
 弾幕ごっこを嗜む少女らの多くが飛行能力を有しており、霊夢と魔理沙も例外では無い。魔理沙は魔法使いらしく箒での飛行を好み、霊夢は持ち前の能力で飛翔していたが、このゲームにおいては飛行制限が掛けられている。
 だがどうやら、魔理沙の支給品には当たりが紛れていたらしい。箒にまたがり空を飛ぶ彼女は、制空圏というアドバンテージを得た。

「誰の前で、飛んでんのよ……っ」

 地をうねるハーヴェストの軍勢を身軽なステップで避けながら上を仰ぎ、霊夢は毒づくように舌を打った。
 博麗霊夢の『空を飛ぶ程度の能力』は、現在使用不可能とされている。勿論、制限という名目で主催から奪われた結果だった。

 自分は、空を飛べない。
 この能力は単純に空に浮く、というだけでなく。
 この世のあらゆる重力や圧からも無重力とされる、自身の『自由』を意味する性質であった。

 『十六夜咲夜』の命を奪ってしまったという罪の意識は、彼女の精神から『自由』を奪った。もう、以前のように自由そのものとはいかないかもしれない。
 単なる主催からの制限だけでなく、霊夢は自身の犯した罪により枷を嵌められた。この上なく惨めな意識が、生涯自分にまとわりつくのだと覚悟した。

 魔理沙(アイツ)は違う。
 彼女は、自分自身の力で空を翔ぶ資格を所持していた。箒を使っているのも、道具の力に頼るのではなく単なる嗜好の問題だ。
 だってアイツはきっと、自信家だから。
 自分の力を信じ、研磨し、これからの未来も己の努力を変に誇示することなく、強くなっていくに違いない。

 だから、魔理沙は空を翔べる。

 私は翔べない。
 アイツは翔べる。

 私だけが翔べない。
 アイツだけが翔べる。

 魔理沙には、私の気持ちなんて理解出来ない。
 私も、アイツの気持ちを理解する必要は無い。



(だったら───殺せばいい)



 此処がピークだった。
 不慮の事故により侵入を許してしまった、殺意と憎悪を煮え滾らせる罠。
 これによる波長の最大点が、今この瞬間。
 霊夢の脳髄を、無尽蔵に占領した。

 生存者(Survivor)は、一人で事足りると。
 だったら、殺せばいいと。
 重力に敗北した少女の耳元で、囁いた。


 霊夢は、その囁きを───した。


「私の上を…………」


 地上からはハーヴェスト軍の自動追尾弾。
 空中からは魔法使いの自機狙い星弾空爆。

 幾度も避けてきた、見た目ばかりの流星群だ。
 霊夢がこれを攻略するのに、時間は要らない。


「───翔んでんじゃないわよ!!」


 刮目し、自らの血痕で作り上げた札を地に設置。
 常置陣の札である。この地雷を踏むことで、対象者は大きく跳ね上がるという性質の罠だ。
 かつて十六夜咲夜に対抗する術の一つとして、霊夢が放ったものでもあった。

「おいおいマジか」

 冷や汗を垂らす魔理沙の頭に、影が被る。
 霊夢の跳躍ではまず届かないであろう高所からの攻撃だった筈だ。敵は悠々と、空地から挟み込む弾幕を器用に抜けて飛んで来たと言うのだから、魔理沙の反応は一瞬遅れをきたす事となる。

 常置陣で跳躍すると言っても、その軌道は直線とならざるを得ない。馬鹿一直線に空中へ飛んだのでは、魔理沙の星弾の餌食なのは目に見えていた。
 常置陣を〝空中〟にて二重、三重に使用。札を次々と靴裏に差し込み、霊夢は軌道を続けざまに変更させる。魔理沙の目から見た霊夢は、もはや天狗のそれと大差ないスピードだった。
 空気を炸裂させるような発破音だけが、魔理沙の鼓膜を打つ。星弾の数は大量に仕込んでおいたが、霊夢はその全てを無傷で潜り抜けている。神懸かりとしか言えなかった。

 直線と、曲線を、天才的な判断力で使い分け。
 時に緩やかに、時に激しく飛び交う巫女の姿。
 彼女自身が正確無比の追尾弾だと見紛いかねない、変化自在の卓越した身のこなし。

 ストレートな自分にはとても真似出来ない動作。
 魔理沙が、霊夢を一番に羨む技能の一つであった。

「〝上下〟には興味無いけど……今日ばかりは、アンタが『下』よ! 魔理沙!!」
「……ッ! く……っそ!」

 いつの間にかだった。
 気付けば、魔理沙が霊夢を見上げる形になっている。
 思わぬ方法で自分の上を行った相手の影が重なり、魔理沙は『詰み』の一歩手前に追い込まれたのだと悟る。

「繋縛陣、か!」

 魔理沙を中心とした上下左右の計4ヶ所に、結界が浮き出ていた。博麗霊夢の『繋縛陣』が、見事に魔理沙を挟み込んだのだ。

(いや違う! 私をこの場所へ追い込んだんだ! コイツ、初めから此処にこの陣を設置してやがったッ!)

 上下左右から迫る陣形には、抜け道が存在した。前と、後ろである。
 後ろ───つまり魔理沙の背後には、ご丁寧に一本の巨木が立っていた。幹に激突する痛手を嫌うならば、残るルートは前方───霊夢の方向しか無い。
 誘っていたのだ。霊夢は地面を飛び立つ直前に、既にこの場所へ『詰み』の土台を形成していた。縦横無尽に飛び交う霊夢に圧され、此処に後込んだのは魔理沙の失態だった。


「アンタの──────ッ」


 空すら翔べない巫女が、空を跳びながら差し迫る。
 逃げ場は無い。
 残されたルートは、前方。
 博麗霊夢の、方向のみ。


「──────敗けよッ!!」


 霊夢の腕から、一発の弾が射出される。
 たった一発。魔理沙を地へ堕とし、敗北させるには充分な一発。
 いや。敗北するだけならばまだマシだろう。
 通常の弾幕ごっことは異質なのだ。まともに直撃して死なないという保証はなかった。


 死にたくないなら、後ろに下がりなさい。


 眼前の友人の視線がそう語っているように、魔理沙には見えた。
 背後の回避ルートを取れば、少なくとも死にはしない。巨木の幹に激突し、地面へと墜落するのみに留まるかもしれない。



「駄──────」



 不意に聞こえた気がした。



 〝敗けてしまえばいい〟

 〝いつもみたいに、敗けてしまえば〟

 〝死ぬことはない〟

 〝また、挑戦できる〟

 〝死ぬことさえなければ、また〟

 〝博麗霊夢に、リベンジマッチを宣誓できる〟

 〝だから〟

 〝退け〟

 〝後ろへ飛べよ〟

 〝敗ければ、いいんだ〟

 〝飛べないのなら……〟





 〝死ぬしかないよな。魔理沙〟





 死神の声か、あるいは───





「──────駄目だぁぁあああ!!!!」






 霊夢の腕から一発の弾が放たれたのと。
 魔理沙の最後の一撃が充填され始めたのは。
 殆ど、同時であった。


(あ…………駄目だ。死ぬ──────)


 最後の一撃には魔力充電が必要だ。その間にも霊夢から繰り出された一発の被弾は免れないだろう。
 後退を嫌い、前方へ飛出た魔理沙。少女は端から詰みだった。霊夢の完璧なゲームメイクに、またしても勝てなかったのだ。
 魔理沙のラストスペルは間に合わない。この近距離で、威力の調整を排置した霊夢の本気を喰らえば死ぬ事になる。

 意図した殺傷力の弾幕による、決闘相手の殺害。
 事故でないならばルール上は認められない?
 これは霊夢の反則負け?
 そんな些細な判定は、魔理沙の頭には無い。

 被弾すれば、敗北。
 あるいは……戦意を失った者は、敗北。
 結局の所、それが弾幕ごっこである。

 後者で敗けるよりも。
 前者で死んだ方が、まだマシだ。
 被弾と引き換えに魔理沙が前へ飛び、最後のスペルを唱えた瞬間には。


 全てが、遅かった。


(霊夢は──────)


 ミニ八卦炉を前に構えた魔理沙の、すぐ目の前。
 霊夢の放った……〝最初で最後の〟弾幕を据えて。

 魔理沙の時間は〝止まった〟───。


(霊夢は何故……攻撃しなかった?)


 スローモーションに変換されゆく周囲の光景の中、魔理沙の思考はゆっくりに研ぎ澄まされる。

 そう言えば、そうだ。
 この霊夢は。
 あの時も。
 あの時も。
 また、あの時も。
 まともには弾幕を放っちゃいなかった。


 魔理沙の先手───マスタースパーク。
 霊夢は敢えて、魔理沙に先攻を譲った。
 後の先を取るため。

 本当にそうだったのか?

 亜空穴で躱され、楽に頭上を取られた。
 お祓い棒で殴られたが、防御は出来た。
 霊夢の虚を衝けた。

 本当にそうだったのか?

 制空圏を支配し、地の利をモノにした。
 空から攻めれば、霊夢に反撃は不可能。
 弾幕など届かない。

 本当にそうだったのか?

 四方の繋縛陣に囲まれ、退路が消えた。
 あの繋縛陣自体には、攻撃能力は無い。
 だが触れれば終了。

 本当にそうだったのか?



 霊夢は本当に、本気を出していたのか?

 私を、殺すつもりで決闘に臨んだのか?

 少なくとも……


(私は、本気で霊夢を殺すつもりで───)



 ベチャッ



「!?」


 スペルカードを放つと同時。
 魔理沙の顔に、なにか冷たくて気色の悪い感触が伝った。


 プラムの実。
 この果樹園に生る、果物だった。
 花言葉は『甘い生活』。
 意味通りに、魔理沙の舌に甘い食感が巡った。
 これは当てつけか何かだと、思考が止まる。

 霊夢が右手で投擲しただけの。
 最初で最後の一発は。
 弾幕ですら無かった。



 ───霊夢は本当に、私を殺すつもりで決闘に臨んだのか?

 ───少なくとも、私は本気で霊夢を殺すつもりで………………これを〝撃った〟んだぞ。

 ───なあ。霊夢、

 ───やっぱお前の言う通り……私は、





 全然、お前の事を理解してなかったみたいだ。




 魔砲『ファイナルマスタースパーク』



 霊夢の視界いっぱいに、それは注がれた。
 何を以てしても、回避は絶望的だと悟る間合い。



 魔理沙を襲った、狂気と殺意の電気信号は。
 今ここをピークにして、爆発した。
 後はもう、時間だけが少女を正常へと戻していく。
 下り坂に転がり、角が削られ丸みを帯びてゆく魔理沙の殺意は。
 次第に、事の重大さを自覚させていくだろう。


 生存者(Survivor)は、独りで事足りると。
 最後に囁いて消えた己の狂気が、魔理沙を正気へと一気に引き戻した。


 霧雨魔理沙は、まだ少女であるというのに。
 それは何よりも、残酷な仕打ちだった。


            ◆





「また、私の勝ちね。魔理沙」




 満点の星空の下。
 神社の縁側に座る博麗霊夢が、淡々と結果を述べながらプラムの実にかぶりついた。


「弾幕じゃなくて果物だったろ。まだ敗けちゃいないぜ」
「被弾は被弾よ。アンタの敗け。それとも〝果物を投げつけるのは反則負け〟って、ルールに書いてるとでも?」
「何でルールに書いてないと思う? そんな舐めた真似する馬鹿はどこにも居ないからだぜ」
「私がさっき決めたもん。スペルカード・ルールを決めるのは私なのよ」
「こりゃ参ったな。それこそ反則負けだぜ」


 互いに背中合わせで、勝負の行き先をああだこうだと揉め合う。
 この光景もまた、一度や二度ではなかった。


「そんな事よりお前、本気でやってなかっただろ」
「あら。博麗の巫女はいつだって本気よ」
「ふざけろ。お前が本気だったら私は5回は死んでたぜ」


 魔理沙の見立てでは、そういう予測だった。
 終わった後だからこそ、実感できた。
 後の祭り、である。


「本気よ。……私は、本気で闘ったわ」


 慰めの言葉、なのだろうか。
 背中越しに聞き取った霊夢の声は、いつもよりほんのちょっぴり……弱々しく聞こえた。


「〝あの時〟だってそう。弾幕ごっこじゃなかったとはいえ、〝博麗の巫女〟は立場上……戦わなければならなかった。それしか許されなかった。そんなわけ、ないのに」
「あの時?」


 魔理沙が疑問に思い、振り返ろうとする。
 途中で、やめた。
 言葉に紛れた僅かな感情が、よく知る友人のそれとはかけ離れた別種のモノに聴こえたからだった。

 霊夢はきっと、顔を見られたくない。
 魔理沙はそう思った。
 だからお互い、背中合わせのままに言葉を交わす。


「ジョジョよ。言ったでしょ。私、ジョジョと戦って、負けたの」
「……徐倫の親父さん、か」
「うん。……悔しかった。負けて悔しいなんて思ったのは、初めてよ」
「私はしょっちゅう思ってるけどな。誰かさんのおかげで」


 茶化すように、魔理沙は自嘲する。
 魔理沙が霊夢に勝てなくて悔しがるように。
 霊夢も、承太郎に負けて悔しかったんだな、と。

 そこまでを考え、ひとつ思い至った。


「なあ」
「何よ」
「私もそうだったんだ。負けて悔しかったし、ずっと勝ちたいって思ってた。お前にだ、霊夢」
「……だから、知ってるって」
「じゃあ……これで『一緒』だな」
「は?」
「お前は承太郎に負けて悔しかった。だからまた勝負して、勝ちたかった。
 私もお前に勝ちたかった。勝ってギャフンと言わせたかった。出逢った時からだ」
「…………。」
「なんだ。お前も私と『同じ』じゃないか」
「魔理沙……」
「〝普通の魔法使い〟と同じ、〝普通の巫女〟だぜ。お前もな」


 やっと、自分の心が幾分か救われた気がして。
 今までずっと努力してきた事は、無駄にはならなかったのだと安堵して。
 結局、霊夢にはまた勝てなかったけど。

 魔理沙は初めてこの友人を……少しだけ、理解出来た気がして。
 綺麗に、綻んだ。


「……同じじゃ、ないわよ」


 霊夢のトーンが一層と落ちた。
 普段の強気な彼女とは似ても似つかぬ、幼子のような声色だった。


「アンタには、まだ次の『機会』がある。でも私には…………ジョジョは、もう」


 これも一種の地雷だろうか。
 魔理沙にとっての霊夢とは、腕を伸ばせば届く範囲に居る友達だ。何度でも挑戦して、何度でも負け惜しみを言えばいい。
 だが霊夢にとって空条承太郎は、もはや二度とは届かぬ雲の上の存在となってしまっている。
 軽々とジョジョの名を出すのは、霊夢を傷付けるだけではないのか。


「……それでも私は、お前に追い付きたかったんだ。あわよくば、お前にとっての〝ジョジョ〟になりたかった」


 拒絶される事を恐れず、魔理沙は本心を吐いてみせた。
 いつの間にか自分まで、会ったこともない空条承太郎に強く焦がれるような羨望を滲ませていたらしい。
 霊夢にとっての〝ジョジョ〟こそが、かつて魔理沙が求めた空想の居場所だったのだから。


「でも、今のお前を見てやっぱり違うって思ったよ。お前が私の後ろ姿を眺めるのは、やっぱり違う。
 高望みはしないぜ。私は、お前の隣がいい」
「……当たり前、よ。アンタは、ジョジョじゃない」
「そうだな。承太郎は承太郎で、魔理沙は魔理沙だぜ。私には私の、理想の居場所がある」


 互いに背中合わせ。
 どちらが後ろで、どちらが前もない。
 そして、隣同士でもなかった。

 魔理沙にはまだ、霊夢の隣に立つ資格は無い。
 それでも。
 今はこんなにも、霊夢を近くに感じている。


「少しはお前のこと、理解できたかねぇ」


 背中に感じる友人の体温は、暖かみと呼ぶにはやや冷たい。
 霊夢にはまだ、払拭し切れない〝汚点〟があるのだから。


「……〝まだ〟よ。まだまだ。アンタは私のことを全然理解出来てないし、理解する必要なんて無い」


 霊夢は、空を翔べなくなっていた。
 とある重力に負けて、突如として地に堕ちた。


「……そりゃあ〝咲夜〟の事を、言ってるのか」
「魔理沙。アンタは私を、理解する必要無いのよ」


 背中に感じていた重みが、唐突に消えた。
 床板の軋む音。霊夢は立ち上がり、何処かへと行くようだ。


「お、おい……」
「アンタは……『普通』なんだから。いつもみたいに、アンタはアンタの信じる道を進めばいい」


 とうとう魔理沙は振り返る。
 そこには、いつも眺めていた友の背中なんか、ありはしなかった。

 代わりに、一瞬だけ見えた霊夢の横顔が。
 魔理沙を凍り付かせる。


 〝博麗霊夢を理解する〟
 この時の魔理沙はまだ、この言葉の意味を理解していなかった。

 ただ。
 彼女の横顔を目撃した魔理沙は、理屈も抜きに感じた。
 霊夢がこの闘いで本気を出さなかった理由。
 それは彼女が、心の何処かで魔理沙に敗けることを望んでいたからではないのか。
 敗けて、魔理沙を自分の隣へ立たせたかった。
 立たせて───本当は、理解して欲しかったのではないのか。
 『同じ気持ち』を共有させて、自分の痛みを魔理沙にも伝えたかった。

 考えすぎかもしれない。
 しかし、魔理沙は思わずにはいられない。

 霊夢は、この闘いで死ぬつもりだったのではないのか。
 魔理沙に殺され、自分の痛みを共有させたかった。
 それがどれだけ愚かな行為なのかを、知りつつも。
 どれだけ友を傷付ける〝逃げ〟になるかを、理解しつつも。


 『大切な友人』の命を、自ら奪う。

 霊夢は、十六夜咲夜を殺したというのだから。

 そして魔理沙自身……霊夢を殺すつもりでこの闘いに臨んだのだから。

 もしも……この闘いで魔理沙が霊夢を殺してしまったのならば。

 きっと、魔理沙は霊夢と同じように。
 二度とは空を翔べなくなる。
 空を堕ちるように、落ちてしまうのだ。





「───だから、私の後に付いて来ないで。お願いよ…………魔理沙」





 〝付いて来ないで〟と、霊夢は今……拒絶した。

 同じ道を辿るなと、魔理沙へと宣告した。

 霊夢の本心が、魔理沙にはやはり掴めなかった。

 〝今〟となっては、やっぱり……後の祭り、なのだから。




(それでも……私は、お前を理解したかった───霊夢)




 止まっていた時間が、急激に鼓動を始めて。

 魔理沙の全てを、変え始めた。

 夢の中の博麗霊夢は、泣いていた。



            ◆



 〝時間〟が、動き出した。


(なん、だ……今の……)


 気付けば魔理沙は、箒と共に地面へと座り込んでいた。
 走馬灯を見るには、まだ早すぎる。第一、自分はまだ生きているのだ。
 夢にしたって、いやに……?
 まるで、止まった時間の中で会話でもしていたような。

「痛……っ!?」

 激痛が身体中を迸る。節々が思うように動かない。骨折しているようだった。
 当然だ。あれだけ殴って、殴られて。痛みが無いわけがなかった。
 自分は今までどれだけ恐ろしい行為を、友人へと刻んでいたのだろう。あの悪夢のような記憶は、残念ながら気味が悪いくらいに憶えていた。
 原因は不明。スタンド攻撃かも知れなかったが、どうやら正気には戻れたらしい。

 色々と、犠牲は多かったが───

「……って、そうだ霊夢! アイツ、大丈夫なのか!?」

 下手人であるのは自分だ。
 だが、不本意な形だった。
 最後の記憶では、確かラストスペルの『ファイナルマスタースパーク』を撃って……そこから…………


 そこ、から…………






「……霊夢か?」







 離れた地面の上で、しゃがみ込んでいる霊夢を見付けた。

 後ろ姿で、彼女の様子はよく見えなかった。

 代わりに、別の姿も見えた。






「──────咲夜?」






            ◆


 私は、何が欲しかったんだろう。
 私は、何を期待してたんだろう。

 私をよく理解しようと足掻いた、私の友達───魔理沙へと。

 私は、本当に狂気へと呑まれていたの?
 私は、本当に魔理沙と闘いたかったの?

 私自身のことだった。今なら言える。
 私は、ずっと正気だった。
 魔理沙を憎もうとする間も。
 魔理沙と弾幕を交わす間も。

 魔理沙は違ったろうけども。
 私は、誰にも支配されちゃいなかった。

 それが、私だけが知る真実。

 もしかしたら、ただ。
 理由が欲しかったのかもしれない。
 慰めを期待してたのかもしれない。

 何だっていい。
 誰だっていい。
 ただ、我儘な暴力に心を浸らせて。
 ただ、感情を振るう相手を探して。

 だから魔理沙はちょうど良かった。
 私を理解してない人間だったから。
 私と違って、〝綺麗〟だったから。

 妬み、なのかな。
 友達、だったのに。

 〝自分と同じ苦しみ〟を味わえばいいって。
 そう思ってしまって……アイツを挑発した。
 戦う理由なんて、いくらでも作れたから。

 だから魔理沙が本気で私を殺そうとしていた事に気付いた時───楽になれると思った。

 そうやって博麗霊夢は、全部から逃げようとした。



(最低ね…………わたし)



 魔理沙の最後の攻撃が、霊夢の命を燃やし尽くす瞬間。
 全てが終わろうとした瞬間。
 時間が、止まったのだと。
 理由も自覚もなく、霊夢はそう直感した。







 気付けば、霊夢は地面に座り込んでいた。
 生きている。魔理沙の攻撃をあんな間近で受けながら。
 地面に横たわる『彼女』を見て、それは誤りだと気付いた。
 霊夢は攻撃なんて受けていなかった。
 時間を止めて、魔理沙の攻撃から身を護ってくれた者がいる。



「ごめんなさい。私、貴方を自由にさせてあげられなかった──────F・F」



 黒焦げとなったメイド服の少女を膝に寝かせ、霊夢は虚ろな瞳で謝った。
 十六夜咲夜の形を借りた、そのF・Fと呼ばれた少女の中身は〝フー・ファイターズ〟。
 元はプランクトンの群生である〝彼ら〟は、熱や電気に滅法弱い特性を備えていた。
 魔理沙のファイナルマスタースパークは皮肉にも、彼らの弱点を局所的に刺す属性魔法の類だった。その肉体に寄生した全てのフー・ファイターズは、残らず死滅する。魔理沙のスペルが周囲の雪や水分を余さず蒸発させた事も、絶望的な状況である要因だった。

 F・Fが近距離でまともに喰らえば、ひとたまりもある筈がない。
 ましてやその攻撃は、霊夢を殺害する目的で放った技だったのだから。

 今……霊夢の命が無事、此処に在る。
 それだけでも奇跡だ。時間でも止められなければ最悪、二人諸共死んでいたろう。


「おい、霊夢! 無事か!?」
「魔理沙は!? 何があった!?」


 一足遅く、狂気から戻った二人のジョースターが到着した。
 内一方。空条徐倫の目線が、霊夢の膝に眠る存在を捉えた。


「………………ゎ、たし……は、……〝じ、ゆう〟……だ………た………………」


 最後の気力という言葉が、これほど相応しい様相もない。
 動いているのが不思議なくらいに、F・Fは震える腕を霊夢の頬へと添えた。
 触れた指の温度はまだ熱く、しかし急速に熱が消滅していくのを感じる。



「ぁなた、も………そ、……して…………ま、り、さ……も…………きっ、と………──────」



 こうして、霊夢の膝の上でフー・ファイターズは息を引き取った。
 最期は、驚く程にあっさりした終わりだった。
 霊夢はそれを悟ると、優しげな手つきで少女の瞼をそっと落とし、一言だけ呟いた。



「ありがとう。…………F・F」



 この言葉は、届くのだろうか。
 分かりはしない。
 それでも、彼女の生きた『時間』は。
 証となって、霊夢の記憶へと確かに刻まれた。


 ふと、黒焦げた亡骸の左手に何か握っているのが見えた。
 手紙だ。あの巨大光線の中で尚、その封書は形を保ってF・Fの手に収まっている。
 理屈に合わないが、恐らくなんらかの封印術で守られているのだろうと、霊夢は察することが出来た。

 封書の裏には見覚えのある字で「ゆかり♡」などと主張しているのだから、この得体の知れない結界術の主が脳裏に浮かぶのは自然な事だった。









「───さて」


 怪しげな手紙を懐に忍ばせ、霊夢は今もっとも懸念すべき相手を探した。
 F・Fの死は霊夢に何を齎したか。重要な課題だが、今考えるべきは自分の事ではない。
 霊夢はかつての体験から、それを知っていた。


 F・Fの死…………いや、正確には〝十六夜咲夜〟という肉体の死によって、何かを齎された者が此処にはもうひとりいる筈だ。





「──────魔理沙」





 そこからこちらを眺める少女の顔は、酷く蒼白だった。
 呼吸を乱し、焦点の合わない目で、F・Fの遺体を見つめている。

 霧雨魔理沙。
 たった今……〝十六夜咲夜〟を殺してしまった少女だ。


 F・Fの最期の言葉には、霊夢の他に〝魔理沙〟の名があった。焼け爛れた声帯で聞き取りづらくはあったが、確かに魔理沙を呼んだのだ。
 〝F・F〟がこの時、霧雨魔理沙の名を呼ぶ道理は考えづらい。
 それならば、ここで魔理沙の名を出したのは肉体である〝咲夜〟の方の記憶が介入しているのだろう。
 もしも〝F・F〟の意思が〝咲夜〟の意思を大きく凌駕していたならば、死んでいたのはきっと……霊夢を害する敵として映った魔理沙の方だったろう。
 〝咲夜〟にはきっと、この後に起こり得る魔理沙の心情が予測出来てしまった。だから〝彼女〟は、最期に魔理沙の名前を呟いた。


 〝十六夜咲夜〟を殺した霊夢の苦痛を、魔理沙にも味わって欲しくない。
 〝F・F〟の記憶をも併せ持った、この〝咲夜〟だったからこそ。
 霊夢の苦しみを知ってしまった、この〝咲夜〟だったからこそ。
 霊夢と同じ苦しみが魔理沙にも訪れるであろう未来を危惧した。

 彼女の最期の言葉は、霊夢にとっては勿論。
 魔理沙にとっても、清き救いの言葉になる。
 霊夢はそれを、すぐに理解出来た。


 しかし……それを魔理沙が理解するには、彼女にとって多くの災厄が一度に降り過ぎた。


「ぁ……………咲夜……わたしが、ころした……のか……?」


 少女の口から漏れ出るように発されたその言葉は、少しの語弊を除いて───真実である。
 問題なのは、その〝語弊〟……すなわち、たった今、命を奪った相手が、正確には十六夜咲夜ではなく、F・Fだったのだと。
 今の魔理沙に、その差を理解する心の余裕など……微塵も残っていなかった。


 咲夜の命を奪ったのは、自分。
 正気に戻った魔理沙には、この事実しか残っていない。



「ぁ……うそ、だ………………ぁぁあ、ああ……」



「「魔理沙っ!!」」


 重なった二つの声は、霊夢と徐倫。
 二人が止める間もなく、魔理沙はその場を逃げるようにして駆け出した。
 無理からぬ悲劇だ。どうしてこんな最悪の場面で、我々を襲った狂気の罠は抜け出ていったのだろうか。
 少女を正気へと戻すには、あまりにも残酷なタイミングだった。まるで意地の悪い悪魔が、ここを覗いていたかのように。


 そろそろ、日が暮れる。
 夕闇に消えた魔女服の背中を、霊夢は重く伏せた眼で見送った。
 自分には、彼女を追う資格なんか無いとでも自嘲するような表情で。


「───徐倫」


 代わりに、傍の女の名を呼んだ。
 女は名を呼ばれると、視線を霊夢に向ける。
 霊夢と同じく、重く伏した……どこか力無い眼であった。

「……なんだ」
「徐倫は、魔理沙をお願い。……アイツ、怪我してるから」

 F・Fをこんな冷たい雪の上に置いて行くことは出来ない。
 しかしそれ以上に、霊夢には魔理沙に会わす顔がなかった。
 今は、魔理沙を追いたくない。しばらく顔を見るのですら、拒絶感が浮き出た。


 このまま、魔理沙とは会えなくなるのかもしれない。
 そんな漠然とした予感すら、霊夢の中に生まれた。


「私が、怪我させちゃったから。勝手な言い分だけど……だから、アイツを……支えてやって」
「本当に、勝手だな。じゃあその前に、ひとつだけ聞かせてくれ」

 伏し目の徐倫は、意を決したように顔を上げる。
 彼女の視線の先には、今はもう息のない亡骸が寝ていた。


「そいつは……〝F・F〟なのか?」
「…………………ええ」
「………………そっか」


 気を、回すべきだったのだろう。
 大切な者を喪ったのは、何も霊夢と魔理沙の二人だけではないという事に。

 徐倫に魔理沙を追わせる行為は、もしやすれば悪手なのかもしれないと。
 今更ながらに、霊夢は後悔した。


「F・Fは……」


 孤独な空気の中、徐倫はもう一度だけ口を開いた。
 何かを諦めたように。
 彼女にとって大切な何かが、手を伸ばしても届かない、深い闇の中に落ちてしまったように。


「F・Fは、あたしの事を何か、言ってたか?」


 少しだけ考えて……結局、霊夢は本当の事を話すことにした。
 嘘をついても、誰の為にもならない。


「……空条徐倫は、ジョジョの娘で…………敵対していた、とだけ」
「そう、か」


 一際肌寒い寒風が、二人の間を過ぎ去る。
 徐倫は空を仰ぎ、やっぱり何かを諦めた表情で……悲しげに笑った。


「そういう事なら、そういう事でいいんだ」


 徐倫とF・F。
 本来の二人の関係性は、霊夢には分からなかった。
 ただ、何か大事なものを失った人間の脆さという共通点が、徐倫の瞳に見えた気がした。


「……ジョセフ。あたしは魔理沙を追う」
「……大丈夫なのか」
「分からない。でも〝あの災い〟は、こんな事を何度でも起こす。すぐにでもジョナサンを確保しないと、また誰か死ぬぞ」
「……すまねえ。今回のはオレのせいでもある」
「謝らないで。アンタは何も悪くないわ。ただ……ジョナサンを追って行った彼女たちが心配だわ」
「ああ。……こっちは任せて、おめェは早く行ってやれ。見失っちまうぞ」
「分かってる……ありがとう」


 徐倫は折れない。
 気高い瞳をギリギリの所で保ちながら、この場をジョセフに任せて走って行った。


「ホントに……クソッタレなゲームだよ」


 徐倫はああ言ってくれたが、事の発端はジョセフの軽率な思いつきだ。痛いほどに突き刺さるこの事実は、如何な脳天気な彼をして無力感に囚われた。
 しかし更なる発端を言うなら、あんな性格の悪いDISCを支給品に忍ばせていた主催サイドが〝真の邪悪〟に決まっている。
 まんまと奴らの掌で転がされたのだ。ジョセフでなくとも業腹にもなるし、打ちひしがれる思いで煮え切らないだろう。

 我が相棒、因幡てゐは大丈夫だろうか。
 彼女の幸運があれば、何のことなく乗り切りそうだという妙な確信もあるにはある。

 時刻を確認すると、もうすぐ第三回放送の時間帯だった。辺りは夕暮れを通り越して、闇夜が袖を伸ばしている。


 そんな中。ひたすらに祈る霊夢の姿が映った。
 身を呈して自らを護ってくれた少女。彼女への冥福を、じっと座り込んだままに。


 博麗霊夢。
 少女は、何に祈るのか。
 そして、何を祈るのか。

 自らの犯した罪。
 親しき人間が犯した過ち。
 その中心にいたのは、時を止めた少女の躯。

 道を分かち、別途を辿り始める霊夢と魔理沙。
 少女らを巡る時の流れは、二人に立ち止まることさえ許さぬように……カチカチと針を刻み続けていた。


 針は間もなく、魑魅魍魎の蔓延る逢魔時を指す。
 二度目の永き宵闇が、この地に訪れようとしていた。


【フー・ファイターズ@ジョジョの奇妙な冒険 第6部】死亡
【残り 44/90】

【B-5 果樹園林/夕方】

【博麗霊夢@東方 その他】
[状態]:意気消沈、体力消費(大)、胴体裂傷(傷痕のみ)、左目下に裂傷、身体に殴打痕
[装備]:いつもの巫女装束(裂け目あり)、モップの柄、妖器「お祓い棒」
[道具]:基本支給品、八雲紫からの手紙 、自作のお札(現地調達)×たくさん(半分消費)、アヌビス神の鞘、缶ビール×8、不明支給品(現実に存在する物品、確認済み)、廃洋館及びジョースター邸で役立ちそうなものを回収している可能性があります。
[思考・状況]
基本行動方針:この異変を、殺し合いゲームの破壊によって解決する。
0:…………。
1:有力な対主催者たちと合流して、協力を得る。
2:1の後、殲滅すべし、DIO一味!!
3:『聖なる遺体』とハンカチを回収し、大統領に届ける。今のところ、大統領は一応信用する。
4:出来ればレミリアに会いたい。
5:今は魔理沙に会いたくない。
[備考]
※参戦時期は東方神霊廟以降です。
※太田順也が幻想郷の創造者であることに気付いています。
※空条承太郎の仲間についての情報を得ました。また、第2部以前の人物の情報も得ましたが、どの程度の情報を得たかは不明です。
※白いネグリジェとまな板は、廃洋館の一室に放置しました。
※フー・ファイターズから『スタンドDISC』、『ホワイトスネイク』、6部キャラクターの情報を得ました。
ファニー・ヴァレンタインから、ジョニィ、ジャイロ、リンゴォ、ディエゴの情報を得ました。
※自分は普通なんだという自覚を得ました。


【霧雨魔理沙@東方 その他】
[状態]:パニック、右手骨折、体力消耗(大)、全身に裂傷と軽度の火傷、身体に殴打痕
[装備]:スタンドDISC「ハーヴェスト」、ダイナマイト(6/12)、一夜のクシナダ(60cc/180cc)、竹ボウキ、ゾンビ馬(残り10%)
[道具]:基本支給品×8(水を少量消費、2つだけ別の紙に入っています)、双眼鏡、500S&Wマグナム弾(9発)、催涙スプレー、音響爆弾(残1/3)、スタンドDISC『キャッチ・ザ・レインボー』、不明支給品@現代×1(洩矢諏訪子に支給されたもの)、ミニ八卦炉 (付喪神化)
[思考・状況]
基本行動方針:異変解決。会場から脱出し主催者をぶっ倒す。
1:わたしが、咲夜を殺した……。
2:何故か解らないけど、太田順也に奇妙な懐かしさを感じる。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※徐倫と情報交換をし、彼女の知り合いやスタンドの概念について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※アリスの家の「竹ボウキ@現実」を回収しました。愛用の箒ほどではありませんがタンデム程度なら可能。やっぱり魔理沙の箒ではないことに気付いていません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※二人は参加者と主催者の能力に関して、以下の仮説を立てました。
荒木と太田は世界を自在に行き来し、時間を自由に操作できる何らかの力を持っているのではないか
参加者たちは全く別の世界、時間軸から拉致されているのではないか
自分の知っている人物が自分の知る人物ではないかもしれない
自分を知っているはずの人物が自分を知らないかもしれない
過去に敵対していて後に和解した人物が居たとして、その人物が和解した後じゃないかもしれない


【空条徐倫@ジョジョ第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:体力消耗(大)、全身火傷(軽量)、右腕に『JOLYNE』の切り傷、脇腹を少し欠損(縫合済み)
[装備]:ダブルデリンジャー(0/2)
[道具]:基本支給品(水を少量消費)、軽トラック(燃料70%、荷台の幌はボロボロ)
[思考・状況]
基本行動方針:プッチ神父とDIOを倒し、主催者も打倒する。
1:魔理沙を追って……どうする?
2:F・F……。
[備考]
※参戦時期はプッチ神父を追ってケープ・カナベラルに向かう車中で居眠りしている時です。
※霧雨魔理沙と情報を交換し、彼女の知り合いや幻想郷について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※ウェス・ブルーマリンを完全に敵と認識しましたが、生命を奪おうとまでは思ってません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。


【ジョセフ・ジョースター@第2部 戦闘潮流】
[状態]:体力消費(中)、胸部と背中の銃創箇所に火傷(完全止血&手当済み)、てゐの幸運
[装備]:アリスの魔法人形×3、金属バット、焼夷手榴弾×1、マント
[道具]:基本支給品×3(ジョセフ、橙、シュトロハイム)、毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフ(人形に装備)、小麦粉、香霖堂の銭×12、賽子×3、青チケット
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:てゐ達の帰還を待つか……?
2:カーズから爆弾解除の手段を探る。
3:こいしもチルノも救えなかった……俺に出来るのは、DIOとプッチもブッ飛ばすしかねぇッ!
4:シーザーの仇も取りたい。そいつもブッ飛ばすッ!
[備考]
※参戦時期はカーズを溶岩に突っ込んだ所です。
※東方家から毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフなど、様々な日用品を調達しました。この他にもまだ色々くすねているかもしれません。
※因幡てゐから最大限の祝福を受けました。
※真昼の時間帯における全参加者の現在地を把握しました。

※B-5果樹園林にF・Fの支給品一部が落ちています。


200:星屑になる貴方を抱きしめて 投下順 202:貴方にこの血が流れずとも
199:紅の土竜 時系列順 202:貴方にこの血が流れずとも
197:雪華に犇めくバーリトゥード 博麗霊夢 :[[]]
197:雪華に犇めくバーリトゥード ジョセフ・ジョースター :[[]]
197:雪華に犇めくバーリトゥード 霧雨魔理沙 :[[]]
197:雪華に犇めくバーリトゥード 空条徐倫 :[[]]
200:星屑になる貴方を抱きしめて フー・ファイターズ 死亡

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最終更新:2020年10月01日 07:02