明日からは新しい月だ。カレンダーを忘れずにめくる。
宿題の確認をして、教科書の入れ忘れは……うん、大丈夫。
かがみはいつもの様に明日の用意をしていた。
「こなたの事だから、宿題やってないだろうな」
ひとつため息をつく。こなたは勉強が出来ない訳ではないのに、まずやろうとしない。
明日もまた写すようであれば、少しきつめに叱るべきだろうか。そんな事を考えながら眠りについた。
宿題の確認をして、教科書の入れ忘れは……うん、大丈夫。
かがみはいつもの様に明日の用意をしていた。
「こなたの事だから、宿題やってないだろうな」
ひとつため息をつく。こなたは勉強が出来ない訳ではないのに、まずやろうとしない。
明日もまた写すようであれば、少しきつめに叱るべきだろうか。そんな事を考えながら眠りについた。
――いつもの日常が続くと思って――
「……ん」
窓からの朝日で目が覚める。時計をみようとして、身を起こした。
「あれ?」
何かがおかしい。寝ぼけ眼で辺りをみまわし――違和感の原因に気づいた。
「……無い」
ぺたぺたと自分の頭を触る。あるはずのものが、自慢の髪の毛が無い。
そんなバカな、と机の上に置いてあった鏡をのぞき込む。
鏡にはやはりベリーショートになったかがみが映り込んでいた。
以前こなたが「印象薄っ」だのと言っていたような気がするが、
「うっ、否定出来ない……」
自分でも地味だと思う。
しばらく鏡とにらめっこしていた時だった。コンコン、とノックの音と共に、
「きょうちゃん、おはよう。」
つかさが部屋に入ってきた。
(きょうちゃん?)
確か、つかさの考えたかがみのあだ名だ。以前にこなたが冗談で呼んでいたが、
つかさがかがみの事をそう呼ぶことはない。
「……おはよう、つかさ」
努めて違和感の無いように、挨拶をする。
「あれ、起きてる?」
つかさは珍しいものを見たように目を丸くしていた。
(いつもはつかさの方が寝ぼすけなんだけどなあ)
かがみはそんな事を考えつつ、つかさを見る。
優しい瞳に可愛らしく結ばれたリボン。
かがみの知るつかさと変わりない様に見える。しかし、確実に何かが違うと感じていた。
「どうしたの? 私の顔に何かついてる?」
「え。い、いや、何でもない」
「変なきょうちゃん」
つかさは訝しげにかがみを見ている。一つため息をつき、かがみに説教し始めた。
「今日はちゃんと朝ご飯食べてよね。いつもギリギリまで寝てるんだから」
「……」
いったいどうなっているのか。それより『私』はどれだけだらしないのか。
「もう、きょうちゃんったら。たまにはお姉ちゃんの言う事聞いてよね」
ショックを受け黙り込んでいるかがみを、つかさは拗ねていると勘違いした様だ。
(お、お姉ちゃん!? つかさが……)
あまりのショックに声が出なかったのは幸いだった。何とか叫びたいのを抑え、深呼吸をする。
そして確認の為、今度は声に出して言う。
「えーと……お姉ちゃん?」
疑問系になってしまったが、信じられないのだから仕方が無い。
だがつかさの反応は、かがみの想像を越えていた。
「き、きょうちゃんが、私の事を『お姉ちゃん』って言った……」
「え?」
「きょうちゃんが壊れたーっ」
光速でつかさは走って行ってしまった。
「…………わ、私って一体どういう奴だよ」
取り残されたかがみは、そう呟くしか無かった。
窓からの朝日で目が覚める。時計をみようとして、身を起こした。
「あれ?」
何かがおかしい。寝ぼけ眼で辺りをみまわし――違和感の原因に気づいた。
「……無い」
ぺたぺたと自分の頭を触る。あるはずのものが、自慢の髪の毛が無い。
そんなバカな、と机の上に置いてあった鏡をのぞき込む。
鏡にはやはりベリーショートになったかがみが映り込んでいた。
以前こなたが「印象薄っ」だのと言っていたような気がするが、
「うっ、否定出来ない……」
自分でも地味だと思う。
しばらく鏡とにらめっこしていた時だった。コンコン、とノックの音と共に、
「きょうちゃん、おはよう。」
つかさが部屋に入ってきた。
(きょうちゃん?)
確か、つかさの考えたかがみのあだ名だ。以前にこなたが冗談で呼んでいたが、
つかさがかがみの事をそう呼ぶことはない。
「……おはよう、つかさ」
努めて違和感の無いように、挨拶をする。
「あれ、起きてる?」
つかさは珍しいものを見たように目を丸くしていた。
(いつもはつかさの方が寝ぼすけなんだけどなあ)
かがみはそんな事を考えつつ、つかさを見る。
優しい瞳に可愛らしく結ばれたリボン。
かがみの知るつかさと変わりない様に見える。しかし、確実に何かが違うと感じていた。
「どうしたの? 私の顔に何かついてる?」
「え。い、いや、何でもない」
「変なきょうちゃん」
つかさは訝しげにかがみを見ている。一つため息をつき、かがみに説教し始めた。
「今日はちゃんと朝ご飯食べてよね。いつもギリギリまで寝てるんだから」
「……」
いったいどうなっているのか。それより『私』はどれだけだらしないのか。
「もう、きょうちゃんったら。たまにはお姉ちゃんの言う事聞いてよね」
ショックを受け黙り込んでいるかがみを、つかさは拗ねていると勘違いした様だ。
(お、お姉ちゃん!? つかさが……)
あまりのショックに声が出なかったのは幸いだった。何とか叫びたいのを抑え、深呼吸をする。
そして確認の為、今度は声に出して言う。
「えーと……お姉ちゃん?」
疑問系になってしまったが、信じられないのだから仕方が無い。
だがつかさの反応は、かがみの想像を越えていた。
「き、きょうちゃんが、私の事を『お姉ちゃん』って言った……」
「え?」
「きょうちゃんが壊れたーっ」
光速でつかさは走って行ってしまった。
「…………わ、私って一体どういう奴だよ」
取り残されたかがみは、そう呟くしか無かった。
「はあ……」
結局あの後、自分の部屋を掃除したり、こうなった原因が何か考えていたりしたせいで、
いつもの『かがみ』と同じように朝ご飯を食べ損ねてしまった。
夢だと思いたかったのだが、残されたのは掃除で疲れた体と、ご飯を食べ損ねて切ないお腹だった。
とりあえず『かがみ』はだらしないようだった。そこここにマンガが散らかっていたのだ。
「冗談でもうれしかったんだけどな……」
横でつかさが呟いている。冗談という事で誤魔化したが、妹である『かがみ』は姉のつかさを呼び捨てにしているようだ。
そんな風に色々考えていたら、いつの間にか学校に着いてしまっていた。
「きょうちゃん、大丈夫? 今日は元気が無いよ」
「あ、うん。ありがとう、つかさ。何でも無いよ」
つかさに心配させないようにそう言ってみせるが、やはり双子の姉妹であるつかさには隠しきれない。
「気分が悪いなら保健室行こうか?」
「いや、本当に大丈夫よ」
かがみはつかさに精一杯のほほえみを向けた。
「ならいいけど……」
未だ納得はしていないものの、つかさは先に歩きだした。
「つかささん、かがみさん、おはようございます」
そのとき前からみゆきが丁寧な挨拶をし、こちらに向かってきた。
「ゆきちゃん、おはよう」
「おはよう、みゆき」
こちらも挨拶を交わす。そして油断無くみゆきを見た。
見た目は、普段のみゆきが三つ編みにしているだけの変化であった。
――と思ったのだが、
「キャッ」
突然、みゆきが何も無い所で転んでしまった。転んだ表紙にメガネがすっ飛んでいく。
「ちょっと、みゆき。大丈夫?」
かがみは驚き、みゆきに駆け寄る。そんなかがみとは対照的に、つかさはゆっくりとメガネを拾いに行った。
「もう、ゆきちゃんったら」
つかさが慌てていないのを見ると、どうもいつものことらしい。
「ごめんなさい、またやってしまいました……あら」
「ぐぼぁっ」
みゆきは今度は自分自身の足に引っかかり、転んだ。ついでにかがみにエルボードロップの一撃を加えた。
これはたまらない。あまりの痛みにかがみはお腹を押さえ悶えた。空腹にコレはキツい。
「うぐぅ……」
「あらあら、ごめんなさい」
ゆったりとした性格のみゆきではあるが、いくらなんでもコレは無いだろう。
みゆきの母のゆかりをも越えている。
「やっぱりきょうちゃん調子悪いんでしょ?」
メガネを拾ったつかさが駆け寄り、かがみの手を取った。
「あー……うん、そうかも」
そうしておいた方がよさそうだ。しかし毎日こんなやりとりをしているのだろうか。とても気になった。
かがみは素直につかさの手を取り、立ち上がった。
「じゃあ私もう行くね」
かがみはつかさとみゆきに手を振り、自分の教室に走っていった。
傍にいるのは、これ以上は耐えられそうになかった。
結局あの後、自分の部屋を掃除したり、こうなった原因が何か考えていたりしたせいで、
いつもの『かがみ』と同じように朝ご飯を食べ損ねてしまった。
夢だと思いたかったのだが、残されたのは掃除で疲れた体と、ご飯を食べ損ねて切ないお腹だった。
とりあえず『かがみ』はだらしないようだった。そこここにマンガが散らかっていたのだ。
「冗談でもうれしかったんだけどな……」
横でつかさが呟いている。冗談という事で誤魔化したが、妹である『かがみ』は姉のつかさを呼び捨てにしているようだ。
そんな風に色々考えていたら、いつの間にか学校に着いてしまっていた。
「きょうちゃん、大丈夫? 今日は元気が無いよ」
「あ、うん。ありがとう、つかさ。何でも無いよ」
つかさに心配させないようにそう言ってみせるが、やはり双子の姉妹であるつかさには隠しきれない。
「気分が悪いなら保健室行こうか?」
「いや、本当に大丈夫よ」
かがみはつかさに精一杯のほほえみを向けた。
「ならいいけど……」
未だ納得はしていないものの、つかさは先に歩きだした。
「つかささん、かがみさん、おはようございます」
そのとき前からみゆきが丁寧な挨拶をし、こちらに向かってきた。
「ゆきちゃん、おはよう」
「おはよう、みゆき」
こちらも挨拶を交わす。そして油断無くみゆきを見た。
見た目は、普段のみゆきが三つ編みにしているだけの変化であった。
――と思ったのだが、
「キャッ」
突然、みゆきが何も無い所で転んでしまった。転んだ表紙にメガネがすっ飛んでいく。
「ちょっと、みゆき。大丈夫?」
かがみは驚き、みゆきに駆け寄る。そんなかがみとは対照的に、つかさはゆっくりとメガネを拾いに行った。
「もう、ゆきちゃんったら」
つかさが慌てていないのを見ると、どうもいつものことらしい。
「ごめんなさい、またやってしまいました……あら」
「ぐぼぁっ」
みゆきは今度は自分自身の足に引っかかり、転んだ。ついでにかがみにエルボードロップの一撃を加えた。
これはたまらない。あまりの痛みにかがみはお腹を押さえ悶えた。空腹にコレはキツい。
「うぐぅ……」
「あらあら、ごめんなさい」
ゆったりとした性格のみゆきではあるが、いくらなんでもコレは無いだろう。
みゆきの母のゆかりをも越えている。
「やっぱりきょうちゃん調子悪いんでしょ?」
メガネを拾ったつかさが駆け寄り、かがみの手を取った。
「あー……うん、そうかも」
そうしておいた方がよさそうだ。しかし毎日こんなやりとりをしているのだろうか。とても気になった。
かがみは素直につかさの手を取り、立ち上がった。
「じゃあ私もう行くね」
かがみはつかさとみゆきに手を振り、自分の教室に走っていった。
傍にいるのは、これ以上は耐えられそうになかった。
「おはよう、かがみ」
「おはよう、かがみちゃん」
教室に入ると、みさおとあやのが挨拶をしてきた。みさおは元気よく手を振っている。
呼び捨てにされて、少し恥ずかしい。
「……おはよう、日下部、峰岸」
かがみは思わず気のない挨拶を返してしまう。自分の知らない二人であるのが明白だからだ。
「何だ? 今日のかがみは他人行儀だなー。どしたの?」
「え、あ、何でもないよ。みさおは宿題やったの?」
必死で誤魔化す。名前で呼び合う仲らしいが、呼ばれる以上に言うのは照れる。
「何だ、また写すのか……」
「かがみちゃん。みさちゃんの写すばかりじゃダメだよ」
(……日下部のを写すって)
目の前がクラクラする。見た目が変わらないのに、みさおはやけにしっかりしている。
何だかとても負けた気分になった。
「いや、ちゃんとやったよ……」
かがみは鞄から教科書を引き出そうとした。
たしかにかがみは宿題をやった。だがそれはかがみであり、『かがみ』ではない。
「…………」
無い。
それどころか教科書自体が無い。
自分の机を覗くと、教科書が詰まっていた。さらに引き出すと、課題のプリントが無惨な姿で現れた。
プリントを必死に伸ばしながら、あまりの現実にかがみは思わず泣きたくなった。
「あー、やっちゃったか。かがみ、私のを写すか?」
「いや、待て。すぐやるから」
涙目になりながらもみさおの提案を拒否し、ペンを手に取る。写すのだけは避けたかったのだ。
猛スピードで課題をこなす。幸いにも内容は同じだった。
「どうだっ!」
みさおに出来たプリントを突きつけた。
「おおっ」
みさおとあやのが一緒にプリントわのぞき込んでいる。
「すごい、ちゃんと出来てるぞ……」
「あら、このままじゃかがみちゃんに負けちゃうかな」
「……」
誉めてるのか貶されているのかわからない。だが、あやのが『かがみ』と同レベルであるほうがショックだった。
「うーん。今日のかがみ、やっぱ変だな。熱あるんじゃないか?」
挙げ句の果てにそんな事まで言われてしまう。
そして、そっとみさおがかがみの額に手を当てた。
「……熱はないかな。でも顔色が悪いな。大丈夫か?」
すぐ目の前で、みさおが心配そうにかがみを見つめている。
「そうね、ちょっと保健室で休ませてもらおうかな……」
これ以上心配をかけるわけにはいかない。それにかがみ自身がかなりまいっていたのだ。
「ごめん、あとよろしくね」
そのままかがみは保健室へと向かって行った。
「おはよう、かがみちゃん」
教室に入ると、みさおとあやのが挨拶をしてきた。みさおは元気よく手を振っている。
呼び捨てにされて、少し恥ずかしい。
「……おはよう、日下部、峰岸」
かがみは思わず気のない挨拶を返してしまう。自分の知らない二人であるのが明白だからだ。
「何だ? 今日のかがみは他人行儀だなー。どしたの?」
「え、あ、何でもないよ。みさおは宿題やったの?」
必死で誤魔化す。名前で呼び合う仲らしいが、呼ばれる以上に言うのは照れる。
「何だ、また写すのか……」
「かがみちゃん。みさちゃんの写すばかりじゃダメだよ」
(……日下部のを写すって)
目の前がクラクラする。見た目が変わらないのに、みさおはやけにしっかりしている。
何だかとても負けた気分になった。
「いや、ちゃんとやったよ……」
かがみは鞄から教科書を引き出そうとした。
たしかにかがみは宿題をやった。だがそれはかがみであり、『かがみ』ではない。
「…………」
無い。
それどころか教科書自体が無い。
自分の机を覗くと、教科書が詰まっていた。さらに引き出すと、課題のプリントが無惨な姿で現れた。
プリントを必死に伸ばしながら、あまりの現実にかがみは思わず泣きたくなった。
「あー、やっちゃったか。かがみ、私のを写すか?」
「いや、待て。すぐやるから」
涙目になりながらもみさおの提案を拒否し、ペンを手に取る。写すのだけは避けたかったのだ。
猛スピードで課題をこなす。幸いにも内容は同じだった。
「どうだっ!」
みさおに出来たプリントを突きつけた。
「おおっ」
みさおとあやのが一緒にプリントわのぞき込んでいる。
「すごい、ちゃんと出来てるぞ……」
「あら、このままじゃかがみちゃんに負けちゃうかな」
「……」
誉めてるのか貶されているのかわからない。だが、あやのが『かがみ』と同レベルであるほうがショックだった。
「うーん。今日のかがみ、やっぱ変だな。熱あるんじゃないか?」
挙げ句の果てにそんな事まで言われてしまう。
そして、そっとみさおがかがみの額に手を当てた。
「……熱はないかな。でも顔色が悪いな。大丈夫か?」
すぐ目の前で、みさおが心配そうにかがみを見つめている。
「そうね、ちょっと保健室で休ませてもらおうかな……」
これ以上心配をかけるわけにはいかない。それにかがみ自身がかなりまいっていたのだ。
「ごめん、あとよろしくね」
そのままかがみは保健室へと向かって行った。
「うーん……」
みさおがかがみのプリントを見ながら唸っている。
「みさちゃん、どうしたの?」
「いや、かがみの字じゃ無いなあって思ったんだけど……」
「え? あ、そういえばさっきのかがみちゃんは左利きだったわ」
「でも目の前で書いてたよなあ……あとでつかさにも聞いてみるか」
みさおがかがみのプリントを見ながら唸っている。
「みさちゃん、どうしたの?」
「いや、かがみの字じゃ無いなあって思ったんだけど……」
「え? あ、そういえばさっきのかがみちゃんは左利きだったわ」
「でも目の前で書いてたよなあ……あとでつかさにも聞いてみるか」
「……失礼します」
始業のチャイムが鳴り響く中、かがみは一人保健室の扉を開いた。
「あれ? 誰もいないのか」
かがみは周りを見回すが、先生も生徒もいない。ゆっくり考えるにはよかったが、いいのだろうか。
「まあ、天原先生が桜庭先生になってるかもしれないからいいか……」
寂しさを紛らわす為に呟いたが、思わず想像してしまった。
おしとやかなひかると、ガラの悪いふゆき。
「あー……」
微妙にヘコみながら、かがみは手近なベッドのカーテンを引き、腰掛けた。
今はベッドの軋む音だけが聞こえる。
――寂しい。
知っているけど知らない家族、知らない友達、そして知らない『自分』。
ただ一人、知らない世界に取り残された。その事実がかがみを蝕む。
鼻の奥がツンと痛くなる。
思い切り泣いてしまいたい。でも泣いたところで何の解決にもならない。
それでも思わず涙が滲んだ。
その時、新たに人が入ってきた。
「……失礼しまーす」
かがみはとっさに袖で涙を拭い、その女生徒を見た。
180cmはあるだろうか、すらりとした長身で、群青の髪色をしている。
かがみと似たような短髪であるが、どこかで見た事があるような人だと感じた。
調子が悪いのか俯いていて、前髪で隠れた表情は窺えない。
「保健の先生は、今いないわよ」
もし調子が悪いのなら保健の先生を呼んだ方がいいだろう。
そう思い声を掛けたのだが、その生徒は顔を上げ、こちらをじっと見つめていた。
思わずかがみもまじまじと見返してしまう。
眠そうな目元と、左目下にある泣きボクロ。
――もしかして。
そう思うのと同時だった。
「よっ。地味かがみん」
「誰が地味だっ!」
相手の言葉に反射的に突っ込んでしまう。
間違いないだろう。彼女はこなただ。
「えーと……こなた、よね?」
思わず疑問系になってしまう。かがみのよく知るこなただとは思うのだが、やはり自信が無い。
「やっぱりかがみだよね。よかったー」
こなたは立派になった胸をなで下ろしている。思わず、意識しない様にしていた、
真っ平らになった自分の胸と比べてしまった。
「よく私だとわかったわね」
気を取り直してこなたに訪ねる。一人でない事が、かがみに力を与えていた。
「だって私を見て誰だかわからなかったでしょ。『こっち』の人ならすぐわかるだろうしさ」
「あ、なるほど」
話しながらこちらに来たこなたは、かがみの隣に座った。いつもはそばにあるこなたの顔がやけに遠い。
「いやー。さっき黒井先生と会ったんだけどさ……」
こなたがため息をついた。相当ショックだったのが見て取れる。
「『泉さん、おはようございます』って、すっごく丁寧な挨拶でさ……お淑やかだったんだよネ」
「へー」
「何て言うのかな。えーと『立てば爆薬、座ればボンタン、歩く姿はラフレシア』だっけ」
「一つも合ってねーよ」
正しくは『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』である。
いつものやりとりに、かがみの気持ちが和らいだ。
始業のチャイムが鳴り響く中、かがみは一人保健室の扉を開いた。
「あれ? 誰もいないのか」
かがみは周りを見回すが、先生も生徒もいない。ゆっくり考えるにはよかったが、いいのだろうか。
「まあ、天原先生が桜庭先生になってるかもしれないからいいか……」
寂しさを紛らわす為に呟いたが、思わず想像してしまった。
おしとやかなひかると、ガラの悪いふゆき。
「あー……」
微妙にヘコみながら、かがみは手近なベッドのカーテンを引き、腰掛けた。
今はベッドの軋む音だけが聞こえる。
――寂しい。
知っているけど知らない家族、知らない友達、そして知らない『自分』。
ただ一人、知らない世界に取り残された。その事実がかがみを蝕む。
鼻の奥がツンと痛くなる。
思い切り泣いてしまいたい。でも泣いたところで何の解決にもならない。
それでも思わず涙が滲んだ。
その時、新たに人が入ってきた。
「……失礼しまーす」
かがみはとっさに袖で涙を拭い、その女生徒を見た。
180cmはあるだろうか、すらりとした長身で、群青の髪色をしている。
かがみと似たような短髪であるが、どこかで見た事があるような人だと感じた。
調子が悪いのか俯いていて、前髪で隠れた表情は窺えない。
「保健の先生は、今いないわよ」
もし調子が悪いのなら保健の先生を呼んだ方がいいだろう。
そう思い声を掛けたのだが、その生徒は顔を上げ、こちらをじっと見つめていた。
思わずかがみもまじまじと見返してしまう。
眠そうな目元と、左目下にある泣きボクロ。
――もしかして。
そう思うのと同時だった。
「よっ。地味かがみん」
「誰が地味だっ!」
相手の言葉に反射的に突っ込んでしまう。
間違いないだろう。彼女はこなただ。
「えーと……こなた、よね?」
思わず疑問系になってしまう。かがみのよく知るこなただとは思うのだが、やはり自信が無い。
「やっぱりかがみだよね。よかったー」
こなたは立派になった胸をなで下ろしている。思わず、意識しない様にしていた、
真っ平らになった自分の胸と比べてしまった。
「よく私だとわかったわね」
気を取り直してこなたに訪ねる。一人でない事が、かがみに力を与えていた。
「だって私を見て誰だかわからなかったでしょ。『こっち』の人ならすぐわかるだろうしさ」
「あ、なるほど」
話しながらこちらに来たこなたは、かがみの隣に座った。いつもはそばにあるこなたの顔がやけに遠い。
「いやー。さっき黒井先生と会ったんだけどさ……」
こなたがため息をついた。相当ショックだったのが見て取れる。
「『泉さん、おはようございます』って、すっごく丁寧な挨拶でさ……お淑やかだったんだよネ」
「へー」
「何て言うのかな。えーと『立てば爆薬、座ればボンタン、歩く姿はラフレシア』だっけ」
「一つも合ってねーよ」
正しくは『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』である。
いつものやりとりに、かがみの気持ちが和らいだ。
「いやー、まさかあんな先生が見られるなんてねー。驚きすぎて思わず保健室に来ちゃったよ」
こなたは苦笑している。せっかくなので、かがみも『あんな先生』を想像してみた。
――脳が拒否している。確かに普段のななこからは想像出来ない。
「かがみはどうして保健室に来たの?」
「……まあ、あんたと似たような理由よ」
かがみは思わずはぐらかした。こなたはありがたいことに、「ふーん」と一言で流してくれた。
「でも、かがみがいてくれてよかった。聞いて欲しい事があるんだ」
真剣な面もちでこなたが見つめている。かがみは無言で頷いた。
「これが夢じゃ無いって……私だけの夢じゃ無いんだって、確かめたいんだ」
こなたが瞳を閉じ、何かに思いを馳せている。そしてゆっくりと目を開き、話し始めた。
こなたは苦笑している。せっかくなので、かがみも『あんな先生』を想像してみた。
――脳が拒否している。確かに普段のななこからは想像出来ない。
「かがみはどうして保健室に来たの?」
「……まあ、あんたと似たような理由よ」
かがみは思わずはぐらかした。こなたはありがたいことに、「ふーん」と一言で流してくれた。
「でも、かがみがいてくれてよかった。聞いて欲しい事があるんだ」
真剣な面もちでこなたが見つめている。かがみは無言で頷いた。
「これが夢じゃ無いって……私だけの夢じゃ無いんだって、確かめたいんだ」
こなたが瞳を閉じ、何かに思いを馳せている。そしてゆっくりと目を開き、話し始めた。
「んー」
こなたが薄目を開けると爽やかな朝日が目に入った。
「……眩しい」
まだ起きるには早い。昨日は遅くまでネトゲーをやっていたのだ。寝返りをうち、もう少し眠ろうと思った時だった。
ジリリリリリリリ……
「うわっ、ちょっ、うるさいっ!」
がしっ。時計を掴みベルを止める。チラリと時計を見ると、やはりまだ起きるには早い時間だった。
「何でこんな時間に鳴るかなあ……ん?」
寝ぼけ眼で見回す。すっきりと整頓された部屋が目の前に広がっていた。
「うわああっ!? パソコンが無いっ」
大切なのはそこでは無い気がするが、やはり朝起きて最初にするべき物が無いのは重要である。
「えーと……」
自分の叫び声で、頭がはっきりとしてきた。
よく見れば、いつもの自分と同じ所の方が少ない。
こなたは胡座をかき、もう一度周りを見回した。ついでに気になる胸もつついてみる。
ポヨンポヨン。……虚しい。
「……誰だ私」
パソコンはおろか、マンガの一冊もない。整頓された本棚には、陸上関連の本と、父そうじろうの本が並んでいた。
ベッドから降り、立ち上がってみた。視界がとても高い。すべてを見下ろす形になった。
「うーん、爽快だねー」
ポリポリと頭をかき、髪の毛も無い事に気づいた。
ペタペタペタ。
「うわ、アホ毛も無い」
しばらく悩んだ後、全身像を確かめるため、洗面台へと向かおうとした。
扉を開くと、味噌汁の香りがする。まさかこんな早くから、そうじろうが何かを作るとは思えなかった。
――何故か胸がドキドキする。
早足で台所へ向かう。知らないけど、とても懐かしい感覚。それを確かめたかった。
こなたが薄目を開けると爽やかな朝日が目に入った。
「……眩しい」
まだ起きるには早い。昨日は遅くまでネトゲーをやっていたのだ。寝返りをうち、もう少し眠ろうと思った時だった。
ジリリリリリリリ……
「うわっ、ちょっ、うるさいっ!」
がしっ。時計を掴みベルを止める。チラリと時計を見ると、やはりまだ起きるには早い時間だった。
「何でこんな時間に鳴るかなあ……ん?」
寝ぼけ眼で見回す。すっきりと整頓された部屋が目の前に広がっていた。
「うわああっ!? パソコンが無いっ」
大切なのはそこでは無い気がするが、やはり朝起きて最初にするべき物が無いのは重要である。
「えーと……」
自分の叫び声で、頭がはっきりとしてきた。
よく見れば、いつもの自分と同じ所の方が少ない。
こなたは胡座をかき、もう一度周りを見回した。ついでに気になる胸もつついてみる。
ポヨンポヨン。……虚しい。
「……誰だ私」
パソコンはおろか、マンガの一冊もない。整頓された本棚には、陸上関連の本と、父そうじろうの本が並んでいた。
ベッドから降り、立ち上がってみた。視界がとても高い。すべてを見下ろす形になった。
「うーん、爽快だねー」
ポリポリと頭をかき、髪の毛も無い事に気づいた。
ペタペタペタ。
「うわ、アホ毛も無い」
しばらく悩んだ後、全身像を確かめるため、洗面台へと向かおうとした。
扉を開くと、味噌汁の香りがする。まさかこんな早くから、そうじろうが何かを作るとは思えなかった。
――何故か胸がドキドキする。
早足で台所へ向かう。知らないけど、とても懐かしい感覚。それを確かめたかった。
台所に誰かが立っていた。長い青髪を括り、味噌汁の味を見ている。
「うん、おいしい」
不思議な気分だった。写真の中でしか見た事が無かった人が、今そこにいた。
「……お母さん」
無意識に呟いていた。そこにいるのは間違いなくこなたの母、かなたであった。
こなたの声にかなたが振り向く。鈴の鳴るような声で、
「おはよう、こなた」
そう返してくれた。
「うん、おいしい」
不思議な気分だった。写真の中でしか見た事が無かった人が、今そこにいた。
「……お母さん」
無意識に呟いていた。そこにいるのは間違いなくこなたの母、かなたであった。
こなたの声にかなたが振り向く。鈴の鳴るような声で、
「おはよう、こなた」
そう返してくれた。
「あら、まだ着替えてないのね。早く着替えていらっしゃい」
「あ……う、うん」
呆然とかなたにみとれていたこなたであったが、そう言われ、部屋へと引き返した。
ついでに洗面台で顔を洗い、全身を確かめた。
「お父さんにそっくりなんだなあ……」
いつものこなたはかなたに似ている。今のこなたは、背丈も髪型もそうじろう似だ。
深呼吸をして、今の状況を確かめる。
――夢、なのだろうか。
自分の頬をつねってみる。
「痛い、よね」
ヒリヒリ痛む頬を押さえ呟いた。夢ではないようだった。
「……考えても仕方ないか」
まずは着替えて、かなたと話がしたかった。こなたは部屋へと戻っていった。
「あ……う、うん」
呆然とかなたにみとれていたこなたであったが、そう言われ、部屋へと引き返した。
ついでに洗面台で顔を洗い、全身を確かめた。
「お父さんにそっくりなんだなあ……」
いつものこなたはかなたに似ている。今のこなたは、背丈も髪型もそうじろう似だ。
深呼吸をして、今の状況を確かめる。
――夢、なのだろうか。
自分の頬をつねってみる。
「痛い、よね」
ヒリヒリ痛む頬を押さえ呟いた。夢ではないようだった。
「……考えても仕方ないか」
まずは着替えて、かなたと話がしたかった。こなたは部屋へと戻っていった。
「いただきます」
両手を合わせ、お辞儀をする。向かいにかなたが座り、同じようにしていた。
目の前には立派な朝ご飯が並んでいた。
「いやー、朝からすごいなあ」
まずは、前日の残りであろう肉じゃがをつついてみる。味がしっかり染みていて、とてもおいしい。
「これが、お母さんの味かあ」
思わず感動してしまう。昨日の夕食がカップメンだったから一層そう思うのかもしれない。
「あらあら、今日はどうしたのかしら?」
かなたが不思議そうにこちらを見ている。
「いや、だって本当においしいもん」
涙を目の端に浮かべながら、こなたはご飯をかきこんだ。
「……何だか、今日のこなたはそう君みたいね」
「うぇ、そ、そうかな?」
思わず噛んでしまった。やはりかなたにはわかるのだろうか。
こちらの『こなた』は真面目で、オタクのかけらも見られなかったから、母親似なのだろう。
一方いつものこなたは、そうじろうの影響でかなりのオタクだ。間違いなく父に似ている。
つまり今のこなたは、『見た目も中身もそうじろう似』である。ある意味危険である。
「本当に……そう君が帰ってきたみたいね」
かなたは懐かしそうにこちらを見ていた。
「え……」
こなたは、その言葉の意味を理解出来なかった。否、理解したくなかった。
「? こなた、どうしたの?」
こなたの箸を動かす手が止まっていた。
「あ……うん、何でも、無いよ」
焼き魚をほぐし、ご飯に乗せ、一緒に口に運ぶ。そしてしっかりと噛みしめた。
「お父さんは、まだ寝てるの?」
微かな期待を込め、かなたに聞く。少ししょっぱい魚に涙が滲んだ。
「こなた……お父さんは、もう」
――やっぱり、そうなんだ。
「うん、わかってたよ。どうしてかな……思うようにはいかないんだね」
母がいる喜びよりも、いるはずの父がいない悲しみの方が強かった。
こなたが俯くと、涙がテーブルに落ちた。
「こなた……」
かなたがこなたの方に来て、そっと抱いてくれた。
「うう……」
こなたはかなたの胸の中、泣いた。
両手を合わせ、お辞儀をする。向かいにかなたが座り、同じようにしていた。
目の前には立派な朝ご飯が並んでいた。
「いやー、朝からすごいなあ」
まずは、前日の残りであろう肉じゃがをつついてみる。味がしっかり染みていて、とてもおいしい。
「これが、お母さんの味かあ」
思わず感動してしまう。昨日の夕食がカップメンだったから一層そう思うのかもしれない。
「あらあら、今日はどうしたのかしら?」
かなたが不思議そうにこちらを見ている。
「いや、だって本当においしいもん」
涙を目の端に浮かべながら、こなたはご飯をかきこんだ。
「……何だか、今日のこなたはそう君みたいね」
「うぇ、そ、そうかな?」
思わず噛んでしまった。やはりかなたにはわかるのだろうか。
こちらの『こなた』は真面目で、オタクのかけらも見られなかったから、母親似なのだろう。
一方いつものこなたは、そうじろうの影響でかなりのオタクだ。間違いなく父に似ている。
つまり今のこなたは、『見た目も中身もそうじろう似』である。ある意味危険である。
「本当に……そう君が帰ってきたみたいね」
かなたは懐かしそうにこちらを見ていた。
「え……」
こなたは、その言葉の意味を理解出来なかった。否、理解したくなかった。
「? こなた、どうしたの?」
こなたの箸を動かす手が止まっていた。
「あ……うん、何でも、無いよ」
焼き魚をほぐし、ご飯に乗せ、一緒に口に運ぶ。そしてしっかりと噛みしめた。
「お父さんは、まだ寝てるの?」
微かな期待を込め、かなたに聞く。少ししょっぱい魚に涙が滲んだ。
「こなた……お父さんは、もう」
――やっぱり、そうなんだ。
「うん、わかってたよ。どうしてかな……思うようにはいかないんだね」
母がいる喜びよりも、いるはずの父がいない悲しみの方が強かった。
こなたが俯くと、涙がテーブルに落ちた。
「こなた……」
かなたがこなたの方に来て、そっと抱いてくれた。
「うう……」
こなたはかなたの胸の中、泣いた。
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- なんだよこの下↓の文章は…。コメントを書いてくれよ。 -- ワンブリッジ (2008-10-23 03:18:11)
- 松本洋は〜♪子供っ!松本智司は〜♪ノータリンっ♪千葉市立こてはし中学校出身だよ♪♪
-- さしみ (2008-10-23 03:16:32) - 続き〜…続きを読みたいよ〜…続き〜…
↑
ということを、これから毎晩枕元で囁いてきます。ええ、続きを書いてもらえるその日まで(ニヤリ
GJ!! -- にゃあ (2008-10-22 03:16:21) - 入れ替わっている(であろう)「向こう側の」こなたとかがみの
反応とかも見てみたいですね -- 名無しさん (2008-05-05 22:11:21) - 続き気になる! -- 名無しさん (2008-02-14 10:39:09)
- 続きと結末が気になります。GJ!! -- 名無しさん (2007-12-03 07:12:14)