ゆたかちゃんからのメールを見た私は、車内でその旨をつかさに伝えた。
つかさは驚いた様子も怯える様子も無く、ただ力無くうなずくだけだった。そこから家に着くまでが長く感じたのを覚えている。
家に着いてから、危惧していたことは起きていなかった。危惧していたことというのは、私たちが学校に行っている間に家族にこの件が伝わっていないかということだ。
しかし、それというのも家に着いたときにいつも家に居るはずのお姉ちゃんやお母さんが居なかったからで、もう家族に伝わっているのかもしれないが。
私は置手紙を残すとつかさと一緒に家を出て、今日二度目の駅に向かった。夕暮れに混じり始めた深い蒼が時刻の遅さを知らせてくれる。
いつもならこんな時間に外に出ようと思わないのだが、色々なものが壊れてしまった今の私は、あまり気にはならなかった。
――壊れてしまったのは、こなたもつかさも、みゆきも同じか。
つかさは驚いた様子も怯える様子も無く、ただ力無くうなずくだけだった。そこから家に着くまでが長く感じたのを覚えている。
家に着いてから、危惧していたことは起きていなかった。危惧していたことというのは、私たちが学校に行っている間に家族にこの件が伝わっていないかということだ。
しかし、それというのも家に着いたときにいつも家に居るはずのお姉ちゃんやお母さんが居なかったからで、もう家族に伝わっているのかもしれないが。
私は置手紙を残すとつかさと一緒に家を出て、今日二度目の駅に向かった。夕暮れに混じり始めた深い蒼が時刻の遅さを知らせてくれる。
いつもならこんな時間に外に出ようと思わないのだが、色々なものが壊れてしまった今の私は、あまり気にはならなかった。
――壊れてしまったのは、こなたもつかさも、みゆきも同じか。
殆ど無意識で切符を買い、電車に乗り込む。
帰宅ラッシュとは当たらなかったらしく、まばらに空いている席につかさと並んで腰を落とす。
やがて甲高い音を鳴らして電車が動き始め、向かいに座る人たちの頭が慣性に従って軽く傾いた。
首を窓の向こうに向けると、ビルの隙間に凸凹の地平線からまだ少し頭を出す夕日が見えていた。
横でそれに背を照らされるつかさの背中はいつもより小さく、生気が感じられなくなっている。
いつもなら、前までなら。ここにこなたもみゆきも居て――変わってしまう前のみゆきもこなたも居て、今月出た新刊の話をしたりして、
みゆきがそれに笑って相槌を打って、つかさがそこではてなマークを浮かべて、こなたがそれを茶化して。駅に着くまでがとても短く感じて、
つかさと家に歩くまでだってつかさが楽しそうにクラスの話をしてくれたりして。家に帰って、お風呂に入って、お風呂から上がるとこなたやつかさからしょうもないメールが来ていて、
知らないうちに夜中までメールをしてしまって、次の日の朝にはこなたが宿題貸してとつかさを連れて私のクラスに来たりして。
あの頃の、決してもう戻ることは無いあの頃の私たちを思い出すと、向かいに座って楽しそうに笑う数人の女子高生が、どうしようもなくにじんで見えた。
帰宅ラッシュとは当たらなかったらしく、まばらに空いている席につかさと並んで腰を落とす。
やがて甲高い音を鳴らして電車が動き始め、向かいに座る人たちの頭が慣性に従って軽く傾いた。
首を窓の向こうに向けると、ビルの隙間に凸凹の地平線からまだ少し頭を出す夕日が見えていた。
横でそれに背を照らされるつかさの背中はいつもより小さく、生気が感じられなくなっている。
いつもなら、前までなら。ここにこなたもみゆきも居て――変わってしまう前のみゆきもこなたも居て、今月出た新刊の話をしたりして、
みゆきがそれに笑って相槌を打って、つかさがそこではてなマークを浮かべて、こなたがそれを茶化して。駅に着くまでがとても短く感じて、
つかさと家に歩くまでだってつかさが楽しそうにクラスの話をしてくれたりして。家に帰って、お風呂に入って、お風呂から上がるとこなたやつかさからしょうもないメールが来ていて、
知らないうちに夜中までメールをしてしまって、次の日の朝にはこなたが宿題貸してとつかさを連れて私のクラスに来たりして。
あの頃の、決してもう戻ることは無いあの頃の私たちを思い出すと、向かいに座って楽しそうに笑う数人の女子高生が、どうしようもなくにじんで見えた。
駅に着いたときには外はもう薄暗くて、駅に入ってくる人の数が多くなっていた。重くなった足を何とか動かし、こなたの家に向かう。
うる覚えの記憶を頼りに行ったため、正直迷いそうになったが何とか辿り着いた。その頃には辺りは薄暗く、女子高生二人で歩くには少し心細い。
立ち並ぶ民家の窓から零れる光が、普通の平和な家庭を連想させて思わず目を背けてしまう。あの頃の自分に申し訳なく思うのは今に始まったことじゃない。
夜に、布団の中で、机の前で、何度も何度も後悔した。どうしてあんなことをしてしまったんだろう。悪いことだと分かっているのに、どうしてこんなことをしてしまったのだろう。
周囲からそそのかされたことを除いても、私自身の意志でやってしまったことは多くある。昔の自分なら、こんなことは絶対にしなかった。
クラスにそういうことをしている人がいようものなら、そこで糾弾するまではいかなくとも、先生に伝えたり、周りで働きかけたりしてそれを止めただろう。
いや、そうしたはずだ。漫画やドラマでそのような場面があると私は毎度思う。周りにいる人はなぜ止めてやらないのか、先生に告げ口しないのか、被害者を助けてやらないのか。
そんなことまで思っていた私が、どうしてこうなってしまったんだろう。自問自答し続けるが、その答えは分かっていた。あの事件以来だ。
みゆきも、つかさも、私も――そしてこなたも。
「あの……お姉ちゃん? 」
「え? あ、ごめん……」
さっきから目まぐるしく回る頭の所為で、チャイムを押せずにいた。
葛藤から、焦燥から、ゆたかちゃんと会うことを恐れているのだ。こんな私のくせに、まだ一人前に普通の感情を持っているのだ。
そんな自分が情けなく、押そうと伸びかかった腕が力無く落ちる。だめだ。こんなところにきてまで、まだ責任から逃れたいと思ってしまっている。
何気なく携帯を見てみると、ここに着いてから三十分も経ってしまっていた。自嘲し、携帯をポケットに入れようとした刹那、ドアが勢いよく開いた。
「……何しているんですか。早く入ってきてください」
開いたドアの向こうの影からのぞくゆたかちゃんの口が、抑揚なく言った。
「う、うん」
既に少し震え始めているつかさを引っ張って、中に入った。
うる覚えの記憶を頼りに行ったため、正直迷いそうになったが何とか辿り着いた。その頃には辺りは薄暗く、女子高生二人で歩くには少し心細い。
立ち並ぶ民家の窓から零れる光が、普通の平和な家庭を連想させて思わず目を背けてしまう。あの頃の自分に申し訳なく思うのは今に始まったことじゃない。
夜に、布団の中で、机の前で、何度も何度も後悔した。どうしてあんなことをしてしまったんだろう。悪いことだと分かっているのに、どうしてこんなことをしてしまったのだろう。
周囲からそそのかされたことを除いても、私自身の意志でやってしまったことは多くある。昔の自分なら、こんなことは絶対にしなかった。
クラスにそういうことをしている人がいようものなら、そこで糾弾するまではいかなくとも、先生に伝えたり、周りで働きかけたりしてそれを止めただろう。
いや、そうしたはずだ。漫画やドラマでそのような場面があると私は毎度思う。周りにいる人はなぜ止めてやらないのか、先生に告げ口しないのか、被害者を助けてやらないのか。
そんなことまで思っていた私が、どうしてこうなってしまったんだろう。自問自答し続けるが、その答えは分かっていた。あの事件以来だ。
みゆきも、つかさも、私も――そしてこなたも。
「あの……お姉ちゃん? 」
「え? あ、ごめん……」
さっきから目まぐるしく回る頭の所為で、チャイムを押せずにいた。
葛藤から、焦燥から、ゆたかちゃんと会うことを恐れているのだ。こんな私のくせに、まだ一人前に普通の感情を持っているのだ。
そんな自分が情けなく、押そうと伸びかかった腕が力無く落ちる。だめだ。こんなところにきてまで、まだ責任から逃れたいと思ってしまっている。
何気なく携帯を見てみると、ここに着いてから三十分も経ってしまっていた。自嘲し、携帯をポケットに入れようとした刹那、ドアが勢いよく開いた。
「……何しているんですか。早く入ってきてください」
開いたドアの向こうの影からのぞくゆたかちゃんの口が、抑揚なく言った。
「う、うん」
既に少し震え始めているつかさを引っ張って、中に入った。
居間に通された私たちはテーブルの前に座らされた。その向かいにゆたかちゃんも座っている。
玄関にいたときは暗くて気付かなかったが、ゆたかちゃんの様子は酷くなっていた。
髪はいつもの艶を失ってしまって、櫛も通された様子は無く、ショートヘアがぼさぼさになって、俯きかかった顔からかすかに見える目もどこか虚ろで、あの明るさは見られない。
今朝のニュースによるとゆたかちゃんがこなた達を見つけたという、当たり前だった。けど、私たちの余波がゆたかちゃんにまで及んでしまったのかと思うと、いたたまれなかった。
「……私が、お姉ちゃんを見つけたのは今日の早朝でした」
消え入るような声でゆたかちゃんが言った。
「遠足から帰ってきて、お姉ちゃんの部屋で寝てしまったと思ってたんですけど、気付いたら自分の部屋のベッドで寝ていて。多分、こなたお姉ちゃんが運んでくれたんですよね」
震える口調で続ける。
「それで部屋を出たら、いつも閉まってたお姉ちゃんの部屋の扉が開いていて、おかしいなって思って入ってみたら……お姉ちゃんが、ち、血まみれで倒れてて……。
急いで居間に下りたら叔父さんがテーブルに突っ伏していて、……隣に薬瓶が転がってて……」
ゆたかちゃんがこなたとこなたのお父さんを見つけたときのことが想像された。足が震えて、抜けてしまった腰で、やっとのことで警察に電話をして。
動かなくなってしまった家族の隣で、警察の到着を待つのはどんなに辛かったことだろう。
「分かりますか? 自分の家族をあんな状態で見つける気持ち……。分からないですよね、分からないからあんなことしたんですよね……」
「それは、ち……」
違う、と言いかけて口をつぐんだ。違わない。私たちはあの時もう壊れていたんだ。ゆたかちゃんが、疲れた目で不思議そうに私を見る。
「……違う、って言おうとしたんですか? 」
「あ、いや……」
「この後に及んで、まだそんなこと言えるんですね」
嘲笑混じりに言って、続ける。
「……話を、聞かせてください」
消え入るような声でゆたかちゃんが言った。
「今回のことについて、話せる限りのことを全部」
今度はそっちの番です、と言うように押し黙る。覚悟は決まっていない。まだここから逃げ出したい思いでいっぱいだ。
だが、話さなければならない。せめて、このくらいのことはしなければならないんだ。
「長くなるけど、いいかな……? 」
ゆたかちゃんの無言を肯定と受け取って、頭の中で言葉を紡ぐ。宙を見て、あの時のことを思い出す。
玄関にいたときは暗くて気付かなかったが、ゆたかちゃんの様子は酷くなっていた。
髪はいつもの艶を失ってしまって、櫛も通された様子は無く、ショートヘアがぼさぼさになって、俯きかかった顔からかすかに見える目もどこか虚ろで、あの明るさは見られない。
今朝のニュースによるとゆたかちゃんがこなた達を見つけたという、当たり前だった。けど、私たちの余波がゆたかちゃんにまで及んでしまったのかと思うと、いたたまれなかった。
「……私が、お姉ちゃんを見つけたのは今日の早朝でした」
消え入るような声でゆたかちゃんが言った。
「遠足から帰ってきて、お姉ちゃんの部屋で寝てしまったと思ってたんですけど、気付いたら自分の部屋のベッドで寝ていて。多分、こなたお姉ちゃんが運んでくれたんですよね」
震える口調で続ける。
「それで部屋を出たら、いつも閉まってたお姉ちゃんの部屋の扉が開いていて、おかしいなって思って入ってみたら……お姉ちゃんが、ち、血まみれで倒れてて……。
急いで居間に下りたら叔父さんがテーブルに突っ伏していて、……隣に薬瓶が転がってて……」
ゆたかちゃんがこなたとこなたのお父さんを見つけたときのことが想像された。足が震えて、抜けてしまった腰で、やっとのことで警察に電話をして。
動かなくなってしまった家族の隣で、警察の到着を待つのはどんなに辛かったことだろう。
「分かりますか? 自分の家族をあんな状態で見つける気持ち……。分からないですよね、分からないからあんなことしたんですよね……」
「それは、ち……」
違う、と言いかけて口をつぐんだ。違わない。私たちはあの時もう壊れていたんだ。ゆたかちゃんが、疲れた目で不思議そうに私を見る。
「……違う、って言おうとしたんですか? 」
「あ、いや……」
「この後に及んで、まだそんなこと言えるんですね」
嘲笑混じりに言って、続ける。
「……話を、聞かせてください」
消え入るような声でゆたかちゃんが言った。
「今回のことについて、話せる限りのことを全部」
今度はそっちの番です、と言うように押し黙る。覚悟は決まっていない。まだここから逃げ出したい思いでいっぱいだ。
だが、話さなければならない。せめて、このくらいのことはしなければならないんだ。
「長くなるけど、いいかな……? 」
ゆたかちゃんの無言を肯定と受け取って、頭の中で言葉を紡ぐ。宙を見て、あの時のことを思い出す。
あの時は、二年の冬だったかな――――
公道沿いに並ぶ木々が、葉を落としきった枝に柔らかい雪をかぶる頃、柊かがみは本日二度目の登校をしていた。
手袋を嵌めた手をコートに突っ込んで、首に巻いたマフラーに顔を半分うずめて歩いているところを見るだけで、その鼻の頭や頬が紅潮しているのも納得できる。
季節柄、まだ四時をまわってまもないが辺りは暗く、バス停まで歩くのにも少し不安な気をしていたが、それでも今回は自分が悪いので仕方が無いと言い聞かせ、
やっと見つけたバス停の屋根の下に入り、ベンチに腰を落とす。
「ダメね、最近……」
髪や服に積もった雪をはたきながらため息をつくと、白く濁って冬の空気に消えた。だらけきっているぞ、と眉をひそめて言ったのは担任の先生だった。
遅刻に忘れ物、挙句に授業中の居眠り。この程度ならばいつもは見逃している先生たちだが、それが優等生であったかがみのこととなれば話は別だった。
何か悩んでいることでもあるのか、とも先生は言った。別にないです、とだけ言って逃げるように職員室を出た後感じた気分は、生理中のときのような、暗澹としたものだった。
手袋を嵌めた手をコートに突っ込んで、首に巻いたマフラーに顔を半分うずめて歩いているところを見るだけで、その鼻の頭や頬が紅潮しているのも納得できる。
季節柄、まだ四時をまわってまもないが辺りは暗く、バス停まで歩くのにも少し不安な気をしていたが、それでも今回は自分が悪いので仕方が無いと言い聞かせ、
やっと見つけたバス停の屋根の下に入り、ベンチに腰を落とす。
「ダメね、最近……」
髪や服に積もった雪をはたきながらため息をつくと、白く濁って冬の空気に消えた。だらけきっているぞ、と眉をひそめて言ったのは担任の先生だった。
遅刻に忘れ物、挙句に授業中の居眠り。この程度ならばいつもは見逃している先生たちだが、それが優等生であったかがみのこととなれば話は別だった。
何か悩んでいることでもあるのか、とも先生は言った。別にないです、とだけ言って逃げるように職員室を出た後感じた気分は、生理中のときのような、暗澹としたものだった。
最近、以前の自分を見失ってしまった気がしていた。
こなたに勧められて始めたネトゲか、それとも最近多くなってきた新刊か、それともただ単に気の緩みが原因なのか、どうにも様々なことに対してやる気が起きない。
授業で教師が話しているのを見ていても、何故この人はこんなにも必死にこれを説明しているのかと考えてしまったり、
受験についての講演会を学校が開いても、どうも自分以外のみんなに語りかけている気がして、身が入らない。
変わったことついでに言えば、家でも窮屈に感じるようになってきていた。最近は成績も下降気味で、酷いとつかさの方が良い教科があったこともあった。
親はそんなつかさを誉めるが、それ以上のエネルギーを使って私を説教する。それはまだいいのだ。
私が快く思わないのは、つかさが良い点数を取ったときと、私がそのときのつかさと同じくらいの点数を取ったときでは、つかさの方が多く誉めていることだった。
分かってはいる。つかさの方が元は悪い点数を取っていて、それで良い点数を取ったわけで。私はただの現状維持なんだから、誉められる程度が少ないのは当たり前なんだと。
だけど――私だって努力しているんだ。私は今までずっと努力し続けていて、この点数を取っているのに。
なんで今までサボっていたつかさが少し頑張ったくらいで、つかさが私より誉められるんだろうか。
そこまで考えて、また自分の思考の危うさに気付き、頭を振って振り払う。後ろでツインテールが揺れるのが分かった。
―だめよ、そんなこと考えちゃ。つかさが頑張っているんだし、私も見習わなくちゃ―
そう思って顔を上げると、目の前につかさが息を切らして立っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ。お、お姉ちゃん、何も言わないで行っちゃ、う、から……」
追いかけてきたよ~、と最後の一息で言い終えると、息切れしながら私に笑顔を向ける。そのまま私の隣に座ろうとしたところ、つかさの背後にバスが到着した。
「はぁ、はぁ、とりあえず、バス、乗ろ……? 」
こなたに勧められて始めたネトゲか、それとも最近多くなってきた新刊か、それともただ単に気の緩みが原因なのか、どうにも様々なことに対してやる気が起きない。
授業で教師が話しているのを見ていても、何故この人はこんなにも必死にこれを説明しているのかと考えてしまったり、
受験についての講演会を学校が開いても、どうも自分以外のみんなに語りかけている気がして、身が入らない。
変わったことついでに言えば、家でも窮屈に感じるようになってきていた。最近は成績も下降気味で、酷いとつかさの方が良い教科があったこともあった。
親はそんなつかさを誉めるが、それ以上のエネルギーを使って私を説教する。それはまだいいのだ。
私が快く思わないのは、つかさが良い点数を取ったときと、私がそのときのつかさと同じくらいの点数を取ったときでは、つかさの方が多く誉めていることだった。
分かってはいる。つかさの方が元は悪い点数を取っていて、それで良い点数を取ったわけで。私はただの現状維持なんだから、誉められる程度が少ないのは当たり前なんだと。
だけど――私だって努力しているんだ。私は今までずっと努力し続けていて、この点数を取っているのに。
なんで今までサボっていたつかさが少し頑張ったくらいで、つかさが私より誉められるんだろうか。
そこまで考えて、また自分の思考の危うさに気付き、頭を振って振り払う。後ろでツインテールが揺れるのが分かった。
―だめよ、そんなこと考えちゃ。つかさが頑張っているんだし、私も見習わなくちゃ―
そう思って顔を上げると、目の前につかさが息を切らして立っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ。お、お姉ちゃん、何も言わないで行っちゃ、う、から……」
追いかけてきたよ~、と最後の一息で言い終えると、息切れしながら私に笑顔を向ける。そのまま私の隣に座ろうとしたところ、つかさの背後にバスが到着した。
「はぁ、はぁ、とりあえず、バス、乗ろ……? 」
「ごめんね、つかさ。私ぼーっとしててさ……」
「いいんだよ。私が勝手についてきただけなんだし」
そう言って、また笑顔を向けてくれる。「あ、そういえばね、こなちゃんがね~」変わらない表情で続けるつかさを見て私は、以前こなたがつかさは良い子だと言っていたことを思い出していた。
本当につかさは良い子だ。姉としても、友だちとしてもそう思う。
時折変なことをしたりするけど、それも長所として見受けられるし、何より誰に対しても分け隔てなく接することのできる子だ。
これで彼氏が居たことがないというのだから、クラスの男子勢の目も疑いたくなる。
私がつかさより悪い点を取った時だって、つかさは自分が喜ぶより先に私をフォローしてくれた。
家でつかさが誉められているときも、つかさは心ここにあらずといった様子で、何度も何度も私のことを横目で見ていた。あれは多分、私を気遣ってくれていたのだろう。
誉められているのだから、素直に喜べばいいのに、それができないのがつかさだった。そして、その日の夜。
私がお手洗いに行こうと廊下に出たとき、つかさが私の部屋のドアのすぐ前に立っていた。
そして、何度か口ごもってから、私の最近の成績が芳しくないことについて、改めて心配してくれた。
聞けば、家に居る間何度も聞こうと思っていたのだが、タイミングが掴めず、今も部屋に入って聞こうかどうか迷っている内に私が出てきたものだから、思い切って聞いたと言う。
そのときは、つかさの優しさが嬉しくて、ベッドの中で泣いたことを覚えている。
「――お姉ちゃん? もう着いたよ? 」
「あ、ごめん。今行くわ」
バスを降りて、教室に向かう。もうすっかり暗くなった外に佇む校舎は、なぜかいつもよりほんのり明るく見えていた。
「いいんだよ。私が勝手についてきただけなんだし」
そう言って、また笑顔を向けてくれる。「あ、そういえばね、こなちゃんがね~」変わらない表情で続けるつかさを見て私は、以前こなたがつかさは良い子だと言っていたことを思い出していた。
本当につかさは良い子だ。姉としても、友だちとしてもそう思う。
時折変なことをしたりするけど、それも長所として見受けられるし、何より誰に対しても分け隔てなく接することのできる子だ。
これで彼氏が居たことがないというのだから、クラスの男子勢の目も疑いたくなる。
私がつかさより悪い点を取った時だって、つかさは自分が喜ぶより先に私をフォローしてくれた。
家でつかさが誉められているときも、つかさは心ここにあらずといった様子で、何度も何度も私のことを横目で見ていた。あれは多分、私を気遣ってくれていたのだろう。
誉められているのだから、素直に喜べばいいのに、それができないのがつかさだった。そして、その日の夜。
私がお手洗いに行こうと廊下に出たとき、つかさが私の部屋のドアのすぐ前に立っていた。
そして、何度か口ごもってから、私の最近の成績が芳しくないことについて、改めて心配してくれた。
聞けば、家に居る間何度も聞こうと思っていたのだが、タイミングが掴めず、今も部屋に入って聞こうかどうか迷っている内に私が出てきたものだから、思い切って聞いたと言う。
そのときは、つかさの優しさが嬉しくて、ベッドの中で泣いたことを覚えている。
「――お姉ちゃん? もう着いたよ? 」
「あ、ごめん。今行くわ」
バスを降りて、教室に向かう。もうすっかり暗くなった外に佇む校舎は、なぜかいつもよりほんのり明るく見えていた。
家に帰ると、思ったとおり親の小言が待っていた。まずは、なぜこんな時間にまた学校に出かけていたのか問われた。
それを答えると、またかといった、いつもの顔をされた。私はこの顔が嫌いだった。つかさが頑張ってきているのに、とでも言っているかのような、この顔。
まだ私が良い点を取れていた頃、つかさが良くない点を取ってきても決してしなかった顔だった。なぜ私だけ、親に期待される平均値が高いのだろう。
なぜ、今まで頑張っていた私が、それ以上の努力を積み重ねなければいけないんだ。そんな理不尽で勝手な親の思いに私が振り回されていると思うと、余計腹が立ってしまう。
部屋に戻って、脱力を求めてベッドにうつぶせになる。本棚の方を向いてみる。前では奥にあった漫画やラノベが、今では参考書や辞典の前に出てきている。
はぁ、とため息をつくと部屋に静寂が戻ってきて、隣のつかさの部屋に耳をすませてみる。いつもはつかさの好きな音楽がかかっているのだが、今日は聞こえてこない。
多分宿題か予習をやっているのだろう。そんな想像を打ち消すようにして、本棚に手を伸ばし、ラノベを一冊手に取る。
今日もこのまま、何もしないで寝てしまうんだろうな、と思ったけれど、そんな考えも打ち消して、本に集中し始めた。
それを答えると、またかといった、いつもの顔をされた。私はこの顔が嫌いだった。つかさが頑張ってきているのに、とでも言っているかのような、この顔。
まだ私が良い点を取れていた頃、つかさが良くない点を取ってきても決してしなかった顔だった。なぜ私だけ、親に期待される平均値が高いのだろう。
なぜ、今まで頑張っていた私が、それ以上の努力を積み重ねなければいけないんだ。そんな理不尽で勝手な親の思いに私が振り回されていると思うと、余計腹が立ってしまう。
部屋に戻って、脱力を求めてベッドにうつぶせになる。本棚の方を向いてみる。前では奥にあった漫画やラノベが、今では参考書や辞典の前に出てきている。
はぁ、とため息をつくと部屋に静寂が戻ってきて、隣のつかさの部屋に耳をすませてみる。いつもはつかさの好きな音楽がかかっているのだが、今日は聞こえてこない。
多分宿題か予習をやっているのだろう。そんな想像を打ち消すようにして、本棚に手を伸ばし、ラノベを一冊手に取る。
今日もこのまま、何もしないで寝てしまうんだろうな、と思ったけれど、そんな考えも打ち消して、本に集中し始めた。
「おはよー、かがみーん。昨日はどしたの? パーティーの人たち心配してたよ? 」
「あ、こなた、おはよ。昨日はちょっとねー、色々忙しくてさー」
朝のホームルーム後の教室、お姉ちゃんとこなちゃんが楽しそうに、またネットゲームの話をしていた。
昨日はお姉ちゃんはネットゲームをしなかったらしく、それでネットゲーム内の友だちが心配してた、とかいう話をしている。
最近のお姉ちゃんは変だ。授業中もどこか上の空だし、成績も最近落ちてきている。
お父さんやお母さんに対してちょっと反抗的だし、以前より忘れ物が増えてきている。でも、原因は分かっているんだ。
こなちゃんの所為だ。こなちゃんがお姉ちゃんをネットゲームに誘ったから、こなちゃんがお姉ちゃんにラノベを教えたから……。
お姉ちゃんは本当はしっかりしている。勉強だってできるし、頼りになるし、先生にだって良い大学に入る見込みがあるって、期待されていた。それなのに、それなのに……。
「あ、こなた、おはよ。昨日はちょっとねー、色々忙しくてさー」
朝のホームルーム後の教室、お姉ちゃんとこなちゃんが楽しそうに、またネットゲームの話をしていた。
昨日はお姉ちゃんはネットゲームをしなかったらしく、それでネットゲーム内の友だちが心配してた、とかいう話をしている。
最近のお姉ちゃんは変だ。授業中もどこか上の空だし、成績も最近落ちてきている。
お父さんやお母さんに対してちょっと反抗的だし、以前より忘れ物が増えてきている。でも、原因は分かっているんだ。
こなちゃんの所為だ。こなちゃんがお姉ちゃんをネットゲームに誘ったから、こなちゃんがお姉ちゃんにラノベを教えたから……。
お姉ちゃんは本当はしっかりしている。勉強だってできるし、頼りになるし、先生にだって良い大学に入る見込みがあるって、期待されていた。それなのに、それなのに……。
昼休み、こなちゃんと一緒にお手洗いに向かう途中で、切り出してみる。
「あのね、こなちゃん……」
「んー? 」
「なんかさ、最近お姉ちゃん変……じゃない? 」
「うーん、そかな。私はよく分かんないけど」
ぼけっとした反応しかしないこなちゃんに、思わず体に力が入る。
「分かんないって……、だってあからさまに最近のお姉ちゃん変だよ。いっつも一緒にいるのに分からない? 」
自然と語気が強まってしまう。
「そんな言い方しなくても……」
「だって……そう、だよ……」
廊下の端で、二人立ち尽くしてしまう。その横を何も知らない皆が、おしゃべりをしながら歩いていく。
周りは騒がしいのに、自分とこなちゃんの周りだけがやけに静かに感じた。
「ねえ、あのね、つかさ――」
「ごめん、私、教室戻るね……」
こなちゃんから逃げるようにして、急ぎ足で教室に戻った。教室に戻って、いつもの騒がしさの中に身を投じる。
友だちとおしゃべりをしていても、笑いあっていても、頭の中ではこなちゃんへの陰惨な思いが渦巻き、思考はそれに捕らわれ続ける。
多分私は、お姉ちゃんが元に戻るまで、ずっと、ずっと、こなちゃんと一緒にはいられないだろう。
一緒に居たら、私は私でいられなくなるような気がするんだ。
「あのね、こなちゃん……」
「んー? 」
「なんかさ、最近お姉ちゃん変……じゃない? 」
「うーん、そかな。私はよく分かんないけど」
ぼけっとした反応しかしないこなちゃんに、思わず体に力が入る。
「分かんないって……、だってあからさまに最近のお姉ちゃん変だよ。いっつも一緒にいるのに分からない? 」
自然と語気が強まってしまう。
「そんな言い方しなくても……」
「だって……そう、だよ……」
廊下の端で、二人立ち尽くしてしまう。その横を何も知らない皆が、おしゃべりをしながら歩いていく。
周りは騒がしいのに、自分とこなちゃんの周りだけがやけに静かに感じた。
「ねえ、あのね、つかさ――」
「ごめん、私、教室戻るね……」
こなちゃんから逃げるようにして、急ぎ足で教室に戻った。教室に戻って、いつもの騒がしさの中に身を投じる。
友だちとおしゃべりをしていても、笑いあっていても、頭の中ではこなちゃんへの陰惨な思いが渦巻き、思考はそれに捕らわれ続ける。
多分私は、お姉ちゃんが元に戻るまで、ずっと、ずっと、こなちゃんと一緒にはいられないだろう。
一緒に居たら、私は私でいられなくなるような気がするんだ。
つかさとこなたの一部始終を見ていたみゆきは、以前から、かがみと同じ焦り、つかさと同じ苛立ちを感じていたのだった。
みゆきも優等生の一人だ。
それ故に家族、近所、教師、はては友人たちにまで期待の眼差しで見られ、どんな重役でも彼女ならこなせるという安心感を持って接されてきた。
高良さんなら大丈夫、高良さんなら安心して任せられる。
妄言のように繰り返されてきたみゆきは、いつしかそれを当たり前のことと受け入れることで、ストレスから逃げるようになっていた。
みんなが私を頼るのは当たり前。だって、私は高良みゆきだから。
彼女も彼女で受け入れ続けるうちに洗脳されつつあり、同時に頼られなければ自分は自分でないという妙な責任感に苛まれるようになってしまった。
みんなが私を頼らなくなったときは、私の存在意義が無くなるときだと、高良みゆきが誰からも必要とされなくなるときだと、心の奥底で震えていた。
だからこそ、今のつかさとこなたのやり取りを見て、思いついてしまったのだろう。
自分が自分であり続けるためには、優等生の高良みゆきであり続けるためには、犠牲が必要なのだと。
犠牲を払う為には協力者が必要だ。それも心に隙があり、余裕が無く、それでいて自分と同じ道を辿れば問題が解決される者。
つかさのかがみへの不安とこなたへの苛立ち、かがみの焦り、そして自分の願いを全て片付けるには、充分すぎる条件が、つかさとかがみには揃っていた。
「つかささん、ちょっとかがみさんと一緒に来ていただけますか? 」
『優等生の高良みゆき』はいつもの笑顔を携えて、つかさに歩み寄っていった。
みゆきも優等生の一人だ。
それ故に家族、近所、教師、はては友人たちにまで期待の眼差しで見られ、どんな重役でも彼女ならこなせるという安心感を持って接されてきた。
高良さんなら大丈夫、高良さんなら安心して任せられる。
妄言のように繰り返されてきたみゆきは、いつしかそれを当たり前のことと受け入れることで、ストレスから逃げるようになっていた。
みんなが私を頼るのは当たり前。だって、私は高良みゆきだから。
彼女も彼女で受け入れ続けるうちに洗脳されつつあり、同時に頼られなければ自分は自分でないという妙な責任感に苛まれるようになってしまった。
みんなが私を頼らなくなったときは、私の存在意義が無くなるときだと、高良みゆきが誰からも必要とされなくなるときだと、心の奥底で震えていた。
だからこそ、今のつかさとこなたのやり取りを見て、思いついてしまったのだろう。
自分が自分であり続けるためには、優等生の高良みゆきであり続けるためには、犠牲が必要なのだと。
犠牲を払う為には協力者が必要だ。それも心に隙があり、余裕が無く、それでいて自分と同じ道を辿れば問題が解決される者。
つかさのかがみへの不安とこなたへの苛立ち、かがみの焦り、そして自分の願いを全て片付けるには、充分すぎる条件が、つかさとかがみには揃っていた。
「つかささん、ちょっとかがみさんと一緒に来ていただけますか? 」
『優等生の高良みゆき』はいつもの笑顔を携えて、つかさに歩み寄っていった。
コメントフォーム
- ここまで読んでいてあれだが、らきすたは明るい話の方が良いね。 -- 名無しさん (2010-10-22 08:51:50)
- これ、続きあるの?気になる -- 名無しさん (2010-10-03 12:10:56)
- うわあwバスサミコ酢 -- 名無しさん (2010-08-24 22:36:53)
- 確かに、みゆきが提案者みたいな感じですね。 -- ドーベンウルフ (2010-08-05 02:02:02)
- 3人三様のストレスからこの様な事態にって感じですけど、この流れでいくとみゆきが首謀者になりそう・・・。 -- 名無しさん (2010-07-23 21:47:30)