4.何が環境運動の〈成功〉を支えるのか
4-1.環境運動の制度化の功罪
九十年代までの戦後日本の環境運動の推移を概観するなかで、〈ステレオタイプになった告発・抵抗型運動という文化的フレーミングの変更〉と、〈リスクの回避が実質的にリスクの深刻化に結び付くという構造的緊張の連鎖を防ぐための、時間的・経済的・精神的余力の確保〉が、環境運動の〈成功〉においても、地域住民にとっても、重要であることが整理できた。環境思想は、果たしてここから何を導き出せるだろうか。つまり、環境運動の〈成功〉を支えるのに必要なだけの最小限綱領を、何として提示することができるだろうか。
まず、最小限綱領と考えられている一方でそうではないものとして、環境NPO・NGOの制度化をあげる。環境NPO・NGOへの期待は様々な論者から提起され、日本では北米に比べてNPO・NGOに関する制度が十分に整備できていないことが批判される(諏訪、一九九六 他)。
まず、最小限綱領と考えられている一方でそうではないものとして、環境NPO・NGOの制度化をあげる。環境NPO・NGOへの期待は様々な論者から提起され、日本では北米に比べてNPO・NGOに関する制度が十分に整備できていないことが批判される(諏訪、一九九六 他)。
確かに、北米の環境NPO・NGOでは研究者・弁護士・ジャーナリスト・コンサルタントなど専門的なスタッフが重要な役割をはたしている 。制度化のもとで、環境NGO/NPOは、政策決定過程に大きな影響力を発揮する。ただし環境運動が制度化し,政治的影響力を増大させることは、圧力団体化もまた意味する 。また、現在は、諸個人の苦悩の共通性を一つの集合としてまとめることは困難であり、政治的な力は醸成されにくい傾向があるとバウマン(二〇〇一)は指摘している。専門家システムの高度化の中で、一部のエリートだけがシステムを設計して動かし、大衆はその内部で動物化する可能性を、環境NPO・NGOの制度化は常にはらんでいる。
+ | 北米の環境NPO・NGOの専門スタッフ |
4-2.「信頼」を支えるものとしての風土の意義
ここで、文化的フレーミングの変更においても、最適な政治行動に関する熟慮においても、共通する討議のプロセスに着目する。「コミュニケーションの再帰性」を評価し、それによる社会を構想するドイツの社会学者ハーバーマスは、コミュニケーションは権力によって動かされたり支えられたりするのではなく、コミュニケーションの内部でコミュニケーションの正当性が承認され、互いの合意が成立すべきであると、コミュニケーションにおける再帰性を重要視する。しかしその一方で、行為内部で正当性を承認し合うとするコミュニケーションの根幹には相手への「信頼」という変数を導入している。「信頼」は、再帰的な行為の対象ではなく、コミュニケーションの前提とされている 。ハーバーマスの対話倫理を基礎づけとする環境倫理学を構想する亀山純生は、環境思想の根源的な規範を「地域の自然との関係において風土が確保されていなければならない」(亀山、二〇〇五:一五五) と述べる。この規範は、社会生活やコミュニケーションそのものを支える「信頼」をもつことを生得的なものとしたり、議論の前提にしたりはできないという現状と呼応しており、それらを社会的に構成されるべきものとして考察し、自然物との関係性を含んで構想する必要に裏付けられている。風土論の内実と、今回の九十年代までの環境運動の展開の接続に関しては、また機会をあらため、考察したい。